往きゆきて雪に征く

作者:犬塚ひなこ

●雪の降る日に
 白い雪は大地を覆い隠し、しんしんと降り積もる。
 間も無く春が訪れはじめる時期とはいえ北の大地は未だ冬の最中。
 人気のない森の中、真白な化粧を纏った木々の合間。巨大な女郎蜘蛛の姿をしたローカストは胡乱げに呟いた。
「まったく……最近はどなたもグラビティ・チェインを集めることも出来ず、ケルベロスに殺されているようですね」
 女郎蜘蛛の前には巨大な虫――否、配下ローカストがいる。白い綿毛めいた繊維上の毛を纏うそれはトドノネオオワタムシ。冬の妖精とも呼ばれる雪虫めいた形をしていた。
 だが、その大きさは一メートル程もあってかなり巨大だ。綿雪というよりも雪の塊のようだとあらわすに相応しい。
 そして、女郎蜘蛛はふわふわと浮く雪虫型ローカストに告げた。
「あなたは上手にやってくださいますね? それでは、殺してきてくださいませ」
 彼女の命じるままに巨大雪虫は飛び立つ。
 その先に偶然通りかかった女学生を捉え、グラビティ・チェインを吸収する為に――。
 
●ゆきゆきゆきむし
「……って、予知があったらしい」
 或る日、花骨牌・旭(春告花・e00213)はヘリオライダーの少女から聞いた未来の事件についてを仲間達に語った。
 事件そのものはローカストが起こす襲撃事件なのだが、その裏で女郎蜘蛛型のローカストが動きを見せている。どうやらこの女郎蜘蛛は知性の低い配下を地球に送り込み、グラビティ・チェインの収奪を行う作戦の指揮を執っているようだ。
「例の女郎蜘蛛は現場から去ってるから気にしなくて良いみたいだな。けど、問題は解き放たれた雪虫型ローカストだ」
 旭はこのままでは一般人の命が危ないと語り、仲間達に協力を願った。
 現れる雪虫型ローカストは一体。
 この個体は喋ることもできないほど知性が低い分、戦闘能力に優れているようだ。それゆえに戦うときは充分に注意が必要となる。
「現場は雪が降り積もってかなり動き辛いみたいだな。でも、俺達ならそれくらい軽く越えて戦えると思う。ただ気を抜いてるとずしゃーっと転ぶから気を付けような」
 旭は自分にも言い聞かせる形で注意を告げ、次に敵の能力を話した。
 敵は小さな雪虫に似た魔法をたくさん飛ばして惑わせたり、強力な突撃でこちらの動きを鈍らせたりと厄介な戦い方をする。決して油断はできないが、皆で力を合わせれば勝てない相手ではないだろう。
 接触タイミングも敵が女学生を見つける前に森の近くに駆け付けられるので、一般人の心配をしながら戦う必要はない。
「俺達の仕事は倒したら終わり。だからさ、そのあとに皆で雪遊びしてかないか?」
 旭は青紫の瞳を人懐っこく緩め、戦闘後の提案をした。
 辺りは一面、真白な雪景色。
 しかも雪は降ったばかりだ。今ならふわふわの雪原で思いきり遊ぶことができる。任務の為とはいえせっかく雪深い地域まで足を運ぶのだから、解決した後に楽しいことを求めても罰は当たらないはずだ。
 すると、その話を何処からか聞きつけたらしい遊星・ダイチ(ドワーフのウィッチドクター・en0062)がひょこりと顔を出す。
「ああ、雪遊びってのは良い案だな。俺も同道させてくれないか」
「勿論! よろしくなー!! あと皆も友達とか誘えば良いと思うぜ」
 旭は明るい笑みを浮かべ、その方が楽しいだろうから、と同行する仲間達に告げた。
 そうと決まれば、人々を虐殺してグラビティ・チェインを奪おうとする輩は早々に滅しなければならない。何より、冬のはじまりを報せる虫が死の訪れを招くものになるだなんて未来は放っておけなかった。
「それじゃ行こうか、皆」
 薄く笑んだ旭は一度だけ瞳を伏せてからゆっくりと瞼をひらく。顔をあげた彼の瞳には真剣さが宿っており、戦いへの確かな思いが込められているように見えた。
 もう誰かを救えないことへの後悔は抱きたくない。
 手に入れたこの力は大切なもののために使うと決めたのだから――。


参加者
ティアン・バ(水骨・e00040)
ラウラ・ロロニ(荒野の琥珀・e00100)
シエラ・メレディス(夜翔アルビレオ・e00180)
花骨牌・旭(春告花・e00213)
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)
久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)
真神・命(百鬼の姫巫女・e17921)
善知鳥・リュカ(魔改造ノクターン・e21446)

■リプレイ

●雪と虫
 見渡す限りの白い世界は冷涼な空気に満ちていた。
 踏み締めた雪の大地には幾つもの足跡。降りゆく白い淡雪を振り仰ぎ、ラウラ・ロロニ(荒野の琥珀・e00100)は空に手を差し伸べる。
「これ……が……ユキ……つめたい……」
 初めて見る雪を物珍し気に眺めるラウラの傍では、ボクスドラゴンのトゥルバが元気にはしゃいでいる。真神・命(百鬼の姫巫女・e17921)はその姿を微笑ましく感じながらゆっくりと息を吐いた。
「はぁー……やっぱり北は一段と寒いね」
 白く染まる空気に身震いをした彼女の鼻先はほんのりと赤いが、其処にはにへらとした笑みが浮かんでいる。そして、命は仲間達と目配せを交わしあった。
 雪を楽しむのも良いが、まずは仕事が先決。
 花骨牌・旭(春告花・e00213)は周囲を見渡し、近付く気配を感じ取った。来たぜ、と仲間達に告げた旭は視界に入ったローカストの姿を見て思わず呟く。
「雪虫ってちっちゃいと可愛い印象だけど、こうもでかいと……ええと、」
 ででん、と目の前に飛来した敵は迫力が凄すぎた。
 ティアン・バ(水骨・e00040)は自然と身構えてしまいながらも、まじまじと敵を見つめる。ふわふわの毛に覆われている巨大な雪虫は流石に堪えるものがあった。
「ゆきむし。はじめてみる。おおきい。ちょっとこわい」
「大きな虫というのはあまり見ていて気持ちのいいものではないな」
「……ちいさいのはまたちがうのだろうか」
 シエラ・メレディス(夜翔アルビレオ・e00180)が溜息を吐き、ティアンは小さい雪虫を想像した。だが、シエラ達はすぐに敵が襲い掛かって来る気配を感じる。敵が羽を震わせる音が辺りに響き、ラウラも警戒を強めた。
 遊星・ダイチ(ドワーフのウィッチドクター・en0062)も仲間と共に敵を見据え、善知鳥・リュカ(魔改造ノクターン・e21446)はバスターライフルを構える。
「黒い身体に白いふわふわの毛……は親近感を覚えるが、」
 デウスエクスに情けは無用。
 そう語るリュカの傍ら、久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)はいの一番に飛び出した。翼を広げた征夫は雪の大地を蹴り上げ、高速で相手に突っ込んでゆく。
「先手必勝です!」
 あんまりこの大きさの虫の頭は触りたくないですけど、と手を伸ばした彼は敵の頭に触れ、自らの翼を巨大な刀のように叩きつけた。
 オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)は仲間の勇ましさに小さな笑みを浮かべ、自らも戦闘態勢に入る。
「小さな綿雪が舞い飛ぶ姿なら、少しは情緒というものもあったでしょうに」
 大きすぎる敵の姿を見遣ったオルテンシアはやや視線を逸らしてしまった。その隣にはミミックのカトルが控えており、ぱかぱかと口を開け閉めしている。
 そして、オルテンシアによる禁縛呪が宙を舞い、シエラも時空を凍結させる弾をひといきに撃ち放った。旭は始まりを迎えた戦いを見据え、仲間達に呼び掛ける。
「俺達の腕の見せ所だ。皆、やってやろうぜ!」
 自分達が戦う理由は誰かの命を奪わせない為。
 そして、今回に限っては――この後に待っているはずの楽しい雪遊びの為!

●白の戦い
 真白な世界に現れたこれまた真白な敵。
 巨大な体を震わせた敵は綿雪を散らし、ケルベロス達に襲い来る。
「小さいと……かわいい……ユキムシも……大きいと……なんだか……」
 ラウラはトゥルバと共に防護に入り、綿雪の一撃をしっかりと受け止めた。ティアンは自分を庇ってくれたラウラに視線で礼を告げ、魔力を紡ぐ。
「ともあれ、害なすデウスエクスはたおさねば」
 雪虫の想像が壊されたことは兎も角、今はただ戦うのみ。ティアンの放った竜語魔法は幻影の竜炎を作り出し、赤い衝撃がローカストを包み込んだ。
「大きすぎると気持ち悪いだけだね……センス最悪」
 命も素直な感想を零しながら禁縄を解き放つ。次の瞬間、半透明の御業がローカストの動きを鈍らせていった。
 シエラは仲間達の攻撃の勇猛さを瞳に映し、自らも地を蹴る。後方には仲間だけではなく信頼のおける妹も控えていた。
「頼もしい妹がいて、私は幸せ者だな」
 そう呟いたシエラは炎を纏い、鋭い蹴りで敵を貫く。リュカも其処に続き、バスタービームでローカストを穿った。
 だが、敵も雪虫あたっくで以てオルテンシアに襲い来る。
「……! これは、かなり……痛いわね」
 衝撃をそのまま受け止めたオルテンシアだったが、身体が石のように動かなくなっていく感覚を覚えた。いけない、と唇を噛み締めた彼女の様子に気付いた旭はすぐに自らの気力を癒しの力に変える。
「俺の仕事は回復! 誰のピンチも見逃さないからな!」
「その意気だ、旭。俺も尽力するぜ」
 旭の言葉に頷き、ダイチも癒し手としての力を発現させた。二人からの支援を受け、持ち直したオルテンシアも皆の援護に移ろうと決める。
「後の楽しみのために早々に片づけましょう。助力は惜しまないわ」
 シビュラを疑え。ヴォルヴァを訝れ。――天を欺き、エヌマ・エリシュを覆せ。
 天地縛る言繰りに踊らされることなかれ。人の子賎しむ詞章の果てに惑うことなかれ。真の天祐は定まらぬ未知のさきにこそ。
 強い言の葉と意志を以て、オルテンシアが掲げたのは一枚のカード。魔女の諫言は攻撃手であるティアンやリュカ、命の力を一気に高める。
 征夫は仲間達の頼もしさを感じ、絶空の斬撃を見舞いに翔けた。
「そう簡単に人は殺させませんっ!」
 この後に通り掛かるはずの一般人を危険になど晒したくはない。征夫は振り下ろす刃に全力を込め、敵に付与された不利効果を増やしていった。
 対する雪虫も綿雪を散らすことでケルベロスを狙い続ける。そうして戦いは巡り、幾重もの攻防が繰り広げられた。
「しぶといね。でも、これから一気に攻めるよ!」
 命は敵への警戒を弱めぬまま、熾炎を放つ。ひといきに業炎となった砲撃めいた一閃は炎を巻き起こし、雪虫の身を燃やした。
 その間にリュカはブラックスライムを放とうとしたが該当の攻撃方法を放てないことに気付く。事前準備だけではなく戦闘時のことにも考えが回っていたならば、戦いも上手く巡ったかもしれない。
「仕方ない、今はこれで――」
 しかし、リュカは代わりに炎を放つことで応戦していく。
 それにデウスエクスとの戦いはひとりで行うものではない。リュカの分は他の仲間達が補い、戦いは順調に進んでゆく。
 シエラが十字撃を、ティアンが影の一撃を放つ中でラウラ達は仲間を守り、反撃を放った。そして、駆けたトゥルバの体当たりによって雪虫が大きく傾いだ隙に、ラウラ自身も黒影の弾を撃ってゆく。
「ぜったいに……たおす………!」
 鋭い眼差しで敵を睨むラウラの瞳にはデウスエクスへの強い感情が宿っている。その一撃によってもたらされた毒は雪虫を蝕み、更に弱らせた。
 だが、ローカストは弱りながらも力いっぱいの攻撃を征夫に喰らわせに向かう。
「ぐっ……まだやられねぇぞっ!」
 重い衝撃が征夫の身を貫いたが、彼は熱い闘志を燃やして耐えた。その痛みと傷を癒す為に旭が癒しに回る。
「言ったろ、誰も倒れさせないって」
 明るい笑顔を浮かべ、名実共に仲間を支える旭。その隣には先程と変わらぬ形でダイチが控え、癒しの役を担っていた。
「ああ、俺達が支えているからな。皆は全力で向かってくれ」
 ダイチの呼び掛けにシエラが頷き、命も自分なりの力を出そうと心に決める。雪虫は戦いの合間に自分を癒しながらも、しつこいほどに綿雪を散らしてきた。
 それならば――。
「こっちだって対抗できる力くらい持ってるんだからね。負けないよ!」
 ――南方守護セシ赤キ霊鳥ヨ、ソノ炎ヲ持ッテ厄災ヲ払イ給エ。
 命は百鬼が描かれた巻物から、墨で描き上げた巨大な炎を纏う空駆ける朱雀を召喚し、癒しの焔で綿雪を消し飛ばしていった。
 オルテンシアは彼女の見事な技に感嘆の息を零し、自らも攻撃に移ろうとする。
「炎の方が雪景色には映えるわね……あら、え? ……カトル!」
 だが、一歩踏み出そうとしたオルテンシアは雪に足を取られそうになり、思わずミミックの名を呼んだ。即座に反応したカトルは彼女の足の下に潜り込む。むぎゅ、という踏み付けられた音が響いたのはさておくとして、見事な連携で転倒は防がれた。
「だいじょうぶか?」
「ええ、何とか……」
 ティアンが問い、オルテンシアは頬を仄かに染めながら平気だと答える。旭とダイチはその様子に吹き出しそうになるのをぐっと堪え、リュカもふっと笑みを零した。
 おそらく、戦いは間もなく終わる。
 そう感じたラウラは気を引き締め、すっかりボロボロになった敵を見据えた。
「なさけは……かけない……」
 雪の大地を蹴り、高く跳躍したラウラは狙い澄ます。流星めいた真っ直ぐな蹴撃は狙い通りにローカストを穿ち、体力を大幅に奪い取った。
 更にトゥルバとカトルが協力しあってそれぞれの攻撃を放ち、征夫も再び久遠・極の太刀を振るいに駆ける。
「刀を極めし者は自らも刀と化す……無刀っ!」
 空気の冷たさに翼が冷えてゆく事も構わず、征夫は渾身の一撃を見舞った。
 更に命が魔法の矢を、オルテンシアが氷結の槍騎兵を解放し、ローカストを追い詰めていく。ティアンも拳を握り、音速の速さで敵の背後に回り込む。
「おわりだ」
「皆、頼んだぜ!」
 ティアンの一閃が見事に見舞われる中、旭は最後まで癒しに徹する。旭によって紡がれるのは生きる事の罪を肯定する魔曲だ。
 その音色を聴きながら、シエラは真っ直ぐにローカストを見つめた。
「雪はいずれ溶け消えゆくものだ。跡形も残らずね」
 落とされたシエラの言葉と同時に、朗朗たる謳い手の祈りが夜を凝らせる。
 召喚された夜の精霊は鉱石状の弾丸を解き放ち、そして――果て無き冥の眠りが真白な雪虫にもたらされた。

●ゆきゆきて
 悪しき存在は消え去り、しんしんと降る雪は戦いの跡を覆い隠す。
 これで後は自由に遊ぶ時間。
 リュカは獣化して雪原へと駆け出し、雪の感触を確かめた。翼を広げて飛び立った征夫はその姿を眺め、新雪が踏み締められていく様を空撮していく。
 一方。其処から少し離れた場所ではラウラやダイチ、命がそれぞれ思い思いの雪だるまを作って遊んでいた。
「丸めて……くっつけて……ユキダルマ……?」
「そうだ、ラウラ。なかなか筋が良いぞ」
 トゥルバと協力し、やや歪な二つの丸を重ね合わせるラウラは小さな雪だるまを完成させた。隣ではダイチが猫耳だるまを設置している。
 命は可愛らしい雪像に目を細め、自分は巨大な雪だるまを作るのだと決意した。
「超巨大な雪だるま作りにチャレンジするよ! みんな手伝って!!」
「おっきいの……がんばる……」
 誘われたラウラが密かに気合を入れる中、征夫はその様子を次々と撮影する。
「こんな感じで記録するのもいいですね」
 その後。うっかり滑りかけた征夫が尻尾で支えようと頑張ったが寒さに震えてしまい、結局は転んでしまったという一件が起こったりして、和やかな時間が過ぎる。
 その間、思い切り走ったリュカは、皆が作った雪だるまや雪像の前に足跡で文字を描き、雪降る空を見上げて思う。
(「……俺の心にも雪が降ればいいのに」)
 白い雪原には、彼が思い描く英文字がしっかりと刻まれていた。

●悟りのナノナノ
 雪遊びの時間はまだ始まったばかり。
「第二ラウンドはこれからよ。ほら遊びましょ」
 広場一面の雪の中、ティアリスは旭とシエラに労いの言葉をかける。一行はこの場に集った友人や妹達と共に思い切り遊ぶことを決める。
「雪遊びってさ、実はした事ないんだよね」
 ルディは掌の上に乗せた雪玉をじっと見つめ、ころころと転がした。
「ゆっきあっそび、ゆっきあっそび! 雪球に石をいれるのはねー、あたったら痛いからやめた方がいいよ、ルディくん!」
 明るく語られる晴の言葉から学んだのは雪の中に石を詰めてはいけないこと。
「石詰めたらもう石投げるわよ」
「え? 大丈夫大丈夫、詰めないから安心して」
 ティアリスの言葉にルディが首を振り、雪玉を後ろ手に隠した。ふっと笑みを浮かべた旭は雪を持ち上げ、皆に提案する。
「雪ナノナノを作ろうぜ。ほら、なんかマスコット的な感じでかわいいし」
「あにさまに賛成! よーし、皆でナノナノつくろうー!」
「よーしじゃあ俺は耳作る。あっこれ意外にバランスが難しい、折れそう」
 晴は無邪気にはしゃぎ、旭も雪像作りの準備を進めていった。シエラはアイフィと共に小さく頷き合い、共同作業に取り掛かる。
「……ナノナノ。成程。白いしね。じゃあ私たちは胸のハート部分を作ろうか」
「頑張りましょう、姉さん」
 そうして兄妹は耳を、ルディは体を、姉妹は綺麗なハートを作り上げたのだが――最終的に合体したナノナノは妙に変な顔をした出来上がりだった。
「このナノナノ、悟ってる顔してない?」
「多分この世の不条理と真実を全て見つめてきたナノナノなのよ」
 ルディが首を傾げると、顔担当だったティアリスは視線を逸らす。その可笑しさにシエラは笑みを浮かべ、アイフィもこくんと頷いた。
 そして、シエラは皆に問いかける。
「体も冷えただろう。ブランデーを持ってきたんだが、飲める者は一杯どうかな」
 未成年にはホットココアを、と告げたシエラは仲間達に飲み物を配っていった。冷え込む空気に温かな湯気が立ち、旭はふわりと笑む。
「お、ありがとシエラ!」
 旭の隣でルディもブランデーを少しずつ飲み、身体に染み渡る美味しさを味わう。ティアリスも呑めない二人に手を差し出し、小さなチョコの包みを手渡した。
「晴とアイフィにはチョコレートあげるわね」
「わぁい! ホットココアもチョコもすき! ありがとう、ふたりとも!」
「わ、わ、姉さんありがとうございます。ティアリスさんのチョコも嬉しい」
 晴とアイフィは礼を告げながらも、成年組が味わうブランデーをじっと見つめる。
 いつか、大人になったら――あにさまと、姉さんと、そして皆と一緒にお酒が飲める日がくるのだろうか。
 少女達の憧れを募らせるように、淡雪はしんしんと降り積もっていく。
「いやー楽しかったな! 雪で遊ぶの久しぶり!」
 そうして、皆の姿を瞳に映した旭はかけがえのない時間を大切に想った。

●ゆきにゆく
 仲間達がそれぞれに遊ぶ様を見遣った後、耳まで覆う毛糸帽を被ったティアンはエトヴィンと一緒に雪遊びに興じることにした。
「ティーちゃん、雪はどう?」
「雪。ふわふわ。あしあとがのこる。記録か記憶みたい。たのしい」
 彼の問いかけに思ったことを告げ、ティアンはその場に屈み込む。
 雪だるまつくるぞ、と彼女が頭用の玉を転がし始めた横でエトヴィンも胴体を担当する。ふかふかで冷たい雪の感触はティアンにとって不思議なものだった。
 そうして、暫く。いつのまにか雪に触れた指先が赤くなっていた彼女に気付き、エトヴィンは冗談混じりに提案する。
「手、あっためようか。それともぎゅーしてあげよっか」
「ティアンの手はとくにひえてないぞ。ぎゅーはおもくないなら」
 あっさりと許可が出たことに大いに喜び、エトヴィンはティアンを抱き上げてくるくると回った。だが、あまりにもテンション上がりすぎて足が滑ってしまう。
「って、わ、わ、」
「ぶはっ、ティーちゃんだけは守るよ」
 どーんと倒れ込んだ二人だったが、ティアンは彼の腹の上でちょこんと座る形で上手い具合に着地していた。
「……したじきにはならなかった。ありがとうエト」
「守れた。褒めて!」
 礼を告げる彼女に笑顔で答えるエトヴィン。その笑みが光を反射する雪よりも眩いように感じ、ティアンはふと想う。
 ――はしゃぎすぎはよくないとおもう。
 けれど、それを言葉にしないでおくくらいに、ティアン自身も今を楽しんでいた。

 雪遊びと聞いて、オルテンシアの頭に真っ先に浮かんだのは香鹿のこと。
「ゆーきやこんこ」
 ご機嫌に歌を口遊ぶ香鹿は、浮かれた調子で足跡を残しながら雪原を往く。楽しげなその姿はやっぱり雪原によく似合う。降り積もる雪にあたたかな白色の笑顔が映る世界はとても、やさしく思えた。
「ねえ香鹿、なにして遊びましょうか?」
「うぅんと。雪像作りとか?」
 オルテンシアが問いかけると、香鹿は首を傾げて答える。けれどきっと、ふたりなら何をしても楽しい。雪だるまよりすっごいの作ってみせるよ、と駆け出した香鹿は自信満々に息巻いていく。
 ふと見ればきらり、ひかりとける雪の結晶。見つけたそれが、まるで――思わず確かめるように振り向いた香鹿は柔らかく笑むオルテンシアを見つめた。
 重なる笑み、重ねる雪の形。
 たくさんの時間をかけて出来上がったのはふたつの雪像。揃いの花で飾りつけられたそれは愛らしくも立派な鹿の像となり、雪原に凛と立っていた。
「こっちはね、オルテンシアの鹿。だからとびきり、きれいにしたの」
「まあ、香鹿ったら」
 微笑みを浮かべた二人はきんと冷え切った手を繋ぎ、同じ温度を確かめあう。
 それが何故だか心から嬉しくて、絆のあたたかさが伝わった気がした。
 春が巡ればこの雪も消えてしまう。けれど、ひとつだけ確かなことがある。今日、雪の中で紡がれた楽しい思い出と記憶は――ずっと溶けることはないということ。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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