決戦! 海中に棲む混沌

作者:千咲

●真白き氷結の痕跡
 ――相模湾周辺。
「せ、船長社長……アレ、何すか!?」
「アレ? アレって何だ。報告はきちんとしろよ、きちんと」
「いや、だって……氷っすよ、氷。いくら真冬だって言っても、この相模の海が凍り付くなんて、そんな事……」
「氷だと!? まさか、そいつぁケルベロスから捜索依頼のあった竜の痕跡ってヤツじゃねーか? どこだ、ドコ!?」
「ま、マジっすか! じゃ、船長も見てくださいよ、アレっす、アレ!」
 小さな漁船『僥倖丸』。その名の通り、いろんな意味で何かを引き寄せているのかも。
「…………たしかに、氷だ。これだけ大きな氷の塊が浮いてるなんて……見たこともねぇ。間違いねぇな、報告だ、報告!!」
「アイアイサーっ!」
 漁船は、全速で反転。『僥倖丸』は、事故が頻発する現在の相模湾において、変わった報せを持ったまま帰還した、珍しい船となったのだった。
 
●ラハブ、みたび
「この間みんなが戦って、砲塔を破壊してくれた氷結竜ラハブ――ようやくかの竜の痕跡が見つかったみたいなの」
 赤井・陽乃鳥(オラトリオのヘリオライダー・en0110)は、集まったケルベロスたちに、相模湾付近で大きな氷を見つけたら知らせるようにと漁協に依頼していた、アーシェス・スプリングフィール(よんじゅうきゅうさいの銅鑼娘・e00799)の戦果ね、と告げた。
「アーシェスさんは、かの竜の砲塔を破壊したことで、冷気が暴走していると見てとったのね。それなら、どこかに痕跡が残ってもおかしくない……そう思って念のために依頼してくれたみたい」
 おかげで被害が出てからでないと足取りを掴めなかった『戦艦竜』の居場所について、だいたいの当たりが付いた、と言う。
 ――本来、体に戦艦のような装甲や砲塔が据えられたドラゴンで、非常に高い戦闘力を持った存在なのだが、今回の相手、真白い躯で美しかったラハブという竜は、戦闘時の衝撃で自壊した砲塔と、回復することのない傷痕によって、かつての姿は見る影もない。
 美しさを表すべく命名した筈だったけれど、その姿は海の悪魔、氷の災厄とでも言うべき存在に変わり果てていた。
「前回の報告では7割くらいダメージを与えたとなっているけれど、ちょっと過大だったかも。私が思うに6割強。ギリギリ3分の2には届いてないと思うわ。でも、どれだけ残していようとやるべき事は同じ。新たな被害が発生する前にクルーザーを利用してかの水域へ。みたび、ラハブに挑んで欲しいの」
 そう言う陽乃鳥の表情は、まさに真剣そのもの。
「分かっていると思うけど、戦艦竜はその強大な戦闘力と引き換えに、ダメージを自力で回復する事ができないという特徴があるの。前回までと同様、メインは海中での戦いになると思う。そして……上手く運べば今回で撃破まで持っていくのも可能なはず。もちろんダメでも次があるとは思うけど……」
 そう言う陽乃鳥の台詞を遮るように、アーシェスが言う。
「いいや、駄目じゃ、ダメ! 今回で終わらせるのじゃ!!」
 命懸け――それも望むところだとでも言いたげな頼れるドワーフの彼女に、陽乃鳥は小さく頷いた。そうよね……と。
 次いで陽乃鳥が語ったのは、前回までの戦いでの分析結果と、ラハブの特徴について。
「さっきも言った通り、前回は大体6割5分くらいのダメージを与えたと思われるわ。初回の結果を踏まえて効率よく攻撃に注力できたとは思うけれど、正直、回復力が不足してたと思う。継戦に耐えうるだけの回復が望めなかったため癒し手が集中して狙われることはなかったけど、結局ジワジワと削られた感があるようね。とは言え、回復を強化すれば攻撃の手数が減る――。それと、そこまで明確ではないとは言え、敏捷系かつ斬撃系の攻撃が通りやすいみたいだから覚えておいてね」
 最後の辺りは初回である程度分析できていた事実。
「気を付けたいのはやはり、破壊されたことで威力が暴走している冷気の攻撃かしら? 敵は癒し手を潰す傾向にあると思われたけど、それどころか効果見合いで戦略を変えるだけの知略があるわ。身を守るのに効果が高い戦略をいち早くかぎ分ける嗅覚と言っても良いのかも。その中で、この暴走する冷気は威力こそ格段に減ったはずだけれど、代わりにむやみに広域に拡散し、当たりやすくなった……もともとの破壊力があるだけに性質が悪いわね。そして体力もまだ十分」
 と、あまり楽しくない現実を並べ立てる。正直、まったく与しやすい相手ではない。
 ただ……。
「敵は決して逃げないし、自分から積極的に敵を追うようなこともない筈だから、トドメを刺せる、というのでもない限りは無理しないで引き上げてきて。必ず終わらせなきゃならない訳じゃないから、次に繋がる戦果を意識して臨んだ方がいいこともあるわ」
 そう言って陽乃鳥は、何より大切にすべきは自身の命だからね、と念を押すのだった。


参加者
ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)
ヴァジュラ・ヴリトラハン(戦獄龍・e01638)
ノル・キサラギ(十架・e01639)
黄檗・瓔珞(咎を背負いし元殺人鬼・e13568)
白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)

■リプレイ

●氷結、三たび
「かっかっか、おいたが過ぎたな、氷結竜ラハブ! これ以上被害を出させぬために、今回で倒してやるのじゃ!」
 氷結竜ラハブの居所を探り当てた、アーシェス・スプリングフィール(月の司祭・e00799)が海中を指差し、笑って見せた。その頭の上でサーヴァントのカイザーも胸を逸らし人一倍偉そうなポーズ。
「えぇ、これでかのドラゴンとの戦いも3度目。是非とも今回で最後にしたいものですね」
 風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)がしっかりと頷いた。
「ラハブ……か。……強いんだな」
「そうじゃな。聞き及ぶ限り大層な相手……今こそ沈める時じゃのう! 強敵との戦、血が滾るわい!」
 自覚もないままに湧いてくる期待を抱いて呟くノル・キサラギ(十架・e01639)に、ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)が応える。
 静かな心と荒ぶる魂――いずれもドラゴンを狩ってみせるという強い闘志の顕れ。
 そしてその闘志は、この上ない高揚感へと変わってゆく。

 そんな彼らの乗るクルーザーが、ラハブの痕跡が見つかった海域に差し掛かる。やがて、ケルベロスたちの視線の遥か先に大きな氷の塊が映る。
「むむっ……報告に聞いていたより更に大きくなってないかのぅ」
「なるほど、無闇に冷気を垂れ流してるってことか。どうりで、話に聞いていたよりも寒い訳だ」
 白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)が納得したように頷いた。が、黄檗・瓔珞(咎を背負いし元殺人鬼・e13568)にとってはそうでもないらしい。
「……そうかねぇ。これくらいの寒さ、地獄に比べたら暖かいさ」
 それは、身体中が熱く滾っているヴァジュラ・ヴリトラハン(戦獄龍・e01638)も同じ。
「この前は、俺の案を飲んでくれた仲間が砲塔を砕いた。そのお陰で、回復が無駄になると言われた銛を封じた……それが吉か凶か分からないと言うのなら、無理矢理にでも好機に変えてやるだけだ!」
「そうだな、寒いなんて言ってらんねぇ! 血ヘド吐こうが四肢が凍てつこうが、ここで殺し切るッ!」
「そうですね、今日ここで決着を付けましょう。続いてきた因縁の戦いに……」
 寒さを振り切るように告げたユストに、頷いてみせる小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)。
 フィンを着け小型のボンベを負ったケルベロスたちは、残らず、たった1つの信念を胸に、冷たい海へと飛び込んで行った。

●斃すか、斃されるか
 眼前に映るは真白き装甲に覆われし竜――かつて美しいと例えられたその姿は、あちこちに残った大小さまざまな傷と、崩れ落ちた砲塔の残骸のせいで、流麗な面影は微塵もなかった。
(「さぁて……援護はおじさんに任せて貰おうか」)
 水中にケルベロスチェイン『蛟』を走らせる瓔珞。どこまでも伸びる鎖が、前衛5人の前に高速で魔法陣を紡いでゆく。
 同じように、小型の治療無人機の群れを漂わせ、盾となすヴァジュラ。戦いに臨む準備が刻々と整ってゆく。
 そんな彼の後方にスッと滑り込むようにして、グラビティ中和弾を放つ優雨。治癒を中心に動くつもりの彼女にとって、初手は数少ない攻撃の好機。だがそんな気合の籠った一撃は、大きな波を打って蠢くラハブに軌道を歪められ、躱されてしまう。
 その波に晒されながら意識を乱すことのなかった恵は、ラハブの顔面に精神を集中――水中で起こった小爆発が敵の目を一瞬眩ませる。
 だが、今の奴にとっては、敵を視認できないことなど然したる問題ではなかった。
 砲塔だった箇所から溢れ出す極大の冷気がケルベロス全員を巻き込み、凍り付いてゆく――自分自身の躯をも含め。
(「うーん、本当に知性があるのか疑われますね。自爆するなど、むしろ本能で行動してるという方がしっくりきます」)
 ヴァジュラの背後で攻撃を避けた優雨。庇われたことで一連の攻撃をしっかりと目に焼き付け、記憶することができた。
(「カカッ! 自らを顧みないとは、大した覚悟じゃのぅ……じゃが、覚悟ならわしらの方が上じゃ!」)
 ドルフィンの手から冷気が螺旋を描いて放たれる。それは、ラハブの前にある氷壁をコルク抜きのように穿ち迫ってゆくが、単純な軌道ゆえに容易く躱されてしまう。
(「俺の仕事は、持ち堪えること……今じゃない」)
 降臨させた魔人の血が滾るのを懸命に抑えつつ、ユストは仲間の様子と敵の様子をつぶさに観察。
 そんな彼に変わって、背後から身を乗り出すように姿を見せたアーシェスが、身に纏わせていたブラックスライムを解き放つ。黒い粘液の塊が大きな口を成してラハブに喰らい付く。
(「……ターゲット、戦艦竜ラハブ」)
 ノルが、鉄塊剣を力の限りに叩き付けた。
 ジロリ……敵の視線がノルの元に向けられる。と同時に、氷の息吹が前衛の面々を襲った。 が、それは極めて予想通りの単調さゆえに読みやすく、皆が容易く躱す。
 その間に、瓔珞が水中に描き出した芍薬が散り、その前の暴走せし氷結による傷を癒す。
(「生きてこそ、戦い続けられるってもんだからねー」)
 無論、喰らった傷を全快させるには及ばないが、戦線を維持するには欠かせないのもまた事実だった。
(「さぁ、貴様の怒りを見せてみろ!」)
 ヴァジュラが暴風龍の銘を持つ剣を勢いよく叩き付ける。その後方で目立たぬように薬液を海中に散布する優雨。
 さらにノルのゼログラビトン。中和の力がラハブの前に弾ける。
(「わくわくしてきたな……こんなにハードなのに」)
 ……死と生の狭間にある緊張に晒されながら、戦術を展開していることが楽しくなっていた。
 そしてそれは、強敵を前に打ち震えるドルフィンも同じ。
(「喰らうがいい、ドラゴンアーツの真骨頂!」)
 だが、そのオーラから生まれし黒き鎖はラハブを拘束しきる前に引き千切られる。
 と同時に、ふたたび暴走せし氷結が海を凍り付かせた。
(「くっ……畜生がッ! 守り切れねえ! 力が足りねえ、不甲斐ねえ……!」)
 力いっぱい悔しがってみせるユスト。それは、庇い過ぎて自滅しないための調整でもあったのだが、悟らせてはならない。知力があればこそ、ミスリードすることも出来るやも、と。
 そんな彼を見やるドラゴン――まさにその瞬間を狙って百烈槍地獄を繰り出す。
 さらに恵の太刀に空の霊力が宿り、敵の装甲を打ち破る。
 続くアーシェスの両方の手元で斬殺ナイフの刃が閃く。小さい刃ながらも正確無比な動作で前の傷などを探りあて、切り裂いてゆく。
 これまでの経験を活かした攻撃が繰り広げられるも、ケルベロスとラハブ、それぞれの攻撃は決して当たりやすいというものではなかった。
 氷結の息吹や凶悪な爪撃が次々と繰り出されるが、躱すのは決して難しくない。命中率は凡そ2分の1。その攻撃と時を同じくして漆黒のエネルギー弾や暴力的な刃を叩き込むが、こちらもその何割かは装甲を通すことができなかった。
 こうした激しい戦いの中、暴走せし氷結だけが、ケルベロスたちの体力をほぼ確実に奪ってゆく。散華芍薬、メディカルレインと、治癒の力が迸るも次第に消耗の方が多くなってゆく。
 前回よりは緩やかではあったが、やはり戦艦竜の破壊力は尋常とは言い難い。とは言えケルベロスも攻撃力を上乗せしてきた効果は着実に現れる。さらにラハブの自滅のよる消耗も相まって、決着は想像以上に早く訪れそうだった。
(「さぁ、そろそろ行くぜ、戦狂いの勇者さんよ! まだまだ、こっから暴れさせてやらあ!」)

●終幕に向かって
 氷塊の影に隠れるようにクラッシャーの位置に移動するユスト。だが、その纏う気の質が変わったのを感じたのか、ラハブの暴走せし氷結が溢れ出した。
(「そんなマネ……認めない」)
 その動きを仔細漏らさず捉えていたノルが、ルピナスのロザリオに触れつつユストの前を塞ぐ。凄まじい勢いで凍り付く水が身体を破壊し、構成する部品を弾けさせてゆく。
 同時にヴァジュラが瓔珞を、カイザーとイチイがそれぞれ自らの主人を庇う。
(「くっ……強いな……だが……」)
 お陰で敵は自身が凍り付き、動きを一瞬止める。ゆえに薄れゆく意識下にあっても、次の動きは極めて計算し易かった。
「コードXF-10、術式演算。ターゲットロック。演算完了、行動解析完了――時剋連撃!」
 ――無意識の声が水中に響いた。
 再び動き出そうとするラハブの、一層砕け散った砲塔の奥に見える身体――装甲に覆われていないそれを、リミッターのない渾身の力で突き出した鉄塊剣が貫いた。
「あとは頼む。勝利を信じてる……俺達はひとりじゃないから」
 慟哭にも似た竜の咆哮が響く中、ノルの言葉が、残る仲間たちの耳に届いた。
(「……その意思、受け取りました」)
 このままでは前衛が消耗し、壊滅してしまうかも知れない……斃れゆくノルの言葉から逆に危機感を覚えた恵が、日本刀『煌翼』に風を纏わせる。そのまま竜の下に回り込み、烈風穿が喉元を貫いた。
(「何処までも喰らい付いて行ってやる……我が戦獄に堕ちろ、ラハブ!」)
 ヴァジュラの『暴風龍ルドラ』に、地獄の炎が注ぎ込まれてゆく。深紅に染まりし刃で暴虐とも言える一撃、暴風龍戦禍殲刃を叩き込む。
 躯を捻り躱そうとするラハブ。発生した波が戦場を揺るがしたが、戦に魂を賭ける太刀筋に淀みはない。高熱の刃が覆う凍気を払い、竜の装甲ごと焼き斬ってゆく。
「私も、借りを返します……治癒だけが私の力ではありませんから」
 続いて、これまで何度も放った試験管を投じる優雨。試験管の中の優しい雨は劇薬へと変じてラハブの装甲を溶かした。
 波がうねる。優雨の攻撃に生命の危機を感じた竜が、後衛の面々に向かって氷の息吹を吐く。
(「させるかっ……」)
 熱気の冷めぬ刃を構えたまま、彼女の前に立つヴァジュラ。竜の息吹は次々と溶け、彼の体力をこそ奪ったものの、その後方には、ただの勢いある水流と化していく。
「今だっ!」
 ポジションを変えてから機会を窺っていたユストの前にチャンスが訪れた。
(「叩き斬れッ! 黄道十二星剣――アルデバランの矛槍戟!!」)
 右腕から迸る紅き力が深紅の斧と化す。それをゲシュタルトグレイブの刃に装着、矛槍と変え、竜の装甲を貫いた。
 さらに仲間たちの刃が続く。が、かなりの消耗を強いられながらも竜の装甲は幾つかの攻撃を跳ね返し続ける。
 その間もラハブの鋭い瞳は間隙を突こうと見据え続けていた。
 その集中を削ぐべくサイコフォースの爆破を試みるも揺るがない。
(「ならば、もう一度……」)
 再び渾身の一撃を叩き込んでやろうとしたユストの腹部を、竜の凶爪が貫いたのだった。
(「ぐぐっ……ここまで、か」)
 残っていた体力が一瞬で奪われる。もう一撃……との願いは適わず、真紅の斧を装着した恰好のゲシュタルトグレイブが、虚しく空を切った。
(「いい加減しぶとい敵……じゃが、そろそろ終幕にしてやるのじゃ! カオスにはカオスな攻撃でな!」
 ドラゴンオーラで変質させた黒い炎。その炎が鎖となって縦横に伸び、ラハブの全身を封じてゆく。
 そして、竜の躯に食い込んだ鎖が、その巨躯を引き摺り込むようにして一気に海底に叩きつけた。燻る炎がさらに精神世界をも苛んでゆく。
 しばらく動きを止めるラハブ。
(「やった、か……」)
 誰もが同じ事を思ったに違いない。長きに渡る戦いの終焉を。三たび戦い抜いた死闘の果てを。
 だが、海底の竜は再び蠢き始める。
 すでに跡形も無くなりかけていた砲台から、再び冷気が零れ出す。もうケルベロスたちの継戦力にも限界の時が近付いていた。
(「ここまで来て退けるわけがなかろう。かと言って、倒せずに倒されるくらいなら……」)
 一瞬、暴走してでも決着をつけてやろうかと言う考えが、アーシェスの脳裏をよぎった。
(「これで決められなければ考えるか……のぅ、カイザー」)
 普段はからかいながら、良い関係を築いているサーヴァントを一瞬見やり、この試練を乗り越える必殺の一撃……巨大なザリガニの鋏を召喚。
 ラハブの巨躯に劣らぬ巨大なそれが、戦艦竜の全身を挟み込んだ。
 キィィィィーーーーーーッ。
 かつて発したことがないほどに甲高い、超音波の如き『声』――それは、ラハブの断末魔だったか。
 そこに更なるザリガニの追撃。もう1つの鋏が閉じた顎のように竜を挟んだ。だが、そのザリガニの鋏で傷付いた箇所から、かつてないほどの凍気が溢れ出す。災厄の白き竜あるいは氷の悪魔の最期の反撃。
 海域全部が凍りつきそうなそれが、ケルベロスたちの体力を奪う。
(「やったのじゃ。これなら悔いはないわぃ」)
 アーシェスは、消えゆく意識の中で、そう呟いていた……。

●崩れ落ちた氷結
 相模の海中深くに潜んでいた脅威の存在が、ついに力尽き、海底深くに崩れ落ちる。
 ある種耳障りな叫びと化した残響音を聞きながら、斃れたばかりのアーシェス、そしてほんの少し前に力尽きたノル、ユストらを抱え、全身傷だらけでクルーザーに帰還を果たす面々。
「これにて討伐完了じゃ! カカッ、戦艦の沈没は愉快なものじゃて!」
 斃れた仲間たちを上げ、自らも船上に立つやいなや至極愉快そうに笑うドルフィン。そこに有るのは、大きな獲物を仕留めた満足感。
「えぇ、そうですね」と短く応えながら、優雨は今回は無事に済んだサーヴァントのイチイと顔を見合わせ、そして並んで海面を見下ろした。
「イチイが何度も消滅させられた分、そして私自身も戦闘不能にされた分の借り――費やした期間の利子付きで、返しましたよ……」
「いいねぇ、それじゃ僕はこれを贈ろうか」
 そう言って、自ら身に付けているのと同じ六道銭の首飾りを懐から取り出し、海面に投げ入れる瓔珞。
「彼岸に渡る、舟の料金だよ……」
 『デウスエクス・ドラゴニア』の眷属たる戦艦竜が渡し船に乗るかどうかは知らないが、斃した相手への礼儀であり、敬意でもあった。
 ――ようやく倒した。決して楽な相手とは言い難かったけれど、それでも確かに終わった。
「ついに決着か……」
 万感の想いを込め、短く告げたヴァジュラ。その声音には、氷結竜ラハブと交わした激戦の回想が滲む。だが……その反面、愉しくもあり、そして迎えた終幕を惜しいとも感じていた。
「少し、不謹慎ですね」
 そんな彼の心中を察した恵が、小さな笑みを浮かべながら声を掛ける。三たびに度る戦いを共にすればこそ。
「ふっ……かも知れん。が、自分に嘘が付けるほど器用でもないんでな」
 と、笑って答える。その様子からは、極めて満足げな様が感じられる。
 無論、他の皆も同様に。
 ――こうしてケルベロスたちは、相模の海に拡がっていた脅威の1つ、氷結の極竜を斃した心地よい疲労感を胸に、静かに帰路につくのだった。

作者:千咲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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