蜻蛉切

作者:文月遼

●狩りの指揮者
 二体の昆虫の意匠もった人型の生物――デウスエクス、ローカストがビルの屋上にいた。一つは神話の中から飛び出して来たような、蜘蛛の下肢と、人間に近い身体を持った女性型。もう一つは、透明な二対の翅と、ぎょろりとした大きな複眼という、トンボにも似た特徴を持った男性型だ。
 女性型の蜘蛛を思わせるローカスト、『上臈の禍津姫』ネフィリアは、どこか艶めかしい手つきでもう一方のローカストを撫でた。トンボ型のローカストは、身動きこそしないが、ネフィリアの一挙動を見逃さないとばかりに集中していることが分かる。しかし、それは知性や経験などから来るものではない。単なる、本能的な動作だ。
「良い眼だこと。これなら、前の連中のように失敗することはありませんわね」
 トンボ型ローカストの反応を見て、ネフィリアは喉を鳴らすように笑った。
「さあ、お行きなさい」
 ネフィリアの導きに従うまま、トンボ型のローカストは屋上から身を投げる。二対の翅がブブブ、と音を鳴らして羽ばたき、急停止。そのまま、直下にいたOLの襟首を顎でホールド。すぐさま屋上へと舞い戻る。何が起こったかを知る前に女性を気絶させ、その首に細い管を突き刺した。
 僅か数十秒足らずの行動だった。その時には、ネフィリアの姿はどこにも無かった。

●秋津の捕食者
「ローカストとか言ったか。その指揮官クラスと思われる、女郎蜘蛛型の動きが活発になってきているようだ」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちを前に、フィリップ・デッカード(レプリカントのヘリオライダー・en0144)は短く情報を告げた。
「指揮官だけあって、直接手を出すことはしないが、配下であるローカストに命令を下して人を襲わせる」
 指揮官が顔を出した理由までは分からないが、人間に危害を加え、グラビティ・チェインを奪うという行為を見過ごすわけにはいかない。フィリップは自身のこめかみを軽く叩いた。
「配下ってだけあって、そいつの頭はそれほど良くは無いはずだ。だが、腕っぷしは本物のはずだ。油断すると痛い目を見る羽目になるかもしれない」
 続けてフィリップは手元にあった小さな地図を示した。いわゆるオフィス街の一角。それなりに大きなビルに赤いバツ印が加えてある。
「ここがローカストの活動の拠点になる。ここに人を持って来て、ゆっくりとグラビティ・チェインを奪うようだ」
 時刻は夜と言うだけあって、ビルの屋上くんだりまで出向くものはそういないと考えられる。
「ローカストはトンボの特徴を持っている。前にしか進めないとはいえ、動きは俊敏で手を焼くかもしれない。だが、トンボってのは動くものに注意を向ける習性がある。眼の良さを逆手に取ってやれ」
 攫った人間よりも、活きの良いもの、つまりはケルベロス達に注意を向けることはそれほど難しくは無い。人命の救助には困らないだろう。
 フィリップはほんのわずか口許を歪めてケルベロス達を見渡す。
「指揮官自らとはご苦労なことだ。無駄足だったってことを、思い知らせてやってくれ」


参加者
パティ・ポップ(溝鼠行進曲・e11320)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
ネリネ・ウァレ(さよならネリネ・e21066)
高嶺・花々(ひとひらの・e23272)
戸叶・真白(エデン・e23569)
神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)
エルフリーデ・バルテレモン(鉾槍のギャルソンヌ・e24296)

■リプレイ

●トンボ釣り
 地上の喧騒や明るさと裏腹に、ビルの屋上は暗かった。コンビニや車のヘッドライト、テールランプがどこか幻想的な夜景を作る。けれども、広さだけはある屋上を照らすものはほとんど無い。薄暗いそこで蠢くのは、まるで物のように女性を抱える異形。二対の透き通った羽根を持つトンボにも似た、ぎょろりとした大きな眼を持つローカストだ。抱えていた女を乱雑に放り投げ、それは再び下界へと歩を進める。
 ふと、ローカストの足が止まった。巨大な複眼の先には、ゆらゆらとゆれるいくつもの灯り。ゆっくりとローカストは歩を進めてその光を追う。その後ろに、朧げながら人影が見えたからだ。ローカストが近づいた瞬間、光は、人影はさっと散った。変わりに、二つの光がローカストへまとわりついた。振り払おうとしても、それはさっと避けてまとわりつくのを止めようとはしない。
 光を避けるようにして、神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)が進む。音も無く、気配すらなく。まるで風に溶けるように。雅は気を失った女性を抱える。
「頃合い、ね」
 雅が再び闇へとその身を沈める。けれども、抱えている女性の気配までは消せはしない。それを見た戸叶・真白(エデン・e23569)が、ライトでローカストを誘導するケルベロス達の側面で素早く銃を引き抜いた。真白が引き金を引くと同時に、銃弾が飛ぶ。
「上手い具合に釣れたでありますな。拙者の知るものと比べると、あまり可愛げはないでありますが!」
 雅が射線にを外れるように移動した。それを見計らって尾神・秋津彦(走狗・e18742)はライトを放り、構えていたガトリングを連射する。ばら撒くのではなく、唯一の標的――ローカストへ集中させる。
「虫なんて、ネズミには餌でちかないでち……狩りの時間でち!」
 秋津彦の背中を跳び越えるように小柄な少女が飛び出した。パティ・ポップ(溝鼠行進曲・e11320)と呼ばれる彼女は小柄な体躯を活かし、そのままローカストの頭部さえ跳び越え、くるりと器用に身体を回転し、手にしたナイフを後頭部めがけて振るう。斬るというよりは叩き付けるような攻撃。ローカストが振り向いた時には、既にパティの姿は視界から消えている。
「まずはその動き、止めさせてもらおう」
 砲弾の如く飛び出したのはネリネ・ウァレ(さよならネリネ・e21066)だ。小さな拳を硬く握りしめ、一気に叩き付ける。轟と音が響き、ローカストの身体が揺れる。その一瞬の間に、ネリネが間合いを取る。理想的なヒット&アウェイ。
 ローカストが動く。一気に間合いを詰める。その間に割り込んだのは
「だいじょうぶ、みんなはるかがまもるわ!」
「リリン。あの猫さんを手伝ってあげてくれ」
 暗闇でも映える、淡い桃色の髪が揺れる。高嶺・花々(ひとひらの・e23272)がその牙を受け止める。無事とは行かないまでも、持ち前の頑強さはその牙を完全には通さない。すかさず、その傷を傍に控えていたウィングキャット、ちくわと、ボクスドラゴンのリリンが癒す。
「はるかね、トンボさんはちょっとにがてかな。それも、こんなにおっきいのは」
 ローカストを引きはがし、花々は小型のドローンを展開する。それがまるで護衛するように前に立つケルベロスの傍に寄りそう。その一つ一つが花々であるかのように。

●合流、そして
「飛んで火に入らないなら、こちらから入れよう」
 篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)の構える無骨な二本の剣が組み合わさり、斬るよりは潰すという表現が似合うような姿になる。二股になったその隙間から噴き出すプラズマの眩い輝き。それを佐久弥は殴りつけるように振るった。炎の刃となってローカストの身を焼く。
「っはは! やっぱり、ケルベロスってのは派手で良いね!」
 鈴の音がなるように清らかな、けれどもどこか粗野な響きの混じる声。エルフリーデ・バルテレモン(鉾槍のギャルソンヌ・e24296)は佐久弥の派手な立ち回りに感銘を受けたのかからからと笑みを浮かべる。
 光の翼を展開し、エルフリーデは一気に加速。目と鼻の先に来たローカストの腹部へとアームズフォートを押し付ける。一瞬の出来事に、ローカストも動きが遅れる。
「この距離だ。外しゃしねぇよ!」
 ほとんど接射に近い状態から放たれる、巨大な砲弾。それがローカストを激しく揺さぶる。その反動を活かして、エルフリーデは後方へと跳び、心地よい轟音と衝撃に一瞬だけ酔う。
「蜻蛉は秋津。拙者の名でもある。だが、同じ秋津でも拙者は狼!」
 秋津彦がローカストへ鎖を放つ。それを、ローカストは跳躍し、翅を羽ばたかせて避ける。
「甘い!」
 真っすぐに飛ばした鎖はブラフ。秋津彦は腕を振り上げるように動かした。それを合図に、陰から這わせていた本命の鎖が、宙に飛んだローカストを絡め取り、地面へ叩き付けた。
「次は、これでも食らうでち!!」
 パティが明らかに体格に似合わない、巨大なチェーンソーを振りかざす。鎖でまともに身動きの取れないローカストへ、高速回転する刃が食い込む。激しい火花が散って、ローカストの包まれている炎が増した。
 ブブブと、ローカストの翅が振動する。
「これはマズいでちゅね」
 パティが素早く身を引いた瞬間、凄まじい音波がケルベロス達を襲う。
 一部をサーヴァントたちが庇ったものの、耳を塞いでも聞こえる甲高い金属を擦りあわせたような音にケルベロス達も一瞬怯む。
「みんな。大丈、夫?」
 ローカストの羽音の催眠効果。それを案じながら、真白は手にしたロッドから雷を放ってローカストを牽制する。真白には癒す手段がない以上、出来ることはその影響が出る前に一刻も早くデウスエクスを倒すのみ。
「……俺は大丈夫」
 佐久弥を鼓舞するように、花々の飛ばすドローンが躍る。佐久弥は大きく深呼吸をする。ローカストの音波の影響を振り払うために。そして、
「っ!!!」
 彼の口から放たれる、眩い一条の火線。それが夜空を切り裂かんばかりに飛び、ローカストを薙ぐ。一瞬、戦場と化した屋上が真昼のようになった。
「良い調子だ。これならば……」
 ネリネは再度闇を取り戻した屋上を駆ける。今度は跳躍と共に鋭い蹴りを見舞う。ダメージを与えるのではなく、激しい衝撃と振動でローカストの動きをひたすら制限することへ集中する。

●癒しの雨
「よし、リリン。みんなの回復を――」
 ネリネが自身のボクスドラゴンへ指示を出そうとしたとき、その眼がどこか虚ろであることに気が付いた。マズい。そう思い、反応するよりも早く。
 ケルベロス達を覆う様に淡い光の雨が降り注いだ。それを浴びたリリンがぷるぷると首を振り、隣にいたウィングキャットのちくわへと自身の力を注いだ。光の雨が、慈愛を振りまく女神の如く、ローカストの音波の影響を残らず拭い去ったのだ。
「すまない。遅れてしまったな」
 軽く息を弾ませながら雅が室内に繋がるドアから姿を現していた。その手に握られた杖が淡い光を残している。その雨を降らせたのが彼女である証だ。
「もどってきたってことは、おんなのひともだいじょうぶなのね! だったら、もうあんしんだね!」
 その姿を見て、花々は安堵の表情を浮かべる。回復は十分と判断し、ヴァルキュリアへと突進。そのまますくい上げるような、炎をまとった蹴りを見舞う。
 しかし、ローカストはそれをスウェーで回避する。蹴りが空しく空を切った。巨大な複眼とローカストの反射。未だその脅威は潰えていない。
 その背後でちくわが戻って来た雅をはじめとする、遊撃手のケルベロス達へ羽ばたき、邪気を払う力を分け与える。
「さて、良い感じに衝撃は伝わってるな……だったら!」
 エルフリーデは自身の甲冑へと視線を落とした。その表情はサプライズをしかけている、いたずらっ子のよう。光の翼をはためかせ、滑るようにローカストの懐へ飛び込む。単なる蹴りと見せかけ、その甲冑が割れ、炎を吹き上げて蹴りの速度を加速。
「ただの甲冑じゃねぇんだよなあ、これが!」
 エルフリーデの、金糸が揺れる。回し蹴りと共に、夕暮れの空の如く赤い炎が激しくローカストを焼く。
「全く、姑息な手を使う蜻蛉でちな!」
 たたらを踏んだところに、パティが追い打ちとばかりにその後頭部へとチェーンソーを叩き付ける。ガリガリとその身を削る刃。
「枉事罪穢、祓い捨てる――金輪奈落に沈んでいけ!」
 すかさず、秋津彦は霊刀を居合の要領で引き抜きその胴を力強く薙ぐ。燦然たる光が刀に纏う。閃光と共に振るわれた刀身は闇を裂き、ローカストを切り裂いた。

●翅が落ちる時
 誰もが倒れると確信した。けれども、ローカストはそのまま身を起こし、秋津彦へとその鋭い爪を振るう。刀で衝撃を殺し転がるようにしてそれをいなす。その隙にローカストは翼をはためかせて背を向け、一度間合いを取る。
「使い捨てとは言え……やる」
 エルフリーデが、ローカストの様子を見て僅かに唇を噛んだ。過去の境遇と重ならないものが無いわけでは無い。
「ええ。けれど、次の一手が決まった、ら」
「ああ。ネリネがもう一度奴の動きを止めて見せる!」
 トンボの翅は全身しか出来ない。故に移動は直線的だ。逃げる気配が無い以上、その終着点を見極めるのは容易い。ネリネが地を駆け、急停止と共に身を捻って振り返るローカストの目と鼻の先にまで飛び込んだ。
「ドワーフの怪力、その身で思い知れ」
 長年積み重ねられた鍛錬。研ぎ澄まされた一撃は刀の如く鋭く、槌のように思い。金属のへしゃげる音が響き、ローカストの動きが一瞬、止まる
「当てる、よ」
 真白がホルスターからリボルバーを引き抜く。素早く、そして赤子を撫でるように優しく。永遠に引き延ばされたような時間間隔。真白が引き金を引く。放たれた弾丸。それが過たずに翅を撃ち抜く。
 ローカストの動きが明らかに鈍った。翅に穴が開くのは、単に器官の一部が機能を失ったと言うだけでは無い。昆虫の翅は、保護から、模様や、振動による音を用いた情報伝達、、身体のバランス調整、そして飛行。あらゆる能力が集約されている。
 それを喪った以上、ローカストに勝ち目は残されていなかった。
「血潮よ燃えろ、加速しろ――」
 膝をついたローカスト。懸命に翅を羽ばたかせようとするその姿に一瞬眉をひそめ、佐久弥は手にした剣に再度炎を漲らせる。ほとんど炎柱のごとく伸びて、激しい輝きを見せる炎。それが力強く振り下ろされる。
 炎が消えた後には、僅かなアルミ片が残されるだけだった。
「それで、おんなのひとのようたいはどう?」
「ええ。一応安静にはしてある。急激な上下移動で気絶しただけの様だ。命に別状はない」
「なら、よかったぁ……」
 戦いを終え、花々は直ぐに雅の方へ行き、助けた女性の様子を尋ねる。命に別状はない。その言葉を聞いて、花々は大きく安堵の息をついた。
「だったら、様子。見に行こう、よ」
「そうでありますな。介抱までして、一件落着であります」
「うむ。ネリネも心配だ」
 真白の言葉に、秋津彦も頷いた。
「ちかち、巨大な虫って、とにかく気持ち悪いでち。なんとなく、気分的にでち」
「まあ、そう言ってやるな。連中も命令を忠実にこなそうとしただけさ」
 焦げ跡と僅かなアルミ片。それだけを残して消えたローカスト。ぎょろりとした複眼や細長い体躯を思い出して、パティは大袈裟に顔をしかめてみせる。それを横目に、アームズフォートをしまいながら、エルフリーデは苦笑を浮かべる。
 焦げ跡をヒールで修復しながら、佐久弥は落ちたアルミ片を拾い上げる。デウスエクスは未知の生き物。何が手掛かりになるか分かった者では無いからだ。
「まだ、根っこには遠いかな……」
 アルミ片を、星の微かな光に透かして見せる。それをポケットに収め、彼もまた、女性を案じるケルベロス達の列に加わった。

作者:文月遼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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