失った者への愛は失われず

作者:凪木エコ

 とある夕方の公園。
 1人の少女が悲しみに暮れていた。
「何で……? 昨日までは元気だったじゃない……」
 少女が涙を流す理由。
 友達であった白い野良猫が、息絶えているのを発見してしまったのだ。
 その猫の名を『シロ』。決して少女に懐いていたわけではない。それでも少女は愛着を持って毎日餌を与え続けてきた。
 いつもの場所、いつもの時間に白猫はいた。いつもと違うのは白猫が冷たくなっているということだけ。
 そのたった1つが、少女の心をどうしようもなく締め付けてしまう。
 まだ小さい白猫を、少女はそっと抱き寄せる。
「ねぇ……、いつもみたいに嫌がって離れてよ……、これからも素っ気なくていいから……、目を覚ましてよ……っ!」
 突如、少女の背後から声が聞こえる。
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ」
「……?」
 少女は振り向こうとするが自分の腹部に違和感を感じ、視点を下げてしまう。
 自分の腹部から『何か』が飛び出していた。
 違う、自分の背中から腹部までを『何か』が貫いているのだ。
 それは巨大な鍵。
 鍵を突き刺した張本人である、黒いコートを羽織った女の名は陽影。ドリームイーターだ。
 少女と同じくらいの齢に見えるが酷く澱んだ瞳をしており、まるで死を司る死神のよう。
 恐怖と混乱で声を出すことのできない少女の耳元で陽影は囁く。
「壊したいけれど、触るのも嫌だから自分で壊してしまいなさい」
「あ……」
 短く悲鳴を上げた少女は、白猫を抱えたまま倒れ込んでしまう。
 その横には少女の代わりと言わんばかりに、少女の心から生まれたドリームイーターが佇んでいた。
 3メートルを優に超えるドリームイーターはカタコトで呟く。
「殺ス……。ノラネコハ全テ」
 心臓部には、失った愛を隠すかのようにモザイクが施されていた。
 夕方の公園に、死神の笑い声が響き渡った。
 ヘリオライダーであるセリカ・リュミエールは事件の内容を話し始める。
「見返りの無い無償の愛を注いでいる人が、ドリームイーターに愛を奪われてしまう事件が起こっています。愛を奪ったドリームイーターは『陽影』という名のようです」
 彼女の正体は未だに謎に包まれており、奪われた愛を元にして現実化したドリームイーターで事件を起こそうとしているようだ。
「少女から生まれてしまったドリームイーターは、現在街に多数存在する野良猫を殺害しようと徘徊しているようです。……あんまりです。少女はそんなこと望んでいるはずがないのに……!」
 セリカは苦しそうに声を振り絞る。
「愛を奪われる被害者をこれ以上増やさない為にも、ドリームイーターを撃破して下さい。少女の心を取り戻してください……!」
 ターゲットのドリームイーターは、野良猫の多いスポットに向かっているようだ。とある廃墟には、大多数の野良猫が目撃されており、比較的広い場所でもある。戦いに適した場所になるだろう。
 セリカはケルベロスのメンバーに頭を下げる。
「戦いが終わった後は、少女の心のケアも是非お願いしたいです。目覚めてしまったら、きっと辛い思いをするでしょうし……」


参加者
ライカ・アルセ(野性の鼓動・e04599)
神威・空(虚無の始まり・e05177)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
櫛乃・紅緒(雨咲フローリス・e09081)
雪村・達也(漆黒に秘めし緋色の炎剣・e15316)
鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)
夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)
エドワウ・ユールルウェン(ドリーミングナイト・e22765)

■リプレイ

●廃墟を訪れる
「彼女のために大元へ何もできないのが心苦しいですね……」
 痛む胸にそっと手を当ててるのは、夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)。愛称はテレーゼ。
 真のシスターになるべく戦い続けるテレジアが、人一倍生死について考えてしまうのは無理もない。
「私も少女同様に大切な物を失ったことがあります。……それでも時は進み続けるのです」
 夕焼けと等しく、赤く澄んだ瞳を閉じるテレジアの肩にそっと手を置くのはリュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)。
 未熟児として生まれ、小さな翼が印象的なリュセフィーだが、その心は大きく寛容。
「この戦いが終わり次第、少女に新たな1歩を踏み出す勇気を与えましょう。シスターであるテレーゼさんにならきっとできます。ね?」
 心理学に長けるリュセフィーだからこそ、相手の気持ちをいち早く把握し、人の心をケアすることができる。
「……」 
 最後尾を歩く、神威・空(虚無の始まり・e05177)は無言ながらも拳を強く握り締めていた。
 普段から黙して語らず、気持ちを外に出すことを控える傾向にある空も、静かな怒りを抑えてるのだ。
 仕事人気質だからこそ、悟られないように後ろを歩いているのだろう。
「着きましたね」
 先頭を歩いていた鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)は目的地である廃墟の前で止まる。
 メガネのブリッジを抑えながらも、潮流は廃墟を見上げる。
 自然愛好家の彼にとって、廃墟が何を意味するのかは周りのメンバーには定かではない。
 ウェアライダーのライカ・アルセ(野性の鼓動・e04599)の耳がピク、と動く。複数の猫の声を確認したのだ。
 少し下がり気味なメンバーの気持ちを吹き飛ばすべく、明るくも元気いっぱいな笑顔でライカは語りかける。
「さぁ! まずはここにいる野良猫たちを1つにまとめようか」
 メンバーの考えた作戦。
 ドリームイーターが来る前に廃墟にいる猫を全てまとめ、避難誘導をするというものだ。
 猫を探知できる能力がドリームイーターにあるわけではないので、メンバーは猫を集めるべく、できるだけ早くやって来ていた。
 櫛乃・紅緒(雨咲フローリス・e09081)の足元に早速、1匹の猫が歩み寄ってくる。
「ふふ♪ もう猫さん来はったわ」
 京都弁のはんなり言葉を使う紅緒は、猫に微笑む。動物の友の能力を持っている紅緒にとって、猫と交友を深めることは造作もないらしい。
 紅緒はスカートを折ってしゃがみこむと、猫の喉元を優しく撫でてあげる。猫は嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
 同じく動物の友の能力を持つエドワウ・ユールルウェン(ドリーミングナイト・e22765)も、
「おれもねこさんの、避難のお手伝いします。ほらほらネコさん。あぶないから、ここからはなれてねー」
 のんびり屋で起動が遅いエドワウも、キビキビとまではいかないが、小柄な身長ながらも精一杯に建物周りにいる猫たちを集め始める。
 テレジアとライカも含めて計4人が動物の友を駆使していけば、短時間で誘導することも不可能ではないだろう。
「へぇ……。ここなら存分に暴れられそうだな」
 ドリームイーターの襲撃に備え、建物内から外の警戒をしているのは、雪村・達也(漆黒に秘めし緋色の炎剣・e15316)。
 地獄化した右腕が窓から入る風になびき、クールな印象の達也を更に引き立たせる。
 達也の背後から聞こえる猫の鳴き声。
「! ……」
 誰もいないことを確認すると、達也はゆっくりと猫に近づこうとする。
 達也は実のところ、クールを装っているのだ。さらに言うと、猫と戯れたかった。
 出来る事なら猫と戯れたいと思っていたが、猫の安全のためにも気持ちを押さえ込んでいたのだ。
 そっと手を差し伸べるが、達也の気持ちは届かず。
 ぷい、と猫はどこかに行ってしまった。
「……仕方ない、か」
 きっと仲間たちならば、全ての猫を集めることができるだろうと、達也は警備を続けることにした。
 
●招かざる客
 屋上で警備をしていた潮流は眉間を皺寄せる。
「もう少し、遅くても良かったのですが……」
 3メートルの体躯もあれば、遠くにいようが発見できてしまう。
 そう、ドリームイーターだ。
 敵が来たことを知らせるように、潮流の甲高い指笛が廃墟にいるメンバーに警鐘を鳴らす。
 一緒に行動していたリュセフィーとエドワウも動揺を隠せない。
「まだ猫の全てを逃せていないですよね……。エドワウさん」
 理解したかのようにエドワウは片目を閉じ、アイズフォンによって紅緒に連絡をする。
「紅緒さん、ネコはいまどれくらい、いますか?」
 廃墟の裏庭で、メンバーの集めたネコを率いていた紅緒は即答する。
「今で27匹やね。そろそろ全部やとは思うけど、なんせ数が多いから……。まだおるかも……」
 悩む紅緒の前に、猫を抱えたライカとテレジアがやって来る。
「この猫たちだけでも避難させよう! ボクはもう少し周りを確認するから、2人は猫たちをお願い!」
「分かりました! 紅緒様、行きましょう!」
 30匹近い猫を引き連れた2人はドリームイーターから離れるように、廃墟を後にした。
 数分後。いよいよ廃墟の敷地内にドリームイーターが侵入してくる。
 不運にもその目の前には猫が。
『ノラネコ……殺ス』
 モザイクだらけの身体から形成した巨大な鍵をドリームイーターは振りかざす。
 そして、猫目掛けて振り下ろした。
「ぐっ……!」
 間一髪、滑り込むように猫の盾になったのは達也。
 背中から切り裂かれたものの、幸い致命傷には至っていない。
 驚いた猫は、そのままドリームイーターに背を向けながらも廃墟外へ飛び出していく。
『邪魔者モ、殺ス……』
「邪魔者は貴様だ……」
 ライドキャリバーの『銀月』に跨った状態で突進してくるのは空。
「指天殺……!」
 ドリームイーターの気脈を断ち、一瞬だが動きを止めることに成功。
 そして、その一瞬でケルベロスの全メンバーがドリームイーターを包囲する。
 達也の元に駆け寄ってくるのは紅緒。
「雪村さん、今、回復しますえ。……君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな……」
 光札『桐に鳳凰』を媒介にした花鳥風月の御業が、鳳凰の癒しの加護を達也に与える。
 背中の傷は瞬く間に塞がっていく。
「ありがとな紅緒さん。さて、役者は揃ったみたいだし、ひと暴れしようぜ」

●愛を取り返せ
「ヒールドローン!」
 テレジアの声と共に、神聖な光を帯びた飛行物が、前衛で戦う仲間を守る。また、猫が怖がらないようにと隠れていた、全身骨の化石のような翼竜のボクスドラゴン『コマ』も仲間たちを身を呈して守っていた。
 最前列で戦う潮流の腕から、紫色の電光が迸る。
「紫電に巻かれ、跪け!」
 自然から雷の力を巫術で引き出し、腕に纏わせ叩き付ける潮流のオリジナルグラビティ、縛鎖紫電撃(バクサシデンゲキ)。
『グヴァアアアアア……』
 ドリームイーターを包み込む紫電が、バチバチと帯電し続ける。
「さっきの借りはここで返すぜ?」
 すかさず接近するのは、猫の代わりに巨躯な鉄塊剣を構える達也。
 達也の腕が膨れ上がる。
「絶空斬!」
 空の指天殺によって僅かに空いていた穴を的確に達也は横一閃、薙ぎ払う。
 ドリームイーターのフラストレーションは高まるばかりだ。
『邪魔……スルナァァァ!』
 ボコボコと泡立った身体から飛び出したモザイクの破片が、紅緒目掛けて襲いかかってくる。
「痛っ……!」
「サポート、します」
 エドワウはまるで呪文を唱えるかのようにオリジナルグラビティを唱える。
「星たち。きらきら。ごちそうさま。そばに。いっしょに、」
 ドリームイーターの身体が傾く、いや、沈んでいく。
 ドリームイーター周辺の地面が、まるで沼のように粘着質の液体に変わっているのだ。
 かぱ、とエドワウの口が開く。
 その口は有り得ないくらい大きな口になっていた。
「……いただきます」
 ドリームイーターにかじりつくエドワウ。さすがに飲み込むとまではいかないが、何口かで胃に収まってしまうのではないだろうか。
『グヴァアアアアア!』
 そうはさせまいと、引き離すべく形成した心の鍵をドリームイーターはエドワウに叩きつけ、小柄なエドワウは簡単に吹き飛ばされてしまう。
 追撃に備えるように、エドワウのボクスドラゴン『メル』がエドワウのもとへ駆けつけ、翼を広げる。
「私が皆さんの傷を癒します。オラトリオヴェール」
 リュセフィーのオラトリオヴェールが真っ赤な空にオーロラのカーテンを彩らせる。
 ダメージを負った紅緒とエドワウの傷が優しい光に癒されていく。
『ノラネコ……、イナイ……、ドコ……』
 モザイクヒーリングによって、傷を癒しながらも辺りを見渡すドリームイーター。
 メンバーも野良猫に被害を与えないために、細心の注意を払いながら戦っている。
 そんなメンバーたちの耳に、猫の鳴き声が近づいてくる。
 建物から外に出てきた1匹の猫。どこか隙間にでも隠れていたのだろうか?
 ドリームイーターが見逃すわけがない。
『死ネェェェェェ!』
 モザイクが泡立ち、破片が飛び散る刹那、
「危ない!」
 エアシューズで地面を蹴り上げるライカの旋刃脚が、ドリームイーターにヒット。直後に発したモザイク攻撃の軌道を逸らすことに成功する。
「ここにいるよりはマシだろう」
 猫が散り散りになるのを避けるために控えていたものの、潮流は殺界形成を発動。
 猫は総毛立つと、一目散に戦闘地を離れていく。
 そして、建物から飛び出してくる猫も既にいないようだ。
「そろそろ、おしまいにしよか。女の子を勇気づけるためにも」
 紅緒の弓から放たれたハートクエイクアローが的確にもモザイクがかった心臓に突き刺さる。
 痛さで叫び声を上げることもなく、ドリームイーターの視界が閉じていく。
 懐に飛び込んでいるのはライカ。
「災厄を司りし御霊の鎖よ……今こそ我が拳撃に宿りて仇なす者を討つ力となれ……禍津・招来!」
 御業にて呪詛と重力鎖を編み上げた禍津霊之鎖を部位に纏わせ、目まぐるしい連撃をドリームイーターに撃ち込んでいく。
 最後の一撃を浴びせるべく、ライカは低く屈む。
 そして、爆ぜるように地面を蹴り上げると、渾身の一撃をドリームイーターの腹部に叩き込む。
 3メートル近い巨体が宙に浮かび上がる。
「ラスト、任せたよ!」
「任された……」
 ライカとバトンタッチするかのように、ドリームイーターの真下で空が構えている。極大の黒いオーラを身に纏いながら。
「これで……終焉だ。武神乱舞ー終焉瞬動断(ブシンランブシュウエンシュンドウダン)!」
 黒い嵐の猛攻がドリームイーターを包み込む。繰り出す手刀、放たれる蹴りはドリームイーターの身体をみるみる切り裂いていく。
 今の空はまさに武神。
「断ち斬る……闇を、悪意を、運命を!」
『ァァァ……!』
 ドリームイーターの心臓を空の手刀が貫き、身体が蒸発するかのように、冬の夕日に溶けていく。
 猫の鳴き声が廃墟に近づいていく。
 
●弔い、踏み出す
 夕方の公園。長い悪夢を見ていたであろう少女は、ゆっくりと瞳を開く。
「あ……! ……うぅ」
 少女が抱える白い子猫は動かない。
 悪夢はまだ続いているのだろうか。
「元気を出さないと、猫も悲しみますよ。さぁ、顔を上げてください」
 少女は腫れ上がった瞳のまま、声のするほうを見上げる。そこにはリュセフィーたちケルベロス一同がいた。
 エドワウが少女の涙をハンカチで拭っている間に、達也が言うのだ。
「猫は臆病で警戒心の強い動物だ。この白猫くんはよっぽど君に懐いていたんだろうな」
 紅緒は言葉を付け足す。
「毎日……、きっと貴女と会えるの待っていたんやと思います。だから、ずっと……同じ場所におったんやねえ」
 少女は驚いてしまう。自分は嫌われているとばかり思っていたが、そうではなかったのだろうかと。
 また涙が溢れ出てしまいそうになる少女。すかさずライカが抱擁するが、ライカの瞳も潤んでいる。
「辛いよね、寂しいよね……うん、今は泣くなとは言わないよ。でも、いっぱい泣いて落ち着いたら、其の子をゆっくり眠らせてあげよう。其の子との思い出を胸に、笑顔で進んで行く為に……ね?」
 一同の温かい言葉に泣き続ける少女。
 その後、空と潮流が作っておいた墓に子猫は埋葬をされ、シスターであるテレジアによって祈りを上げられた。
 白い子猫は一同に見送られながらも、天に召されたのだ。
 少女の心はまだ完全には癒えてはいないだろう。けれど、ケルベロスのメンバーに感謝を告げた時の笑顔は力強く、前に進もうとしていたのが伺えた。

作者:凪木エコ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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