白染めの曲芸師

作者:雨屋鳥


 真夜中、誰もいない冷えた大通りの道路の只中を、肩で風を切るように歩く人影があった。
 それは、背から蛾の翅を生やし、周囲に透けた体を持つ巨大な銀の魚を侍らせながら、立ち止まり両手を広げる。
 それが合図であったように、周囲の魚たちが、宙を泳ぎ青白い光の軌跡を描きだしている。
「さぁさ、興奮と叫喚渦巻くサーカスの始まりだ!」
 シルクハットの下の赤い不気味な瞳を笑みに歪めて、彼は高らかに口上を述べた。
 瞬間に巨大魚の描き出した文様が眩く光り、青白い円形の召喚陣をくぐり跳ぶように、強靭な肢体をもつ白い大きな虎がどこからともなく現れた。二足で歩く事を忘れたのか、そのウェアライダーは四足を地に着け、煌々と光る瞳を周囲へと向ける。
 やがてその目が定まるのは、ビル群を抜けた先、住宅街。
「さあ、我ら『マサクゥルサーカス団』にふさわしい素晴らしい興行にしようじゃないか」
 すでに姿の無い人影の声だけが、その大虎の耳に語りかけられ、それは大地を震わせる咆哮を上げた。


「蛾の翅をつけた死神の活動が予知されました」
 ビル街の大通り。そこに死神によってウェアライダーが召喚され、殺戮が行われようとしている。とダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)が説明する。
「加えて、この姿の確認できた死神ですが、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスがサルベージされる事件。その指揮を執っているらしい事が判明いたしました」
 彼は、魚型の死神と共に変異強化したデウスエクスを召喚し、グラビティ・チェインを吸収させ手駒の強化を図っている。
「戦力の強化。彼にとっては見世物の補給なのかもしれませんが、これを放置するわけにはいきません」
 彼らによる殺戮を、止めて欲しい。彼は言った。
 事件の起こる大通りは、八車線程ある広さ。住宅街へ突入されては被害が大きくなる。
 早急に動き、ビル街での戦闘が好ましいだろうと、ダンドは続ける。
「ビジネス街と言う事で、夜は静まり返っています。まず巻き添えの心配はないでしょう。
 死神は三体。それぞれ、サルベージされたウェアライダーの警護を担っているようです。引き剥がす事は難しいかもしれません。
 注意すべきは、牙と怨念の弾丸です」
 回復手段を併せ持っている、と考えられている。
「目標の大虎は、ウェアライダーのグラビティを使用すると考えられます。武装は見られませんでした。
 肝心の指揮を執る死神ですが、今からでは彼と接触する事は出来ません。今から急行しても、彼が消え去った後の到着になります。
 口惜しい事ですが、今は虎のウェアライダーの撃破に専念をお願いします」
 ダンドは、そう言って資料から目を離し、頭を下げた。


参加者
ジン・フォレスト(緑風館木人拳継承者・e01603)
シロン・バルザック(ルミエール・e02083)
ヤクト・ヴィント(幻想喰らい・e02449)
霧島・龍護(氷騎の先導者・e03314)
上野・零(感情を焦がし燃やす死焔魔術師・e05125)
藤木・友(滓幻の総譜・e07404)
久遠寺・眞白(鬼の力宿りし忍び・e13208)
兎塚・月子(蜘蛛火の於月・e19505)

■リプレイ

 白虎が吠えている。
 街灯だけが、仄かに地面を照らす道路の真ん中に淡い怪光。
「こんな時分じゃあ客もいねえだろうに」
 軽い木の音。虎が振り返る。かつんとそれを響かせたのは、暗い肌を持つ少女のような女性。兎塚・月子(蜘蛛火の於月・e19505)は、高下駄を器用に履きこなし、虎とその周りを泳ぐ銀魚に笑みを浮かべる。
「御霊の送り手があろうことか見世物かいや」
「まったくだ。サーカス団などと……まあ、なんにせよ放っては置けないな」
 ドワーフの女性が、目を細めながら、重い足音を響かせる虎を見る。久遠寺・眞白(鬼の力宿りし忍び・e13208)は意識を切り替えるように、息を整える。
 周囲を、見渡してジン・フォレスト(緑風館木人拳継承者・e01603)はため息をつく。予知に姿を見せた仇敵がどこかから観劇を行っているかと疑ったのだが、それらしき影はない。
「ジンさんの因縁……なのにゃ」
「ああ、まさか死神たちを率いているのが奴だったとは」
 バックパックをいじくり、鎧装を展開するジンに、猫耳を動かしながら少年が戸惑いがちに声をかけた。
 寒空においても半ズボン。あどけない外見と裏腹に、ぶっ飛ばす。と啖呵を切るシロン・バルザック(ルミエール・e02083)の頭にたしなめるように撫でる手が下りる。
「マサクゥルサーカス団、ですか……どういった者たちなので?」
「私も配下の事まで知ってるわけじゃあない。ただ、奴だけは絶対に……殺さなくてはならん」
 一見、気味の悪い音と光に、笑みを覗かせる男性、藤木・友(滓幻の総譜・e07404)の言葉に、ジンが返す。
「仲間の敵は、私の敵です。……貸せる手ならば貸しますよ」
 その答えとシロンの視線に、友は笑みを引っ込め、虎の周りの魚を観察する。
「死神、死神かあ……、サーカスの興行にしちゃあ……趣味が悪いよな」
 同じく、その巨大魚に向かう視線がもう一つ。少しあきれたような表情で言う。
 霧島・龍護(氷騎の先導者・e03314)はシャーマンズカードを手で繰りながら氷のような青い瞳で標的を見定めている。
 その言葉に同調する声。シャドウエルフの男性、ヤクト・ヴィント(幻想喰らい・e02449)が殺界を展開しながら、頷く。
「絶望しか与えない実につまらないサーカスだな」
「……いずれ、指揮を執る死神の方にも会ってみたいものだ」
 上野・零(感情を焦がし燃やす死焔魔術師・e05125)が右目を地獄に燃やしながら、戦闘態勢を整える。
 大虎は、地面を踏みしめ、近づいてきている。
「早々に幕を下ろさせてもらう」
 眞白の言葉に、ケルベロスは一斉に飛び出した。


 打ちあがる爆煙は、夜闇の中を色とりどりに瞬いて、ケルベロスの士気を高める。月子のブレイブマインによる後押しを受けながら、ヤクトは自らの感覚を研ぎ澄ませていく。色彩感覚を捨てる代償に彼は、白虎の一瞬の構えですら近くを可能としていた。
「……っ」
 咆哮。大地を、空を震わせる魔力のこもったハウリングは、それを聞いた者の動きを、縫いとめる。
 だが、その呪縛を振り切って、ジンが白虎へと駆ける。それを阻むように間に怪魚が割り込んだ。
「好都合だ!」
 元より狙っていたのは、白虎を守護する死神。ジンは、バックパックからブラックスライムの指枝を伸ばし、怪魚の体を縛り付ける。
「連なれ」
 楔を打ち込むようにその身を抉り拘束するブラックスライムを、身を捩り千切り逃れた怪魚の胴体へ、斬撃が飛ぶ。
 友の声が、その両手に持つナイフの風切りが、込められたグラビティに刃となって魚の身を削っていく。
 更に、死神へと肉薄していた眞白の円月を描く鋭い一撃が、身を捩らせる怪魚、その千切れかけた尾を切り飛ばした。
「あぶねえ!」
 それと同時に彼女へと放たれた怨念の弾丸が、金属の刃に弾き飛ばされた。
 眞白へと放たれた怨霊弾は、ジンのチェーンソー剣によってふさがれていた。虎の周囲を舞う死神の一体から放たれた弾丸。直後、ジンに尾を切られた怪魚の牙が突き立った。
「……ジンさんっ……!」
 ジンから吸収した力で肉体を回復させる怪魚へと、地獄を纏う槍が突き立てられる。零の攻撃に、死神はその牙を離しケルベロスから距離を離し白虎を周囲を回遊する。
 ジンへとシロンのボクスドラゴン、メテオがヒールを施している。
 斬撃が薙ぐ。虎へ近づこうとする素振りを見せた怪魚達、シロンの補助を受けた龍護が薙ぎ払った。
 尾を失っていた死神は、その攻撃を回避することは出来ず、体の中心を一文字に裂く槍に両断され、体を地に落とした。
 

 刃を纏うエアシューズが風を切り、螺旋を打ち込み、鱗を剥がし飛ばす。蹴りを放ったヤクトを薙ぐように死神が体を躍らせ、それを回避したヤクトわき腹を虎の爪がえぐりとる。
「……っ」
 赤く染まる腹を押さえたヤクトへと追撃する死神の牙。その横っ面を何かが吹き飛ばした。
 局地的に収束された轟音の波が、衝撃波となって死神を襲ったのだ。
「大丈夫か、ヤクト」
 巨大なスピーカーのようなものをバックパックの中へ折り畳み収納しながら、その攻撃を放ったジンがヤクトへ声をかけた。
「ちょいと、じっとしとけ」
 月子が彼の傷へと炎の吐息を吐きかける。身を焼くように傷を癒す月子の炎に、一瞬驚きつつも彼は礼を告げ、傷の具合を確かめる。。
「ああ、まだいける」
 体制を整えるヤクトのそばを複数の影が過ぎる。友の惨殺ナイフが死神の体を切り刻む。
 攻撃の直後、間合いを取るため飛びのき、それを追おうとした死神の体に黒い何かが叩き付けられた。
 零がブラックスライムを開放し、展開した複数の牙が死神たちの体を飲み込んでいく。
 惨殺ナイフの攻撃を喰らった死神が、肉薄する龍護に怨念を放った。それに腕を抉られながらも、彼は全身に氷を纏う。
 その一瞬の隙を、メテオの体当たりが埋めていた。
 氷の兵士を呼び出すのではなく、その身に鎧を降ろす応用。同時に作り出した氷の長剣、氷の生成される鈴のような音を響かせながら龍護はそれを振るう。だが、その攻撃は、間に割り込んだもう一体の怪魚によって阻まれた。
 咄嗟に割り込んだ個体へと剣先を向ける。唐突な挙動だったが、それでも深く、突き立った氷剣に、一瞬身動きを制限された死神の胴へと、赤黒く盛り上がる大腕の一撃が突き刺さった。
 喰らったデウスエクスの力と螺旋を操る技術を発揮した眞白の強烈な殴打は、しかし死神をしとめるには至らない。
「とはいえ……」
「ああ、ずいぶん消耗してるぜ」
 骨を軋ませる銀の怪魚を観察した眞白の言葉に、氷を霧散させながら龍護が答える。
 先ほどの怨念がとぐろを巻いている腕を、シロンがバトルオーラで包む。
「これでいいにゃ」
「サンキュ」
 心なしか軽くなった腕を上下させながら彼に言う。
 再び、身を裂くような咆哮が上がった。
「……っ」
 体内を突き抜けるようなそれに、シロンは足をすくませた。怪魚の立ち並んだ牙が迫る。
 その体を、眞白が突き飛ばす。彼女の体が死神のあぎとに捕らわれた瞬間に、獰猛な音を立てて牙が魚の胴体を切り裂いた。
 ジンの二つのチェーンソー剣が、眞白から奪った体力も吹き飛ばし、その身を焼き斬っていた。
 肩から胸にまでついた歯形はそれでも軽い。眞白は自分をそう判断すると、ジンへと礼を返すと、虎へと駆ける。
 眞白が白虎へと駆け出す直前に、ヤクトが攻撃を放っていた。
 エアシューズの刃が、疾走する彼の軌跡に炎を残す。業火の剣と化したエアシューズが白虎に振るわれ、そのインパクトの直前、飛び込んだ死神に激突した。
 体を焼く炎に、死神は宙を泳ぎ回りかき消し、漂う微細なグラビティ・チェインによって身の回復を行っている。
「そちらの団長さんの話を聞きたいのですが」
 死神と大虎に、友が語り掛ける。だが、
「……反応はなしですか」
 言葉すら失った虎はただ威嚇の視線を向けるだけ。早々に無理を悟った彼は、魔力弾を打ち出し、死神を穿つ。
 お返しとばかりに放たれた怨霊弾の群れを、回避しつつ友は下がり、入れ替わるように零と龍護が死神へと突進していく。
 放たれる弾丸を潜り抜けて、龍護の電光石火の正拳突きが銀魚の体を穿つ。
 暗い夜道に赤く煌々と、溶岩があふれ出ていた。
 零の高められた魔力によって作られたそれは渦を巻き、死神の体は、眩い溶岩の竜巻に飲み込まれ、消えた。
 

 眞白が日本刀を振るう。だが、大虎は円を描くその軌道を宙がえりで躱す。月子の放った炎の吐息を飛び跳ね、メテオのブレスを急旋回で狙いを外し回避。
 曲芸のような動きで、攻撃を回避し、シロンの召喚した双子の精の奏でる銀の笛の音色を、吠え声でかき消した。
 今までの他者を竦ませるものではなく、自らを鼓舞するような咆哮に銀光が白虎の体を覆う。
 警戒の膠着が、一瞬、ジンが四肢を大猿のものへと変化させ、正拳、回し蹴り、裏拳と連打する。その悉くを躱し切った大虎の腹部にヤクトの螺旋掌が打ち込まれる。
 体内に渦巻く螺旋に、ふらついたその一瞬に、友が音の連剣を叩き込む。上体を起こし半ば立ち上がると、ヤクトを押しつぶさんと叩き付けるが、彼はもう、そこにはいない。
 シロンが杖を振るい、電光が闇を裂く。光速で迫るその攻撃にも、虎は身を翻し、電撃はアスファルトに吸い込まれる。
「にゃ」
 言いなれた言葉で不満を零すシロンの攻撃に続いて、零のブラックスライムの鞭が振るわれる。その合間を縫ってメテオがタックルを仕掛けるが、大虎はそれらを躱しきると、身を屈め眞白の蹴りをくぐり回避する。
 そのしゃがみこみ折り畳んだ虎の脚部を、槍が薙いだ。
 龍護の攻撃によろめきながらも、体を飲み込もうとするブラックスライムの網から逃れると、咆哮。
「……すばしっこいぜ」
 ブラックスライムの攻撃をかわされた月子が思わず、零す。
 轟音ともいえる吠えに、体をしびれさせながらも、ジンはブラックスライムを操り、その動きを阻もうとする。
 それに対し、捕まってなるものかと逃れようとした虎は、跳躍のために地面を踏みしめ、体が硬直。足の傷に回避動作が遅れていた。そして、その停滞は、回避を不可能なものにしていた。
 降る黒い粘液がその体に絡みつくと、節々を固めるように纏わり動きを停滞させる。
「好機だ……!」
 動きの鈍った瞬間を見逃さず、ヤクトが駆けた。視認することも出来ない程の鋭敏な蹴撃が虎の足の傷を捉え、さらに深く刻み込む。
 拘束を振りほどこうと暴れ狂う虎から退避した、その直後に友の放った黒色の魔弾が虎の頭部を吹き飛ばした。
 頭を失った白の大虎は、数度平衡を保つように地面を踏みしめ、やがて力を失い、その身を地面に落とす。


 ジンは、消えた虎の体があった場所に、タグのようなものが落ちているのを見つけた。
 あの死神は、サルベージしたデウスエクスを見世物として扱っている節があった。ウェアライダーのものか、死神が管理として付けたものかは分からない、が。
「手掛かりになる……か?」
 確認するように、金属のそれを拾おうとすると、それは甲高い音を立てて砕けていく。
 あざ笑うかのような消え方に、ジンは拳を硬く握りしめた。
「諦めんぞ……お前だけは」
「しっかし、悪趣味だよなあ」
 以前、出くわした死神は、おかしな教義を掲げるビルシャナを呼び起こしていた。それを思い返しながら龍護は、虎のいた道路を見つめる。
 月子が、炎をともしていた。送り火、人が通る頃には消える程度。サーカスと称した死神にため息をつく。
「神世も末ときたもんだ」
 ケルベロス達は壊れた道路を直しつつ死神の痕跡を探すも、結果は奮わぬものだった。
 だが、その姿を予知に捉える事は適っている。少しでも近づけているのは確実だろう。
「皆無事で依頼達成出来た事だし、お祝いの宴会でもするか」
 ヤクトが、ヒールし終わった街を見つめて、満足げに提案をした。
 夜はまだ、長い。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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