しおりの雨

作者:深水つぐら

●雨宿り
 ほつほつと鳴る音に、かの君は息を吐く。
 二月の氷雨に凍えたのか、二本の手はそっと彼女の腹へと当てられ、さらにその上へ他の二対が重なった。四つ手の様子を忘れる様に、彼女の肩口から伸びた手は口元によると、一匹の虫と視線を合わせた。
「命の火が消える事を惜しまぬ訳ではありません。ですが、お使いが出来ぬ者にどう情けをかければよいのでしょう」
 ねえ、と同意を求めれば、虹の光を放つ虫は、忙しげに触角を動かした。その一本が擦り寄る様に、かの君の指をなぞれば、ころころと笑い声が聞こえた。
「上手にやってくださいますね?」
 その言葉に動いていた虫の触角が止まる。だが、すぐに動きだすとその指から離れ、雨に濡れそぼる草木の影へと消えていく。
「殺して下さいな、我らが糧の為に」
 『上臈の禍津姫』ネフィリア。告げ消えた彼女の言葉が、雨を渡る虫の導となっていた。
 その導きの先に、雨に濡れた公園が在った。
 晴れている時ならば賑やかな子供の声に溢れているだろう。冬場の木々は寒空と雨の中で震え、それでも葉を茂らせていた広葉樹の下で一人の少女が泣いている。その手に握られた犬の散歩紐は、遠目から見ても栄える赤色をしていた。
 べそをかく少女は何度も愛犬らしき名を呟くと、不意に翳った気配に顔を上げる。その先に見えたのは美しい玉虫色の羽。
 息と共に声が落ちる前に、その身に深く深く爪が突き刺さる――。

●涙空に
 冷たい空気を吸えば、目の奥が痛む。
 それは自身を起こす刺激なのだと告げると、ギュスターヴ・ドイズ(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0112)は手帳に触れた。
 そうして語られたのは、女郎蜘蛛型のローカストが、動きを見せていると言うものだった。
 昨今現れ始めたかの者は、グラビティ・チェインの収奪作戦を指揮しているらしい。その方法は知性の低いローカストを地球に放ち、人を襲わせて集めるというものである。
 放たれるローカストは知性が低い分、戦闘力に優れた者が多いらしく、今回の予知に現れた個体も例に漏れず、手強い相手となりそうだ。
 その相手は万華鏡の様に美しい羽根を持つ者――玉虫の特色を持つ女型のローカストだ。六本腕の中には鋭い爪を有したものがあり、それで被害者を狩るのだという。
「現場は木々の生えた公園の死角だ。そこで雨宿りをしていた少女を襲う」
 ギュスターヴの予知で見えた少女は、雨でも犬の散歩をすると言い張って家を飛び出してきてしまったらしい。結局、雨で犬を上手くコントロール出来ずに逃がしてしまい、途方に暮れていた所を狙われた様だ。
 被害者は一人ではあるが、発見され次第その身を捕獲されてしまう。ローカストはグラビティ・チェインの吸収を緩やかに行う為、その身をゆっくりと食す。それは少女にとって生き地獄となるだろう。
 ケルベロス達が対応できるのは予知の三十分程前となる。その間に少女を見つけ出し、彼女の周囲に潜んで攻撃を仕掛ける形が現在取れそうな作戦だ。
「もちろん、早めに少女を見つける事が出来れば、接触しても構わない。だが、その場合は一人だな。予知の揺れ幅を考えるとそれが限界だ」
 予知が外れるとなると、この少女を救う事は出来てもローカストを逃し、さらにそれによってローカストが予測不能な犠牲者を生むだろう。
「チャンスは掴んでおく。これを心に留めて動いてくれ」
 つまり、この玉虫のローカストを仕留めるならば今回で。その気概を持って当たって欲しいのだ。その為に隠れる場所や襲撃のタイミングなど、ケルベロス達にはしっかり考えてもらいたい。
「当日は雨が降る。蜘蛛糸に似たその様を断ち切らねばなるまい」
 グラビティ・チェインを得る為に、命が犠牲になってはいけない。たとえそれが相手の糧を奪う形であったとしても。
 我らは己を守る為に戦わねばならないのだ。
「君らは希望だ、どうか頼む」
 そう言って黒龍は自身の手帳を閉じると、静かに目を閉じた。


参加者
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
マニフィカト・マクロー(ヒータヘーブ・e00820)
黛・繭紗(アウル・e01004)
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)
神宮寺・結里花(目指せ大和撫子・e07405)
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)
アリーセ・クローネ(掴魂の吸血姫・e17850)

■リプレイ

●迷い子
 空気は湿り気を帯びていた。じとりと肌に感じる感覚なのは不快では無い。
 空から落ちる雨は幸い気にならぬ霧雨だったが、そろそろ雨具を使った方がいいだろう。本降りになる事を気にも留めず、餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)はキープアウトテープを貼り終わると、ふと、空を見た。
(「また『奴』ですか」)
 眺めた先からは蜘蛛糸に似た雨が落ちてくる。その先にいる者を見ようとして、ラギッドは鋭く目を細めると口元を引き締めた。
 今回の被害者も必ず救い、その企みは潰して見せる――そう意を固めた彼の後方から、マニフィカト・マクロー(ヒータヘーブ・e00820)は現れると一般人の避難がほぼ終わった事を告げた。
 後は少女を見つければ良い。そう思いながら、マニフィカトはしっとりと濡れた己の角に手を当て、その冷たさに眉根を寄せた。かり、と爪で角を掻けば、焦らす様な心地に喉の奥が濡れる。
 この雨の中で少女は震えているのだろうか――瞬きを忘れた様に開いた碧眼が、濡れ細る木々へと向けられていく。
 そんな銀糸雨の中で、赤い瞳を走らせていたシュリア・ハルツェンブッシュ(灰と骨・e01293)は、茂みへと足を踏み入れた時、ふと主のいない蜘蛛の巣を見つけ口元を緩めていた。雨の日の蜘蛛の巣は嫌いではない。だが、誰かの悲しむ導きの糸になるならばそれは許してはいけない。
 口元を引き締めたシュリアが、目を皿にして景色を追うと紅を一点見つける。それが犬の紐だと分かった途端、濡れそぼった毛と共に暢気な顔の犬が現れた。
「おい、こら待て、待てってば!」
 おそらく散歩紐は千切れたのだろう。シュリアは自身の髪にじゃれる犬を御し、木へ紐を括り付けると仲間へ連絡を入れた。すぐに近くにいたファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)が合流し、対面した犬の元気さに苦笑する。
「あとは女の子かねぇ」
「ああ、犬がいたなら、案外この辺かもしれねーな」
 子供の足ならそう遠くはいけないはず――そんな彼女の言葉に、ファルケはガンナーズハットを触ると、濡れた感触に口元を歪めた。抜き指の先が濡れるのは良いが、大事な物となれば少々心苦しい。
 その事実に嘆息した瞬間、雨粒が中指に当たった。やはり空が本格的に泣き始めるらしい。
 それでも雨は強くない。これならば、少女も雨宿りをと一か所に留まるだろう。今がチャンスかもしれない。きっと彼女も大事な友人を心配している筈だから――付近の捜索していたメロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)は、茂みのひとつが揺れた気がしてそっと覗き込んだ。
 耳を澄ませば雨音に混じって泣き声が聞こえた。近くに居合わせた神宮寺・結里花(目指せ大和撫子・e07405)が、素早く黛・繭紗(アウル・e01004)へと連絡を入れると、すぐに仲間達が集合する。各自が周囲の茂みなどに潜み、接触役だった繭紗は少女へと傘を差し掛て――。
 そうして話を始めた二人の声は、雨音に遮られて聞こえないが、タオルの温もりに微笑む少女の顔を見て、上手くいっているのだとわかる。
(「雨の日くらい散歩を休んでもいいのに。律義な子なのか、頑固な子なのか」)
 その様を見たアリーセ・クローネ(掴魂の吸血姫・e17850)は、口元に当てた指で唇を掻いた。空回りではあるが、その無垢な想いは眩しく尊い。
「まぁ何にせよ、虫に食われていい命ではないわね」
 呟いた言葉を力に変える様に、手にした得物の柄を撫でる。瞬間、手についた雨の感触と共に鋭い感覚が肌を舐める。ちりと焼かれる焔の様な痛みは――殺意だ。周囲に注意を広げ、その心に雨の音を落としていく。
 規則正しく、それでいて乱れる音。氷雨の寒さに身が凍える前に。
「……守りますよ。もう『奴』に関わる被害者など、私の目の前では許さない……!」
 そう呟いたラギッドの耳に羽音が聞こえた。

●交差
 僅かな光が七色を帯びていた。
 音も無く現れたその虹の災いに、いち早く気が付いた繭紗は少女を抱き寄せ、静かに耳打ちする。
「大丈夫。お姉さんに任せてください」
 呟いた瞬間、空気が動いた。
 奇声を上げて飛び出した異形、玉虫のローカストが飛び出すと、繭紗は後方へ飛び、入れ替わりに深緑の翼が前方へ駆け抜ける。
 直後に鳴り響いた音に、周囲のケルベロス達が息を飲んだ。
 美しい曲線を持った玉虫の爪が、ラギッドの戦籠手と鍔迫り合いを生んだ。若きドラゴニアンの瞳に燃える怒り――その輝きがかつてよりも理の光を湛えているのは、この敵に向かうと知って声を駆けてくれた仲間や恋人の言葉のお陰だろう。
 憎悪に身を焦がしてはいけない。奴の足跡を掴むには今の悲劇を防がねばならぬのだ。
「逃がしませんよ玉虫。……今日が貴様の消える日だ」
 放つ言葉に呼応したのか雨粒が舞う。その中へ真っ先に飛び出したのはアリーセだった。
 反応する暇など与えぬ様に、掌から生まれた幻影はその腕を焼き払っていく。玉虫の身が悲鳴と共に後方へと吹き飛ぶと、アリーセのルーンアックスがくるりと回った。
「害虫駆除といきましょう」
 不敵に笑う彼女の言葉で、ケルベロス達は己が得物を構えていく。その様に玉虫が威嚇の声を上げたが、高揚したシュリアの心を挫くには欠片も足りなかった。むしろ戦いの熱に心躍らせて笑えば、自慢の八重歯がちらりと覗く。
「いい声だ、さぁ、……骨の髄まで楽しもうぜ?」
 そうしてじゃじゃ馬が地を駆ければ、その標的を確実に捉える位置へとついていく。その歩方に倣う様に、凛とした表情で結里花が美刃剥命に『虚』を纏わせる。
「神宮寺流戦巫女、結里花参ります! 啜れ、美刃剥命!」
 それは激しい嵐の様な閃――啜られる力とは対照的に、マニフィカトが解き放つのは百蠱魔法だ。其はかの者が持つ籠の中の妙技。
「夜の如走する蜉蝣の、祈の如く昇り行く……」
 紡いだ言葉に導かれ、最前線を守る者達に宿ると、その目に力強い光が見えた。これで暫くは持つ筈と判断したファルケは素早く弾丸を玉虫へ叩き込み、声を上げた。
「今のうちだ!」
「逃がして!」
 古代語の詠唱の後に光を解き放つと、メロゥもまた声を上げる。仲間の声を受け取った繭紗は、少女を励ます様に背中を押した。ちらりと前方へ目を向ければ、相棒であるテレビウムの笹木さんが手を広げて前を守る姿が見える。
「あの羊のお兄さんの 所に走って!」
「うんっ」
「さあ、こちらへ」
 少女を安全な場所へ。
 その役目を負ったマニフィカトが、少女と共に走り出せば、不意に玉虫の注意が向いた。執着する程ではないが、それは逃げる者を追う虫という狩人の習性だったのだろう。
 細く長い手が、柔らかい肉を追い求める様に素早く振り払われた。

●刺突
 弧を描いた光は止まっていた。
 それが一閃の残像であると気が付いた時には、結里花の鎌が玉虫へと向いている。
「幼子を狙うとは許せませんね、無粋です」
「本当にね、追わせないわよ」
 同じく間へと割り込んだメロゥは、少女には触れさせないとばかりに好戦的な笑みを浮かべた。その指が- 銀星の天球図鑑 -と呼ばれる魔導書の紙上を伝い、在らざる火を引き寄せる。
「幼気な少女に手を出すなんて、害虫以外の何物でもないわ」
 だから、焼き尽くして差し上げる。
 それは天上の火。ひとかけらの言の葉を鍵に、刹那の間に振り落ちた光の雨は、目が眩まんばかりの輝きを持って玉虫の体を撃ち抜いた。
 悲鳴が聞こえる。雨とは別の異質な声――それは己の傷を癒そうとあげた物であり、同時に仄かな光が体表を輝かせる。
 その意味を悟ったのはアリーセとラギッドだった。
 左右に分たれた二人は己の拳へ力を込めると同時に息を吐く。ひとつは高速で、ひとつは音速を超えて。玉虫の身へと叩き込まれた撃はその身を覆う光を砕いた。
 やった――そう思ったラギッドの隙を、玉虫の爪が刺し開く。
 漏れた声に、玉虫の唇が笑った気がした。
 慌てて繭紗が桃色の霧を展開させて癒し、次いでファルケの解き放った意志の力が玉虫を牽制する様に攻撃する。それでもなお、一撃は致命傷には至らない。
 攻防が進む度に不利な状況へと陥ったのはケルベロス達であった。その原因は小さな違和感であった。
 違和感から垂れた幾つかの綻びの糸が雨の底に落ち、そろりと広がった先に繭紗を捕えたのである。
 元々、彼女の様にテレビウムといった魂の半身と在る事は力を分ける事でもあった。だが、彼女らが皆を守る盾として意を決した事で、受ける不利は消えている――はずだった。基本的な戦ならばそれで対応できるものの、この戦いにおいてはそれが油断を呼び、綻びとなったのだ。
 また、ケルベロス達が被害者の少女に降した対応にも少しの欠けがあった。もちろん、狙われる者を戦場から遠ざけるというケルベロスの判断は正しい。だが、その導きを戦場の回復手であるマニフィカトへ託した事は、些か拙かった。少女を『安全な場所』へと移すならば、少なくとも公園を出る事になり捜索で使った時間から考えて、急いで戻るにも時間がかかる。もし、役割を変えずに行くのであれば、敵が見えなくなった所で茂みに隠す程度でも、知性が低いローカスト相手ならば誤魔化せただろう。
 癒し手のおらぬ間に盾役を兼ねている者が回復役まで担うとなれば、歪は大きくなりやすい。
 それでも。
「大丈夫、支えますから!」
 そう声をあげた繭紗が傷ついた体に鞭を打つ様に、皆の盾となりその上で仲間達を癒していく。唇が歌い上げるのは、かの想いを捧げるバビュロン都の鎮命唄。
 その癒しの力も自身の回復手段を持たず他者を頼りとした者が複数いる状態では、テレビウムの手助けがあっても盾としての役目がある以上、限界があった。仲間内では相手から力を奪い、己の回復に当てる者もいたが、それでも予知で言われていた様に、戦闘力に優れた相手の攻撃力が勝れば僅かでも確実に傷は増えていく。
「埒があかねーなっ」
 シュリアの愚痴は仲間達の声そのものだ。
 加えて互いの攻撃によって力の底上げを無効化し合う戦略は、素の力での殴り合い――その均衡もやがて崩れる。
 限界に達した繭紗が仲間を庇い崩れ落ち、残されたメロゥがテレビウムと共に回復を継ぐも状況は芳しくない。だが、もし繭紗が回復に専念していなければ、もっと惨事になっていた筈だ。
「このいい加減に……っ」
 痺れを切らしたアリーセが血糊を拭かずに攻撃を飛ばすと、玉虫のローカストもまた己が手を閃かせる。相殺された攻撃に吸血姫が舌打ちした瞬間、相手の爪が目の前にあった。
 瞬きをする瞬間を、刹那と言う。
 その時の間に掴魂の吸血姫の胸へ突き刺さった爪が、娘の唇からこふりと血の花を咲かせた。
「アリーセさん?!」
 掛けられる声に応える事が出来ない。
 赤く、赤く、赤く。
 紅蓮の様な鮮血の娘の首元へ玉虫は口を寄せていく。その様をラギッドははっきりと見ていた。
 ――聞こえた。あの時の哄笑と、助けを呼んだ肉親の声。
 腹の底から生まれた叫びを持って男が地を蹴る。
 瞬間、光がアリーセを包み込んだ。

●氷雨
 同時に飛来した一糸は弾丸だった。
 翡翠の色が曇らぬならば、それは正しく災いを射抜く――ファルケの構えたリボルバー銃が、再度弾の補充を受ける間に、解き放たれたアリーセの体をメロゥが抱き抱える。その体に戦線復帰したマニフィカトが、さらに月力の癒しを施すと、ケルベロス達の顔に明るい色が差した。
「つったてる場合じゃねぇ、いくぜ!」
 シュリアが撃を飛ばし、眼前の獲物へと目を細めていく。狙うのは破損の少ない顔だ。解き放つ一撃が相手に命中した直後、守る様に飛び出した結里花が得物を構えて息を吸った。
 今が時。凛として咲く撫子の盛はこの一瞬に開くのだ。
 射干玉の黒髪が流れ、その揺らぎを知らず息を吐く。
「舞い踊れ! 凛として咲く撫子の花よ! 花吹雪の如く!!」
 声に導かれ巻き起こる竜巻は、攻性植物の花弁と共に玉虫の羽を切り刻んでいく。そこへ戦線に復帰したアリーセのオーラの弾丸がお返しとばかりに腹を撃った。
 ぎい、と虫は鳴く。
 己が体に穿たれた数々の傷を、痛みにうとんでぎい、と鳴くのだ。
 その身が雨でぬかるむ地面へと倒れた時、男の言葉が降った。
「口がきけないのだろう? なら死んで奴に伝えろ。お前の敵が来たとな」
 ラギッドの言葉に玉虫の体が震える。その様を見ずに、男の腹が口を開けた。
 それはひとつの臓物だった。
 歯牙の生えた肉塊とも見えるものは、出鱈目に生えた狂歯を震えさせると、七色の肌へと興味を向ける。亡飲獰食。その力を解き放てば、あっけなくその四肢が噛み砕かれていく。幾重の咀嚼も幾度の嚥下も、飢えを凌ぐ為の儀式の様で、容赦ない食事として煌びやかな体を蝕んでいく。
 貴様が『奴』に従った時点で死の運命は決まっていた。
「胃袋で先に溶けていろ。すぐ奴も追わせてやる」
 呟いた言葉にもう玉虫は答えなかった。
 それが戦の終わりであったと分かる前に、繭紗の容体を見ていたマニフィカトは息を吐く。ぐったりとする体へ癒しの力を施せば、弱々しかった呼吸がゆったりとしたものへと変わった。
「大事には至っていない。休めば大丈夫か」
「ありが、とう……」
 うっすらと目を開けた繭紗が、力なくではあるが微笑めば一同に安堵が満ちる。そんな彼女の手は何かを掴む様な仕草をすると、どうにか自身の頭へと辿り着いた。ほんのりと染まる指の色は血だ。心臓の様に脈打つ指先で、探していたキャスケットを掴むとその顔の上を覆った。
「あの子も大丈夫かね」
「そう言えばこの雨ですし、心配っすね」
 シュリアの呟きに、結里花もまた呟く。確かにマニフィカトに上着を借りているとはいえ、この雨の中で一人でいるのは心細く、風邪をひいてしまうかもしれない。そんな心配事にメロゥははっと気が付くと、迎えに行こうと声を上げる。
「それに犬と会わせてあげなくちゃ……」
 言ったアリーセは体力の限界が来たのだろう。ルーンアックスを杖にへたり込むと深く深く息を吐く。
 静かだが強かに打ち続ける雨粒の衝撃が、妙に堪えた。
「氷雨、かねぇ」
 言ったファルケの唇から白い湯気が立ち上る。寒いな、と思った。
 掌を開けば糸の様な雨が落ちてくる。まだ雨足は強く、しばらくは止みそうにない。
 胎動した謀の一端を、雨は静かに織っている様だった。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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