かすみがうら事変~溢れる力

作者:狩井テオ

●壱
 穏やかな日常の裏で、事は起こる。
 路地裏にたむろする不良たちの元にシャイターン、シルベスタが現れたのは夕暮れ時のことだった。
「おめでとう。君は進化の為の淘汰を耐え抜き、生き残る事が出来た。その栄誉をたたえ、この種を与えよう」
 シルベスタの手に一つの植物の種のようなものが現れた。
「この種こそ、攻性植物を超えアスガルド神に至る、楽園樹『オーズ』の種」
 シルベスタの手からオーズの種を受け取ったユグドラシルガードモデルラタトスクは、じろじろと疑わしい視線を向けてくる不良の一人にそれを渡す。――すると。
「な、なんだこれ……! 力が、溢れてくる!!!」
 オーズの種を受け取った不良を中心に、周囲の建物が植物に変化していく。一瞬の出来事だ。
「お、俺は、この力があれば! なんでもできるぞ!! あはははは!!」
 シルベスタとラタトスクは、その姿を冷たい眼で見ながら立ち去っていった。

●弐
「皆、大変! かすみがうらで事件だよ!」
 マシェリス・モールアンジュ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0157)は胸の懐中時計を揺らし現れた。
「『楽園樹オーズ』関連を調査していた白神・楓(魔術狩猟者・e01132)さんから緊急の連絡が入ったんだ!」
 かすみがうらの攻性植物事件の裏には、楽園樹オーズの種を利用するシャイターンの暗躍があったらしい。ケルベロスの介入や攻性植物同士の抗争事件などを生き抜いた不良達に、より強力なオーズの種を与え、かすみがうら市街で一斉に事件を引き起こさせたという。
「オーズの種を与えられた攻性植物達を中心に、かすみがうら市の市街地の一部が密林みたいになっちゃったんだ。周囲の市民達はこの植物に巻きつかれてグラビティ・チェインを吸い取られてるみたい」
 このまま放置すれば、グラビティ・チェインを吸い取られた市民は干からびて死亡し、大量のグラビティ・チェインを得た攻性植物達は、新たな力を手に入れてしまう。
「皆にはそれを防いでほしいんだ。かすみがうらに向かって、オーズの種を手に入れた攻性植物を撃破して!」
 続きを説明するために資料をめくるマシェリス。
「攻性植物がいるのは繁華街の路地裏。敵は一体だけど、強力だから注意してね。攻性植物化した不良の外見は、植物の化け物みたいで体長はおよそ3mほど」
 周囲の建物が植物化しているため、ケルベロス達が注意して近づければ忍び寄って奇襲することも可能だろう。
「周囲で倒れてる市民は道端や建物の中などを合わせて200名ほど。市民にとりついてる植物を引きはがして始末すれば救出はできるけど、救助を行った場合は、攻性植物にそれが伝わっちゃうから気をつけてね!」
 救助を行った場合、その時点でケルベロスが来た事が敵に伝わるということだ。気づかれずに奇襲攻撃はできなくなるため、奇襲を考えている場合は救助ができないということになる。
「救助に時間をかけすぎたり、救助に気を取られてると、敵の奇襲を受ける可能性もあるよ。攻性植物を撃破できれば、市民を捕まえている植物も消えるから、救助は行わなくても問題ないよ」
 ぱたり、と資料を閉じて、マシェリスは集まったケルベロス達を見回す。
「白神さんのおかげで最悪の事態になる前に察知できたよ。敵がかすみがうらを完全に植物にしちゃう前に、皆には頑張って撃破して欲しいんだ!」


参加者
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)
巽・清士朗(町長・e22683)
マナフ・アカラナ(万象劣化・e24346)
アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)

■リプレイ

●壱
 かすみがうらは植物の蔓で覆われつつある。
 ビルを覆い、道を破壊し、人が建造した建物という建物を覆い尽くしていく。元の姿がわからないほど変化した街に戸惑いながら、大きな攻性植物が予知された場所にケルベロスたちは向かっている。
 地上班と上空班に分かれ、少数班からの奇襲攻撃を選択したケルベロス達は森林と化した町を走る。
 上空班を行く一人、巽・清士朗(町長・e22683)は、鏡を使用し地上からの警戒を注視ながら進んでいた。迷彩服に身を包んだ姿は景色に溶け込み、わかりにくくなっている。
「見事成功し、俺達の選択が正しかったと安堵したいものだな」
 ヴァルキュリア特有の光の翼で、他のメンバーより足場が少しだけ高くなっているマナフ・アカラナ(万象劣化・e24346)は、瀕死の市民がいないかを探っている。
「自然淘汰を生き抜き進化した力……ですか。……いいですねぇ。喰らい甲斐がありそうで、大変結構。存外悪くないものですねぇ、ケルベロスというのも……」
 マナフからのいい知らせは、周囲に死の気配はない。同じ上空班の仲間に合図し、それを伝えれば少しでも士気の高まりに一手を加えた。
「戦争で見たあの植物……まだ終わりじゃなかったんだね。変なもの撒かれたら大変だもん、それに皆を助けないとっ」
 ぐっと両手を握りしめて気合を入れる、伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)は地上班が見える位置を陣取っていた。地上を窺う清士朗と合図をだし合いつつ、警戒を怠らない。
 唇に人差し指を当てて、しーっと自分に言い聞かせてから、そろそろと歩みを進めていく。その緑の瞳に巨大な攻性植物が入ったのは、直後のことだった。
 地上を警戒していた清士朗もすぐさま気づき、他のメンバーに合図を送る。奇襲態勢は整った。あとはタイミングだけだ。
 地上班の動向を探りつつ、上空班は待機する。
 地上班を行く和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)は建物に絡まる蔓に手を添え、空を覆いそうなほどの緑を見上げてこぼす。
「力を欲す気持ちは判らないでも無いんですが、これでは何がしたいのか判りませんね……」
 足をかける道路さえも緑に覆われ、至るところから人のうめき声が聞こえてくる。そんな状況にも天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)は目的を達成するために進む。
「200人もの命がかかっているこの任務……迅速に、しかし確実に行くでござるよ」
「まあ、別に何の関係も興味もない人たちだけど……放ってはおけないしね」
 同じく捕らえられた市民に少しだけ同情を寄せるアビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)。今回、皆が選んだのは二か所からの奇襲だ。市民たちには少し我慢してもらわなければならない。
 隠密機動を使用し、森林となった場所に溶け込むアビスとリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)。
 リューディガーの想いは捕らわれている市民たちへ。敵を速攻で倒すため、市民たちを犠牲にするという心苦しい選択をした。しかし一片も後悔はない。
(「必ず奴を倒して、一刻も早く解放してみせる。すまない。それまでどうか耐えてくれ」)
 イシコロエフェクト、さらに迷彩服に身を包み、完全に景色に溶け込んだ平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)は、植物に身を隠しつつ、周囲に視線を送り警戒を怠らない。
(「心苦しい所だけど、正直、200人も助けてらんないぜ。敵を倒せば解放されるんだし、とっとと敵を倒すって方に力入れよう」)
 和は市民は気にかかるが、リューディガーとは真逆にポジティブな考えを持っている。視線の先に3mを越える異形を見つけたのはその直後だった。
 攻性植物の発生が予知された路地裏。のそり、と巨体を揺らし、まだ馴染まないのか体をぎこちなく揺らしていた。
 和は後ろに続く仲間に合図を送る。
 皆それぞれ臨戦態勢になり、奇襲に備え武器を手に取る。上空班との連絡手段はないが、
 あの大きさならば上空からならすでに捕捉している可能性もある。攻撃するタイミングは地上班次第だ。
 そう信じ攻性植物が背を向けたタイミングで、地上班のケルベロス達は襲い掛かった!

●弐
 前衛に立ち攻撃手として最初に攻性植物に飛びかかったのはリューディガー。装着したアームドフォートから攻性植物の背中に零距離で叩き込むのは、主砲の一斉射撃。
 主砲を叩きこまれた攻性植物は、衝撃と奇襲にもたつく。主砲の衝撃で巨体はふらつき、振り返るためにも巨体はまた不利だ。
「ひゃっはー! 有害植物をぶちのめせー!」
 和が動く。捕食モード化したブラックスライムで、巨体を丸呑み。ぺっとブラックスライムから吐き出された時、攻性植物は捕縛され身動きがとりにくくなった。
 そこへビルの屋上から飛び降りてきたのは上空班だ。さらなる奇襲に、攻性植物は完全に後手に回った。ケルベロス達の完全優位。
 回復手に立つ紫睡も補助に回る余裕がある。ライトニングロッドを振りかざし、前衛たちに雷の壁を発現、不浄の守りを付与する。
「あの、これで……大丈夫です」
 奇襲に未だもたつく攻性植物に、その隙にと守り手に立った日仙丸とアビスは味方を強化する。
「これで多少の攻撃は通さないよ」
 アビスはヒールドローンを飛ばし、前衛を盾の守りで覆う。
 日仙丸はクラッシャーを含む前衛たちの背後に力を付与させるためのカラフルな爆発を起こした。
 力を得た前衛、空からの援軍の一人、清士朗は黄金の炎を纏わせた強力な一撃を、攻性植物の脳天に叩き込む。
 ふらつくが倒れる一手とはならない。
「やはり堅いな!」
 空からの援軍の攻撃は止まらない。
「あまーい爆弾はいかが? 3、2、1……」
 心遙の可愛らしいカウントダウンとともに、敵の周囲に七色の色とりどりのドロップが出現する。キョロキョロとそれらを何事かと見る攻性植物の挙動に、翼飛行で降り立った心遙はクスっと笑い。
「ゼロっ!」
 可愛らしい掛け声とともにバンッバンッ! と次々に炸裂するドロップ爆弾。強力な一撃と炸裂音が路地裏に響く。
 油断なき視線を心遙は攻性植物に向ける。
 心遙の横に降り立っていた、援軍の最後の一手はマナフ。ひらりと半透明の「御業」を使役し、命じる。御業は炎弾を放ち、敵を燃え上がらせた。
「よーく燃えてくださいねぇ……」
 マナフの本懐は魂喰らい。これだけ強力なものならば、さぞ力になるはず。くくっと喉を鳴らしてその感覚を体に呼び起こし喜びに震える──のはまだ早い。
 攻性植物からの反撃。捕食形態に移行した蔓が、前衛に襲い掛かる。それをガードするのもまた前衛。守り手に立ったアビス。
「そんな攻撃、通すと思った?」
 ふんっと鼻で笑うも、攻性植物の攻撃は威力が高い。確実に削られた体力に不安が少し。しかし相手は一体。負けるわけがない。
 そして、ケルベロス達の一斉攻撃を受けた攻性植物は、すでにふらついていた。あと少しで倒せる。全員が次の攻撃を構え、攻性植物からの反撃に身を構えたその時──。
「オーズの種よ、俺に力を!!!」
 攻性植物になった不良が叫ぶ。反撃ではない、しかし何か不安を過らせる一言。

●参
 その時、不良の体内に芽吹いたオーズの種が反応する。
 捕らえた200人もの市民たちから生命力を吸い取り、自らのものにしていく。吸命の技。究極の最後の一手。
 ケルベロス達の奇襲攻撃によって傷つけられた傷は、急速に癒えていく。全て。不浄も。何もかも。
 全てはなかったことに。
 ケルベロス達はそれぞれ、唖然とし、手を一瞬止め、発見したときと変わらぬ姿に戻った攻性植物を見上げる。
「う、うそっ……」
 心遙はキョトンと目を見開き、小さく声を漏らす。
「そんな」
 紫睡は青ざめた顔で、ライトニングロッドを両手で握りしめた。
「手を止めるな!」
 一番早く声をあげたのは清士朗だった。他の仲間たちは、その声にはっとしてそれぞれ武器を持ちなおす。止まってはいけない。立ち止まっている暇は、ケルベロス達にはない。
 負けるわけにはいかないのだ。救助を待っている200人のためにも。
「いいですねぇ、不意打ち、好きですよ」
 マナフは楽しそうに笑う。その隣でちっと舌打ちをするのはアビス。
 和もすぐさま本来のけろっとした様子に戻る。
「回復しても、もう一回倒せばいいだけだぜ!」
 少女のような可愛らしい見た目とは裏腹の男らしい一言。常に微笑みを絶やさない容姿の日仙丸も力強く頷いた。笑顔は皆の力となる。
 リューディガーは冷静に、すぐさま攻撃にでた。手に持った鎌を回転させ、それを攻性植物に投げつける。敵の防御力を減らす攻撃。
 攻性植物からの跳弾射撃が射撃手である心遙を狙う。しかし庇うのは守り手たち。日仙丸は敵の強力な一撃を耐える。
「通しはせぬでござるよ!」
 一撃が強力な攻性植物にこれ以上行動させる暇を与えるわけにはいかない。守り手が少ない今のメンバーではジリ貧になること必須だ。
 その代わり、ケルベロス達の攻撃は多彩。
「えいっ! やあっ! とおっ!」
 和が稲妻突きで敵を突く。容赦ない攻撃は、敵へ痺れをもたらす。これで相手の手数は減らせる。
 心遙もそれに続く。流星の煌めきをエアシューズに。重力と共に敵へ蹴りつけた。足止めがかかり、さらに手数を減らせる。
 次の手は攻性植物。
 蔓を振り上げると後衛に立つ回復手の紫睡に狙いを定める。そこへ、伸びる蔓を一刀のもと切り捨てたのは清士朗だ。
「させん!」
「ああ、あの、ありがとうございます……!」
 清士朗に礼を言い、紫睡は回復手としてライドニングロッドを振るう。怯え腰でも逃げない、それが勇気であることを彼女は気づいていない。
 体力の減った日仙丸へウィッチオペレーションで緊急手術を行う。打撃ショックを伴う癒しは強力で、日仙丸は一気に癒しを受けた。
「かたじけない」
「幽鬼召喚。――大勢鬼」
 次の手はマナフ。召喚連撃:『集り貪り』だ。餓鬼の集団は攻性植物に襲い掛かり、貪り食う。その痛みに、攻性植物は声を上げた。
 耳障りな声に、マナフは顔をしかめて吐き捨てる。
「そろそろ倒れてくれませんかね……」
 攻撃の手は休めてはならない。止まってしまえば、ケルベロス達の負けが決まってしまう。
 守り手として余裕のでたアビスの相棒、コキュートスが攻撃に。小さい口から吐くのは大きな炎。相棒の力強い援護に、アビスは相棒の頭を撫でた。
「負けてられないね」
 主人の立場として負けられない、とバスターライフルを肩に担ぐ。発射するのは凍結光線。触れれば一瞬にして凍り付いてしまう。それを受けた攻性植物はただでは済まない。
 凍り付いて手数も減らされた攻性植物に最後の一撃を加えんと、清士朗は黄金の炎を纏う刀を振る。
「これで、最期だ!」
 炎を纏った一刀のもと切り捨てる。地獄の炎に巻かれた攻性植物は、大きな火柱を立てたあと崩れ落ちた。
 焼け落ちた攻性植物だった死体は、急速に枯れて干からびていく。
 干からびた攻性植物の死体から一粒の輝き。
 オーズの種だ。
 オーズの種は誰の手に止まることなく、どこかへと飛び去って行く。あっという間の出来事に誰もがその様子をただ眺めているだけだった。
 戦闘は静かに終わり、しかしひたりと沈みこむような不安を残した。

●四
 飛び去ったオーズの種も気がかりだが、それ以前にケルベロス達は植物に捕らわれた市民たちの救出が急務だった。
 植物から切り離すのは、日仙丸やリューディガー。それに清士朗も混じる。至るところからの助けの声や呻き声に答え、ケルベロス達は戦場だった場所を駆ける。アビスやマナフもそれぞれ救出活動を手伝う。
 木の幹に捕らわれている市民を助けるのは骨が折れた。これを戦闘前に行うのは、相当危険なことだ。背中を敵に晒すことになる。
 それぞれが薄っすらそれを感じながら、必要に応じて衰弱の酷い市民に回復を施すのは、戦闘でも回復手だった紫睡と心遙。
「がんばってね、今助けがくるから……!」
 心遙は明るい笑顔で、弱っている市民に声をかけていく。それがどれほど恐怖で衰弱した市民たちの助けになったか。
 和はヘリオライダーや駆け付けた警察に要請し、医療施設への収容を手配した。
 ──しかし、やはり気がかりなのは飛び去って行ったオーズの種。
 攻性植物を倒すことはできたが、オーズの種を滅ぼすことは叶わなかった。
 オーズの種が飛び去った空を、ケルベロス達は誰ともなく見た。青かった空は、夕暮れに差し掛かりオレンジ色に染まりつつあった。

作者:狩井テオ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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