古き良きアンティーク

作者:狩井テオ

●壱
「~♪」
 鼻歌混じりにアンティークの食器を丁寧な仕草で取り出すのは、中年女性の歌井(うたい)。
 食器棚にはコレクションのいくつかが陳列されており、どれもこれも綺麗に磨かれている。
 歌井は西洋アンティークの食器の収集家だ。自らも西洋アンティーク専門の鑑定、及び販売もしている。趣味と職業が同じだ。
「ああ、やっぱり、これは薔薇の絵がとっても綺麗ね。一目惚れして販売しなかったのは正解だったわ」
 上品に語り、うっとりとティーカップに描かれた絵を眺めた。
 と、黒い影が歌井に忍び寄る。
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ」
 少女の声に、歌井が反応し振り返るまで。わずか数秒。
「でも、触るのも嫌だから、自分で壊してしまいなさい」
 大きな鍵で心臓を貫かれた歌井は、意識を失って倒れこんだ。
 大切なティーカップは大切に胸に抱き、壊さないように。
 意識を失った歌井の傍らに黒い大人くらいの影が立ったのはすぐ後のことだった。

●弐
「皆、お疲れさまっ! 事件だよ」
 マシェリス・モールアンジュ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0157)は資料以外に手に何かを持っていた。
「これ、西洋アンティークの食器なんだって。すっごく高価らしいんだ。……っと、今回はこれに見返りのない無償の愛を注いでいる、歌井さんって人が、ドリームイーターに愛を奪われちゃったんだ」
 愛を奪ったドリームイーターの名は、『陽影』。正体は不明だが、奪われた愛を元にして現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしているらしい。
「これ以上被害者を増やさないためにも、ドリームイーターを倒してほしいんだ。こいつを倒すことができれば、愛を奪われた歌井さんも目を覚ますはず」
 マシェリスは陶器を一度置き、手元の資料をめくる。
「ドリームイーターが徘徊しているのは、骨董品店が何店か連なる商店街。狙われるのは、同じように骨董品に愛を注ぐ人。骨董品店ばっかりの商店街だから、歩いているのは好きな人ばっかりみたいだね」
 でも、と一呼吸置いて、マシェリスは続ける。
「ケルベロスの皆は、一般人に比べて愛の力が大きいんだ。皆が囮になることができれば、ドリームイーターはケルベロスを狙って現れる可能性が高いよ」
 骨董品、好き? とマシェリスは素朴な疑問を投げかけてくる。
 慌てて首を振ると、ぴしっと真面目な表情を浮かべた。
「一般人を危険にさらすわけにはいかないから、皆が囮になってくれれば……と思うけど、無茶はしないでね!」
 マシェリスは手に持っていた資料を閉じる。
「無償の愛を奪うなんて許せないよね。皆なら歌井さんを救ってくれるって信じてるよ!」


参加者
守矢・鈴(夢寐・e00619)
仇町・紘(空の薬莢・e01428)
葉月・静夏(少し料理が上手くなったかな・e04116)
外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)
キュリアス・ラミーラ(超絶究極限界ギリギリ御嬢様・e13316)
ノイアール・クロックス(ちぎり系ドワーフ・e15199)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)

■リプレイ

●壱
 古き良きもの。
 例えば、愛用の刀。例えば、品の良いティーカップ。例えば、……。
 人によってそれぞれ、古くて良いものという印象は変わる。ケルベロス達も然り、それぞれ大切にしているものを持ち寄っていた。
 囮になるのはもちろん、骨董品店の並ぶこの道に相応しいものをとの思いも少しだけ。
「自分が何を好きでいようが、他人に口を出されることじゃねえな」
 ドリームイーターへ気に入らな思いを口にする外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)。めんどくせぇな、と続いて口にするのは無意識のもので。
 商店街の軒先に並ぶ骨董品に少しだけ目を奪われつつ、避難が遅れた者がいないか目くばせするのはノイアール・クロックス(ちぎり系ドワーフ・e15199)。
「なかなか持てないとはいえ、自分もアンティーク好きな方っす。素敵な物や、それを愛する人たちを守るために頑張るっす!」
 旅をしていたため、少しでも身軽になるように生きてきたノイアールにとって、アンティークとは憧れであり定住するという証でもあり。
「形ある物はいつか壊れます。しかしそれが何十年、何百年と保たれたのなら、天佑が働いたのでありましょう。それを愛でる想い、冒涜はさせませんぞ」
 ここにも歴史を積んできた多くのものがある。ドリームイーターの破壊の毒牙にかかる前に、尾神・秋津彦(走狗・e18742)は一刻でも早く殲滅せんと思う。
「ドリームイーターを生み出した本体を倒したくなる程に怒りを覚えるわ。随分好き勝手しているじゃない」
 大切な古き良きものを持つ守矢・鈴(夢寐・e00619)の想いは人一倍に。壊されるのは好まない、しかし人が犠牲になるのももっと嫌だった。
 仇町・紘(空の薬莢・e01428)が疑問に思うのは、ドリームイーターの愛の集め方だ。
「骨董品マニアだけを狙うドリームイーターね。そんなニッチな層を相手に愛を集めてやっていけるのかね? からあげに愛を注ぐヤツらなんかを狙ったほうがたくさん愛が稼げるような気がするんだが……うまいよなからあげ。好きだぜ」
 人にも、例えば女性の胸より80デールのタイツを履いた女性の足が好きなニッチな層がいるように、ドリームイーターにもニッチな層がいるのだろう。たぶん。
 隣人力を使いながら、道行く人や店にでている店主たちに避難を促している葉月・静夏(少し料理が上手くなったかな・e04116)とキュリアス・ラミーラ(超絶究極限界ギリギリ御嬢様・e13316)。
「危ないですから離れてね」
「デウスエクスが来ますわよ!」
 キュリアスの姿はプロレスラーのような戦装束。その姿を見れば、何かあったのかと思い話を聞いた一般人たちは避難していく。
 道行く人達への避難は完了し、戦場はすでに整った。あとは囮になるための作戦を始めれば準備は万端。
 元から人通りは多くなかったが、それぞれの避難誘導も手伝い一般人たちへの被害は抑えられた。
 後はケルベロス達が囮になってドリームイーターをおびき寄せるだけだ。
 それぞれが頷き合い、最初に佩いている刀に手を触れ、すっと鞘ごと腰から抜くのはオルトリンデ・アーヴェント(魔歌・e22637)。

●弐
 抜き身にされた日本刀の刃が光を受けてきらりと光る。日本マニアの主の遺品で、蒼い刀身に濤乱刃が映える至極の逸品だ。
 おお、と仲間たちから感嘆の声があがる。オルトリンデは少しだけ笑みをこぼした。こうして主のものを誰かに見せて喜ばれるのは自分のことのように嬉しい。
「西洋では、一つの品を代々使うことが多いようです。ワタシもそういったものを手入れしていたので、歌井さんの気持ちはよくわかります」
 それは日本も似たようなものがある、と秋津彦も刀を取り出す。先祖代々の一品だ。
「では小生の刀について紹介しますぞ! この雲海の渦巻くような地肌、八雲肌と申します。水戸の勤皇刀と言えば知る人は知っているでありましょうが、古雅な太刀姿を模範として鍛えられた、刃長で四尺二寸、反り高い大段平であります」
 細かな解説に、なるほど、と咒八は頷いた。
 由緒正しい歴史や受け継がれてきた小話など、秋津彦は細かく丁寧に解説していく。
「何百年も前からある物がここにあると思うとロマンみたいなものは感じなくもないな」
 目の前にあるものが自分よりずっと年上、そんな不思議な感覚にちょっと首を傾げつつ。
 次に品物を取り出したのは、鈴。壊れないように傷がつかないように、と何重にも丁寧に仕舞われた一つのティーカップを取り出した。
「綺麗ですね」
 その様子を少し離れた場所でみていた静夏がぽつりと零す。
 鈴の取り出したティーカップは、綺麗な湾曲、控えめに添えられたハンドル。葉のデザインがシンプルにしかし決して主張することなくデザインされている。飾る色はシンプルな純金のライン。気品とエレガントさが見事に噛み合わさったアンティーク食器だ。
「譲り受けたものよ」
 大切そうに優しく眺める。
 このアンティーク一色の場にこないとは、ドリームイーターは何という残念な奴だ。誰かがそう思ったが、しかし、次の手の一瞬で穏やかでどこかセンチメンタルな雰囲気は変わる。
 最後の一手、そう思って紘が懐から取り出したのはシルエットは人形。
「骨董品に思い入れがあるってわけじゃないが、このナンセンスな加湿器だけはトクベツだ」
 一見、ただのマネキン人形。しかしどこかがおかしい。
 腹だ。ヘソに穴が開いている。
「オレが知り合いから譲り受けた『ヘソから蒸気を噴出させるマネキン型の加湿器』だ。こいつを作ったのは古きロンドンの蒸気機関職人らしいが……なぜヘソから蒸気を出す必要があったのか、その理由を考察するだけでもなかなか無駄な時間をとられる一品だ」
 ドヤ顔で語り始める鉱。誰かが大切にする歴史ある何か。それがアンティークだ。間違ってはいない。
 間違ってはいない、が。
「怪しくありません? というか新しそうですわ」
 キュリアスがぼそりという。お嬢様であるキュリアスは何となくイイ物に対して目が肥えているが、どうみても加湿器が骨董品であるとは思えない。
 皆思ってるけどあえて言わない優しい空気が漂う。
「は? ばか言うなよ、めちゃめちゃ高かったんだぞ……」
 ああ、と納得したような溜息ようなものを誰かが言った。鉱のなんとも言えない表情が加湿器に突き刺さる。
「あ! あれドリームイーターじゃない!?」
 そんな空気をぶち壊すようにのっそりとケルベロス達に近づく黒い影にノイアールが気づく。
 どこか遠い眼をした鉱を除いて、ケルベロス達は各々武器を手に取った。
「待ってたの!」
 静夏がこの時を待っていたと喜々として先頭に立つ。
 現れた歌井のシルエットをした胸がモザイクになったドリームイーターは、まっすぐケルベロス達へと歩みを進めてきた。

●参
 静夏は陣形を崩さない位置までドリームイーターが辿り着くと、我先に飛びかかる。命のやりとり、敵へ深くダメージを与える瞬間、そんなスリリングを味わうのが静夏にとって最大で最高の喜びだ。
「夏の夜空に勝利の花火を打ち上げよう!」
 続けざまに宙返りをしながらの蹴り上げを何度も繰り出す。攻撃が当たるたびに小さな花火が散る。
 夏の夜空を思わせるそれに、目を奪われたつつオルトリンデは次の手を出す。
「大人しくしていてください」
 攻撃とともに繰り出すのは受けた者にトラウマを思い出させる黒い魔力の塊。妨ぎ手であるオルトリンデの攻撃は、敵に三重苦を思い出させる。
 トラウマに苦しむドリームイーターに迫るのは咒八だ。ウィッチドクターは本来、味方を癒す医師。しかし積極的に前にでて味方を守る戦いをする。
 流星の煌めきを放つルーンシューズをドリームイーターに放つ。足止めを重ねられたドリームイーターは、苦し紛れのようにトラウマ攻撃を前衛に立つ唯一の守り手のノイアールに向けた。
「効かないっすよ!」
 傍らに立つミミ蔵もドリームイーターへ、エクトプラズム化した武器を投げつける。石化を伴う攻撃にドリームイーターはさらに弱っていく。
 自らを人機願望『灰燼結界』で強化した鈴は攻撃に移る。
 相棒であるグラナートを駆り、ドリームイーターに接敵。ライドキャリバーのスピードについていけないドリームイーターを翻弄し、胸部を変形させて放つコアブラスターで焼き払う。
「いい調子よ」
 相棒のボディを軽く撫で労いも忘れず。キャリバーを駆り地面を摩擦し地へ足をつけた鈴の代わりに、感情を振り払った鉱が武器を持つ。
「GAME OVER」
 零距離射撃でドリームイーターにグラビティを込めた一撃あびせる。
 不浄を重ねられたドリームイーターはふらつきながら、再び前衛へ牙を向く。庇うのはやはりノイアール。
 攻撃を受けたノイアールはドリームイーターからのトラウマで、一瞬苦しむ──が、しかしメディックに立ったキュリアスがすぐさま癒しかけた。
「おーっほっほっほ! 正義とセレブとプロレスリングよりの使者! ブルーマスクがここに参上ですのよ!」
 決め台詞は忘れず。ノイアールへと不浄を癒す回復を施す。
「月夜の狼が、どんな狩りを致すか――ご覧に入れる」
 月の魔力を宿した、全方位からの容赦ない攻撃。相伝された技を繰り出す秋津彦。
 ンティークではないが、長い間伝えられる、という点において、どこかアンティークと通じるものがある。
 攻勢一遍。不浄をメインにしたケルベロス達の攻撃はドリームイーターの攻撃を完全に鈍らせた。
「愛を奪ったそうだけれど、自分が何か奪われる覚悟があって奪ったのかな?」
 言葉の届かない声をドリームイーターにかける静夏。奪われるのは弱いものばかりだ。
 高々と飛び上がり、上空からの避けられない一撃。敵の脳天をたたき割る重い攻撃。
 ぐらり、とモザイクを宿したドリームイーターは倒れる。音もなく、さらさらと砂のように溶け空中に散っていった。
 広い場所、大通りに面していたこともあり、被害は最小限にとどめられた。戦闘による破壊も少なく、ケルベロス達がわざわざヒールするほどの損壊もない。
 それぞれの大切なものを胸に、ケルベロス達は商店街を去っていく。
 誰かに認められる大切なものでなくてもいい、それぞれが胸に抱き「好き」と思えるものこそが古き良きものとして受け継がれていくのだから。

作者:狩井テオ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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