誇り高き盾

作者:深淵どっと


 街は眠り、静寂に溢れた深夜の雑居ビル。
 その屋上で、サーカスは始まっていた。
「さぁさぁ、我ら『マサクゥルサーカス団』のオンステージだ!」
 静寂を裂く芝居がかった声。
 声に促され、闇に青白い軌跡を描くのは3匹の深海魚のような姿をした下級死神。そしてその中央に立つのは――。
「では、後は頼んだよ。キミたちが新入りを連れて来たら楽しい楽しいパーティの時間だからね」
 下級死神に声をかけ、声の主はビルの縁まで下がる。蛾の羽を生やした、不気味な男だった。
 同時に、3匹の死神の軌跡が魔法陣となり、屋上を照らす。
「……さぁさぁ、お代は見てのお楽しみ」
 薄く微笑み、男は姿を消した。
 先程まで男が立っていた魔法陣の中央に浮かび上がるのは、白銀の鎧姿。
 その風貌にはどこか気品すら感じるが、兜の隙間から覗く瞳に映るのは――狂気そのものだった。


「ようやく尻尾を見せたようだな……さて、よく集まってくれた、ケルベロスの諸君」
 いつも通りの前置きをしてから、フレデリック・ロックス(シャドウエルフのヘリオライダー・en0057)は状況の説明に入る。
「以前より下級死神を使ってデウスエクスのサルベージを目論んでいた者が前線にて指揮を取り始めた、蛾の羽を生やしたようなヤツだ」
 とは言え、作戦自体は今まで同様に死んだデウスエクスを自分たちの勢力に取り込もうと画策しているようだ。
 無論、こちらも今まで通りそんな事を許すつもりは無い。
「ボクのヘリオンでキミたちを敵がサルベージされる雑居ビルの屋上まで移送する、キミたちは敵の出現と同時に屋上に降下、そのまま戦闘を行ってもらう事になる」
 例の蛾の羽を生やした死神に付いては、今捕らえるのは難しいだろう。とにかく、サルベージされた敵と下級死神を倒す事に集中するのが先決だ。
「サルベージされるのは白銀の鎧に身を包んだ騎士のようなエインヘリアルだ。流石に王子級、と言うわけでは無さそうだが、随分と腕は立つようだな」
 洗練された剣技に品のある鎧姿、加えてこのエインヘリアルは自分を呼び出した死神を守るように立ち回る。もしかしたら、生前はザイフリートのような忠義ある騎士のような男だったのかもしれない。
「……だが、死神にサルベージされた今、その理性は失われただ本能のまま戦うだけと化している、言葉で収めるのは不可能だろうな」
 周辺の死神はエインヘリアルを盾にこちらへ妨害攻撃を行ってくる。生者を侵食する怨霊弾は立て続けに喰らえばじわじわと追い詰められる事になるだろう。
「敵とは言え、このまま死神に使い潰させるのも忍びないだろう。何より、後ろでコソコソしているヤツの好きにさせるのも癪だ。頼んだぞ」


参加者
内阿・とてぷ(占いは気の向くまま・e00953)
藤原・雅(彩蒐・e01652)
朱堂・睦之(物云わぬ木槿・e02936)
アウィス・ノクテ(月ノ夜ニ謳ウ鳥・e03311)
河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)
ウルトゥラ・ヴィオレット(幸福推進委員会・e21486)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
ツェツィーリア・リングヴィ(アイスメイデン・e23770)

■リプレイ


 一面の宵闇。その中に微かに浮かび上がる魔法陣の光は空の上からでもハッキリと見えていた。
 ヘリオンから飛び降り、雑居ビルの屋上へと降り立つケルベロスたち。突如として現れた敵の姿に下級死神たちは威嚇するように鋭い牙を打ち鳴らす。
 中央に佇む騎士の姿は表情こそ兜に隠れて伺えないが、サルベージによって理性を失っているとは思えないほど凛々しく、どこか威厳すら感じさせるほどだ。
「ちっ……めんどくせぇな」
 そんな騎士の姿を捉え、朱堂・睦之(物云わぬ木槿・e02936)は咥えた煙草に火を付ける。
 しかし、その不快感、そして敵意は死者を嘲るように漂う死神へ向けられている。
「死を、命ヲ愚弄すルことは、許さない」
 そして、その思いは多くのケルベロスが同じように抱いているものだった。
 剣を抜き臨戦態勢に入る騎士と、不気味に呻くような音を響かせる死神に君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)とビハインドのキリノが、前に出る。
「来るよ、皆気を付けて!」
「まず死神を、各個撃破で」
 特別広いわけではない雑居ビルの屋上、加えて河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)の撒いたガスにより周囲からの視界は遮断。
 敵もここを逃げ延びる事はできないと判断したようだ。
 ケルベロスたちはアウィス・ノクテ(月ノ夜ニ謳ウ鳥・e03311)の指示を受け、狙いを死神に定め散開していく。
「動きが早いですね、なら――」
 開戦前に戦闘準備を整えられればと算段していたウルトゥラ・ヴィオレット(幸福推進委員会・e21486)と内阿・とてぷ(占いは気の向くまま・e00953)だったが、その余裕は無さそうだ。
 とてぷはすぐさま思考を切り替え、氷の騎士を死神へと差し向ける。
「もんだいありません、よていどおり、しみんのサポート、ガードをおこないます」
 一方ウルトゥラは死神の牙を身を挺して受けながら、予定通り星座の輝きで味方の守護していき、2人に続いてサーヴァントのマミック、コンピューターが、反撃を繰り出す。
「混戦になりそうダ、守りハ任せてくれ」
 放たれる怨霊弾をその身に受けながら、眸はキリノと共に死神の1体に斬りかかる、が。
 地獄の炎を纏ったその斬撃を、白銀の鎧が受け止める。
 更に手にした剣の軌跡が星座の輝きを描き、死神たちをヒールしていく。鉄壁にして献身、その姿は正しく主に仕える騎士そのもの……だが。
「……てめぇも傍迷惑な野郎に捕まっちまったな」
 守護の輝きの中、その忠義を嘲笑うようにゆらゆらと舞う死神の姿に睦之は顔をしかめ、対デウスエクス用の殺神ウイルスを騎士へと打ち込む。
「捧げるべき主を違えるとは実に無様で滑稽な事、いっそ哀れすら誘いますね」
 ユリア・フランチェスカ(オラトリオのウィッチドクター・en0009)より祝福の力を持った矢を受け、ツェツィーリア・リングヴィ(アイスメイデン・e23770)は鋭く言い放ち、指を弾く。
 ふわり、夜を照らすように舞い上がるのは獄炎を纏う火色の蝶。
「さて、我らはケルベロス。ガルムとは異なれど、三度ヘルの元へと送呈して差し上げましょう」
 爆ぜる焔は騎士の作り出した守護ごと、死神を焼き払う。
 そして、猛々しく燃え上がる獄炎の中を、藤原・雅(彩蒐・e01652)の流水の如き剣閃が走る。
「……そうだね、護るべき相手も分からぬままに戦う姿は、些か可哀想だね」
 とらえどころのない無表情、しかし悲しき忠義の士を映す瞳に微かに映るのは、敬意の色。
 だからこそ、このまま彼を死神の道具にさせるわけにはいかない。


「こんな不快なもんに払うチップなんて持ち合わせてないんでな……こいつがチップ代わりだ、喰らっとけ」
「双つの炎が織り成すは焦熱の業火焔舞。何処まで耐えられていて?」
 燃え盛る炎を更に煽るように、睦之は地獄化した左手よりケルベロスチェインを解き放つ。
 鎖に絡む紫の炎はツェツィーリアがロッドから放った爆炎と共に屋上を灼熱で包み込む。
「回復はお任せですよ!」
 死神から受けた瘴気の猛毒を打ち消しながら、とてぷの作り出す人形が仲間たちの囮となるように立ち並ぶ。
 一方の死神も自らを焼く炎をかき消し、態勢を立て直そうと泳ぎまわる……が。
 直後、壊れた屋上の瓦礫がひとりでに飛び交い、死神の動きを止める。
 ビハインド、キリノの念力による攻撃だ。
「そう簡単に、逃レられると思うナ」
 行く手を遮るように叩き付けられる瓦礫の雨に足が止まった所に、光の剣を手にした眸が一気に間合いを詰める。
「このまま攻撃を集中しよう」
 動きが分断された隙を突くのは、次いでユリアから祝福を受けた雅の炎弾による一撃。
 目には目を、歯に歯を、と言うわけではないが、敵と同様にグラビティの副次効果を狙った戦法はこちらの手数が勝っている事もあり、上手く働いている。
 だが、白銀の騎士による堅牢なる守りは未だに崩れない。
「固いだけじゃない……剣技も!」
「簡単には、通してくれない……」
 実里とアウィスを同時に阻み、華麗に反撃に転じる姿は主に忠実たる盾であり、その敵を討つ剣そのものだ。
 悲しきは、その忠義に最早彼自身の意志は皆無である、と言う事だろう。
「死して尚、盾であろうするその魂、見事だ。だが、私とて騎士を志す身、負けはしない!」
 騎士の攻撃から味方を守るのは、サポートメンバーとして駆け付けたシオン。
「……」
 そして、死神の攻撃から味方を庇いながら、ウルトゥラはそんな騎士の戦う姿に目を向ける。
 自らの身を挺して盾となるその姿。人間を守る盾となる事を願った自分と、与えられた役割はイコール、の筈だ。
「なのに、なぜ」
 こんなにも、あの姿は虚しいのか。
 ウルトゥラは思考する。戦いの中で。
「ここは押し通らせてもらう! 今だ、アウィスさん!」
 その最中、実里の気迫が騎士の剣を抑え、鍔迫り合いに持ち込んでいた。そして、その隙を突いてアウィスが弱った死神に肉薄する。
「あなた達は、絶対に逃しはしない」
 轟々と燃える炎の中ですら、静かに響き渡るのは破滅を謳う叙唱。
 美しく、清らかな歌声は命を弄した死神を罰するように締め付け、その魂を破壊していった。


 死神の1匹が倒れ、戦況は増々ケルベロスたちに傾く。
「あまり時間をかけてもいられません。このまま残りの死神にも鉄槌を下して差し上げましょう」
「いくらこちらが優勢でも、長期戦は不利です!」
 ツェツィーリアやとてぷの言葉通り、数の上では有利でも耐久力面ではデウスエクス側に利がある。
 毒によるダメージの蓄積はとてぷやユリアを中心としたヒールによって最小限に抑えられてはいるが、それも長引けば長引くだけこちらが不利となる。
「弱っている死神に攻撃を、相手もそう持ち堪えられない筈」
 炎に巻かれている死神の内、ダメージの大きい方をアウィスが狙って攻撃し、それに他のケルベロスも続く。
 だが、騎士の防御に阻まれる中、死神も黙ってはいなかった。
「藤原!」
 こちらの攻撃の合間を縫って撃ち出された怨霊弾が後衛のメンバーを捉える。
 咄嗟に庇いに出た眸の肉体を瘴気の毒が侵食していく。
 眸の作り出したチャンスに、雅は一気に死神との距離を詰め、手にした斬霊刀を走らせる。
「君乃さん、大丈夫?」
「問題、無い。大切なモノを傷つけさせなイ……それがワタシの盾としてノ、責任だ」
「無理すんな、ヒールするぜ」
 眸同様に防御とサポートに回っていたラグニティがオーラによるヒールを行い、何とか態勢を立て直していく。
「やはり、たたかいをながびかせるのは、とくさくではなさそうですね」
 それに合わせ、ウルトゥラとコンピューターも態勢を整えるべく、ヒールの足りていないメンバーを補う。
 幸い、先の雅の一撃が決め手となり死神も残り1匹。勝敗自体は決しようとしていると言っても過言では無いだろう。
「まだ油断するなよ? エインヘリアルも残ってるんだからな!」
 騎士の振るう斬撃をかわしつつ、睦之は最後の死神へ攻撃を集中する。
 瀕死まで追い込みながらも、騎士に守られ回復を重ねられ後一歩が中々届かない状況が続く。
「騎士型を抑える、死神にとどめを刺せ!」
 無骨なエンジン音を轟かせ壮のチェーンソー剣が騎士の剣とぶつかり合い、激しく火花を散らしていく。
「よし、行くぞ!」
 サポートメンバーに足止めされた騎士の脇を抜け、実里は死神の鱗に刃を突き立てる。
「咲き誇りなさい、紅き焔と凍て付く氷結の華よ」
 斬撃によって斬り広げられた傷口を狙うは、ひらりと舞うように死神の頭上を取ったツェツィーリアだった。
 紡ぐ言葉と共に放たれた氷の螺旋が死神を穿ち、貫く。
 屋上を紅く照らす炎の中で、最後の死神は凍り付き、動きを止めるのだった。


 死神が全て絶えようとも、騎士は攻撃の手を止めることは無かった。
「もうよせ、白銀ノ騎士」
 剣から放たれる冷気を受けながら、眸は騎士に言葉を投げかける。
 しかし、サルベージにより理性的な感情の失われたエインヘリアルに、その言葉は届かない。
「死神が操ってた様子も無かった……」
 ナイフの刃を走らせながら、アウィスは炎に照らされる白銀を見つめる。
 この長期戦の中、死神を守り続けていた騎士の鎧は炎に煤け、最早ボロボロに朽ち果てていた。
「無残なものね……」
「でも、あれもまた、一つの誇りの形なのだろうね」
 それでも尚、最期の瞬間まで倒れない騎士の姿を見てツェツィーリアと雅もそれぞれの言葉を漏らした。
「だからこそ、おわらせてあげなくてはなりません。かれのそんげんのために」
 ウルトゥラの言葉に頷き、ケルベロスたちは最後の攻撃を重ねていく。
「もう眠れ……エインヘリアル」
「今、楽にしてあげるですよ!」
 攻撃に回ったとてぷとマミックのコンビネーションを避けたところに、ケルベロスチェインにありったけのグラビティを込めた睦之の一撃が叩き込まれる。
「貴方の誇りは死神によって踏み躙られた。でも、それでも貴方は、誇り高く戦った」
 そんな彼にレクイエムを。アウィスの歌声が騎士の最期を見送るように、夜空に広く響き渡る。
「太陽の騎士団。笑顔を守る者、河内原・実里。参ります!」
 気力を振り絞った実里の刃がエインヘリアルの剣と交わる。
 既に瀕死の状態にも関わらず、剣筋が鈍る事は無く、一度、二度と剣戟が火花を散らす。
「カリバー、ここで眠らせてあげよう! はああああ!」
 だが、勝負を決したのは、確固たる守るものを持つ剣だった。
 一瞬の交差。そして微かな沈黙が続き……。
(――礼を言う、太陽の騎士。そして、ケルベロスたちよ)
 白銀の騎士は、静かに崩れ落ちた。
「安らかな眠りを」
 崩れる鎧の音の中に、声を聞いた気がした。
 消え去った鎧のあった場所に剣を立て、実里は静かに呟き、祈りを捧げる。最期まで誇り高く戦った一人の騎士に敬意を表して。
「……」
 他のケルベロスに混じり黙祷を捧げながら、ウルトゥラは思考する。
 彼は誇り高かった。だが、それ故に虚しいと感じた。その理由を。
 その答えの一端を、彼女は既に掴んでいるのかもしれない。騎士との戦いの中で、思考を続け、学んだ答えを。
「……よし! 後片付けをしようか!」
 静寂を解いて、実里は高らかにサムズアップを掲げる。
 間も無く、夜が終わり太陽が昇る。
 死神に利用され戦った騎士を見て、思う事はそれぞれ異なるかもしれない。
 だが、太陽の昇る今日と言う日々を、そこに住む人々を守れた事は紛れも無い事実だろう。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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