残雪に佇む

作者:遠藤にんし


「さあ、お行きなさい」
『上臈の禍津姫』ネフィリアに命じられ、一体のローカストが動き出す。
 綿雪を纏っているかのような姿のローカストの顔には情動も知性もない。曖昧な眼差しをあちこちに向けるローカストは、ネフィリアの声を背中で聞いた。
「非効率な方法ではなく、効率的な方法で。ケルベロスに殺されることなく上手くやってくださることを、期待していますわ」
 ネフィリアは笑みを浮かべ、そこを去る。
 ――残されたローカストはしばらく歩いてから、一人の男性の姿を見つける。
 足元の残雪を踏んだローカストの足音に、男性は振り向く。
 しかし、もう逃げるには遅かった。
 

 女郎蜘蛛型ローカスト、『上臈の禍津姫』ネフィリア。
 彼女の指揮下にある知性のないローカストが人を襲う事件の発生を、高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は告げる。
「今から現場に向かってもネフィリアを捕えることは出来ないが、ネフィリアの命令によって人を襲うローカストを倒すことと、奴にグラビティ・チェインを奪われている男性を救うことは出来る」
 裏で糸を引くネフィリアの目論見を打ち砕くためにも、このローカストは倒さなくてはならない。
 
 場所はとある広場……人気はなく、男性とローカストがいるのみだ。
「戦いに専念出来そうだな」
 リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)のつぶやきにうなずいて、冴は続ける。
「敵は1体、雪虫型のローカストだ」
 体にふわふわとした綿雪のようなものをつけているのが、このローカストの特徴。
 会話が出来ないほどに知性に乏しいローカストは、だからこそ攻撃をすれば男性から離れ、即座にケルベロスたちに向かってくる。男性を人質に取られるような心配は不要だろう。
「雪虫というのは非常に寿命が短い虫だ。このローカストも体力に優れてはいないが、その分攻撃は強い」
 戦い方を誤れば、大怪我をするかもしれない……注意を促して、冴は説明を終えた。


参加者
文野・丈太郎(ビージェイ・e00055)
早鞍・青純(全力少年・e01138)
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)
狩魔・夜魅(シャドウエルフの螺旋忍者・e07934)
ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)
笑天宮・命(スマイリーフェイク・e14806)
朝前・塞破(目指すは皆のメイン壁・e19092)
緋・玉兎(たまうさぎ・e22809)

■リプレイ


 その身に綿のようなものを纏っていても、ローカストはローカスト。
 知性のない凶暴さは滲み出ており、その姿に狩魔・夜魅(シャドウエルフの螺旋忍者・e07934)は言う。
「『上臈の禍津姫』ネフィリアか……蜘蛛はハエとか蚊なんかを捕まえて食うから益虫とか言われたりするけど、どう見てもあいつは害虫だな」
 女郎蜘蛛の姿を持つネフィリアの姿はここにはないが、ネフィリア――そしてネフィリアから命令を受けた雪虫のローカストは悪しき存在。
 必ずや撃破しなければいけない、と夜魅は殺気を張り巡らせる。
 雪虫のローカストに捕えられた男性は青ざめ、怯えている――定まらない視線がケルベロスたちを認め、男性は震え声を上げた。
「た……助けてくれえっ!」
「その言葉を待っていた!」
 応える文野・丈太郎(ビージェイ・e00055)は即座にローカストに肉薄、男性を捕えるローカストの腕にナイフを差し込み、筋肉を裂いた。
 腕から力が抜けてローカストが男性を手放すと、すぐにビハインドの慰撫が黒いエプロンドレスの胸に男性を抱く。そのままゆっくりと、慰撫は男性と共にローカストから離れようとする。
 ローカストは丈太郎へ腕を振り下ろすが、丈太郎に命中する寸前に朝前・塞破(目指すは皆のメイン壁・e19092)が間に割り込んだ。
 重い音が響いたのは、漆黒の盾『ダーククロスシールド』とローカストの腕が激突した音。塞破はにっと笑うと、受け止めた腕を持ち上げてローカストの体を地面に叩きつけた。
「皆無事に帰って男性も助けるんだぜ!」
 ひび割れた地面の上をライドキャリバー『ライド』が駆け、機銃掃射を行う――けたたましい戦闘音に身を竦ませる男性を見て、早鞍・青純(全力少年・e01138)は彼の背を押した。
「後は俺がやるぜ」
 慰撫というビハインド一人の力で男性を避難させるのは荷が勝ちすぎる。青純はそう判断して慰撫に戦線に戻るよう促し、怪力無双の力で男性を連れて戦場から離脱しようと駆け出す。
「突き立てろ、獣の牙!」
 夜魅を満たすのは螺旋の力。ローカストは自分を取り囲むケルベロスたちが敵だと悟って暴れ出すが、ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)は両手のケルベロスチェインの一本をローカストの首に巻きつけた。
「言われるがままに動く。そのような生にも、それなりの喜びがあるもの」
 もう一本は首に巻いたケルベロスチェインに巻きつける――鎖で出来た首輪とリード。それを引っ張りローカストを見やるヒルメルの眼差しは、躾のなっていない犬を見るかのようだった。
「しかし、今はその動き、止めさせていただきます」
 ――その命と諸共に、という言葉は言うまでもなく、仲間が行動で示してくれている。
 鉄塊剣を振り下ろす笑天宮・命(スマイリーフェイク・e14806)の口元には笑み。知性に乏しくコミュニケーションが取れるか怪しいローカストは、命の笑みを挑発と受け取って彼に目を向ける。
 綿雪のような白いものを纏いながらもローカストの目つきはギラリとしている。翼を広げて仲間を癒すリューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)は、ローカストの横顔を見て独りごちた。
「愛らしさはないな。……ローカストに期待はしていないが」
「いやいや、なかなか白くて綺麗ではないか」
 残念そうなリューデに対し、緋・玉兎(たまうさぎ・e22809)はローカストに親近感を覚えた様子。ローカストの身を包む白いものは、翼や角や髪や肌に至るまで雪のように白い玉兎自身に似ていると思えたのだ。
「虫というからどんなにきもちわるい輩かと思ったが、さほどでも」
 そこで玉兎が言葉を切ったのは、ローカストが何か声を発したから。
 否、声ではなく音だ。唸りに似た声は威嚇の目的ではなく、気持ちの高揚を示す原始的な音。その音に意味を伴う程度の知性も、このローカストにはない……悟り、玉兎は純白の髪をかき上げる。
「もう良い、消えるがよい」


 白翼を畳んで特攻した玉兎は、ローカストの眼前で不意に翼を広げ、パラライズを試行する。
 ローカストは何かを為そうと天を仰ぐが、攻撃も回復も行わずに立ち尽くしている。
「できた!」
 パラライズに成功した、と歓声を上げつつ退却してローカストと距離を取る玉兎。入れ替わるように前へ出たのは慰撫の黒い姿だ。
 慰撫が念を込めたのは地面に落ちる残雪。残雪の白さを見つめてから、丈太郎はローカストを包む綿に似たものへ目を移す。
「自然の美しさは、何物にも変えがたいがなァ……テメェら、ローカストには美しさがねェ……」
 ローカストは虫に似た姿をしてはいるが、昆虫は地球の緑を肥やす存在。
 対するローカストは、肥やすではなく奪う存在だ。
「その雪のような綿も、地球のソレとは、まるで及ばねェよ」
 鈍く光る惨殺ナイフは二本。
「故に俺ァ、テメェのソレは、雪にァ見えねェンだよ!」
 綿が、その内側のローカストの体が斬られた。
 ヒルメルは言葉をしまい、心からの同情を込めてローカストを見る。
(「人に言われるままの生と、仕える主の命ずるままに生きる私自身、果たしてどれほどの差があるものでしょうか」)
 薄く浮かべたのは皮肉な笑み――ケルベロスチェインを宙に跳ねさせる手つきには無駄がない。
(「しかし私は我が主の慈愛と、それに仕える歓びを知っている」)
 それこそが、ローカストとヒルメルの運命を分かつもの。
 夜魅はゲシュタルトグレイブに稲妻を込め、ローカストの肩を突く。貫くつもりで放ったのに、それは貫通には至らない……ローカストは、耐えることに有効な位置を取っていたのだ。
「体力の無さをディフェンダーになって補うとか、知性に乏しいわりに考えてるじゃねぇか。それとも本能か?」
 槍を抜いた夜魅が尋ねても、ローカストは反応すら見せない。
 戦場が眩く照らすのは、ライドの纏う炎だ。
「行っちまえ、ライド!」
 塞破の命令を受けたライドがローカストと衝突した直後、塞破はローカストへと飛びかかる。惨殺ナイフを何度も何度も叩きこむことによって生まれた傷痕は、とうてい治癒出来るものではない。
 放たれた蹴りを受け止めたのは命。笑みこそ絶やさない命だが、相当のダメージを負ったのだということは見れば分かる。リューデは命の元へ向かい、傷を閉ざして気力を注ぐ。
「お前たちの心臓は俺が止めさせない。……行け」
「助かるねぇ」
 微笑みと共に命はが繰り出す蹴りは、黄金の煌めきと共にある。
「格好良いな……っと、おまたせ!」
 男性の避難を終えて姿を見せた青純は、その輝きに見惚れつつも魔道書を広げ、己が力を高めるのだった。


 薄いアルミニウムの鎧がローカストの脚を、腹を覆う――全身を覆い尽くす寸前、夜魅の放った星座のオーラが鎧を叩き壊した。
 ローカストは鋭い攻撃を幾度も繰り返す。触れただけで断ち切られてしまいそうな一撃一撃を避け、あるいは受け止めるケルベロスたち。
「状態が悪いか」
 誰かが攻撃を受けるたびにリューデは素っ気なく問い、緊急手術による癒しを行う。ローカストも競うように自身を癒そうとしていたが、丈太郎から受けた攻撃のせいで思うような回復は出来ていないようだった。
「間に合っていないな。頼めるか」
「いいぜ! 今度はオレが助ける番だぜ!」
 リューデに声をかけられた塞破は元気いっぱいにうなずいて、ばしん、と命の背中を叩く。
「気合い入れるんだぜ、気合い!」
 送られたのは激励の言葉と活力。命の笑みには余裕が加わり、気づかいに報いるように右手の五指を広げ、ローカストに吶喊した。
「焦熱招来・焔勁具現・五稜集点・昂天白熱・作用固定・力法始動」
 指先の獄炎は五芒星を描き、ローカストの身に突き刺さる。
「――――焼け焦げ尽きて、滅して消えろ」
 膨れ上がる焦熱の烈しさ。ローカストを苛む炎は、命のものだけではない。
 玉兎の手にした魔導書から姿を見せた白竜は白炎を吐き、玉兎は翼を打って炎をより激しくかき立てていく。
「無知ならばせめてわしの目を楽しませてみよ!」
 煽るような声――焦げたローカストの上げる黒煙に紛れるように丈太郎は慰撫と共にローカストへ歩み寄り、死角からナイフを突き立てる。
 青純は跳躍、グラビティ・チェインを含ませた弾丸でローカストの頭上から襲いかかる。ヒルメルは青純の着地予想地点に雪溶け水が溜まっていることに気付き、声をかけた。
「ぬかるんでいます、足元にご注意を」
「サンキューです!」
 ばしゃん、水を散らしつつ青純は見事な着地を決める。滑りにくいブーツを履いているお陰とはいえ、綺麗な着地に気分は爽快だ。
「さて」
 ヒルメルはローカストに近付くと、夜魅によって傷を負った肩を掴み。
「流血を望むのでしたら私がお手伝いいたしましょう。もちろん、あなたの血で以て」
 言うが早いか、その腕をもぎ取った。
 落ちる腕――残った腕を振り回すローカストだったが、その動きは滅茶苦茶で、夜魅にとっては見切るのは容易。
「喰らえっ!」
 叩きこまれた拳からは流れ込む螺旋の力に身を震わせながらも、ローカストはケルベロスを睨みつけた。


 ひたすらに回復に、味方の支援に回っていたリューデが攻勢に出るタイミングは、地獄化した心臓が教えてくれた。
「堕ちろ」
 惨殺ナイフの切っ先はローカストの纏う綿、その奥の硬い表皮の隙間を抜け、ローカストの柔らかい部分をえぐり取る。
 残る腕を鎌のように変形させたローカストの攻撃を受け止めたのは命。命を幾度目かの流星の煌めきが包み、それはローカストにぶつかると華やかに散った。
 玉兎はローカストを爪で引き裂くとブラッディーコートを翻してすぐに退避。左角を飾るリングの立てる涼やかな音は、剣戟の中でも不思議と響く。
 慰撫が縛り上げ、丈太郎が斬る――慰撫による戒めが解けると同時にヒルメルはローカストを締めつけ、微笑みと共に告げる。
「さして長くもない命……残念ながら、無意味なものに終わりそうです」
 指を鳴らせば、鎖の戒めは一層強く。
「同情致しますよ」
 言葉は、どこまでも慇懃だった。
 ――ふわり、白いものが揺れるのは青純のコートのファー。
 ローカストの攻撃を避けて駆けていた青純の攻撃をライドが引き受けてくれたことに感謝しつつ、青純は精神集中からの爆破を行った。
 ローカストを中心にして巻き起こる爆風――戦場にいる誰もが風を受け、青純の体からもファーではない何かがポロリと落ちる。
「まだ終わらないぜっ!」
 爆音は塞破のチェーンソー剣から。
 塞破は回転を続ける刃をローカストに押し当て。
「行くぜ!」
 断った――ローカストの体は分断され、二度と動きはしなかった。

 戦いの終わった現場へと姿を見せた男性へと、塞破は真っ先に近付いた。
「大丈夫? ……もう平気だぜ、オレ達がやっつけたんだぜ」
「体調が思わしくないようでしたら、ご自宅までお送りしましょう」
 塞破とヒルメルに声をかけられ、礼を言う男性……近付いた玉兎は、感謝の言葉に胸を張る。
「うむ、もっともっと褒めると良いのじゃ!」
 むふーとドヤ顔の玉兎。それを微笑ましく思いつつ、命は周辺のヒールを行った。
 リューデもそれを手伝いながら、吹きつける風の柔らかさに顔を上げる。雪はまだ残っているし、冷え込みもあるが、それでも空気は次の季節の香りを運んでいる。
「もうすぐ春か」
 雪虫のローカストの似合う季節はもう終わる……ふわふわとした綿のようなもので覆われた体から、リューデは自分の帰りを待ってくれている彼の翼を連想する。
(「ふわふわしたものならあちらが良いな」)
 極彩色のあの翼だけでなく、飼っている鳥や猫の毛皮もふわふわ。それらを目にする時を楽しみにしつつ、リューデは作業を進めていく。
「そういや、なんか落としてたぜ」
 夜魅が差し出したものを見て、青純はドキっとした顔をして慌ててそれを隠そうとする――だが、丈太郎はひょいと覗き込む。
「ンだこれ、貼るカイロか?」
 丈太郎の言葉に、青純は縮こまる。
 寒いのが苦手だからと青純は貼るカイロを背中に貼っていたのだ。格好悪いからと内緒にしておいたからこそ、バレた時の恥ずかしさは倍増。
「俺、めっちゃ恰好悪い――!」
 涙目になる青純は、受け取った貼るカイロを握り締めてうずくまる。
 イケメン兄ちゃんの道は、まだまだ遠いようだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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