ドラゴンハント・サード

作者:真鴨子規

●地獄の航海
 脈動する心音が響くかのような雷鳴が轟いた。
 暗雲と豪雨が支配する海に、幾つもの雷光が柱と上がった。

 漁師たちは声も枯れよと叫び続けた。
 海に投げ出された仲間たちを決死の覚悟で拾い上げながら、全速力でこの海域から離れようとする。
 4つあったはずの船影はすでに1つしかない。
 この世の終わりのような光景を見て、ただ1隻残った幸運などは、目覚めのない悪夢に叩き込まれたのと変わりない。
 どんな荒波も乗り越えてきた屈強な男たちは、どうかお願い撃たないでと涙して祈るしかなかった。

●終曲
「みたび機会が与えられるというのなら、きぃくん。やらせてもらえるかな?」
 志臥・静(生は難し・e13388)の、強い願いの込められた言葉に、宵闇・きぃ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0067)は首肯で返した。
「よろしい。それではドラゴンハント・サード、開幕といこうじゃないか」
 芝居がかった調子で言って、きぃはスカートを摘まみ上げて一礼した。
「場所は相模湾、東の海。これまでに2度相対してきた戦艦竜と戦う機会がやってくる。敵の損傷は激しい。上手くすれば、今回で倒しきることができるだろう」
 無論、油断は禁物だがね、ときぃは付け加える。相手は城ヶ島制圧戦で脅威となった戦艦竜だ。気の抜けた戦いをすれば、まったく傷付けられず敗退するという可能性もないとは言えない。
「その攻撃はこれまで以上に苛烈を極めるだろう。また、大部分の砲塔が破損した影響で、攻撃方法に変化が生じたようだ。くれぐれも注意して欲しい」
 その新しい攻撃についての情報は、やはり無い。どのような攻撃であっても対応できる柔軟さが求められる。
「近場まではクルーザーが使える。だが戦場に至れば無事は保証できない。海中にいる敵を如何に素早く捕捉するかが最初の課題だね」
 1戦目はそのことで辛酸を嘗めた。どのような対策を用いるか、検討が必要になる。その他にも、戦略を練るのに過去2回の戦いの記録を参照するのは有効だろう。
「おっけー! ばっちし予習して、あのカメヤローの息の根フッて消してやるんだ!」
 おー、とルージア・ディエーリヴァ(レプリカントの刀剣士・en0066)は拳を突き上げた。初めて参戦する彼女も、今回で終結させる意気だ。
「やる気は十分といった感じだね諸君。ならばいざ発とうか。この事件の命運はまさに、君たちに握られた!」


参加者
パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)
逆黒川・龍之介(剣戟の修練者・e03683)
アリエット・カノン(鎧装空挺猟兵・e04501)
リン・グレーム(機械仕掛けの宝箱・e09131)
神藤・聖一(白貌・e10619)
イリア・アプルプシオ(機械仕掛けの旋律・e11990)
紅・マオー(コンビニ拳士・e12309)
志臥・静(生は難し・e13388)

■リプレイ

●嵐の航海
 滝のような大雨だった。
 暗雲立ちこめ、雷が轟き、渦潮逆巻く大嵐だった。
 時刻は夜だが、そうであろうとなかろうと暗く沈んだ大海原は、その巨大さも相まって、根源的な恐怖を抱かせた。
 荒波の中を、一隻の白いクルーザーが揺れに揺れ、辛くも運行を続けていた。これでは真っ直ぐ進むのも困難である。
「この先にいるのか……戦艦竜が」
「いいえ龍之介、そちらは逆方向。敵は東、つまりあっちよ」
 明後日の方向を激しく睨み付ける逆黒川・龍之介(剣戟の修練者・e03683)を、イリア・アプルプシオ(機械仕掛けの旋律・e11990)が淡々と訂正した。
 そうか、と龍之介はズレた眼鏡のブリッジを押し上げた。
「カノンタートルか。初見だが、情報はある。今回で仕留めたいものだ」
「報告を聞く限り厄介な相手っすけどね。ま、気を引き締めて行きますか。誰1人死なせはしないっすよ」
 神藤・聖一(白貌・e10619)が静かに呟くのを、うっすらと笑みを浮かべたリン・グレーム(機械仕掛けの宝箱・e09131)が引き継いだ。
 そう、3度。これで3度目の戦いとなる。カノンタートルと名付けられた戦艦竜は、当初より複数回掛けての討伐が必要になると目されていたが、その力の強大さは、実際に戦いを経て初めて分かる類のものだった。二度に渡る戦いの記録は、これから戦う彼らに多くの物をもたらした。
 そして、積み上げてきた歴史が、一つの結末を迎えようとしているのだ。
「あ、そういえば。フランスにも亀の様な竜の伝承があるのですよ」
「へえ。どんなどんな?」
「『タラスク』と言って、普通の竜の様にブレスを吐いたりしませんが灼熱のフンを撒き散らすという」
「生理現象が公害レベル!」
 なにやら愉快な話題で盛り上がっているのはアリエット・カノン(鎧装空挺猟兵・e04501)とルージア・ディエーリヴァ(レプリカントの刀剣士・en0066)である。嵐の中、戦いの直前であれ平常心を保てる彼女らの精神は流石ケルベロスと言うべきなのだろうか。
「さあて、そろそろきぃくんご指定の海域ですよ。パティくんとマオーくんが見付けてくれることを祈りましょう」
 志臥・静(生は難し・e13388)はクルーザーの先端に立つと、手にした無線機を口元に寄せ、暗黒に満ちた空を見上げるのだった。

●上空より
「雨風が思った以上に酷いな。大丈夫か、パティ!」
「だいじょーぶっ! 地平線までばっちり見えるのだ!」
 クルーザー進行方向の上空。紅・マオー(コンビニ拳士・e12309)がパティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)を抱え、暴風雨の中を飛行していた。2人とも叫ぶように話しているのは、天候があまりに悪く、そうでもしなくては聞き取れないほどに周囲がうるさいためだ。
 暗視のため持ち込まれた『夜目』の効果により、パティにとっては雲の合間の僅かな明かりであっても充分な光源たり得た。
 だがマオーにはその視界が分からず、暗闇の中クルーザーを見失わないように飛ぶのにはかなりの集中力が要った。ケルベロスには効かないとは言え、いつ落ちてくるか分からない雷も脅威である。この嵐の中、空中からの捜索は、一般の常識的に言えばかなり思い切った作戦だった。
「あっ、今海の中が光っ――」
 パティが言い終わる前に、凶悪的な破砕音と暴風が2人を襲った。青い光が柱となって海に突き刺さる光景を見た。激しい雷光に視界が明滅する。大気が震える大音量に、雨の音が一瞬鳴り止んだかのような錯覚さえ感じた。――クルーザーが破壊されたのだ。
「パティ、皆は!?」
 パティが握る無線機から流れる音に、ほんの微かな音さえも聞き漏らすまいと耳を傾ける2人。
「――問題ないのだ! 直前にみんな船を降りてるのだっ」
 マオーがほっと息を漏らす。元よりクルーザーは囮に使う作戦だったが、そのタイミングは本当にぎりぎりだったようだ。
「それよりも、今の光の出所を探るのだ! 場所は――」

●発見
「――見えた! クルーザーが破壊された場所から右へ20度! その奥に黒い影! 戦艦竜っす!」
 パティからの連絡を頼りに、海中に潜っていたリンが、この戦艦竜との戦いで初めて、味方への攻撃前に敵を発見したのだった。
 龍之介が刀を抜き放つ。  
「前衛は続け。敵の次弾が来る前に、先制攻撃を仕掛ける」
「行け、ツバキ」
 敵影へと急接近する龍之介に、イリア、ライドキャリバー『ディノニクス』に騎乗したリン、更にパティのボクスドラゴン『ジャック』、最後に聖一のビハインド『ツバキ』が続いた。
「敵を確認したら、左眼の死角を活用してください! 癒えてはいないはずです!」
 アリエットが敵影に向け、バスターライフルからエネルギー弾を放出する。次いで自らも攻撃を追うように泳ぐ。
 回復の準備を行う聖一の前に、パティとマオーが降下してくる。
「行くぞ。私たちは回復だ」
「りょーかいなのだ!」
 ぼちゃんと派手な音を立てて着水したパティを伴い、聖一は敵を追い掛けていく。それに一拍置いて静のテレビウム『きよし』も追随した。
「わんこさん」
 主人を待っていたオルトロス『わんこさん』とマオーは目線を合わせる。
 これから強大な敵、戦艦竜と一戦を交えようというのだ。恐れも緊張もないとは言えない。身体の震えは、水に濡れた寒さによるものだけではあるまい。それでも――
「だが、やる」
 やらなければ、終わらないから。
「さあ、終わりを始めようぜ!」
 静が吠え、そしてドラゴンハント・サードが、始まった。

●雨と乱れる戦い
 その姿は、凄惨極まるものだった。
 のべ16人もの超人たるケルベロスの襲撃を受けた戦艦竜は、その砲塔のほとんどを潰され、爬虫類じみた装甲には生々しい傷が残り、その痛みに狂気し暴れ回っているように見えた。
 だが逆に言えば、そんな姿になってもなお、ケルベロスの脅威として君臨している戦艦竜という存在を前に、ケルベロスたちは驚きを禁じ得なかった。
「これまで2度の戦いにも生き延びた戦艦竜、確かに脅威ではあるが」
 荒れ狂う波を押し退けるようにして、龍之介が斬霊刀を一閃させる。
「悪いが今度こそ――沈んでもらうぞ」
 霊体を汚染する斬撃が、戦艦竜の左足を断たんと襲った。
 傷はない、だが痛覚を刺激する衝撃に戦艦竜が猛り狂う。バチバチと雷鳴が響き、口腔から青白い電撃砲が放たれる。
「牡牛を守護せし宝玉よ、邪を払いて我らに癒しをもたらせ! Изумруд Заслон――展開!」
 リンがディノニクスを駆って敵正面に躍り出ると、エメラルドグリーンの盾『翠玉の防壁(イズゥムルートザスローン)』を展開し、受け止める。岩を削り崩すような音が鳴り響いて、敵の攻撃を緩和させた。
「行くわ、ルージア!」
「アイアイサー!」
 水瓶座のゾディアックソードを掲げたイリアの呼びかけにより、2人のスターサンクチュアリが前衛を覆う。暗雲の下の守護星座が海上を照らし、邪なる力に対抗する祈りとなって降り注ぐ。
「やるぞ、ツバキ」
 聖一の旋刃脚と共に、ツバキが凶器を振りかざす。息の合った2つの攻撃が、戦艦竜に新たな傷を与える。
「Je ai atteint ton coeur!」
 アリエットが指で形作ったハートから、濃縮された快楽エネルギーが放出される。桃色の光線が照射され、戦艦竜の意識を瞬間的に刈り取った。
「カノンタートルッ!」
 今は見えぬ月に代わるかのごとき光刃を煌めかせ、静の日本刀が弧を描く。その一撃に、戦艦竜は電撃が走ったかのように身体を震わせ、雄叫びを上げ再始動した。
(「分かるだろう――その左眼を潰した刃だ!」)
 好戦的に口元を歪ませながら、静は後退する。
 その間も、戦艦竜の咆吼は止まらない。
 傷口から紫煙が噴出する。それが毒霧だと、周りの者は一瞬で察した。
「誰かが傷つくくらいならなら、あっしが全て背負ってやる!」
 リンがディノニクスに乗ったまま毒霧へと突っ込んでいく。その衝撃で、一部の霧は掻き乱され、拡散を遮ることに成功した。
「毎日打ち込み続けたこの一撃、受けて見ろ!」
 瞬刀『無位の剣閃』――龍之介が叫んだ。怒濤の連続斬りが毒霧ごと敵を切り裂いた。
(「ディフェンダーたちによる防御、それにヒールワークは順調。あとは敵の体力がどれほどのものか……」)
 冷静に戦況を分析しながら、聖一が気力溜めで龍之介を回復する。重厚な回復枚数が、回復可能なダメージを端から消し飛ばしている。だがいずれ、回復不能なダメージが体力を蝕んでいく。双方共にだ。
 この勝負は、初めから長期戦を見込んでいる。そうして予想通り、途方もない長い戦いが幕を開けたのだった。

●飽くなき戦い
(「開戦から十五分経過――」)
 傷付いていく前衛たちを前に、アリエットは静かに戦場を見渡した。布陣に恐れはない、しかし不安は時間が経過する毎に増していく。
 アリエットは「Vas-y!」の掛け声と共に小型の鮫――ファミリアシュートを仕掛ける。その攻撃は戦艦竜の傷口に食らい付いたが、果たしてそれがどの程度のダメージを与えているのか、確証は得られない。
「砲撃警戒――!」
 後方から聖一の声が響いた。
 その発射回数も既に2桁に上り、初見のメンバーでもその予備動作を見分けられるほどになっていた。だが見分けられたところで、警戒したところで、その絶大な威力の雷弾を無事にやり過ごす方法などなかった。
「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, miserere nobis――!」
 前衛でとっさに動いたのはイリアだ。歌い上げる詠唱に呼応して、あらゆる障害を取り去る『Qui tollis』で衝撃を相殺に掛かる。
 駆け抜ける雷撃。前衛の懐深く抉り取る紺碧の弓矢が迸る。
 グラビティで緩和してなお強大な威力を誇る一撃に、全員が肝を冷やした。
「この力、私にも使わせてもらう――」
 小さな雷鳴が聞こえる――マオーの右腕に青い闘気が漲り、凝縮された稲妻が球となり――
「雷吼砲――!」
 意趣返しの一打、『能力採用コネクション』による反射砲撃を首元に受け、戦艦竜が初めて、怯むような動作を見せた。
「っ――下がるわ、聖一!」
「わかった! 敵の攻撃は引き受ける、支援は頼んだぞ」
「あっしもっす……静さん!」
「よし、急いで下がれ!」
 イリアとリン、2人のディフェンダーが後退する。敵の攻撃が人数の多い前衛に集中していることを逆手に取り、ポジションを入れ替える奇策である。
 だがその隙を逃すほど、易い敵ではなかった――
「っ!? 気をつけるのだ、なにか――」
 何かを――それは本人にさえ分からない些細なものであったが――察知したパティが警戒を呼び掛ける。
 その直後、戦艦竜の首が大きく動いた。大蛇のごとき動きで首だけが海中を泳ぐ。それも、首がどんどん延びている――否、甲羅のような胴体部に今まで隠されていた長大な首を今、解き放ったのだ。
「リン!」
 誰かの声がする。それをリンは、どこか遠くの出来事のように感じつつ、振り向いた。
 迫り来る巨大な顎門に、ほとんど無意識に、リンは縛霊手を構える。
 ばくん、と。その防御を嘲笑うかのような大口に噛み付かれる。鰐のような鋭い牙と咀嚼筋の収縮に、リンは一撃で意識を持って行かれた。
「この――!」
 怒れる龍之介の一太刀が、伸びきった首を両断すべく奔る。その攻撃は分厚い肉に阻まれるも、戦艦竜は堪らず口を開き、リンを解放した。
「回復は――厳しいわ。無理は禁物よ」
 同時に下がっていたイリアが駆けつけ、動かなくなったリンを戦艦竜から引き離す。
「惚けるな! 今のが奥の手なら、相手も消耗している証拠! あと少しだ!」
 龍之介が檄を飛ばす。首を元に戻そうと後退する戦艦竜に、わんこさんのソードスラッシュが、ジャックのボクスタックルが命中する。
 怒号を上げるかのような咆吼は、確かに追い詰められた者のそれのように思えた。
「ハロウィンの夜が明け、全ては元に戻るのだ!」
 パティが祭り囃子を上げる。数多のジャック・オー・ランタンが戦場を巡り、残った前衛を回復していく。
「形、成せ――裁きの時だ」
 眩い光の槍――投擲する絶槍の憤怒。聖一の放つ『聖白槍』が敵を貫き、絶叫が響くこの戦域で。
(「あと少しで、終わる――!」)
 その想いを胸に、1人、戦艦竜へと駆ける者がいた。

●決着
 男は駆けた。
 駆ける。
 駆ける。
 大海原を駆け抜ける。
 ハードルへ向けて疾走するアスリートのように。
 しかし現実は、荒れる海を泳いで――前へ。
 戦艦竜、ああ、戦艦竜。デウスエクス・ドラゴニア――ドラゴン。究極の戦闘種族とまで呼ばれる強者よ。
 よくぞここまで戦い抜いたと、男は最大の賛辞をもって竜を迎えた。
 3度の戦い、3度目の衝突。
 その全てを、男は共に戦い抜いた。
 それは死闘と呼べるほどのものだったけれど。
 その実、男はそんな戦いを楽しんでいた。
 戦いの中で強くなり、技を競い、高め合った者同士として。
 男はしずかに、笑みを浮かべて、2本の刀を振り上げた。
「静! カノンタートルを倒すのだ!」
 パティの声に、男の――志臥・静の真剣が交差して。戦艦竜を縦に二契り、閃光が揺らめいて――
「感謝する――強敵」
 一大の剣戟に幕を下ろした。
 断末魔の叫びと共に崩壊していく戦艦竜。
 三度の激闘を経て、ついに。ケルベロスたちは――巨大な敵を倒したのだった。

作者:真鴨子規 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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