闇夜に吼える

作者:八幡

●闇に吼える
 人通りの全く無い深夜の裏路地に、青白い光が三つ浮かんでいる。
 その青白い光に目を凝らせば、その光の中に薄気味の悪い怪魚の姿を確認できた。
 発光する怪魚たちは空中を浮遊するように緩やかに泳ぎ回る。
 すると、怪魚たちが泳ぐ軌道を追う様に、光の線が空へ描かれ……描かれた光はやがて一つの魔法陣となり、
「ルアアアアア!」
 その中央に真っ黒な毛皮に包まれる狼のウェアライダーが出現した。
 夜に吼えるその口からは唾液が垂れ、空を見上げる瞳に知性の光は無い……それはただの獣だった。

●夜を泳ぐ
「埼玉県春日部市に三体の死神が現れるようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はケルベロスたちの前に立つと話を始める。
「死神と言っても、浮遊する怪魚のような姿をした知性を持たないタイプのようです」
 知性を持たない怪魚タイプ……かなり下級の死神のことだろう。
 奴らの目的は、第二次侵略期以前に地球で死亡したデウスエクスを、変異強化した上でサルベージし、戦力として持ち帰ることだと幾つかの報告で上がっていたはずだ。
 デウスエクスをサルベージすることで戦力を増やそうとしているのかもしれないが、敵の戦力増強を黙って見過ごす訳にもいかない。
 自分の意図が大体伝わったと判断すると、セリカは話を続ける。
「死神によって復活させられるのは、ウェアライダーです。変異強化されたウェアライダーに知性は無く、近くに居る敵から屠ろうとしてきます」
 兎に角手の届くところから破壊しようとするのだろう。
 知性も無く力を振り回すだけの存在にされたウェアライダーには哀れみを感じないでもないが、変異強化されているならば決して手を抜ける相手ではない。
「また、怪魚型の死神は噛み付くことで攻撃してくるようです」
 ウェアライダーだけでなく、死神に注意を払うことも忘れてはいけない。数が居れば、それはそれだけで力となるのだから。
 一通りの説明を終えるとセリカはケルベロスたちを真っ直ぐに見つめ、
「死神の戦力増強を見過ごす訳にはいきません。ぜひ皆さんのお力を貸してください」
 願うように両手を合わせたのだった。


参加者
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
フェリス・ジルヴィルト(白雪子狐の道標・e02395)
海野・元隆(海刀・e04312)
望月・護国(宵闇の寵児・e13182)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
ジェーン・ダンサー(フラグメンテーション・e20384)
天羽・煤里(クレイジーハッピー・e23088)

■リプレイ

●知性無きもの
 凍りつくような空気の中、踊るように揺れる三つの光が見える。
 光の軌跡を追って描かれる線は重なりあってやがて一つの模様となり――その模様の中より黒い影が現れた。
「ルアアアアア!」
 穢された安息への怒りか、再び得られた生へ嘆きか、影……黒い狼のウェアライダーは闇夜に向かって咆哮する。
 吼えるウェアライダーの周りを歓迎するように、或いは嘲笑うように発光する深海魚のような死神は浮遊し……その姿が唐突に現れた、吹雪の形をした氷河期の精霊によって氷に閉ざされた。
 体の表面を覆う氷を振り払うように、右手を振るったウェアライダーが氷河期の精霊が現れた方向を見やれば、そこには何処か困ったような悲しい顔をした女……和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)が居た。
 本来であれば戦いなどしたくない紫睡だが、死神に呼び起こされたウェアライダーを、このまま連れて行かれるわけにはいかないのだ。それに……。
「ガァアア!」
 魔力を籠めた咆哮によりウェアライダーたちの動きを止めた、ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)が行き掛けの場にて「明日は我が身ってか……こいつぁ笑えねえなあ……」と呟いていたのを思い出す。
 狂月病に苦しむものも多いランドルフたちウェアライダーからすれば知性……或いは理性を無くす状況は他人事ではないのだろう。そんなランドルフたちのためにも、死神の目論見は阻止しなければならないと紫睡は鉱石を持つ手に力を篭める。
「愛する獣よ。汝を我は解き放つ。遥か白の国に問え。眩む目を、痛む牙を、血濡れた爪を。遠い地平に我はある。遥か天空に我がある」
 ランドルフの咆哮で死神たちが立ち竦んだ隙に、フェリス・ジルヴィルト(白雪子狐の道標・e02395)が、戦に赴く同胞を鼓舞する狐巫女の祈りと共に、呪いを込めてランドルフたちを弾丸で撃ち抜く。放たれた弾丸はランドルフたちの前で弾けて光となり、光は力となって体へ吸い込まれていった。
 狂月病で狂いきってしまった同胞を殺す古い家系のものであるというフェリスは、死神の手によって復活してしまったウェアライダーの姿に狂月病患者の姿を連想する。
「今、助けてあげますです……!」
 知性無きその姿に一瞬悲しげに狐の耳を動かしたフェリスだが、すぐさま意を決したようにウェアライダーへ真っ直ぐな視線を向けた。
 フェリスが見つめる先で、ランドルフの咆哮から立ち直った死神たちが一斉に顔を向けてくる、その魚類独特の仕草と見た目に紫睡が身を竦めるが……その死神の一体の体が唐突に爆発に包まれ、
「さぁて、今日の漁場はここか」
 ゲシュタルトグレイブを肩に担いだ、海野・元隆(海刀・e04312)が死神たちの視線から紫睡を護るように間に立った。自称海の男である元隆からすれば下級の死神など、大型魚を一本釣りするより扱いやすい存在かもしれないが、
(「まったく、死んでるのに活きのいい獲物だな」)
 死神たちの真ん中で純粋な殺意を向けて来るウェアライダーを見て小さく息を吐くと、担いだ槍を構えなおす。生前は兎も角こうなってしまっては終わりだ、手早く元の死体へ戻してやるのがせめてもの救いだろう。
「より深く、より鋭く。猛き螺旋に壊せぬもの無し!」
 槍を構えなおした元隆の横を抜けて、天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)は爆発に揺らいだ死神の体へ掌を当てる。掌を当てられた死神は当然、嫌がるように身を捩るが、
「――咆哮『縫い付ける咎』」
 望月・護国(宵闇の寵児・e13182)が、竜の咆哮を上げると日仙丸が触れる死神の体が硬直した。護国は、声の持つ力を増幅して言葉どおりの事象を発現させ、死神の肉体を内側から縛り付けたのだ。
 死神の体が硬直する合間に螺旋の力を流し込んだ日仙丸が死神から離れると……日仙丸が触れていた部分が螺旋状に歪み……その螺旋を中心に死神の体は大きく抉られ、周囲に生臭い肉片を撒き散らした。
「ひはは! まずは一名様ご案内ってか!」
 そして、撒き散らした肉片の下を掻い潜りって接近した、天羽・煤里(クレイジーハッピー・e23088)が電光石火の蹴りを剥き出しになった死神の腸へ叩き込むと……一体目の死神は光となって闇夜に溶けていったのだった。

●飢えしもの
「汝は地獄の化身にして快楽の虜。暴虐、愉悦、悪辣、情愛。饗宴、余す所無く其の者に堪能させよ」
 煤里によって光へ還された死神を横目に見つつ、ジェーン・ダンサー(フラグメンテーション・e20384)はウェアライダーへ向かって痛みの概念を召喚する。
 肉体を通さない痛みは、徐々に精神をも蝕み……ウェアライダーは痛みを与えるジェーンに対して、怒りに満ちた瞳を向けた。
 今にも牙を剥いて襲い掛かってきそうな形相のウェアライダーだが、その前にジェーンのオルトロスであるラージュが立ち塞がると、その黒い毛皮を裂かんと神器の剣を口に咥えてウェアライダーへ飛び掛る。
「グォアアア!」
 だが、そのラージュの剣を、ウェアライダーはいとも容易く受け止めると、牙の隙間から唾液をたらしながら吼えた。
 その咆哮に呼応するように動いた二体の死神は、ウェアライダーの回りを旋回すると、左右から挟みこむように煤里へ向かって鋭い牙を剥き出しにしながら突進する。
 煤里は右から来た死神の牙をチェーンソー剣で弾くが、左から来た死神には反応しきれず、思わず腕を盾に死神の牙を防ぐ……死神の牙は煤里の肉に食い込み、その腕を抉り取ろうとするが煤里は腕の筋肉を隆起させてそれを耐える。
 しかし、痛みに反射的に身を堅くした煤里の前に潜り込んだ黒い影が、下から捩じ上げるように拳を煤里の鳩尾へと叩きこむ。衝撃に一瞬目の前が暗くなり、足が浮く感覚にとらわれる……否、実際に煤里の体は宙に浮きフェリスの前まで飛ばされた。
 宙に浮いた煤里へ追撃をかけるべく踏み出したウェアライダーの足が凍りに包まれ、吹雪の余波が周囲の死神たちをも凍りに閉ざす。
 足を止める原因になった精霊を呼び出した紫睡をウェアライダーが睨むと、紫睡は思わず視線を逸らすように地面へ向ける。
 そんな紫睡が見つめる地面を、ランドルフがローラーダッシュの摩擦を利用して作り出した炎が走り、氷に閉ざされた死神の体を焼く。
 ランドルフの炎に焼かれ苦しそうに空を仰いだ死神の腹へ、元隆がアームドフォートの主砲を一斉発射し、その砲撃に紛れるように護国が死神の目の前まで踏み込む。
 そして、元隆の砲撃で抉られる死神の腹へ、護国の流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを炸裂すると……二体目の死神は砕け散るように光になった。
 死神の残滓である光から逃れるように護国が後ろへ飛び退くと、入れ替わるようにゲシュタルトグレイブを手にしたフェリスがウェアライダーへと突撃して行く。
 稲妻を帯びた槍を持ち金色の髪を靡かせるその姿は、まるでフェリス自身が一本の槍と化したかのように美しいが……ウェアライダーは、そのフェリスの超高速の突き片手で受け止めた。
 捕まれた槍を引こうとするフェリスだが、ウェアライダーはそれを許さず、お返しとばかりに余った右腕にフェリスの頭蓋を叩き割るべく力を篭め……、
「ひはは! 予想以上じゃんか、確かに眠らせとくのは勿体ねぇな!」
 ウェアライダーの腕が振るわれるよりも前に、その横っ面に煤里が魂を喰らう降魔の一撃を叩き込んだ。
 煤里は腹を強かに打たれた後、フェリスの後ろに付いて接近してたのだ……食われた腕と打たれた腹からは血が滴り、傷は浅く無さそうだが、それ以上に命の取り合いに高揚を隠し切れないようだ。
 横っ面を殴られたウェアライダーはフェリスの槍を放し、よろけるように一歩下がる。
 自由になったフェリスは大きく後ろへ跳んで距離をとり、一連の攻防の間に死神の真横に近づいていた日仙丸が死神の頭を掌で触れると、掌から伝わる螺旋の力によって死神の頭蓋が僅かに裂けた。
 悶える死神……命を弄ぶこの死神へ怒りの視線を向けつつ、ジェーンはマインドリングから浮遊する光の盾を具現化し、煤里を防護させる。
「ラージュよ……私の怒りよ……汝は我が罪の記憶にして断罪の刃――その暴威を持って叩き潰せ!」
 そして、日仙丸が下がるのを援護させるようにラージュに地獄の瘴気を放たせた。

●吼えるもの
 地獄の瘴気の中を暴れるように泳ぐ死神がラージュへ食らいつき、日仙丸を追うようにウェアライダーが瘴気の中から飛び出してくる。
 ウェアライダーは獣の腕を力任せに日仙丸へ叩きつけようとするが、
「させるかよ」
 日仙丸とウェアライダーの間に割り込んだ元隆が、ゲシュタルトグレイブの柄でその腕を受け止めた。
 固いものがぶつかり合う音が鼓膜に突き刺さり、紫睡は一瞬肩を震わせるも、唇を小さく噛みラージュへ食いついたままの死神の前へ駆け込む。
「夜に淡く、柔らかく、月色の加護を受けし鏃を持って、霧中より我が穿つ者を探せ」
 それから、トパーズ製の鏃を死神へ向かって放り投げる……投げられた黄玉の鏃は死神の真下から獲物を捕らえる蛇のように死神の体を這い上り、そのまま空へと消えていった。
 後には、黄玉の鏃が通った場所が抉られ、奇妙な形となった死神の体が残され……それもすぐに、光となって闇に溶けていった。

「何だかアンタにゃ鉛玉をぶち込みたくねえ気分だ……ガンスリンガーじゃねえ、同族として。慈悲じゃねえ、敬意をもって」
 最後に残ったウェアライダーに、ランドルフは魔力を篭めた咆哮を上げる。
 知性無き獣にその想いが通じるのか……否、通じるかどうかなど関係ない、自分がどうしたいかが重要なのだ。故に、ランドルフはそれを宣言する。
 ランドルフの咆哮に耳を振るわせたウェアライダーの真横からフェリスが手を伸ばし、ブラックスライムにウェアライダーを呑み込ませる。
 目の前に現れたブラックスライムから飛び退きつつ元隆は、精神を極限まで集中させてブラックスライムに呑み込まれる寸前のウェアライダーの頭部を爆発させた。
「ルアァアア!」
 頭部の肉を幾ばくか吹き飛ばされながらもウェアライダーは腕を薙ぎ払い、フェリスのブラックスライムを弾くが、
「いい気合でござるが……腹ががら空きでござるよ!」
 何時の間にかウェアライダーの懐まで潜り込んでいた日仙丸が、その腹に掌を置いていて……通常の螺旋掌より多くの螺旋を捻じ込まれたウェアライダーの腹が、捻じ切れるように大きく裂けた。
「皆、一気に畳み掛けるであるよ」
 その威力に、声も無く天を仰いで踏鞴を踏んだウェアライダーに、護国が地獄の炎を纏わせたチェーンソー剣で叩きつけ、
「おーおー、わんわんゾンビ! もっと吼えろ!」
 日仙丸によって裂かれた腹へ、煤里が冥土の土産とばかりに電光石火の蹴りを捻じ込む。
「コッチも結構得意だぜ! 師匠にゃブン殴られまくったモンでなあッ!!」
 そして、回復弾の生成に使用していたグラビティ・チェインと気を純粋な攻撃エネルギーとして形成し、更には咆哮による音波衝撃を纏わせ威力を大幅に増幅させた力を両の拳に宿らせたランドルフが、右、左と連続でウェアライダーの体にその拳を叩き込むと――ウェアライダーは崩れるように光となった。

●詠うもの
 ジェーンは、消えてゆくウェアライダーを青色の瞳で見つめる。
 敵を倒したことで、ひとまずこの戦いは終わったのだが……ジェーンの鋭い眼光には、勝利の喜びも、戦いが終わったことによる安堵も無いように見えた。
「お疲れさまでござるよ。今から寝るのも何でござるし、打ち上げにでも行くでござるか?」
 何処か張り詰めた様子のジェーンに日仙丸は声をかけてみるが、踵を返したジェーンは日仙丸に目もくれずに去っていく。
「あー、もう終わりか」
 そんなジェーンとは間逆に、気の抜けた風船のように煤里は欠伸をすると、こちらももう用は無いとばかりに帰っていった。
「やれやれでござるな」
「甘いもので一息つくと良いであるよ」
 我が道を行くジェーンと煤里に日仙丸が首を振っていると、護国がココアクッキーを差し出してきた。手作りだと言う護国のココアクッキーはとても香ばしい香りがして……、
「俺にもくれるか? あてにしてた肴が消えちまったんでな」
 その香りに釣られたのか、元隆がスキットルを呷りつつ悪戯っぽく護国に話しかけてきた。
 一体何を肴にするつもりだったのかは問わないで置こう……日仙丸は、護国からクッキーを受け取る元隆を眺めつつ、自分もクッキーを頬張り、先ほどウェアライダーが消え去った辺りに視線を向ければ、そこには花を置く紫睡の姿があった。
 望まぬ再生を得たウェアライダーへのせめてもの手向けだろう。
 再び眠らせてやることが、ウェアライダーのためになれば良いのだけれどと、紫睡が祈りを捧げていると……何時の間にか横に立っていた、ランドルフに気付いて小さな悲鳴をあげて飛び退く。
 どうしたのか? と首を傾げるランドルフに、紫睡が困ったような思案顔を向けていると、
「どう見ても俺の方がラブリーキュートなオオカミさんだ!」
 驚かれた理由に気付いたランドルフは、クワッと大きく口を開けて、そう主張した。
「あの、その、えっと……はい、そう、ですね」
 ランドルフの主張に、紫睡は困ったように元隆たちを見つめるも、全員明後日の方を向いてしまったので、紫睡はそう答えることしか出来なかった。
 紫睡の返事を真に受けたランドルフが満足そうに頷く中、フェリスが愛用のリュートを奏で始める。
 お疲れさま、もう安心して、安らかに眠ってと優しい声色で綴られる詩は鎮魂の言葉だろう。
 この闇夜も次期に白み始める……悪夢の時間は終わったのだ。
 ただ、今一時、ケルベロスたちは優しい声とリュートの音を聞きながら闇夜に想いを馳せるのだった。

作者:八幡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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