異形のマリオネット

作者:雷紋寺音弥

●仄暗い闇からの使者
 深夜、室外機の音だけが響くビルの谷間を、揺れるように舞う人影が一つ。
 背中から生えた蛾の翅は、それが人でないことを物語る証。周囲にいるのは、これは彼の眷属だろうか。巨大な顎と牙を持つ不気味な魚たちが、宙を泳ぎながら青白い光の軌跡で不可思議な紋様を描いている。
「それでは君達、後は頼んだよ。君達が新入りを連れて来たら、パーティを始めよう!」
 赤い瞳が歪な笑みの形に変わる。彼が口上を述べると同時に、眩く輝く紋様から、漆黒の外套を纏った男が現れた。
 薄汚れ、穴の目立つ外套の奥から覗くのは、腐った肉と錆びた歯車が絡み合った不気味な身体。顔の半分は欠け、肥大化した右手と左足は、獰猛な熊を思わせる。
 デウスエクス・マキナクロス。かつて、ダモクレスと呼ばれた存在は、しかし今や異形の再生を遂げた哀れな操り人形に他ならなかった。

●死神サーカス
「蛾の翅をつけた死神が、動きを見せているようですね」
 深夜、雑居ビルの谷間にある通りにて、死神によるダモクレスのサルベージが行われると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はケルベロス達に告げた。
「第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスがサルベージされる事件。その指揮を執っているのも、この死神のようです」
 その正体は不明だが、魚型の死神を従えて、変異強化したデウスエクスのサルベージを行っているのは間違いない。戦力強化を図っている以上、放置しておけば後々の憂いとなる。
「事件が起こるのは、雑居ビル街の裏通りです。時刻は深夜。一般人が巻き込まれる可能性はありませんが……」
 そのまま裏路地に逃げ込まれ、住宅街へ入られると厄介なことになる。そうなる前に、裏通りで戦闘を仕掛けるのが望ましいとセリカは続けた。
「出現する魚型の死神は三体。サルベージされたダモクレスの警護を担っているため、分断は困難です」
 戦闘になると、魚型の死神は牙による噛み付きや怨念の弾丸で攻撃して来る。加えて、空中を遊泳することにより、体勢を立て直す術も持つ。
 その一方で、サルベージされたダモクレスだが、こちらは内蔵された回転鋸に加え、異形化した腕を高速回転させるなど、激しい攻撃を得意とする。知性は完全に失われているが、防御や守護を崩す能力を持つため、油断していると思わぬ痛手を負うことになるだろう。
「事件の元凶である、蛾の翅を生やした死神ですが……こちらは、今から現場に向かっても接触することは不可能です。今は、とにかく、サルベージされたダモクレスの撃破に専念してください」
 死神による人形劇など、開幕前に潰して欲しい。最後に、それだけ言って、セリカは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
桐山・憩(さかまき・e00836)
アルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)
奏真・一十(霧氷を炙る・e03433)
斎・時尾(レプリカマリオネット・e03931)
アリオーン・コーエン(蒼炎を纏う黒馬・e13422)
ルルリアレレイ・パンタグリュエル(黄金魔書の詠み手・e16214)
神宮寺・純恋(陽だまりに咲く柔らかな紫花・e22273)
セデル・ヴァルフリート(秩序の守護者・e24407)

■リプレイ

●深夜の興業
 人のいなくなった夜の街は、驚く程に静かだった。
 眠らない街という表現があるが、巨大な歓楽街を除き、それは間違いだ。薄汚れた雑居ビルの裏通りは、冷たく淀んだ空気が微かに風に乗って流れるだけ。
 束の間の眠りについた街。そう言った方が、正しいのかもしれない。だが、そんな街の静寂を破るようにして、それは静かに、しかし耳障りな音を立てながら復活を遂げた。
「ギ……ギ……」
 辺りを浮遊する奇怪な魚に導かれ、腐った肉と錆びた歯車の合わさったような怪物が立ち上がる。姿形こそ人に近いが、半欠けの顔が人外の存在であることを否応なしに物語っている。
「はっ、おいでなすったな!」
 現場に到着するや否や、アルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)は敵の姿を確認し、帽子を軽く被り直した。
「ビルの谷間に蠢く影……って言うには、ちと派手過ぎらぁな。とんだ骨董品を掘り出しやがって」
 死神により再生されたダモクレス。その前身は、果たして如何なる存在だったのか。異形の変貌を遂げた今となっては、それを知る術もない。
「死んだ身体で遊ばれるとは、敵ながら気の毒な話であるな」
 少しだけ、奏真・一十(霧氷を炙る・e03433)が哀れむような素振りを見せたが、それも一瞬のこと。
「折角倒しても、こうやって死神のサルベージに会ってしまえばまた……。いえ、言ってもしょうがないことですね。全て倒すだけです……!」
 敵がこちらに気付いたことを悟り、ルルリアレレイ・パンタグリュエル(黄金魔書の詠み手・e16214)が長剣を抜く。そんな中、まるで魚達に操られているかのようなダモクレスを前に、斎・時尾(レプリカマリオネット・e03931)は何も言葉にすることはなかった。
 壊れた機械の操り人形。その変わり果てた姿に想うところがあったとしても、今は慰めの欠片にもならない。
「念のため、立入禁止テープを貼っておいた。手早く片付けるとしようか」
 人が来る可能性は皆無でないと、アリオーン・コーエン(蒼炎を纏う黒馬・e13422)は静かに告げた。その瞬間、こちらの接近に気付いた敵が、一斉に淀んだ視線を向けて来た。
「よう腐れポンコツ。生き直したばっかで悪ぃが死んでくれ。私達の日当の為にな」
 半ば誘うように桐山・憩(さかまき・e00836)が睨み返すが、ダモクレスは何も答えない。代わりに漏れるのは、金属の軋むような耳障りな音。腐肉の絡み付いた肉体が、人間の遺伝子に刻み込まれた生理的嫌悪感を、否応なしに刺激する。
「神宮寺流……う~ん。主婦の神宮寺純恋よ。さあ頑張るわよー」
 だが、それでも神宮寺・純恋(陽だまりに咲く柔らかな紫花・e22273)は、目の前に迫り来る異形を相手に、一歩も退かず名乗りを上げた。
 そういえば、自分が初めて戦った相手も、サルベージされたデウスエクスだった。見た目こそ違えど、状況は同じ。怯む理由など、どこにもない。
「ダモクレスと言えど、死を迎えた存在は眠りにつかせ、転生に導くが我らヴァルキュリアの矜持にして導き。死を歪め、輪廻を乱すならば、その乱れを絶ち、元の正常なる流れに戻さねばなりません」
 回遊する死神達を断罪するように、セデル・ヴァルフリート(秩序の守護者・e24407)は高々と告げる。微かな腐臭が鼻先を掠め、宵の静寂は怪魚の咆哮によって破られた。

●傀儡
 獲物を見つけた異形の動きは、思った以上に素早かった。
 獣化した腕を振り上げて、敵は回転させながら叩き付けて来る。唸りと共に腕が回る度、機械と肉の接合部から、粘性の高い何かが絡み付くような音がする。
「……っ!? 見たくもねぇグロい鉄クズ拾ってきやがって、あの魚ども」
 防具ごと身体を斬り裂かれ、憩が思わず怪魚達を睨み付けた。だが、直ぐに気を取り直し、救護用のドローンを展開して行く。
 敵はこちらの防御を崩し、猛毒で内から削る攻撃を得意とする者達だ。少しでも守りを固めておかねば、思わぬ負傷から隊列を崩されることは想像に難くない。
「しかし、レプリカントと違って機械の分量のほうが明らかに多そうなんだが……どっから出てきたんだ、あの肉は?」
 ふと、アルメイアもダモクレスの方へと目を向けるが、今は細かいことを考えていても仕方がない。
「とっとと叩き潰させて貰うぜ、悪いがな!」
 浮遊する怪魚へと肉薄し、卓越した技量からなる一撃で鱗を穿つ。衝撃に怪魚の身体が吹き飛び、氷漬けになった鱗が飛散したところで、続けて一十も仕掛けた。
「まったくもって、死神というやつは好かん。裏で糸を引くのみという点、とりわけ気味が悪い!」
 率直な感想を述べつつも、攻撃の手は休めない。横薙ぎに払われるゲシュタルトグレイブ。強烈な旋風が怪魚達を斬り飛ばし、唾液とも血液とも解らない何かが敵の身体から溢れて散った。
「確かに、薄気味の悪い相手ではありますね。特に、視覚的に……」
 一十のボクスドラゴン、サキミが憩の傷を癒す傍ら、ルルリアレレイは長剣で守護星座の紋様を描く。その隙に体勢を立て直した死神の一体が襲い掛かって来たが、それはミミックのガルガンチュアが身代わりとなり防いだ。
「……!?」
 互いに噛み付き合う箱と魚。言葉には出さないが、お互いに退けないものがあるといったところだろうか。無言のまま、それぞれが相手の身体を貪り合う中、時尾が静かにミサイルポッドを展開し。
(「……『一刀』……私は、ただ、あなたの命ずるままに……」)
 ビハインドの一刀の動きに合わせ、さながら操られているかのように敵を撃つ。爆炎が辺りを包み、敵の身体の自由を奪ったところで、一刀がすかさず背後から逃げ遅れた死神を縛り上げた。
 不気味な涎を垂らしながら悶える怪魚。やはり、視覚的にも眺めていて気持ちの良いものではない。そうこうしている内に、辛うじて拘束から逃れた怪魚達は、辺りを泳ぎ回ることで身体の痺れを振り切ってしまう。
「破壊の文字よ。破邪の力を!」
 ルーンアクスを掲げ、純恋が叫ぶが、強化されたケルベロス達を前にしても敵は怯む素振りさえ見せなかった。感情を表に出さないのか、それとも最初から欠落しているのか。どちらにせよ、思惑が読めない敵というのは戦い難い。
 ならば、とテレビウムのテレ蔵くんに攻撃させるが、それでも効いているのかいないのか。表情からは、やはり読み取ることは難しく。
「仕切り直しか。だが……」
 再び敵を凍らせんとするアリオーン。洗練された一撃は宙を泳ぐ死神の身体を真っ直ぐに捉え、再び鱗を凍て付かせ。
「地球での初任務、全力で果させて頂きます!」
 間髪入れず、セデルの縛霊手から放たれたのは巨大な光弾。周囲を照らし、死神とダモクレスを纏めて同時に飲み込んだところで、ビハインドのサイレントが容赦なく敵の背後から斬り付けた。

●屍人形
 月明かりの下、戦いは続く。異形なる者達の織り成すカーニバル。夢と現実の交差する場所で行われる、終わりの見えない怪奇な興行。
 狂気の宴の中心は、禍々しい再生を遂げたダモクレス。だが、その周りを遊泳する怪魚達もまた、しぶとく厄介な存在であることに変わりはない。
 怨念を黒き弾丸として撃ち出し、その牙は食らい付いた者の生命力を吸収する。守りを中心とした強固な布陣も相俟って、そう簡単にダモクレスへと触れさせない。
 それでも、なおケルベロス達が押し負けなかったのは、これは純粋に数の差であった。手数だけで考えれば、彼らの方が圧倒的に多いのだ。いかに粘りを見せたところで、回復しきれない負傷は時が経つ程に増えて行く。
(「マリオネットに為るにしても、ダモクレスの矜持を保ちなさいよ……。憐れね……」)
 一刀が念で周囲の物を飛ばし、敵の足を止めたところへ、アームドフォートで迎撃しつつ時尾は思った。
 死神に蘇生されたデウスエクスは、変異強化により得た力と引き換えに、生前の知性を失ってしまう。純粋な手駒としては、その方が都合が良いのかもしれない。だが、それだけに滑稽であり、憐れでもあった。
「黄金魔書よ――その輝きと力を示せ!!」
 ガルガンチュアが偽物の財宝を撒いて撹乱する中、ルルリアレレイが黄金の魔書を召喚し、叫ぶ。広がる幻影の炎が味方を包み、その熱に触れた者の傷を須らく癒し、修復する。
「御霊殲滅砲、ふぁいやー!」
 ここに来て、とうとう純恋も攻撃に転じた。ドサクサに紛れ、テレ蔵くんも、それに加わる。
 持久戦を得意とする相手に、回復ばかりしていても仕方がない。攻撃こそは、最大の防御。今回に限っては、その言葉の意味が嫌というほど解った。
「Stopp Flamme der Wut Gehalten werden。……凍れ。Frieren Funke」
 敵は既に満身創痍。その身を痙攣させ、動くこともできない相手に、容赦なく降り注ぐアリオーンの一撃。
 開眼する左目。燃ゆる蒼炎は刀身を包み、斬撃と共に放たれた炎は、敵の身体に咲く美しき華。その力は、しかし炎として敵を燃やすことなく、酷寒の絶対零度へと誘うもの。
「逃しませんよ。一匹たりとも!」
 残る最後の死神へ、セデルの手より放たれた攻性植物が迫る。サイレントの念で動きを封じられたところへ、無数の蔦が飛来し、絡み付き、そして締め上げる。
「……!!」
 水風船の割れるような音がして、怪魚の身体が木っ端微塵に弾け飛んだ。不快な汁が辺りの建物の壁に付着したが、顔を顰めるのは後回しだった。
「ギ……ギィ……」
 掠れた音と共に、ダモクレスが再び憩に迫って来た。コートの裾を破り、中から鼓膜を破らんばかりの騒音と共に、巨大なチェーンソーの刃が飛び出して来る。
「……んだよ、わざわざ還ってきといてその程度か? 笑わせんなブサイク」
 だが、同じくチェーンソー剣を片手に一撃を受けとめ、憩は不敵な笑みと共に告げた。
 回転鋸の刃と刃が、互いに絡み合い、軋みながら交錯する。力は向こうが上だが、それだけで勝負は決まらない。敵が力任せに押し込もうとした刃を受け流し、転倒したところへ憩は冷ややかな視線を送る。
「ハッ、雑魚が。私ひとり倒せねぇのか?」
 それは、単なる挑発に留まらなかった。一見して粗暴なだけの言葉に絡め、敵の思考を侵食するグラビティ。心も知性も失った存在であろうと、その効果は寸分も変わりなく。
「ア……アァ……ァ……」
 掠れた声で、何かを訴えるようにして手を伸ばすダモクレス。怒りか、それとも悲しみか。人語を解することさえも忘れた今、それらの感情が残されている可能性も、また皆無。
「気の毒とはいえ、そのざまではもはや情けも不要か……。来るが良い、解放してやる!」
「貴様の絶望! 今微塵に叩き潰してやるぜ!」
 好機は決して逃さない。一十とアルメイアの二人が繰り出すのは、一度死に、蘇ったダモクレスへ、再度の死と安らぎを与える力に他ならず。
「蒼天高く響き渡るその歌声に乗せて、朽ち果てた大地へ星が降る。哀しみと絶望を今打ち払って、総てこの歌で希望に変えて行こう♪」
 響き渡るギターの重低音。それに合わせて紡がれるアルメイアの歌声が、闇を滅ぼす星を呼ぶ。煌く災いの流星は、敵に逃げるための場所を敢えない。
「こちらも必死だ、真摯に受け取れ」
 サキミのブレスで牽制させつつ、最後は一十の繰り出した炎が螺旋を描き敵へと迫った。
 全霊を込めて放たれたそれは、災禍の渦であり凝固した地獄。地を裂き平らげ猛進する様は、裁きに非ず、罪でもない。
「ギァ……ァァ……」
 闇夜を照らす火炎の渦。全てを飲み込み、上昇する姿は、さながら天を目指して飛翔する竜の如く。
「終わりましたね……」
 煌々と輝く軌跡を見つめながら、ルルリアレレイが天を仰いだ。紅き奔流が夜の風に混ざって消えたとき、そこに残っていたのは哀れな機械人形の燃え粕だけだった。

●闇は闇に
 夜の街は、相変わらず眠りを続けていた。
 今宵、この場で起きた戦いのことは、当事者達のみぞ知ることだ。簡易なヒールを済ませた今、戦闘の跡は最小限しか残っていない。
「……にしても、昔の話となると、最早どこに何が埋まっているか分かったもんじゃねーな。市街地のど真ん中とかはやめて欲しいもんだが……」
 デウスエクスにとって、こちらの都合はお構いなし。それでも、できれば人のいない場所でというのは、アルメイアの切実な願いだった。
「結局、元凶となった死神の親玉は姿を見せず、か……。少しでも情報が手に入るなら、街を回ってみたいところだが……」
 そんなアリオーンの誘いに、しかし首を縦に振る者はいない。
 蛾の翅をつけた謎の死神は、ここ最近になって、ようやくヘリオライダーの予知に引っ掛かった存在だ。その足取りはおろか、目撃者さえも皆無な今、現場周辺に手掛かりらしいものは何もないのだ。
「できることなら、どこかで流れを断ちたいとは思いますけどね。ですが……」
「まあ、焦っても仕方ないわ。事件を解決して行けば、向こうから動いてくれるかもしれないしねー」
 慎重で現実主義なルルリアレレイと、どこかのんびり構える純恋。性格の差異こそあれ、二人の考えているところは同じであり。
「如何なる存在であれ、死者を在るべき場所に還す……それだけのことです」
「ま、死んでたお前に罪は無いか。もう来んなよ」
 ふと、セデルと憩が空を見上げれば、哀れな機械人形の残滓もまた、星々の瞬く夜空へと飲み込まれて消えていた。
(「『一刀』……この世界が滅ぶまで、私は貴方と共に存在し続けるのみ……」)
 去り際に、時尾は自分の背後に立つサーヴァントへと、言葉には出さないまま想いを紡ぐ。
 数刻もすれば、やがて朝日が世界を照らすことだろう。変わらぬ夜明けと一時の平和。それを守り続けるため、ケルベロス達の戦いは終わらない。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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