かすみがうら事変~新世界の萌芽

作者:蛸八岐

●苗床
 人目のつかぬ路地裏で、不良少年が攻性植物化によって手に入れた力を再確認していた。
 人外の力に酔っているような背中に、声がかけられる。
「お楽しみの最中に、悪いね」
 感覚も人外の領域にある不良少年は、背後に不気味な気配があることに気付いていた。その気配が彼と同じく、人ならざる者であるということも。
「いんや、別に……ちょうど飽きてきたとこだ」
 不良少年が弄び続けていたモノの四肢は力無く投げ出されている。彼は、既に事切れてから随分と経つ残骸を、飽いた玩具のように投げ捨て、振り返る。
 そこに立っていたのは酷く濁った目をしたシャイターンと、リスのような形をとった攻性植物。
「シルベスタ。こっちはユグドラシルガードモデルラタトスク」
 不良少年の疑問に先回りするように名乗ったシルベスタはゆっくりと手を叩き始める。
「おめでとう。君は進化の為の淘汰を耐え抜き、生き残る事が出来た。その栄誉をたたえ、この種を与えよう」
 ユグドラシルガードモデルラタトスクが手に持つ種を掲げて、不良少年に近づく。不良少年は距離を取るように後ずさった。
「……それ、何だよ?」
「攻性植物を超えアスガルド神に至る、楽園樹『オーズ』の種さ」
 いつの間にか不良少年の背後に回りこんでいたシルベスタが囁く。
「先の戦いで楽園樹『オーズ』はガイセリウムと共に喪われた……だから君に新たな『新世界』になってもらいたい」
 オーズの種が不良少年の胸に植え付けられる。種は瞬く間に萌芽し、悲鳴をあげる不良少年を包み込んだ。
 不良少年のくぐもった悲鳴は、やがて狂った笑い声へと変わっていく。
「はは、何だよこれ、すげぇよ! わけわかんねぇけどすげぇよ! これが新世界ってやつか!?」
 哄笑が響く度に、不良少年の体から枝が飛び出し辺りの建物を穿つ。建物に突き立った枝は脈動するように壁を這って一帯を覆っていく。
 シルベスタとユグドラシルガードモデルラタトスクは、周辺が植物に呑み込まれていく様を見届けると、先を急ぐように去っていった。
 
●蹂躙された街
 茨城県かすみがうら市。
 この街では、かねてより攻性植物の事件が頻発していたが、東京防衛戦を経て、奇妙な展開を見せ始める。
 かすみがうら市の事件と、人馬宮ガイセリウムで発見された楽園樹『オーズ』との関連について調査していた白神・楓(魔術狩猟者・e01132)から、緊急の報告が入ったのだ。
 報告をもとに行った予知の内容を黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は説明する。
「かすみがうら市の事件の裏では、楽園樹『オーズ』の種を利用するシャイターンが暗躍してたんっすよ。攻性植物の事件には、ケルベロスの皆さんにも幾度と無く対処してもらっていたんすけど、生き残ったり運良く討伐されなかったりした子達に、シャイターンは更に強力なオーズの種を与えて、かすみがうら市街で一斉に事件を起こさせたみたいっす」
 オーズの種を与えられた攻性植物達のせいで、市街地の一部は密林に呑み込まれたようになっていて、多数の市民が植物に巻きつかれてグラビティ・チェインを吸い取られている。
 放って置けば市民達のグラビティ・チェインは全て吸い取られ、干からびて死亡する。攻性植物達は大量のグラビティ・チェインを得て、新たな力を手に入れてしまうことになるだろう。
「それだけは絶対に防がないといけないっす。かすみがうら市に向かって、オーズの種を手に入れた攻性植物を撃破してほしいっす!」
 ダンテは予知で知り得た全ての情報をケルベロスへと伝える。
 敵は強力な攻性植物一体。オーズの種によって肥大化していて三メートルほどの巨大な体躯。しかし、周囲の市街地は植物化していて攻性植物にとっては溶け込みやすく、警戒を怠れば奇襲をうける危険がある。
 市街の道端や建物の中には、多数の市民が植物によって捕われてグラビティ・チェインを吸い取られ続けており、ケルベロス達が担当する区域に捕われている市民の数は約二百名。
「ケルベロスの皆さんなら、市民の人達を捕まえている植物を破壊して救助できるはずっす。でも注意してほしいっす。植物を破壊するっていうことは攻性植物に傷を負わせれる者が現れた……つまりケルベロスの皆さんがやってきたって教えることになるっす」
 そのため気付かれぬように救助を行ったり、市民を救出した後、改めて攻性植物に奇襲をかけるといったことは不可能となる。
 そればかりか救助に気を取られすぎたり、時間をかけすぎた場合には、逆に攻性植物に奇襲のチャンスを与えることになりかねない。
「市民の人達を捕まえている植物は、元々、攻性植物から出てきたものっす。だから攻性植物さえ撃破してしまえば、市民の人達を捕まえている植物も消えて一気に助けることができるっす。だから、あえて攻性植物に、ケルベロスの皆さんがやってきたことを教えるようなことしなくてもいいんすけど……でも忘れないでほしいっす。皆さんが攻性植物を倒すまでの間、市民の人達はずっとグラビティ・チェインを吸い取られて苦しんでいるってことを……」
 ダンテは首を振って、沈鬱な表情をケルベロスに見せまいとする。
「シャイターンが暗躍していたなんて意外っすけど、白神さんのおかげで最悪の事態になる前に察知する事ができたっす。攻性植物が、かすみがうら市を完全に植物化する前に、なんとしても撃破してほしいっす。お願いするっす」


参加者
ナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210)
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)
空国・モカ(パッシングブリーズ・e07709)
片桐・宗次郎(明日の守り手・e17244)
ファルシア・フェムト(精神年齢十八歳・e19903)

■リプレイ

●誘引と奇襲
「ねえ、どうしよう?! どこもかしこも緑色だよ?! コンクリートの壁が草木に見えるよ?!」
「手を貸してくれ! 人が倒れているんだ!」
 密林に呑まれた街に響き渡るファルシア・フェムト(精神年齢十八歳・e19903)と、植物に捕われている市民を素手で助けようと奮闘するアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)の狼狽する声。動揺するように辺りを見渡すのは片桐・宗次郎(明日の守り手・e17244)。
 声音や仕草に反して、彼らの目は油断無く警戒していた。市民に扮して攻性植物を誘き寄せるのが囮班である三人の役割である。そのために彼らは手に馴染んだ武器すら携帯していない。
 ファルシアの情報によって選んだ戦闘地点には、一人の市民が植物に捕われていた。市民は眼を閉じ、唇からは微かな呻きを漏らしている。
「……ごめん、でもすぐに助けるから」
 宗次郎は、目の前で苦しむ人に手を差し伸べられない歯痒さから、血が滲むほど拳を握りしめる。
 グラビティで目の前の市民を助けることは容易い。だが、それは他の場所で苦しむ誰かを見捨てる事と同じ。
 だからこそケルベロス達は二百名全ての命を救うために攻性植物の早期撃破を目指す。
 しかし目標であるオーズの種を受け入れた攻性植物は現れない。街を覆う蔓や木々が、囮班の声を吸っているのか、すぐに不気味な静寂が戻ってくる。
 隠密気流で気配を殺し、何かあれば直ぐに飛び出せるように配置についている奇襲班にも、焦りのようなものが生まれてくる。
「嫌な予感がする……」
 ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)は迷彩ポンチョを着込んで、囮班の動きがよく見える路地裏に身を隠していた。念のため植物に触れぬように細心の注意を払っている。
「待ち続けるというのは……『我慢強さ』が試されるね」
 建物に身を潜めたナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210)はオレンジのガーベラを静かに弄ぶ。
 その隣では久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)が張り詰めた表情で、愛刀の鯉口を切り、そして音を立てぬように納める。
 外に比べれば侵食がマシな建物内ではあるが空国・モカ(パッシングブリーズ・e07709)も植物には触れぬようしていた。
 警戒しながらの待機は精神が疲弊してゆく。それは二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)の額に流れた一筋の汗が、雄弁に物語っていた。
 植物に支配された街の風景に、ふと違和感が生じる。
 最初に気付いたのは宗次郎だった。ファルシアを中心とした陣形を崩し、不自然にならぬように二人に接触テレパスを行う。
「……随分と経ったように思うけど今何時だい?」
 ファルシアに尋ねられ、アジサイは腕時計に目を落とした。その表情が曇る。
「十時で止まっている……」
 嘆くアジサイの背に、触手のように身をくねらせた蔓が襲いかかる。アジサイは迫り来る蔓を、僅かに身体を傾けるだけで避けて、片手で引っ掴む。そのまま捻り上げるように蔓を引き千切ってみせた。
「……ようやく掛かったな、阿呆が」
 秒針が時を刻む音を聞きながら、アジサイはニヤリと笑う。その視線の先には、まんまと誘い出された巨大な攻性植物の姿があった。
 
●嫌な予感
「ギン!」
 呼びかけに応えたライドキャリバーのギンが、派手なスキール音を立てながら蔓草を巻き上げる。激しいスピンの遠心力によって、事前に積載していた囮班の武器が跳ね上げられ、それぞれの主人のもとへ向かう。
 攻性植物に走りこみながら、宗次郎は軽く飛び上がって、宙を舞うルーンアックスを手にする。その勢いのまま、宗次郎はルーンを光り輝かせて振り下ろした。ルーンディバイドを受けた三メートルを越える巨体が揺らぐ。
「我らに加護を破壊する力を!」
 建物から真っ先に飛び出したモカは戦淑女の舞踏によって味方を鼓舞する。
 次に飛び出した征夫は愛刀の白刃を煌めかせた。
「本来の意味とは逆ですが……敵まで飛んでけっ! 久遠・弐の太刀『八艘』」
 袈裟斬りから放たれた衝撃波が、地面や壁に反射しながら攻性植物の身体を切り刻んでいく。
 ケルベロス達の猛攻を受けながらも、攻性植物は耳障りな軋りをあげるだけで苦悶の声一つ漏らさない。その身体に確実にダメージを負わせているのは誰の目にも明らかではあったが、ヴィルフレッドの観察眼は、より注意深く攻性植物を捉えていた。
「僕にかかれば君の弱点なんてお見通しさ!」
 攻性植物の弱点らしき場所をヴィルフレッドは味方へ伝える。
 戦闘地点には意識のない市民が一人いたが、ケルベロス達と攻性植物の位置関係上、戦闘に巻き込む危険性は無い。だが葵は念を入れ、攻性植物の懐に潜り込み、出来るだけ余波が及ばないように旋刃脚を放つ。
 その意を汲んだように、アジサイはギンから受け取った黒砕を豪快に横に薙ぎ払って、巨木を倒すようにルーンディバイドを打ち込む。木っ端が舞い上がり、ずたずたに引き裂かれた樹皮の傷を、ナコトフは絶空斬で更に広げていく。
「アジサイさん、ナコトフさん、ありがとうですっ!」
 間髪入れぬ連携に葵は礼を言う。
 二人が応える前に、無残な姿となった攻性植物から、くぐもった言葉にならない絶叫が聞こえてくる。それと同時に攻性植物が身を震わせ、地面や建物の壁を覆っていた植物が蠢いて、ヴァイフレッドとモカ目掛けて躍りかかっていく。容赦なく牙をむく植物と噎せ返るような臭いに、二人は意識に靄がかかるように感じたが、それも一瞬にして晴れていく。オラトリオヴェールの柔らかなオーロラの光が、二人を優しく包みこんで癒していく。
「一般の人だけじゃなくケルベロスまで呑もうとするなんて欲張り過ぎだねぇ、彼は」
 ファルシアの言葉には、平素にはない敵に対する冷たい響きが伴っていた。
「やはり武器や力に振り回される奴は厄介ですね……」
 冷静でいようと務めていた征夫も、言葉の端々に怒りが滲み出てしまう。
 ケルベロス達は油断無く攻性植物を囲い込み、追い詰めていく。
 じりじりと間合いを詰めてくるケルベロス達に、攻性植物は危機感を覚えたのか、耳障りな声をあげた。
「シルベスタァ! 話がちげぇぞぉ! 俺は他の奴らとはちがう、神にもなれるんじゃねーのかよぉ!」
「……人として生きていれば未来もあっただろう。しかし力に溺れ、人間をやめたなら容赦せん。巻き込まれた市民を救うため速やかに始末する! この陰謀の背後にいるシャイターンも許さん!」
 身勝手な言葉に、モカは激昂するように返した。
 攻性植物は足掻くように巨体を揺らして、ケルベロス達へと突進する。
「『諦め』たまえ。せめてその黄泉路を華々しく彩ってあげよう」
 ナコトフは袖口から取り出した彼岸花を、愚直に突っ込んでくる攻性植物の足元へ放り投げた。彼岸花の花弁一つ一つが激しく舞い上がり、刃と成して切り刻んでいく。真紅の花びらが噴き上がる中心で攻性植物が吠える。
「オーズの種、どうなってやがる! 新世界ってやつを、俺に見せてみろよぉ!!」
 瞬間、露出したオーズの種が妖しく脈動する。

●偽りの世界
 かすみがうらを密林に呑み込んだ時と同じように、攻性植物から無数の枝や蔓が飛び出し、地面や壁を穿った。オーズの種が妖しく明滅するのに合わせて、街を覆う植物が脈動する。それはまるで血を流す血管のように。
「切って!」
 異常を察して叫んだのは、邪推としながらも自身の予感を捨てきれなかったヴィルフレッドだった。
「嫌な予感ほど当たるものだね!」
 ヴィルフレッドはリボルバー銃を構えて、伸びた枝や蔓を狙う。葵も植物の根を断ち切っていくが目立った変化はない。
 街全体が低く轟く呻き声に包まれていた。戦闘地点の外れで、捕われていた市民が眼を見開き、唇を震わせている。その苦しげな喘ぎが幾つも集まり、街を揺るがしていることにケルベロス達は気付いた。
「まさか、捕われている人達からグラビティ・チェインを!?」
 ケルベロス達は武器を構え直して、グラビティ・チェインを吸収する攻性植物にトドメを刺そうとする。だが、街の全てが攻性植物となったかのように、ケルベロス達の行く手を阻む。伸びてくる蔓や草々の一つ一つは難なく切り払えるものではあったが、それらが四方八方、無数に際限無く襲いかかってくる。そのせいでケルベロス達は攻性植物を止めることができなかった。
 オーズの種の妖しい光が収まっていくと同時に植物の動きが鈍化していく。その全てが動きを止め、ケルベロス達が再び攻性植物と対峙した時、捕われていた市民達の声は一つも聞こえなくなっていた。
「あー……『新世界』ってこういうことか……へへ、最高の気分だぜぇ……」
 代わりに聞こえてくるのはオーズの種に取り込まれた元人間の不快なざらつきだけ。
 攻性植物の姿は、殆ど戦闘開始前の状態に戻っていた。しかし、受けた攻撃の全てを回復できたわけではなく時折、動きにくそうにしていたり、身を守る厚い樹皮は剥がれ落ちたままとなっている。
「第二ラウンドといこうぜぇ? 今度はこっちが先でいいよなぁ?」
 返事を待たずに攻性植物は最も手近な三人と一体を狙って、身体の蔓を伸ばしていく。
 不意をつかれてもアジサイは身体に染み付いた動きによって回避したが、他の者は植物に呑み込まれる。ギンは耐え切れずに、そのまま倒れてしまう。
 宗次郎は、葵と前に立ち滑り込み、掌で蔓を受け止めていた。
「片桐さん……だ、大丈夫、ですか?」
 蔓に貫かれ、掌から夥しい血を流しながらも身動ぎもしない宗次郎に、葵は遠慮がちに声をかける。
「はは! ずいぶんと痛そうだなぁ……大丈夫かぁ!?」
 数多のグラビティ・チェインを吸い取った攻性植物が嘲り笑う。
「……した」
 微かな呟き。
「なんだってぇ? もっとはっきり言ってくれないと聞こえねぇよぉ」
「……だから、どうした!」
 怒りに満ちた咆哮だった。
 宗次郎は眼を見開き、蔓を腕に巻きつけて一気に引き寄せようとする。攻性植物の巨体がよろめいた。圧倒的な優位な状態で、たたらを踏まされたのが腹に据えかねたのか、攻性植物が獣のように唸る。
「……『欺瞞』に満ちた力に、手を伸ばしてしまった。だからキミは、徒花で終わりだ!」
 ホオズキの花弁を舞わせながらナコトフは再び絶空斬で傷口を開いていく。
 それを皮切りに次々とケルベロスの牙が攻性植物に突き立てられた。
 征夫の太刀筋も先ほどまでとは打って変わり、隠し切れない感情が籠められている。久遠・弐の太刀「八艘」は無数の木片を撒き散らし、その間を縫うように移動しながらヴィルフレッドは銃弾を打ち込んでいく。
 モカのブレイブマインによって巻き起こった爆風に紛れ、葵が一跳びで突っ込む。巨体に飛びつき、一撃。そしてもう一度跳び、攻撃をねじ込んでいく。 度重なる猛攻、そして葵の鬼徹衝で攻性植物の余裕は消し飛んでいた。
「頂くぞ」
 アジサイが両腕を広げ、攻性植物の巨体を挟み込むように腕を振るった。木の軋る音が辺りに響き、巨体が一気に破砕される。
 呑龍ノ咢は、攻性植物をまさに巨龍に噛み切られたように真っ二つとして地に落とした。
 地面に転がった攻性植物と街を覆う植物が急激に枯れ落ちていく。枯葉が舞い散る中、干からびた攻性植物の身体からオーズの種が再び妖しく光って飛び出す。
 オーズの種はケルベロス達に対応する時間を与えず、そのまま飛び去っていく。光の尾を引いて雲間に消えるオーズの種は、まるでケルベロス達を嘲弄しているようであった。
 あとに残るは、完全に干からびて見る影も無くなった攻性植物の死骸と枯れ落ちた大量の植物、そして解放された市民。

●正義の味方
 地面に投げ出された市民にファルシアが駆け寄り、ケルベロス達は固唾を呑んで見守る。
 ファルシアは仲間へと振り返り、その険しい表情を綻ばせた。老成した微笑みに各々の口から安堵の溜息が一斉に漏れた。
「よもやと思ったが……他に捕われていた者の無事も確認して、ヒールを行なわなければな……俺は大して役に立てないかもしれないが……」
 攻撃に偏ったグラビティを多少の後悔をしているようにアジサイは項垂れる。
「捕われていた人達を安全な場所に運ぶだけでも十分じゃないでしょうか? 私が周囲の安全を確保しておきます」
 建物へヒールをしながら征夫は言う。植物に侵され破壊された建造物へ、一心不乱にヒールを続ける姿は戦闘の火照りを懸命に冷まそうとしているようにも見える。
「なるほどな……俺だけでは見つけた者全員を運ぶことしかできない。ついてきてくれないか?」
 アジサイは近くにいたモカに声をかけてから市民の捜索へ向かう。
「いいだろう」
 モカも頷いてから、その背を追う。
「捕われていた人達からのグラビティ・チェインの吸収……仮に救助を優先していれば止められた? いや、僕達だけで二百人全員の救助と避難なんて……もし一部の人達だけでも助けていたら、キミはどうしていたのかな……?」
 攻性植物が枯れ落ちた場所で屈み込み、手を顎にやって思案していたヴィルフレッドの目の前に、一輪の花が差し出される。
「『知恵の泉』で戯れるのは悪いことじゃない。けれど今はボク達にできることをしないかい?」
「……そうだね」
 苦笑したように破顔したヴィルフレッドは、さっと立ち上がって行ってしまう。
 所在無げに差し出しされたままの紫花菜を、ナコトフは己のシャツを必要以上に、はだけさせてから仕舞う。胸板美を周囲に撒き散らしつつ、ナコトフも捕われていた人達の救助に赴く。
「あの……片桐さんは行かないんですか?」
 立ち尽くしたままの背に葵は尋ねた。だが返事の代わりに、その身体がゆっくりと傾いで崩れる。
「片桐さん!?」
 倒れた宗次郎に葵は慌てて駆け寄る。市民へヒールを続けていたファルシアも異変に気付いて寄ってくる。
 攻性植物の猛攻を一手に引き受けていた宗次郎。市民の無事を知って、それまで彼を支えていた緊張の糸が一気に解れた。
 二人がかりのヒールでも、宗次郎の深手を中々癒えない。だが彼の表情は穏やかだ。
「……よかった」
 囮として一般人に扮していた時、苦しむ市民を前にして口から零れていたのは彼の本心。
 目の前で苦しむ人達を今すぐにでも救い出したい。それでも、それは他の誰かを見捨てるのと同じ事。
 九を捨て一を救うのではない、一を捨て九を救うのでもない、全てを救う為に。
 誰もが理想だと笑うような完全無欠のハッピーエンドに手を伸ばすことができる。
 それが彼の信じる――。
 宗次郎の意識は、満ち足りた心のままに、ゆっくりと休息をとるようにして落ちていった。

作者:蛸八岐 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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