闇夜に轟く獅子の調べ

作者:秋月きり

 深夜。日中は交通量の多いこの街も、深夜ともなれば人通りもない。
 その交差点に降り立った死神、団長は大仰な身振りで両腕を掲げると、三体の怪魚を召喚する。
「さあさあ、我ら『マサクゥルサーカス団』のオンステージだ!」
 まるで水中のように空中を泳ぐ怪魚は団長の周りをくるくると回遊すると、その身体から零れる青白い光がまるで魔法陣を描くように浮かび上がる。
 否、それは魔法陣なのだ。死者を呼び覚ます能力を秘めた――。
「やはりサーカスには猛獣はつきものだね。それでは君達、後は頼んだよ。君達が彼を連れてきたら、パーティを始めよう」
 その言葉を残すと団長は夜闇に溶けるよう、姿を消してしまう。
 同時に光を放つ魔法陣。そこから現れたのは一体の獅子の姿をした獣人――立派な鬣を持つウェアライダーだった。
 知性の色を感じさせない濁った目をしたそれは、自身を誇示するように咆哮する。
 その周囲を泳ぐ怪魚たちは、とても満足そうに舞を披露するのだった。

「蛾のような姿をした死神が、動きを見せているようだ」
 ヘリポートに集ったケルベロス達を一瞥したザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は淡々とした口調でそれを告げる。
 その死神は、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスをサルベージする作戦の指揮を執っているようなのだ。そして、配下である魚型の死神を放ち、死んだデウスエクスに変異強化とサルベージを施し、死神の勢力に取り込もうとしている様子である。
「無論、これを見過ごすことは出来ない」
 予知の内容を告げたザイフリートは、それを阻止するために現場に向かって欲しいと告げる。
「蘇ったデウスエクスはウェアライダーになる。獅子の姿をした獣人だ」
 おそらくマスター・ビースト失踪以前に死したウェアライダーなのだろう。デウスエクスの主戦力として活動していたと思わしき彼は、ハウリングや手にした槍で攻撃を行ってくる。その上、蘇った事によりその攻撃手段は全て死神によって強化されているのだ。幸いな事に知性は失っている為、付け入る隙はあるだろうとは、ザイフリートの弁。
 その周囲を回遊する三体の死神もまた、打破すべき対象だ。噛み付きを主として襲ってくるが、蘇ったウェアライダーほど厄介な相手ではない。
「それと、深夜の市街地だ。予知に伴い、避難勧告、並びに誘導は完了している。周りの住民の事は気にせず、デウスエクスの撃破を行って欲しい」
 その言葉で締め括ろうとするザイフリートの前に進み出る人影があった。昔は部下として、今は戦友として彼と共に戦うヴァルキュリアの少女、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)である。
「王子。私もその戦いに向かわせてください」
 看取りを司るヴァルキュリアとして、死神の行いは看過することが出来ないと、その緑色の瞳が告げていた。
「む」
 対して、ザイフリートが唸る
 決してザイフリートは過保護ではない。本来、その申し出は有り難いものだ。だが、目覚めたばかりの彼女に一抹の不安を抱くのも事実。
「……ケルベロスの皆の言う事を良く聞くんだぞ」
 その声はまるで、保護者の父親のようなものだった。グリゼルダはコクリと頷き、向き直ったケルベロス達にぺこりと頭を下げる。
 こほんと空咳したザイフリートは気を取り直したように言葉を続ける。
「死者を自身の軍勢に組み込もうとする死神の策略を見過ごすわけにはいかない。皆、頼んだぞ」
 その言葉にグリゼルダもまた「はい!」と高らかに返事をすると、ケルベロス達と共にヘリオンに向かうのだった。


参加者
春華・桜花(シャドウエルフの降魔拳士・e00325)
フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
リシア・アルトカーシャ(オラトリオのウィッチドクター・e00500)
アニマリア・スノーフレーク(潜在的レズビアニズム・e16108)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
ティア・ラザフォード(シューティングスター・e21071)
龍・鈴華(龍翔蹴姫・e22829)

■リプレイ

●戦乙女として、地獄の番犬として
 草木も眠る丑三つ時。その眠りを妨げるように響いた獅子の咆哮は、何処と無く空虚な音を伴っていた。
 だが、その咆哮を耳にしたグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)は緊張に表情を強ばらせていた。封印の眠りから目覚めて、初めての戦い。封印に至るまでに幾多の戦いを経験した筈だが、その面持ちが初陣に挑む新兵かくやであるのは、定命化を果たしたが故だろう。
「今日は、どうかよろしくお願いいたしますね……」
 そんな彼女の緊張を解そうと、アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)が優しく声を上げる。歳はグリゼルダよりも一回り近くも違う彼女だが、ケルベロスとしては先輩である。その役目を全うしようとする声を皮切りに、春華・桜花(シャドウエルフの降魔拳士・e00325)と龍・鈴華(龍翔蹴姫・e22829)もまた、「宜しくお願いしますね」「頑張ろうねっ!」と、笑顔を向ける。
「はい、宜しくお願いします」
 そんな彼女たちに返すグリゼルダの表情は未だ固いものの、若干の余裕は生まれてきたように思える。
 再び獅子の咆哮が響いた。自身を誇示するようなそれは、ケルベロス達の到着を今か今かと待ち受けているようにも感じる。
 咆哮の正体は死神によって蘇らされた獅子のデウスエクスだ。兵站と看取りを司りし妖精ヴァルキュリアの一員たるグリゼルダは死者の蘇生と言う死神の蛮行が許せず、その討伐に名乗りを上げた。そんな彼女の他、討伐に集った八人のケルベロス達は何れも歴戦の勇者達であり、頼もしく思う。また、彼らの他、有り難い事に六人もの仲間が応援に駆けつけてくれていた。
「グリゼルダさん初めまして。挨拶代わりに一緒に戦いましょう♪」
 エニーケが弾んだ声を向ければ、
「ヴァルキュリア魂、見せるわよ!」
 同族のフレックが気迫の篭もった声を上げる。
「すずがグリちゃんを護る!!」
 鈴子もまた、気合いと共にその決意を口にし、そして。
「緊張するよね」
 はい、とユルに差し出されたチョコレートバーを思わず受け取ったグリゼルダは、所在なさげに一瞥した後、仕方なくそのまま口に運ぶ。
(「――おいしい」)
 その甘味にグリゼルダの瞳が輝く。同時に、食欲が刺激された為か、くぅ~とお腹が可愛らしい音を立てた。
「――?!」
 ばっとお腹を押さえる彼女の表情は羞恥のためか、朱に染まっていた。
「この戦いが無事に終わったら、オムライスを食べに行こうか」
 アニマリア・スノーフレーク(潜在的レズビアニズム・e16108)がにっこりと笑ってグリゼルダの肩をぱしぱしと叩く。スノウフレークとスノーフレーク。似たような音のファミリーネームの為、親戚かも、と冗談めかした彼女の自己紹介に、生真面目なグリゼルダの返答は「おそらく違うと思います」だったが。
「『この戦いが終わったら』はフラグだ」
 フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)が冷静に突っ込むが、アニマリアはどこぞ吹く風と受け流す。あはははとケルベロス達に笑顔が宿った。
 会話を交わしながら深夜の街を突き進むケルベロス達の視界が開ける。
 ヘリオライダーであるザイフリートの予知した交差点にたどり着いたのだ。
 その中心にいるのは舞うように空中を踊る三匹の怪魚。そして。
 黄金色の鬣をした獅子の獣人が槍を片手に、ケルベロス達を迎え撃つべく、鬨の声の如き咆哮を上げるのだった。

●死神と獅子と番犬と
「悪趣味なパーティーはお終いにしますよ」
 戦闘の火蓋を切ったのはティア・ラザフォード(シューティングスター・e21071)の宣言、そして流星の様に放たれた石化の魔力を孕む古代語魔法だった。その光線に打ち抜かれた死神の一体が、舞うような動きを止め、ケルベロス達に向かってくる。
「やすやすとそんなものが通るか」
 その牙の一撃を容易く躱したフェアラートは、自身の身体をバリアオーラで包みながら両の手に填めたマインドリング――精神刀『暁月』と精神銃『黄昏』を構える。
 ケルベロス達に詰め寄ったのはその死神だけではない。残りの死神二体も、そして獅子もまたケルベロス達に肉薄し、その爪牙を向けていた。
「お願い、みんなを守ってっ!」
 蘇った獅子には再度の安眠を、とリシア・アルトカーシャ(オラトリオのウィッチドクター・e00500)が天使の加護を自身とティア、そしてグリゼルダに付与する。
「……少しでも、倒れにくくなるように」
 同じくエンチャントを付与すべく、キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)が手にしたdividerで魔法陣を描く。
 だが。
「……やはり、効きが余り良くないですね」
 自身を含めた六人の前衛の様子を確認しながら、ぽつりと漏らした。
 判っていた事だが、複数の人間にエフェクトを付与しようとすれば、その発動率は低下する。対象が六人を超えれば尚更だ。駄目元の行動はその予想通り、キリクライシャと鈴華の二人に付与されたのみで、全員に発揮される事はなかった。だが、守護を担う双角に効力が発揮されればそれで充分。
「ザイフリートさんの予知してくれた依頼です! 頑張らなきゃ!!」
 信頼するヘリオライダーの名を呼ぶアリスは、その声と共に手にした槍、リトルプリンセス・フノスを投擲する。空中で無数に分裂したそれは、死神達、そして獅子を貫いた。
「喰らいつけ――気咬弾!」
 桜花の放つオーラの光弾もまた、死神に食らいつく。ケルベロス達の狙いは一点集中による確実な敵の撃破。ティアに打ち抜かれ、動きを鈍くした死神は続けて叩き付けられた光弾に、呻くように空中に逃れる。
 そこに鈴華の電光石火の蹴りが突き刺さった。空中は死神だけの領分ではないと、その背から生える翼が、それを誇示するようだった。
「グリたんは長いのでグリたんでいいですなのよね」
 突然、アニマリアが向けた言葉に、グリゼルダが目を白黒する。はい? と間の抜けた返答に応えず、地獄の炎を纏わせたケルベロスチェイン――悦楽少女の楽園結界を携えて飛翔、ふらふらと空を舞う死神に叩き付ける。
 常人なら息も絶え絶えと言ったケルベロス達の連続攻撃に、それでも墜ちなかったのは死神もまた、デウスエクスの一員だからだ。下級とは言え、その矜持はあると言わんばかりに牙を剥き、黒色の怨霊弾を放つ。
 次々と向けられた怨霊弾が捕らえたのは、アリスだった。
 だが。
「……リオン!」
「出番だよ! お願い、リンリン!」
 キリクライシャと鈴華の声に応じ、二人のサーヴァント、テレビウムのバーミリオンとボクスドラゴンの鈴々が身を挺して彼女を庇う。庇いきれず、アリスに直撃した一撃もまた、
「アリス様。大丈夫ですか?」
 グリゼルダの放った癒しの矢によって即座に治癒される。リシアによって底上げされた治癒の力は、毒と共にその傷を完全に塞いでいた。
「とっても助かります……♪」
 返ってきた感謝の言葉に、グリゼルダは思わず表情を綻ばせるのだった。

●闇夜に響く獅子の調べ
 死神が闇夜に舞う。その間を縫って獅子もまた、手にした槍を振るっていた。
 ケルベロス達の目論んだ各個撃破は上手く機能していた。ケルベロスの猛攻に晒され、今や、死神はその数を二体にまで減じている。そして、その内の一体もまた――。
「障壁全力展開! 加速術式を開放! これで一気に決めます!」
 ティアが生み出した障壁と地面に潰され、その身を光の粒子へと転じていく。怨霊弾を飛ばしながら応戦する残り一体もまた、這々の体という様態を晒しており、死神の撃破は時間の問題と思われた。
 だが、死神、そして獅子もまた、ただ黙って殴られているわけではない。
 反撃と繰り出された死神の牙が鈴々の身体を食いちぎり、そして。
「――リンリン!!」
 鈴華の叫びと槍の斬撃がその竜体を切り裂くのは同時だった。獅子の一撃を受け、鈴々の身体が消滅する。
「ォォオオオッ!」
 勝ち鬨の声を上げるように、咆哮が響いた。
(「さすが、マスタービースト失踪前のウェアライダーね」)
 桜花の脳裏に浮かんだのは賞賛にも似た感想である。
 神造デウスエクスであった彼らは創造主であるマスタービーストの失踪を機に、動物本来の優しさから定命化したと言われている。力を失うと同時に理性を得たと言う歴史は、裏返せばそれ以前の理性を持たないウェアライダーはつまり。
(「この強さも頷ける、か」)
 獅子の繰り出す槍の破壊力に戦慄する。
「上だ!!」
 フェアラートから注意を促す声が上がった。見上げた先で、無数に分裂した槍が桜花、アニマリアの二人を庇ったキリクライシャ、鈴華の両名に降り注ぐ。
 前衛が五人に減った事により、その槍の威力は先程迄と比べものにならない。身に纏う防具で受け止めるものの、衝撃は殺しきれなかった。
 そして、同時に。
 槍に貫かれたバーミリオンの身体が光の粒と化し、消失していく。積み重なったダメージに、その小さな身体が遂に耐え切れなくなったのだ。
「と言うか、反則ですなのっ!」
 暴風の様に吹き荒れる獅子の猛攻に、アニマリアが抗議のように声を上げる。
 理性を失う前の力。それが死神により変異強化されている。その条件が重なっているとは言え、この攻撃力は想定外だった。前衛を増やす事で威力の減衰を引き起こさなければ、既に誰か倒れていても不思議ではなかった。
 その減衰も今や意味を為さない。それを引き起こすだけの人数はもう残されていない。
 だが、それによって利益を享受するのは、デウスエクス達ばかりではなかった。
「みんな、しっかり!」
「回復します!」
「……照らして、全てを明るみの中へ」
 リシアの生み出したオーロラ、グリゼルダの降らす薬液の雨、そして、キリクライシャが放つ光の珠が仲間達の傷を癒す。減衰を引き起こさないと言う事は、ケルベロス達にとっても回復の手が増えると言う事に他ならなかった。
「少しだけ頂きます!」
 そして、桜花が飛ぶ。宙を泳ぐ死神の死角から放たれた発勁と共に放たれた針の氣はその魚体を貫き、赤い花弁をまき散らす。その一撃が止めとなり、最後の死神もまた、その身を消失させた。
 獅子が再び吠える。仲間を失った悲しみと言うわけではないだろう。その知性は既に失われている。
 放たれた咆哮は衝撃波となってケルベロス達に叩き付けられる。だが。
「死者は死者の居るべき場所へ戻れ」
 衝撃波の間隙を縫って、フェアラートの放った光の刃は雷の霊力を纏い、獅子の身体を縫い止める。
 獅子の力は脅威だ。確かにその力はケルベロス達と相対するのに十分な力を持っているだろう。だが、それだけだ。
 もしもケルベロス達が単独であれば、苦戦は免れなかった。
 だが、彼らの力は集団としての強さでもある。そして今、多対単の状況を覆すだけの力を、獅子は有していなかった。
 咆哮が、槍の投擲が、そしてその切っ先がケルベロス達に叩き付けられ、その身体を切り裂く。だが、守備に回ったキリクライシャ、鈴華に阻まれ、ようやく負わせた傷もまた、リシア、グリゼルダによって回復される結果となる。
 そして、アリスが動いた。
「虹の花の園に……ご招待します……」
 歌うように紡がれたのは虹の花の園への招待状。女神に託された永遠の世界が展開され、深夜の交差点に異世界を展開する。
 突然現れた花園の光景に戸惑う獅子の身体を、二重三重に咲き誇る花々が拘束していく。
 そこに飛び込むのは鈴華だった。
 サーヴァントの仇討ちとばかりに、超高度からの飛び蹴りが獅子に突き刺さる。
「龍の力を纏い、紅い血を感じる……! これがボクの必殺キック! ――ドラゴン……ライナーキーック!!」
 蹴りを受けた獅子の身体が爆発炎上した。
 黄金色の鬣は今や、ちりぢりに焦げ、悲しいぐらいにボロボロになっていた。
 それでも獅子は吠える。手足を掴む花々の拘束を引きちぎり、再び投擲しようと槍を構える。
「師匠直伝! 触れて……崩す!」
 その槍の切っ先を掻い潜り、獅子に肉薄する少女の姿があった。
 屈んだ姿勢から身体のバネと共に繰り出されたアニマリアの拳は、衝撃と共に勁、そして重力をその身体に流し込む。
 放たれようとした槍が、その手から零れた。
 再度響いた獅子の咆哮は、断末魔の叫びだった。
 彼女の放った一撃は、獅子の内部をズタズタに破壊し尽くしたのだ。これぞ、桜花発勁。ケルベロスに目覚める以前の非力な一般人時代、野生動物から身を守る為に教わった技術を対デウスエクスに昇華させた彼女の技であった。
 やがてどぅと地面に倒れ伏した獅子は、その端から光の粒子へと身を転じていく。
「ふぅ」
 汗を拭い、吐息を吐き出すアニマリアを祝福するよう、ケルベロス達から歓声が上がったのだった。

●戦いは続く。その前に。
 獅子との戦いは苛烈を極めた。だが、幸いな事にケルベロス達に重篤な負傷者は無く、デウスエクス達に負わされた怪我、そして壊れた地面や壁はケルベロス達のヒールによって癒されていく。
「……団長、か」
 死者を弄び、死神の戦力を増強させようとする死神。ザイフリートの予知の中にあった蛾の羽根を持つ死神の手がかりを探していたキリクライシャはついぞ、それを見つける事が出来ず、むむっと呻く。
「死者を呼び起こし命を弄ぶだなんて許せないですよね!」
 桜花もまた、いずれ応対したときに懲らしめてやりたいと怒りを露わにする。ぷんすか、と擬音が飛びそうなくらいの態度に、先程その名を呼んだキリクライシャが目を丸くしていた。
「はい。ヴァルキュリアとしても彼らを見過ごせません」
 グリゼルダもまた、二人の言葉に同意する。
 ――と。
 不意に肩を抱かれ、ひゃんと声を上げてしまった。
「グリたん。みんな、お疲れさまなのですの。この後、みんなでオムライス女子会に行きませんか?」
 肩を抱いたのはアニマリアだった。約束通りに、とその笑顔は輝いていた。
「私もみんなでオムライスを食べに行きたいです♪」
 アリスの同意の声に、顔を見れば皆もうんうんと頷いていた。
「え、いえ、その」
 早く戻って事件の報告が必要じゃないのか? と狼狽えるグリゼルダ。戦闘が終わり、再び空腹を覚えているのは確かだが、それでも誘惑に屈してはいけないと自身に言い聞かせながら、まずは帰宅、と固辞しようとする。
 だが、その態度は直ぐに軟化する事となった。
 とどめの一言を発したのは鈴華である。
「グリゼルダちゃん。ザイフリート王子は何て言ってたっけ?」
 悪戯を思いついたような、挑発的な、それでいてとても素敵な笑顔だった。
「『……ケルベロスの皆の言う事を良く聞くんだぞ』、です」
「決まりだね」
 にんまりと笑う皆の前で、がくりとグリゼルダが項垂れる。余計な事を言ってくれた、と正直に思う。
 だが同時に。
 そう言う交流の場を用意しようとする皆と、切欠をくれたザイフリート王子に少しだけ、心の中で感謝するのだった。

 アニマリアを先頭に、ファミレスに向かう道すがら。
 グリゼルダは袖口をくいっと引かれ、おやと振り返る。
 袖口を引いた主――リシアとアリスの二人は真摯な表情でグリゼルダを見つめていた。何処か、緊張しているように思えるのは、気のせいか。
「どうかしましたか?」
 問いかけに意を決したように口を開いたのはリシアだった。
「ボクは、過去にヴァルキュリアさんを倒しています。それでも……お友達になってくれますか?」
 突然の告白に、虚を突かれたグリゼルダはしかし、ふっと笑って、その頭をぽんぽんと撫でるように叩く。
 その目が懐かしい遠い景色を見るように見えるのは、おそらく、彼女も過去を思い出しているからだろう。悲しいことがあったとき、姉達はこうやってグリゼルダを慰めてくれたものだと、微笑んで。
「姉様達は自身の役目を果たし、そして散っていきました。それを遺恨には思いません」
 それでも恨まないといけないのであれば、その相手はヴァルキュリアを利用していたエインヘリアル達である。結果として彼女らを撃破したケルベロス達にそれをぶつけるつもりはないと告げていた。
「でも……」
 リシアに続き、ヴァナディースを助けられなかった事を謝罪しようとするアリスを制して、そして、微笑んで。
「ヴァナディース様も同じです。あの御方が選んだ道を否定するつもりも、それでケルベロスの皆様を責めるつもりもありません。……それに」
 もうこの話は終わりにしよう、と動かした視線の先に、煌々と輝くファミレスの灯りを見止める。
 おーいと呼ぶケルベロス達――今の仲間達に、はーいと頷いた後、二人の肩を叩く。
「私は今、リシア様、アリス様……仲間であり、ご友人である皆様と美味しいオムライスを食べたいのです。さぁ、急ぎましょう」
 冗談めかしたその台詞に、二人は華のような笑顔を浮かべるのだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 9
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