夜の蝶を狙う鍵

作者:狐路ユッカ

●それは愛でした。
「もしもし、あれ? レイコさん?」
 とある昼下がり、中年男性がアパートの一室で誰かからの電話を受けた。
「あっ、ユウジさん? 最近、お店来てくれないなぁ~って」
「れ、レイコさんごめんね、お給料まだで」
「えぇ~? ユウジさんが来ないと、レイコ寂しくて死んじゃう」
「あっ、ごめ、ごめんね? お給料出たら……」
 電話の向こうの女が泣きだす。
「ひ、酷い、レイコを見捨てるのォ……?」
「ち、ちが! ゴメンね! レイコさん、今すぐ行くよ」
「うん、待ってる!」
 ぶつ、と電話が切れた。――クレジットカードを持って立ち上がろうとしたユウジの背後から、巨大な鍵が突き刺さる。
「う……?」
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ。でも、触るのも嫌だから、自分で壊してしまいなさい」
 吐き捨てるように言ったのは、真っ黒なコートを纏った少女……ドリームイーターだった。意識を失ったユウジの隣には、新たなドリームイーターの姿が。ドリームイーターは、『レイコ』がいるクラブめがけて走り出した。

●愛って難しい
 秦・祈里(ウェアライダーのヘリオライダー・en0082)は首を傾げる。
「……なんか、愛って難しいね」
 それはともかく、と仕切りなおす。
「見返りの無い無償の愛……? を注いでいる人が、ドリームイーターに狙われる事件が起きているんだ。愛を奪ったドリームイーターの名前は『陽影』……正体は不明だけど、奪われた愛を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こすようだね」
 レイコを殺害したら、ドリームイーターは次にレイコのような人物――ホステスを無差別に次々と殺害するだろう。
「被害者を出すわけにはいかない。お店の裏口でユウジさんを待っているレイコさんを狙ってドリームイーターはやってくるはずだ」
 祈里はメモを見ながら付け足す。
「お店は一軒屋タイプの高級クラブ。人気のない従業員用裏口の前にレイコさんはいる。彼女の命を守ってほしい」
 ドリームイーターに不審に思われないようにレイコさんの同業者を装うと良いかもしれないね、と祈里は呟く。
「このドリームイーターを倒す事ができれば、ユウジさんも目を覚ますから……お願い!」
 ドリームイーターが狙うのは、まずはレイコ、そして次に煌びやかなホステスの女、キャバ嬢。
「えーと、ドリームイーターは、モザイクで食らいついて来たり、モザイクをブランドバッグの形に変えて投げつけてきたり大きな鍵で突き刺して来るようだよ。……気を付けてね」
 祈里はしっかりと頭を下げた。
「……罪の無い人の命を守るためにも、ユウジさんを目覚めさせるためにも、頼むよ」


参加者
獅子・泪生(鳴きつ・e00006)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
植野・陽子(自称じょしこーせー・e05898)
雨之・いちる(月白一縷・e06146)
アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)
ウル・ユーダリル(狩人・e06870)
音無・凪(片端のキツツキ・e16182)
エージュ・ワードゥック(育ち過ぎた寝る子・e24307)

■リプレイ


 植野・陽子(自称じょしこーせー・e05898)と獅子・泪生(鳴きつ・e00006)は、青のロングテールドレスを纏った雨之・いちる(月白一縷・e06146)を見て声を上げた。
「ひゃー、いちるちゃん綺麗ー」
「泪生が男の人だったらめろめろだよぅ……!」
 大きくスリットの入った黒いドレスを翻し、泪生はいちるを称賛する。いちるは、陽子がネイルとイヤリングでめかしこんでいるのを確認して微笑んだ。
「わぁ。2人とも、すごく似合ってる! これは熾烈な指名争いになりそうだね」
 悪戯っぽく笑うと、三人は顔を見合わせてから、一緒に頑張ろうと鼓舞し合う。
 コツ、コツとヒールを鳴らして現れたのは霧島・絶奈(暗き獣・e04612)。
「騙す女が悪いのか、騙される男が悪いのか……」
 絶奈はラブフェロモンをふわりと放ちながら呟いた。……愛の形は人それぞれ。口をはさむのは無粋というもの。自分は、ただ敵を倒すだけ。
「地球人の愛の形ってこういうのもあるんだねぇ」
 定命化したばかりのエージュ・ワードゥック(育ち過ぎた寝る子・e24307)はクラブの裏口をしげしげと見つめ、エイティーンの力で自らの外見年齢を底上げする。黒服を装ったアルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)が首を傾げた。
「これって無償の愛っていうのかなあ……?」
 男を騙すのも夜の仕事の一つと理解してはいても、なんだか男が可哀想と思わずにはいられないのである。その様子を一人クラブの上からウル・ユーダリル(狩人・e06870)はしっかりと見張った。
(「美しい衣装は、キレイで若い子が着るもんさね。ババアはいつもの仕事着姿が一番さ」)
 彼女の吐く息が、白く空に溶けていった。
 音無・凪(片端のキツツキ・e16182)がエイティーンを使用してすぐに、前方にレイコの姿を確認する。
「ん……? アンタたち見ない顔だね」
 蓮っ葉な口調で、レイコはケルベロス達をしげしげと見つめる。プラチナチケットを持った泪生がスッと前に出た。
「えっと、他店からヘルプで来ました!」
 ヘルプの意味はよくわかっていないけれど、なんとなく聞いたことがある言葉を口にする。
「新人で入ってきたナギだ、ドーゾよろしく」
 口々に関係者であることをにおわせる発言をすると、レイコはふぅんと鼻を鳴らす。
「そ、まあ一応よろしくね。アンタたちの仕事あるといいけど♪」
 自分が一番という口ぶりで、レイコは髪を耳にかける。
「で? そっちの子も新人?」
 指を差したのは、エージュ。プラチナチケットを持っている絶奈はエージュの背を支えてレイコに紹介した。
「そうです。私の後輩に当たりますがまだ入ったばかりで」
「はぁい、よろしくお願いします。レイコ先輩!」
 エージュがふわっと人好きのする笑顔を見せると、レイコもまんざらではなさそうな笑みを零す。
「ふ、ふん。まあ、色々教えてあげなくもないわよ」
 それから数分仕事の話をする面々。いちるは、レイコが『客を金蔓として見ている』ととれる発言を何度かしたことに顔を強張らせた。
(「ひどい……」)
「立ち話も難だしィ、中はいる?」
 レイコがそう言った瞬間、路地にゆらりと男の影が見えた。サッとアルベルトがレイコの手を取る。
「そうだね、しかもレイコさんは狙われてるんだ。逃げなくちゃ」
「えっ? 狙われてる……?」
 ようやく己を狙う者の影に気付いたレイコは息を飲んだ。――ユウジにそっくりな顔。


 ウルがクラブの上から矢を放つ。点穴撃ちがドリームイーターの腕に命中した。その隙を狙いアルベルトはレイコの手を引いて走り出す。絶奈が裏口の戸を勢いよく開いた。
「隠れていてください!」
「な、何なのあれ!」
「あなたを狙ってきたんです。私達が必ず倒しますから」
 ガタガタと震えながらレイコの唇が動く――あれってユウジ、さん?
「もしも只の金蔓で在るのならもう少し己の行為を鑑みるべきでしょう。痴情の縺れは超常ならずとも起こり得ますから」
 パタン、と裏口の戸を閉めて絶奈は戦地へ赴く。
「レイコは他の指名が入っちゃった。私と遊ぼ?」
 いちるが一歩踏み込み、猟犬縛鎖を叩きこむ。
「アァッ……レイコ、レイ……コ」
 目当ての女の名を呼びながら、ドリームイーターはその胸のモザイクでいちるの腕に食らいついた。
「っ……」
「女の人を傷つけるなんてダメなんだよ!」
 泪生はお仕置きだよ、と言いながら御霊殲滅砲を放つ。巨大な光の弾がドリームイーターの腕を焼いた。
「ガァァッ」
 たまらず、いちるを解放するドリームイーター。いちると入れ替わるように前に出たのはアルベルトだった。
「どちらが先に沈むか……勝負しようか!」
 甘く柔らかだった彼の瞳の奥が獣じみた輝きを放つ。放たれた弾丸がグッとドリームイーターの肩にめり込んだ。
「バッグ、レイコノ好キナバッグダヨォオッ!」
 ヒュン、とドリームイーターはバッグ型のモザイクを飛ばす。
「わ、わぁ!? なんかバッグ飛んできたー!?」
 ファミリアロッドで打ちかえそうにも、早すぎる。そこへ、絶奈のテレビウムが割って入りダメージを肩代わりしてくれた。
「……今此処に顕れ出でよ、生命の根源にして我が原点の至宝。かつて何処かの世界で在り得た可能性。『銀の雨の物語』が紡ぐ生命賛歌の力よ」
 狂気的な笑みを浮かべながら、絶奈が詠唱を終える。浮かび上がった魔法陣から現れた輝ける巨大な槍が、ドリームイーターを貫いた。
「ギャアァァァッ」
 それでもなお立ち続けるドリームイーターに、凪が躍り出た。雷刃突がふらついているドリームイーターに突き刺さる。が、ただで刺される敵でも無かった。咄嗟に彼が突き出したのは、巨大な鍵。
「っぐ……」
 トラウマを引き出す攻撃に、凪はわずかに目を瞑る。そこへ、エージュのヒールドローンが飛んできた。
「凪さん、ファイト!」
 同じく、いちるの傷もヒールドローンが癒していく。
「大丈夫だよ、がんばろ!」
 仲間を元気づけながら、エージュは戦況を見つめる。


「!」
 ドリームイーターは、回復されたいちる目がけて再度ダメージを与えようとモザイクバッグを飛ばす。
「いちるちゃん!」
 すかさずいちるの前に出て攻撃を引き受けた陽子が低く呻いた。
「っ! 陽子っ!」
「ボクは大丈夫!」
 いちるはドリームイーターを睨みつけ、今しがた傷を受けた陽子を後ろへと下げ、傷が深くないことを確認すると目配せをした。そして。
「陽子、行くよ!」
 繰繰利糸遊をドリームイーターに放った。避けるためにドリームイーターは身じろぐ。
「うんっ! いくね!」
 先刻の傷を抱えながらも陽子は高く飛び上がった。振り降ろされた日本刀が緩やかな弧を描き、ドリームイーターの首に命中する。
「グアアァァッ!」
 よろり、と片膝をつくドリームイーター。肩で息をしながら、陽子が降り立った。
「――水の音が奏でるままに」
 泪生の声が響くと、癒しの滴が陽子の傷をふさいでゆく。ドリームイーターがケルベロス達から距離を取ろうとすると、建物の上からひらりと飛び降りたウルがそれを阻止した。
「逃がすと思うかい?」
 ヒュッと風を切る音がしたかと思うと、シャドウリッパーによりドリームイーターの顔面が掻き斬られた。捕縛の効果が上乗せされ、ドリームイーターは動きを鈍らせる。次いで、絶奈のレゾナンスグリードがその足元を包み込んだ。もがきながら、ドリームイーターはまたモザイクを飛ばす。次に標的になったのは、エージュ。
 彼女を庇うようにモザイクの前に躍り出たのはアルベルトだった。
「うひゃうっ……!? アルベルトさん!?」
 エージュは痛みを覚悟したが、眼前にある彼の背に目を白黒させる。腕に食らいつかれたアルベルトはニタリとその唇をゆがめた。
「しつこい男の人は嫌われるよー?」
 そして、至近距離でケイオスランサーを叩きこむ。これ以上アルベルトに攻撃がいかないようにと、陽子が猟犬縛鎖でドリームイーターを締め上げた。エージュは、敵がもがくさまを確認するとネットに心温まる話を急いで投稿し、アルベルトに優しい世界を展開する。
「個人的にゃお前さんに恨みはないんだが……コレも仕事だ、悪く思うなよ?」
 凪が繰り出したフレイムグリード。積りに積ったダメージに、ドリームイーターはがくんと膝の力を失った。再度、ウルに点穴撃ちを打ちこまれる。
「泪生、合わせるよ」
 いちるのシャドウリッパーに翻弄されるドリームイーター目がけ、泪生の達人の一撃が勢いよく叩き込まれた。為す術もなく、ドリームイーターは崩れ去り、跡形もなく消えて行った。


「やれやれだな……」
 ウルはポケットから取り出したタバコに火をつけると、薄闇に紫煙を燻らせた。
 外の騒ぎをずっと聞いていたのだろう。扉が開いて恐る恐るレイコが顔を覗かせる。
「……終わった、の?」
「ん、もう大丈夫ですよぉ~」
 エージュがふわっと安心させるように微笑むと、レイコはホッとした表情でこちらに歩み寄ってきた。
「アンタたち、ケルベロスだったんだね」
 その、ありがとう、と口ごもりながら礼を言うとレイコは俯く。
「ヒトを弄ぶ仕事だ、殺されても文句言えない覚悟はあるのかね?」
 凪の言葉に、レイコはびくりと肩を揺らした。
「え……」
 ヒトを食い物にする仕事はわんさと恨みつらみを買うことになる。それをわかっているのか? と凪は問いかけた。レイコはふいと視線を逸らし、呟く。
「……わ、わかってるわよ」
 けれどここまで重い事とは思わなかったろう。――先刻の異形が、ユウジに似ていたのも引っかかる。けれど、ケルベロス達はそれでこじれる事を避けるためあえて言わないでいてくれた。ウルがふと口元を緩め、レイコの肩を叩く。
「プロが客に夢を見せるのは当然のコト。……まあ、毟りすぎん程度にな?」
 レイコはさすがに今まで調子に乗りすぎたか、と反省し小さく頷く。陽子が屈託のない笑顔でレイコの前に進み出た。
「本当にレイコちゃんを想っている人もいるだろうから大切にしてあげてね」
「私の、こと?」
 そうなのかな。とレイコは呟く。
 もしかすると、レイコ自身もさみしかったのかもしれない。物や金で心の隙間を埋めようとしてきたのかもしれない。
「さて、一服したいんだが……店の酒を提供してくれるかね?」
 スコッチウイスキーが飲みたいよ、とレイコの緊張を解くようにウルが話しかけた。
「も、もう少しで開店だから」
 レイコは会釈して裏口からクラブの中へ入っていった。
 いちるとアルベルトは顔を見合わせる。
「ユウジ君、もう目が覚めてるかな?」
「ちょっと励ましにいこうか」
 愛の形は様々。自分たちに出来ることは少ないけれど、安否を確認することくらいはできるね。と二人は歩いていく。
 夜が、更けていく。
 ケルベロス達は、守った命が無事にそれぞれの生活に戻るのを見届け、帰路に付いた。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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