戦艦竜足柄を討て、海の中の君へ

作者:ほむらもやし

●危険な海域
 果てのない暗闇にも見える深海を、戦艦竜足柄はゆっくりと泳いでいた。その動きは、底のしれない崖を降りるように、どこまでも潜って行くように見えたが、突然に潜る動きをやめて、動きを変えた。
「ひゃっはー!! 戦艦竜、恐るに足りず! わがヨットの前に立ちはだかるもの無し!!」
 ちょうど同じころ、大学生のサークルの一団を乗せた賑やかなヨットが、危険海域を示す鮮やかな黄色の警告ブイを横を通りすぎていた。
「そろそろ引き返そうぜ、本当に出くわしたら洒落にならねえし……」
 数百メートルくらい進んだ頃合いで、さすがに怖くなってきたのか、
「根性ねえなあ、分かったよ。帰る前に記念撮影をするか、警告ブイをバックに、富士山も入れればいい構図じゃないか、はいチーズ!!」
「お、良い感じだねぇ、俺も撮ろう!!」
 楽し気に騒ぎながら、スマートフォンで写真や動画を撮り合う学生たち。
 その姿を見ると、誰も救命胴衣を着けていなかった。映りが良くないからと思ったからなのだろうか。
「相模湾クルージング中なう」
 最近の若者らしく、SNSへの投稿も忘れない。
 緊張感のない時間がこのまま続くだろうと誰もが思っていた。
 だが。
「えっ?」
 下からの突き上げるような衝撃を受けて、視界が宙を泳ぐ。1秒ほどの僅かな時間、テーブルの上に載っていたお菓子やコップの中の飲み物がスローモーションのように宙に浮かび上がり、まるで無重力の世界にいるような錯覚を覚える。
 そして激痛が襲い掛かってくる。同時に見えたのは、吹きあがる大量の海水とバラバラに砕ける船内、海に投げ出される友だち、あるいは砕けたヨットの破片に身体を割かれた友だち、残骸と共に沈んでゆく友だちの姿だった。
 翌朝、小田原の海岸には、6人の学生の死体が打ち上げられた。
 
●討伐のお願い
「とても残念なことだけど……。危険海域に侵入してしまったヨットが、戦艦竜足柄に襲われ、乗っていた大学生6名全員が死亡した」
 ケルベロスたちを前に話を切り出した、ケンジ・サルヴァドーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、ついに犠牲が出てしまったと、悲し気な表情を見せた。
「……君たちに責任があるわけでないから、気に病まないでほしい。だけど、事は急いだほうが良いかもしれないね」
 そう言って、今回も新たにクルーザーを1隻手配したこと、手配できるのは1隻のみであること、スペックは前回同様で、帆もついている、使い方は自由、壊しても問題にはならないことを告げた。
「足柄の攻撃は基本的に、体当りを含む打撃、搭載砲の射撃、雷を帯びた水流だね」
 自力でダメージを回復できない足柄は数の劣勢を理解している。弁えた上で自分の攻撃力が生かせる戦術を取る。
「先手は足柄に取られる可能性が高い、何とか上手く誤魔化して躱せれば、良いのだけど……」
 前回の囮を使った作戦は一定の効果を上げていたので、精度が高められればさらに効果を上げるかもしれない。
 足柄のダメージは戦闘には支障はないが、外見にはダメージがあると見てわかる程度のものがある。
「ただ、足柄は前回の戦いで不意を突かれて直撃弾を受けたことを覚えていると思う」
 行動の傾向には確定できない部分もあるが、限られた海域をテリトリーと設定して侵入者を迎撃しているのもほぼ間違いないだろう。
 そして守りに関しては際立った特徴が無いことも判明している。
「失敗は誰にだってありえる。でもその失敗を致命傷にしないテクニックが大事なんだ」
 幼年期に失敗や挫折を体験し、自制心や、他人の心の痛み、絶対にやってはいけない行動などを学べた者は幸せなのかもしれない。あらゆるものに安心安全を要求し、極度に危険が排除された中で育った者には何が本当に危険であるかを感じる感性が失われてしまう。
「とても危険な相手だけど、時には相手が何であっても正面から、打ち破ろうという気概も必要なのかもしれない」
 そう確りと告げると、ケンジは丁寧に頭を下げてから、話を聞いてくれた、これまでも危険をくぐりり抜けてきたであろうケルベロスたちに熱い視線を向けた。


参加者
メラン・ナツバヤシ(ハニカムシンドローム・e00271)
鏑木・蒼一郎(蒼き独角・e05085)
四御神・清楓(アナザーレゾンデートル・e07644)
アリス・リデル(見習い救助者・e09007)
トゥル・リメイン(降り注げ心象・e12316)
鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)

■リプレイ

●戦いへ
 この日、ケルベロスたちは、渚親水公園のヨットハーバー付近から陸地沿いに北上、真鶴半島の南側を東進する経路で、戦艦竜足柄により危険と設定されている海域を目指していた。
 ケルベロスたちの操るクルーザーには付近の海岸で集めたらしい、木材や強化プラスチック製の船の破片などが積まれており、そのボリュームのせいで、居住性は最悪、また重みにより船体のバランスも悪く、操船の感覚も微妙という有様。
 それでも何とか、足柄の出現する海域を手前に到達し、計画した作戦に必要と考えた品を海に投げ入れ始める。積み荷が減るにつれてクルーザーには安定感が戻ってくる。
「……思った通りの方向に流れてくれないわね」
 メラン・ナツバヤシ(ハニカムシンドローム・e00271)が、残念そうに肩を竦める。
「敵に遭うまでの段取りは、メランちゃんの言う通りですね、私は周りを警戒しておきます」
 ゴミに近い積み荷も無くなって、居心地のよくなった船内に腰を掛けると、ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)は周囲の海面を無造作に眺める。
 作戦を了解したことを告げて、鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)はクルーザーを降りようとするが、思い通りに手配できていない物が多々あるので、不安な気持ちになってくる。
(「これ以上被害が広がらないようにしなくちゃね、ロキ」)
 空は青く快晴に近い天気だが、陸地側から吹いてくる風は相変わらず、波もいつもと変わらない様子でクルーザーを揺らしている。
「このクルーザーも諦めるしかないね」
 会話音を仕込んだ音声プレイヤーをクルーザーのあちこちに仕込み終えた、四御神・清楓(アナザーレゾンデートル・e07644)が、惜しげもなく告げる。
「爆弾は手に入らなかったから、一応用意はしてみたが、戦艦竜相手だぜ? 爆竹ごときで驚くと思うか?」
 戦いを目前に考えを整理した、アリス・リデル(見習い救助者・e09007)が、疑問を口にする。
「まあ、効果なさそうだし、クルーザーに残ってまで爆竹鳴らしたいって奴も居ないだろ」
「それと、残念だけど、海の流れを好きには出来ないから、あれは泳いで動かすしかないわね」
 無秩序に海面を踊る漂流物を指さし、何かが吹っ切れたように、メランが言い放つ。
 海に落とした木材は、流れて欲しい方向とは、別の方向にバラバラに流れていた。
「え?」
 意外な展開にヒマラヤンが目を丸くする。目立ちにくくなる非戦闘アビリティを使いつつ、海面を漂う流木に身を潜めていれば、おそらく所在を誤魔化し切れる可能性は高い。
 だが、身を隠す非戦闘アビリティも無く、浮遊物と共に泳がざるを得ないなら、浮遊物によるカモフラージュが見込める分、ただ泳ぐだけよりも見つかるリスクは減るが、見つかる可能性は他の仲間よりも桁違いに高い。
 もう作戦が開始されている。今できる最善の思考をして先に進むしかない。
「それでいい。俺も手をかそう」
 ヴォルフ・シュヴァルツ(新月・e03804)はそう言って、波間を漂う木材のひとつに跳び乗ると、下半身を海に入れ足柄の出現する方向に向かって泳ぎ始める。
「気が抜けない戦いではありますが、頑張っていきましょうね。ラキャー」
 相棒の名前を呼び、トゥル・リメイン(降り注げ心象・e12316)は気合いを入れる。クルーザーはエンジン音をとどろかせ、危険海域へ微速で進み入る。そして漂流物に身を隠しながら、遠目にそれを見守るケルベロスたちの姿があった。

●戦い
(「さて、新しい作戦は、どないやろね」)
 危険海域に入って暫く、灯乃が緊張した視線を向ける先で、クルーザーの真下の海面がお椀状に隆起を始める。
(「かかったわね」)
 メランもほぼ同時に異変に気付き、取り出した妖精弓を2つに束ねて足柄の出現に備える。
 直後、海面の隆起は急速に高さを増し、緩やかな局面は刃物のような鋭角となり、轟音と共にクルーザーを真っ二つに切り裂いた。空中に舞い上がった残骸と白い水しぶきが辺り一面に降り注ぎ、冷たく強い水流がケルベロスたちの身体を叩く。だがあくまでも物理現象だけだ。ダメージはない。今が攻撃の好機だ。メランは水面に露出した足柄に狙いを定めると、引き絞った妖精弓の弦を放した。
 鋭い風切り音と共に放たれた漆黒の巨大矢が、身体の中央部にある砲塔に突き刺さり、続けてボクスドラゴンのロキがブレスを放つ。
「鈴の音を増幅したサウンドウェーブ、あなたに耐えられますか?」
 水中に潜ったヒマラヤンが放った音波が足柄の下方から襲い掛かり、巨体を揺さぶる。
「そろそろ男前なところ、みせてもらってもええころやと思うけど」
 テレビウムにテレビフラッシュを放たせると、灯乃はサークリットチェインを発動する。展開されたケルベロスチェインが魔法陣を描き仲間を守護する盾となる。
「もっと熱く! もっと激しく! 盛り上がってこーぜ!」
 アリスは幼く見える胸の前で両手を握り絞めると、燃え上るような音量で吠えた。瞬間寒々とした海の空気は炎に包まれたような熱を帯び、足柄の半身を容赦なく焦がす。
(「次の奴らのためにできる限り成果をあげないとな」)
 ヴォルフが狙うは水上に出ている砲塔のひとつ、手足に集中した重力と共に高速の一撃を叩き込めば、鈍い金属音を立てて、その拳を弾きびくともしない。
 続いて、鏑木・蒼一郎(蒼き独角・e05085)の渾身の力を込めて振り抜いた旋刃脚が足柄の急所を貫く。次の瞬間、凄絶な力の炎が吹き上がり、外れかかっていた装甲が吹き飛んだ。
 攻撃は順調で足柄の身体に刻まれた損傷が急速に増えているのは明からだ。
「これでどうかな?」
 このタイミングでトゥルは爆破スイッチを押し込む。瞬間、仲間たちの背後にカラフルな爆発が起こる。その支援を得た、清楓は装備するミサイルポッドの全てを稼働させ、大量のミサイルを発射する。無数の煙の筋を引きながらミサイルは清楓と足柄の間を飛び抜けて土砂降りの雨が打ち付けるように足柄の半身に命中し、鮮やかな爆炎を広げる。
 ケルベロスたちの一方的な連撃を耐え切った足柄は怒りにも似た咆哮を上げながら、焼け焦げたように見える砲塔を一斉に動かし、明らかに偏っている前衛に狙いを定める。
「砲撃来ます。気を付けて下さい――」
 トゥルの警告が砲撃による爆音にかき消される。激しい空気の振動を示すように波が砕け連続する爆音と共に硝煙を含む風が吹き荒れた。甚大な威力誇る連装砲塔による連続射撃、圧倒的な火力の直撃を受けてアリスと、ライドキャリバーのラキャー、ウイングキャットのヴィー・エフトが戦闘不能に陥る。
 そして深刻なダメージを負ったヴォルフとトゥルの2人が膝をつく。
「……」
 傷ついた仲間が多すぎる。ある程度想像はしていたはずでも気持ちが揺らぐ。だが戦わなければ状況は動かない。
 今、目指すべきは、足柄に一撃でも多くダメージを与え、撃破に近づくことなのだから。
 冷徹に判断して、灯乃は爆破スイッチを押す。瞬間、砲撃を終えたばかりの、足柄の砲塔付近が爆炎に包まれる。
「なるほど、この攻撃の重さが、足柄の厄介な所だったのですねえ」
 両掌に力を集中しつつ、ヒマラヤンは前に手をかざす。次の瞬間、掌に先で閃光が爆ぜて、極太の光条が発射される。直後、光る筋に焼かれた連装砲塔の一つが大爆発を起こす。
「もしかしたら、このまま、一気に沈められるんじゃないかしら?」
 足柄の異変を直感した、メランが赤く大きな瞳を開き、その直感を確かめるように、足場としていた流木を踏み込む。直後、冬の太陽を背に跳びあがったメランの影が足柄の上に落ちる。
「……慈悲など無いわ、絶望と共に深淵の闇に堕ちなさい」
 凛とした叫びと同時に影の中から生み出された、数多の漆黒の針が足柄の体内にめり込んで行く。
 二度目の爆発が起こる。
 様子が明らかにおかしい、多少の危険を冒しても今は攻め時だ。
 直感が知らせるシンプルな作戦が前衛の5人で共有される。
(「わからない」)
 傷だらけの身体に鞭打って、ヴォルフは浮遊物を蹴りながら、海面を駆ける。
 応急的なヒールは施されていたが、危険な状態にあることは変わりはない。
(「けれど、打ち込むだけだ」)
 地獄の炎を帯びた拳に全身の力を乗せて、近くでは岩礁のようにしか見えない足柄の巨体に叩き込む。
 同じころ、清楓は水中から足柄を狙う。
「時は満ちた……」
 冷たい海水が身体に打ち付けられ中、使命感に突き動かされるように、必殺の殲滅兵器を組み上げていた。
「私の知力の結晶、確と見よ! Ein Angriff,Vorbereitung……Schuss!」
 叫びと共に発射された流星の如きレーザーが水上に露出した足柄の頭部を掠める。
「来たれ雷帝! 我が敵を討ち祓え!」
 溢れ出る電気の力が蒼一郎の額に集まる。青白い光を帯びた額の角から放たれた次の瞬間には足柄に襲い掛かり樹枝状の光を広げながら爆音を轟かせた。
「やった……のか?」
「いいえ、まだよ」
 一瞬海が凪いだ。穏やかな海面に全身をさらけ出した足柄の全身は傷だらけで、痛々しく憐れにも見える。
 だが、次の瞬間。ぱあんと何かが弾ける音して、足柄の周囲に雷光を帯びた水柱が立ち昇る。
 水柱は瞬く間に前衛の5人を巻き込んで、その強烈な水流で翻弄する。
 水柱の消えた後には、戦闘力を失ったメランとヴォルフ、トゥルがバラバラに砕けた無数の木片と共に浮いていた。
「――おしまいや」
 追撃を警戒しようとするヒマラヤンを灯乃は引き留める。
 足柄は撤退する者を追撃することは絶対にないが、立ち向かってくる者には容赦がないからだ。
 ヒマラヤンは、そこまで相手を信じて良いものか疑問にも感じたが、感謝した風に小さく笑った。
 2人のやり取りが聞こえたわけではないが、深傷を負った足柄も背中を向けて、海中に潜って行く。
「これで少しは、次に繋げられましたかね……?」
 陸から吹いてくる風はまだ冷たいけれど、海原には春の気配を予感させる光が降り注いでいた。

作者:ほむらもやし 重傷:ヴォルフ・シュヴァルツ(黒キ獣は何を見る・e03804) トゥル・リメイン(降り注げ心象・e12316) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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