かすみがうら事変~紅神

作者:のずみりん

「君がチャンプだ。おめでとう、『紅』」
「くだらねぇ」
 芝居がかった口調のシャイターンを、女は一刀両断に切り捨てた。
「アタシが戦うのはアタシが生きるためだ。黒幕か何かしらねーが……」
 やさぐれた口調と様相で、女不良は鉄塊の如き攻性植物の刃を抜く。だが、手入れもされず伸びた赤髪がタテガミの如く威嚇する様相にも、シャイターンは弁舌を緩めない。
「では、その生き方に惚れた、このシルベスタからの差し入れと思ってくれたまえ。君は進化の為の淘汰を耐え抜き、生き残る事が出来た……この種はその栄誉の証だ!」
 投げられた何かを紅は逆手でつかむ。ほおり捨てようとした種のような何かからほとばしる凄まじい力が彼女を誘惑する。
 それはシャイターンの傍に立つ攻勢植物……ユグドラシルガードモデルラタトスクが手にしていた楽園樹『オーズ』の種。
「その種は攻性植物を超えアスガルド神に至る楽園樹の種だ。その力は……」
「ふん、悪かねぇ……何のつもりかしらねぇが、受け取ってやるよ」
 シルベスタの言葉を遮り、紅は刃を雑居ビルの床へと叩き込む。砂糖細工か何かのように健在が粉砕され、そして異常が始まった。
「これが神の力か……あぁっ……血が、肉が騒ぎやがる……いい気分だ! はぁっ!」
 精悍な女不良の肉体を攻性植物が包んでいく。衝動のままに破り捨てた服から露になる鍛えられた筋肉と支えられた四肢、美肉が朱い甲皮に覆われた。胸元でオーズの種がぎょろりと輝く。
「あぁ、わかるぜ……アタシが神だ!」
 3メートルにも及ぶ攻勢植物と化した女不良は衝動のままに力を全開する。砕け散ったビルが植物質に再生され、そのまま枝を街へと伸ばしていく。
 攻性植物の密林と化していく市街の方々から聞こえる悲鳴と怒声、混乱。親世間に疎まれ、腕一つで生きてきた不良少女は、流れ込む力に初めての満たされる心地よさを感じていた。
「これが神の気分か……紅の神、紅神ってとこか。あっ、ははは……っ!」
 攻勢植物に埋もれるように残った人間の上半身で、紅は恍惚と笑った。
 シルベスタとユグドラシルガードモデルラタトスクの姿は何時の間にか消えていたが、彼女がそれを気にすることはなかった。
 
「かすみがうら市で非常事態だ」
 リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は、白神・楓(魔術狩猟者・e01132)から届いた緊急報告を皆に見せる。
 人馬宮ガイセリウムで発見された『楽園樹オーズ』と、かすみらうら市で発生していた攻性植物の関連性を調査していたという彼女は、遂にその陰謀を突き止めたらしい。
「彼女の予想通り、かすみがうらの攻性植物事件の裏には楽園樹オーズの種を利用するシャイターンの暗躍があった。シャイターン『シルベスタ』はケルベロスの介入や攻性植物同士の抗争事件を生き抜いた不良達により強力なオーズの種を与え……今、かすみがうら市街で一斉に事件を引き起こさせた」
 かすみがうら市の市街地の一部は密林のような街に変貌していた。市民たちは植物に絡みつかれ、グラビティ・チェインを吸い取られている。このまま放置すれば人々はグラビティチェイン全てを奪われ、遠からず干からびて死ぬだろう。
「市民の安否、攻性植物の新たな力。どちらも放置はできない。ケルベロス、オーズの種を手に入れた攻性植物を倒し、人々を救ってくれ」
 
 状況を説明し、リリエは新たに資料を渡す。オーズの種を手に入れた攻性植物化したという不良……赤髪の女不良の姿は、飢えた野獣のようにぎらついて見えた。
「知る者からは『紅』と呼ばれていた……苗字は不明。親しい者もいない。雇われ用心棒として腕一本で抗争を生き抜いてきた生粋の武闘派、らしい」
 そんな一匹狼の少女が、なぜシルベスタたちからオーズの種を受け取ったのか? その心の内はわからないが、彼女が今や強大な敵である事は疑いようもない。
「今の彼女は全長3メートルほどの紅色の攻性植物……歪な人型の植物巨人に人間の身体が埋まったような姿だ。ちょうどパワーローダーのような感じだな」
 腕部は鉄塊剣のような大型のブレード状に変化でき、これが主武装となる。もちろん攻性植物としての特性も健在で、戦場を浸食して敵軍を埋葬するように襲い掛かってくるという。
「それと武闘派と説明したが、彼女は武人というわけじゃない。戦い方に拘りはなく、勝利のために何処までも貪欲になれるタイプだ」
 リリエは前置きしながら戦場を説明する。彼女の居た雑居ビルと周辺は植物と化し、異形の密林と化している。攻性植物の巨体すら溶け込んでしまうほどの……敵は警戒しなければ遠慮なく奇襲を仕掛けてくるだろう。
「ビルや周囲の路上にはテナントの授業員や客が二百人程が捕らわれているが……注意してくれ。どういう仕組みか知らないが、救助しようとすると彼女にはそれがわかるらしい」
 市民の解放を座して待つ敵ではない。救助に時間をかけていれば、その隙をついて攻撃されることになるだろう。
「攻性植物を撃破すれば市民を捕らえた植物も消えるはずだが……判断は任せる。リスクを考えたうえで検討してくれ」
 難しい顔でリリエは言う。本当に極めて厄介な事態だ。だがこれでも、最悪の事態は防げたと考えるべきか。
「このままでは、かすみがうら市は完全に植物化されてしまうところだった……ここで撃破して防げる、と思えば行幸かもな」
 ケルベロスたちを元気づけるようにリリエは言った。


参加者
青泉・冬也(人付き合い初心者・e00902)
愛柳・ミライ(宇宙救済系・e02784)
神崎・晟(海の防竜・e02896)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
白城・優生(猛虎焔舞・e10394)
カナメ・クレッセント(羅狼・e12065)
花守・すみれ(菫舞・e15052)
霧島・龍河(発火点・e20735)

■リプレイ

●突入
「過去に世界を旅行してた頃、アジアの密林、踏破したことあるんだけどな……」
 密林を文字通り切り開いて進む白城・優生(猛虎焔舞・e10394)は汗をぬぐい、仲間たちに振りむいた。
「……雑木林とはわけが違う。コイツはホンモノのジャングルだぜ」
 降下から一体どれだけ歩かされたことか。差し込む日差しを遮る木々、絡まる蔦や伸びた下草が進む脚を阻む様子は、とても昨日の今日まで日本の一都市だったとは信じがたい。
 虎や毒蛇が出ない分だけ幾らかマシではあるが、あるべき動物の姿がないという事実は密林の奇怪さを一層際立たせている。
「……ここから、問題のビルのようですね」
「雑居ビルにしては広い間口だな。ここに布陣させてもらおうか」
 慎重に蔦をどかして建築物を確認した青泉・冬也(人付き合い初心者・e00902)は、場所を見繕う神崎・晟(海の防竜・e02896)に頷くと服の生地から赤い糸を作り、たらす。
 ここから先はいわば迷宮探索。起点より伸びる不思議な『アリアドネの糸』は、文字通りの命綱になってくれるはずだ。
 彼自身は分担上、深追いすることはないだろうが用心にこしたことはない。
「すみれさん、巣作りを」
「任せといてっ!」
 花守・すみれ(菫舞・e15052)は思い人の呼びかけに笑顔で応え、複雑に糸を組み合わせた『巣』を作り上げ、救出者をかくまう拠点を作り上げていく。
「花守さんのこと。お任せしますね、青泉さん」
「フローネさんも、お気を付けて」
 冬也と同様にアリアドネの糸を伸ばしたフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)は彼に挨拶し、奥へと踏み込んでいく。
 二百人という人数を余すことなく助け出すのは不可能とわかっているが、それでもできる限りの命は助けたい。その思いはケルベロスたちに共通するものだった。

「こちらフローネ、地下より捕縛者三名を発見しました。衰弱しており、手当しだい戻ります。どうぞ」
『了解。今、霧島さんたちが戻ってきました。既に敵も気づいていると思いますので気を付けて』
 くぐもった『任務用トランシーバー』からは冬也の声に混じり、バチンと爆ぜる音と悲鳴が聞こえてくる。恐らく霧島・龍河(発火点・e20735)の治療術だろう。彼の治療は強力だが少々荒っぽいのが難点だ。
「このKBアイドル・Love You! ミライが来たからにはもう大丈夫なのです! 何かあっても、必ず助けますから……!」
 励ますように衣装を変身させた愛柳・ミライ(宇宙救済系・e02784)は、乾ききった様子の老人に持参したペットボトルの水を飲ませる。
 男性も頷きで反応できるくらいに回復したのを見て、二人は慎重に地上階へと人々を運んでいった。
「ソッチも無事か……いや、こりゃひでェな。奴さんには出くわさなかったみたいだが」
「おっきいし、狭い地下はイヤだったのかな?」
 上がってきた二人にいいながら、龍河は手馴れた様子で救助者を診断していく。急いだ甲斐はあったのか、ここまで助けた二十数人で大事に至った者はまだいない。
 だが同時に、とっくに気づいているはずの支配者の姿が全く見えないのは気になるところだ。展開している『隠密気流』がうまく身を隠してくれたのか? あるいは獲物を選んでいるのか……。
『来たか! 狙いは……っ!』
 思案する緊張の刹那、冬也の『任務用トランシーバー』が着信を告げる。示されるアドレスは優生の、声はカナメ・クレッセント(羅狼・e12065)のものだ。
 そして、そこまで読み取れた次の瞬間にブツリと通話が切れる。邪魔されたか、破壊されたか?
「行ってくれ……なに、おかげさんで、大丈夫だ」
「……ごめんなさいっ! ありがとうございます!」
 気遣うようにいってくれた老人に感謝し、すみれは巣を撤収する。敵が向かってきた以上、まず食い止めなければ彼らを助けることはできないから。
「いこう。決着をつければ皆助けられる」
 素を見せた冬也の呼びかけに頷き、すみれはゲシュタルトグレイブを手にとった。
「元気になれる曲を一曲……歌う時間はなさそうなので。このカードあげますので、今度是非ライブに!」
「お、おぅ!」
 ミライにカードを手渡された青年は勢いに押されながらも、手を振って見送ってくれた。

●紅の森が迫る
 刀身に写った樹の違和感に、優生は咄嗟に身を投げた。
「やっぱテメェからだな。人ン家をあんまり荒らすんじゃねぇよ」
「お前のものってわけでもねぇだろうが……!」
 わずかな差で彼の居た場所を薄紅の巨刃が叩きつぶす。
 初手で潰すべき敵を図っていたのか。優生を見下ろす凶器の持ち主は自分たちの二倍はあるかという巨体……それが違和感なく隠れていたという脅威にカナメは気を引き締めて両の剣を抜き放った。
「奇襲、不意打ち……戦場では常套手段ですが、実際にやられるとなると気が抜けませんね」
 真紅と蒼、獅子と水瓶の力を秘めたゾディアックソードが十字を切る。紅の攻性植物は床材にめりこんだ刃を事もなく引き抜き、天地を揺るがす衝撃を受け止めてくる。
「そんなモンかよ、ケルベロス」
「強いな。だが、まだまだ」
 カナメの眼前で植物巨人の上半身に埋まった少女、紅の顔が嘲う。飛び退く足元で草木がざわついている。
 優生が死角より踏み込みかけたのと、仲間たちが駆け付けたのはほぼ同時。
 彼の刃が、ミライに向かうのも。
「あ、危なっ!?」
「催眠されているようだな。目覚めの刺激をくれてやろう」
 防御を切り裂いて迫る斬撃に身を引くミライ。飛び越えて前に出た龍河は縛霊手ごしに優生の脚を掴んだ。
「のあッ!? た、助かったぜ」
 接触部に炸裂する蒼雷。跳ね起きる患者の様子はさながらショック療法だが、れっきとしたヒールグラビティである。変調そのものへ攻撃を加える治療術こそ、龍河の切り札。
「へぇ。面白くなってきたじゃねェか」
「攻性植物か……あの時のようには、いかないだろうな……」
 八人を前にまだ余裕を見せる紅に、晟は攻性植物に寄生された少年を思い出し苦い顔になる。あの時は救出が間に合ったが、異形の力を受け入れた彼女は助ける事は果たしてできるのか。
 室内に未だ残る被害者を助け出してミライに託し、彼は暴れまわる少女の姿をみやった。
「生きるだけならそこまでの力は必要ない筈。人をやめてまで得たその力で、お前は何をするつもりなんだ?」
「何をする? やりたいようにやるンだよ!」
 冬也へと迫る刃に紫水晶の輝きが割り込む。両の手の可変式攻防光盾と組み合わさった光の多重防壁は必殺の一撃を何とか受け止めた。
「神の力とやらでこの盾、突破できますか? 来なさい!」
「へっ、面白れぇ」
 蹂躙するように変化していく紅のブレード。『フェンス・オブ・アメジスト』の輝きがひび割れ、押し込まれだす。
「ラグナル!」
「くぁッ!」
 晟は戦場へ戻りざま、相棒へと呼びかけて爪を剥く。属性をインストールされた超硬質の竜爪が刃の腹を打ち、半ばから叩き折った。
「この程度で神を気取るとは……随分と滑稽だな」
「息が荒いぜ、英雄さんよぉ?」
 呼吸を整えながらの軽口を見下ろす紅。即座にブレードは再構築され、戦場を走る草木がケルベロスたちを埋葬せんと襲い掛かってくる。
「部屋中からくる! 壁にも気を付けろ!」
「お願い、ポンちゃん!」
 カナメの叫びにケルベロスたちが散開した。
 ラグナルに加え、ミライのボクスドラゴン『ポンちゃん』も次々と属性を渡し、攻性植物の嵐に対抗する。すみれを催眠する蔦を龍河の電撃が切り裂き、彼女は『サキュバスミスト』で空間を満たした。
「それで終わりか? ならば一つ返させてもらおう。生憎だが、私はヒーローでも正義の味方でもない……守るべきものを守る、只それだけだ」
 全ての武装を束ねた晟の姿が瞬間、巨竜化する。屋内ゆえ限定的なものだが、自らに比類する体格の出現は紅に十分な圧力をかけた。
 大型のランチャーから躊躇なく放たれるミサイルの群、『砲戟龍の窮追』の爆風が異形の植物を薙ぎ払った。

●神の力とは
「……神様になったっつーんなら……神様になった分のツケは払ってもらわねェとなァ……?」
 何度目かの紙兵を展開し、龍河は紅の肉体を冷たく睨みつける。デウスエクスとなる事を受け入れた少女に憐憫はない。あるのは狂気じみた殺意のみ。
「ツケかよ。一番嫌いな言葉だぜ、おっさん!」
 埋葬形態を破られた攻性植物が再び巨剣の形をとる。叩きつけるように突っ込んでくる巨体をカナメは半身で受け止めた。
「負けはしない! 騎士の誓いと誇りを乗せ……必ずや勝利の二文字を!」
 質量差で押し込まれる刃を巧みに逸らし、右肩を守る『シュラハトフェルト』のラインに乗せる。地獄を覆う義骸装甲が火花を上げて一打を流し、カナメを巨体の懐へと吸い込ませていく。
「てめ……ッ!?」
 呻きよりも早く。破邪顕正、二天一流。紅蒼の閃光が薄暗い屋内に幾重もの奇跡を描き、攻性植物の太い脚を切り刻んでいく。剣が引き戻されるよりも早く振り抜き、跳躍。
 地上から浸食にくる攻性植物に対し、フローネのアメジスト色の光壁が阻み立った。
「クソ……なんで押し込まれてんだよ! オーズ、オーズよぉ!?」
「所詮、借り物だろうが……誇りのないのは戦士じゃねぇ。勝つ手段だけの奴は暴力馬鹿ってんだ」
 苛立たしくブレードを振り回す紅に、優生は挑発……わずかに本音を込めて吐き捨てる。その声は果たして紅の心に届いたのか、どうか。
「まさかこんなものじゃねぇよなぁ……? もっと! もっとだ!」
 叫びながら振るわれる巨刃。その攻撃は大味だが、力を増してケルベロスたちを押し込みだす。菫色のオーラをアメジスト・シールドに重ねて受け止めたフローネが見上げた先には、胸元の妖しい輝きがあった。
「よこせよ……早く! アタシの欲しいのはッ」
「ダメッ!」
 輝きが増して押し潰されそうになる瞬間、唐突に声と力が途切れた。
「花守、さん……?」
「ダメだよ……それ以上したら……」
 すみれの叫びは、どこか悲しくフローネに聞こえた。すみれ自身も意味をわかっていたわけではない。ただ、とても嫌な予感がして、咄嗟にグレイブを振るっていた。
『たった一輪 手折るのならば 選び選びて 花手折れ』
 一族に伝わる教え通りの、手折り唄の一閃を。
「て、めぇ……よくもっ、この紅神様を……!」
「……神様なんて、いらないよ」
 膝をついた紅に、ミライは呼びかけた。最初はぽつりと、徐々に堰を切ったように、とめどなく。
「神様は。私に母をくれなかった。私の病気を治してはくれなかった。死ぬほど辛いいじめを受けた私を助ける気配すらなかった」
 アイドルらしからぬ曲調でスプリングギターが奏でられる。かつての絶望を吐き出すような演奏から溢れる想いが紅を揺さぶり、重力の楔を叩きこむ。
「ねぇ? 神様なんて、いらないよ? あなたは、神になって何をするの?」
「アタシは……だから……」
「いかん、散開しろ!」
 うなだれた紅の真意に気づいたのは晟だった。警告と同時に床、壁を突き破った攻性植物が後方を襲った。

●ある少女の結末
 呼びかけようとしたラグナルが飛んでくる。確認するまでもなく、催眠されている。
「やられたフリとは、神の名が恐れ入る!」
「べらべらと語るてめェらが悪いのさ!」
 嘲る紅と応酬しながら晟は相棒を抑えつけた。巨竜化して薙ぎ払いたいところだが、この状況では。
「神も、人も、何処だってこの世はロクデナシだらけさ! だったら踏みにじるロクデナシになるのが賢い道だろ、御同輩よぉ!?」
「それが、返事……? だったら!」
 気力を溜め、ミライは紅を睨みつける。自分とすれみ、オーズの種を狙った二撃は目標を捕らえたはずだが……威力が足りなかったのか?
「見下してんじゃねぇぞぉッ!」
「紅さん! あなたはっ!」
 刃が指揮杖のように振り上げられ、紅蓮の蔦がすみれを襲う。それを受け止めたのは冬也の両腕。
「そんな勝手、やらせるか」
 絡みつく瞬間、侵食されるより早く腕に巻いた『M・P・Cマント』を投げ捨てて自由を得ると、握っていたリボルバーで零距離射撃。執拗な足回りへの連打に巨体がのけぞる。
「なんだかんだ、ダメージはきっちり入っているようだなァ」
「長引かせたくはない、一気に決めるぞ」
 龍河の分析に相棒を取り押さえた晟はチェーンソー剣を抜いた。龍河が投げ込んだ対デウスエクス用ウィルスを回転刃がごりごりと押し込んでいく。
「くそ! どういうことだよッ!? 話がちげぇじゃねーか! オーズよぉ!?」
 変化しようとしていた攻性植物の成長が止まった。焦りと怒りを叫ぶ紅に、優生は静かに太刀の柄を向ける。
「だからいっただろうが……人間の力を舐めるなよ」
 納刀から神速の抜刀。刀と由来を同じくする鬼神の一撃が、紅の攻性植物を一文字に裂いた。

 変化は急速で唐突だった。
「ふざ、けんな……アタシは、まだ……ァ……」
 枯れる。干からびていく。倒れ伏した紅の肉体が音を立てて崩壊していく。宿主を見捨てるように飛び出した輝く種を残して。
「待ちなさい!」
 予想しえぬ事態にフローネが御業の炎弾を放つが、種は小さく素早い。一手遅れた攻撃は空を切り、それは瞬く間に見えなくなった。
「紅、さん……」
 後に残ったのは見る影もない少女だったものの死体のみ。傍に膝をつき、すみれは目をそっと伏せた。
「大丈夫ですか?」
「あたしは……ねぇ。救うのは無理だったのかな……」
 冬也はわからないと首を振りながらも、元気づけるように手をそっと重ねた。
「……一先ずは、最悪を防げた事を喜びましょう」
 あっけない結末。過ぎた力は身を滅ぼす……そんな教訓めいた事件だったのか?
「無駄ではなかった……そう思いたいだけなのかもしれないけれど」
 カナメは前置きを口にしながら、種の消え去った方角を見る。ほんの一瞬ではあったが、種の様子はどこか悔しそうだったと彼女には感じられた。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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