キカイなる夜

作者:雨乃香

 草木も眠る丑三つ時。人気のない錆びれた市街地の一角に建つ廃ビルの屋上。
 その縁に立ち暗い街並みを笑みを浮かべて眺める人影が一つ。
 その人影が目深に被ったシルクハットのつばを弾くと、青白い三つの光が突如その場に現れる。
「さあさあ、我ら『マサクゥルサーカス団』のオンステージだ!」
 言葉と共に、背中の蛾の羽を多く広げ、彼が手にした鞭を打ち鳴らすと、青白い光は体長二メートルほどの怪魚となり、浮遊しながら彼の周りを回遊しはじめる。
「それでは君達、新入りを連れてきてくれたまえ、君達が新入りを連れて帰って来たら、歓迎のパーティを始めよう!」
 言葉と共に彼の姿はフッと闇の中へと掻き消え、その場に残された怪魚達は青い軌跡を残しながら、街の中へと降りていく。
 路地裏の暗がりをフラフラと進むうち、怪魚は錆びれた公園へたどり着くと、その狭い公園の中をゆっくりと漂い始める。
 その軌跡は宙にとどまり消えることなく、やがて一つの陣を描き上げる。陣の発する青い光は徐々に輝きを増し、幾何学模様の中心に奇妙な何か、が現れる。
 それは壊れた玩具のように出鱈目に首を回し、カタカタとパーツを鳴らす、人型のダモクレス。
 元は華美な衣装を着せられたかのような女性を意識して作られたであろうそのダモクレスには、片腕がなく、足首ほどまであるスカート状のパーツは右足の側だけ半壊し、細い足と球体の関節をのぞかせている。
 怪魚はそのダモクレスの周りを浮遊し導く様にやがて闇の中へと消えていく。

「なにやら風変わりな、蛾の様な見た目の死神が暗躍を繰り返しているみたいですね?」
 ニア・シャッテン(サキュバスのヘリオライダー・en0089)は興味深そうに言いながら、唇に指をあて手元の端末を覗いている。
「まあやっていること自体は普段他の死神とやっていることと然程差はないようですが……死亡したデウスエクスをサルベージ、変異強化し、自らの勢力の駒として使う。いつもの死神のやり方ですが、直接指揮をとるということは何かしら、データでもとっているのか、まぁなんにしろ、相手の出方が同じならこちらもやることは一緒です。敵の出現地域に向かい、サルベージされた対象と怪魚、両方を倒してきちゃってください」
 簡単ですよね? とでも言いたげにニアはケルベロス達に笑みを向ける。
 敵は深夜二時頃とある市街の錆びれた公園に現れるということで、特に周辺への配慮は必要なさそうです、とニアは言いながら地図情報を送ると、そのままサルベージされたダモクレスについて語りはじめる。
「サイズは人型、女性の騎士をイメージしたような見た目だったようですが損壊が激しく、知性も持たないようです。戦闘能力は、生前? よりも上がっているようで、ミサイルによる範囲攻撃、胸部からのエネルギー照射、手にしたチェーンソーによる防具破壊と距離を選ばないオールラウンダーです。加えて、怪魚型の死神が三匹、こちらは噛みつきによる近接が主体です。作戦を立てる上で参考になればと思います」
 説明を終えたニアはそのままケルベロス達に向き直ると、付け加えるように言う。
「何やらきな臭い動きを感じますがまずはやれることからやっていきましょう。リサイクルの精神は立派ですけど不法に持ち去るのはいただけませんしね?」


参加者
東雲・海月(デイドリーマー・e00544)
黒田・稔侍(ブラックホーク・e00827)
上月・紫緒(狂愛葬奏・e01167)
国津・寂燕(刹那の風過・e01589)
シルキー・ギルズランド(ぱんつはかない系無表情座敷童・e04255)
ベルモット・アルカール(うさみみ螺旋メイド・e16802)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
鵜松・千影(アンテナショップ雇われ店長・e21942)

■リプレイ


 深夜の風に錆びついたブランコの鎖が音を立てて揺れる。
 人のいない公園というのはなんとも不気味で、動物を模した遊具は塗装もはがれ、何かしら不気味な化け物に見える気がしてくる。
 そんな公園の中、カタカタと音を立てて、手にした巨大なチェーンソーを引きずり歩く、奇怪な影が一つ。
 元は人を模して造られたであろうそれは微かな面影を残し、ボロボロの姿のまま三匹の巨大な怪魚に導かれるように歩いていく。
 奇妙な一団が公園を抜けようとゆっくりと歩みを進めるその最中、突如公園に設置された電灯がカッと明るい光を放ち、その公園一帯を強く照らしつける。
「人形と怪魚の躍る深夜か、まるで童謡のような情景だ」
 浮かび上がる異形達の影を藍染・夜(蒼風聲・e20064)はそう表現すると、くすりと笑いながらその行く手を阻むように立ち塞がる。
「子供が遊ぶには遅すぎる時間だ、玩具は片付けておかねばなるまい?」
 夜の飄々とした態度に乗るかのように黒田・稔侍(ブラックホーク・e00827)は帽子をしっかりを被りなおしながらそんな軽口を叩いて見せる。
 突如現れた二人のケルベロスに怪魚達は動きを見せず変わらず周囲を漂っていたが、その中心に位置するダモクレスは体を縦に回しながら地を蹴り、稔侍へと向かって一気に飛び掛かる。
 獣じみた跳躍から繰り出されるチェーンソーの一撃。
「さぁ、ひとつお手合わせ、宜しくね」
 東雲・海月(デイドリーマー・e00544)が魔道書に手をかざし、挑発的な笑みを浮かべ、周囲に守勢の陣を展開、それを受け、稔侍の前へと躍り出た上月・紫緒(狂愛葬奏・e01167)がダモクレスの一撃をしっかりと受け止める。
 チェーンソーに触れたナイフの刃が火花を散らし、周囲をさらに明るく照らす。耳をつんざくような音がしばし周囲に鳴り響いた後、ダモクレスは武器を引いて仕切りなおしに距離をとる。
 瞬間紫緒はどこか狂気を含んだ笑みを浮かべ、距離をとったダモクレスの後ろ、そこに居並ぶ怪魚達へと向けて、メガネの下の瞳を向ける。
 魔力の込められたその視線に貫かれた怪魚の内一体が、突如暴れだし、隣の怪魚へとむかいかその鋭い牙を向ける。仲間の突然の奇行に反応の出来ない怪魚はあっさりとその肌を食い破られ、空中をのたうち回る。
「やあ、これは煮ても焼いても食えなそうな魚だねぇ」
 怪魚が共食いをするような光景を目にしながら、国津・寂燕(刹那の風過・e01589)はゆっくりと二振りの刀を抜き放ち構えを取る。
「何より不味そうだ」
「煮ても焼いても不味そう……」
 寂燕の言葉に同意しつつシルキー・ギルズランド(ぱんつはかない系無表情座敷童・e04255)も刀を抜き放つ。
「蘇って早々に悪いけど……もう一度死んでちょうだい」
 刀を低く構えたまま彼女は怪魚達の群れへと向かって疾走する。刃が電灯の明かりを受け、怪しく閃く。混乱のさなかにある怪魚の群れは隊列もままならないまま敵の侵入を許してしまう。
 傷を受けた怪魚へと向かい、死角からすくい上げるような切り上げが一閃。怪魚の鼻っ面を深く裂く。飛び込んできたシルキーを囲もうと、正気に戻った怪魚が彼女へとむかい包囲を狭めようとするが、それよりも早く寂燕の振るった一対の刀がシルキーから攻撃を受けていた怪魚をバラバラに切り裂き、あたりに血の花を咲かせる。
 寂燕はそのままシルキーの背を守るように警戒して立つと、刀についた血を軽く払いながら口を開く。
「かかってきなよ、きっちり三枚に下ろしてやるからさ」 
 その言葉に対し怪魚は自ら向かっていくことはせず、残った二匹は様子を見るように周囲を漂う。
 一連の攻防から正面から挑むのは不利だと悟ったのだろう。
 だが、その判断が正しいとは言い切れない。
 公園の電灯の修理のため一人裏手に回っていたベルモット・アルカール(うさみみ螺旋メイド・e16802)が挟み込むように、怪魚達の裏を取り迫っている。
「考えが浅はかすぎます」
 両の手にナイフを構え、ウサギの耳を揺らし、その切っ先を一方の怪魚へと突き立てる。
 怪魚の背を貫いたナイフを引き抜きざま流れるような動きでその体に刃を走らせ、さらなる追撃。地に落ちた怪魚は多量の血を流しながらも跳ねまわり、なんとか体力を回復させようと試みるが、それを指を咥えて見ている理由もない。
 鵜松・千影(アンテナショップ雇われ店長・e21942)が物陰から狙いを定め、放った一発の弾丸がのたうち回る怪魚の頭蓋を的確に撃ち抜き、内部からその構造を破壊する。
 残る一匹の怪魚は余裕のない状況に慌てるように、ダモクレスの周りを忙しなく泳ぎ回り、蒼い軌跡を幾重にも残す。
 対してダモクレスはといえば、そんな怪魚の様子とは裏腹にカタカタとパーツを鳴らしながらもしっかりと片手に武器を握り、これ以上の損害を防ぐべく、再び攻撃を開始する。
「それを守ろうというのかい? 矜持を忘れた、哀れな騎士よ」
 構えを取るダモクレスへと語りかけながら、夜は刀を抜く。
 エンジン音を上げて唸りを上げるダモクレスのチェーンソーに比べ、細く薄いその刀身は、しかし、振るう者の腕によっていかようなものも切り裂く。
 チェーンソーを地に引きずりながら迫るダモクレスに対し、夜の動きは緩慢で緩やかだ。遠目に見れば避けられて当然のその一刀をしかし、ダモクレスは避けることが出来ない。死角から迫るその攻撃に自ら飛び込む形となったダモクレスの露出した駆動部を、刀身が的確に捉える。
 体勢を崩しながらも、なお、ダモクレスは片腕の力だけでチェーンソーを振るうが、力のこもらないそれは空を泳ぎ、夜は易々と距離をとる。
 そこに、追撃を仕掛けようとした残った死神にたいし、釘をさすように稔侍の放った弾丸が突き立ち、死神はすごすごとダモクレスの背へと隠れてしまう。
「覚悟を決めろ、もうこの銃口から逃れることはできない」
 稔侍が言葉と共に再び狙いを定め、引き金を引く。
 迫りくる銃弾をダモクレスはチェーンソーを一振りし切り飛ばすと、そのまま前へと走る。


 再び距離を詰めてくる敵、夜はそれを止めようと前に出る。
 他のケルベロス達は残った一体の怪魚を確実に倒すべく、彼に頼んだ、とばかりに視線を送り、夜もまたそれを受けて小さく頷きを返した。
 ダモクレスの接近に対し、カウンター気味に合わせようと考えていた夜であったが、ダモクレスはその虚を突いて、突如足を止めたかと思うと、スカート状のパーツを展開し、そこから無数のミサイルをケルベロス達へと向けて放つ。
「悪くない、が、守られる側が愚鈍にすぎるな」
 もうもうと上がる土煙の中から飛び出した稔侍は怪魚との間合いを詰め、既に間合いの内。突き付けた銃口からグラビティ・チェインを乗せた銃弾を放っている。
 怪魚は至近からの射撃を避ける術もなく、銃弾を喰らいながら逃げるように稔侍から距離を取る。
「さて、こいつでたりるかな?」
 煙が徐々に晴れてくると、仲間達の位置を確認した海月はミサイルの射程内にいた仲間達へ薬液の雨を降らせ、その負傷を治療していく。瞬く間にそれらの傷はふさがって行き、紫緒はそのまま怪魚へとめがけて飛び掛かっていく。
 怪魚の方も覚悟を決めたのか、その場でくるりと一度宙を回ると、泳ぎながら紫緒へと向かいその巨大な口を開き襲い掛かる。
 紫緒はその攻撃を避ける素振りを一切見せず、むしろ進んでその左腕を差し出すようにその攻撃を受ける。鋭い牙が彼女の腕に食い込む。そこから怪魚は僅かながらに力を吸収していく。
「足りないわそんな愛じゃ。代わりに私の愛、受け取ってくださる?」
 言葉と共に怪魚の口にする彼女の腕が炎へと包まれ、怪魚の体をその内から焼いていく。
 咄嗟に怪魚は噛みつくのをやめ、距離を取ろうとするが、もう、遅い。
 燃え盛る腕で怪魚の体をしっかりと掴んだ紫緒はそのまま怪魚に叩きつけるような一撃をお見舞いし、それを火達磨にし、焼き捨てる。


 怪魚達はあっさりと全滅し、残るのはサルベージされたダモクレスを残すのみ。
 加減の必要もなく、残す力全てを目の前に叩きつけるだけだ。
 対してダモクレスの方も、もはや守る対象もなくしまるで呪縛から解き放たれたかのように、その動きは俊敏に、荒々しく変化する。
「もう一度寝かせてあげるとしよう。手荒くなるが覚悟しておくれ」
 寂燕は言葉と共に緩やかにダモクレスへと向かい切りかかる。それに合わせ、ベルモットが援護するようにその後ろからオーラの弾丸を放ち、ダモクレスの動きを牽制する。
 ダモクレスは後方へ回りながら跳躍、蹴り上げるように振るわれた脚に続く、スカート状のパーツが寂燕の振るう刀をかち上げその軌道を捻じ曲げられる。
 ベルモットの放ったオーラの弾丸はそんなダモクレスの曲芸じみたい行動を無視し、その体を追いかけている。だがダモクレスはそれを一刀の元に切り伏せると、再び前へ。
 唸りを上げるチェーンソーが力の限り寂燕へと向かい叩きつけられる。
 咄嗟にそれを片方の刀で受け止めた寂燕だったが、咄嗟にそれを手放して、寂燕は距離を取る。
 次の瞬間、チェーンソーの刃を受け止めていた刀は半ばから砕け、夜の公園の中、キラキラと輝きながらその砕けた刀身を撒き散らす。
「おっと……けれどまだ殺嵐がある!」
 そのまま両手で構えなおした一刀を振るい、ダモクレスへと寂燕が切りかかる。再びダモクレスは後方へ跳躍しようとするが、既に見たその行動を千影が許さない。
「その生きようとする遺志はお前のモノか? それとも、それすらも奴らの手によるものだというのなら……」
 誰に言うとでもなく、微かな迷いを見せながらも千影は引き金を引く。
 射出された銃弾はダモクレスの脇を抜け、化することなくそのはるか後方へと飛んでいく。そうしてその先、彼の計算の通りに跳ね、戻るその弾丸は、ダモクレスの回避行動を遮るように後方からその体へと襲い掛かる。
 複数の弾丸がダモクレスの手足を撃ち貫き、その動きを縫いとめる。
 寂燕の攻撃がダモクレスの片足を飛ばし、ダモクレスが膝から崩れ落ちる。
「蒼焔風詠、風の聲を聴け」
 夜の言葉が風の中に溶け消えると同時、斬撃がダモクレスの体に刻まれ、青い炎が吹き上がる。もとより傷つき、ボロボロの体、さらに片足を失い、立つことすらままならなくなっても、ダモクレスは未だ倒れる事を許されず、残された片腕で這いながらも、目の前の敵を倒すために、口を開き、内部に展開された照射攻撃用ユニットの照準を合わせる。
「もうこんな時間……真夜中で近所迷惑だから……さっさと倒されてちょうだい……」
 シルキーのそんな声と共に、ずらりとダモクレスを囲むように幾人もの童巫女が表れ、手にした武器を振り上げる。突如現れたそれらに、ダモクレスは合わせるべき照準を見失い、一方的に攻撃をされる。
「後ろの正面だあれ……?」
 その声が果たしてダモクレスの耳に届いたのかは定かではない。
 だがシルキーの斬撃を、その背に受けたダモクレスはバチバチと火花を散らし、口内に溜めていた青い光を霧散させながらその機能を再び停止した。


 戦闘が終われば深夜の公園には静寂が戻り、あたりはしんと静かになる。
 まだ春には少し遠い季節、この時間は酷く冷える。
 周辺の施設の修復を施すベルモットと海月へと夜は買ってきた暖かい飲み物を手渡してその労をねぎらう。
「お疲れ様、だね」
「感謝します」
「お、ありがたいね。しかし、今までと違い指揮を取ってくって、なんの狙いがあるんだろうね」
 暖かい飲み物に口を付けながら、白く煙る息を吐き、海月がそんな疑問を口に出す。
「さてね……なんにしろ、俺達は戦うだけさ、難しいことはわかる奴に任せるよ」
 煙管をぷかりとふかす寂燕はそういうと立ち上がり、お先に、と手を振って公園を後にする。周辺の修復も終わり、ややファンシーになった公園にもはやとどまる必要もない。
「……眠い」
 そういって大きく欠伸をするシルキーもまたふらふらと若干怪しい足取りで引き揚げていく。
「私達も引き上げましょうか」
 ベルモットが仲間達からすすんで缶を預かり、ゴミ箱へと片付けると、彼らもまた公園を出ていく。
 しばしの間、眠ったように力なくベンチに腰掛け、一人残っていた千影は手袋に包まれた両の手をぞんざいにポケットに突っ込みながら勢いをつけて立ち上がる。
 視線が向かうのはダモクレスが倒れたその最後の場所。
 そこに言葉はない。残されたものは記憶だけで、それも覚えているのはこの場で戦った僅かな人数だけ。
 それが何を想い、そもそもそれを抱く機能があったのかも定かではないが、何のために戦っていたのか、彼はついぞ知ることが出来なかった。
 一つ鼻を鳴らし、足元の石ころを蹴り上げ、千影もまた夜の闇の中へと消えていく。
 公園の電灯が明滅し、静かに消える。
 人知れず玩具の行進は終わりを告げた。

作者:雨乃香 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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