ブリキの兵隊

作者:文月遼

●観客無きサーカス団
 夜の街を、まるで舞台であるかのように小粋なハットを被った男が歩いていた。おしゃれなジャケットを纏い、鞭を携えて歩く姿はサーカス団の団長のようであった。けれども、背中に生えた羽根が、彼の傍にいる宙を泳ぐ魚が、単なる伊達男じゃないことを雄弁に語る。寝静まった街を背に、死神である『団長』はうやうやしくお辞儀をした。
「ようこそ、我ら『マサクゥルサーカス団』のステージへ!」
 万人の喝采を浴びているかのように振る舞う『団長』の背後で、青白い怪魚が淡い光を放って文様を描くように泳ぐ。
「本日は我が団の新入りのお披露目をしよう! それでは、お楽しみあれ!」
 『団長』がハットを取った手を胸に当て、再度お辞儀をする。その背後で泳ぐ怪魚の軌跡が浮かび上がる。その中心に表れたのは、バイザー型のゴーグルを着けた、2mほどの大男だった。しかし、その両腕は肘から先が無く、かわりにチェーンソーと巨大なガトリングガンが備えられている。それも用途の見えないケーブルが幾重にも巻き付いてどうにかつなぎとめているという有り様だ。
 かつてダモクレスと呼ばれていたそれのバイザー型ゴーグルに光が灯った。暗いものが混じった、血のような赤色だった。

●機械人形
「死神……それも、蛾のような奴が最近動きを見せている」
 フィリップ・デッカード(レプリカントのヘリオライダー・en0144) は顎に軽く手を当てながらケルベロス達を見渡した。普段は魚型の死神が多く見られる中、それとは異なる姿の死神となれば、注意深くマークする必要がある。フィリップは手元の資料に時折視線を落としながら、説明を続ける。
「……と、言ってもだ。行動方針は変わっていない。魚型の死神に死んだデウスエクスをサルベージして戦力にする。蛾のような奴はその作戦の指揮を執ってるらしい。その理由までは分からないが、敵方の戦力を増やすような真似を見過ごすわけにはいかない」
 その出現場所へ急行し、サルベージを阻止する。それが今回の仕事である。フィリップはそう言った。
「その周辺だが、所謂シャッター通りというやつだ。アーケードの下にある一本の通り。それに深夜と来れば人はまずいない。連中との戦いに集中できるだろう」
 それから。フィリップはそう続け、一度言葉を切った。
「敵はダモクレスが1体。男型の、身の丈2m前後だ。武装はチェーンソーとガトリングガン。どちらも標準的な装備だが、死神によって強化がされている。油断は出来ない。自分の損傷もお構いなしに襲い掛かって来るはずだ。加えて、魚型の死神も3体確認されている。単体で見ればお前たちの敵じゃないが、数がいることと、ダモクレスの存在を考えると厄介だ」
 噛みつき、そして爆発を起こす弾丸を吐き出す。いずれもケルベロスを倒すには火力が足りないが、それ故に、積み重なれば無視できないダメージになりうる。
 フィリップはケルベロス達を見渡した。未来を変える素質を持つ彼らを前に、期待のこもった視線を向ける。
「機械とはいえ、死人を起こすのはナンセンスだ。蛾の翅の奴は既に現場にはいないかもしれないが、魚の死神もまとめて、あの世に送り返してやってくれ」


参加者
花骨牌・旭(春告花・e00213)
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)
藤弦堂・広柾(鋼鬼・e02791)
丹羽・秀久(水が如し・e04266)
阿南・つむぎ(食欲の春夏秋冬・e05146)
天那・摘木(ビハインドとお姉さん・e05696)
麻野間・野良黒(忍ばざる者・e14604)
レーニ・ユハナ(ルーベルジョクラトル・e16962)

■リプレイ

●月の見えない夜に
 人気の無いシャッター通り。その中央で不気味な魚が躍っている。動くたびに仄かに青白い光が残り、その軌跡がやがて文様を描く。遠目から見れば幻想的な光景に見えたかもしれないけれど、魚のグロテスクな見た目と、その文様の中心に浮かぶ、あちこちにガタが来ているような、ヒトにしてはあまりにも大柄で、申し訳程度に皮膚らしきものを貼り付けたような姿を見れば、誰もその光景ががあまりに常軌を逸し、そして危険であることが分かるだろう。
 両腕にチェーンソーとガトリングガンを備えた鋼の肉体を持つ、心なき――人形ダモクレス。それが徐々に消えつつある文様、その外へと踏み出す。
「頃合いだな。照らす月も街灯も無いが、俺たちにはこいつがある」
 それを見ると同時に、暗夜に隠れたケルベロス達が動く。ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)がさっと手を振ると同時に、あちこちに仕掛けられていた、工事現場などで使われているような据え置き型の光源に光が灯る。その光を背に立つ、一人の青年――いや、忍者だ。
「戦場の忍び、それ即ち災いと知るがいい! 某の銃捌き、とくと見よ!」
 芝居がかった台詞と共に拳銃を構える麻野間・野良黒(忍ばざる者・e14604)。使い込まれ緩くなった引き金。それさえも計算された早撃ち。まったくの出鱈目に撃たれたと見える弾丸が分厚いシャッターに阻まれ、跳弾。まるで導かれるように死神へと吸い込まれた。
 野良黒の放った弾丸。
 火蓋が切り落とされる。
「奴の足を止めるぜ。さて、ちょっとの間、大人しくしてくれよ!」
 光源の後ろから花骨牌・旭(春告花・e00213)が跳躍する。まだ体勢の整え切れていないダモクレスへ、落下の速度を乗せた、暗澹とした空を切り裂かんばかりの蹴り。ダモクレスの側頭部へ命中し、大きくその身体を揺らす。それと同時に、ダモクレスのバイザーが妖しく光る。腕に供えられたガトリングが回転し、唸りを上げる。狙いは先んじて攻撃を仕掛けた旭をはじめとする、攪乱に回るケルベロス。
「ヤルノ、お願い!」
 レーニ・ユハナ(ルーベルジョクラトル・e16962)の声を聞いて、彼女の友が動く。凛と鈴の音を鳴らして自らの主人の盾となる。
「失礼します」
 天那・摘木(ビハインドとお姉さん・e05696)が、未だ宙でバランスを崩している旭とダモクレスの間に割り込むように滑り込んだ。
「これは、ちょっとマズいかもしれませんね……」
 丹羽・秀久(水が如し・e04266)も逃げきれないことを悟り、刀を前に構えて身構える。その直後、激しい銃弾の嵐が降り注ぐ。しかし、彼の予想していた衝撃は来ない。
「……なんとか間に合ったようだな。行くぞ!」
「ありがとうございます。ムスタファさん。それに、カマルですね!」
 カマル。そう呼ばれた、隼にも似たボクスドラゴンは小さく鳴いた。気にするなと言うように。ニヤリと笑みを浮かべ、そのまま秀久はダモクレスの前へと飛び出した。コンパクトな動作から鋭い蹴りを放つ。ダメージを入れるためではなく、揺さぶりの為の攻撃。
 カマルは死神の前へと飛び出し、力強いブレスを叩き込む。大きく吹き飛んだ死神。それをムスタファの放つ雷が貫いた。けれども、まだ倒すには至らない。

●撃っても焼いても
「これでちょっとは安心かな?」
「手を貸す。多いに越したことは無いだろ。動きにくくなるのは、我慢してくれ」
 鎖を備えるレーニの隣で、ばさりという衣擦れの音が鳴った。SFじみたヘルメットと不釣り合いな特攻服を身に纏い、藤弦堂・広柾(鋼鬼・e02791)が手をかざす。小さく頷き合う。レーニの鎖はまっすぐ、広柾の鎖は壁や地面を伝い、四方から飛ぶ。それはまるで鎖の網だ。
 二人から放たれる鎖が、前に立つケルベロス達を絡めとる。動きを縛る為ではなく、その身を守るための盾として。
「そのまま奴の足を止めろ!」
 広柾の叫びと共に、高らかなエンジンの音が響く。ライドキャリバーのクロンがダモクレスへと銃撃を浴びせかける。弾丸の威力こそ先程のガトリングに及ばない。けれども、絶え間ない弾丸の嵐は向かい風の如くその足を鈍らせた。
「ヘンテコな魚なんてやっつけちゃえ!」
 主であるレーニの声援に応えるがごとく、鈴の音を響かせてヤルノがブレスを放つ。二発のブレスと雷を受けた死神。轟という空気の圧が魚のからだをへしゃげさせる。一匹が塵となって消えた。
 死神も、やられたままではない。仇討ちとばかりに、あぎとを大きく開き、噛み殺さんと殺到する。
「おっと! 動きが止まって見えるよーだ!」
 小柄な体を駆使してアーケードを駆けまわるドワーフ、阿南・つむぎ(食欲の春夏秋冬・e05146)。齢はそれなりながら、まるで子供のように無邪気に跳ね、死神の下をくぐり、避ける。けれども、完全に無傷とは行かない。鎖で多くは阻まれたとはいえ、怪我は避けられない。
「いっ……たいなぁ!」
 つむぎの血を食らい、死神は徐々に撃たれた傷を修復する。その動きが、突然止まった。死神の背後で、金切り声のような音が響く。それは声変わりも前の子供の笑い声のよう。
「怪我、大丈夫? ああ、こら、あんまり美味しくないと思うよ?」
 摘木が即座に杖をかざし、つむぎの傷を手当てする。彼女の視線は無邪気に痙攣する死神の周辺をくるくると回るビハインド、『彼』へと向けられている。
「じゃあ、美味しくしちゃおう。まずは、身をほぐすとこからーっ!」
 つむぎがメイド服をひらりと翻る。その両手に握られているのは小柄な体躯に似合わぬガトリングガン。それに気が付いて慌てて『彼』は逃げ出した。それと同時に無数の弾丸が死神を貫いた。先程修復したよりもさらに弾痕を増やしたそれは力なく倒れる。
「うーん、これ。やっぱりマズそう」
「ええ、そうですね……」
 摘木が苦笑交じりに頷くと、死神も塵になって消えた。
「魚は後一匹……やるで御座るよ! 喰らいつけ!」
 野良黒の放つ正拳突き。そこから生まれるパワーが吸い込まれるように死神へと命中。
「一気に決めるぜ。野良黒がそれなら、俺は火遁の術ってな!」
「そ、それは某のアイデンティティで御座る!」
 冗談めかして言いながら、旭が手元の術符を握り締める。怯んだ死神へと火球が命中し激しく燃え上がり、そして消えた。
「焼いても、ダメそうね……」
 つむぎが倒れた死神を見て、小さく呟いた。
「さて。残るのは」
 秀久が刀を構える。ケルベロス達も同様に身構える。死神は前哨戦。本番はここからだった。

●唸るエンジン、煌めく刃
 ダモクレスが駆ける。どこか狂ったような足取りだった。実際にどこか不調があるのか、その動きはまるで酔っぱらいの千鳥足のように奇妙な動きをしている。けれども、その狙いはケルベロス達だ。
 唸りを上げるチェーンソー。不規則な動きと武器の大きさは、避けるだけでも困難だろうことが分かる。
「やらせません! っう!」
 摘木が前に出て鎖をまとった腕で高速回転する刃を受け止める。ガリガリと嫌な音とともに鎖が引きちぎれ、大きく吹き飛ばされる。デウスエクスの無数の弾丸を受け、巨大なチェーンソーで切り裂かれれば、ケルベロスと言えども無事では済まない。
 『彼』の発する声が一層甲高くなった。まるで、悲鳴のように。
「大丈夫。手当ては私たちがやる! 絶対に倒れさせたりはしないよ!」
 『彼』を宥めるように、レーニは倒れた摘木の手当てに回る。ヤルノもまた、自身の力を分け与えその傷を癒す。必死だった。一瞬青ざめていた彼女の顔がいくらか和らいだのをみて、そのままレーニは手当てを続ける。しかし、完治には程遠い。このペースで味方が倒れ続ければ、いつか追い付かなくなる。それでも、自身に出来ることをやるだけ。レーニはそう決心し、手当てを続ける。
「奴は既に何も感じない。痛みを知るなら、攻撃を避けるなりするはずだからな」
 ムスタファの静かな言葉。敵に対する憐憫さえ感じ取れるような響きに、秀久は頷いた。
「ええ。なら、自分が突破口を開きます!」
 刀を地面に突き立て、すくうように振り上げる。秀久の振るう刀が光を反射し、闇を切り裂くように輝く。その軌跡を沿って燃え盛る炎の柱が一直線に走る。デウスエクスを焼く。
 それをきっかけに、ムスタファが地面を蹴る。高速回転を起こして力を増幅させた拳を一気にそのボディへ叩き付ける。表面の模造皮膚が弾け、堅牢な装甲を砕く一撃。追い打ちとばかりにカマルが体当たりをかます。
「サーカス団の新入りと言っても、これじゃ飽きちゃうかも」
 淡々と破壊を目論むだけのダモクレスの姿。それを見てつむぎはほんの少し頬を膨らませる。けれども、単純な力押しで一人ずつ潰されれば、負けるのはこちらということも分かっている。小さな体で跳ねるように飛び出し、砕けた装甲の内部へ、捩じり込むようなストレートを叩き込む。轟と空気が揺れ、ダモクレスが大きく体勢を崩す。
 甲高いノイズが響いた。たたらを踏むダモクレスへ、標識や看板。設置したライト。まるで子供が癇癪を起こして物を投げつけているかのように、様々なもとが飛んでゆく。
「全く。心配性なんだから……」
 まるでやんちゃな弟をなだめるような、優しい、それでいて芯のある声が響いた。それとともに、激しい雷がダモクレスを打つ。呼吸は荒いながらも、自身の足で立ち、杖をかざす摘木の姿がそこにあった。『彼』が嬉しそうに摘木の傍へと戻る。
「さて、一気に畳み掛ける。クロン、奴の足を止めろ!」
 広柾が腰だめに巨大な砲を構える。その真横を通り過ぎるようにライドキャリバーが疾走。ぎこちない動きを続けるダモクレスを囲むように高速で移動し、攪乱、時に体当たりをしかけて動きを鈍らせる。
「上出来だ。当てる」
 構えた砲を放つ。強烈な反動に、体格の良い彼でも一瞬その身体が大きくのけぞる。高速で放たれる大質量の金属。それがダモクレスの腹部へと命中する。踏ん張ったものの、ダモクレスは吹き飛び、膝をついた。

●月の見える夜
 膝をつき、ダモクレスはあちこちから煙を上げる。眼の部分にあたるバイザーは既に砕け、皮膚を模した表面は剥がれ、内部の機構がむき出しになっている。それでも、ダモクレスはゆっくりと立ちあがろうとする。
「むむっ。まだ動くで御座るか?」
「いいや。終わりだ。」
 身構える野良黒を、広柾が制した。ゆっくりとダモクレスは身を起こそうとする。けれども、動くたびに全身でくすぶる火の粉が身体を灼く。
 度重なる攻撃によって駆動系に異常を来たしたのか、細かに身じろぎこそしているが、一向に立ち上がる気配は無い。
「後は風となるだけ、で御座るか……」
「アンタは宗教やってるんだろ。だったら、祈ってやってくれ」
 旭の声に、僅かな憐憫が滲んでいた。旭の眼はダモクレスを警戒しているようで、どこか遠くを見ている。彼の見ているものが何かまでは分からない。けれども、彼の言わんとしていることを察して、ムスタファは小さく頷いた。カマルが彼の肩に乗った。異国の言葉を静かに呟き、そして
「お前の魂が救われますように」
 ばさりとマントを払う。それが隠していた本性を現す。巨大なあぎとを持つ、ブラックスライムがダモクレスの頭部に食らいつく。
「……これにて、一件落着。スーパーニンジャタイムも終了、で御座る」
 野良黒の呟きと共に、首から上のもがれたダモクレスはそのまま倒れ、消えて行った。
「お疲れさん。もう、休んでてくれ」
 旭はダモクレスの消えた場所へ視線を落とし、呟いてから踵を返した。
「でも。やっぱり死神なのに、死んだデウスエクスを生き返らせるなんて、変だよねぇ」
 つむぎは首を傾げながら辺りを見渡した。どこかにまだ、件の死神がいるのではという期待もあった。
「魚じゃあ話にならん。いつか、話が出来る奴を隅々まで調べてみたいところだな」
「ええ……謎の多い生き物です」
 広柾の言葉に、秀久は軽く頷いて商店街を見渡す。激しい攻防を終え、再び静寂を取り戻した商店街は、どこか寂し気な空気を発散している。ケルベロス達の立ち回りによって、いくつかの標識が折れている以外は。それも、てきぱきと摘木がヒールをしているせいで、手伝う隙間も見えない。それをまだ手当てが済んでいないのにと、レーニが追いかけている。
 先ほどまでの戦闘とは真逆の、どこか滑稽でさえある静かな、平和な光景。
「これが、少しでも長く続けばよいのですが」
「ええ。全くで御座る」
 二人は静かに空を見上げる。いつの間にか分厚い雲が裂け、ほんの僅か、月が顔を覗かせていた。

作者:文月遼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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