かすみがうら事変~花人『キョウ』再び

作者:白石小梅

●かすみがうら事変
 茨城県、かすみがうら市。
 とある繁華街。その路地裏……。
「おめでとう、キョウ。君は生物進化の淘汰を耐え抜き、生き残った。その栄誉をたたえ、新たな種を与えよう」
 語り掛けるのは腕に蛇を巻き付けた、褐色肌の男。
「ありがとうございます、シルベスタさん! ……それで、これは?」
 応えるのは十八ほどの青年。白いパーカーのフードから小さな角を覗かせた、微かな色気のあるサキュバス。
 その青年が指したのは、植物が栗鼠を模したような生物……いや、それが持つ大きな種。
「こいつはラタトスク。気にしないで良い。大事なのはこの種だ。これこそ、攻性植物を超えアスガルド神に至る楽園樹『オーズ』の種。前に与えたものより、遥かに強力な、ね」
 その言葉を聞き、キョウの瞳が輝くように見開かれた。飢餓に耐えかねたかのようにそれを受け取り、胸に埋める。
「アハ、ハ……!」
 引き攣った笑みに続くのは、歓喜の咆哮。
 キョウの体が歪み、はち切れ、白いパーカーと上体だけを残して、巨樹のように膨れ上がっていく。
「素晴らしい! もうボクは、誰にも負けない! グループなんか、もう必要ない!」
 伸びた枝葉はアスファルトを喰い破り、ビルを呑み込み、道行く車両を貫いて、悲鳴と共に逃げ惑う人々が蔓に絡み取られていく。
 やがて現れるのは、桃色の花びら降り注ぐ、毒樹の森と化した街。
 響くのは、高い哄笑。
 胸元に、種子の煌めく夾竹桃。
「そーいえば、ケルベロスどもが、ボクの顔に泥を塗ってくれたよね……ふふ……サァ、来いよ。ボクの『力』を、見せてやる……!」
 去り行くシルベスタの口元が、笑みの形に吊り上がる。

 冬の終わり。花の開く時。
 デウスエクス・ユグドラシル、かすみがうら市にて一斉蜂起。
 湖畔の町に、春の嵐が吹き荒れる……。
 
●かすみがうら陥落
「かすみがうらの攻性植物と、人馬宮ガイセリウムで発見された楽園樹『オーズ』との関連について調査していた白神・楓(魔術狩猟者・e01132)さんから、報告が入りました。緊急事態です……」
 呼集に集まったケルベロスに、望月・小夜(サキュバスのヘリオライダー・en0133) が話しかける後ろでは、パニックに陥った都市のニュースがひっきりなしに流れている。
「かすみがうらの攻性植物事件の裏で暗躍していたのは、楽園樹『オーズ』の種を利用するシャイターン、シルベスタでした。東京防衛戦を生き延び、今回、ケルベロスの介入や抗争を生き延びた攻性植物たちに、より強力な種子を与えた、との情報を掴んだのですが……」
 黒幕は、シャイターン。ガイセリウムの一室を席巻していた大樹が、その原因。遂に明らかになる、かすみがうら事件の背後関係。
 しかし、今まで暗躍していた黒幕の正体が露見したのは、何故か。
 小夜は唇を結んで、微かに首を振る。
「攻性植物化した若者たちはオーズの種を得た後……かすみがうら市街にて一斉蜂起。市民たちは蠢く植物に囚われ、市街の一部は密林のように変貌してしまいした」
 それは、正体の露見を恐れぬ、強引な一手。
「街はすでに、大規模なバイオハザードの様相を呈しています。放置すれば囚われた市民の方々はやがてグラビティ・チェインを吸い尽くされて死亡。攻性植物たちは巨大化を続け、市街で孤立している人々も同様の運命を辿るでしょう」
 小夜が、顔をあげる。
「今回の皆さんの任務は、敵地と化したかすみがうら市街に潜入し、オーズの種を取り込んだ攻性植物を撃破することです。早急に出撃準備を整えてください」
 
●潜入作戦
「一斉蜂起した攻性植物に対し、こちらも多数の討伐チームを編成して対抗いたします。皆さんの標的は、この個体になります」
 小夜は市街の地図と、一枚の写真を出す。
 敵は市街全域に散っており、別の戦場との連携は不可能なようだ。
「名はキョウ。夾竹桃の攻性植物で、三ヶ月ほど前に起きた抗争事件において逃走。以後、潜伏していた個体です」
 だがその実力は、三ヶ月前よりも圧倒的に強大になっているという。
「下半身は地を這う根と化し、両腕は樹木のように広がり、胸元にはオーズの種が脈打っています。体長は3メートルほど。知性は残っておりますが、もはや人型なのは上体だけです」
 敵の能力は、と、誰かが訪ねる。
「捕食形態、埋葬形態に続き、オーズの種により、新たな力を得ているようです。毒枝で広範囲を突き刺す技が、予知で確認できました。夾竹桃の特性を、強く引き出しているのでしょう」
 そして小夜はもう一つの懸念事項について話す。
「現場の繁華街では市民が植物に捕まっています。道端、建物、車両内……総数で200人はいます。植物を引き剥がして始末すれば救助は可能ですが、植物はキョウの一部。救助活動を始めた場合、奴はすぐにそれを気取ります」
 つまり、市民は鳴子も同じ。救助を優先すれば、こちらからの奇襲は不可能。
「反対に、キョウには身を隠しやすいフィールドです。救助に集中しすぎてしまうと、こちらが奇襲を受ける可能性もあります」
 悩むところだ。奴の卑劣さは報告書にある通り。
 戦闘場所の周辺だけでも救助をしつつ、警戒して待ち構えるか。
 人質は無視し、気配を殺して潜入。奇襲で畳みかけるか。
「奴を撃破すれば植物は枯れますので、任務を達成すれば解放できるはずですが……このような手段に出れば、討伐隊が組まれるのは必至のこと。わかっていて待ち構える態度には、不遜さ以外に自信の根拠を感じます。くれぐれも、お気をつけて」
 
 小夜はため息を落として資料を閉じる。
「このままでは市街全体が攻性植物に沈むのも時間の問題。それを防げるのは、今しかありません。かすみがうら市を、解放してください」
 出撃準備を、お願い申し上げます。
 小夜はそう言って、頭を下げた。


参加者
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
メリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007)
クロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)
マリア・ヴァンガード(メイドオブホーネット・e04224)
公孫・藍(曇花公主・e09263)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
水無月・一華(華冽・e11665)
バンリ・スノウフレークス(リメンバースノウ・e12221)

■リプレイ

●潜入
 外界と断絶された深緑の廃墟に、降り立った八つの影。
「何コレ……気色悪い。……スニーキングドレス、ステルスオン。全周索敵開始」
 リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)がため息を漏らして周囲を見回す。
 繁華街だった場所は今、建物は蔓に巻き付かれ、アスファルトは貫かれて、車両は樹上で打ち捨てられている。
 うさぎのぬいぐるみの頭を撫でながら、クロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)が哀しみに顔を歪ませる。
「こんなの……森じゃ……ない」
 茂っているのは、桃色の花びらを散らす夾竹桃の木々のみ。確かに、あり得ぬ光景だ。
「こんな事になるなら、あの時どうにかしておけばよかったわね……この落とし前は必ずつけさせてもらうわよ」
 バンリ・スノウフレークス(リメンバースノウ・e12221)も艶のある額にかすかに皺を寄せた。
 春風の音に混じり、微かに響いてくるのは……。
「……人のうめき声、ですね。眼鏡がなくてもわかります」
 メリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007)が小さく呟く。
「200人、か……すまない。もう少し辛抱してくれ。……敵は前回を生き延びたようだが、今回は逃がさん。必ず仕留めるぞ」
 マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)の意志を受けるように、公孫・藍(曇花公主・e09263)が言葉を紡ぐ。
「ただのチンピラが懲りずに街を飲み込み王様気分、前回で諦めておけばよかったものを……。叩きのめすのに後ろめたさのかけらも感じないですね」
 それは、水無月・一華(華冽・e11665)もまた同じ。
(「お久しぶりですわね、ボス。私のことを、覚えておられるかしら……」)
 今回、四人がキョウとの再会を果たす。マリア・ヴァンガード(メイドオブホーネット・e04224)もまた、その一人。
「かすみがうらは、これが四度目……長きにわたる事件に、今こそケリをつけましょう」
 変わり果てた姿の街へ、ケルベロスたちは足を踏み入れていく。

 今回、全てのケルベロスが、防具に宿った気配を殺すグラビティを用いて潜入する。
 一華は着物と袴の上にインバネス風のコートを羽織り、マルティナは白の軍用コートスタイル、リリーはスニーキングドレスと名のついたボディスーツと、それぞれに意匠は異なれども、力は共通だ。
 風に紛れて繁華街を走り、木々を避けて進む。これら植物は敵の一部。ならば、触れるのも危険かも知れないとの判断からだった。
 仲間を先導していたリリーが、さっと手を挙げる。
「動体検知……いた」
 囁くような声に、仲間たちが身を伏して集まる。視線の先には、ずるずると蠢く巨大な夾竹桃。広場をゆっくりと歩んでいる。こちらに気付いた様子はない。
「巡回……中? あの辺り……人質……少ない。準備……良い?」
 状況は、完璧だ。クロエの囁きに、皆が頷いて。
 八人が、音もなく跳躍する。

●奇襲
 殺気を感じ取ったか、キョウが振り返る。尤も、避けるにはもう遅い。
「お久しぶりね、キョウちゃん。アタシのコト、覚えているかしら?」
「お前は……!」
 身を引こうとするキョウを、重い衝撃波が押し潰して動きを封じる。バンリの剛鳥駆来に続くのは、メリッサ。
「迂闊でしたね……眼鏡は植物に強い! 眼鏡に勝てるのは眼鏡だけ! この砕き眼鏡とビッグメガネシールドが有る限りお前に勝ち目は無い! さあ、行きますよ! めー! がー! ねー! シュゥゥゥゥート!」
 謎の主張と共に投擲された眼鏡が、キョウの顔面にぶち当たって。
「これ以上……人……傷つける、なら……許さない」
 クロエのスターゲイザーがその肩口を吹き飛ばし、藍が放った火球が炸裂する。続くのは、リリーとマルティナ。
「……ここまでして力が欲しいっての? 笑わせるわ!」
「多くの人々のためだ。貴様には早々に倒れてもらう。覚悟しろ」
 前後からその蔓を切り裂けば、炎が広がって。
「ぐぅ……! もう来たのか!」
 慌てて態勢を立て直そうとするキョウの正面には、マリアと一華。
「前回、尻尾巻いて逃げた輩が……与えられた力でいい気になるなど、笑わせます……!」
 散る花びらを割きわけて。雷刃突と稲妻突き。
 畳みかけようとした八人へ、毒の枝葉が伸び上がる。身を翻すも、かすり傷だけで視界が歪むほどの強毒を迸らせて。
「……ならば、皆々全て、祓い清めて癒しましょう」
 一華の剣舞が前線を癒す間に、蛸が這うように夾竹桃は距離を取った。
「思ったより早いな。驚いたよ、ケルベロス……」
「ボス、覚えておいでですか? ほら、あの時の狐でございます」
 一華が名乗りを挙げれば、その額には憎悪のしわが寄る。
「覚えてるさ……! お前らみぃんな絡め取って、栄養にしてやるからな……!」
「再会は嬉しいけれど。そんな姿になったら、もう貴方を葬らなければならないわ。覚悟なさい」
 バンリの言葉も終わらぬうちに、大地から植物の根が弾け飛ぶ。
「埋葬形態……! 催眠効果で、こっちの手で炎を祓うつもりね! キュアするわ!」
 リリーのメディカルレインが降り注ぐ中、伸びる毒蔓に喰らいつくのは、藍の蔓。
「……巨大化してもケルベロスを招き入れたが運の尽き。潔く枯れ果てるがいい」
 畳みかけるケルベロスに、抗うキョウ。
「種火が点けば、広げるのは造作もない。燃え落ちろ……!」
 マルティナの絶空斬を合図に、炎は広がり、呪いは深まる。
「めーがねーに指紋がついてるとー♪ 前が見えない気持ちわるーい♪ でもでも眼鏡拭きでさっと拭けばー♪ ぱぱっと綺麗嬉しいなー♪ ……お前にはやらないですけどね!」
「舐めやがって……!」
 挑発に乗せられたキョウに、脇から入るはクロエの縛霊撃。
 催眠効果のキュアを優先した分、毒はいくばくか浸透するが、リリーの妖精伝承歌がメリッサに耐性をもたらせば、流れはケルベロスに傾いていく。
「アタシたちはもっと強大な敵と闘ってきた……アンタ以上の敵は、いくらでもいたわ!」
「ええ! あなたよりずっと強力なドラゴンも、相手にしたことがありますからね。しかも眼鏡も掛けずに待ち構えるなんて、愚策中の愚策!」
 メリッサが、チェーンソー切りで毒花を散らす。
「ボス。あの時の山茶花は摘んだらすぐに枯れてしまいましたの。一緒に花束になってくれていた方がまだ手応えがあったかもしれませんわね?」
 挑発と共に、一華の守護が前線に飛んでいく。
 闘いが始まって7分ほど。激しい毒の応酬の中、未だ倒れる者はいない。
 流れは、決したようだ。
「くっ……ボクが、ここまで……」
 傷だらけで、怒りに顔を歪ませる夾竹桃。
 最後の抵抗が、来るか。
 八人が身構えた、その時。
 くすり、と、キョウの口角が、吊り上がった。
「だがね……今のボクを舐めるなよ。ここで出すつもりはなかったが、仕方ない」
 祈るように木の手をかざし、胸元の種子が光り輝く。
「オーズの種よ! ボクに力を!」
 突如、街中から轟く、悲鳴に近いうめき声。
「人質……? まさか、グラビティ・チェインの強制吸収……? 止めます!」
 飛び込んだマリアの槍を、キョウが触手で受け止める。瞬く間に今受けた傷を再生させながら、その体を弾き飛ばして。
「これは!」
「ヒール……? 傷が……傷が、全部……回復して……」
 クロエが言う間に、夾竹桃の体は傷ひとつ残さず、再生する。
「さて……第二ラウンド、だね」
 呆然としていた一同。
 瞬間、一足飛びに打ち掛かる影が一つ。
「一旦離れろ……! 私が時間を稼ぐ!」
 そう言うマルティナを止める間もなく、メリッサ、リリーが続く。
「これは眼鏡をかけ直す必要があります! 対策を!」
「出来ればアタシたちが倒れるより先にお願い!」
 飛び掛かるディフェンダー三人の意図を理解し、残りの面子が身を翻す。響くのは、夾竹桃の笑い声。
「さあ……絡め取られて、死ね!」

●逆転
 轟音が、響く。
 道の向こうで、キョウと三人が馳せ合っている。
 残り五人はビルの影に隠れたが、稼げるのは一分がせいぜいだろう。
「人質から、力を吸収しての大回復……でしょうか。確かに攻性植物らしい能力ですが……」
 マリアが言う。人質は鳴子であり、強大化のための備蓄でもあり、そして緊急時は回復の糧。
 なるほど。殺せないわけだ。
「人質……まだ、生きてる……先に、解放……するべきだった? これじゃ……何度でも……」
 クロエが、ぬいぐるみを抱きしめる。
「そうでもないんじゃないの?」
 その指摘は、バンリから。ほら、と、指さしたのは、オーズの種。
「膨れ上がってパンパンよ。おなか一杯の時って、それ以上食べられないもんじゃない?」
 ハッとしたのは、一華。
「確かに……人質が生きている限り何度でも使えるなら、いつだって態勢を立て直せたはず。でも奴はぎりぎりまで力を使うことを躊躇った……」
 一華の指摘は、ある推測を結びあげる。
「あれ……連続で……使えない……?」
 ならば、キョウを撃破するのは今しかない。退けば、今より強大になってしまうのだから。
「問題は、前半戦でこちらも消耗したことね。勝ち目……あるかしら?」
「可能性はあります」
 と、言うのは藍。
「生木が燻る……鼻につく嫌な臭いがまだいたします……あのヒールに浄化の力はないか、もしくはし損なったのでしょう。枯れ木のように潔く燃えれば煙も苦痛も少なくて済むものを。業の深い坊やだこと……」
 藍の、血の気の失せた唇が笑みの形に歪む。
 つまり。積み上げた作戦は未だ死んでいない。
「……なるほど。マリアめに、退く理由はありません」
「ええ。花を毟り、葉を引き千切り、茎を圧し折ってしまいましょう」
「人……死ぬの……イヤ。私も……頑張る」
「じゃ、決まりね? この因縁。キッチリ清算しましょ?」

 血しぶきが、飛ぶ。
 叩き落されるのは、小柄な体。
「くっ! 眼鏡を……」
 眼鏡を。なんだろう。
 最後を結ばぬまま、メリッサが崩れ落ちる。
「いよいよもって私もまずい。リリー、いざという時は、頼むぞ……!」
 マルティナが銀閃を翻し、襲い掛かって来る蔓を薙ぎ払う。
 その時。
「……!」
 頭上を迸った藍の攻性植物が夾竹桃に喰らいついた。
「少しこちらを驚かしたくらいで、容赦はしません。毒には毒を。その綺麗な顔立ちをせいぜい歪ませるがいい」
 クロエが懐へ飛び込んで。シャドウリッパーが、花を散らす。
「作戦……通り……頑張って……!」
 マルティナに飛ぶのは、一華のマインドシールド。
「諦めないで……! 勝ち目はあります!」
 どうやって? と、聞く間はない。仲間がそう判断したのなら、今は。
「了解した。作戦を続行する……!」
「わかった! 皆を護るわ! 因縁に、決着を……!」
 再び押し寄せる番犬の群れに、キョウの怒りが炸裂する。
「はっ! そんな状態で勝つつもりか!」
 無数の茨が爆裂し、死闘が幕を開ける。

●決着
 そして、どれだけの時が経ったか。
「ここまで、か……」
 白い軍服が朱に染まっている。マリアを庇い、大地に横たわるのは、マルティナ。
「護り、抜くわ……」
 リリーの気力溜めが、バンリの身を癒す。
 次の瞬間、茨が弾けてリリーを吹き飛ばした。
 盾は、もういない。布陣は、切り裂かれた。
 だが。
「何故……だ。何故、ボクが追い詰められてるんだ!」
 キョウの身からは、燻る炎が煙を噴き上げている。毒は全身を蝕み、動きは縛られ、魔術的防御も残っていない。
「ごめんなさいね。でもこれがアタシたちの使命なのよ」
 バンリの言葉と共に、蔓は切り払われて、炎がその勢いを増す。
「これにて……幕です……!」
 マリアの槍に、炎が宿る。
「やめろ……! やめろぉお!」
 花を散らして、槍が閃く。それは遂に夾竹桃の喉笛を貫いて。甲高い絶叫が響き、火柱が巨体を包み込んでいく。
「あらあら……花火になってしまいましたわね……ボス」
 炎の中で、その体が干からびていった。

 予知を超えた、きわどい闘いだった。
 ため息が落ちて、膝が折れる。倒れた者たちも、どうにか肘をついた。
 その時。
「……! オーズの……種……!」
 クロエの言葉が、全員の間を駆け抜ける。
「あれは!」
 倒れた夾竹桃の死骸から、光り輝くオーズの種が浮かびあがっていた。
 クロエの蹴りが、空を切る。
 オーズの種は隙間を縫うように飛翔すると、筋を引いて彼方へと飛び去っていった。
「逃げ……られた……」
「やられたな。不良たちが負けたらそれはそれ。力を吸った種を回収する計画だったか……シャイターン・シルベスタ。油断のならぬ男のようだな」
 マルティナが、頭を振って。
 策士の名を心に刻み、ケルベロスたちは人質救出に移るのだった。

●脱出
「状況終了。街の破壊の時に巻き込まれたらしい死者も見かけたけれど……生存者はこれで全て救助完了よ」
 リリーがビルから飛び降りて、言う。
 広場には、200人が身を寄せ合っている。
「グラビティ・チェイン……吸われてた人は……みんな……無事……よかった」
 クロエがぬいぐるみを抱きしめて呟く。
 キョウが回復した際にも、力を吸い上げられて干からびたものは出なかったようだ。
「人数が多かったから、却って助かったんでしょうか? さて、脱出用に眼鏡を皆さんにお配りしないと……」
 メリッサの配る眼鏡は、自前のものを失った人々に意外に好評である。
 干からびた植物を切り払いながら戻ってくるのは、マルティナ。
「道は拓けたぞ。外部との連絡もついた。みんな、誘導を頼む。我々はこれより、かすみがうらより脱出する」
 ささやかな歓声と共に、200人がゆっくりと移動を開始する。
 歩みが遅くなってしまう老人や子供を励ましたり、背負ったりしながら進んでいるのは、マリアとバンリ。
「前に、次に期待しよう、なんて言ったけど。こんな形になるなんてね。でも、終わったわ。……サヨナラね、キョウちゃん」
 一斉に散った桃色の花びらが、地面を流れていく。バンリはそっと目を閉じて。
「攻性植物の出処は突き止められました……かすみがうらは、今後のヒールを以ってひと段落でしょう。しかし……事件は続いています」
 マリアの脳裏に浮かぶのは、オーズの種。奴らはあれを、どうするつもりなのか。
 一方、廃墟の屋上から念のために周囲を警戒しているのは、一華と藍。
 桜の花散る着物の裾と、コートの下のアオザイが、風に揺れて。
「他の討伐隊は、無事かしら。キョウの口ぶりでは、あの力はオーズの種を得た全ての攻性植物が持っているようでしたわね」
「闘いの熱は冷めやらぬもの……ですが私たちに、これ以上の闘いを続ける力は残っていません。今は、武運を祈りましょう」
 それぞれの想いを胸に、ケルベロスらは敵地を脱する。
 春風は、花咲き誇る季節の到来を、告げていた……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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