夢のまま

作者:狩井テオ

●壱
 人気の全くない深夜の大通り。
 『上臈の禍津姫』ネフィリアが、一体のゴキブリの形をしたローカストに語りかけている。丁寧に、上品に。
「最近はどなたもグラビティ・チェインを集める前に、ケルベロスに殺されているようですが……あなたは、上手にやってくださいますね?」
 ローカストから答えはない。
 ネフィリアもそれは望んでいないとばかりに、好きなように言葉を続けていく。
「期待はしていませんが、多少はうまくやってくださいまし」
 知性なきローカストはその一言で闇に溶けていく。

 大通りを歩く泥酔した男性が襲われたのは、そのすぐ後のことだった──。

●弐
「皆、お疲れさまっ。早速だけど、事件だよ!」
 マシェリス・モールアンジュ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0157)は到着して早々、説明を始めた。
「女郎蜘蛛型のローカストが動き始めてるみたい。このローカストは知性の低いローカストを地球に送りこんで、グラビティ・チェインを奪う作戦の指揮をとってるみたいなんだ」
 配下のローカストを放ち、人を襲わせてグラビティ・チェインを奪おうとしている。
「配下のローカストは、深夜の大通りを一人で歩く男性を襲うみたいなんだ。襲われる前だから、急いで行ってあげて! そうそう、大通りといっても深夜だから人通りは男性以外ないよ。広さは十分。あと、配下のローカストは不利な状況になっても、逃走などはしないみたい」
 その知性がない、みたいだね。とマシェリスはどこか悲しそうな目をする。
「放っておくとローカストは虐殺を始めちゃう。それを許すわけにはいかないよ! 皆ならやってくれるって信じてる!」
 マシェリスは自信に満ちた笑顔でケルベロス達を送り出した。


参加者
源・那岐(疾風の舞剣士・e01215)
黒谷・理(万象流転・e03175)
ジド・ケルン(レプリカントの鎧装騎兵・e03409)
妻良・賢穂(自称主婦・e04869)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
リヴァーレ・トレッツァー(通りすがりのおにいさん・e22026)
戸叶・真白(エデン・e23569)

■リプレイ

●壱
 深夜の大通りを一人の中年男性のサラリーマンがふらりふらりと覚束ない足取りで歩いていた。男性の足取りは危うく、左右へと大きく蛇行しつつ前に少しずつ進んでいく。これが昼間ならば、道行く人にぶつかり放題だろう。
 しかし時間は深夜。男性以外の人通りは皆無だった。
 ひっくとしゃっくりした男性は、目の前に突然に現れた人影に足を止めた。その間もふらふらと足元と体は揺れている。
「大丈夫か?」
 硬い男の声に、男性は赤ら顔をあげた。目の前にいたのは深い紺のケルベロスコートを着た、ジド・ケルン(レプリカントの鎧装騎兵・e03409)だ。
「誰だぁ、お前」
 曖昧な思考能力で男性はジドを上から下へ、頬のバーコードへとじろじろと無遠慮に視線をはわせる。
「ここは危険だ。途中まで送ろう」
 ジドの後ろをよくよく見れば、他にも数人が闇夜に紛れて立っていた。中には少年やうら若き女性もいて酔っ払いの中年男性はますます混乱していく。
 しかし、酔っぱらっていないジドのほうが上手だった。これから戦場になる場所に、少しでも男性を居させるわけがなく。強くないが抗えない力で男性の腕を掴む。
「おじさん、こんな夜更けに一人で歩いてると危ないですよ。お酒は美味しいですけど『酒は飲んでも飲まれるな』です」
 少女の声、リモーネ・アプリコット(銀閃・e14900)だ。暗闇の中でよく見えないが、恐らく自分のことを案じているのだ、と男性はおぼろげな頭で考える。
 ハンズフリーのライトを掲げ、周囲を警戒していた妻良・賢穂(自称主婦・e04869)が、暗闇から現れるローカストに気づき、他のメンバーにも合図をした。
「来ましたわ」
 ローカストはゆっくりと、確かな足取りでケルベロス達のほうへ向かってきた。このまま放っておけばローカストと会敵するだろう。
「ローカストは様々とはいえ、久し振りに見ましたわね……忌まわしき害虫の容姿は」
 主婦の敵。まさにGの等身大化身と言うべき姿に、賢穂は眉をひそめた。
 警戒にあたっていた他のメンバーもそれぞれ気が付き、臨戦態勢へと移行する。
「何か企んでる奴がいるようで。残念ですが禍津姫。また貴方の計画は潰させていただきますよ」
 青を含んだ銀の髪が闇夜に溶ける。源・那岐(疾風の舞剣士・e01215)はきりっと目の前に現れたローカストへ相対し、武器へと手をかけた。
「那岐姉さん、油断せずに頑張ろう」
 背中を守るようにそっと那岐の後ろにつく、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)。禍津姫のやり方に引っかかる想いを抱いていた。
 那岐がその言葉に答え、頷く。金の瞳は全てを見逃さないようにきらきらと光る。
「ん、今度はローカスト、かぁ……。助けられる人は、助けたい、ね……頑張る」
 戸叶・真白(エデン・e23569)は目の前にいるローカストへ少し同情していた。誰かの力になりたい、助けになりたい、でもローカストは倒すしかない。そんな悲しい気持ちも持ちつつ、複雑な思い。戦場外へ離されていく男性にも同情的だ。
「酔っぱらいを襲うローカストねぇ。飲み屋をやってる俺としては放って置けないな」
 お客さんを笑顔で送り出すのが役目。リヴァーレ・トレッツァー(通りすがりのおにいさん・e22026)は白いハットをずらし、視界にローカストを入れてぽつりと一言。自称料理研究家として、どこかで飲み食いしてきた男性を放っておくわけにはいかない。
 すっと一歩前に出て、ローカストと誘導される男性との間に立つリモーネ。
「日本には一寸の虫にも五分の魂、等と言う言葉がありますが、害虫は別です。即刻駆除するべしです!」
 容赦ない想いをローカストに持つ。その隣に気だるそうに立つ黒谷・理(万象流転・e03175)は、首を鳴らしながら届かぬ言葉を投げかけた。
「虫けらが随分態度でけえなあ、もっと頭低くして生きろや」
 知性のないローカストに如何なる挑発も、言葉も通じない。ただ滅するか、滅せられるか、だ。それは理もわかっているのか気にした様子もなく、ほっとくわけにもいかないよな、とぽつりと零す。
「お、おい、なんだよあんた……」
 ジドに引きずられた男性の情けない声を背に受け、ケルベロス達の静かな戦いが始まる。

●弐
 目的もなく目の前に突如として現れたケルベロスを、ローカストが敵として認識するのはすぐだった。
 茶色く細長い脚を伸ばし、目の前の前衛へと飛びかかるローカスト。受け止めるのは守り手たち。真白が前に出て、ローカストの攻撃を受け止める。
「っ……!」
 息を一瞬詰まらせ、それでも立ち止まる。容赦のない攻撃だが、ケルベロスたちは守り手も攻め手も十分だ。負ける要素がない。
 身をかがめ、攻撃準備に入る理。
「凡人発起し千日伏臥せしめれば、即ち人の箍を越えたる也。往くぞ―─」
 その技の名は臥験。練り上げた降魔の力を拳に篭めて叩きつける技。シンプルが故に極限まで研ぎ澄まされた一撃でもってローカストの体を穿つ。
「なあ何にせよ地球へようこそだ、盛大に歓迎してやるから感謝しろよな!」
 挑発的な理の台詞に、ローカストは敵と認識し腕を持ちあげる。しかし次なる手が迫っていた。
 ふらつくローカストへさらなる追い打ち。
 月を描く一閃を繰り出すリモーネ。愛刀の無銘を抜き放ち、ローカストに斬りかかる。
「虫は平気ですが、あなたは別です!」
 追撃を受けたローカストは縛りを受ける。しかし次なるはローカストの手。
 アルミニウムを注入せんと腕を伸ばしてくる。それを受け止めるのはやはり守り手の賢穂。
「よくわからない液体を注入されるなんてごめんですわっ!」
 顔を思い切りしかめながら、前衛を守るために健気に立つ。その姿は主婦の鑑。
「これで守りを!」
 霊杖「菫」を振るい、雷の加護で持って不浄耐性をまくのは回復手に立つ瑠璃。
「ありがとう、瑠璃!」
 不浄の守りを得た那岐は礼を言い、自らの行動へ。霊刀「白百合」の絶空斬でリモーネの斬り付けた後を、正確に素早く斬りつけていく。
 さらに動きを封じられるローカストへ、後衛から狙いを定めるリヴァーレ。マインドリングから銃を取り出すように顕現させると、銃口をローカストへ。
 繰り出すのは目にも止まらぬ速さの弾丸。正確に腕を打ち抜き、武器である腕を封じる一手。
「これで腕は使えないぜ」
 硝煙を巻き、ふっとニヒルな笑みを浮かべる。
 そこに見えない味方からローカストへアームドフォートからの一斉射撃。容赦のない攻撃は、ローカストを痺れさせた。
「待たせた」
 妨ぎ手として戦場に到着したジドは、熱を持つアームドフォートから手を離す。ジドが戻ってきたということは、先ほどの酔っ払いの男性は無事に戦場から離すことができたようだ。
 攻撃を受けた自分を含む守り手に癒しの雨を降らせるのは真白。
「ん、皆守る、よ。回復はしっかりと、ね」
「感謝しますわ」
 癒しを受けた賢穂は仲間に礼を言い、ローカストへ向き直る。割烹着姿に似合わぬチェーンソー剣を構えると、ローカストに斬りかかる。チェーンソーのギザギザ刃が容赦なくローカストの傷を抉りだす。
「雷鳴や、一人軒端で、雨宿り」
 さらに追撃。リモーネが一歩、雷が走るが如く素早い速度で三度の突きをローカストに繰り出した。もう一本の愛刀、鬼斬をカチンと鳴らし納刀するまでが一挙。
「……お粗末さまです」
 穏やかな言葉とは裏腹に、暗闇にリモーネの灰の瞳が鋭く光る。
「誰も、逃げられない、逃がさない」
 暗闇で真白の詠唱が始まる。門と呼ぶ召喚術の一つ。カンディルと呼ばれる魚型の死神が大量にローカストに襲い掛かる。数えきれないほどの数。群れを成した魚群。
 血と牙の回遊魚が去った後には、体をふらつかせながらもまだ立つローカスト。
 最後です、と口の中で呟き。態勢を整える那岐。
 エアシューズ、銀河のローラーダッシュの摩擦を利用した火花が暗闇に散る。それはさながら激しく燃え上がる線香花火のように。
 激しい一蹴をローカストに叩き込む。最後の一撃。
 ドサリ、とアスファルトに倒れこんだローカストは音もなくさらさらと砂となって消えていった。

●参
 避難を促した男性はすでにいなくなっていた。千鳥足では帰宅も困難だろうが、ローカストに襲われて命を落とすよりよっぽどいい。
 周囲を確認していた真白は、ふうと一息ついて戦闘の終わりを確認した。
 一人、ローカストが消えたあたりに向かい理は、ぐっと親指を立てた。
「グッドファイト」
 命じられるままに人を襲っていたローカストに対して最後まで一番同情的であったのは、理かも知れない。
 その後ろでは姉と弟の和やかなやり取りが繰り広げられていた。
「お疲れさま、姉さん」
「お疲れさま、瑠璃。汚れてませんか? クリーニングしましょうか?」
 大丈夫です、と笑いながら答えた瑠璃は、那岐のそんなところも好きで。
 周囲の柵などをヒールして修復している賢穂を手伝い、リヴァーレもヒールしている。
「今回も害虫駆除完了しましたね」
 ほくほく、とどこか満足げな賢穂。
「まぁ、被害がなかったのはよかったぜ」
 道路に穴がないかチェックするきちんとしたリモーネ。
 その後ろで、無表情にローカストが消えた辺りを見つめるジド。何を考えているかはわからないが、男性を助けられたことは喜ぶべきことだった。

作者:狩井テオ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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