●アシダカの任務
都内某所、あるマンションの屋上で蜘蛛が蜘蛛に傅いていた。
「どなたもグラビティ・チェインを集める前に散ってしまうとは……、嘆かわしいことです」
胸を張り上品に腕を組み立っている蜘蛛、『上臈の禍津姫』ネフィリアは、平伏している蜘蛛に語り掛ける。
「貴方は、上手くやってくださいますね?」
そう声をかけられると、その蜘蛛は音もなく壁伝いにマンションを降りていく。
住民の断末魔を背に、ネフィリアは夜の闇へ消えた。
●アシダカを駆逐せよ
「どうやら、女郎蜘蛛型のローカスト、『上臈の禍津姫』ネフィリアが動きを見せているようです」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は語る。
ネフィリアは配下である知性の低いローカストを地球に送り込み、人を襲わせることでグラビティ・チェインの収奪を行う作戦の指揮を執っている。
放たれているローカストは知性が低い分、戦闘能力に優れているようだ。
「このローカストは高層マンションのベランダから侵入し、住民を襲っているようです」
ただ、グラビティ・チェインはゆっくりとしか吸収できないため、最初に襲われた一般人もすぐに殺されてしまうようなことはない。
「ネフィリアは姿をくらませているため、敵はローカスト一体のみです」
今回の敵となるアシダカグモの姿をしたローカストは、巣を張らない代わり非常に素早い動きを見せ、長い足で天井・壁・床問わずあらゆる凹凸をも超えて猛スピードで走破できる。
感覚器官も鋭く、足に伝わる振動でその部屋に住民がいるかどうかの判別が窓ガラスやカーテン越しでも可能。
マンションの最上階である二十一階から侵攻をはじめ、その階をあらかた襲撃し終えたら順次下の階へ降りていくようだ。
好戦的であり、獲物を捕らえた直後だったとしても別の獲物を見かけると捕らえた獲物を放り出してそちらの方に向かう。
その一方で自分より大きな相手には非常に臆病であり、一定以上の振動を感知するとパニックを起こし、一目散に距離をとるようだ。
「マンションの部屋は防音処理がなされているので、騒ぎが広がってマンション中がパニックに陥ることはないでしょう」
ただし、このマンションには空き部屋がなく、ほとんどの住人が部屋にいる状態であるため、戦い方や戦う場所に気を付けなければ余計な犠牲が出てしまうかもしれない。
「黒幕、ネフィリアに思い知らせてやりましょう。私たちの前にこんな作戦は無駄だということを!」
参加者 | |
---|---|
ニムバス・シェイド(アイムヒーロー・e01275) |
瑠璃家・ありく(螺旋プリン・e02258) |
ゼルガディス・グレイヴォード(白馬師団平団員・e02880) |
エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672) |
九々都・操(傀儡たちの夜・e10029) |
ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096) |
オルトリンデ・アーヴェント(魔歌・e22637) |
シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495) |
●作戦開始
抜き足、差し足、忍び足。
女二人――エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)とオルトリンデ・アーヴェント(魔歌・e22637)の後に続き、少し後ろから男二人――ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)とニムバス・シェイド(アイムヒーロー・e01275)が息を潜めてマンションの廊下を歩く。
一切の足音も立てず、全くの無言で目指すは廊下の突き当り、角部屋の2101号室。ローカストに襲われている男性のいる部屋。
はやる気持ちを抑え、慎重に時間をかけて忍び寄るのは、振動に敏感なローカストに接近を気取られないため。ここで焦ってしまえば逃走される可能性もあるからだ。
逃げ道を塞ぎ、男性を救出するための作戦。彼らはその第一段階の準備に向かっている。
一般的に、マンションの部屋には外への出入り口が二つ存在する。玄関のドアとベランダに出るための窓だ。
その両方から突入すれば、その部屋にいる敵――ローカストを挟み撃ちに出来る。逃走経路を遮断し、ローカストに逃げるという選択肢を与えない最良の策。
即ち、彼らのほかに四名がベランダから突入し、玄関から突入する班と合わせてローカストを包囲するのだ。
外で待機していたゼルガディス・グレイヴォード(白馬師団平団員・e02880)が頃合いを見計らって先陣を切り、風切り音もなく飛び立った。見晴らしがよく、翼を持たない者にとっては逃げ場のない高所――マンションの最上階へと。
瑠璃家・ありく(螺旋プリン・e02258)が後に続く。その顔は、直接手を下さずに裏で糸を引く上臈姫の悔しがる顔を見れないことを残念がっているようだ。
「その、ちっちゃくてごめんなさい! これでも、ちゃんとはこべるはずですから……。はこべます、よね?」
最後に、翼を持たない九々都・操(傀儡たちの夜・e10029)を抱えながらシャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)が飛び立つ。少しばかり不安になりそうな一言を口にしながら、目指すは屋上。事前の打ち合わせで、玄関から突入する班が先にローカストを引き付けるという流れになっていた。合図があるまで、屋上で待機することになっている。
尚この時、女子に抱えられるのを恥ずかしいと思いながら、照れるのは弱者のすることと恥じらいが表に出ないようにする男子の頑張りがあったことは追記しておこう。
●救出作戦
2101号室の前に到達したオルトリンデは班の先頭に立ち、鍵もドアチェーンもかかっていないドアをそっと開ける。使い捨てにされるローカストに若干心が痛みながら、ここで終わらせるために。
「ひっ……!」
部屋に入りローカストの姿を視認すると、エリシエルは短く息を呑み後ずさる。彼女自身虫の類は苦手ではないが、敵に警戒心を与えないための演技だ。
蜘蛛は獲物を前に舌なめずりをするかのように、トツトツと足音を立てながら玄関へ方向転換する。
関心は完全に目の前の女二人に移り、お役御免とばかりに男性を口から離し、その長い足を素早く蠢かせ一気に距離を詰めた。
「「キャアアアァァァーーーーー!」」
部屋に響く女性二人の絹を裂いたような悲鳴。その高周波は空気を細かく、激しく揺るがせた。
その声は割れた窓も通り抜け、屋上で待機しているケルベロス達の耳にも届いた。
その悲鳴は恐怖や嫌悪によって発されたものではなく、仲間に対しての合流の合図なのだ。
「平和を脅かすヴィランめ、覚悟しろ!」
まずはニムバスが女性の悲鳴にさっそうと駆けつけ、目の前の悪に対し啖呵を切る。彼の内心は、彼のみならずヒーローに憧れる者なら誰しもが一度はしてみたいと夢想していたことが現実となった喜びに震えていた。
この段階でようやく状況を把握したらしいローカストは器用に足を伸ばし、彼らの頭上をまたいで通過し、玄関からの脱出を試みた。
「すでに糸は切れていますよ。辿って逃げるには遅すぎたようですね」
部屋に入り、鍵をかけた扉の前で構えをとるヒルメルは、逃げ出そうとするローカストにとって立ちはだかる壁となる。足元を掬う猟犬縛鎖のおまけつきだ。
ローカストはすぐさま反転し、倒れている男性の元へ走る。しかし男性に近づくその前に足元が凍り付く。
ミミックのしどを抱えたまま割れた窓から突入したありくが、螺旋氷縛波を放ち妨害したのだ。そして窓とローカストとの中間地点に立ち、逃亡を図るローカストの行方を遮る。
続いて操がブラックスライムで牽制しつつベランダから部屋に入る。
「その男はしまっておけよ。流れ弾で死なれちゃ後処理がキツい」
表面的には偽悪的な態度をとってはいるが、その実男性の安否には気が気ではない。視線がしきりに倒れている男性へ向けられているのがその証左だ。
部屋に入ったシャウラは通せんぼと言わんばかりに光の翼を目いっぱい広げ、窓の通行を封じた。ウイングキャットのオライオンも翼を広げ壁となる。
部屋には七人のケルベロス(とミミックとウイングキャット)と、彼らに挟まれ逃げ場を完全に失ったローカスト。
ローカストは玄関とベランダを交互に見比べ、やがて玄関側より一人少ないベランダ側のケルベロス達の方を向く。ただ、それは戦う意思を見せたわけでも、逃げやすい方を選んだわけでもなく、男性が何者かに抱えられ部屋から出ていくことに気付いたからだ。しかしもう遅い。その何者かと男性は既に外に出て、飛び立つ直前だったのだから。
何者か――ゼルガディスは他の仲間たちがローカストを引き付けている間、捨て置かれた男性を部屋の外へ連れ出し屋上へ運んだのだ。
「――というわけだ。まあ、言いたい事も色々あるだろうが、一先ず先客の相手をしてからだな」
男性にペインキラーを施しながら状況を説明し終えると、再び部屋に戻るために飛び降りた。
●掃討作戦
ニムバスは月光斬を放つ。相手が素早いなら、その動きを封じるまでだ。
臆病者相手だからこそ強気に出ることが出来る。しかし相手が臆病者だからこそ、その考えは手に取るようにわかる。
逃走経路を確保するための動きを読み、八本ある脚の内一本を斬る。
ローカストは少しばかり後退すると、玄関から見て右側へ駆けだした。その先には壁があるだけだが、その細い脚を壁面に付けると、壁伝いに天井に立った。巣を張らないこのローカストにとっては、この部屋全てが巣なのだ。
ヒルメルは先日のネフィリアの配下との戦闘を思い出しながらわずかに笑みを浮かべる。操り人形と鎖につながれた猟犬、どちらに軍配が上がるのか。
(「もっとも、譲るつもりは毛頭ありませんが」)
そう考えながら仲間にサークリットチェインを施し、ローカストの攻撃から守る。
頭上から繰り出されるローカストのアルミニウムシックルに、ありくはマインドソードで対抗する。金属の鎌と光の剣、互いの得物のつば迫り合い。天井から押しつぶそうとする圧力と、天井へ押しつぶそうとする圧力が拮抗する。
その均衡が破られたのは、一瞬の隙を突いたローカストが天井を走って窓へ向かった時だ。しかしその前にゼルガディスの強靭な尾が振りかぶられていた。
「我の前から消えろ!」
テイルスイング・改によって薙ぎ払われたローカストは長い脚を本棚とタンスにひっかけ、倒しながら衝撃を殺し着地した。アルミニウムの牙を伸ばし、壁を食い破ろうとしている。
尚も逃げようとするローカストを操のレゾナンスグリードが捕らえる。蜘蛛の体が徐々に呑み込まれていく。しかしローカストは傷ついた一本と既に呑み込まれた三本を自力で引きちぎることでこれを逃れ、天井へ跳びあがる。
空中で回転し、天井を足場に踏み込んだローカストキックは易々と躱されたが、スライディングのように滑っていった先は扉の前。あろうことか技を敵を倒すためではなく逃げるために使用したしだ。着地したローカストは長い足に渾身の力を込めてドアを蹴破り、逃走経路を確保する。
「ごめんなさい!」
謝りながらシャウラが投げたオライオンは見事に脱出しようとしたローカストの足をくじき、床を擦りながら転倒させるに至った。頭部を部屋の方に向けてひっくり返り、態勢を立て直そうともがいている。
「さあ、ワタシがご案内しますよ……。覚める事の無い、混濁の水底へ」
マンションの一室で紡がれるオルトリンデの歌、聴く者の精神に直接謡いかける『神怪き魔歌』、Lorelei(ローレライ)。
ゆっくりと立ち上がるローカストの足元はおぼつかず、意識は混濁の波間に沈む。
「花鳥風月・嘯風朧月・山紫水明・飛花落葉。遍く散らせ、天ノ羽々切!」
脱力の後、急加速したエリシエルの斬撃と手裏剣の嵐が、満身創痍のローカストを切り刻む。幾度となく敵前逃亡を繰り返した蜘蛛の兵士にはついに引導が渡され、ローカストは血を流し倒れ伏した。
●作戦終了
「これにて終了、だね。さーて、と。……直さないとなあ、この惨状」
戦闘が終わり、改めて目の当たりにする部屋の状態にエリシエルはため息混じりに呟く。
窓ガラスは割れ、ドアは使い物にならず、壁紙は破れ、天井はへこみ、床は傷つき、本棚やタンスは倒れ、まるでこの部屋だけ局地的な台風が発生したと言わんばかりの有様だ。
敵を倒すために部屋を傷つけないよう手加減する余裕はなかったので、このコラテラルダメージは仕方ないと言えば仕方ないのだが、かと言ってこのまま帰るという選択肢は彼らケルベロスには無い。
応急処置として部屋にヒールをかけ、部屋中の傷を元に戻していく。倒れた家具は男性陣が協力して元通りにした。
「んー、いー事したー!」
ありくは背伸びをし、部屋を後にする。瞳の中のシロツメクサの葉は四つ。それに映る光景は一人の男性の幸福を守った晴れがましさで彩られていた。
「大丈夫だったか?」
それと入れ違いにゼルガディスは男性を部屋に連れ戻した。幸いにも男性は介抱されたあとすぐに走って避難できるほどに回復しており、命に別状はない。少しばかり様変わりした部屋の様子を見て呆然とはしているが。
「これを使うと良い。リフォームの足しにしてくれ」
ニムバスは残高に若干の不安を感じながらもケルベロスカードを男性に手渡した。ヒーローグッズを収集しているため正直に言えば懐は寒々しいのだが、ヒーローは一度口にしたことはみっともなく撤回したりしないのだ。
一方、ヒルメルはマンションの管理会社に赴き、改修費としてケルベロスカードを進呈していた。家宰と使用人、主に仕える者としてシンパシーを感じたのか、オルトリンデも同行している。
カードの額については、受け取った責任者がにんまりと意味深な笑みを浮かべた程度であること以外は伏せておこう。
場所は再びマンションに戻る。
「みなさんおつかれさまでした!」
シャウラはペコリと頭を下げ、仲間たちにお辞儀をする。敵を倒したケルベロス達はそれぞれの帰途につき、住民は再び平穏を取り戻す。
「強者、か……」
仲間たちが帰っていく中、操は立ち去っていく『英雄』の背中を見つめていた。彼の胸中に渦巻いているのは、強い羨望の念。人の命を救った『正義の味方』に対する強い憧れ。思わず口に出た言葉が誰かの耳に入ることはなく、夜の帳が降りたマンションの静寂の中に消えた。
作者:天川葉月 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年3月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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