戦艦竜華蛇―決戦

作者:柊透胡

 ――その姿は、小田原沖の深海を縄張りとしていた頃から、随分と様変わりしていた。
 光射す海面近くまで浮上すれば虹色に煌き、水中花の如く幾重にも竜躯を彩っていた優美なヒレは、今はもう無い。
 銀鼠の鱗も露な巨躯から数多の硝子質の砲塔が突き出し、やはり硝子質の装甲が無骨なフォルムを描いている。
 オォォォォンッ!
 それは、慟哭か――否、憤怒に満ち満ちた雄叫び。ギョロリと動いた眼は、無機質ながら炯炯と昏き海底にて輝く。
 ――――!!
 今しも、漁船が火柱に呑まれた。矮小なる木っ端が騒々しく通り過ぎるなど、図々しい事甚だしい。
 戦艦竜は、徐に頭を巡らせる。漆黒の海底に在って竜の眼が見やるのは、東の方角。今いる処などと比べるまでもなく広々とした世界が広がっている。そして、その先には――。
 『華蛇』と呼ばれている事など、未だ以て全く与り知らぬ戦艦竜は、徐に泳ぎ出す。
 1度は阻まれた旅路――喩え再び邪魔するモノが現れたとて、完膚なきまでに粉砕するまでの事。
 実にシンプルな、思考の帰結であった。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 タブレットから顔を上げた都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)は、集まったケルベロス達を静かに見回した。
「現在、相模湾南方に潜む『戦艦竜華蛇』が、再び南下を始めています」
「動きが早いな」
 創の言葉に、唸り声を上げたのは漆黒の竜派ドラゴニアン。マーコールにも似た見事な竜角を揺らし、徐に首を傾げる。
「あくまで、外洋を目指すか」
「前回は、南下の意図が掴めませんでしたが……恐らくは」
 城ヶ島の南の海にいた『戦艦竜』が相模湾で漁船等を襲う事件が、昨年末よりヘリポートを賑わせている。狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)による調査の成果であるが、『華蛇』もその一件だ。
「よくご存知の方も多いと思いますが……戦艦竜とは、城ヶ島の南の海を守護していたドラゴンで、ドラゴンの体に戦艦のような装甲や砲塔があり、非常に高い戦闘力を誇ります」
 城ヶ島制圧戦で南側からの上陸作戦が行われなかったのは、この戦艦竜の存在が大きい。
「相模湾を荒らす厄介な懸案となっていましたが、皆さんの奮闘で撃破されている個体は着実に増えています。今回は対『華蛇』第四陣……そして、決戦部隊と位置付けます。華蛇の撃退が、本件のミッションです」
 前回、相模湾内に押し返されたばかりの華蛇だが、再び湾から外へ出つつある。クルーザーでその行く手に回り込み、海中戦を仕掛ける事となるだろう。
「華蛇の潜水海域周辺は、既に封鎖しています。心置きなく戦闘に専念して下さい」
 深海を泳ぎ続けている華蛇だが、相当に神経質な性質だ。グラビティの数発でも海中へ撃ち込めば浮上、襲い掛かってくるだろう。
「戦艦竜は全長約10m。華蛇の姿は……以前なら『水中花』に例えられたのですが、今は寧ろ『水晶戦艦』でしょうか」
 かつては半透明の長大なヒレが華蛇を美しく飾っていたが、第3戦において、その優美は完全に喪われた。『戦艦』であるからには巨躯に装甲や砲塔があるが、総じて硝子質の装備で、陽光射し込む水中に在ってはやはり虹色に輝くも、フォルムは無骨なものとなっている。
「ヒレも華蛇の武器の1つだったが、第3戦で封殺した。その代わり、『隠し玉』を全力投球してくるようになったがな」
 創に代わって、華蛇のスペックについて解説するのは、マーコール角のドラゴニアン――レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)。第3陣の参加者であり、華蛇との決戦に挑むべく、これまでの情報の取り纏めを買って出ていた。
「『隠し玉』は、簡単に言えば全砲塔一斉砲火だ。まあ、水中花火みたいな感じだから『水中華』とでも呼んでおこうか」
 追撃弾の範囲攻撃であるので、回避は容易くなさそうか。
「『華蛇』の性能からすれば、厄介な攻撃だと思う」
 大凡、戦艦竜は生命力強く攻撃は苛烈、その一方で命中精度や回避率はそれほど高くない――筈なのだが、華蛇は戦艦竜の中でも、比較的命中率が高い事が判明している。
「第1、2戦のポジションはスナイパーだったが、第3戦ではより防御的なキャスターとなっている。低下した命中率をグラビティで補っている感じだな」
 前回、使用されていたグラビティは後2つ。数多の機雷を散布し、敵を足止めする『硝子機雷』。そして、大ダメージの『主砲一斉掃射』だ。
「主砲の対象は単体だが、その分威力は高い。遠距離攻撃だからな、これで何度もメディックが潰されている」
「メディックが、というより、打たれ弱い所から的確に突いてきていますね」
 範囲型の攻撃は多人数の戦列に撒き、主砲は打たれ弱い所を叩く――基本的に、華蛇は機械的なまでに己の戦術に忠実なようだ。
「主砲と『水中華』の連続攻撃が1番要注意だな。集中打で速攻で落とされるのだけは避けたい所だ」
「グラビティの詳細など、これまでに判明した華蛇の情報は、ノルベルトさんが纏めて下さっていますので、必ず目を通しておいて下さい」
 レーグルの説明を補足しながら、創はプリントをケルベロス達に配って回っている。
「弱点・耐性に関しては、『無い』と見て間違いない。能力値を含めてバランス型だな。概ね高水準の戦闘力だが」
 それでも、けして倒せぬ敵でない事は、これまでの戦いが実証している。
「現在の華蛇の損傷度は『8割』。今回を決戦部隊としたのは、撃破出来る確率と……ここで逃せば、追撃が難しくなる可能性を鑑みての事です」
 外洋に出られてしまえば、喩え戦艦竜が巨大であろうと、ヘリオンの演算予知があろうと、捕捉するのはかなり難しくなるだろう。
「戦艦竜は攻撃してくるものを迎撃する行動傾向にあります。戦闘が始まれば、撤退する事はありません……皆さんが全滅しない限りは」
 損傷大きくとも戦艦竜は強敵だ。もしもの場合は、引き際の見極めも肝心となる。
「最悪、仕留め損ねても相模湾から出さないよう、策を講じておくべきでしょう」
 併せて、撤退時には敵に背を見せる事になる。華蛇の最後の一撃にはやはり注意が必要だ。
「今回の戦いで、華蛇の撃破が叶えば最善です。しかし、最悪の局面も考慮の上、必ず生還を。皆さんの武運をお祈り致します」


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)
リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)
九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)
笑福道・回天(混沌と笑顔を振舞いまくる道化・e06062)
ニクス・ブエラル(枷ニ非ズ・e06113)
リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)

■リプレイ

●第四陣――決戦を前に
「奴さんとの戦いもそろそろケリをつけたいところだな」
 白波立てるクルーザーの揺れに身を任せ、行く手を睨む笑福道・回天(混沌と笑顔を振舞いまくる道化・e06062)。来る決戦を前に、地獄の猟犬達は虎視眈々と牙を研ぐ。
「今回も全力で行かせてもらうぜ!」
「初戦こそいい様にやられてしまいましたが、リベンジさせて頂きます……!」
 リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)も、常のおっとりと打って変って凛とした表情だ。
「私にとっては初のドラゴン戦だ。足手纏いにならん様、全力で挑ませて貰う!」
 ルーンアックスを担ぎ、右の拳を硬く握り締めるリヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)。
 ニクス・ブエラル(枷ニ非ズ・e06113)も、真剣な面持ちでライトニングロッド『ラクリモサ』を握る。リヴィと対照的に戦艦竜と対峙した経験はあるが、個体によって特性も性質も全く違う敵だ。
「しかも、最終局面と来た……一層気を引き締めないとね」
「ソロソロ、華蛇ノ潜水予測ポイントデス」
 船に乗るまでハイテンションだった九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)だが、到着を告げる声音はいっそ機械的。任務遂行第一の軍属を思わせる。
(「ここまで延びちまったのはムカつくが、仕方無い」)
 海上では2度目。地獄の炎燻るレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)の指は、陸と変わらず器用に藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)の髪を結う。
 だが、雨祈の業腹は、髪ではなく深海泳ぐ戦艦竜の強かさだ。
(「倒すのが肝心だしな。今度こそ、皆を支えきってみせる」)
「なー、倒し終わったら祝杯上げに行こうぜ!」
「無論、良き酒を交わそうぞ」
 約束に決意を込めて――4度目の戦いが今、始まる。

 迎撃ポイントは前回より少し北上した辺り。ここで逃せば華蛇を阻むものはなくなる。これまでの奮戦も無に帰すのだ。
「外洋へ見逃すつもりはありません。必ずや引導を渡してみせます」
 責任重大を実感する。羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)の呟きに、勿論、否やは無い。
 喧嘩を売るのも4度目ならば慣れたもの。静かに海に入り、遠距離攻撃を放つケルベロス達。
 雨祈とリディアのサイコフォースがレーグルのフレイムグリードが相次いで爆ぜ、リヴィの猟犬縛鎖が海水を裂く。回天の二刀斬空閃が海を斬り払えば、果たして――海底より浮上してくる姿も又、そろそろお馴染みとなろうか。
 オォォォォンッ!
 ケルベロスの隊列に斬り込むように、戦艦竜の巨躯が海面近くまで浮上する。物色するかのように頭を巡らせるその姿は、水晶柱の如き砲塔を全身から生やした無骨なフォルム。銀鼠の鱗は海中まで射し込む陽光を弾き、虹色に煌めく。
 優美なヒレを喪って尚、その美しさは正に硝子細工の水中花。
 ――――!!
 だが、感嘆の暇もなく、主砲が一斉に火を噴いた。

●重撃襲来
「……アブナカッタ」
 全身が痛む。華蛇の初撃は七七式に浴びせられた。主砲の駆動音を察知した上で回避――では、反応が遅れると思い知った。それでも、凌ぎ切ったのは防具耐性の合致と、紺のサークリットチェインが間に合ったからだ。
(「良かった……」)
 これまでと違い、華蛇は標的の選択に逡巡した、その隙に捻じ込めた。偶然にも今回の編成は歴戦の兵揃い。一挙動で打たれ弱い所を看破するには至らなかったようだ。
(「やるからには、ジャマーだってバッチリ決めてみせますとも!!」)
 第三陣にて部位狙いに集中出来たのは、仲間の支援のお陰と紺は思っている。今度は自分が皆を支える番だ。
 ちらと後衛を窺えば、早速ニクスがエレキブーストを施すべく、七七式に泳ぎ寄っている。
 紙兵を景気よく撒く雨祈。リヴィのサークリットチェインも同じく前衛の備えを厚くする。
「行くぜ、華蛇! ここがお前の終点だぁ!」
 エンチャントを待って、無殺刃【MINEUCHI】と長方しばき丸を構え直した回天は、再度二振りを振るう。戦艦竜を『空間』ごと斬り捨てるべく。
 オォォォォンッ!
 忌々しげな咆哮が轟き、音波が肌を粟立たせる。構わず、レーグルの旋刃脚が急所と思しきを貫いた。
(「ポジションは……変更無しか」)
 命中率が前回とさして変わっていない所からして、引き続きキャスターだろう。となれば、まず足止めするべく、リディアのスターゲイザーが竜躯を抉る。次いで、ヒールを済ませた七七式も、一気に肉薄するや、流星の煌めきと重力を宿す蹴打を炸裂した。
 次の手もエンチャントと攻撃に分かれ、地力のアップと敵の弱体化を図る。華蛇の水中華が後衛を舐めんとするも、待ち構えていたリヴィとレーグルが、それぞれニクスと雨祈を庇う。
「これは、癒し手としての腕の見せ所だね。少し辛いが我慢してくれよ!」
 連続してダメージを被った七七式に、ニクスがウィッチオペレーションを施している。
 華蛇の狙いは明確だ。打たれ弱い所から突き崩さんと徹底的に集中打を浴びせる。
 ヒレが健在の頃は多に厄を撒く攻撃も挟んでいたが、水中華もダメージ重視の技ならば、主砲に重ねて繰り出される事も少なからず。
(「必ずここで仕留めてみせる。ここまでの三戦、無駄にして堪るか!」)
 誰1人として倒させないと念ずれば、やはり攻撃の余裕など皆無。巻き添えを食いながら、ヒールに全力を注ぐ雨祈とニクス。意気軒昂に雨祈が気力を注ぎケルベロスチェインを操れば、ニクスはハンドサインに即応して持てるヒールグラビティを駆使する。
(「求められたら、当然助けるさ……それがメディックってもんだ」)
 時にディフェンダーが庇えば、そのダメージとて見過ごせない。紺も回復偏重に動く。海中に在って、色とりどりの爆発が仲間の士気を高めんと。
 3名が回復を担えば、七七式に攻撃が集中しようと辛うじて踏み止まれていた。だが、回復に手数が割かれれば、肝心の火力が減ずる。
(「ふぅはは! お前のボロボロの身体で耐え凌げるかぁ!」)
 なればこそ、一撃一撃を疎かにできない。スターゲイザーと月光斬を交互に放つ回天。これぞ蹴りとツッコミの嫌がらせ的新時代コンボ?
(「狙点算出完了……そこ、頂きます!」)
 リディアも破鎧衝とサイコフォースを以て、華蛇の弱体化に専念する。
(「根比べってヤツだな」)
 斧に刻まれたルーンの力を発動させ、光り輝く呪力諸共に振り下ろすリヴィ。七七式も負けじとスパイラルアームを繰り出す。火力が万全で無いからこそ、一撃一撃の効果を高めんと竜鱗の装甲を穿っていく。
 オォォォォンッ!
 レーグルのフレイムグリードが竜の生気を啜れば、咆哮が水圧となって伝播する。前衛らに砲塔を砕かれ装甲を抉られようと、華蛇はあくまでも一点集中の砲撃を止めようとしない。
(「ウ……クゥッ……!」)
 何度砲撃に呑まれたか。度重なるヒール、時にシャウトし、時に庇われ、1度は限界を超えて踏み留まった。だが、ダメージが蓄積すれば、何れ回復も追い付かなくなる。
 人形めいた七七式の面が歪んだのは、痛みかそれとも悔しさか。主砲一斉掃射が刹那ケルベロスの視界を白く染める。元の紺碧の色彩が戻った時――金髪を揺らめかせ、レプリカントの鹵獲術士は海面に浮いていた。

●仲間を思えばこそ
「しっかり!?」
 泳ぎ寄った紺が七七式の顔を海面に出せば、ゴボリと水を吐き碧眼を瞬く。
「死ヌカト、思イマシタ……」
 オーバーキルでなければ、命に別状は無いだろう。自力で浮いているのを確認し、紺は急ぎ戦線に戻る。
「刹那のきらめきですが、お二人の希望となりますように」
 自らを癒すメディック達へ更に降り注ぐのは、童話の流れ星。昼間でも明るい光はさざめくように共鳴し合い、負傷を癒していく。
「こっち向きやがれ!」
 スカルブレイカーを竜の頭部へ叩き付けるリヴィ。挑発の意味も込めていたが、華蛇は現出したトラウマさえも一顧だにしない。
 個体の特性として取り立てて弱点を持たぬ華蛇は、エフェクト以上の意図は中々功を奏しないようだ。
 ――――!!
(「そう簡単には、通しませんよ」)
 数多の盾を以て、後衛を舐めんとした水中華を阻むリディア。一転、極限まで集中した精神力が砲塔の1つを爆破する。
(「まぁだまだ、俺の本気はこれからだぁ!」)
 見向きもされなければ、それはそれで腹立たしい。回天が力一杯に二刀斬空閃を飛ばせば、砕けた竜鱗がガラス片の如く海中に散らされ、煌いた。
 確実に、ケルベロス達の刃は戦艦竜の生命力を削り続ける。だが、華蛇とて、執拗に各個撃破を狙い続ける。次の標的は雨祈、そしてニクスだ。
 ――――!!
 何度目かの主砲の一斉掃射を辛うじて凌ぐ雨祈。だが、水中華の追撃はほぼ確実。
 咄嗟に鉄塊剣を握り直すレーグル。水圧も物ともせず、腕力のみで竜の顔面に叩き付ける。
 オォォォォンッ!
(「そうだ、貴様の怒りを我にぶつけてみろ!」)
 確率は五分五分。全砲塔の口径が向けられたのは、レーグル――を越えて、更に後方。
(「避けろ! 雨祈!」)
 紙一重で回復が間に合わなかった。それが明暗を分ける。
 ――――!!
 全砲塔一斉砲火――標的をロックオンした追撃弾は、逃れる事を許さずメディック2人同時に襲い掛かる。
(「隙あらば、と思っていたけれど……そう上手くはいかないようだね」)
 全身を切り裂かれるような痛みの中、意地でも得物を握り締めるニクス。だが、自らを癒す力はもう残っていない。忸怩たる思いで唇を噛む青年の襟を、咄嗟に掴んだリディアは海上へと引っ張り上げる。
 主砲一斉掃射も水中華も、威力重視の攻撃だ。重ねて被れば殺傷ダメージは思わぬ速さで積み上がる。回復を集中させて漸く凌ぎきれるかどうか。被害が複数となれば……時に、1人落としてでも被害を最小限に抑える覚悟、或いは優先順位を決めていなかったのが、仲間を想うケルベロスらしさであり甘さと言えようか。
 これで戦闘不能は一気に3名。後衛全滅の憂き目は前回と変わらずながら、比較的打たれ弱い者が後方に固まっていたのだから、ある意味仕方ないだろう。何れも防具耐性は主砲の対策に偏っていた為、列攻撃の水中華が予想以上に猛威を振るったと言える。
「くっ……!」
 憤りを噛み殺し、急ぎ相棒へ泳ぎ寄るレーグル。もし、雨祈が意識を喪ってでもいたら『トリガー』は引かれていたかもしれない。
「んー、何処だ、ここ……まぁ、いっか」
 だが、海面まで引き上げた彼の呟きはいっそ惚けた声音。
「よぅ、相棒。俺に構う暇があったら、因縁のケリを付けようぜ。まだ、終わってない」
 戦う力無くとも、自力で立ち泳ぐ位は出来る――その背を叩くように、レーグルを戦艦竜の方へ押し出す雨祈。
「……判った」
 再び潜水する相棒を見送れば、漸く悔しげな溜息が漏れる。
(「今度こそ、最後まで立っていたかったな……」)
 それでも、顛末は最後まで見届けるべく、痛みを堪えて水を掻いた。

●決戦
 定められた撤退のラインは戦闘不能4名。後1人落ちれば、今回の撃破は断念するか、或いは。
(「命は大事だからな!」)
 その辺りは思い切り良い回天だが、リヴィは既に覚悟完了。外洋に逃がす位なら……今はまだ、理性を以てケルベロスチェインを手繰る。
(「所謂SMという奴だな」)
 水を蹴り、ケルベロスチェインで雁字搦めを図る。因みに、Sは締め上げでMは無力化らしい。良い子は勘違いしてはいけません。
(「次は、私ですか」)
 レーグルに浴びせられた主砲が刹那、自身に向けられたのは気付いていた。レーグルに気力を注ぎながら、紺は真っ直ぐに華蛇を見据える。
 ジャマーの役は初めてであったが、今更敵に悟られるつもりも侮られるつもりもない。メディック無き今、紺が回復の要。冷静に対処せんと、仲間の回復の合図、ハンドサインに目を凝らす。
 既に戦闘はこれまでになく長引いていた。今更退けぬのは双方同じ。死力を尽くしたグラビティがぶつかり合い、波濤が海面を泡立たせる。
「種族は違えど、お前もまた、強敵(とも)だった……という訳で、そろそろ眠れや!」
 回天の最大火力、スターゲイザーが海水と摩擦を起こして流星の如く輝く。
「恐怖を宿したるこの一撃、受け取るがいい……!」
 その名も、フィアー・オブ・ザ・フィスト――降魔拳士と鹵獲術士の業で以て『恐怖』を宿した一撃を放つリヴィ。斧の斬撃であり蹴打であり鎖の一撃であるが、心に拳があればどんな攻撃でもフィストと呼んで良い筈だ!
「グラビティ・チェイン、収束開始。照準補正完了。射線クリア。R-1、発射します!」
 正式名称『Under the MoonLight System Refine mk-1』――リディアのアームドフォートに接続した二対四枚の集束翼が展開。周囲のグラビティ・チェインを集束圧縮して高出力の破壊光線を発射する。
 オォォォォンッ!
 相次ぐ重撃を真っ向から浴び、華蛇の砲塔は幾つも消し飛び、罅割れた装甲は水圧に負けて砕けていく。それでも、残る砲塔から迸る火柱が――紺ではなく、レーグルを中心に爆ぜる。
「これで仕舞いだ」
 すかさず爆破スイッチを押す紺。派手に上がるブレイブマインの水柱を背景に、地獄化した炎の両腕を飾る巨大な縛霊手をレーグルはしっかと構える。
 ――――!!
 鎖に縛られ、四肢の損傷も激しい竜躯を降魔の拳が深々と抉り貫く。その終焉は、これまでと対照的に静謐に満ちて。
 無機質ながら炯々とした竜の双眸は、見る間に白濁し光を喪う。漆黒のドラゴニアンが縛霊手を引き抜き巨躯を蹴れば、ゆっくりと海底へと沈んでいった。

 凱旋であった。クルーザーに戻ったケルベロス達の表情は誇らかに輝いている。
 10分も休めば、戦闘不能も回復する。最後までメディックとして、仲間を気遣うニクス。
「この世に存在するモノは必ずいつか滅びますが……気分次第で迷惑を振り撒いていた華蛇も、漸く討伐出来ましたね」
「これで俺達も、あれだな……どらごんすれーやー?」
「竜殺し、という奴だな」
 リディアに頷き返し、回天とリヴィは嬉しそうに笑み零れる。
「最期ハ呆気ナカッタデスネ。デカブツノ癖に、何も残サズ海ノ藻屑、デスカ……」
「そうでもないぞ」
 半透明の大きな鱗を掲げるレーグル。水晶の薄片の如き竜鱗は、冬の陽射しを浴びて虹色に煌く。
「1枚だけだがな」
「イイデスネ! ワタシモ何カホシカッタ……」
 激闘を経ての戦利品に、七七式は少し羨ましそうだ。
「ノルベルトさん、藤波さん、お疲れ様でした……それから、ありがとうございました」
「あー、互いに無事で何より」
 ペコリと頭を下げた紺に、気安く応じる雨祈。煙草を1本取り出せば、すかさずレーグルが火を差し出す。
 紫煙が一条、冬の空へと立ち上った。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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