暴走キラーボール

作者:凪木エコ

 ダムの水流がこだまし続ける、富山県中新川郡の丘にて。
 2体のデウスエクスが時が満ちるのを待っていた。
「最近は、どなたもグラビティ・チェインを集める前に、ケルベロスに殺されているようですが……あなたは、上手にやってくださいますね?」
 『上臈の禍津姫』ネフィリアが、引き連れてきたローカストを愛するわが子のように撫でる。
「来たようですね、私たちの栄養源が」
 ネフィリアがターゲットを発見し、口角を吊り上げた。
 見下ろす先、交通整備された坂を1台のトラックが上がってきているのだ。
 2体の化物がいることも知らずに。
 知性なきローカストだが、理解するかのように体を折りたたみ、準備を完了させる。
「フフ、良い子ですね。それでは、殺してきてくださいませ」
 ローカストの背中をネフィリアがそっと押すと、ボール状になったローカストはどんどん加速していく。
 急勾配な下り坂は、あっという間にトラックとの距離をゼロにする。
 けたたましい衝突音をあげながらも、ボーリングの球がピンを吹き飛ばすかのように、トラックを弾き飛ばしてしまう。
 全くダメージを受けていないローカストは立ち上がると、運転席で意識を失っている運転手を引きずり出す。
 そして管状の口を運転手の首筋に差し込むと、運転手ごと包み込むように再びボール状になり動き出す。
 止まることない巨大なボールはガードレールを突き破り、山道を急スピードで下っていく。
 坂下の街を目指すかのように。

 ヘリオライダーのセリカ・リュミエールは、今事件の概要を説明し始める。
「女郎蜘蛛型のローカストの命令を受け、ダンゴムシ型のローカストが山道にて居合わせた男性に襲いかかったようです」
 しかもそれだけではない。襲撃後、ボール状になったローカストはかなりの速さで転がりならも街に直撃しようとしている。
 今のままでは二次災害が発生するのは間違いなく、セリカの顔色は優れない。
「ビルや鉄道に直撃してしまえば最悪のケース、死者の数は100を超えてしまうかもしれません……」

 ダンゴムシ型のローカストを覆う鎧のような外側は恐ろしく硬い。総員で一斉攻撃しても高速で移動するローカストの鎧を壊すのは容易ではないだろう。
 また、体長も3メートルを越える巨体で、正面から受けきれば重傷は免れない。
 破壊ではなく別の方法で動きを止める必要がありそうだ。

 セリカはメンバーに頭を下げる。
「どうにかしてローカストの侵攻を止めてください。難しい任務だとは思いますが、皆さんならきっと成功できます!」


参加者
祭礼・静葉(サイレン堂店主・e00092)
灯渡橋・頼(トリガーアンハッピー・e21862)
村雨・しとど(ストームコーラー・e22759)
瀬部・燐太郎(名も無き走狗・e23218)
ルーシャ・フォーサイス(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e24438)
クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)
常磐・まどか(皐月の緑草騎兵・e24486)
ヒストリア・レーヴン(鳥籠の騎士・e24846)

■リプレイ

●包囲網
 ターゲットであるローカストの侵攻を食い止めるため、ケルベロスブレイドの一同は、バリケードの設営を急いでいた。
「沢山の人が悲しむ様な事はさせない」
 のほほんとした口調ながらも、灯渡橋・頼(トリガーアンハッピー・e21862)の表情は真剣そのもの。今はバリケードに使用する木々の伐採に勤しんでいる。
 家族を失った経験を持つ頼だからこそ、人々の暮らしを守りたいと気持ちは人一倍強いのだろう。
「そうですね。街への侵攻だけは絶対に食い止めましょう」
 頼同様に大切な人である友達を失った経験を持つ村雨・しとど(ストームコーラー・e22759)も気持ちは同じ。
 しとどは空を仰ぐ。どこまでも澄み切った青空は誰がなんと言おうと快晴。左頬に露出した魔術回路によって、快晴マークが記されている。
 頼としとどの言葉に耳を傾けていたルーシャ・フォーサイス(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e24438)はグッ、と力強く両の拳を握る。
「どうにかして運転手の人、助けてあげたいな。初依頼だし頑張らなきゃ!」
 中性的な容姿にボーイッシュな言葉遣いが特徴的なルーシャ。しかし、背まで伸びた金色の髪やスラリとした手足には女性らしさを感じてしまい、不思議な印象を感じさせる少女だ。
 2人目のヴァルキュリア、常磐・まどか(皐月の緑草騎兵・e24486)も力強く頷く。
「ケルベロスとしての初めての戦いです。恥じぬ戦いにしましょう……!」
 かつて反乱を企て失敗し、百年近くの歳月を経て目覚めたまどか。自分が止まっていた時間を取り戻すべく、率先して仕事に参加している。
 素の頭は悪くないのだが、常識の無さと運の悪さには定評があるまどか。悪く言えばポンコツ、良く言えばオットリな彼女だ。
「きゃっ……!」
 やはり不運。まどかの足に、浮き出た木の根が引っかかる。
 傾斜のきつい坂に倒れ込む直前。3人目のヴァルキュリア、ヒストリア・レーヴン(鳥籠の騎士・e24846)がすかさず支える。12歳ながらも、さすがはナイト。
「まどか殿、大丈夫か?」
「う、うん。ヒストリア君ありがとね」
「! あ、ああ……」
 まどかの朗らかな笑みに思わず顔を背けてしまうヒストリア。引き続きバリケードを埋め込む作業に集中していく。
 戦闘時以外では年相応の少年らしい反応だってしてしまう。しかしながら少年らしくない部分、素直ではない部分がヒストリアにはあった。
 ノルマ分の準備を済ませ、切り株に腰掛け一段落ついていた祭礼・静葉(サイレン堂店主・e00092)。指にはタバコ、ではなくシャーマンズカードを挟み、ユラユラと振っている。彼女の癖なのだ。
 黙々と作業をしているヒストリアの背に静葉は話しかける。
「やる気に満ち溢れたヴァルキュリアだらけで、頼もしいこって。ところでヒストリア。君は高価そうな鎧を身に纏ってるね。オーダーメイドかい?」
 静葉は気に入ったものを蒐集(しゅうしゅう)し、骨董品店を営んでいるほどに通。ゆえにヒストリアの鎧に興味津々。
「……」
 ヒストリアは聞こえないフリをした。彼は同族であるヴァルキュリア以外の種族には、プライドなどからツンケンしてしまうのだ。
 プライドが高いのは、囚われていた弟のために強く在ろうとした結果から。
 戦いの日々より解放してくれたケルベロスブレイドや街の人々に感謝はしているが、中々素直になれないというわけだ。
 静葉も鎧のみに興味があってヒストリアに話しかけたのではない。ヒストリアの心の揺れを感じ取り、話しかけたつもりだった。
 短く息を吐いて立ち上がる静葉。
「うちらもちょいっと頑張りますか。シカクケイ、キビキビ働きな」
 静葉のサーヴァント、シカクケイが口をパカパカと開けて「了解」と言わんばかりに作業を開始する。
 静葉は思う。ヴァルキュリアにも自分ら同様、仲間とともに過ごす時間ができたのだから焦る必要もないだろうと。
 それは4人目のヴァルキュリア、クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)にも該当する。
 17歳の少女とは思えない静かで透き通った瞳。ダムの堤防よりも遥か遠く、それこそ地平線の彼方を見つめるかのようだ。
「どうですかクオンさん。ケルベロスブレイドとしての初任務は」
 問いかけてくるのは、瀬部・燐太郎(名も無き走狗・e23218)。威圧的な風貌とは裏腹に、生真面目な口調、漫画やアニメ等への造詣が深かったりとギャップが多い青年。
 さらには能力の影響もあり、食欲が旺盛。今もチョコボールをほいほい口に放り込んでいる。
 クオンは答える。
「ケルベロスとして初の任務が、まさか山で漁をするとは思わなかったな。全く以って退屈させない世界だなココは」
 燐太郎はニッ、と笑う。「退屈させない世界」という言葉に安心したのだろう。
 ポケットからあるモノを取り出し、燐太郎はクオンに手渡す。
「これは?」
 不思議そうにクオンは手のひらに載せた紙片を見つめる。それはチョコボールのクチバシ。クチバシにはヴァルキュリア同様に翼の生えたエンゼルが印字されていた。当たり券だ。
「ケルベロス就任祝いです。そのクチバシを5枚集めると幸せになれるアイテムが手に入ります。ちなみに金色は1枚です。残りは自分でお菓子買って手に入れてください」
 クオンはイマイチ理解できていないようだったが、フッ、と笑うとポケットに紙片をしまう。
「ああ。そうするよ」

●ダンゴムシを封鎖せよ
 ローカストを捕獲する包囲網を完成させ、一同は時が熟すのを待っていた。
 光の翼によって、空から監視していたルーシャが瀕死状態の人間の気配を感じ取る。
「いた……!」
 物凄い勢いで木々をなぎ倒しながらも進んでくる物体を発見する。
「皆、来たよ! 準備お願い!」
 バキバキバキバキ! と木や地面、岩をも砕きながらも球状のローカストがついに姿を現す。
 見上げる角度からでは、3メートルを越える化物の威圧感はかなりもの。大量の木々を横に並べたバリケードが容易に吹き飛ばされていく。
 けれど臆するわけにはいかない。
「嵐よ―――」
 先陣を切るしとどがオリジナルグラビティ、嵐の王を発動。左頬の晴れマークが雨マークに変わり、包囲網地帯を猛雨と暴風が荒れ狂う環境へと変える。
 瞬く間に地面は泥濘化。ローカストのスピードが若干ながら緩ませることに成功する。
 迎撃部隊がローカストの動きを更に鈍らせるべく攻撃を開始。
「止まれ。此処から先には行かせられない」
「来いよ、ダンゴムシ。キャッチボールの時間だ」
 頼と燐太郎は懐から取り出した銃のトリガーを押し続ける。数多の弾丸、制圧射撃がローカスト目掛けて降り注ぐ。
「これでも食らいな」
 正面上空を飛んでいる静葉もローカストを押し戻すべく、音速の鉄拳、ハウリングフィストを放つ。
 3人による一斉攻撃が荒れ狂う風を押しのけてローカストに襲いかかる。が、攻撃が当たる刹那、ローカストを纏う外皮が鋼色に硬質化。
 アルミニウム鎧化によって攻撃を弾かれてしまう。
 速度はまだまだ危険レベルだ。
 迎撃部隊の攻撃を通り過ぎたローカスト。いよいよ最後の砦、怪力無双持ちのクオンとまどかが構える捕獲ゾーンに襲いかかる。
 2人が「「せーの!」」と網を全力で引っ張る。限界まで広げられた網にローカストがキリキリと食い込んでいく。
 重さは相当なモノで、2人は足に力を入れようとした。
「「!?」」
 歯を食いしばる2人の表情が『耐』から『驚』に変わった。
 雨水によってぬかるんだ足場でスリップしてしまったのだ。
 泥濘化が不利になるのはローカストだけではなかった。急な坂道にぬかるんだ足場では堪えることは至難の業。
 スリップした2人をもろともせずにローカストは山道を下っていく。
「うぉぉぉぉぉ!」
 街を破壊させるわけにはいかないと、ヒストリアは羽ばたきながらも猟犬縛鎖をローカストに巻きつける。
 チェーンは絡みつくものの、ヒストリアごと巻き取られていく。
 すかさずルーシャも猟犬縛鎖をローカストに放った。
「~~っ……、助太刀するよ……!」
 2人のヴァルキュリアが空からローカストの動きを止めようとする。
 ジリ貧なのは明白だったが、同胞を守るべくまどかもチェーンを絡ませる。
 3人のヴァルキュリアを救うべく立ち上がるのは、4人目のヴァルキュリア。
「我は巨獣! 敵を、戦場を、全てを蹂躙せし『緋の巨獣』なり!!」
 クオンに触れる雨水が蒸発を始める。熱を帯び始めているのだ。
 瞬く間に背中の光翼が、炎のように揺らめき出す。
 オリジナルグラビティ、覚醒・緋の巨獣(スカーレット・ベヒーモス)が発動。
 緋の色の光翼で羽ばたいたクオン。ローカストとの間合いを詰めると、縦横無尽。左手の大剣、右手の三叉の槍を同時に横一閃薙ぎ払う。全てを載せた一撃が、しとどの嵐の王による豪風に乗り、けたたましい一打をローカストの横腹に叩きつける。
『グェェェエエエエ!』
 ローカストは悲鳴と同時。球状モードを解除して苦痛に悶え始める。傍には飲み込まれていた運転手も転がっている。
 静葉はすかさず運転手のもとへ駆け寄り、護殻装殻術を施す。半透明の『御業』が鎧に変形し、運転手を包み込む。
「うん。これで応急処置も済んだ。問題ないね。あと問題あるとすれば、」
『キェエエエエェエ!』
 怒り心頭。ローカストはカチカチと刃状の歯と手足を鳴らし、立ち上がった。
 しとどの左頬のマークが晴れになった瞬間、ケルベロスブレイドとローカストの戦闘がスタートした。

●虫の意地
 頼はオリジナルグラビティ、天国(パラディソ)を詠唱。
 誰もいない空に、頼は穏やかに優しく微笑みかける。
 すると、何も見えなかった場所に女性のシルエット、ついには明瞭かつ鮮明に長い黒髪で白いワンピースを着た女性オラトリオ、頼の姉の姿が出現する。天国から呼び寄せたのだろうか。足があるべき所は地獄の蒼炎が渦巻いている。
「宜しく、姉さん」
 頼に似た微笑を浮かべる頼の姉。「しょうがない弟ね」とでも言っているように見えた。
 温かい光を浴びたメンバーの耐久力が向上し、最前列で戦うメンバーは生き生きと暴れる。
 上半身を振らさず武器を構えたまま疾走する燐太郎が、ローカストとの間合いを詰める。草木が茫々と生える山中を器用に駆け抜ける姿は圧巻。
 抑えていた上半身を爆ぜるように豪快に振るう。デストロイブレイドを内側の脚部に叩きつけた。
 戦闘中は血の気が騒ぎ、ハードボイルドになる燐太郎。
「やっぱりか。お前ら! 外側よりも内側は断然柔らかいぞ! !? ぐっ……!」
 仲間に忠告していた隙を見逃さず、ローカストファングが燐太郎を斬りつける。
「サポートする」
 ヒストリアから放たれたケルベロスチェインが、燐太郎たちを守護すべく魔法陣を描く。
「時間は稼ぐよ」
 超低空飛行の体勢のまま、ルーシャの電光石火の蹴り、旋刃脚がローカストに叩きつけられる。
「!? 硬っ……!」
 またしてもローカストはアルミニウム鎧化で防御力を最大限にまで高めていた。
 カウンターを入れるべく、ルーシャに迫り来る刃。
「鉄騎咆哮(アイアンハウリング)!」
 まどかの銃口から射出されたオリジナルグラビティが、ローカストの聴覚をピンポイントに阻害する。
 通称音響砲。 特殊な魔力加工を施した弾丸は、鏑矢の如く音を発しながら突き進み、対象の平衡感覚を狂わせる。
『ギギッ!?』
 フラフラと踊り始めるローカストをヒストリアのウイングキャット、リィクは見逃さない。
 優雅に一回転しながらもキャットリングを射出。ローカストの攻撃を封じ込めることに成功する。
「ほら! お前も根性見せなよ、シカクケイ!」
 静葉の命令に従うべく、シカクケイは宝箱からボウガンを具現化し、ローカストに突き刺す。
 2体のサーヴァントによってローカストの動きが鈍くなった。
 インフェルノファクターによって攻撃力を高めていたクオン。巨躯な剣と槍を天に抱える。
 すると、太陽の光を吸収するかのように矛先にエネルギーが集まっていく。
「終わりの時間だ。くらえ!」
 膨らました両の腕を一気に振り下ろし、ヴァルキュリアブラストがローカストに直撃する。
『ギギギ……』
 かろうじてアルミニウム鎧化で死を免れたローカスト。
 死の危険を感じたローカストが取った行動。
「あ……!」
 まどかが声を荒らげたのも無理はない。
 再び球状になったローカストは逃走を始めたのだ。しかも一同から逃げるように真横に。このローカスト、下り坂の力を借りなくとも自身の力のみで動けたらしい。
 それでも下り坂に比べたら遥かに遅い。
「晴れ時々豪雷です!」
 左頬を晴れマークから雷マークに変えたしとどから放たれるライトニングボルトがローカストを穿つ。
 雷の槍は外装だけではなく、内側の芯にまで響かせる。
 『キィアアアアアア……!』
 虫の息、それどころか最後の悲鳴を上げるローカスト。
 球状のまま息絶え、街からフェードアウトするかのように転がっていく先はダム。フェンスを飛び越えて巨大なボールはダムの急流に巻き込まれ、流されていった。

●歩き出す
 流れていくローカストを見ているのは燐太郎。今はまだ戦闘モードが抜けていないようだ。
「器用に転がってたものだな。サーカスでもやりゃあ儲かっただろうに……」
 吸っていたタバコを携帯灰皿に入れ、コートを翻し現場を立ち去ろうとするが、思い出したように。
「ヒストリア、回復ありがとな」
「! ……ああ」
 やり取りを見ていた静葉は、少し口角を上げると締めるべく手を叩く。
「さて。修復も住んだことだし、帰ろうかい」
 双子の弟のことばかり考えているヒストリア。けれど、仲間たちとの距離がほんの少し縮まった感覚を今日は覚えた。
 羽飾りの片ピアスを揺らしながらも、ヒストリアは仲間たちと帰還する。弟の待つ家に。

作者:凪木エコ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。