呉vsケルベロス

作者:秋月きり

 波一つ無い穏やかな海だった。
 それ故、漁船あさがお号の航海は穏やかに終わる……そのはずだった。
 突如、進路の海が割れた。
 そこから現れたのは、竜の頭と、それに続く二門の砲台。そして一対の黒い背びれだった。
「うわあああああっ。戦艦竜だ!」
 相模湾にその名のデウスエクスが航行していたのは知っていた。だが、自分達は大丈夫。そう高を括っていた船員達は、その巨竜を目の当たりにして、彼らは悲鳴を上げる事しか出来ない。
 響いた雄叫びは一度。
 二度目に戦艦竜――呉が口を開いた時、そこから放たれたのは多大な熱量を持った息吹、ドラゴンブレスだった。

 かくして、あさがお号は新たな海の藻屑と化す。ブレスが、砲弾が、そして爪と牙が、執拗なまでにあさがお号の船体を砕いていった。
 ただの瓦礫と化したそれを見下ろした呉は、再度咆哮する。まるで、勝ち鬨の声のように。
 そして、ゆらりと海の底へと潜っていくのだった。

「戦艦竜『呉』討伐の第三陣を開始します」
 呉による漁船破壊の予知を告げた、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)がそう宣言する。集ったケルベロス達の表情に緊張が走った。
 中でもヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)は殊更、緊張した表情を浮かべていた。先日、そしてその前と、彼女にとって呉との戦いの記憶は新しい。
 そんな主人を見上げ、サーヴァント、ヴィー・エフトがうにゃと声を上げる。
 ――大丈夫。呉と激戦を繰り広げたのは自分だけじゃない。
 自身の言葉を噛みしめながら、サーヴァントを抱き上げ、そして説明を続けるリーシャに向き直った。
「まずは戦艦竜そのもののおさらいね」
 広げた相模湾流域の地図の上で、ヘリオライダーの白く細い指がくるりとその縄張りと思しき場所を指し示す。
 戦艦竜とは、城ヶ島の南の海を守護していたドラゴンの事だ。特徴として、十メートルくらいのドラゴンの巨体に戦艦のような装甲や砲塔が取り付けらた容姿が挙げられる。また、外見だけでなく、様々な戦艦としての能力を有している事も忘れてはいけない。
 向かってくる者を迎撃する性質を持つ為、撤退の心配はない。加えて撤退する者を深追いすることが無い為、危険と判断したら即撤退。それが戦艦竜を相手とする主な戦い方になる。
「次に、呉と呼ばれる個体について、ね」
 相模湾に現れる大時化の化け物の名前から名付けられたその戦艦竜は、二足歩行のドラゴンの双肩に二門の巨大な砲塔を備えている、と言う容姿をしている。
 二度に渡るケルベロス達の攻撃で、彼に与えた被害は六割程度。堅実な、だが、まだ撃破まで至りそうに無い数字でもあった。
 呉の戦闘能力はブレスと砲撃、そして格闘能力。どれも威力は大きく、油断は出来ない。
 そして、何よりも気をつける事は。
「呉は周囲を感知する能力を持っています」
 リーシャの言葉にヒマラヤンはコクリと頷いた。
 前回、それにより呉はケルベロス達を発見すると、即座に攻撃を加えてきた。その感知能力がどの程度の効果範囲と精度を有しているか不明のため、不意打ちは必至と考え、それに対する備えをした方が確実と思われる。
「それと、もう一つ」
 呉はケルベロスを憎悪している。
 特に、自身を傷つけた者達を、だ。
 彼と渡り合った者を優先して攻撃して来たのが、その証拠。とは言え、それ以外のケルベロス達も被害を受けているので、絶対という訳では無さそうだった。
 加えてもう一つ。
「もしかしたら、だけど」
 憎悪は変わらない。だが、それ以上に呉にも何らかの心境の変化があるように思える。それがケルベロス達にとってプラスの方向とは思えないが。
「あと、これは私の意見だから、参考程度にしてね」
 呉の左の砲塔は細かなヒビが入っている。それでも運用可能なのはそれが生体兵器である由縁か、それともヒビが表皮に入っている程度でしかないのか判らない。故に、スナイパーが繰り返し攻撃すれば確かに壊せる可能性はありそうだった。
 だが、リーシャはそれを否定する。
「バットステータスもそうだけど、それが駄目とは言わない。ただ、拘り過ぎないで。貴方達の最後の目的は呉の撃破。次に繋げる事を考えるのも大切。だけど、拘りすぎると倒せるものも倒せないわ」
 今は少しでも多くのダメージを与える事に注力した方が良いのではないかと、彼女は言う。
「呉の撃破までもう少し。……前回、前々回を上回る成果を出せれば、撃破も夢じゃないかも知れないわ」
 だから頑張って欲しい、とリーシャはケルベロス達を送り出す。
「いってらっしゃい」


参加者
天津・千薙(天地薙・e00415)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)
槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436)
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
朧・武流(春に霞む月明かりの武龍・e18325)
時雨・乱舞(サイボーグな忍者・e21095)

■リプレイ

●戦艦竜を釣る方法
 どぷんと水音が響く。その数、八回。それは冬の相模湾にケルベロス達が着水した音だった。
「もう三回目ですか……。そろそろ決着を付けたいところですねえ」
 三度目の邂逅となるヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)が自動航行を始めたクルーザーを見ながら、ウンザリした表情で呟く。誰も乗っていない船体が動き出したのは帰港の為ではない。今も自身の縄張りのどこかでケルベロス達を感知しているはずの戦艦竜『呉』に対する囮だった。
「ええ、全くです」
 ヒマラヤンと同じく三度目の戦いとなるセレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)もまた、神妙な面持ちで頷く。
「以前は無様を晒しましたが、今回はそう簡単に倒れるわけにはいきません」
 そう息巻く天津・千薙(天地薙・e00415)は、呉との二度目の応対となる。竜の息吹によって吹き飛ばした自身の姿を忘れた事はない。此度はそうならないと誓う。
「大丈夫です。気負い過ぎちゃ駄目ですよ~」
 そんな千薙に掛けられる槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436)の言葉はあくまで優しい。顔を上げた千薙の視界に飛び込んできたのは柔らかい微笑み。そして、窮屈そうにスクール水着に収められた肢体だった。
「今や戦艦竜は手負い。倒します」
 息巻くのは千薙だけではなかった。時雨・乱舞(サイボーグな忍者・e21095)もまた、海中を、その先にいるであろう呉を睨みながらその決意を口にする。
 二度のケルベロス達による攻撃で、呉は既に六割方破損している。残りの四割を奪うのは自分達だ、と言うのが彼らの決意。
「今回で倒してこれ以上の被害を防ぐでござるよ!」
 乱舞の呟きに朧・武流(春に霞む月明かりの武龍・e18325)が同意を示す。
 今、彼の戦艦竜を倒せば、この海域における被害を防ぐ事が出来る。これ以上、無辜の一般人への被害を許すつもりは無かった。
「ああ、そうだ。爬虫類にはそろそろ海の藻屑になって貰わないとな」
 天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)がニヤリと笑う。その表情は漁船の破壊という無用な殺生を繰り返す戦艦竜は許せないと語っていた。
「さて。鬼が出るか蛇が出るか」
 上手く呉が釣れれば良いが、とコロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)が見守る先で、自動航行のクルーザーが次第にスピードを上げ、くるくると指定海域を回り出す。
 しかし、五分経っても十分経っても、そのときは訪れそうになかった。
(「相手のソナーは余程性能がいいのか……」)
 五感を研ぎ澄ませ、辺りを伺っているのは陽斗だけではない。疑似餌となったクルーザーが攻撃されればその瞬間、呉への攻撃を皆で開始するつもりだった。その為に皆の視線はクルーザーに注がれている。
 だが、そもそも、その切欠となるべき食いつきが無い。
 まるで乗員のいないクルーザーに興味など無い、と言わんばかりに。
「仕方ない。シラヌイ、GO!!」
 乱舞の命に従い、彼のサーヴァント、ライドキャリバーのシラヌイが水中を突き進んでいく。
「考えてみれば、デウスエクスの目的はグラビティ・チェインでござるからな」
 武流の呟きに一同、頷く。
 グラビティ・チェインを奪取を目的とするデウスエクスの、その一員たる戦艦竜だ。ならば、グラビティ・チェインを有さない、つまり生体ではないクルーザーに食いつかないのも道理かもしれなかった。
 ならば、果たしてサーヴァントではどうか?
 ケルベロス達の問いの答えは、水中呼吸を用いて海中で見張っていた紫織がもたらす結果となる。
 光が見えた。東の海中で、きらりと光る何かが見えた。
 同時に、海面が破裂する。
「来ました!」
 浮上した紫織の言葉と、シラヌイの身体が宙を舞うのは同時だった。追い打ちを掛けるように幾多も突き刺さる砲撃に、シラヌイの身体が耐えきれず光となって消滅する。
「――っ!」
 思惑通りと言え、自身の半身たるサーヴァントが攻撃を受けたのだ。乱舞が顔を歪めたのは当然であった。
 だが、斥候の役割は果たす事が出来た。シラヌイの犠牲は無駄ではないと、コロッサスがその背を叩く。
「来ましたね、トカゲちゃん」
 海底を悠然と進む呉の姿に、ヒマラヤンが迎え撃つべく言葉を口にした。
 斯くして、ケルベロスと戦艦竜『呉』による三度目の戦いの幕が切って落とされたのだった。

●呉vsケルベロス
「我が名はセレナ・アデュラリア! さあ、決着をつけましょう……!」
 戦闘の口火を切ったのはセレナだった。一番槍代わりに放ったサイコフォースが、呉の皮膚を爆発させる。
 自身を襲う痛みに、呉の口から零れたのは咆哮だった。
「気をつけて下さい。来ます!」
 咆哮後、顎を引く呉の動作に、千薙の紫色の瞳が見開かれる。
 何度も見た。何度も思い出した。海中にも関わらず、息を吸い込むような動作のその後は――。
 海が燃える。強大な熱量によって無理矢理水蒸気に変換された海水が行き場を無くし、地上に逃れようと爆発する。
 それでも呉の息吹は勢いを削がれない。
 迸った炎は爆発を纏いながら、陽斗と武流の二人を庇ったセレナとコロッサスの二人を灼く。
「これが戦艦竜のブレスか」
 事前の聞き及んでいた以上の威力にコロッサスが呻いた。熱線に炙られた身体はしかし、まだ動く。ドラゴンの息吹如きに戦闘不能になるようなヤワな鍛え方はしていない。
「我、神魂気魄の閃撃を以て獣心を断つ――」
 故に、闇を纏う炎の神剣を繰り出す。詠唱と共に顕現させたその神剣の名は。
「黎明の剣」
 神火と払暁の刃が呉に突き刺さる。装甲板を、皮膚を貫いたその一撃に、呉の動きが一瞬だけ止まる。
 好機とばかりに飛び出したのは武流の飛び蹴りだった。流星の煌めきを纏った蹴打が、呉の横っ面に炸裂する。
「たっぷりトラウマを思い出させてあげるのですよ……?」
 ケルベロス達の猛攻はそれに終わらない。続けて放たれたのはヒマラヤンの召喚した混沌なる緑色の粘菌だった。
 粘菌に侵食された呉は、それを引きはがそうと自身に爪を立て、そしてその動きが止まった。
「私だけを見ていればいいんです。ずっと、ずっと……」
 呉の視線の先には千薙がいた。
 流し込まれる魔力はその精神を蝕み、正常な思考を許さない。
 熱に浮かれた赤い瞳から向けられる眼差しは、まるで愛しい者を見つめるものだった。或いはそうかもしれない。呉にとってケルベロスとは憎き敵であり、そして同時に。
(「好敵手、か」)
 全身に地獄の炎を纏った陽斗がヘリオライダーの言葉を想起する。何らかの心境の変化。告げられたその言葉をなぞる呉の動作に、砲台蜥蜴如きが、と鼻で笑い飛ばす。
「予備バッテリー使用、急速充填。……支援はお任せください。ディスチャージッ!」
 千薙が生み出した隙にと、紫織が前衛に生命活性化の電撃を飛ばす。電撃に打たれた四人の口からの「応」との力強い返答に、ふぅと安堵の吐息を零れた。
(「ここまでは順調です」)
 各自、自身の役割に徹している。そのまま皆がそれに徹していれば、必ず呉を撃破出来る。そのはずだ。
 再び息吹が吹き荒れた。それが牙を剥いたのは千薙とヒマラヤン、そしてヴィー・エフトの二人と一匹。間一髪でそれを避けた千薙とヒマラヤンは、しかし、直撃したヴィー・エフトが上げた悲鳴にも似た呻き声を間近で聞いてしまう。
 追い打ちにと振るわれた砲撃に、ヴィー・エフトが耐えられる筈もなく。
 その黒色の身体は一瞬にして光の粒子へと消えていった。 
 サーヴァントを屠った呉は再び咆哮する。それは、何処か喜色を纏った歓声にも聞こえた。

●呉の最期
 ケルベロスの猛攻と呉の息吹、砲撃が交差する。
 ケルベロス達の繰り出すグラビティは呉の生命を削り、呉の一撃一撃は着実にケルベロス達に痛手を与えていく。
 両者の攻防は一進一退の様相を呈していた。

 千薙を狙った爪は、間に割って入ったセレナのゾディアックソードによって弾かれる。
 だがその勢いを全て殺す事は出来ない。吹き飛ばされたセレナは海中で体勢を立て直すと、呉を観察するように全身に視線を走らせる。
 身体の要所を覆う装甲板は無数のヒビが入っている。鱗に覆われた身体は裂け、無数の傷口から零れた血は海中に広がり、碧い海に汚泥の如く広がっていた。おそらく、その破損は九割を超えているだろう。
 だが、それでも呉の勢いは止まらなかった。至近距離で放たれる砲撃はケルベロス達を吹き飛ばし、息吹は海ごとケルベロス達を灼く。
(「これが戦闘種族――」)
 戦艦竜は撤退しない。それは即ち、生命の危機であっても呉が怯まない事を意味している。
 故にその攻撃は強大だった。
「その名の通り、乱舞の如き動きをご覧あれ!」
 砲撃の嵐を潜り、乱舞が呉に肉薄する。目にも止まらぬ程の速度で繰り出される日本刀の一撃は、水中であっても舞の如く、華麗に繰り出される。
 鱗を切り裂いたそれはしかし。
「くっ。浅い」
 手応えが無い事を自分でも感じる。そしてカウンター気味に吹き荒れる炎の嵐は、乱舞を包み込んでいた。
「――乱舞殿!」
 紫織を庇い、自身も炎に巻き込まれながらセレナが悲痛な声を上げる。ごぼりと肺に残った空気を吐き出した乱舞はそのまま海上へと浮上していく結果となった。
「安心して下さい。治しますからね」
 セレナの傷を治癒する紫織の息は荒い。治癒を一手に引き受けていたのは彼女の疲労は濃かった。
 とは言え、疲労しているのは彼女だけではない。攻撃を引き受ける陽斗と武流も、回避に専念する千薙とヒマラヤンも、そして彼らを支えるセレナとコロッサスもまた、無事とは言い難かった。
 特に、防御を担う二人の限界は近い。その身体を覆う傷は、既にヒールだけでは癒しきれない領域に突入し掛けていた。
「多くの同胞の刃が貴様を追い詰めた。ならば、俺らも彼らと等しく――」
 刃の様な爪がその身体を薙ぐ。吹き飛ばされたコロッサスはそれでも、離脱を選ばなかった。
「剣の重さは命の重さ。……貴様に耐えられるかな?」
 放たれた神剣は呉の胸に深々と突き刺さる。呉の咆哮が響いた。
 だが、その咆哮は断末魔にはまだ遠く。
「降魔拳の一端を見せるでござるよ」
 無様な真似は出来ないと、武流が動く。円を描く独特な体捌きから繰り出される両拳は、一瞬、呉の身体を海中に浮かせた。
 双拳の一撃を受け、ごぼりと呉の口から空気の塊が零れた。
 それは終幕が近い事をケルベロス達に告げていた。
「舞うはあんたの鮮血、花が如く『拓け』」
 陽斗の覇気を纏った掌底が呉に突き刺さる。呉の全身から吹き出す血液は彼岸花の如く、海水の中に散っていった。
 だがそれでも。
 呉の動きは止まる事はなかった。
 再度吹き荒れる炎の嵐は、セレナ、コロッサス、陽斗、武流の身体を灼く。
 限界以上のダメージを受けた四人は動きを止める。この場所が海中でなければ、膝をついているところだった。
「――撤退を!」
 決断を下す紫織の言葉はしかし、コロッサスが首を振り、それを否定する。
「決着は今この時――後日に譲る気は微塵も無し」
 その為の自分。その為の金剛神将。不壊の穂先が皆を守るとその目が告げていた。
 自身の言葉を肯定するように、追い打ちとばかりに振るわれる呉の爪と尻尾の一撃をケルベロスチェインで受け止める。水中に鋭い金属音が響いた。
 彼の気迫に後押しされ、紫織はコクリと頷く。臆した訳ではない。今の呉なら押し切れると判断した。
 ならば、自分はその援護に徹するだけだ。
「エネルギーチャージ、200%、……活性放電、スタンバイ……ッ。私の力、受け取ってください! 貴方達に託します!!」
 因縁を断ち切って欲しい。その願いと共に放たれた活性化電撃は、千薙とヒマラヤンの二人の身体に流れる。目に見えるほどの電流が、二人から放電されていた。
「血路は切り開きます! ヒマラヤン殿!!」
 呉に肉薄したセレナの剣が深々と突き刺さる。痛烈な一撃を受け、無数のヒビが走る呉の装甲板は完全に破壊されていた。
「呉。もう、おやすみ」
 紫電を纏った斧を叩き付ける千薙の声はどことなく優しく響く。
「コード・トーラス!」
 ヒマラヤンが吠える。己のオーラによって倍以上に膨れあがった拳を掲げ、呉の咆哮に負けじと、高々と。
「トカゲちゃん――いや、戦艦竜『呉』! 決着を付けますよ!!」
 裂帛の気合いと共に繰り出されたヒマラヤンの一撃が呉の身体を貫く。
 文字通り、拳から放たれたオーラの一撃は呉の身体を貫き、そして。
 断末魔の咆哮と共に、海底に叩き付けられた呉はその機能を停止するのだった。

●その壁は高く
 クルーザーが鎌倉に向かって航行している。陽光を反射してキラキラと輝く水面は穏やかそのものだった。
「凪の海を取り戻しましたね」
 天津の風は吹き、時化の怪物は倒れた、と千薙は眼を細めながら光の粒となり、消えた呉の事を思う。
「月並みな言葉ですが。……あなたのことは忘れません」
 此処にはいない仲間を思い出し、その言葉を告げる。
(「……おやすみなさい。あなたの見る夢が、幸せなものであらんことを」)
 黄昏れる千薙の隣に立った武流もまた、呉に思いを馳せる一人であった。
「呉殿よ、確かに個の力では拙者達はお主には遠く及ばぬ……。だが想いを繋ぎ力を束ねるケルベロスの真髄がお主を討つ結果へ導いたでござるよ」
 呉は強かった。それを打ち破ったのは彼ら八人の連携だけではない。ここまでそれに立ち向かった多くの仲間達の歩んだ道程が、彼の戦艦竜を撃破する結果に繋がったのだ、と。
 振り返れば、戦勝を祝ってか、セレナがホットチョコレートを皆に配っていた。
「バレンタインはもう過ぎましたけど」
 と笑顔を振りまきながら。
 それを受け取ったコロッサスと陽斗、乱舞の男子三名は紫織によってグルグルと包帯を巻かれていた。ミイラ男さながらの姿に、同じくホットチョコレートを受け取ったヒマラヤンが改めてぷっと吹き出す。
 そんなドタバタな光景も、犠牲無く呉を倒したからこそ。八人は改めて勝利を噛みしめるのだった。

「……遂に、倒したんですね」
 風を受けるセレナのぽつりと零した呟きに、ヒマラヤンは頷く。三度邂逅した戦艦竜の止めを差した感触をこの手は覚えている。その凶悪さ、巨大さ、強さをこの金の双眸は覚えている。
 だから勝利した。彼の竜を思い、最後まで諦めなかったからこそ勝利を掴む事が出来たと心の底から思っている。
 そして、それと同時に。
「トカゲちゃんは強かったですね」
 素直に賞賛する言葉は、どこか淋しさが滲んでいた。
 そう。もう会う事のない強敵の姿を思い出すと、一抹の寂寥感を覚えるのもまた、事実でもあったのだ。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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