戦乙女よ、眠れ。

作者:中尾

●髑髏蛾は嗤う
 深夜、3時。ひと気のないビル街の交差点に、ズタボロのシルクハットを被った猛獣使い風の男がいた。
 だが、ただの猛獣使いではない。赤き複眼に、髑髏蛾の翅を持つ死神である。
「君達。始めたまえ」
 男は手にした大きな鞭をピシャンと振るう。
 するとどうだろう、男の声に応え、青白く光る骨のような怪魚がスウッと姿を現したではないか。
 怪魚はスイスイと宙を泳ぎ魔法陣を描く。その中心に、何者かが現れた。
「さあ、マサクゥルサーカス団、期待の新入りご登場だ!」
「アアア……アアア……」
 それは腰まで長い金の髪を持つ戦乙女。だが、その姿に在りし日の気高さは感じられない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
 ヴァルキュリアの獣のような雄叫びは、静まり返った夜の街に不気味に響いていた。

●王子は視た
「このような時間に集まってくれ、感謝する。……時間がないので取り急ぎ、用件を述べよう。蛾のような姿の死神が、怪しい動きを見せている」
 そうケルベロス達に語るのは、身長2mを超える鎧の男、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)だ。
「この死神は、どうやら死亡したデウスエクスをサルベージする作戦の指揮を執っているようだ。配下である魚型の死神を放って変異強化とサルベージを行わせ、死んだデウスエクスを死神の勢力に取り込もうとしているのだろう。お前たちにはこれから、その阻止に向かってもらう」
 ザイフリートはそう言って、これから向かう先の地図を広げる。
「場所は東京都のビル街。深夜の為、辺りに人の気配はなく、人払いの必要はないだろう。今回お前たちに倒して欲しい死神は、怪魚型3体に、変異強化とサルベージを施されたデウスエクス1体だ」
 ザイフリートが言うには、怪魚型は主に『噛み付く』ことで攻撃をし、『怨霊弾』で怨念を放ち、『泳ぎ回る』で自己回復を行うらしい。
 サルベージされたデウスエクスは『突撃』と『弓矢』による攻撃を得意とし、『歌』をうたうことで自己回復を行うようだ。
「そして、その、デウスエクスというのは……」
 ザイフリートは、わずかな間を置き、告げる。
「第二次侵略期以前に死亡したヴァルキュリアだ」
 個人的な感情を抑え、彼は言葉を続けた。
「彼女は知性を失っており、説得は不可能と考えた方がよいだろう。どうか彼女を再び眠りにつかせてやって欲しい」
 兜に隠れた彼の表情はうかがい知ることはできないが、唯一露出している彼の口元は、己の歯をきつく噛みしめていた。


参加者
苑村・霧架(真銀のフィリニアス・e00044)
森部・桂(情報収集端末・e05340)
ウィリアム・バーグマン(地球人のガンマン・e05709)
メアリベル・マリス(マザーグースの斧幼女・e05959)
パウル・グリューネヴァルト(森に焦がれる・e10017)
マイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)
三上・菖蒲(クー・e17503)
ヒューリー・トリッパー(笑みの裏では何があるのか・e17972)

■リプレイ

●暗き街
 目的地へとたどり着いたケルベロス達はそれぞれの想いを抱えながらヘリオンから飛び降りる。
 その中には地に降りてすぐに夜空を飛ぶヘリオンを見上げ、中にいるであろう男を強く睨みつける者もいた。その者の名はパウル・グリューネヴァルト(森に焦がれる・e10017)。エインヘリアルに故郷を奪われたシャドウエルフである。
 彼はまだ、ザイフリートを仲間として信用できずにいた。だが、ヴァルキュリア達が寄せる信頼だけは、同じ妖精族として信じたい。
「ザイフリート……ヴァルキュリア達の想いを裏切らないでくださいね」
 そう呟き、口元をぎゅっと結ぶ。感情が昂り強く握った左手から、地獄の炎が吹き上がる。
 ケルベロス達の中には、ザイフリートをエインヘリアルの1人として憎悪する者もいれば、その逆の者もいた。
「ザイフリート王子はもうメアリ達の仲間。大事なお友達」
 そう呟いたのはメアリベル・マリス(マザーグースの斧幼女・e05959)だ。
「彼が哀しんでればメアリも哀しい。それ以上に……死んでなお絶望の歌を紡がされる戦乙女を解放してあげたいもの」
 王子の憂いを晴らしてあげたいと舌足らずな甘い声で、微笑む。
 タバコの香りが残る男は本場西部から来たガンマン、ウィリアム・バーグマン(地球人のガンマン・e05709)だ。
「生き返らされたヴァルキュリアの子か、その心まで蘇れたのならケルベロスに誘ってやりたかったが……せめてもう一度殺してやらんとな」
(「死者のサルベージ、か……」)
 死者と聞いて真っ先に思い出すのは荒野の町を守り倒れた友の顔。
 友が生き返ったら、どんなにいいだろう。だが、ウィリアムは己の願いに首をふる。
(「いや……死んだ奴は……生き返らない。生き返らせてはならない」)
 そう思い直し、彼は愛用のリボルバー銃に手をかける。
「夜遅くまで男を漁ってたら面倒なことに巻き込まれたわね……」
 露出の高い体にケルベロスコートを羽織り、どこかミステリアスな雰囲気を漂わせるサキュバスの女性はマイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)。
「死んでまでこき使われるのも可哀想だしさっさと楽にしてあげましょうか。……私も早く帰りたいし」
 そう言い、長い髪をかき上げる。
「まったく、死者を弄ぶなんて……許せませんね」
 赤い和服に、両目を隠す程長い前髪が印象的な男はヒューリー・トリッパー(笑みの裏では何があるのか・e17972)。
「せめて、ヴァルキュリアさんには安らかな眠りを……」
 そう祈るように呟いたのは白い騎士風の服装に大きなリボンの少女、苑村・霧架(真銀のフィリニアス・e00044)。
「ヴァルキュリアさんを解放する為にも、頑張るのです」
 霧架の言葉にこくりと頷く一見、美少女のような少年は三上・菖蒲(クー・e17503)だ。
 彼らの後方で、死神の情報を記録し始めた白き乙女は森部・桂(情報収集端末・e05340)。少しでも次に戦う者達が有利になる為に、彼女は少しの変化も見逃さぬ様、その紫の瞳で現場を観察する。
 目を凝らすその前方には3匹の淡く光る雷魚に、1体の人影。
「死神とヴァルキュリアを確認」
「それじゃ……始めようか」
 敵の姿を確認すると、霧架は少し寂しそうな表情で告げた。

●淡く光る者達
 暗い夜道を照明灯が照らす。不慣れな王子が一般人を見落としている可能性も考えたパウルは人払いの殺界を形成する。
 最初に死神達の前へと歩み出たのはメアリベルだった。ケルベロス達に気がつき戦闘態勢へと入る彼らへ、メアリベルは自身の翼から聖なる光を放ち、怪魚達を断罪する。
 桂は禁忌の石版を指でなぞり、ヒューリーへと脳髄の賦活を唱える。禁断の詠唱にヒューリーは力を感じ、斬霊刀である無境ノ鞘:黒玄浪叉識真を構えた。まずは怪魚を一匹づつ集中攻撃を与え倒さなければ。
「下種な死神は三枚おろしですよっ!!」
 彼の刀から放たれる二刀斬霊波に、その身を切り裂かれ、怪魚は自身にヒールを施す。
「アリア、いくですよ」
「にゃおん」
 蒼い瞳の白い子猫は信頼を寄せる菖蒲にそう一声鳴く。菖蒲はアリアに魔力を込め怪魚へと射出する。魔力を纏った小動物をその身に受け、その衝撃に怪魚はビルの壁に激突した。
「キミ達は、お呼びじゃないんだよ」
 起き上がろうとする怪魚へと霧架が銀のルーンアックスを振るう。
 頭を切断された怪魚は、地に落ち動かなくなる。
「あと2体!」
 パウルは呪文を紡ぎ、氷河期の精霊を召喚する。パウルに呼ばれた精霊は片手を振るうとそれは吹雪となり怪魚を氷漬けにする。
「よお、今回も頼むなラバーラ」
 ウィリアムは棺桶のようなミミック、ラバーラを呼び出すと自分含む前衛にスターサンクチュアリを施す。
「……まあ、せっかく黄泉帰って来てすぐに還る。って言うのも貴方が面白くないでしょうし私が少し遊んであげましょうか」
 ヴァルキュリアの足止めを担当するマイアは彼女の注意を引きつけながら古代語魔法を紡ぎ、彼女へと石化の魔法をかける。
「あああああああああ……!!!!」
 ヴァルキュリアは動きが鈍くなるも、マイアへと弓矢を放った。戦乙女の矢はマイアの右肩をかすり、黒いコートに赤が滲む。
「腐ってもヴァルキュリアってわけね。やるじゃない」
 マイアは己の肩を抱き、不敵な笑みを浮かべる。
 怪魚は宙を泳ぎ、周囲の怨念をかき集めると黒い弾丸を生成した。怨霊弾だ。
「来る……」
 桂は地面にケルベロスチェインで味方を守護する魔法陣を描く。すると桂が魔法陣を展開した直後、怨霊弾が爆発した。
「ッ!」
 だが、桂のサークリットチェインとウィリアムのスターサンクチュアリのお蔭でダメージは浅い。
 メアリベルは再びシャイニングレイを放つ。だが敵も何度も焼き魚にされてはたまらないと、怪魚達は彼女の攻撃を見切る。そこへ、ヒューリーの気咬弾が放たれた。オーラの弾丸は怪魚へと食らいつき炸裂する。
 力なく地に落ちる怪魚の姿にヒューリーは、ふうと息を吐く。あと1体。
 そんなヒューリーの姿にウィリアムがやるじゃねぇかと口笛を吹く。彼もガンマンとして負けてはいられない。彼は目にも止まらぬ速さで怪魚の顎を撃ち砕く。
 アゴをだらりと下げた怪魚の視界に入ったのは白い女性騎士の姿だ。霧架は高々と飛び上がり、銀のルーンアックスを怪魚の頭上に振り下ろす。揺れる逆ハート型の尾。ルーンアックスは確かに怪魚へと深い傷を残したが、怪魚はしぶとくまだ動きを止めない。
「木々よ、命を食らう険しき森よ」
 パウルが腕を広げ、呪文を唱え始める。地には攻性植物が這い何かを形作り始める。
「友たる妖精の血に依りて呪わん。棘、欠乏、一位の木」
 それは針葉樹の森だった。茂った木々は月光すら遮り、辺りは暗闇に包まれる。目の前に突然現れた針葉樹の森に困惑する怪魚だったが、すぐにただの森ではないと気づく。自身の体が、徐々に端から土くれとなって崩れ落ちるではないか。それは、きっと彼からみたら悪夢だったに違いない。

●戦場の乙女
 針葉樹の森が後退してゆく。ビル街に残されたのは1人のヴァルキュリアと8人のケルベロスだ。
 ヴァルキュリアには琥珀を実らせた攻性植物が彼女を逃さぬ様きつく締めつけていた。マイアの『結晶花』アンバーミストルティンである。
「お待たせ! 肩の傷は大丈夫?」
「これぐらい大したことないわ」
 霧架の声に、マイアが口元を緩めたその時だ、攻性植物を引きちぎり、戦乙女が叫んだ。
「あああああああああああああ!!!!」
 茨のトゲに手を真っ赤に染めながらも、心を失った戦乙女は、歯を見せて唸り声をあげる。その姿に、霧架の表情が変わった。
「ボク達がもう一度、眠りにつかせてあげる……」
「名も無きヴァルキュリアさん……魂の束縛からの解放を!!」
 ヒューリーの言葉に、皆が強く頷いた。
「ママ……お願い」
 そうメアリベルが名を呼ぶのは黒いベールを被った喪服のビハインドだ。彼女のママは娘の願いを聞き入れ、戦乙女に金縛りをかける。
「可哀想なマリオネット、滑稽なグランギニョル。死んでなお踊りやまぬ貴女は、まるで赤い靴の乙女」
 舞うように戦いながら口ずさむレクイエム。その指は赤き弓矢を引く。
「絶命してなお望まぬ戦いを強いられる残酷な宿命からメアリ達が解放してあげる」
 地獄化された炎の歌声を紡ぎながら戦乙女に語りかける。
 メアリベルが放った矢はヴァルキュリアの左腕を貫く。ヴァルキュリアが矢を抜き、赤が散ると同時に菖蒲が日本刀、布都御魂を抜いた。
 月夜に映えるその刀身はヴァルキュリアの腹を切りつけ、凍てつかせる。痛みに呻くヴァルキュリアをマイアがその深紅の瞳で凝視した。
 ゾクリ。背筋の凍るような視線に、ヴァルキュリアは本能的に怯え始める。
「……あら? そんなに縮こまって大丈夫かしら?」
 マイアは己の白い頬に手をあて、ふふっと笑う。
 更にそこへ、パウルの黒き鎖がヴァルキュリアを絞めつけた。ギリギリと自身を拘束する鎖を解こうとしたヴァルキリアへ、桂の脳髄の賦活を受けた霧架が飛び込む。
「やぁっ!」
 霧架のルーンディバイドはヴァルキリアの右肩に直撃。そこに被せてウィリアムのグラビティブレイクが炸裂する。
「敵の動きが鈍くなってきたようですね。みなさん、もう少しです」
 仲間にヒールを施しながらも、敵の様子をしっかりと記録していた桂が告げる。
「斬れ斬れ緋花……血を吸え赤花……」
 ヒューリーの詠唱に応え、黒玄浪叉識真が血のような赤き霊力を纏う。
「咲け咲け朱花……散れ散れ紅花……」
 その刃は傷口からヴァルキリアの力を奪い、更には毒としてその身を蝕み始める。
「絶望の歌はおしまい。さあ 本来の場所へお還りなさい。王子の事はメアリたちに任せて。夜空を見上げて安らかにお眠りなさい」
 メアリベルのアイコンタクトにマイアが頷く。
「さ、お遊びはおしまい、逝かせてあげるわ」
「ううう……うう……」
 ゆらゆらと立っているのもやっとなヴァルキリアへマイアはそう告げると、彼女の漆黒のファミリアロッドが蝙蝠となり、ヴァルキリアの元へと向かった。魔法の弾丸はヴァルキリアへと命中し、彼女を生の苦しみから解放する。力の抜けた体は地へと倒れ、そのまま砂のように崩れ去っていった。

●夜明けの空
 ケルベロス達は風に運ばれる彼女を見送る。
「フリークスの余興は嫌いじゃないけれど……少し悪趣味の度合いが過ぎるわね」
「いつかとっちめてやるんだから」
 ここには居ない黒幕にメアリベルが不快の色を見せ、霧架が熱くなった目元をぬぐう。
「…………」
 戦闘中は冷静にヴァルキュリアを記録に留めていた桂も、だんだんと己の中に感情が沸き上がるのを感じていた。
 桂は記憶喪失のレプリカントだ。自分も、もしかしたらこの様な運命をたどっていたのかもしれない。ケルベロスとして今を生きていることに微かな幸福を感じると共に、ヴァルキュリアを冒涜した死神に怒りを覚え、口を結ぶ。
「ザイフリートに一目だけでも会わせてやりたかったんだけどな……」
 ウィリアムは夜風に吹かれ消えた彼女が、せめて天国に行けるよう祈りを捧げる。
「もう二度と、眠りを妨げる者が現れないように、ぼくたちもがんばるのです、だから……」
 静かな眠りを。菖蒲は両目を閉じ静かに祈った。
「倒すしかありませんでしたが、せめて祈りましょう。ヴァルキュリア達は新しい居場所を得ました、もう戦いを強制されて苦しむ事はありません。どうかあなたにも、妨げのない安らかな眠りを」
 パウルは指を組み、同じ妖精族の安眠を祈る。
「かつては、敵でも今は……いや、あなたの高潔な魂に安らかで静かな眠りを」
 ヒューリーは紫苑の花束をヴァルキュリアの死した場所へと供える。持つ者により色の変わるその花は、彼の感情を表すように青紫に咲いていた。
 ヒューリーの姿を見て、桂は自身が持っていた一輪の花へと視線を落とす。まだ感情が未発達の彼女は何故、自分がこの花をヴァルキュリアの為に用意したのかわからずにいた。だが、論理的理由は無いが必要なことだ。そう結論付けた彼女はヴァルキュリアへと花を供える。
「おやすみなさい」
 そう小さく呟き、黙祷を捧げる。
 マイアは周囲のヒールを終えると、遠目に仲間達の姿を眺めていた。湿っぽいのは性に合わない。
「早く化粧を落とさないと、肌荒れしちゃうわね」
 彼女はそんな言葉をひとりごちて、白み始めた空を見上げた。
「……今すぐ信じる、とは言えませんが。努力はしないと失礼、ですかね」
 パウルは自分達を待っているであろうザイフリートを思う。エインヘリアルは憎いが、こちらに付いた相手をいつまでも避けてはいられない。これは王子個人との融和への第一歩。
 戦乙女の冥福を祈り、メアリベルは鎮魂歌を唄う。彼女の歌声は風に乗り、明け方のビル街にこだましていた。

作者:中尾 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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