緑色が燃えるとき

作者:土師三良

●魔竜のビジョン
 海原を一隻の漁船が行く。
 ヘリオライダーの予知とケルベロスの活躍によって、戦艦竜に沈められるという最悪の未来を回避したことがある船だ。
 だが、同じ未来がまた立ち塞がろうとしていた。
「ゴローさん! ゴローさん!」
「どうした、ヤスヲ?」
 甲板に立つ青年に名を呼ばれて、操船室から老人が出てきた。
「ほら、あれ! 例のヤツだろ?」
 青年が指し示した先に見えるのは、刀身めいた鰭を何本も有した生物の背中。8の字を描くように泳いでいる。
「ああ、戦艦竜だな。だが、やりすごせるはずだ。このまま進んでいけば、自然に奴から遠ざかるからな。聞いたところによると、戦艦竜は逃げる奴を追っかけたりはしねえんだとよ」
 そう言いながら、老人は操船室に戻ろうとしたが――、
「うわぁぁぁーっ!?」
 ――青年の悲鳴を聞いて、振り返った。
 戦艦竜の軌道は数字の8から1に変わっていた。
 漁船に向かってきているのだ。
 真っ直ぐに。
 
●アガサ&ダンテかく語りき
「相模湾にはびこる戦艦竜ども――その中の一頭、グリン! あ、グリンという名前をつけたのは自分っすよ」
 と、ケルベロスたちに語っているのは、ヘリオライダーの黒瀬・ダンテ。
「先日、そのグリンを第二次攻撃隊が叩いたんですが、第一次攻撃隊と同様に大きな戦果をあげてくれたっす。上手くいけば、次の戦いで仕留めることができるかもしれないっすね。そういうわけで、その『次の戦い』をしかける第三次攻撃隊への志願者を募りまーす!」
「ちょっといいかな?」
 ケルベロスの一人が挙手した。第二次攻撃隊に参加した比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)だ。
「なんですか、アガサさん?」
「言い難いんだけど……ダンテの考えたグリンって名前、現場ではすごぉーく不評」
「あー。やっぱり、そうでしたか」
 ダンテは照れくさそうに笑った。
「判ります、よーく判ります。カッコよすぎる名前って、口にするのがちょっと気恥ずかしいですもんねー」
「いや、カッコよすぎるどころか、むしろその逆で……」
 と、アガサは反駁しかけたが、途中でやめた。ダンテのネーミングセンスを矯正するのは、戦艦竜を倒すよりも難しいだろう。そんなことに労力を費やしたくない。
 なにも気付かないまま、ダンテは話を戻した。
「グリンの攻撃法について、おさらいしますね。まず、口からドカーンと放たれる主砲『緑の毒々光線』。威力がバカ高いだけじゃなくて、どの方向にも撃つことができるし、撃つ度に命中率が上がるというおっそろしい攻撃です。
 次は『ギョギョっと驚くウロコ手裏剣』。グリンの装甲から発射される鱗状の飛び道具っす。使用回数は有限なんですけど、この前の戦闘ではまったく使わなかったから、残弾はけっこうあるはずっす。
 そして、『SBBK』。尻尾ブルンブルン攻撃の略っす。その名の通り、尻尾をブルンブルン振り回すだけの単純な技なんですが、けっこう痛いっすよ」
 もちろん、『緑の毒々光線』も『ギョギョっと驚くウロコ手裏剣』も『SBBK』もダンテが命名したのである(グリンが怒りをぶつけるべき相手はダンテなのかもしれない)。
「さっきも言いましたが、アガサさんたちの第二次攻撃隊は大きな戦果をあげました。それは毒々光線を何度も使わせる挑発作戦が上手くいったからです。でも、グリンも馬鹿じゃないっすから、同じ手段はもう通用しないと思うっす」
「そうだね」
 と、アガサが頷いた。
「さすがに頭を冷やしただろうし……」
「いや、冷やしてはいないっすね。むしろ、めっちゃ怒ってるみたいっす」
「挑発が効きすぎたかな?」
「はい。『来る者は拒み、去る者は追わず』というのが戦艦竜の基本方針でしたけど、今のグリンは逃げる者を追いかけると思います。撤退することを念頭に置いて戦うなら、撤退条件は緩めにしておいたほうがいいかもしれません。撤退時に激しい追撃を受けるでしょうから」
 もちろん、撤退など考えず、ひたすら攻めて攻めて攻めまくるという手もある。最初にダンテが言ったように。上手くいけば、この戦いで決着がつくかもしれないのだから。
「それと、もう一つ。グリンの体力はかなり削られていますが、攻撃力までもが減じたわけじゃないっす。くれぐれも油断しないでください。では、第三次攻撃隊へ志願してくださる方はこちらへ!」


参加者
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
ルイアーク・ロンドベル(漆黒衣の狂科学者・e09101)
東雲・時雨(宵闇の三日月・e11288)
月杜・イサギ(柘榴石・e13792)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
ティリシア・フォンテーヌ(ドラゴニアンの螺旋忍者・e21253)

■リプレイ

●HATRED
 相模湾の空を行く海鳥たちの視点で下界を俯瞰すれば、奇妙なものが見えることだろう。
 夕陽に染まる海に描かれた複数の記号だ。
 まず、大きくて歪な『8』の字。戦艦竜グリンが海面に刻む白い波の筋。
 その南西に穿たれた二つの小さな点。海上に停泊しているオルカ号と栄光丸。
 そして、そこから伸びていく十数本の線。第三次攻撃隊が駆る水上バイクの航跡。
 堅実な手段でグリンの情報を詳らかにした第一次攻撃隊。大胆な戦術でグリンにダメージを与えた第二次攻撃隊。彼らからバトンを託された第三次攻撃隊がなすべきことは――、
「――グリンを仕留めます。絶対に仕留めてみせます」
 気概と覚悟を込めた言葉が東雲・時雨(宵闇の三日月・e11288)の口から洩れた。
「そうだな。今日、ここで潰そう」
 独白に応じたのはウェアライダーの玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)。鬣を有した頭にはウィングキャットがしがみつき、広い背中には恋人の新条・あかりが掴まり、水上バイクの後部には友人の月杜・イサギ(柘榴石・e13792)が後ろ前の状態で乗っている。
「定員オーバーじゃね?」
 と、呆れ顔で呟くヴァオ・ヴァーミスラックス(ドラゴニアンのミュージックファイター・en0123)の水上バイクにもオルトロスのイヌマルが同乗していた。
「戦闘が始まったら、イヌマルは前衛で防御役。ヴァオは回復をメインに動いて」
 比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)がヴァオに指示を出した。
「今回も期待してるからよろしくね」
「まるで毎回期待しているかのような口振りだけどよぉ。俺に期待したことなんか一回もねえだろ?」
「……」
「いやいやいやいや、そこで黙るなって! 否定してくれよぉ!」
「……」
 アガサは無言のまま。ヴァオの言葉は耳に届いていない(届いていても黙殺したかもしれないが)。彼女の意識は前方に向けられていた。彼女だけでなく、他のケルベロスたちの意識も。
 皆の視線の先にいる者――グリンの軌道が変わっていた。8の字に周回するのをやめて、まっすぐに突き進んできている。外敵の侵入に気付いたのだろう。
「ひぇーっ!?」
 皆より一足遅れてグリンの動きを知ったヴァオが水上バイクのスピードを落とした(さすがに逃げ出すことはなかったが)。
 逆にスピードを上げた者もいる。
 赤いリングコスチュームに身を包んだ稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)だ。
「覚悟しなさい、グリン! 第三ラウンドの始まりよ!」
「では、試合開始のゴングの代わりに私の美声を響かせましょう。このロープなきリングにね」
 ルイアーク・ロンドベル(漆黒衣の狂科学者・e09101)が小型のブイを投下した。
 それに備えられたスピーカーから、彼が言うところの『私の美声』が流れ出す。
『わぁ! なんてカッコいいビジュアル! 超クール、マジイケてるぅ! ヤバいですねぇ! わぁ! なんてカッコいいビジュアル! 超クール、マジイケてるぅ! ヤバいですねぇ!』
「……なんなの、これ?」
 口許を引き攣らせて、晴香が尋ねた。
 彼女の声に怒気(どころか殺気さえも)が含まれてることにも気付かず、ルイアークは胸を張って答えた。
「グリンを煽てているのですよ」
『わぁ! なんてカッコいいビジュアル!』
 と、合いの手を入れるかのようにスピーカーが音声を発し続ける。
「前回の『おちょろけルイアーク君作戦』の失敗を踏まえて、今回は褒め殺しでいくことにしたんです」
『超クール、マジイケてるぅ!』
「煽てて、持ち上げて、褒めそやせば、単純なグリンは骨抜きになること間違いなし!」
『ヤバいですねぇ!』
 当然のことながら、グリンは骨抜きにはならなかった。
 スピードを落とすことなく、ケルベロスたちに向かって一直線に進んでくる。
 もし、感情が可視化できるなら、今のグリンのそれは燃え立つ炎に見えるだろう。
 怒りの炎だ。

●HEARTBLOOD
「あやつの攻撃力がどれほどのものかは知らぬが――」
 近付いてくるグリンを見据えて、夜刀神・煌羅が『龍鱗護光』で仲間たちの防御力を上昇させた。
「――いくらかのダメージはブロックしてみるでな。皆、がんばるのじゃぞ!」
 彼が発生させた赤い光の中を無数の紙人形と木の葉が舞った。分福・楽雲の紙兵散布とカルム・ワイトのステルスリーフだ。
「ありがとうです!」
 三人に礼を言いつつ、ティリシア・フォンテーヌ(ドラゴニアンの螺旋忍者・e21253)がインフェルノファクターを発動させた。地獄の炎が全身を覆い尽くしていく。
 炎の次は電光。妹から贈られたライトニングロッドをルイアークが一振りして、エレキブーストで晴香の攻撃力を高めた。
 続いて、ヴァオが『紅瞳覚醒』を奏でようとしたが――、
「ひょえぇーっ!?」
 ――バイオレンスギターの音色の代わりに悲鳴を紡ぎ出した。もっとも、その情けない声は誰にも聞こえていない。悲鳴の原因となった轟音にかき消されたからだ。
 グリンが主砲を発射したのである。
 大きな水柱が上がり、緑の光が飛んだ。第一次攻撃隊や第二次攻撃隊に参加した者たちにとっては見慣れた光景だが、だからといって、脅威が減じるわけではない。幸い、誰にも命中しなかったが。
「うひょおぉーっ!」
 風圧で飛ばされないように愛用の帽子をしっかりと押さえながら、ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)が歓声じみた叫びをあげた。
「随分と乱暴な挨拶じゃないか。でも、まあ、文句は言えないけどね」
「うん」
 と、アガサが頷く。
「あたしたちの挨拶もかなり乱暴なものになりそうだしね」
 ほぼ並行に走っていた水上バイクの群れが散開した。ある者は仲間の援護をするためにグリンと距離を置き、ある者は『挨拶』をするためにグリンに接近していく。
 後者の一台――陣内のそれから二つの影が跳躍した。ウイングキャットとイサギだ。
 その動きを目で追いながら、ファルケが呟いた。
「あんまり得意じゃないんだけど――」
 片手で帽子を押さえたまま、反対の手を掲げる。指に嵌められたマインドリングが輝き、空中にいるイサギの前面にマインドシールドが展開された。
「――今回は回復やエンチャントを担当したほうがよさそうだね。みんな、やけに前のめりだから」
 光の盾に守られながら、イサギはオラトリオの翼を広げ、グリンの前方に降りた。靴底が水面につくかつかぬかという位置で滞空しているため、海の上に立っているように見える。
「はじめまして、グリン。さよならを言いに来たよ」
 その手にある得物は斬霊刀と惨殺ナイフ。閃いたのは後者。惨劇の鏡像から生まれたトラウマの幻覚がグリンに襲いかかった。
 グリンがどのような幻覚を見ているのかは当人にしか判らないが――、
「――案外、第一次攻撃隊か第二次攻撃隊の姿を見ているのかもな」
 陣内がニヤリと笑う。グリンの細長い体に沿うようにして、彼は水上バイクを走らせていた。頭から尻尾に向かって。
「しかし、第三次攻撃隊はトラウマになるまい。その頃にはおまえは死んでいるはずだからな」
 雷刃突の電光を帯びたゾディアックソードをグリンの装甲に突き立て、火花を上げて削りながら、走り続ける。
 その陣内の姿を正面に捉えていたのは時雨。陣内とは逆にグリンの尻尾から頭に向かってバイクを走らせているのだ。
 スピードを上げて、陣内とあかりが乗った水上バイクの外側を通過する。すれ違いざまに無数の木の葉が舞った。あかりのステルスリーフ。
 魔法の木の葉によってジャマー能力が上昇していくのを感じながら、時雨は螺旋手裏剣をグリンめがけて放った。
「食らえよっ!」
 それは達人の一撃。漆黒の刃が緑色の装甲を斬り裂き、同時に凍りつかせていく。ステルスリーフの効果が相乗されているため、凍りついている範囲は通常のそれよりも広い。
 尋常ならざる軌道を描いて戻ってきた手裏剣を受け止めて、時雨はグリンに言い放った。
「より多くの状態異常をおまえに付与するのが俺の役目。直接的なダメージを与えるのは――」
「――私たちよ!」
 晴香のドロップキック(スターゲイザーだが)が炸裂し、グリンの巨体が振動した。
 その振動が収まらぬうちに今度はアガサのスターゲイザーが命中した。

●HUNTER AND PREY
 グリンにスターゲイザーを見舞ったアガサは着水の勢いを殺すことなく海中に潜り、グリンの正面に回った。
(「あたしのこと、さぞかしうっとうしいと思ってるんだろうね」)
 グリンの双眼を見据えて、心の中で語りかける。
(「でも、あたしもあんたのことをうっとうしいと思ってるよ。これって、お互いさまってやつだよね。だから……恨みっこなしで真っ向勝負!」)
 その想いがグリンに届くはずはない。しかし、アガサには聞こえたような気がした。『ふざけるな!』という返答が。
 猛スピードで迫り来るグリンを横に泳いで躱し、アガサは海上に顔を出して、皆に言った。
「恨みっこなしっていうのは無理みたいね。あいつ、かなり苛ついてる」
「どうせなら、もっと苛つかせてやろうよ」
 陣内の背中に張り付いていたあかりがそう言って、『千年王国』で皆のジャマー能力を上昇させていく。
 その恩恵を受けた一人――イサギが斬霊刀を構え、グリンに飛びかかった。
「どうして苛つくのか判らないよ。こんなに楽しいのに」
 静かな狂気を瞳に湛え、本当に楽しそうに雷刃突でグリンを傷つけていく。
 他の皆もすぐに攻撃を再開した。晴香のラリアット(降魔真拳だが)とアガサの獣撃拳が打ち込まれ、時雨が絶空斬で傷口を斬り広げる。
 グリンは泳ぎ続けながら、体を捻じらせた。だが、それは痛みに対する反応ではない。
「尻尾が来る!」
 イサギが警告を発した。戦いに酔いしれながらも、攻撃の前兆を見逃すまいと常に敵の動きを注視していたのだ。
 彼の言葉通り、グリンの長大な尻尾が海面から飛び出し、唸りを上げた。
「うわぁぁぁーっ!」
「隙ありです!」
「しまった!」
 三つの叫びが続けざまに響いた。
 第一の叫びはルイアーク。晴香とイサギとアガサは尻尾を躱したが、彼だけは直撃を受けて跳ね飛ばされたのだ。
 第二の叫びはティリシア。尻尾の旋回が終わる瞬間を狙い、竜爪撃を叩き込んだのである。いや、竜の爪だけでなく、竜の炎も飛んだ。定命化して間もないヴァルキュリアのクオン・ライアートが後方から放ったドラゴニックミラージュ。
 第三の叫びはファルケ。大事な帽子を風圧で吹き飛ばされたのだ。
 それでも彼はルイアークをマインドシールドで治癒しつつ――、
「よっと!」
 ――と、回し蹴りの要領で足を繰り出し、爪先で帽子を受け止めると、耳をかく犬さながらの所作で頭に戻した。
「器用な奴だ」
 苦笑を漏らしつつ、陣内が『翠鳥ノ羽根(ソニドリノハネ)』を発動させた。慈愛の心を呼び覚まし、治癒能力を高めるグラビティである。
 カワセミの碧い羽根がファルケとヴァオに降り注いでいく。
「よぉーし! 漲ってきたぜぇーっ!」
 ヴァオが今度こそ『紅瞳覚醒』を奏で始めた。

●HIGHER THAN THE SKY
 主砲を撃ち、鱗を飛ばし、尻尾を振り回して、グリンはケルベロスたちに応戦した。
 だが、その動きに切れがなくなってきた。ダメージや状態悪化が蓄積しているからだけではない。
 グリンはあきらかに動揺していた。
 ファルケが言ったように、ケルベロスたちが『前のめり』だったからだ。撤退することを前提にせざるをえなかった先の二隊と違い、第三次攻撃隊にはチャンスがある。グリンを仕留められるチャンスが。彼らはそれを逃すつもりはなかった。少しばかり無理をしてでも、グリンを倒すつもりでいた。
 そんな心持ちの敵とグリンは戦ったことがない。ケルベロスたちのことを苛立たしく思いながらも、ずっと舐めていた。甘く見ていた。軽んじていた。
 その付けが回ってきたらしい。
「この戦いで決めさせてもらうです!」
 ティリシアが改めて決意を述べ、ルーンアックスを振り上げる動きに合わせて舞い上がった。
「おう、決めてくれ! これ以上、相模湾にのさばらせるな! 筋肉を装甲で覆うような邪道な輩をよぉ」
 筋肉至上主義の相馬・泰地が『アーマーブレイク』でグリンの装甲の一部を破壊した。
「がおー!」
 吠え猛りながら(迫力は微塵もなかったが)イヌマルがパイロキネシスでグリンの体を燃やしていく。
「目に見えて弱ってきたな」
 状態異常の付与から通常の攻撃へとシフトした時雨がグリンに突進して『鍔鳴』を仕掛けた。そして、瞬時に離れた。その名の通り、惨殺ナイフの鍔鳴の音だけを残して。
 半秒後、グリンの体の一部が裂け、鮮血が時雨を追うように噴き出した。
「まだだよ」
 と、空から声がした。
「まだ倒れるな、グリン。ぜんぜん、斬り足りないからね。もっと、斬らせてくれ。もっとだ!」
 声の主が急降下して、三日月の軌跡を描く斬撃『弧月旋(コゲツセン)』をグリンに浴びせた。イサギだ。皆と同様に『前のめり』に戦っているため、その体は傷だらけになっており、己の血と返り血で染まっている。
 彼に続いて、ティリシアが凄まじい勢いで降下し、グリンの頭にスカルブレイカーを叩き込んだ。
 盛大な水しぶきを上げて、グリンの体の前方部分が海中に没した。
「やったですか!」
 跳ねるように後退しながら、ティリシアは思わず叫んでいた。
 そして、頭を抱えた。
「しまったー! これはフラグですぅ! 攻撃した者が『やったか』なんて言ったら、相手は絶対にやられてないです!」
 実際、グリンはやられていなかった。すぐに前部が浮上した。
 しかし、満身創痍だ。
 ケルベロスたちも無傷ではないが、戦闘不能に陥っている者は一人もいなかった(いつも真先に倒れるヴァオでえ健在だった)。
 陣内が戦況を見極め、部隊のダメージコントロールに努めたからだ。
 彼のサーヴァントであるウイングキャットもあちこちを飛び回って、こまめに清浄の翼をはためかせ、ファルケも回復役として健闘し、そして、ルイアークも――、
「か、勘違いしないでくださいね! 貴方に倒れられると私が困るから、治しているだけなんです!」
 ――と、負傷した晴香に怪しげな薬を飲ませている。
「治してもらうのはありがたいんだけど……そのヘンな小芝居はやめてくれない?」
 げんなりとした顔で晴香が注文をつけると、ルイアークはかぶりを振った。
「そういうわけにはいきません! これは我がグラビティ『ギフト・おぶ・るしふぁー(ヨウセイサン・カラノ・オクリモノ)』に必要なプロセスなんですから!」
 ふざけたグラビティだが、共鳴効果を有しているので、通常のヒール系グラビティよりも回復量は多い。
 晴香は気を取り直して(薬の詳細はあえて訊かなかった)戦線に復帰し、グリンに飛びついた。
 グリンは激しく身をよじり、鱗の零距離射撃を見舞ってきたが、その程度で動じる晴香ではない。
「敵の攻撃を正面から受け止めて、それ以上の気合でやり返す! 誰を相手にしようと、そのスタイルは変わらないわ!」
 そして、先の戦いでも披露した『必殺!正調式バックドロップ』を仕掛けた。
 小柄な女性レスラーが巨大な軍艦竜を持ち上げて投げ落とす――ありえざる光景が皆の目の前で繰り広げられ、主砲が放たれた時のそれに倍する大きさの水柱が上がった。
「やったか!」
「ダメです! それはフラグですってば!」
 反射的に叫んだ時雨の肩をティリシアが小突いた。
 フラグのせいかどうかは定かではないが、グリンはまだ生きていた。
 傷ついた尻尾が海面を突き破って姿を現し、またすぐに海中に消えた。ケルベロスたちを攻撃するためではなく、方向を変えるために動かしたのだ。
 そう、無敵の戦艦竜グリンは逃げようとしていた。戦場から。ケルベロスたちから。
『わぁ! なんてカッコいいビジュアル!』
 傷だらけの負け犬ならぬ負け竜を囃し立て、嘲るかのように、ブイのスピーカーからルイアークの声が流れる。
『超クール、マジイケてるぅ!』
 グリンの速度は遅かった。力が残っていないのだ。
『ヤバいですねぇ!』
 最後の力を振り絞ってケルベロスたちに立ち向かい、強者として華々しく散ることもできただろう。しかし、グリンは――、
「――逃げ切れる可能性に賭け、敵に背を向ける道を選んだか。もしかしたら、勇気ある判断なのかもな」
 そう言いながら、陣内がルナティックヒールの光球を投げた。
 それを背中に受けたアガサがグリンの前方に回り込んだ(いとも簡単に追い抜かすことができた)。
「あんたとの付き合いもこれでおしまい」
 決別の言葉を発し、相手の目と目の間にセイクリッドダークネスをぶつける。
 すると、グリンが初めて吠えた。咆哮と呼ぶにはあまりにも貧弱で悲しげな声。
 その声を銃声が遮った。
 回復役に徹していたファルケがクイックドロウでとどめを刺したのだ。

 こうして、戦艦竜グリンは無様に死んだ。
 だが、すべてが終わったわけではない。
 第一次攻撃隊に参加した者が言ったように、今日の戦果を次の戦いに繋げ、更にその次の戦いにも繋げていかなくてはいけないのだ。
 いつか、竜十字島に届く日まで。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。