かすみがうら事変~天竺牡丹の離別

作者:深水つぐら

●手遅れ
 ネオンサインが眩い。そこに落ちた影に、少年はもたげていた頭をあげると、苦しそうに息を吸った。
 同時に声と拍手が響く。
「おめでとう。君は、進化の為の淘汰を耐え抜き、生き残る事が出来た。その栄誉をたたえ、この種を与えよう」
「ダレ、だ……」
 言葉遊びに構っている暇はなかった。意識を散らせば半身に食らい付く寄生者に取り代わられる気がして、少年――『天竺牡丹の明』は言葉を絞り出すも、それが精一杯だ。
 相手はそんな明の様子などお構いなしに、歌う様な口上を続けていく。
「この種こそ、攻性植物を超えアスガルド神に至る、楽園樹『オーズ』の種!」
 その言葉の後にひょいと影が駆ける。現れた緑の獣が明の掌に落としたのは小さな種――その種を己が手の植物が絡め取った。
 瞬間、植物が歓喜した。
 少年の身に寄生した攻性植物は、衣類を引き千切ると残っていた明の腕を瞬く間に覆い、背中にひとつの蕾を付けた。
 天竺牡丹はまあるい花である。
 祈る様に握られた拳程の花がオーズの実を中心に静かに咲くと、明は食いしばる口元から、つつ、と血を落とした。溢れる力を抑えたい、だがそれは叶わぬのだと知っている。
「俺は……オレはチカラがぁああああ!」
 明の悲鳴と共に伸びた植物は周囲の建物を粉砕すると、すぐに奇妙な蔓へと変化していく。それが天竺牡丹の茎であり、伸び行く花の末路だと理解すると、明の意識が少し霞んだ。
 仲間を守りたかったから力が欲しいと願った。だが、もう守る者を殺してしまっては意味が無い。
「さあ、このシルベスタの為に働いてもらおうか」
 命令なんぞ聞けるか。俺は、俺の、まもる、もののため、だけに――。
「マモル、ナニを……?」
 明の左肩に伏していた天竺牡丹が、ざわりと揺れ狂う様に栄えていく。同時にこれまで生きた思い出が明の中で蘇るも、植物の意識に喰われていった。
 ああ、ケルベロス。
 約束通りに、俺を殺してくれ。

●離別
 ドラゴニアンは静かに息を吸った。
 悲劇の予知を阻む事を望むのに二の句を告げないなど、ヘリオライダーの自分には出来ないからだ。その矜持を胸に、ギュスターヴ・ドイズ(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0112)は白神・楓(魔術狩猟者・e01132)から、緊急の報告が入ったと告げた。
 それは彼が、かすみがうらで発生している攻性植物の事件と、人馬宮ガイセリウムで発見された『楽園樹オーズ』との関連について調査していた結果だという。
「かすみがうらの攻性植物事件の裏には、やはり、楽園樹オーズの種を利用するシャイターンの暗躍があったようだ」
 暗躍――どうやら、抗争事件などを生き抜いた不良達に、より強力なオーズの種を与え、かすみがうら市街で一斉に事件を引き起こさせたらしい。
 すでにかすみがうら市の市街地には密林の様な地域が出現し、周囲の市民達が植物の餌食となっているという。彼らは植物に巻きつかれ、グラビティ・チェインを吸い取られているらしい。このまま放置すれば、彼らは干からびて死亡し、大量のグラビティ・チェインを得た攻性植物達は新たな力を手にするかもしれない。
 それを許す訳にはいかない。
「故に、急ぎかすみがうらに向かい、オーズの種を手に入れた攻性植物を撃破して欲しい」
 そう言ったギュスターヴが示した現場は、とあるビジネスビルの周辺だった。今回の討伐対象はこのビルの屋上にいるのだが、周囲が植物化している為に容易く近付く事はできない。相手はこの利点を生かして行動するらしい。
「『天竺牡丹の明』、彼の体はもう植物の化け物の様な姿になっている。それ故に君達が警戒していなければ、奇襲を仕掛けてくるだろう」
 その場合、一撃に耐える準備もいるか――また、ビルの中とこの周辺には捕らわれた市民が点在しており、その数は二百名程度だという。
「彼らの救出は植物を引き離して始末すれば可能だが、この救助を行った場合はリスクがある」
 そのリスクというのは攻性植物に救出の事実が伝わってしまうという事だ。そうなっては気付かれ無い様に潜入し奇襲、といった事はできなくなる。また、救助に時間をかけすぎたり、気を取られてばかりいると、敵の奇襲を受ける可能性もあるだろう。
「敵を撃破出来れば市民は解放されるはずだ。救助は必ずしも行わずとも良いが……その判断は皆に一任しよう」
 利点と欠点。その天秤はケルベロスの想いに従って図ってほしい。例え不利となったとしても、それを跳ね除ける備えがあれば、道は開ける筈だ。
 かすみがうらの攻性植物事件――その裏に暗躍するシャイターンの企みを見逃す訳にはいかない。最悪の事態となる前に楓が伝えてくれた予想外の出来事を、確実に潰すべきなのだ。
「君らは希望だ。その輝きをもって、かすみがうらが完全に植物化する前に、命の花を摘んでほしい」
 黒龍はそう告げると、息を吐く。
 天竺牡丹が咲くには、もう時期は過ぎている。


参加者
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)
ブランシュ・ノクト(ケツァルコアトル・e03124)
九頭・竜一(雲待ち・e03704)
柏木・蘭花(黒の猛火・e05398)
暁・歌夜(夢を叶える朝を望む歌・e08548)
御巫・花凛(煉獄華・e23171)

■リプレイ

●緑這う
 やけに湿り気を感じるのは風が遮断されているからだろう。
 抜けぬ熱気に息苦しさを覚えながら、暁・歌夜(夢を叶える朝を望む歌・e08548)は眼前の植物を掴むと少しずつ力を掛けた。
 捕える触手にぬめり等の視覚的な不快はなく、必要以上の締め付けもない事に安堵する。彼女の視線が周囲へ向けば、同じ様に救出を続ける九頭・竜一(雲待ち・e03704)の姿が見えた。
「おーい、大丈夫? 動けそ?」
 言って彼が軽く頬を叩けば、抱えた少年は小声と共に目を開けた。まだ意識の揺れる相手に救助の旨を伝えると、思ったよりもしっかりした返事があった。
 その隣では春日・いぶき(遊具箱・e00678)が衰弱した娘の唇に自身の血を与えていた。メディカルブラッドの力を宿らせた血を娘の舌が擽ると、相手の頬にようやく血の色が差していく。その様にサキュバスは小さく下唇を舐めると、物影へ避難する様に促した。
 ケルベロス達が助けた市民は、そろそろ十名を数える。あまり多くないのは救助が主な目的ではないからだ。彼らが目的は密林を生み出した主―― 救出を続ける仲間とは離れ、目立たぬ様に布を羽織った御巫・花凛(煉獄華・e23171)は、息を潜めて物陰に隠れていた。その瞳が見つめる木々は、敵がこの地域を占領している証である。
 厄介な代物にヘリオンでの降下作戦を断念せざるを得なかったのだが、それでも現場を地図で確認していた事は時間に余裕を持たせていた。
(「……それにしてもシャイターンの狙いはなんだろう。新たなアスガルド神を生み出そうとしてる?」)
 花凛の脳裏に浮かんだのは、事件の黒幕であるシャイターンの動向だ。他にも予知で見たオーズの種にも興味がある。
 関心は尽きないが、考えるだけでは答えは出ない。
 物思いする彼女の隣では、ブランシュ・ノクト(ケツァルコアトル・e03124)が、金色の目を瞬かせて周囲を警戒していた。ふと、他の場所へ救援に向かったと言う父の身を案じるも、その力を信じてぎゅっと自身の手を握る。
「がんばれ、ブランちゃん! はい、がんばります!」
 うんっ、と小さく気合ひとつ。再び熱心に警戒へ意識を向けた彼女とは対照的に、瞳の中に冷めた色を映していたのはメリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)だ。道化の娘の唇は一文字に結ばれており、その様にシエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)の緑眼が心を溶かす様に瞬いた。
 自分は天竺牡丹の明さんとの約束を果たすために来た――心をそう奮い立たせるも胸には雲が掛かる。今回の攻性植物と縁を持ってからは、いつかこうなるとうっすらと感じ、心の片隅で別の道を探していたのに――春潤す雨を散らす様にシエラは首を振ると、緩み掛けた得物の持ち手を強く握った。
 その意志が伝わったのかはわからない。
 揺れたのだと思った。
 それは柏木・蘭花(黒の猛火・e05398)が救出をした蔓の真上である。ぞるりと動いた緑の狂鞭に向かい、シエラは己が力を解き放つ。
「咲き乱れ、歓びうたえ、春の花よ――!」
 其は春を渡る歩法。その足が触れた地から湧き上がるのは花の嵐だ。その力に狙いを狂わされたモノは緑の狂鞭を引き寄せると、その身を大地へ躍らせた。
 それは僅かな痕跡から人の形をしているとわかった。二本の足、だらりと下げられた両手、頭部らしい場所――はっきりと頭だと言えないのは、顔の無い植物だけが見えたからである。
「避難を!」
「よっしゃ、こちとら警備が本業だぜ!」
 花凛の声と共に流星の如し蹴りが放たれると、竜一の頼もしい声に導かれた蘭花が救出した人々の体を担ぎ始める。いぶきも同じ様に担いで物影へと走れば威嚇する様な声が聞こえる。
 攻性植物――『明』はその手に鮮やかな天竺牡丹を咲かせていた。

●開花
 大きく飛び退った相手を、メリーナは渾身の力を振り絞って追いかける。
「明くん!」
 それは思わず口を突いて出た言葉。両の手に惨殺ナイフを握った少女は、踊る様な剣捌きを展開していく。そんな演武撃に合わせて花凛の手に具現された炎剣は、何かの怨嗟を示す様に燃え溶けていた。
「黒の王よ、剣を執れ。汝は輝かしき栄光に終わりを齎す者なれば」
 言の葉を鍵に振るわれた世界を焼き墜とす炎は、『明』の右足を焼いていく。怒りを帯びた声と蔓の襲撃を避けると、花凛は燃え盛る火の中に咲いた天竺牡丹の花に微笑する。
「お疲れ様、頑張ったね」
 ――大丈夫、最後のお願いは叶えてあげられそうだよ。
 もはや人とは言えぬ体。その頭部が振り向いた時、悲しい程に澄んだ目が見えた。だが、その事実を覆い隠す様に植物がうねると、前衛達を薙ぎ払う。
 悲鳴と苦痛の声が上がった。
 守備を主とする仲間が戻るまで戦線を守らねばなるまい。しかしそれも僅かな時間だった。すぐに戦へ戻った者達が、それぞれに癒しの力を施せば仲間の傷は癒えていく。
「長々と使い込んでいくうちに、こういうことも出来るようになりましてね?」
 歌夜の言葉の後に出現した剣は、仲間の周囲を守護する様に従っていく。底上げを打ち破る力を纏い、ケルベロス達が次々と攻撃を仕掛ければ獣の咆哮に似た声が響いていく。
 死を選ぶ道に行った少年――『明』に歌夜は色々と思う所があった。だが戦う事に対して迷いはない。むしろ、攻撃の挙動が冴えてさえいる。それなのに娘の指先は冷えていた。
 その揺れに添う様に。
「いつかの約束通り、明さんを止めるために来たよ……!」
 解き放たれたシエラのケルベロスチェインが、破剣と共に『明』を守る植物を刈り取っていく。生物の様に蠢く得物を繰る娘は翡翠の双眸を揺らしていた。
 削れ、削れ、削れ。
 『明』と言う魂が自分達の前に現れる様に。
「明さん……!」
 言葉の後に、『明』の身から力が抜けた。そしてそのまま蹲ると、綱程の太さに伸びた蔓と天竺牡丹が食い合う様に『明』の体の上で跳ねていく。
「コロセ……コロセころせ殺せ殺してくれぇええええ」
 吼える様に、遠く遠く。
 気が付けば『明』の体は仰け反り、獣の様な咆哮を上げていた。その背から蔓が飛び出すと仲間の身に緊張が走る。荒れる蔓の標的が自分にあるのだと気が付いたブランシュは、慌てた様に迎撃の態勢を取った。迫り来る狂鞭へ得物による受け流しや注視による回避を試みるも、有効な手段では無いらしく、その交戦の波を掻い潜った蔓が身へ肉薄する。
 次の瞬間、彼女の肩に燃える様な熱が生まれた。
 それでも、鮮血が散る腕を顧みずに、息を吸うとあらん限りの声で叫ぶ。
「カラさん、シロさん! 懲らしめてやりなさいだよ!!」
 瞬間、従えた鳥のファミリア達が魔力を帯びた。風を切る音が聞こえ、自身の肩を穿つ蔓を焼き切ると、『明』の腹へ一撃を叩き込む。やったと声を上げる間もあらばこそ。
 再び解き放たれた光がブランシュの腹を切り裂くと、その身は密林の幹へと叩きつけられていく。
「ブランシュさん!」
「……きちゃ、だめ……」
 聞こえた少女の言葉にいぶきの足が止まった。援護が間に合わなかった事に悔むも戦場へと視線を向けていく。意識を手放したドラゴニアンの少女が呟いた言葉はこの戦いの鍵だ。このまま自分が止まっては、余計に被害を増やすだろう。
「ただ守りたいものを守りたかっただけだったのに……そのざまですか」
 そう零した蘭花は首を振る、深くは考えてはいけない。唯『目標』を討つ。
 主砲の一斉発射を解き放てば、添う様に滑り込んできた竜一が、雨夜の星――悪友の相棒を向けて笑みを零す。
「終わらせてやろうぜ。俺達、ケルベロスだもんよ」
 このまま壊し続けるだけの存在にはしちゃいけない。じゃねえと、コイツ、何の為に。
 氷を纏い始めた雨夜の星が、嘶く様に啼くのは何故だろうか。耳をでたらめに蹂躙する魔力音を従えて竜一が地を蹴った。一閃と共に相手の身を凍らせれば、確かな手応えを感じて間合いを取る。
 取ったと思った。これで、終わったのだと。
 しかし。
「オーズの種ヨォオオ、俺に力をォオオ!!」
 狂った様に叫ぶ『明』の背で天竺牡丹――否、オーズの種が輝いた。

●緑萌ゆ
 蔓が背中に咲いていた。
 それは一本ではない。伸びた蔓が『明』の背で暴れ、砕き消えた肉体――植物を光と共に修復していく。葉擦れの音を奏でながら傷口が塞がり、緑は青みを帯びる様に思わず呼吸を忘れた。
「なにが起こったの?」
「……嘘でしょ、回復してる」
 動揺するシエラの言葉に呆然と答えたのはメリーナだった。見せつけられ傷の塞がり具合は殆どと言ってもいい在様だ。
「百パーセントの回復って訳じゃなさそうだけれど、それに近いってとこかな」
 呟いた花凛は唇を軽く噛むと、ちらりと周囲へ視線を走らせる。
 これだけの回復量を持ってくるなんて、よほど大量のグラビティチェインを貯め込んでいたのか。
 その推測に違和感を覚えたのは竜一だった。
 周囲を見れば木々の様子が一際美しく見える。艶やかな幹、生い茂る豊かな葉、これだけの成長するには相応の養分が必要だ。だとするとその源は。
 その意味をいぶきもまた気が付いていた。
「まさか人質の……」
「ああ、人の命を飲み込みやがったんだ……!」
 頭の中で組み上げられた仮説を裏付ける様に、周囲に漏れていた声が苦痛の色を持っていく。
 回復力の高さはおそらく囚われた人々がまだ多く残っていたせいだろう。状況からして、オーズの種が市民から吸収した力を使い、攻性植物『明』の治療を行ったといったところか。被害者の声が聞こえる事から、命そのものを吸い尽くされてはいない様だが、このまま長引けば危ういだろう。
「それが、あなたの選んだ道の果てなのですか」
 歌夜の言葉に『明』は答えなかった。自我はもうないのだろうか。再び開始した攻撃に傷ついた体のまま応戦へと引きずり込まれていく。
 新たな戦の幕開けは、ケルベロス達の蓄積された妨害によって若干の耐性を得られていた。だが、『明』が振るう力は無慈悲で、無常で、容赦なく。
 そうした『明』の揺れの無い攻撃は、次に蘭花を襲っていく。眼前に伸びた緑の狂鞭にしまったと思う間もなく、その腹を花の光が穿てば、暁の様に美しい鮮血が蘭花の口から溢れさせた。
 だが、少女は諦めない。
「……ごめんなさい、さようなら」
 倒れる前に手を翳した。黒手袋に覆われた掌が熱を帯びる。
 目標の攻撃から皆を守るのが私の務めだ。私は唯、誰かを守れる存在になりたくてケルベロスになった。だから私がどれ程傷つこうと構わない。兎に角この身を全て、唯その為に捧げよう――。
(「彼ももしかしたら私と同じ様な気持ちで力を手に入れたのだろうか?」)
 思考が収束した瞬間、解き放たれる力は光。
「ターゲットロック、全レーザーキャノンアクティブ! メガリスドライバーキャノン、マキシマムシュート!」
 ――心は酷く痛むけど、彼の願いを叶えなきゃ。
 光が『明』の肩を焼き飛ばすと、蘭花は意識を手放していく。
 誰かが、彼女の名を呼んだ気がした。

●名前
 一日に名前を呼ばれるのは何回だろうか。
 毎日の中で誰かが名前を呼んでくれると言う事は、その誰かがあなたに気が付いていると言う事だ。呼ぶきっかけは好意でもあり願意でもあり、何より誰かはあなたがここにいる事を教えなくとも、気づいて認めてくれているのだ。
 それは何かを許す事に似ている。
 そんな事を知ってか知らずか、シエラは『あの時』の様に同じく『明』と呼びかけ続けていた。
 初めて『明』に会った時、事件に関わったケルベロスは皆、彼を『攻性植物』という異の名で呼ばなかった。おそらく皆気が付いていたのだろう。この少年が誰かに助けて欲しくて、誰かにもう頑張らないでいいと許して欲しくて、独りで生きていたのだと。
「ヨンだ、ズット、オレの……俺の名前……!」
 明、とまた呼んだ。
 シエラの口が紡いだ言葉を、『明』は威嚇の声を持って撥ね退ける。
 掌に咲いた天竺牡丹は星屑の様な光を集めると、彼女の胸を焼いた。攻撃を受けた身を嘆く事なく倒れた彼女に、『明』は更に光を放っていく。
 その姿に仲間達が『明』を牽制し、竜一が攻撃を防ぎながらシエラの体を引き離す。その様に花凛は己がグラビティを叩き込みながら唇を戦慄かせていた。
 大切なものを護る為に力を手にし、『俺』がいなくなったら止めてくれ――その言葉を残した人間が、呼び掛ける者を傷つけている。その事実が無性に腹が立った。
 周囲を見渡せば、いぶきと歌夜は回復で手がいっぱいであり、竜一はダメージの肩代わりを続けていたお陰で損傷が激しく、純粋に攻撃手に回れるのは自分を含め二人だけなのだと理解する。
 その一人であるメリーナは、刹那だけ花凛と視線を交わすと地を蹴った。
 決めねばならない。ありったけを詰め込んで、自分はこの少年の命を狩る。
「明――!!」
 その手に在るのは鮮やかな花だ。幾多の花弁を重ね纏う一重では寂しい秋の花、天竺牡丹の幻想がその場に広がっていく。その身へ花を叩きつけようとした瞬間、『明』の手が現れた花へと伸びた。
 そうして、メリーナは理解する。
 知らないなりの、知る限り――全部ぜーんぶ覚えてます。
 教えて。あなたはどんな色?
 あなたの魂はどんな色なの――メリーナの一挙一動に込められた想いを、『明』は受け入れる様に残った手で花に触れた。途端、指が凍て付くも、それさえも知らぬとばかりに愛おしそうに抱えていく。
 それが終わりの一撃となった。
 自ら抱き抱える様に氷の魔力を受け止めると『明』の腕が四散する。次いで起こる泡沫の様な氷の崩壊の中で、僅かに見えた赤毛の少年の顔は穏やかに笑っていた。どさりと倒れる音の後に、攻性植物だった者は枯れていく。
 残ったのは、干からびていく体――それだけだった。
 その様にいぶきの眉根が少し寄った。
 守るべきものを屠ることの痛みは、少しくらいは分かるつもりだった。戻れるのなら、こちらに来て欲しかった――そうすれば、贖うことも出来たでしょうに。
 届かなかった想いを胸の内で払った。立ち止まるべきではないと、先に倒れた仲間の手当てへと意識を向ける。
 その瞬間である。干からびた攻性植物が目も眩む輝きを放ったのだ。
「まさかオーズの種?!」
 驚きを口にした瞬間、呪縛から解き放たれる様に飛び出した光はそのまま加速し、次いで瞬く間に彼方へと飛び去っていく。捕える事も出来ずに呆然と見送れば、帽子を被り直した竜一が息を吐く。
「……嫌な予感しかしねぇな」
 その言葉の後で、ふと意識を取り戻したブランシュが目を開けた。
 一番星が見える。やがて夜が訪れ、また朝が来るのだろう。
 傷を癒す暖かさに目を閉じれば朝が来る。その朝には、何が見えるのだろうか。

作者:深水つぐら 重傷:シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924) 柏木・蘭花(黒の猛火・e05398) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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