かすみがうら事変~累々

作者:鉄風ライカ

●蝕
 皮膚の上に長い蔦を這わせた不良少年の前に、シャイターンのシルベスタは現れた。
 訝しげな表情を浮かべ、少年は、ブリーチを繰り返して明るい金色になった長髪を攻性植物の葉先でうざったそうにかき上げる。既に身体と一体化している攻性植物はまるで少年の指先のように器用に動いた。
 シルベスタの薄い唇が開く。
「おめでとう。君は、進化の為の淘汰を耐え抜き、生き残る事が出来た」
 大変喜ばしい、と仰々しく、浅黒い肌の腕を広げる。
「その栄誉をたたえ、この種を与えよう。この種こそ、攻性植物を超えアスガルド神に至る、楽園樹『オーズ』の種なのだ」
 尊大に言い放って、シルベスタは隣に控える緑色の動物のようなもの――ユグドラシルガードモデルラタトクスから受け取った種子を少年に手渡した。
 突然来訪した上に意味のわからない説明を始めた目の前の人物に、少年は終始不機嫌に顔を歪めていた、が。
「……ッ!?」
 ドグン、と強く脈打った心臓に、そんなことはどうでも良くなった。
 種子を握る拳から凄まじい力が湧き上がり、全身を駆け巡る。血の流れのごとく迸る大量のエネルギー。
「すげぇ……! ッハハ、すげぇ力だ!! ハハハハハッ!!」
 少年を取り巻くように放出された力は、その余波で周囲のあらゆるものを破壊してしまうほどに強大だった。崩れた瓦礫は植物の姿となり、地面を、壁を覆う森の様相を成していく。
 狂笑の響く植物の園。少年の変化を満足げに見届け、二体のデウスエクスは静かに去っていった。

●刈
「人馬宮ガイセリウムで発見された『楽園樹オーズ』、皆さんの記憶にも新しいと思うっすけど……」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は手元の資料に目を落とす。
「かすみがうらの攻性植物事件と関連性があったみたいっす。緊急報告が届いてるっすよ」
 その事実は、ふたつの関連について調査していた白神・楓(魔術狩猟者・e01132)の報告により判明した。かすみがうらで発生した事件の裏には、オーズの種を利用するシャイターンの暗躍があったのだ。
 シャイターンは、ケルベロスの介入や攻性植物同士の抗争事件などを生き抜いた不良たちに、より強力なオーズの種を与え、かすみがうら市街で彼らの力を解放させた。一斉に振るわれた猛威に晒され、街は密林のように変貌し始めている。
 深刻な顔付きで、ダンテはケルベロス達を見回した。
「攻性植物達を中心に広がった植物に巻き付かれた市民がグラビティ・チェインを吸い取られてしまっているっす」
 このまま放置すれば、全てのグラビティ・チェインを奪われた人間は、
「……全て吸い取られたら、干からびて死んでしまうっす」
 紡がれる声は苦渋に満ちていた。
 もしもそんなことになってしまったら、市民の死亡だけではなく、大量のグラビティ・チェインを得た攻性植物達は新たな力を手に入れてしまうだろう。
「なので、皆さんには、かすみがうらに向かって、オーズの種を手に入れた攻性植物を撃破してほしいっす!」
 お願いするっす、と一度深く頭を下げて。
 それから、ダンテは改めて説明に移った。
「敵は強力な攻性植物一体っす。三メートルくらいの大きな人型の樹木に、蔦と、ナイフみたいに鋭い葉がたくさん生えてる感じっす」
 その場に居合わせたケルベロスの一人に、元は人間であった攻性植物の名を促され、ダンテは少し言い淀んでから、彼の名は篠塚・遼だったと答えた。
 しかし今は地球に害をなす攻性植物だ。気を取り直し、ダンテは説明を続ける。
「敵の攻撃方法は、皆さんの持ってる武器の、攻性植物と惨殺ナイフを参考にしてくださいっす。オーズの種の力でかなり強化されてるので注意が必要っす」
 更に、街道や建物の中に巻き込まれた一般人がかなりの人数倒れていることも忘れてはならない。
「皆さんの助けられる範囲にいる人々は全部で二百人くらいっす。それぞれ巻き付いてる植物を引き剥がして始末すれば救助可能っすけど……ただ、そうすると攻性植物に皆さんが救助活動を行っていることが伝わってしまうっす」
 つまり、救助活動にばかり気を取られていると、奇襲される可能性もあるということか。
「周りの建物は鬱蒼と茂る植物で覆われてるっす。死角も多いと思うので、気を付けてくださいっす」
 最終的に攻性植物さえ撃破できれば、市民を捕まえている植物も消えるはずだ。
 何を優先し、どう動くか。
「皆さんのこと、信頼してるっすから。作戦は皆さんにお任せするっすよ!」
 ケルベロス達ならば絶対に成功させてくれるとダンテは信じている。
「これ以上酷いことになる前に、全部食い止めてやりましょう!」


参加者
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)
槙野・清登(惰眠ライダー・e03074)
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)
ククロイ・ファー(鋼鉄の襲撃者・e06955)
真神・忠史(非天・e09847)
九十九折・かだん(墓標・e18614)
ルロイ・オッペンリバー(歪に煌めく極彩金色・e19891)

■リプレイ


 街であった面影も僅かに、一面緑で覆われたかすみがうらは呻き声に溢れていた。
 蔦に絡め取られた人間が一方的に搾取される様は、ただひたすらに――デウスエクスの討伐と一般人の救助を生業とするケルベロス達には一種見慣れた光景ではあっても、ひたすらに邪悪だった。そこかしこから助けを求める声が力なく漏れ聞こえてくる。
「元から治安はよくなかったみたいですけど」
「しかしまぁ、かすみがうらはジャングルになったネェ……」
 冷静に惨状を見渡すレベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)に続き、仮面の下に複雑な表情を隠したルロイ・オッペンリバー(歪に煌めく極彩金色・e19891)も言葉を零す。東京防衛戦での奴らの大敗も薄れぬだろうに、またもシャイターンが関わってくるとは、何とも懲りない連中である。
 幾重にも走る太い蔦を景気よく引っ剥がして人々を救出しつつ、一同は深緑の街道を進む。
 救出活動に気を取られれば敵の奇襲を受けかねないとは説明を受けていた。だが、そうして人々を捨て置ける程度の気構えなど持ち合わせてはいない。
 茂る植物を引き千切り、文字通り食い破りながらも、どこかでケルベロス達の侵入を察知するであろう攻性植物からの死角を減らすべく長い腕を振るう九十九折・かだん(墓標・e18614)の向こう、少しばかり前方で救助に勤しんでいた八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)が声を張り上げた。
「皆さん、こっちです!」
 何かを飲み込んだ喉をごくりと上下させて振り返ったかだんの目に、スーツ姿の女性を抱えた東西南北の姿が映る。
 曰く、その女性が子供を預けている保育園が近隣にあるらしい。ビル群の中の一棟の一室、掲げた看板も扉の園名も植物に成り代わってしまった保育園は、場所を聞き出せなければ見逃してしまっていただろう。
 室内へ入ってしまった際に生まれる懸念はどうしても拭えない。もし敵が壁代わりの植物ごと破壊工作を仕掛けて来たら。もし室内が予想以上に酷い有様だったら。考えればいくらでも不安要素は浮かぶ。
 けれど、それでも。
「大丈夫っス!」
 ケルベロス達が足を止める理由になりはしなかった。
「植物くんはちゃーんと俺達が見てっからさ」
 作戦上、奇襲対策に重きを置く守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)とククロイ・ファー(鋼鉄の襲撃者・e06955)がその不安を打ち消さんと仲間へ微笑んでみせる。
 いずれにせよ、迷っている時間はないのだ。
「行こう」
 ぶちぶちと植物を引き裂く槙野・清登(惰眠ライダー・e03074)の瞳は、いつもとは違う真剣さを帯びて。
 囚われた力無き者達を助け出しに向かう一同。――彼らの元へと、巨大な異形は移動用に誂えた根を引き摺る。
 硬い樹皮に取って付けた顔とも言えぬ顔、唇らしきパーツは、手に入れた力で暴れまわる絶好の手段を得た喜びに歪な弧を描いていた。


「ほらほら、もう大丈夫だよ~。ルロイくんぬいぐるみをあげるから安心してねぇ~?」
 巻き付いた蔓から解放された幼子が攻性植物への恐怖に泣き叫ぶのを懸命にあやしつつ、ルロイは、子供達にまだ泣くだけの体力が残っていたことに内心安堵を覚える。自力行動の可能な保育士に園児の退避を指示する真神・忠史(非天・e09847)の迅速な判断も功を奏し、この場における救助自体は想像より手早く済ませられそうだ。
 が、周囲を警戒するククロイの耳が、ずるりと地面を這う微弱な鳴動を感じ取った。
「ッ!」
 反応し飛び出すよりも早く、いささか遠い位置から攻性植物の鞭のごとき蔦が建造物の側面を打ち据える。ドォンと鉄球クレーンがぶつかったような衝撃に植物壁のビルが揺れ、かろうじて残っていたらしいコンクリートの欠片がぱらぱらと砂のように落ちた。咄嗟にたった今蔓を剥がしたばかりの目の前の子供に覆い被さり、東西南北は優しく笑みを浮かべる。
「絶対に助けます」
 子供は不安げに服を握り締めてくる。けれど再び巻き込まれぬうちに避難を促して、東西南北は衝撃の元を睨んだ。
 開いた大穴から保育園を覗き込む、一抱え程もありそうな不気味な眼球。
 誇示した力に悲鳴の上がる室内を攻性植物は嬉しそうに眺め、ニタリとがたがたの口角を上げたが――、
「顔がうるせえなお前」
 余裕ぶっこいて慢心を見せた攻性植物の顔面を、忠史が思いっきりぶん殴った。
 一般人を守護しつつ動くだろうと踏んでいたケルベロスからのいきなりの殴打に虚を突かれた形の攻性植物がたじろいだのを好機と、敵を引き付ける役を担う面々が一斉に敵へ立ち向かう。
 救助先の施設で奇襲を掛けられてしまうことはレベッカが危惧していたことでもあった。救助対象をまとめて抱え上げて戦場から離れる救助班を横目で確認し、レベッカは敵の巨体に照準を合わせる。
 外部からの干渉で利用されている『彼』には気の毒だが、こうなってしまった以上仕方がない。
「では撃ちますよ」
 同情はするが手加減は無用だ。
 保育園とは反対側、既に救助を終えている街道側へ敵を押し返すように砲撃を放った。
 着弾の煙幕の中を一気に駆け、敵の喉元へククロイが詰め寄る。
 チーム全体の方針として人命を優先しただけあって、ククロイ自身、完全に攻性植物と化してしまった少年を救えないのは残念に思っている。しかしやはり、人命優先なのだ。この少年を……元少年を倒さねば多くの命が奪われてしまう。
「んじゃ、死んでくれやァ! 元少年!!」
 眼光鋭い金色の瞳を輝かせて縛霊手を振りかぶる。
「殴って! 捕えるッ!」
 叩き付けた打撃に乗る霊力が攻性植物を取り巻くが、多少感じる動き辛さに舌打ちをしたもののまだあまり気にするほどでもないと判断したようだ。お返しとばかりにククロイ目掛け、力任せに大きく身を揺らして、長い蔦に備わった鋭い刃物様の葉を乱雑に振り下ろす。
 敵の行動の端々に、強大な力を得たことへの慢心や思い上がりが見て取れるようだった。
 攻撃の隙間に滑り込んで仲間を庇い、一騎は心を占める複雑な感情に眉根を寄せた。
「……力に溺れて。哀れっスね、篠塚さん」
 鋭葉を受け止めた腕に深い斬創が走る。確かに受けるダメージは大きく、かつて篠塚・遼であった攻性植物が得たオーズの種の影響が途轍もないものであると酷く痛感させられる。
 でも、だからこそ。
 眼前に立ちはだかる化け物は、強ければそれでいいと信じていた自分の、こうなるかもしれなかった可能性の体現。
 幼さの残る丸い瞳を険しく引き締め、一騎は、血の伝う拳を敵の胴へ叩き込んだ。


 抱えた一般人を比較的安全な辺りへ降ろしてから、どうしても存在してしまう助けきれない人々に一刻も早い敵の撃破を約束して、清登は丁寧に頭を下げた。
「必ず助けるから、あと少しだけ堪えて下さい」
 人々を降ろしながら、かだんも釣られて粗雑に礼をする。
 ここまでに助けられた人数は、大まかに八十前後だろうか。率先して仲間と声掛け連携や人数確認をしてきたかだんもそのくらいだと把握している。
 踵を返し駆ける脚が焦っているのがわかる。
 舞い戻った戦場では誰のものとも判別の付かない血液の飛沫がそこら中に赤い水玉模様を作り出していた。前衛から吸い取った生命力を美味そうに舐め上げる攻性植物の下卑た笑い声が密林に響く。
 少ない人数で耐える戦いでは劣勢もやむなし、だが、ケルベロスもこれで全員揃って攻勢に移れる。
 合流するが早いか己の位置に付き、ルロイは手のひらに乗せた黒いアロマボールを握り潰した。
「極彩に香れ、ベッセルングはかく示された」
 感情へ訴えかけるような香りは強化の加護を内包して広がる。
「今こそ『治癒』を掴むとき」
 展開させた極彩色の煙が被ダメージの多い前衛の傷を優しく癒していく。
「仲間はやらせないさね!」
 戒めすら解く治癒。余裕ぶっていた攻性植物が樹皮を引き攣らせ忌々しげにケルベロスを睨み付けるが、その耳に、
「遼」
 炎を纏い肉薄するかだんの声が届いた。
 自然と耳に馴染む透き通った低音に――それはただの反射かもしれなかったが、攻性植物が微かに身を跳ねさせたように思えた。
「そうか」
 名前があるなら、彼自身として、死ね。
 小さく呟き、かだんは幹に炎の一撃を繰り出す。追随するククロイの刃は氷を湛え。
「元地球人にはコイツだなァ!」
 ニィっと牙を見せて笑みを深める。
「投影『地球人』! 超力刃一閃ッ!!」
 増幅し変換したグラビティの苛烈な薙ぎ払いが樹皮を削ぎ落した。一歩引いた敵に迫る清登も相棒と共に、更なる状態異常を攻性植物へ重ねていく。
「名付けて、炎熱スマホ斬りッ!」
 おどけてみせてはいるが、眼差しは剣に敵を見据える。返す刀で食らった蔦はかなりの威力を持っていたが、苦痛に顔を歪めても清登は膝を付かず。
 攻撃手も回復手も増えた布陣。段々と攻性植物にも疲弊が見え始めている。真剣な瞳で真っ直ぐ、清登は言葉を紡いだ。
「どんな力を振るおうと全く強いと思えない」
 汗に濡れる柔らかな黒髪もそのままに、攻性植物から視線を逸らさずに。
「本当に強いのは、今それに耐えている、この土地の人々だと思う」
 植物にグラビティ・チェインを奪われながらも、清登が頭を下げたとき、人々は信頼と激励を寄せて送り出してくれた。
 単純な力比べでは表せない強さ、それこそが本物の強さだと、耐える姿が身をもって教えてくれたように思えた。
「だから俺は、ただの弱い人間の……『篠塚・遼』を止めるために戦う」
「っうるっせぇぇえぇええ!!!!」
 言い切った宣告は攻性植物を激昂させるには充分だったようだ。
「オレは力を手に入れたんだよ!! すげぇ力だ、人間なんかじゃねぇッ!!」
 攻性植物は喚く。自分が最高のものとなったのだと。
 けれど『彼』に注がれるケルベロス達の視線は哀れみに満ちている。
「でも……」
 一度唇を噛んで、それから、東西南北は口を開いた。
「篠塚さん、今のアナタはただの操り人形じゃないですか」
 紛い物の強さに酔って、弱い者いじめをする、最高に格好悪い存在に成り果てていると告げる。
「アナタが欲しかった強さは本当にコレですか?」
 本質を突かれた攻性植物が獣じみた怒声を上げた。
 自分は強者であり、搾取する側だと、怒りに任せたひび割れた叫びが木霊する。腕代わりの蔦を掲げ、攻性植物は天を仰いだ。
「オーズの種よ、俺に力を!!」


 シュゥゥ、と砂煙のような靄が、張り巡らされた蔦を伝って攻性植物へと流れ込んでいく。
 どうやらグラビティ・チェインを吸い取ることで回復を図りたかったようだが……その量は極端に少なく、攻性植物の意図していた回復量を大幅に下回っていることが敵の態度からありありと感じられた。
「そういう仕組みだったんですね」
 成程、とレベッカが納得を示す。もし事前の救助を行わなかったら、この時点から全快されてしまっていたかもしれない。
 今までの強気な様子とは打って変わって、攻性植物は明らかに狼狽している。吸収による回復という非常に優秀な奥の手を防がれた現状、ケルベロスの齎すデウスエクスへの完全な死への恐怖が湧いてきたのだろうか。
 きょろきょろと周囲を見回しているのはもしかしたら人質にできる一般人を探しているのかもしれなかったが、この場所に辿り着くまでに街道周辺に倒れていた、目に付いた一般人は軒並み救出済みである。
 半ば呆れた溜息を吐き、忠史は、体重を乗せた一撃をお見舞いした。
「こっちは交渉する気もねえのに人質探すとか馬鹿か」
「お前にも家族や仲間がいただろうに」
 蔑みの滲む台詞に攻性植物は吠えるもその音は意味を綴らない。
「だがその誰にも知られず! 今日、死ぬんだよ! 元少年よォ!」
 ただがむしゃらに撃ち出される攻性植物の攻撃は、それを掻い潜り放たれたククロイの鎌に刈り取られた。
 切り離され宙を舞う蔦の影、待ち受けるは二重螺旋のごとく絡み合う鎖と火柱の織り成す不死鳥の幻。
「どうか安らかに」
 あなたのことは忘れない、と。
 東西南北はしっかりと『彼』を見つめて。
「さようなら」
 攻性植物に最期を、与えた。

 撃破されて動かなくなった攻性植物は、急速に枯れ、みるみるうちに干からびてしまった。
 過ぎた力に身を滅ぼした少年の末路がぼろぼろと零れていく。
 攻性植物の撃破により街を覆っていた植物群は消滅したが、グラビティ・チェインを奪われた人々や崩れた街並みにはヒールが必要だろう。修復へ向かおうとしたレベッカとルロイがふと最後に枯れた残骸を見遣ると、ぼんやりとその中心が光っているように見えた。
「これは……?」
 近付く間もなく、残骸内から出現した光り輝く何かはどこかへと飛び去っていく。
「あれが『オーズの種』でしょうか」
「恐らく」
 物体は既に遠く、視認できない。
 最後の最後で疑問を残したオーズの種も気になるが、ともあれ、攻性植物の脅威を退けることはできたのだ。
 ヒールを施す一同へ、彼らが助けた人々が口々にお礼を述べる。もらったぬいぐるみを大切そうに抱き締めた幼い少女がおずおずと恥ずかしそうに「ありがと」を言いに来たので、ルロイは仮面越しに優しく微笑んで、少女とちょっとだけお人形遊びをした。
 力の源であった種すらも抜け落ちて、抜け殻となった攻性植物の傍に、一騎はとどまっていた。
「……」
 篠塚さん、と口には出さずに呟いて、一騎は目を伏せる。攻性植物の被害者には後ろめたく思いつつも『彼』を悼む一騎の隣で、ククロイも残骸に目を落とす。
「今だけは俺がお前を悼んでやるよ」
 孤独に死ぬのは、寂しい。
 最後の瞬間だけでも、その名に反応した『彼』は『篠塚・遼』だったのだろうか。知る由はないが、せめてその死を悼むことくらいは。
 街に戻る平和を、周囲に戻る明朗な喧騒が物語っていた。

作者:鉄風ライカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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