化石の魚、深海の雪

作者:柚烏

 しんしんと、暗闇の中で静かに雪が降っていた。辺りにそびえる木々は、皆純白の雪化粧を施されて――ため息のように通り過ぎる風に、さやさやと枝葉が揺れる音さえも、降り積もる雪が吸い込んでしまうよう。
 粉雪が落ちて、大地の白と混じり合って。ただ完全な静寂が支配する森は、何処か深海を思わせた。ああ、いのちを終えた鯨は海の底へ沈み、その骸は白い世界を形作るのだと言う。海に降る雪、マリンスノー――ならば、地上に降る雪に引き寄せられるのは、一体どんな存在なのだろう。
 ――ゆらり。青白く発光し冬の森を泳ぐのは、異形の美を湛えた浮遊する怪魚たち。幾つものヒレを優美に動かして、太古の姿を今も留めた彼らは、純白の世界にゆっくりと軌跡を描いていく。
 それはまるで魔法陣のようで――ぼんやりと浮かび上がったその中心には、鋼の胴を持ち、歯車を軋ませた機械鯨が召喚されていた。
 きぃ、と響く金属のこすれ合うような音は、彼の鳴き声なのだろうか。しかし其処に、知性のいろは感じられず――変異強化された状態で蘇ったダモクレスは、本能の赴くままに、海面の光を目指して今にも浮かび上がろうとしているようだった。

 雪降る中を舞う怪魚さんとか、居たりしないかな――ぽつりと零した天見・氷翠(哀歌・e04081)の呟きが、どうやら現実に起きるようだとエリオット・ワーズワース(オラトリオのヘリオライダー・en0051)は言った。
「青森県でね、死神の活動が確認されたんだ。場所は住宅地にほど近い、自然公園の奥になるよ」
 死神といっても、それはかなり下級の存在であり、浮遊する怪魚のような姿をした知性を持たない型だ。その姿は、深海を泳ぐ古代魚――シーラカンスに酷似している。
「彼らは、第二次侵略期以前に地球で死亡したデウスエクスを変異強化した上でサルベージして、戦力として持ち帰ろうとしているみたいだね」
 恐らくデウスエクスをサルベージすることで戦力を増やそうとしているのかもしれないが、これを見逃すことは出来ない。エリオットはそう言って、彼らの現れる場所に急いで向かって欲しいと頭を下げる。
「変異強化されたのは、ダモクレスが一体……機械で出来た鯨のような姿をした個体みたいだね。亡くなった鯨は海の底へ沈んでいくと言うけれど、これを蘇らせるなんて……」
 眠ったままで、居て欲しかったのに――そう願うかのように、エリオットは睫毛を伏せたけれど。このダモクレスは知性を失った状態であり、敵と見做したものへは躊躇なく攻撃を行ってくるだろうと言った。
 その戦い方は、レプリカントやガトリングガンのものを思い浮かべて貰えば良いだろう。更に怪魚型死神が3体、此方は噛み付くことで獲物を喰らおうと襲い掛かってくる筈だ。
「時刻は深夜だし、周辺には避難勧告も出ているから、公園内に一般人は居ないよ。だから、周囲を気にせず戦いに集中出来るからね」
 ――死したデウスエクスを復活させ、更なる悪事を働かせようとする死神の策略は止めなければならない。雪の中を泳ぐ、いにしえの魚たち――そして蘇った機械鯨が動き出す光景は、まるで深海を思わせるように幻想的だろうけれど。しかしこのままだと彼らは、生命の灯を次々にかき消し、永遠の静寂をもたらしてしまうだろう。
「……海に降る雪はね、とても儚くて……手を伸ばせば直ぐに、壊れてしまうんだって」
 己の手を見下ろしながら、そっと氷翠は言葉を紡ぐ。其処に彼女は、かつて滅びた星の幻影を見ているのだろうか。それとも、地上に現れた深海の如き世界が、酷くいびつなものであることを、静かに悲しんでいるのだろうか――けれどどちらにせよ、滅びをもたらす存在を止めなければと思っているようだった。
「でも、ね……無事に戦いを終えることが出来たら、ほんの少しだけ、祈りを捧げてみるのもいいと思うんだ」
 真夜中に、しんしんと雪が降り積もる公園を、静かに散策しても良いかもしれない。雪化粧を施された木々に見守られながら、己の胸に秘めた想いや過去を、そっと雪に託しても良い。
「……だって、空から落ちてくる雪は、世界の音を吸い込んでいくようだから」
 ――其処で紡がれる言葉はきっと、雪に溶けて混ざり合って、大地に染み込んでいくのだろう。


参加者
セレナ・アウラーンニーヴ(響命の刃根・e01030)
ソネット・マディエンティ(藍色の旅路・e01532)
恋山・統(リヒャルト・e01716)
スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)
天見・氷翠(哀歌・e04081)
エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)
伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)
花守・蒼志(月籠・e14916)

■リプレイ

●死を孕む深海の雪
 静かに音も無く、真白の雪は天から降り注ぐ。闇を照らす灯りに照らされて、仄かに浮かび上がるのは只一面の白――其処には今も、しんしんと降る雪が新たな白を加えていくのだ。
「……深海に行った事はないんだけど、こんな感じなのかな」
 ああ、と花守・蒼志(月籠・e14916)の零した吐息は、凍てつく空に白く溶けていって。隣を歩くボクスドラゴンの鈴蘭の、首のリボンに着けた可愛らしい照明が、彼女の頷きと共にゆらりと揺れた。
「ええ、本当に静かで……全ての音が吸い込まれていくようです」
 ゆるやかな物腰でそっと繊手を翳す、セレナ・アウラーンニーヴ(響命の刃根・e01030)の元へ――雪のひとひらがふわりと、彼の指先を掠めて大地に降り積もって行く。そんな中、滑り止めの靴で雪道を歩く伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)やエーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)は、さくさくとした地面の感覚を楽しみながら、足跡が刻まれていく様子を楽しんでいるようだ。
(「ああ……」)
 ――其処に広がるのは、ただただ静謐な世界。深海に沈む亡骸でさえも、ゆっくりと白い雪に変わって儚く消えていく。白くうつくしい深海の光景は、何処か死の予感を孕むのだと天見・氷翠(哀歌・e04081)は思い、その髪を飾る雪柳の花が静かに揺れた。
「でもさ、海の中にも雪って降るんだね。雪って海にも降るのかぁ、すごいな」
 と、其処でスバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)は無邪気に瞳を瞬きさせて、雪のかけらを受け止めようと空に向かって手を伸ばす。
「……あれ、海も雪も元々水でしょ? ……どうやって降ってるんだろう??」
 けれどどうやら、彼は海に降る雪――マリンスノーのことは良く分かっていない様子。そんなスバルへ恋山・統(リヒャルト・e01716)がそっと、その実体は海の生物の死骸等なのだと説明した。
「だから、その雪の色は白ならぬ死色……でも絵本か、おとぎ話か、そういった光景みたいだね」
 ――うちのお嬢さんが好きそうだ、と。そう呟いて統は傍らのビハインド、フリードリヒを愛おしげに見つめる。そうしている内に彼らは公園の奥に辿り着き、其処には丁度、青白い燐光を放つ死神怪魚が姿を現わした。
「……本当に、空か海かわからなくなるな」
 謡うようなエーゼットの囁きが夜の空気を震わせる中、古代の怪魚たちは死したダモクレス――機械鯨をサルベージする。その光景は幻想的で、一瞬見とれてしまった心遙は、もう少し見ていたいと言うような気持ちになるけれど。静かに眠らせてあげないと、と言うエーゼットの言葉に頷いて、光源を確保する為に足元へ照明を置いた。
「そう、ここは本当の海じゃないから。人を傷つける前に眠ってもらう、ね」
 金属のこすれ合うような音を立てて、機械鯨は歌うような鳴き声を上げる。その姿を見つめる氷翠の瞳は、何処か哀しそうで――彼女は祈るように両手を組んで、そっと睫毛を伏せた。
(「機械の鯨さん……元は、侵略に来ていたのかも知れないけれど……でも、私」)
 どうしてだろうか、嫌いとも憎いとも氷翠には思えなくて。そんな、気持ちの面で戦うことが苦手な彼女を放っておけないと言うかのように、ソネット・マディエンティ(藍色の旅路・e01532)は表情を揺らがせる事無く――けれど苛烈なまでの想いをこめて言葉を吐き出す。
「逃がすつもりはない。一匹残らず、ここで確実に仕留める」
 命令や強制、使役の類は彼女が忌むべきものだ。命令から解き放たれ得た心が、自由を愛したこともあるのだろうが――それに何より、自身の姉妹機であったダモクレスが、死神の肉体として利用されていたことも大きい。
 ――故にソネットは、死を弄ぶ死神を許さないのだ。
「降り注ぐ雪は綺麗で。きっとこの雪の中なら静かに眠れるから……」
 二度目の眠りを、と囁く蒼志の貌は穏やかで――現世に迷い出た死者を導くように、彼の翳した灯りが優しく揺らめいていた。

●いのち育む地上の雪
 敵は全て前衛――そのことを確認した一行は素早く陣形を組みつつ、先ずは纏めて牽制をしようと動く。清浄な太刀を閃かせ、繊細な美貌にそぐわぬ勇猛さで真っ先に斬り込んでいったのはセレナだった。
「前衛に固まっているのは、狙ってくれと言わんばかりですね」
 雪の白とは輝きを異にする銀の髪が、さらさらと波打ちながら――幻のように舞う桜花を伴った一太刀は、敵群を鮮やかに切り伏せる。おさかなさんにクジラさん、と一方の心遙は真っ直ぐに標的を見据えて、覚悟を決めた様子でぱちんと、その周囲に色とりどりのドロップスを出現させた。
「びっくりさせるのは、ちょっとだけごめんねって思うけど……纏めて痺れちゃってね」
 目をつむって3カウント、いけーっと言う勇ましい声と同時に一斉にドロップスが破裂する。甘くて危険な爆弾に巻き込まれた怪魚の一体を狙い、其処でエーゼットがすかさず、時空を凍結する弾丸を撃ち出して覚めぬ眠りへと誘おうとした。
「……シンシア、皆を守って!」
 ――しかし鋼の鯨は、身体に内蔵された火器を一斉に放ち、辺りを弾丸の嵐で包み込んでいく。エーゼットのボクスドラゴン――シンシアはそんな中で盾となり、お返しとばかりに鈴蘭が、封印箱に入って力一杯体当たりをした。
「……癒しの願い、命の想い……」
 薄青を溶かした白翼を広げ、氷翠は精霊に祈りを捧げてうつくしく舞う。紡ぐ唄は癒しの力を無数の淡い光へと変え、恩恵を宿したそれは光の雨となり、涙の如く静かに降り注いでいくのだ。そしてセレナのボクスドラゴン――フィル・ヒリーシュも回復手に加わり、羽属性を注入して被弾した仲間に活力を与えていった。
「ここは既に私たちの『狩場』なのよ」
 体内を巡る地獄の瘴気を、電磁場に乗せて散布――敵対者の動きを阻害するフィールドを張り巡らせたソネットは、厳かな声で宣言する。
「……アンタらは贄に過ぎないと知りなさい」
 機械の身体を利用した仕組みに過ぎないとはいえ、その堂々たる威風に、気圧されたかのような錯覚を抱くのだから恐ろしい。蒼き災厄の威風――ハッタリも立派な戦術の一つだと言うのが、彼女の弁だ。
「雪の中を泳ぐ魚か~……確かに不思議な光景だけど」
 回避行動を思うように取れなくなった其処へ、スバルの指先が容赦なく氷結の螺旋を放つ。悪いけど、ずっと見てるって訳にはいかないから倒すよ、と――思いをそのまま言葉に変えつつも、彼の瞳は鋭い光を宿していた。
「……さぁ、俺達も行くとしようか」
 拾い集めた礫のひとつを、統は目にも止まらぬ速さで弾いて。その一撃が死神の牙を砕くや否や、フリードリヒは艶やかな黒髪を波打たせながら、念をこめた物品を飛ばして敵の足を止めた。
「冥府の海へ、還って……その海の底で眠るといいよ」
 音速を超えるエーゼットの拳が勢いよく叩きつけられ、吹き飛ばされた怪魚はそのまま消滅していく。盾となる彼らから、確実に一体ずつ仕留めていくことにした一行だったが――心遙やセレナが妨害中心に動いてくれたこともあって、順調に戦いを進められているようだ。
 ――精霊魔法を紐解く心遙は、吹雪の精霊を召喚して辺りを極寒の世界へと変えていく。精霊が生み出す氷はきらきらと、水晶のような輝きを夜空へちりばめていった。そして、氷に閉ざされつつも同士討ちを始めた怪魚たちの隙を縫って、蒼志の放った影の弾丸が狙い過たずにその急所を貫く。
「おやすみ、死神――」
 痛みも不安も全て笑顔の裏に隠して、彼は穏やかにお別れの言葉を告げた。そうして、最後の死神怪魚もスバルの手によって倒されたが――残る機械鯨のダモクレスは、それでも尚強大な力を振るって白の世界に死をもたらそうとする。
(「この場の静穏を乱すのは惜しいと思いましたが……やはり、これを情景に皆さまが戦う姿は、さぞ絵になることでしょうね」)
 降りしきる雪、仄かに照らす灯りの元で刃が閃き、術が紡がれる様はやはりうつくしいとセレナは思った。きっとその命を賭したやり取りのひとつひとつが、鮮やかな火花のように闇を照らすからなのだろう。
(「目で、耳で、全身で、心で。憶えておきたいものです」)
 けれど力を削ぎ、その身を炎と氷に包まれつつも、鋼の鯨の火力は侮れない。氷翠たち回復手だけでは厳しくなってきた其処へ、敵のポッドから大量のミサイルが射出されて――動きまで封じられていく仲間たちを癒そうと、統が静かに慈雨を降り注がせた。
「歌え、踊れ、振れて流れよ」
 ――雨粒のような無数の粒子は、朱色の雨となって肉体を浄化していく。その色にかつての宿敵――紅の名を持つ姉妹機の姿を過ぎらせたソネットは、藍の瞳を伏せて微かに深呼吸をした。
「名も知らない元同胞……あんたの役目はもう終わったのよ。もう休んでいいの、だから在るべきところに還してあげる」
 エーゼットが放つ、鋭化した羽根――無限なる白き矢に続くようにして、ソネットは白き世界を駆ける。
「……あっちには一足先に役目を終えた皆もいるから、寂しくはないでしょう?」
 ――その呟きは、彼女が見せた不器用な優しさだったのだろうか。ほんの僅かに口角を上げて、ソネットは魂を喰らう降魔の一撃を叩きつけた。神をも屠るその拳は遂にダモクレスへ確かな死を与え、鋼の鯨はゆっくりと白き大地に崩れ落ちる。
「……これね、地上の雪なんだよ」
 やがて機能を停止していくダモクレスに、その冷えた鋼の肌でも構わずに――そっと氷翠は寄り添い、彼が眠るまで傍に居ようと誓った。
「ここまで頑張って泳いで、疲れたね……」
 彼女の労う声に応えるかのように、力無く尾びれが波打って。彼らに降り積もっていくのは、生命を育む恵みの雨がかたちを変えた、地上の雪だ。
「今度こそ、ゆっくり眠れます様に……おやすみなさい」
 ――やがて紡がれるのは、子を慈しむような母の子守唄。寝かし付けるように氷翠の手が機械の胴体を撫でていく内に、鋼の鯨は一声哀しそうに鳴いて――その姿は深海の雪、マリンスノーのように淡く崩れ、降りしきる雪に儚く溶けて消えていく。
 冥府の海や死神さん、眠る魂まで届きますようにと――氷翠の唄は水面から降り注ぐ光の如く、柔らかに深海を照らしていくかのように響いていった。

●雪遊びと冬の星
 戦いが終わったあと、統らが辺りを問題ない状態にヒールしてから、一行は夜の自然公園をゆっくり散策することにした。雪だるま作ろう! と雪国育ちのスバルは、早速雪像作りに精を出している。
(「雪は好きだけど、一人で見るのは苦手なんだよなぁ」)
 ちょっと昔のことを思い出してしまうから――それでも、今の彼の周りには仲間たちが居て。エーゼットはふわふわの羽に雪を纏わりつかせてはしゃぐシンシアを、温かい目で見守っているようだ。
「……って、このっ! 仕返ししちゃうよ!」
 粉雪をかけられたエーゼットは、シンシアにもお返しに雪を飛ばして――慌てて逃げ惑う彼女はきゅっとスバルにしがみ付く。と、あたたかなその温もりを感じたスバルは、雪遊びに混ざるフィル共々もふもふの竜の毛並みを優しく撫でた。
「一緒にいてくれてありがとな」
 みゅん、と愛らしく鳴くフィルと一緒に、お転婆な鈴蘭もふんわりした雪と戯れて楽しそうだ。そんな楽しく遊ぶ彼女たちの雪像を作りながら、蒼志はふと思う。
(「楽しげに遊ぶ鈴蘭を戦わせる自分と、眠る鯨を起こす死神はどこが違うのだろう……」)
 少しだけ後ろめたさが頭をもたげた主人の様子を察したのか、そんな蒼志の頭に勢いよく鈴蘭が乗っかって。いつもの定位置でおすましする彼女に、知らず蒼志の顔には笑みが浮かんだ。
「……上から見たら、綺麗だろうなぁ」
 一方、雪をさくさく踏みしめる感触を楽しんでいた心遙は、ふと思い立って翼を広げ、そっと木の枝に腰掛ける。其処は空から降ってくる雪と、下の雪景色を一緒に楽しめる彼女の特等席だ。
(「わぁ……!」)
 暗い空を見上げれば、視界一杯に飛び込んでくる雪――降ってくる雪を見ているだけなのに、どうしてか空に吸い込まれそうな気持ちになって、不思議だと心遙は空に向けて手を伸ばす。
「う、うわわわ」
 けれど視界を埋め尽くす白に思わずバランスを崩して、心遙はふかふかの雪が積もった地面に落下してしまう。冷たーいと言いつつも、その表情は何処か楽しそうだ。
「えへへ、一気に目が覚めたよ」
「みゅん!」
 と、落ちて来た心遙にフィルが駆け寄り、封印箱の中に隠し持っていたおやつをこっそりお裾分け。ボクスドラゴンのお友達とも分け合った今日のおやつは、色とりどりの金平糖だ。
 ――蜂蜜味の金色に、いちご味の桃色。それとソーダ味の水色と、これは微かな薄荷味の白。冬のお星さま、皆で分けあいっこと言うように頷くフィル。そんな彼の可愛らしい贈り物に、心遙は嬉しそうにありがとうを言ったのだった。
「仲間と一緒に雪遊びが出来て、嬉しそうですね」
 やがて、自分たちが入れるくらいのかまくらを作っているフィル達を見守りつつ、セレナは白い吐息をひとつ零してふと思索に耽る。
(「雪ってやっぱり、色々考える事があるのかなぁ。みんな静かだし、白いし」)
 見れば他にもひとり散策している者も居るようで、スバルは彼らの邪魔はしないように、そっと遠くから見守ることにした。
「……でも、寒くなりすぎない様にね!」

●祈りの距離
 そうして喧騒から遠ざかるセレナが思うのは、死をも歪めてしまう死神のこと。生来無鉄砲で恐れ知らずと言われている彼だが、死神は少々恐ろしく思うことがあるのだ。
(「定命の身として、いつ戦場に斃れるか知れぬ身として……お終いの安寧を保証されぬことを恐れるのは、無理からぬことでしょう?」)
 ――だからセレナは祈る、死者の安寧が守られることを。そんな中ソネットは、ひとりベンチに腰掛けてぼんやりと雪景色を眺めていた。
「……あの世ってのも、こんな感じの深海みたいな景色なのかしら。あいつらも……ルージュも、こんな景色を向こうで見てるのかな」
 公園の雪像に混ざる雪ひよこを作った後、再び氷翠は子守唄を口ずさむ。彼女が見る滅亡した星の幻影は、抱える悼みと悲哀に触れて――苦しくも辛く、痛い。
「祈り、って何なのかな。どこまで届くのだろう、そもそも届くものなのだろうか」
 どう思う、と統は傍らのビハインドに問おうとして、やっぱり止めて。其処へ不意に響いて来たのは、氷翠の子守唄だった。
「……ああ」
 ――何処へも届かなくても、祈りは其処にあるのか。その唄は敵味方も種族も問わず、命へ願いを込めて。魂達へ祈りを込めて、安らかにと――ただ響き渡る。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 1
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