●擬態のビジョン
冬鳥たちの控え目な囀りが森の中から消えた。
代わって空気を震わせるのは、周囲を白く染めた雪よりも冷たい印象を与える女の声。
「多くの同族がケルベロスに倒されました。でも――」
声の主は女郎蜘蛛に似たローカストだった。
彼女が語りかけている相手もまたローカストだが、その姿を見て、昆虫を連想する者はいないだろう。きっと、べつのものが思い浮かぶはずだ。
「――貴方は私の期待を裏切ったりしないはず。そうでしょう?」
「きゅん!」
と、『べつのもの』に似たローカストが愛らしい声をあげる。
「良いお返事ですわ。では、殺してきてくださいな。人間たちを」
女郎蜘蛛型ローカストは『べつのもの』の頭に顔を近付け、囁くような調子で繰り返した。
「殺してきてくださいな」
「……な、なんだ、これは?」
一眼レフを首から下げた初老の男が森の中で呆然と立ち尽くしていた。
彼の視線の先にあるもの。
それは木の枝に似ていた。形も。色も。もしかしたら、手触りも似ているかもしれない。
同時に、木の枝に似ていなかった。なぜなら――、
「デカすぎるぅー!」
男は思わず叫んだ。
そう、それはあまりにも大きすぎた。長さは二メートルを超え、太さは二十センチほど。枝ではなく、木の幹から別の細い木が生えているように見える。
突然、その枝ならぬ枝――細長い体躯のローカストが木から離れ、男に飛びつき、大蛇のように巻き付いた。
「――!?」
悲鳴をあげる暇もなく、男は転倒し、すぐに意識を失った。
「きゅーん!」
男に体を巻き付けたまま、枝型のローカストは鳴いた。
女郎蜘蛛型のローカストに向かって。
その場に女郎蜘蛛型のローカストはいないが、枝型のローカストは信じているのだ。
彼女はどこかで自分を見守ってくれている、と。
きっと、自分を褒めてくれる、と。
●素兎&ダンテかく語りき
「長野県の山中にローカストが出現したっす」
ヘリオライダーの黒瀬・ダンテがケルベロスたちに報告した。
彼の横には因幡・素兎(裏町ラビット・e12904)がいた。『横』といっても、けっこうな距離がある。その距離は物理的なものだけではないらしい。素兎に目をやる度に、ダンテの整った顔には微かに(しかし、明らかに)恐怖の色が浮かぶのだから。
彼が自分を恐れる理由が判らず、素兎はきょとんとしていたが、すぐに気を取り直して、たどたどしく語りかけた。
「もしかして、その、ローカストは……」
「はい。かねてから因幡さんが予想していた通り、ナナフシ型のローカストっすよ」
素兎にそう答えた後、ダンテは他のケルベロスたちに確認した。
「皆さん、ナナフシは御存知っすよね? 木の枝みたいな形をした……ほら、小学校の理科の教科書なんかに『擬態』の一例として写真が載ってたじゃないっすか。あれっすよ、あれ」
件のローカストの形はエダナナフシに似ているという。しかし、本物のエダナナフシよりも柔軟であり、蛇のようにとぐろを巻くこともきできるらしい。また、エダナナフシにはない翅が背中に収納されている。それは飛行ではなく、攻撃のための器官だが。
「以後、このロカーストのことは『ナナシ』と呼ぶっすね。ナナフシを縮めて『名無し』と引っかけてみました」
会心の命名だと思っているのか、ダンテは得意げな眼差しで皆を見回した。投げられた棒切れをくわえて持ってきた子犬のように。
素兎を含むすべてのケルベロスが『子犬』からそっと目をそらした。
そんなリアクションに気付くこともなく、ダンテは話を続ける。
「現在、巽・悌次(たつみ・ていじ)さんというかたがナナシに捕われているっす。ナナシに巻き付かれた状態で気を失って、グラビティ・チェインをちゅうちゅうと吸い取られているんですよ。吸収の速度はゆっくりですから、すぐに死に至ることはないはずですが……」
「ケルベロスが、攻撃を、しかければ、ナナシは、すぐにテイジから離れて、戦闘に、専念するですか?」
素兎が尋ねると、ダンテはかぶりを振った(いつの間にか、その顔からは恐怖の色が消えている)。
「いえ、そういう展開にはならないっすね。ナナシは『上臈の禍津姫』ネフィリアなる女郎蜘蛛型のローカストの指示を受けて、グラビティ・チェインを奪っているみたいなんですよ。で、本人の知能が低い上にネフィリアへの忠誠心が高いようですから、グラビティ・チェインの吸収をなによりも優先すると思われるっす」
ナナシは悌次に巻き付いてグラビティ・チェインを吸い取りながら、ケルベロスたちに対処しようとするだろう。攻撃手段が限られるので、ナナシにとっては不利ではあるが、ケルベロスたちにとっても好ましい状況とはいえない。ナナシを攻撃すれば、密着している悌次も少なからずダメージを受けるからだ。
「そういうわけなんで、悌次さんへのヒールも忘れないほうがいいっすね。あるいはなんらかの策を用いて、悌次さんから引き剥がすか……」
「現場には、ナナシ、だけじゃなくて、ネフィリアとかいうのも、いるですか?」
「いないと思いますよ。仮にいたとしても、隠れて見てるだけで、ナナシを助けたりはしないでしょうね。ネフィリアからすれば、ナナシは使い捨ての道具に過ぎないっす」
「……使い捨てだとぉ?」
素兎の目が凶悪な光を放ち、口調が荒っぽいものに変わった。
「同族を道具扱いして、自分は高みの見物かよ。きったねえ女だなぁ、ネフィリアってのはよぉ! 許せないぜ!」
「そ、そ、そうっすね。ネフィリア、マジ許せないっす」
がくがくと震えながら、ダンテは同意した。この豹変を恐れていたのだろう。
しかし、ヘリオライダーとしての責任感で恐怖心をなんとか抑え込み――、
「とはいえ、今はネフィリアよりもナナシを倒すことを最優先してほしいっす。巽さんを助け出すために。お願いしまっす!」
――そう言って、皆に頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645) |
ミツキ・キサラギ(弩級砲塔狐・e02213) |
インバー・パンタシア(その身に秘めしは鋼鉄の心・e02794) |
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881) |
黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471) |
イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555) |
鳳・都(瑠璃の鳥・e17471) |
クルル・セルクル(兎のお医者さん・e20351) |
●森で出逢い……
雪を被った森の中。白と緑と茶色で構成された世界をケルベロスたちが行く。
「私、虫って、大嫌いなのよね」
枝をかきわけ、雪を踏みしめながら、イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)が吐き捨てた。
「動きが気持ち悪いし、フォルムも不気味で不格好。まあ、信頼されている相手に道具扱いされているのはちょっと哀れだけど、だからといって――」
「――人を襲っていい理由にはなりませんよね」
横を歩いていたクルル・セルクル(兎のお医者さん・e20351)が後を引き取り、自分に言い聞かせるように呟いた。
「確かに哀れですが……いえ、哀れだからこそ、罪を重ねぬよう、葬ってさしあげましょう」
「でもよぉ、ネフィリアとかいう奴は織り込み済みなのかもしれねえぞ」
と、巫女装束の上にワークギアを着込んだミツキ・キサラギ(弩級砲塔狐・e02213)が言った。
「こういう風に俺たちがナナフシ野郎に同情してしまうこともな。だとしたら、腹立たしいぜ」
「そうじゃのう」
老ドラゴニアンのインバー・パンタシア(その身に秘めしは鋼鉄の心・e02794)が頷いた。
「しかし、ネフィリアとやらがいかに利け者であろうと、因果応報というものからは逃げられんよ。弱者の命を使い潰すような真似を続けておったら、いつかきっと手痛いしっぺ返しを食らうはずじゃ。場合によっては、ワシら自身がしっぺ返しを食らわせに行くかもしれんがのう」
やがて、ケルベロスは森を抜け、天然の広場とでもいうべき開けた場所に出た。
中央に人が倒れている。
巽・悌次だ。
その体に巻き付いているのはナナフシ型ローカストのナナシ。
彼(彼女かもしれないが)は頭をもたげて、ケルベロスたちに複眼を向けた。悌次から離れる気配はない。
「さて、仕事の時間だ」
誰にともなく宣言したのは甲冑姿の黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471)。兜のスリットからナナシを見据えて、ヒールドローンの群れを放出していく。
「随分と余裕があるじゃない」
と、イリスがナナシに語りかけた。
「敵が目の前に現れたのに、獲物から離れないなんてね。私、虫が大嫌いだけど――」
彼女の手の中で黒い茨型の攻性植物が蠢き、収穫形態に変わっていく。
「――そうやって舐めた態度を取る輩も大っっっ嫌いなのよ!」
怒声に応じるかのように、攻性植物は黄金の果実の光を後衛の仲間たちに浴びせた。
後衛陣のために発せられた光はそれだけではない。雷の壁も前面を覆った。クルルのライトニングウォールだ。
「きゅん!」
二種の光とドローンに守られたケルベロスたちに向かって、ナナシが愛らしい鳴き声を上げた。
たぶん、威嚇しているつもりなのだろう。
●森で戦い……
「見た目と声のミッスマッチ感が半端ないな」
苦笑を浮かべつつ、クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)が斬霊刀を抜いた。
他の者たちも得物を構えて身構える。ただ一人、ミツキを除いて。彼はその場に止まらず、力強い足取りでナナシに迫った。
「ミツキ坊。慎重に。慎重にな」
「『ミツキ坊』はやめろよ。俺ァ、ガキじゃねえんだ」
背後から声をかけてきたインバーにそう返して、ミツキはナナシの体に手をやり――、
「そりゃあ!」
――ワークギアの防具特徴である『怪力無双』を活かして、悌次から引き剥がそうとした。
「きゅん!」
と、甲高い声を発して、ナナシは抵抗した。
「離れろぉ!」
「きゅん!」
「離れろ、この野郎!」
「きゅーん!」
「離れろっつってんだよぉ!」
「きゅうぅぅぅーん!」
もし、声だけを聞いている者がいたら、『まとわりついてくる愛らしい小動物を足蹴にするチンピラ』というような光景を思い浮かべるかもしれない。
「力比べでは埒が明かないみたいだね」
「そのようだな」
鳳・都(瑠璃の鳥・e17471)と大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645)が言葉を交わした。
「ならば――」
クーゼがナナシに突進し、雷刃突を見舞った。
「――諦めるまで叩き込むだけだ!」
続いて、都が回転弾倉式グレネードランチャーによるクイックドロウでナナシの脚の関節を狙い撃ち、凛も慎重に狙いを定めて気咬弾を放った。
「きゅーん!」
激怒と激痛が生み出した声(なのだろうが、あいかわらず可愛い)を響かせるナナシ。それでも悌次からは離れることなく、背中に収納されていた翅を展開した。
翅が小刻みに振動し、不快な音波がケルベロスたちを襲う。
その標的となったのは、ナナシを攻撃した三人を含む後衛ではなく、ミツキのいる前衛だった。
「うぉ!?」
耳の穴に捻じ込まれてくる痛みにミツキが呻く。
同じく前衛である鋼は音波をなんとか躱した。インバーに向かった音波は凛のライドキャリバーのライトが盾となって防いだ。
「きゅん!」
『恐れ入ったか!』とばかりにナナシが鳴いた。後衛は黄金の果実とライトニングウォールで異常耐性を付与されているから、催眠効果を持つ破壊音波は有効ではない――そんな計算が働いたわけではないだろう。ナナシの行動原理は単純だ。『人間を殺し、グラビティを奪取せよ』というネフィリアの至上命令に従うだけ。
都が呆れ顔でかぶりを振った。
「自分にダメージを与える者じゃなくて、獲物から引き剥がそうとする者のほうを狙うとはね。命よりも使命が大事ってことか。でも、死んじゃったら、使命を果たすこともできないのに」
「迷うところだな。ネフィリムへの忠誠心を讃えるべきか、あるいは愚かさを笑うべきか……」
そう言いながらも、鋼は相手を讃えもせず、笑いもせず、甲冑の腕部に装着された『ムーンライト』から治癒光波を発射した。対象はミツキだ。
「ありがとよ、鋼」
頭の中がクリアになっていく感覚(破壊音波による催眠が解けたのだ)を覚えつつ、ミツキはルナティックヒールの球弾を投擲した。
「こういう技は趣味じゃないんだけどね」
と、都も球弾を撃ち出した。トラウマボールだ。
ミツキの黄色い球弾が悌次に命中して体力を回復させ、都の黒い球弾がナナシに命中して傷を負わせた。
「きゅん!?」
度重なる攻撃(とミツキとの力比べによる疲労)によって、ナナシは思わず悌次から離れた。
それでも、また獲物に絡み付こうとしたが――、
「動きを止めよ!」
――凛の怒号に打ち据えられた。比喩ではない。その叫びは、ドラゴニアンの力を宿した『神龍の咆哮』だったのだから。
間髪を容れず、イリスが『悪夢の揺り籠(ナイトメアクレイドル)』の呪文を詠唱した。
「闇より深い永遠(とわ)の眠りを貴方に……」
黒い茨型の攻性植物がナナシを包み込み、無数の棘を体に突き刺して猛毒を流し込んでいく。
毒だけでは終わらない。斬霊刀の刃が走り、棘によって生じた傷口が無残に抉られた。クーゼが絶空斬を放ったのだ。
「きゅーん!」
苦しげに鳴きながらも、ナナシは悌次に迫っていく。グラビティ・チェインを吸収するために。ネフィリアから与えられた至上命令のために。
だが、あと一歩というところでインバーに行く手を阻まれた。
「これ以上、近寄らせやしねえ。そのまま地べたに這いつくばってろ!」
普段の好々爺然としたそれとは違う乱暴な口調で罵りつつ、太い尻尾でナナシを弾き飛ばす。強烈なテイルスイング。
「今のうちに悌次さんを!」
前衛にエレキブーストを飛ばしつつ、クルルがヴァオ・ヴァーミスラックス(ドラゴニアンのミュージックファイター・en0123)に指示を送った。
「おう!」
意識を失ったままの悌次を引きずって、ヴァオはその場から離れた。喜色満面。重要な仕事を任されたのが嬉しくてたまらないのだ。しかも、堂々と戦線から離脱できる。臆病者の彼からすれば、これほど美味しい役目はなかった。
だが、天然の広場の縁に到達したところで――、
「後は俺に任せてください」
――と、サポートとして同行した御子神・宵一が悌次を引き取った。
「……え?」
呆然とするヴァオの前に第二のサポートメンバーが現れた。
比嘉・アガサだ。
宵一に手を貸しながら、彼女はヴァオに言った。
「このおじさんは私たちが安全な場所につれていくから、ヴァオは戦闘に戻っていいよ」
『戻っていいよ』と言っているが、実質的には『戻りなさい』という命令である。
「いやいやいやいや!」
ヴァオは我に返り、宵一とアガサに加わろうとした。
「俺も行く! これは俺の役目だから! 役目だから! やーくーめーだーかーらー!」
「とか言って、おじさんを避難させるついでに逃げたいだけでしょ。気持ちは判るけど、そういうのはダメだよ」
「違げーよ!」
ヴァオは必死に食い下がったが、アガサは耳を貸すことなく、宵一とともに立ち去った。
「さあ――」
と、ヴァオの背後から腕を掴んできたのは、第三のサポートメンバーの玉榮・陣内だ。
「――仕事、仕事。働こうぜ」
「やだー! 俺も避難するぅー!」
「駄々っ子か、おまえは」
ヴァオを半ば引きずるようにして、広場の中央に歩き始める陣内。その姿は、死刑囚を断頭台に連れていく刑吏を彷彿とさせた。
幼児を歯医者に連れていく保護者にも似ていたが。
●森で倒し……
ナナシの攻撃は激しかったが、ケルベロスたちは屈しなかった。どんなに傷を負っても、クルルがウィッチオペレーションで治していくし、アガサたちの親切(?)で早々に戦線復帰したヴァオもいる(クルルに比べると、いささか頼りない回復役だったが)。
一方、癒してくれる仲間もいなければ、癒す術も持っていないナナシは劣勢に追い込まれていたが――、
「きゅーん!」
――おなじみの声をあげて、ネフィリアのために戦い続けた。
その声を打ち消すかのようにライトがガトリングの連射音を響かせる。
「いいぞ、ライト!」
一輪の相棒にタイミングを合わせて、凛が二振りの剣を振るった。『黒楼丸』と『白楼丸』と名付けたその自作の斬霊刀から放たれたのは二刀斬霊波。
ナナシの細長い腹部で二条の傷が交差し、緑色の血が噴き出した。
「動きや外見だけじゃなくて、血の色まで気持ち悪いのね」
舞うような動きでイリスがナナシに接近し、旋刃脚で急所を貫き、素早く距離を開けた。
「きゅーん!」
新たな傷口から新たな血を流しつつ、ナナシはイリスを追い、両手の鎌を振り上げる。
だが、鎌が唸りをあげて斬り裂いた相手はイリスではなく、己の身を盾にして彼女を守ったインバーだった。
「灯れ、紅炎!」
インバーの手に紅蓮の炎が生じたかと思うと、すぐに緑に変色して、全身を覆い尽くした。傷を癒すと同時に防御力を高める『翠炎廻天掌(スイエンカイテンショウ)』だ。
鎌に受けた傷が塞がっていく様を確認もせず、ナナシを睨みつけたまま、老ドラゴニアンは後方の鋼に声をかけた。
「やれ、鋼坊」
「『鋼坊』はやめてくれ。俺も子供じゃないんだ」
インバーにそう返して、鋼は走り出した。その後をミツキが追い、更にクーゼが続く。
「一つ!」
鋼の破鎧衝がナナシを撃ち抜いた。
「ふたぁーつ! 断絶剣、滅鬼怒ぉぉぉ!」
剣の形状をした緋色のエネルギーがミツキのアームドフォート『弩級砲搭《狐龍》』から生み出され、ナナシを攻め立てた。
「三つ……終の型、終焉座標」
クーゼの愛剣の刃が暗闇を纏い、檻を構成するかのように縦横無尽に動いて、ナナシを斬り刻んだ。
「きゅふぅぅぅーん」
三連打を食らったナナシは力なく鳴き、後退りして間合いを広げようとしたが――、
「おっと、逃がすわけにはいかない」
――都が操る御業に拘束された。
そして、都はグレネードランチャーを連射した。目の前にいる敵ではなく、誰もいない空に向かって。
数瞬の後、極めて局地的な雨がナナシに降り注いだ。『銀蝕の鬼雨(シルバーレイン・トレンシャル)』という名の硝酸銀の雨。
「使い捨ての境遇には同情するけど……すまないね。これが僕たちの仕事なんだ」
劇物の雨を浴びるナナシに憐憫の眼差しを向けて、都は詫びた。
「きゅぅぅぅぅーん!」
顔を四方に巡らせながら、使い捨ての虫は悲しげに鳴いた。どこかで自分を見ている(と彼は信じているのだろう)ネフィリアに助けを求めているのかもしれない。あるいは許しを乞うているのかもしれない。
「もういらっしゃいませんのよ。貴方を助けてくれるかたも、許してくれるかたも、褒めてくれるかたも……」
クルルがゆっくりとナナシに近付いていく。攻撃用のグラビティである『Amp(アンプテイション)』を繰り出す準備を整えながら。もう仲間を治癒する必要はないと判断したのだ。
「理の通じぬ異形でさえなければ、判り合えたかもしれませんね。残念です」
「きゅっ……」
ナナシの最後の鳴き声は途中で断ち切られた。
『Amp』の不可視の刃によって。
●森で弔う
白い息を吐きながら、ミツキが雪の上で舞っていた。
ナナシへの弔いの意味を込めた巫女舞だ。
現役の巫女であるためか、その姿からは清冽なオーラのようなものが感じられるが――、
「はい、終了!」
――舞いを終えると、いつもの悪童じみた顔付きに戻った。
そこに近付いてきたのは、友人であるクーゼと鋼。二人が手を掲げると、ミツキもそれに倣い、勝利を祝してハイタッチをきめた。いや、きめようとした。しかし、上手くいかなかった。身長差がありすぎるのだ。
長身のクーゼが手を下ろし、あるいは腰を屈めて、短躯のミツキが背伸びし、あるいはジャンプして、中背の鋼はただ立ち尽くし……十数秒に渡る試行錯誤の末、ようやく四つの手が合わさった。ミツキ、クーゼ、鋼。そして、悌次。
「……って、なんであんたがしれっと混じってるんだ? 向こうで気絶してたんじゃなかったのか?」
憮然とした面持ち(兜を被っているので外からは見えないが)で鋼が尋ねた。
「ヒールのグラビティですっかり元気になったみたいですよ」
と、悌次を治療していた宵一が苦笑交じりに答えた。
悌次のほうは苦笑でない笑顔を見せて、皆に感謝の意を伝えた。
「本当に! 本当に! 本当ぉぉぉっにありがとうございました!」
「礼には及ばない」
凛が微笑を返し、悌次の首に下がっているカメラに目をやった。幸運にも傷一つついていない。
「無事でなりよりだ。これからも写真活動を頑張ってくれ」
「よろしければ――」
と、クルルがなんの気なしに提案した。それが取り返しのつかない言葉であることも知らずに。
「――私たちと記念写真でもお撮りになりますか?」
『よせ! やめろ!』とヴァオが目顔でクルルに警告を送ったが、もう遅かった。
「いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えて!」
悌次が目を輝かせる。水を得た魚……いや、肉を前にした狼か。なんであれ、先程まで死にかけていた人間には見えない。
「しかし、私ごときが入るのは恐れ多いですから、皆さんだけをお写ししますよ。あ、ポーズとかは任せてください。きっと、いい思い出になりますよぉ。さあ、どこを背景にして撮ろうかなあ」
嬉々として撮影の準備を始める悌次。『私ごときが入るのは恐れ多い』というのは建前で、『撮る側でないと嫌なんだ!』というのが本音だろう(もちろん、セルフシャッターによる撮影などもっての外だ)。
絶望的な顔をして、ヴァオが小声で皆に言った。
「あの手の素人カメラマンに撮影の機会を与えちゃいけねえ。絶対、めんどくせぇことになるんだからよぉ」
『めんどくせぇ』どころではなかった。悌次が背景やアングルや皆のポーズを決めるまで、小一時間ほどかかったのだから。
その間、サポートメンバーを含む十二人のケルベロス(と四体のサーヴァント)は寒空の下でずっと待たされた。ずっと。ずっと。ずっと。
そして、すべての準備が整うと――、
「じゃあ、皆さん! 笑ってぇ!」
――悌次がカメラを構えて、能天気な声を森中に響かせた。
「はい、チーズ!」
写真の中のケルベロスたちの笑顔は少しばかり引き攣っていた。
しかし、悌次が言うようにいつか『いい思い出』になる日が来るかもしれない。
作者:土師三良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年2月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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