かすみがうら事変～凶花歓楽

■リプレイ

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　かすみがうら市街地。
　今この地には樹木がはびこり、あらゆる建物が植物のように変化してまるで密林のようになっている。
　人々は延びた根や蔓に巻き付かれ、助けを求めている。
（「楽園樹オーズの力、これほどのものとは……」）
　あまりの惨状に翡翠・風音（森と水を謳う者・e15525）は絶句する。
　これ以上の暴走は絶対に止めなくては。強い決意を秘めて隠密気流で身をひそめた。

「だいじょうぶです、いま、たすけます」
　エドワウ・ユールルウェン（夢路の此方・e22765）は、囚われた人に励ましの声をかけては、相棒のボクスドラゴンと二人がかりで植物を引き剥がす。
　パニックを起こさないよう、出来るだけ優しい対応を心がける。
　リーア・ツヴァイベルク（紫花を追う・e01765）の隠された森の小路は、移動を楽にした。
　シャイターンたちの思惑は気になっているが、今は目の前の命を救う事が第一だ。
　ファミリアロッドを変身させたに狐と狼にも手伝わせて、救助する。
　千島・累（砂の薔薇・e02065）はなるべく広い場所から救助を開始した。それと同時に、索敵も怠らない。
　どこかに潜んでいるのだ。かすみがうらを密林の地獄に変えた攻性植物が。
　
　弱っている犠牲者にヒールを施し、誘導するルイ・コルディエ（菫青石・e08642）。
「さあ、そこの建物まで頑張って。あそこは安全だから」
　建物の中へ姿が消えるのを見届けると、次の救助を探して走る。
（「シャイターンがどんどん許せない存在になってくわね」）
　その青い瞳に怒りの炎を湛えていた。

　矢野・浮舟（キミのための王子様・e11005）は出来る限りに辺りを窺っている。
　救護に回る者以外は、建物の影などに身をひそめて、敵の奇襲を警戒していた。
　いつこの植物に混じって出てくるのかわからない。
「他の植物に紛れ込んでるとかクッソ面倒くせェなァ…」
　ジョーイ・ガーシュイン（地球人の鎧装騎兵・e00706）ぶつくさいう。面倒ごとは嫌いな性質だ。
　ノア・ウォルシュ（ある光・e12067）の鼻腔を、微かに甘い匂いがくすぐった。
　そう言えば、敵は沈丁花の花を盛大に咲かせているはずで、警戒を強めて周囲を注意深く改める。
　植物に塗れた中には艶やかに咲く花も多いが、一見したところでは件の花はないようだった。

　密やかに、迅速に。４人と３匹がかりで奇襲を警戒しながらの救助を続ける。
　累が広い場所を選んだのは正解で、多くの人々が捕らえられていた。
　植物を引き剥がし切り取り、リーアの作りだした小路を通って一人一人を助け出す。
　弱り、あるいは恐れる人々を宥めながらの救出は骨が折れるものだった。
「いま、なんにんくらい、たすけられたの、かな？」
　エドワウは指折り数えてみる。
「50人……くらいか」
　それくらいは助けたはずだが累も正確に自信はない。
　敵を警戒する気持ちはありつつも、少しでも1人でも多く助けたい一心で、彼らはまた助けを求める声の方へと駆けていく。

（「……これは、沈丁花の香り？」）
　ノアはふと、不吉な感覚を覚えて足元を見る。
　沈丁花が咲いている。
　いつのまにか、見渡す限りに沈丁花が咲き誇っていた。甘い、香りが、強く……。
　視界の隅で一つの樹が大きく動いたのが、見えた、ような。

「居たぞッ居たぞぉおおお！」
　ジョーイの大声でノアは弾かれるように飛び退いた。たった今彼のいた場所に、銀色が閃き突き刺さった。
　エドワウのケルベロスチェインが伸びて守護を与えた。
　追撃を行おうとする樹木にジョーイは切りかかるが、がつりと受け止められ、ガリガリと挟まれた鋸刃は空回りする。
　どうやって撓めていたのかその体躯を3メートルにまで伸ばし、チェーンソー剣をはじき返す。
　『私の庭で、何をしていらっしゃるんですかねえ？』
　大きく開いた洞を上下に開閉させて言葉を発している。攻性植物と化した『彼』はその顔も樹に目鼻といった風だ。
　浮舟と累が同時に放つ黒影弾を、その体躯からは考えられない素早さで動いて躱す。
　だが着地点には風音が待ち構えており、マインドソードで樹皮を削った。
「命を脅かすものは許しません。」　
　風音の凛たる宣言に、オーズの種を宿した攻性植物は、ヒャハハハ！　と下品な嘲笑を返してくる。
　人間であった頃は知性派だったと聞いた気もするが、暴力の喜びに脳の髄まで侵され壊れてしまったのだろうか。

　救助を選んだ以上、奇襲の選択肢はなく、される可能性も承知の上。
　結果的に、どちら側にも奇襲は出来なかった。それは、この攻性植物には面白くなかったらしい。樹の皮のような顔面を歪ませて睨む。
　『まあいいでしょう。この力を振るい甲斐がなくて困っていた所だ』
　ヒトの頃の癖なのか、目と目の間に指をあてる。ちょうど眼鏡の蔓を押し上げるような仕草だった。
　今や、その全身にも沈丁花が咲き乱れている。
　『試させてもらいますよお、この力！　雑草ども、いい声で鳴きやがってくださいねええ！！』

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　一斉に開いた花弁から、種の散弾が打ち出される。
　ノアのライドキャリバーが割って入るが間に合わず、エドワウの小さな体を穿った。
　ノアは跳躍し、激しく燃え盛る炎を纏った蹴りを放つ。沈丁花の花が燃えては落ちる。
　リーアは追い打ちとばかりドラゴニックミラージュを放った。
「力の使い道を誤った君に救いはない。燃やし尽くしてあげるよ」
　ドラゴンの幻影が攻性植物に絡みついて炎の勢いを増していく。
　焼けた傷口へジョーイがチェーンソー剣を捻じ込みズタズタに斬りつけた。
「デカブツが御出でなさったようだね。さぁ、仕事の時間だ」
　累のリボルバー銃が火を噴いた。目にも止まらぬ速さで抜き撃ち、攻撃の隙を与えない。
「くさは、ほのおに弱いって教えてあげるわ！」
　エアシューズに炎を纏って踏み込み、ルイは蹴りを放つ。そして怯んだ『彼』を煽る。
「シャイターンってやる事がいちいち陰湿ね。ウグイス？　とか言う王子の程度が知れるって感じよね」
『ハァ？　なにそれウーケーるぅー！　わりと面白いですよそれェ！　アヒャハハハハ』
　馬鹿に仕切った笑い。シャイターンに力を与えられたとはいえ、『彼』に感謝や忠誠の気持ちはないようだ。
　その醜悪さに浮舟の眉根がよった。練り上げた気功を見えざる刃に変えて斬りつける。
　『アヒャ、ハヒ……？』
「……どれだけ可憐な花でその身を飾ろうと、キミは姿も行いも全てが醜い」
　『宿木』の不可視の幻刃で切刻み、聞くに堪えない嘲笑ごと魂まで凍てつかせた。
　風音が『幻影のリコレクション』を奏で、攻性植物の内側から揺さぶるれば、銀花が萎れ、沈丁花がまた一輪落ちた。
　エドワウのスターサンクチュアリで前に立つ者たちへと星座の加護を与える。
「おねがいね、メル」
　もこふわのボクスドラゴンはきゅっと鳴いて属性を付与していった。

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　銀が閃いて花弁の刃が風音を貫いた。そこから高熱を発して風音を焼く。
「っく……！」
　『あはは！　痛い？　ねえねえ痛いいい！？』
　いっそ陽気なくらい楽し気に『彼』は次々と刃を打ち出した。その根元をノアのライドキャリバーがひき潰して止める。
　続けてノアは縛霊手で殴りつけた。同時に、網上の霊力を放射し緊縛する。
「植物が喋ってんじゃあねェ！」
　ジョーイのチェーンソー剣が唸りを上げればまさしく伐採のごとく幹に食い込み、肉とも木片ともつかぬものをまき散らした。
　『いてぇえええ！　ステキに痛いじゃないですかああ！　ギャハハハハハ』
「……面倒くせぇ」
　痛みと憎悪と歓喜をない交ぜに哄笑する敵に、さしものジョーイにも恐怖と違った寒気を覚える。
「『すべてを喰らえ、惑いの牙』 」
　リーアは獣の形をとったオーラを弾に纏わせ放つ。獣は咆哮を上げ、攻性植物の喉笛に食らいつく。
　首も顔も一体化している状態であるために、その牙は洞のような口に食い込み、さらに大きく引き裂いた。
（「……最初から救いはないと思ってはいた、が」）
「ひと思いに倒してしまうのも救いだろう」
　リーアの思うことを、累は決意として口に出した。
　狙い定めて撃ち抜いた弾丸から毒が染み出し、侵食する。じわじわと、だけど一刻も早い死を『彼』に与えてくれるだろう。
　ルイの一撃が深く突き刺さり、浮舟の絶空斬はさらなる傷を作り出した。
　風音のボクスドラゴン『シャティレ』が果敢にボクスブレスを見舞うのを太い根で弾く。まだ余裕があると言わんばかりだ。
　浮舟は首を傾げた。苦痛と暴力を喜んでいるとも思えるけれど、この余裕は何かあるのかもしれない。
　風音はシャウトで自らを癒す。
「あ、あたれッ！」
　エドワウはブラックスライムを伸ばして攻性植物を刺し貫いた。じわじわと広がり、深くなる毒。

「潔く散りたまえ。キミに沈丁花は似合わない」
　何かする前に落とす。浮舟は短刀を交差させて間合いへ踏み込もうとする。　
『ふふ、ヒャハハ！　まだまだ終わりませんよぉ！』
　攻性植物はその根を伸ばして、囚われた人々に巻き付かせた。
「なっ！　何をする気だ！？」
　風音が叫べば、『彼』は愉快気に応える。
『ヒャハハハハ！　ワタシにグラビティチェインを捧げてもらってるのですよ！　脆弱な雑草どもは我が養分となればいい！』
　グラビティ・チェインを無理矢理吸いあげられ、人々は苦痛に呻き、救いを求める悲鳴が響き渡った。
「やめろっ！」
『遅い遅い！』
　累の銃弾を一瞬早く躱して『彼』は間合いを離す。みるみる傷口がふさがり、萎れた花弁再び開く。
　だが、その動きはほどなく止まる。傷は治ってはいたが全快には程遠いように見えた。
『……チッ。これっぽッチしか回復しませんか』
　ケルベロスたちが救助した人の分、吸い上げるグラビティ・チェインが足りなかったのだ。
「ふふ、ねをはるにはちょっと足りなかったようね！」
　ルイ、それに気づいて煽る。
　『……まあ、そういう事もあろうかとは思いましたよ。残りは皆さんにお願いしましょう』
　何をする気かと身構える、足元に。じわりじわり、大地に張った根から沈丁花が花開き、甘い香りを放つ。
（「そう、『彼』の傷は治らないから……私が治さなくては……」）
　くらくらする頭でそんなふうに考えて、ルイは、自然と手を『彼』に伸ばしている。
「ッ、させない……！」
　エドワウのサンクチュアリが光を放った。星座の加護が耐える力を齎す。
　更にノアがオラトリオヴェールで包み込み、魔性の香りを断ち切り霧散させた。我に返るルイ。
「はっ……わたしはしょうきにもどった！」
「……。それは良かった」
　若干不安の残るセリフだったがノアは流しておくことにした。
「つまり、てめぇの思惑は外れたってことだなぁ！　このマヌケ!」
　激しく叩きつけるジョーイのチェーンソー剣によって炎に炙られる。
　『ぐ……っ』
　見下す相手に馬鹿にされることは『彼』には相当な屈辱で、肉体以上に心が炙られていた。
　畳みかける。
　リーアのファミリアロッドは灰色狐に変えて植物へと食らいついた。累の射撃は跳弾して、さらなるダメージを与える。
「お望み通り、くれてあげます！」
　香しい罠のお返しにルイが与えるのは、癒しの技ではなく炎を纏った一撃だ。その怒りを込めて放てば、樹皮を削り胴を深く抉り焼き焦がす。
　浮舟の黒影弾を放って容赦なく毒で蝕み、爛れて樹液を噴き出す。そこへ風音の惨殺ナイフを抉りこみ、ジグザグに切開く。

　例え唆されたのだとしても、身に余る力を求めればその代償は何か？
「同情はしないよ……不相応な力を求めれば、その先にあるのは必ず破滅さ」
　『彼』にそれを知らしめようと、ノアは縛霊手を振るった。強烈な一撃で破砕すると同時に放たれる霊力の網が攻性植物を捉えて離さない。
「ウドの大木なんざ、伐採して燃やしちまえばいいってなぁ！」
　動きを鈍らせた攻性植物へ、ジョーイはチェーンソー剣の二振りで横薙ぎにえば、摩擦を起こし火花が散って炎となり、幹を舐めるように燃え上がった。
　『ぎゃああ！　この雑魚どもがぁああ！』
　体勢を立て直す隙など与えない。月花咆哮、リーアの放つ弾丸によって攻性植物の身体を痺れさせる。
　すと、と軽い音と衝撃があった。累のナイフが樹皮を貫き刺さっている。
　『ひぃ！？　やめろぉぁああああ！』
　ナイフの鏡像、ヒトであった頃の『彼』がそこに映っていた。ちっぽけで、誰かの後ろにいつもいたころの。
（「植物人間、か」）
　己のトラウマに身もだえする『彼』を、累は哀れみをもって見つめた。
「『舞い踊れ、深緑の刃よ！』」　
　魔力を籠めた刃の木の葉が鎌鼬の如く攻性植物を切り裂いた。
「……身勝手な快楽と力に溺れた貴方に、真の栄光はありましたか？」
　凛と問いかける風音。その言葉には、自然の物でありながら他の命を奪う者への怒りと悲しみが同時にあった。
「死ねば誰もが平等だ」
　浮舟の、慈悲深くも無慈悲な宣告。虚ろな目を剥いて、『彼』はそれを聞いていた。
「せめてキミが命と共に落とした花びらだけは愛でてあげる」
　両の手に持つ短刀で美しい弧を描き、浮舟は剣舞によって切り刻む。刃を深く打ち込み引けば、赤黒い樹液が迸った。
　白い花びらが無数に宙を舞う。そこへ合わせるように、鋭利な刃と化した木の葉が舞い散った。
　攻性植物はついに『伐採』され、その命を失ってどさりと倒れる。
　花はとうに散りつくし、沈丁花の残り香だけが淡く漂っていた。
　
「……敵を釣るためとはいえ死者を愚弄するのはやっぱ気分悪いわね。撤回するわ、ごめんなさい」
　もう聞こえてはいないだろうけれど、急速に枯れて干からびていく『彼』にルイはせめてもの手向けの言葉をかける。
　その時、木乃伊のように枯れ果てた骸が不意に眩い光を発した。
「えっ！？」
　崩れゆく体の中から、きらきらと光輝く種子が現れ、宙に浮かんだのだ。
「なっ……まさかこれは『オーズ』の実！？」
　それはほんの一瞬の出来事だった。輝く種は、そのまま空へと舞いあがり、あっという間に彼方へと飛び去って行った。
　ケルベロスたちは成す術もなく、ただそれを見送るのみであった。

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　攻性植物が消えると同時に、人々を拘束していた植物たちも徐々に枯れて消え失せ始める。
　種の事は気になるが、人々を放っては置くことは出来なくて、ケルベロスたちは救助を再開する。
「ケガはだいじょうぶ？　花より美しいキミに傷跡が残ったら大変だ」
　ルイに、累に、風音に。浮舟はねぎらいの言葉をかけていく。
「こっちは素通りかよ」
　文句を言うジョーイに、リーアは軽く笑った。
「だいじょぶです、おれ、がんばります」
　エドワウは、一所懸命に救助に奔走している。
　じきに警察や病院の応援も来るだろう。
　今はただ、かすみがうらの脅威を取り除き、人々の命を守れたことをケルベロスたちは喜ぶのだった。

作者：黄秦	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年3月8日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
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