僕だけを見つめて……

作者:伊吹武流

 夕暮れ時、校舎の屋上で楠川健人は、同級生で幼馴染でもある少女、椎名由美を睨みつけていた。
「子供の頃から、ずっ由美ちゃんの事がだけを見ていたのに……どうして君は僕を見てくれないんだ!?」
「……」
 無言で返す少女には、既に恋人がいた。
 そして、彼は自分に恋心を抱かない彼女が憎らしかった。
「許さない……君は僕だけを見ていればいのに!」
 そう言い放つと、健人の体は光り輝く羽毛に覆われていく。
「ヒィッ……!」
 由美は目の前で変貌した健人から後ずさろうとしたが……出来なかった。
 そして『健人であったモノ』は、恐怖で立ちすくむ由美へゆっくりと手を伸ばす。
 続く瞬間、彼の視界には、顔面を押さえ、苦痛に泣き叫びながら崩れ落ちる由美の姿が見えた気がした。
 だが、健人はその事を気にもせず、その手の内で転がる温かく小さな球体へと微笑みかける。
「君は、僕だけをずっと見ていればいいんだよ」

「ケルベロスの皆さん、岐阜県のとある高校で、ビルシャナを召喚した男子生徒が事件を起こそうとしてるっすよ」
 ヘリオライダーの黒瀬・ダンテは、集まったケルベロス達の前で、そう切り出した。
「えっと、どうやらビルシャナを召喚した男子生徒は、幼馴染の同級生が恋人になってくれない事を逆恨みして、彼女への復讐を願ったみたいっす。で、その願いが叶ったらビルシャナの言う事をを聞く、って契約まで結んでしまったらしいっす……はっきり言って、すっげーワガママな奴っすね」
 その言葉に、何人かのケルベロス達はまったくだ、と頷き返す。
「って事で、彼が復讐を果たして心身共ににビルシャナになってしまう前に何とかして、犠牲者となる女の子を助けて欲しいっすよ」
「事件現場は、学校のの屋上っすから、皆さんには校舎内の階段を使って屋上へ向かって欲しいっす。仮に誰かに見つかっても、皆さんがケルベロスである事を明かせば、怪しまれる事は無いっすよ」
 つまり、堂々と正面から当たれ、という事だ。
「戦闘になると、敵は復讐の邪魔をした皆さんへの攻撃を優先しますが、自分が負けそうな時は彼女を道連れに殺そうとするので、注意して欲しいっす」
「ちなみに、ビルシャナと融合してしまった人間は、基本的にはビルシャナと一緒に死んでしまうので、今回は敵を倒す事を優先して欲しいっす」
 そう言い終えたダンテは、はぁ、と切なげなため息をついてから。
「ケルベロスの皆さん、どうかよろしくお願いするっす!」
 そう言って、ケルベロス達へと向き直ると、丁寧に頭を下げた。
「……好きな人が自分に振り向いてくれないからと言って、身勝手な復讐に走るなんて許せないよ!」
 ジェイド・バスカールは、マスクで表情を隠したまま、怒りの声を上げた。
「こんな復讐劇、僕達の手でさっさと阻止してやろう!」


参加者
祭礼・静葉(サイレン堂店主・e00092)
クローチェ・ドール(愛迷スコルピオーネ・e01590)
シヲン・コナー(清月蓮・e02018)
イリア・ミラジェット(蜃気楼の翼・e02795)
青山・陽子(影絵雑技団の奇術師・e03541)
レイン・シグナル(シャドウエルフのガンスリンガー・e05925)
ユーリ・メルセデス(攻守両用投射特化型機体・e08403)
二荒・六口(ニュクス・e09251)

■リプレイ

●心、あるが故に
 沈みゆく夕陽が景色を黄昏色に染めるなか、ケルベロス達は校舎の廊下を進んでいた。
「まったく、救いようのない奴だな……好いた女の幸せくらい見守ってやり給えよ」
 クローチェ・ドール(愛迷スコルピオーネ・e01590)は苦笑混じりの言葉をこぼした。
 愛する人を守る為に強くなろうとした彼にとっては、健人の選んだ道はほぼ真逆の道。だからこそ、クローチェにはそれが許せないのだ。
 そんなクローチェの言葉にこくりと、と頷きを返したのは、イリア・ミラジェット(蜃気楼の翼・e02795)だ。
「一方的な思い込みに基づく恋心は、ただの浅ましい欲望……それが人に害なす以上、全力で……排除します!」
 常日頃、物憂げな表情をしている彼女だが、いまの彼女の瞳には固い決意が宿っているようにみえる。それは、彼女自身も知らない心の奥底から湧き出でるものだろうか。
 そんな彼女の緊張感を知ったのであろうか、ジェイド・バスカール(サキュバスのウィッチドクター・en0023)はイリアの肩を軽く叩くと、
「ああ、だからこそ僕達で、彼を苦しみから解放してやらないとね」
 と軽く微笑んむ……残念ながら、そのマスクの上から彼の表情が届いたかどうかは分からないが。
「ふむ、慕う想いが憎しみに変わったのが、敵の洗脳やそそのかしでないとしたら……心とは、時に奇妙な働きをするのでありますな」
「ああ、自分以外の者と幸せになる、というのはそんなに辛いものなのだろうか? やはり心とは不可思議なものだな」
 そんな彼らの会話を興味深く聞いているのは、ユーリ・メルセデス(攻守両用投射特化型機体・e08403)とシヲン・コナー(清月蓮・e02018)の二人。
 二人はかつてダモクレスの一員であり、心というものを持ち合わせていなかった。だが、心を得た事で、その見えざるものに戸惑いつつもより深く学びたいと思っていた。とはいえ、だからといって覚えたくない心というものもあるのだ、という思いもあった。
「わたしも恋心とかよくわからないけど……敵でしょ? なら関係ない、潰すだけだよ」
 そんな二人の思索を、ばっさりと切り捨てたのは、青山・陽子(影絵雑技団の奇術師・e03541)。彼女はサキュバスであり、本来は恋愛や性愛的な感情から生命の糧を得ている。にも関わらず、陽子がそんな言葉を口にするのは、もしかすると彼女自身の記憶に秘められた何らかの理由なのかもしれない。
 ともあれ、そんな様々な思いと共にケルベロス達は屋上へと続く階段へと辿り着くと、その先にある扉を見上げる。
 勿論、その途中で彼らは幾人かの教師や学生達とすれ違っている。だが、自分達がケルベロスとして事件解決の為に赴いた事を伝えた事で不審人物だとみなされる事は無い。それどころか、重厚な装備をしたユーリの励ましのお陰で、校舎に残っていた者達は動揺せず速やかに、かつ静かに避難を完了させていた。
「この先だな……」
 それまで音も立てずに皆を先導していたレイン・シグナル(シャドウエルフのガンスリンガー・e05925)が足を止めて口を開く。
 彼の指差す先にあるのは……・屋上への扉と、そこへと続く最後の階段。 
「皆、準備はいいか?」
 二荒・六口(ニュクス・e09251)が静かな問いに、その場に立つ全ての者達は無言で頷きを返すと、足音を忍ばせながら階段を上っていく。
 そして、扉に手を掛け、大きく開け放った瞬間、彼らの視界に現れたものは……。

「許さない……君は僕だけを見ていればいのにっっ!!」

 悲鳴にも似た怒りの叫び声を放つビルシャナと化した哀れな少年、健人と……その光景に恐怖し、立ちすくむ少女、由美の姿だった。

●復讐を食い止めろ
 由美の顔へゆっくりと手を伸ばす健人。
 悲鳴を上げることすら出来ず、なすがままの由美。
 そんな二人の間を引き裂く様に滑り込んでくる黒い影があった。
 黒い人影、いや、漆黒の服をおスタイリッシュに着込んだクローチェは、その懐から素早く抜き放った惨殺ナイフへと振るい、健人の身体を軽く切り裂くと、
 「バンビーナの事は任せたよ。僕はどちらかと言えば力押しが得意なんでね」
 と後ろを振り返りもせず、その刃にも似た鋭き眼差しで真っ直ぐに健人を見据えた。
 その隙に他の仲間達が由美を庇う様に駆けつける。
「もう安心であります! ここは我々に任せて、早く退避を!」
 とユーリが叫ぶと、それに呼応する様にイリアが由美に向かって手早く言葉を紡ぐ。
「今は詳しい事を話している暇はありません。ですが、この危機的状況を救いに来ました。だから……私達を信じてください」
 そして由美から返ってくる言葉を待たぬまま、イリアは由美を抱きかかえた。
「シカクケイ! しっかりやりなさいよ? アンタの失敗はあたしの恥なんだから!」
 祭礼・静葉(サイレン堂店主・e00092)が激を飛ばしながら、自身の使役するミミックを由美とイリアの護衛へと向かわせながら、静葉本人は半透明の御業を用いてが健人の動きを封じようとする。
「愛する者を殺して自分だけのものに……彼女の意思などお構いなしか」
 シヲンは健人へと半ば問い掛けるような言葉を口にしながら、ジェイドと共にその手に構えた杖から雷撃を放つ。
 と同時に、シヲンの使役するボクスドラゴンも、続くユーリが自らの手足から展開したポッドより撃ち出した、ミサイルの雨と共に封印箱ごとぶち当たっていく。
 それに負けじと、陽子は古代語で呪文を紡ぎ出すと、健人を石化させるべく魔力の篭った光線を解き放つ。
 一方、六口はと言えば。
「本当は守護星座を描きたかったんだがな……」
 と、小さく呟いたが、すぐに気を取り直し、竜の言葉を紡ぎながら掌から幻影のドラゴンの幻影を放ち、健人へと炎を吐き出させた。
 対する健人は、不意を突かれた形ではあったが、ケルベロス達を自分の復讐を邪魔する存在であると即座に察したらしく、その強化された身体能力を用いて、彼らの猛攻を回避していくが、それでも幾つかの攻撃を食らい、動きを阻害されてしまう。
「何なんだ!? お前らは!!」
 傷付いた健人はそう叫ぶと憎しみを宿した視線をケルベロス達へと向ける。
「どうしても彼女との仲を裂くというのなら……お前達も此処で殺してやる!!」
 そう言うが早いか、健人はその羽毛に包まれた腕を伸ばすと、ケルベロス達に向かって破壊の光を放った。
 その邪悪な光は前衛に立つ者達を容赦なく痛め付る。なかでも予定よりも前進し過ぎていたレインへは見えないプレッシャーが襲い掛かる。
「くっ……」
 それでも己を奮い立たせ、レインは素早く妖精弓を構えると、眼にも止まらぬ速さで矢弾を健人に放つ。
 放たれた矢は、真っ直ぐ健人へと向かうとその左腕を貫いた。
「な、何でこんな攻撃が……ちくしょう!!」
 その程度の攻撃は当たるまい、と高を括っていた健人はまさかの苦痛に怒りの声を上げる。
 いまや健人の眼光は更なる狂気と凶暴さしか映し出してはおらず、殺意を帯びた視線をケルベロス達を向け続ける。
 そんな中、その一瞬の隙を逃すまいと、イリアは背中に生えた炎の翼を大きく広げ、由美と共に空へと飛び立った。
 それを見たクローチェは、彼女を援護すべく二本のナイフを手にまるで華麗な舞い踊るかの様に閃かせ、負けじとユーリも二振りの長剣を構え、星座の重力を宿した十字の斬撃を健人へとお見舞いする。
 その渾身の一撃をかろうじてかわした健人は、視界の隅に入った空を飛ぼうとするイリアと由美の姿を目にし、激しい怒りに任せてイリアへと掌を向ける。
「由美は僕だけのモノ……誰にも渡さないっっ!」
 そして、イリアを焼き払わんと放たれた孔雀の形の炎は、不意に眼前に現れた六口が身を盾にして受け止められた。
「くっ……まだだ!」
 思わず膝を突きそうになりながら、六口は自らを纏うオーラを凝縮させて傷を癒すが、予想以上にダメージは大きい。
 そこへ背後から放たれた御業の鎧が彼を包み込み、受けた火傷を瞬時に癒していく。
「カッコいいトコ、見せてくれるねえ……だったら、あたしもケルベロスの意地をみせてやるわよ」
 そう言って、静葉は安心しな、とばかりに親指をぐっと立てて見せる。
 その頃、無事地上に降り立ったイリアは由美を解放しつつ、屋上へ戻っては行けない、と言い含めると、屋上へと再び舞い上がる。
 だが、その姿を見送る由美の心の内には彼女は気付かない……いや、きっと誰であろうが気付く事は無かった。

●死闘の果てに
 そして屋上では、いまだ激しい戦いが続いていた。
 双方傷だらけで無傷の者は誰一人としていない。だが、ケルベロス側に倒れる者がいない事が唯一の救いだ。
「次の攻撃さえ凌げば……」
 陽子は淡々と、だが戦況に応じて的確に巫術の御業を放ちながら、仲間達を支え続ける。
 そして、ボロボロの状態の健人の瞳は怒りの炎が宿したまま、少なくともこの戦闘を諦めた様子は全く無い。
 むしろ、ここにいるケルベロス達を倒して、一刻も早く由美の所へ向かおうとしている様子がありありと分かる。
 だからこそ、確実に健人を倒す必要がケルベロス達にはあった。
「邪魔なんだよ! どいつもこいつも邪魔なんだよ!」
 健人の呪詛の言葉と同時に響き渡った鐘の音が、ケルベロス達の心の中に染み込むと、それぞれの抱えるトラウマを具現化させる。
 だが、即座にジェイドが薬液の雨を戦場に降らせる事でそれらを洗い流していく。
「……!?」
 健人は自身の攻撃が解除された事に驚愕したのか、じりじりと後ずさる。
「いまだ! 一気に畳み掛けろぞ!」
「我々がいる限り、貴様に身勝手な復讐はさせん!」
 形勢が傾いた事を悟ったシヲンとユーリは一丸となって攻撃を仕掛ける。
 流星の煌めきと重力を宿したシヲンのキックと、ユーリの発射した多数の弾頭は健人へと炸裂し彼の機動力を削ぐと。
「見える……逃がさない!」
 プレッシャーから解放されたレインが立ち昇った爆煙の向こうに立つ健人へ向けて矢を放つと、螺旋を描きながら飛来した矢は健人の身体を貫き、抉り、その傷を広げていく。
「ぐああぁぁぁっっ!!」
 その痛みに耐え兼ねた健人は、よろりと体勢を崩し……気付くと、屋上の端まで追い詰められていた。
「せめて……君だけでも……!」
 己の敗北を悟った健人は、最後の力で身を乗り出すと、地上に立ち由美へ向かって炎の羽を放とうとする。
 「残念だけど、あなたの舞台は、此処でお終いよ」
 陽子はそう言うと、芝居がかった仕草で健人の視線の先にあるものを指差す。
 そこにあったのは……紅蓮の翼を羽ばたかせたイリアの姿。
「昏き焔、紅き闇、怨讐の顎より出で我が力と為れ! 灰も残さず、燃え尽きろッッ!!」
 瞬間、周囲の空間から噴出した赤黒き地獄の炎が健人に纏わりつき、その身を苛む。
 そして、獄炎に包まれた健人の懐へと走り込んだクローチェが、聖なる悲歌の一節を詠いながら、透き通った銀光を纏う刃をその胸へと幾度も突き立てた。
「由美……僕は……」
 瞬間、その瞳に微かな正気の光を宿した健人は、ぐらりと倒れ込む様にして、地面へと墜ちていった。

●別離の夕暮れ
 戦いは終わった。
「ふぅ、皆様のお陰で、無事に初陣を終えられたであります」
 ユーリは展開していた兵装を収納しながら、仲間達への感謝の言葉を掛ける。
 いつの間にか、返り血に塗れていたはずの衣服からは綺麗に汚れが落ちている。
 そして地上では、恋慕の呪縛から解放された健人が徐々に消滅しはじめていた。
「やはり、恋心というものは解らないな」
 そんななか、シヲンは消滅していく健人の様を見ながら、心は何だろうかと再び考え始めるが、やはり恋慕の果てに自らを滅ぼすまでの恋心というものは理解できない。
 だが同時に、いつの日かそれが自分にも解る時が来るのだろうか、とも考えていた。
「由美さん……」
 そして、地上に舞い降りたイリアが何か声を掛けようと由美へと近づこうとすると。
 ショックから立ち直ったのであろうか。由美は消え去ろうとする健人の元へと歩み寄っていく。
「危な……」
 同じくその状況に気付いたのであろう陽子が、更なる攻撃を加えようとするのを、六口がその手で遮る。
「……もう、奴には攻撃する力はない。最後の別れぐらい、させてやれ」
 由美はその場で跪くと、イリアにしか聞こえぬ程の小さな声で健人に何事かを告げる。
「……ごめんね、健ちゃん」
 彼女の言葉を聞いた健人は由美へと薄く微笑むと、首を横に振ってから……消滅した。
 遺された由美は、崩れ落ちる様にして両手で顔を覆いながら肩を震わせ始める。
「愛しているからこそ手放して、幸福を祈るという事を知らないのか……キミにも出来る事はまだあっただろうに」
 いつの間にか返り血を落としきったクローチェは誰に聞こえるとも無く呟くと、さっと踵を返した。
「馬鹿な子だね……」
 そして仲間達から少し離れた場所に立っていた静葉も、密かに健人へ黙祷を捧げた後、忍び泣く由美へも祈りを送る。
 ――どうか、再びこの悲しみから立ち上がり、微笑みを取り戻せるますように、と。
 そして、静かに涙を流し続ける由美を背にするかの様にして、ケルベロス達は次なる戦いの場へと去っていく。
 そんな去りゆく彼らの耳元に、ほんの一瞬だけ……「ありがとう」という由美の言葉が、風と共に届いた様な気がした。

作者:伊吹武流 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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