かすみがうら事変~力への渇望、そして得たものは

作者:高畑迅風

 あるビルの屋上で、ひとりの少年が夕暮れの町を見下ろし、嘲うように笑みを浮かべていた。幾度と無く争いを勝ち抜いてきた彼は、更なる力を欲していた。そこに、攻性植物であるユグドラシルガードモデルラタトスクとシャイターンのシルベスタが姿を現した。シルベスタは拍手をして、少年にゆっくりと近づきながら言った。
「おめでとう、あらゆる淘汰を耐え抜いてきた者よ。君は、遂に進化の時を迎えた。ここに祝福を与えよう。この種こそ、攻性植物を越えアスガルド神に至る、『楽園樹オーズ』の種」
 シルベスタはユグドラシルガードモデルラタトスクの持つ種を、少年に差し出した。少年はそれを一飲みして、その大いなる力と悦楽に打ち震えた。
「身体が燃えるように熱い……。これが、新たな力。これが……選ばれし者の、神の力……!」
 少年は溢れ出す力を、咆哮に込めて放った。周囲に大きな波動が伝わり、たちまち周りの建物は崩れていく。しかし、次の瞬間には、全ての建物が何事も無かったかのように修復され、同時に蔦のようなものに覆われていた。町の喧騒はそのたった一瞬で、消え失せてしまった。
 
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は厳しい表情をしていた。
「かすみがうらで続いていた攻性植物の抗争事件と、人馬宮ガイセリウムで発見された『楽園樹オーズ』との関連を調査していた白神・楓(魔術狩猟者・e01132)さんから、緊急の報告が入りました」
 ケルベロスたちの間に緊張が走った。セリカは依然として難しい顔で続けた。
「かすみがうらの事件の裏には、やはりシャイターンが暗躍していました。ケルベロスの介入、そして攻性植物同士の抗争を生き抜いた少年たちに、より強力な楽園樹オーズの種を与え、その結果かすみがうら市街では一斉に事件が発生しました」
 ケルベロスたちは息を呑んだ。張り詰めた雰囲気を噛み締めるように、セリカは一言ずつ言葉を継いだ。
「かすみがうら市の市街地は密林のような姿に変貌し始めており、市民たちは植物に巻きつかれ、グラビティ・チェインを吸収されている状況です。このままでは市民たちはグラビティ・チェインを全て失い、干からびて死んでしまいます。しかも、それによって大量のグラビティ・チェインを得た攻性植物は、新たな力を得てしまうでしょう。これを防ぐため、皆さんは攻性植物を撃破してください」
 セリカは厳しげな表情を、決意に満ちた真剣な表情に変えた。
「敵は攻性植物1体のみで、3m程度の怪物のような姿をしていますが、周囲の建物も植物に覆われていますので、奇襲されないよう警戒をしておくべきだと思います」
 セリカの声が静かな部屋に響く。セリカは尚も続けた。
「また、市民たちは道端や建物の中に倒れており、全員で200人程度です。巻きついている植物を引き離して始末すれば、救助が可能です。しかし、救助を行えば攻性植物に気付かれてしまい、こちらが奇襲するのは不可能になります。また救助に時間をかけすぎたり、救助ばかりに気を払っていると奇襲される危険性も上がります」
 ケルベロスたちは静かに、セリカの最後の言葉を待った。セリカは口を開くと同時に、深く頭を下げた。
「最悪の事態だけは避けなければなりません。必ずかすみがうらを救ってください。どうか、よろしくお願いします」


参加者
四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389)
コッペリア・オートマタ(アンティークドール・e00616)
朔頼・小夜(東天紅に浮かぶ月・e01037)
四之宮・徹(暇人な炎の刀剣士・e02660)
月乃・静奈(雪化粧・e04048)
龍神・機竜(その運命に涙する・e04677)
暮葉・守人(領域の双銃・e12145)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)

■リプレイ

●宣戦布告
 変貌したかすみがうらの風景を、ケルベロスたちは目の当たりにしていた。一面が緑色に覆われ、まるで密林のようにさえ見える。
「緑は好きだけど、この緑は好きになれそうにないな……」
 暮葉・守人(領域の双銃・e12145)は辺りを見回しながら呟く。
「全くだ。力を求めて人を辞めてしまうとはな……。そこまでして手に入れるほど良い物ではないのだけど」
 と、四之宮・徹(暇人な炎の刀剣士・e02660)は呆れた風に首をすくめると、刀を構えて密林の中に足を踏み入れる。周囲を警戒しながら、ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)はその後を追った。
「お二人とも、気をつけて……」
 朔頼・小夜(東天紅に浮かぶ月・e01037)が小さな声で言葉を掛けた。ファルゼンはその言葉に少しだけ振り向くと、無言で頷いた。
 二人の姿を心配そうに見送る小夜に、龍神・機竜(その運命に涙する・e04677)が呼び掛けた。
「行こうか。敵がどこに潜んでいるかわからないんだ」

 徹とファルゼンは慎重に町を進んでいき、やがて広場だったと思われる場所に辿り着いた。
 周りには倒れている人が数人居た。二人は駆け寄り、声を掛けた。倒れている人たちは全員まだ意識があり、徹とファルゼンは倒れている人たちに巻きついている蔦のようなものを引き剥がして始末すると、避難を促し始めた。
 同時に、二人は周囲への警戒も怠らなかった。敵は周囲の景色に紛れて襲いかかってくるかもしれなかったからだ。
 実際、救助を始めてから二、三分が過ぎた時点で、敵は気配を消し、建物の影に隠れて機会をうかがっていた。建物に絡みついた植物と同化することで、それは一見植物と見分けがつかないほどだった。
 攻性植物は、徹とファルゼンが人々の救助をしているのに気付き、襲いかかろうと目論んでいたのだ。
 しかし、徹とファルゼンに気を取られていた攻性植物は気付いていなかった。
 既に攻性植物の姿は見つけられていて、今まさに、攻性植物を取り囲んで逆に奇襲をしようとしていたことに。
 と、攻性植物がついに動いた。囮を演じていた二人のケルベロスがちょうど攻性植物に背を向ける形になったのだ。
「そうはさせません」
 だがその時、攻性植物の身体が不意に傾いた。どこかの物陰から、月乃・静奈(雪化粧・e04048)が攻性植物を狙って一撃を放ったのだ。
「……ッ!」
 攻性植物は声にならない呻きを上げた。
「この時を待っていたぜ!」
 機竜は別の物陰から姿を現すと、弓から放たれた矢のように速く、攻性植物の足元まで近づき、巨大な銃口から莫大なエネルギーの光線を放った。
 攻性植物は、まさか自分が奇襲されるとは予測していなかったのか、身体を大きく反らし、バランスを崩した。
「何事にも対応できるようでなければ、所詮未熟と言わざるを得ないな」
 いつの間にか、四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389)が攻性植物の背後を取っていた。柚木は自身の生命力を、破壊力に変えて攻性植物に叩きつけた。
 攻性植物はまたも不意を衝かれた。攻性植物は苛立ったように周囲をなぎ払うと、ケルベロスから距離を置いた。
 攻性植物は、立ちはだかる八人のケルベロスたちを睨みつけた。その姿は辛うじて少年の形を保っており、人間の言葉を解する程度の理性はまだ残っているようだった。
「お前ら……何なんだよ」
 恨みがこもった声で、少年が問う。答えたのは、コッペリア・オートマタ(アンティークドール・e00616)だった。
「私たちはケルベロス。人を辞め、他者を糧とし貪り喰らう外道と化した貴方に、滅びを与える存在でございます」

●緑の中の戦い
 攻性植物と化した少年は、ニヤリと不敵に笑んだ。まるで、強い敵に出会って心が昂っているかのような、そんな笑み。
「君の名前、教えてほしい。君への、礼儀だから」
 ファルゼンは真剣な目で少年を見据えながら、尋ねた。
「これから殺す相手に、礼儀なんてものが必要なのか?」
 少年は何か余裕のような表情さえ浮かべながら、嘲るように言った。
「そう……礼儀も知らない、愚者ね」
 ファルゼンは武器を少年に向けながら、そう呟いた。
「だったら教えてやるよ……戦場に礼儀などは存在しないってことをなあ!」
 少年はそう言うと、ケルベロスに向かって突撃をしようとした。
「相棒、早速力借りるぜ!」
 が、それは守人の放った強化硝子弾頭によって妨げられた。硝子に光が反射し、まるで光の弾が攻性植物を貫いたようにさえ見える一撃だった。
「くッ……」
 少年は後ずさったが、それは明らかな隙を見せることと同じである。
「やっぱり隙だらけだな」
 徹が少年の間近で挑発するように言うと、刀を文字通りに電光石火の勢いで突き出した。少年は反撃を試みたが、体勢が崩れた状態では、狙いが逸れてしまった。
 少年がはっと気付いたときには、その目の前に身を翻らせながら巨大なライフル銃を構える機竜の姿があった。彼は地面にうごめく蔓を蹴って、少年の目の前まで跳び上がったのだ。
「こいつを食らいやがれ!」
 機竜の構えるスローンズ・アームに、砲身に変形したバトルドラゴンが接続される。そこから更なるエネルギーを得たスローンズ・アームは、凄まじい力の砲撃を放った。
 少年はその威力に圧され、思わず後退した。しかし、ケルベロスの猛攻は収まる気配を見せず、息もつかせぬ連撃が続いた。
 少年は瞬く間に追い詰められていく。だが、未だにその表情には余裕を感じさせる何かがあった。それは如何にもケルベロスたちの動きを観察しているようにも見えた。
「やるじゃん……お前、手駒で終わっても良いのかよ?」
 と守人が問うた。
 攻性植物の姿の少年は、傷を押さえてふらふらと後退しながら、嘲笑うかのような笑みを浮かべた。戦闘の前に浮かべたのと同じ笑みだった。
「そんなことは関係ねえ。俺は力が欲しいんだよ……神さえ越えるほどの力が」
「それが他者を傷つけ、餌にする力であっても、でございますか?」
 コッペリアが睨みつける。
「それは単なる結果に過ぎねえんだよ。俺に屈したという『結果』が出たというだけなんだよ」
 他者を蔑ろにしたその発言。彼が人間であっても許しがたいような発言に、コッペリアだけでなく、ケルベロス全員の心が煮えたぎった。
「くくく……本番はここからだ」
 突然、少年の口から小さな嗤いが漏れた。その違和感と不気味さに、ケルベロスたちは身構えた。
「オーズの種よ! 俺に力をッ!!」
 そして、少年の身体から、膨大なエネルギーが光とともに溢れ始めた。

●反撃
 ケルベロスたちは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
 攻性植物になった少年の身体から、膨大なエネルギーが溢れ出したと思った次の瞬間、徹は攻性植物の神速と言っても過言ではない一撃によって、尋常ならざる距離を吹き飛ばされていた。
「な……ッ! オーズの、種……だと?」
 脇腹を押さえながら、徹が苦しげに呻く。
「今、俺の体力は元通りだ。お前らと、全力で殺り合えるぜ」
 と、少年が再び不敵に笑う。
「大丈夫です! 今、助けます!」
 静奈の声が広がる動揺と混乱を食い止めた。
「……そうだな。考えてみれば、体力が回復したところで急に強くなるわけではないだろう?」
 柚木はケルベロスたちを上から見下ろしている少年に、凛と視線を向ける。少年は、その視線に更なる昂りを感じたのか、ますます恍惚に打ち震えているようだ。
 静かに、互いが攻撃の姿勢をとる。
 先に動いたのは柚木。呪文を唱え、少年に魔法の光線が迫るが、少年は攻性植物の姿でありながらそれをひらりとかわし、地面の蔓を蹴って柚木との距離を詰める。人間の身体よりも大きな怪物の動きとは到底思えない素早さだ。
「お前も、何事にも対応できるヤツにならなきゃなあ?」
 少年の強烈な一撃が柚木を襲った。柚木は致命傷にこそならなかったものの、強い打撃を受け後退した。追い討ちをかけようと迫る少年の前に、コッペリアが柚木をかばうように立ちはだかった。その後ろでは守人が少年に武器を向け、そしてファルゼンが柚木にヒールをかけて癒している。
「仲間を守るのが私――いえ、私たちの役目でございますので」
 そう言ってコッペリアは、守人と同時に攻撃を仕掛けた。
 二人の動きは一見してバラバラのように見えた。しかし、その実、二人は歯車のように噛み合った動きで、少年の注意をある一点から逸らしながら、着実にダメージを与えていった。そして、少年に隙が生まれた瞬間。
「よし、今だ! コイツにぶちかましてやれ!」
 守人が声を上げた。そして二人はすぐに少年から離れた。二人に注視していた少年は、思わず困惑した。
「強さを、求めることは……悪いことじゃ、ない。でも、あなたは……間違って、しまった」
 小夜が右手を少年の方へ向けながら、語った。その右手には、淡い桃色と翡翠色に染められた優しい色の、それでいて荒々しい風をまとわせている。
 少年は、小夜の声に気付いて、ようやく全ての意図に気付いた。
 だがその時には、既に遅かった。小夜の右手から放たれた猛烈な勢いの風が、少年を襲った。少年は風圧に抗おうとしたが、それはケルベロスたちに隙を与えることに他ならなかった。
「ようやく隙ができたな」
 機竜が再び少年の目の前に躍り出た。
「さっきはよくも真似してくれたな」
 少年は、機竜が地面の蔓を蹴って跳び上がったのと同じ要領で柚木との距離を詰め、攻撃を食らわせたのだった。
「お返しをお見舞いしてやるぜ!」
 機竜のスローンズ・アームから放たれたエネルギーが、少年に大きなダメージを与えた。
 ケルベロスたちの連携が、少年を追い詰めていた。

●オーズの種
「なんだよ……これ」
 少年は、いつの間にかまた劣勢に戻っていた。少年がケルベロスたちに対して優勢に戦闘できたのは、明らかに体力を全快させた直後だけだったのだ。
「もうすぐ、俺は更なる高みへ進めるんだよッ……! 邪魔をするなああああッ!!」
 少年は悲痛ともとれる叫び声を上げたが、気付けばもう自身の体力は残されていなかった。オーズの種の力も使ってしまった今、少年には対抗する術が無かった。
 少年はついに膝をついた。
「どうして、勝てねえんだよ……」
 そこに小夜が近づいてきた。半分、彼女は少年を哀れんでいるようにも見えた。
「それは、あなたの強さが、誰かを守るためのものじゃ……なかったから」
 小夜の持つ武器が、攻性植物を貫いた。それが、最後の一撃。攻性植物は、何も言い残すことなく、倒れた。
「これで全部終わり……ですか?」
 静奈が攻性植物の死体を見下ろしながら呟いた。
 しかし、その時、静奈は見た。自分の質問が、たった今裏切られていることに。
 攻性植物の死体が、異様な速さで枯れ始めたのだ。
「な、なんだよ……これ」
 と、守人が呟いている間にも、死体は完全に干からびてしまった。そして、その体の中から現れたのは、金色に輝く種。『楽園樹オーズ』の種。それが見えたのは、わずかな時間だけだった。すぐにそれは、どこかへ飛び去ってしまったのだった。

「もう大丈夫ですよ」
 静奈が助けられた一般人に微笑みかける。助けられた人は意識を失っていたようで、何があったのかもわからないんですけどね、と苦笑いを浮かべている。柚木や守人が事前に手配していたこともあって、救助は段取りよく進んでいた。
「静奈殿」
 静奈が振り向くと、柚木が立っていた。
「静奈殿があの時的確な判断をしたからこそ、私は少しでも冷静になれた。結果は結果だったが、私は静奈殿に感謝したい。それに、誰も倒れることが無かったのは、静奈殿のおかげなのだからな」
「私は仲間として当然のことをしただけですよ。でも……嬉しいですね」
 静奈は微笑んだ。暖かく、穏やかな笑顔だった。
 少し離れた場所で、力を求めて攻性植物になってしまった少年が倒れていた場所を、小夜は思いつめたような表情で見つめていた。
「力を手に入れて……あなたは何を、得ようとしたの……?」
「……今となっては、もうわからない」
 小夜の問いかけに、ファルゼンが答えた。その隣では、守人が佇んでいた。彼はひとり呟いた。
「周りには観察しているヤツもいなかった。『アレ』は、一体なんだったんだ……?」
 ふと、風が吹き始めた。町を覆う緑が消えた今、かすみがうらの町を、新たに夜が覆い始めようとしていた。

作者:高畑迅風 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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