忘却ペンデュラム

作者:月夜野サクラ

 冷たい雨のそぼ降る、鉛色の午後のことだった。
 一世代前の趣を残す古い洋風のエントランスを、ほの温かく照らすポーチライト。雨の糸を浮かび上がらせる光の中、掲げた看板には『オールドローズ』の文字が踊る。
 その看板のすぐ横で、時計は雨に打たれていた。大人の身長ほどはあろうかという、大きく立派な柱時計だ。しかしながら、割れた硝子の向こう側で、止まった振り子が時を刻むことはもうない。
 物言わぬ文字盤が見詰める先で、きらりと光るものが走った。車のライトや、街灯の照り返しなどではない――拳程の大きさの、宝石だった。異形の八本足を蠢かせ、輝く石は割れた硝子の隙間から時計の中へと潜り込む。
 暗い時計の内側から、光条が迸った。白く輝く光の中で、時計はあるべき姿を失って行く。

●古時計の憂鬱
「柱時計のダモクレスが出るんだけど」
 頼まれてくれない?
 そう言って塀に腰掛けると、レーヴィス・アイゼナッハ(オラトリオのヘリオライダー・en0060)は脚を組んだ。
 力尽きたダモクレスのコギトエルゴズムが、廃家電に取り付くことによって生まれる新たなダモクレス――聞けばその新たな一体が、今まさに生まれようとしているのだという。
「事件が起きるのは、横浜市郊外にある『オールドローズ』っていうアンティークサロン。問題の柱時計は店の女主人が知り合いに頼まれて引き取った物らしいんだけど……」
 古い柱時計だから、きっと良い値がつくはずだ――親しい友人にそう頼まれて、女性店主は快諾した。ところが数週間後に届いた時計は、アンティークとしては価値のない電動の柱時計だったのだ。
 大きさだけは確かに立派だったんだけどね、と加えて、少年は続けた。
「アンティークとしては売り物にならない、かと言って手狭な店に置いておけるような大きさじゃない。そういうわけで店の主人は、仕方なく時計を廃品回収に出したんだけど――そこに運悪く、コギトエルゴズム化したダモクレスが通り掛かったってワケ」
 新しい身体を探すダモクレスにとって、打ち捨てられた時計は恰好の依り代であったに違いない。かくて古びた柱時計は、機械生命体として生まれ変わるのである。
「同じ時計でも、新しい物に価値はないか」
 それも勝手な話だがと、ゾルバ・ザマラーディ(en0052)は独りごちる。尤もその店主とて知人から譲り受けた物を無碍にしたくはなかったようだが、個人経営の小さな店では如何ともしがたい内状もあるのだろう。いずれにせよ、ダモクレスになってしまうと分かっていて時計を放置する訳には行かない。
「時計は人型に近い形に変形してて、長針と短針をナイフ代わりに使って攻撃してくる。店の主人や近所の住民には避難勧告済みだから、そっちの方はそれほど気を遣わなくても大丈夫なんだけど……」
 建物の被害は、ヒールで直すことも出来よう。だが店内に並んだアンティーク達は、ただ単に直せばいいというものではない。店の品物に被害が及ぶことを考えるならば、出来れば開けた場所に敵を誘導するなどした方が心置きなく戦うことが出来るだろう。
「……長く愛された品物には、魂が宿る」
 呟くように言って、ゾルバは長柄の斧を握り締めた。
「人を傷つける前に終らせてやるのが、その時計の為なのかもしれんな」
 長い時間を人と共に、刻んできた時計だからこそ。すると前髪の花を弄りながら、レーヴィスは応じた。
「時計の気持ちなんて、僕にはよく解んないけどね。まあ……そういう優しさもあるんじゃない?」
 冷たい雨に打たれながら、古い時計は何を想う。
 人を傷つけるその腕を、壊して欲しいと願うだろうか。


参加者
イェロ・カナン(赫・e00116)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
梅鉢・連石(午前零時ノ阿迦イ夢・e01429)
ルディ・アルベルト(フリードゥルフ・e02615)
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)

■リプレイ

●Tick・Tack・Again
 降り頻る雨に混じって吹く風は、二月の半ばにしては生温かった。息せき駆ける唇から零れる呼気も、今日は色づくことなく消えてゆく。
「人の為に生まれた物が、人を襲う等とは皮肉なものよ」
 行く道の先にあるはずの店と時計を見据えて、伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)は言った。尤も今回の場合、捨てられた時計は単なる『被害者』に過ぎないのだろう。憎むべきは、哀れな時計を利用する機械生命体の方だ。
 踏み込んだ路地は、車が二台ようやくすれ違える程度の細い道だった。濡れたアスファルトが一瞬眩い白光に染まり、その時の訪れを告げる。とはいえ、と加えて、信倖は剣を引き抜いた。
「見過ごすわけにもいかん」
 誰からとなく急ごうと促して、ケルベロス達は加速する。右手前方に見えるのは、旧時代の風情溢れるアンティークサロン。そしてその目前、白い光の中から現れたのは異形の柱時計――否。かつて確かに柱時計であった、ダモクレスだった。
「ハイハーイ、そこの時計サン!」
 伸ばした翼でひらり舞い、梅鉢・連石(午前零時ノ阿迦イ夢・e01429)は時計の正面へと回り込む。すると六時の位置で止まった長針と短針を左右の『手』でむしり取り、時計は感情の読めない文字盤をケルベロス達へ向けた。
「其方の店は残念ながらアンティーク専門デス。貴方は此方で歓迎しマスヨー!」
 狂った時は、止めねばなるまい。
 向かい合う文字盤と黒翼の間にすっとその身を割り込ませ、ルディ・アルベルト(フリードゥルフ・e02615)は言った。
「捨てる方の気持ちも、捨てられた方の気持ちも、それは当人達にしか分からないものだしね。僕には、キミの味わった気持ちの全てを汲んであげることは出来ないかもしれないけど」
 多分もう、正しい時を刻むことは出来ないのだろう。その姿は最早、時計であって時計ではないものに成り果てていた。けれどその針が歪んだ時を刻むのを、止める為の手伝いならば――きっと。
「そら、ついといで?」
 へらりと口元を笑みの形にして、ゼレフ・スティガル(雲・e00179)は手招きする。しかし軋んだ音を立てて動き出す柱時計を見詰める眸は、決して笑ってはいなかった。
「さすが八百万の神と魂宿る国って所っすかねえ」
「折角宿った命でも、ダモクレスじゃあ困リモノデスケド」
 多分の感心に一分の皮肉を交えて呟けば、連石が応じた。どうもこの頃は、狂った時計に縁があるらしい――左手に嵌めた腕時計の一つを懐かしむように撫でて、オラトリオは掴み所のない笑みを浮かべる。
「貴方の導きでスカネ?」
 二度とは時を刻まないと知りながらも、外せない壊れた腕時計。物質的だと謗る人も中にはあるかもしれないが、今は亡き親の形見、動かないからと放り出す気にはなれなかった。捨て去るには余りに沢山の想いと記憶を、壊れた時計は共有してくれる。そしてそれはこの柱時計にしてみても、きっと同じことで。
「長い間、いろんな日々を刻んで……人生を見届けてきたんだもんな」
 せめて後は、ゆっくりおやすみ。
 呟くように口にして、イェロ・カナン(赫・e00116)は白銀の斬塊剣を振り被った。余所見無用と落ちる刃に誘われて、道を逸れかけた時計は再びケルベロス達を追ってくる。その姿を確かめて、ゾルバ・ザマラーディ(ドラゴニアンの刀剣士・en0052)は呟いた。
「どうやら、釣れたな」
 この場で事を構えれば、店や周辺への物的被害は免れないだろう。その点は百も承知、故に戦場は別に見繕ってある。行く手を横切る黄色と黒のテープを指して、リモーネ・アプリコット(銀閃・e14900)が叫んだ。
「皆さん、あそこです!」
 立入禁止を示すテープの向こう側には、築山にブランコと滑り台の並んだ平凡な児童公園が広がっていた。ケルベロス達が事前に見定め、人払いを済ませておいた場所だ。其処でなら、万に一つも一般人を巻き添えにする心配はない。
 猛追の時計をちらりと見て、メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)は肩に乗せたスコティッシュ・フォールドの白い背を撫でた。
「キルケ」
 確かめるように名を呼ぶと、猫は頼もしげににゃあっと鳴いて一振りの杖に姿を変えた。公園の中心までしっかりと敵を引き付けたことを確認して、ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)は反転する。
「お前様も、同じなのね」
 時計屋の娘として、また自身も一人の時計屋として。使われなくなった古い時計達を、ジゼルはその目で見届けてきた。その最期は実に多様なれど、少なくともこんな風に救いのない終わりではなかったはずだ。
「壊して、みせます」
 振り翳したその腕が、望まぬ暴力を止められないのなら。
 ぱらぱらと雨の降り続く中、ケルベロス達の戦いは静かにその幕を開けようとしている。

●壊れた時計の見る夢は
 カラクリ仕掛けの腕の先で、長針と短針、二本の針が左回りにくるると回った。濡れた表面を滑る雫はまるで涙のようにも見えて、ジゼルは僅かに眉を寄せる。
「お前様の思い出、あたしが覚えておくから」
 棘と化したその針が、誰かを傷付けてしまう前に――おやすみ。
 文字盤から数字が舞い上がるように、飛び立つドローンの群が前線の仲間達を護るように展開する。光の防壁を身体に受けて、ゼレフとイェロは背を合わせた。
「準備はいいかい」
「勿論、せんせも一緒のことだし?」
 追い駆けっこは、もう終わり。長い時間を走り疲れた時計には、此処で眠りを与えよう。
 一瞬交わした視線を合図に、二振りの斬塊剣が閃いた。叩き付けるように振り下ろした白夜の一撃が紙一重の差で地を砕き、バランスを崩した時計の胴を緋色の焔が斬り開く。交差する背に頼もしげな視線を送って、信倖は左腕の手甲に触れた。
「では、我等がお相手しよう」
 紫水晶の数珠を外せば指先の包帯がするりと解け、龍の掌に蒼紫の地獄が燃え上がる。凍てる鎖縛が時計を中心に渦を巻き始めると、リモーネは慣れた仕種で日本刀を抜き放った。
 は、と短く息を吐くと同時に踏み込めば、繰り出す三段突きは時計の腹を捉え、巨体を直線状に吹き飛ばす。一時たりとも離れるまいと、追い縋って張り付くと。
「っ!」
 黒光りする長い針が、ギラリと光った。腕に対して長すぎる針を器用に反転させて一振り、振り抜けばその切っ先が少女の頬を掠める。しかし深々と沈み込む前に、銃弾の嵐が時計の身体を押し戻した。
「電池式の時計も好きデスヨ、ご飯が無いと動けないトコなんて僕と同じデスシネ」
 銃口から立ち昇る白煙をふっと吹き飛ばして、連石は色硝子の向こうの目を細める。おどけたような言動とは裏腹に、灰色の瞳はどこか優しい。
「アンティークでなくても、愛おしいじゃないデスカ」
 人と共に生き、人と共に時を刻むその針に、研ぎ澄ました刃は似合わない。
 弾かれた針を拾い上げようとして彷徨う腕を、弾丸が射抜いた。はっとして振り返ってみると、ゾルバの瞳には立ち木の陰に身を潜めた瀬部・燐太郎らの姿が映る。
「構うな」
 翼の猫を腕に留めて、玉榮・陣内は告げる。頼もしい、と微笑んで、ルディは軽く帽子を上げた。
「それじゃあ、遠慮なく」
 軽やかに地を蹴る反対側の爪先が、嵌めた硝子を貫いた。長い針を振り回す腕は既にないが、尖った短針を握る左手は未だその身に繋がっている。
 直方体方の身体には不釣合いな細い脚をバネのように伸縮させて重たげもなく跳躍し、時計は前線を跳び越えた。自重を乗せて振り下ろす短針を躊躇いなく掴んで止め、メイザースは真摯に語り掛ける。
「君のその針が刻むのは、人ではなく時だろう?」
 こんなことに、使ってはいけない。
 諭すように囁いた掌に、小さな太陽が輝き出す。夜を焼き尽くすその光に堪らず時計が身を引くと、ジゼルは手元の時計の針に触れた。
「さあ、帰りましょ」
 一指し、一指し針の戻る度に、零れる陽射しが男の掌を癒して行く。勝敗は既に決した――後は最後の仕上げをするだけだ。
 よろめく時計をしっかりと見据えて、リモーネは右手の日本刀を鞘に収める。そして腰に差したもう一振りを、代ってすらりと引き抜いた。
「参ります!」
 きゅっと唇を引き結んで、振り抜いた斬霊刀が空を纏った。遂ぞ両腕を失った時計は平衡感覚を保てないのか、その場にふらふらと蹈鞴を踏み始める。そしてボーン、と、深い音がした。
 割れた硝子の向こう側で、赤みがかった金の振り子がゆっくりと動き出す。歪なその音に耳を塞ぎながら、イェロは白銀の剣を握り直した。
「このっ!」
 片耳を塞いだまま返す右手で振り抜くと、長い振り子がぼとりと落ちて不快な音がしなくなった。どう、とばかりに目配せすると、ゼレフがぱちりと片目を瞑る。そして最早成す術もなく立ち尽くすだけの時計の正面に飛び込んで、信倖が言った。
「終わりにしよう」
 もう一度誰かと時を刻みたかった、時計が捉われた悪い夢を。
 突き出した掌底が触れた瞬間、文字盤が歪んだ。壁から剥がれ落ちるモザイク画のように、螺旋状の崩壊は止まることなく、時計はダモクレスの核と共に光の粒に変わって行く。ふう、と仰々しく息をついて、連石は言った。
「もう十分、働いたデショ」
 愛された時計が、悪夢を見ることは二度とない。掲げた杖を静かに下ろして、メイザースは消えゆく時計に微笑い掛ける。
「次こそは、良い夢を」
 幸せな時を見守り刻む、優しい夢を。
 労いを込めて贈る言葉は、消えゆく時計にきっと届いたことだろう。送る仲間達の顔を見渡して、ゼレフはくすりと笑みを零した。
「物に魂を宿すのは、こうした人の心なのかな」
 不信心だけれど、と嘯く声を、雨音が優しく溶かしてゆく。壊れた遊具に癒しを施せば、不思議とそこには時の幻想が混じった。

●継がれ行く想い
「店内のものは倒さないように気を付けるんだよ」
 迎えにやって来た友人達に微笑い掛けて、ルディは言った。小さな品も大きな品も、此処に集められた全ての物には人の歴史と思い出が詰まっている――するとスポーツ選手が宣誓するようにびしりと右手を挙げ、花骨牌・晴はハキハキと答えた。
「はい! 倒さないようにゆっくり歩いて、触るときは丁寧に扱います!」
「うん、ならよし」
 本当なら、あの柱時計を連れて帰ってやりたかったけれど――雨中に消えた姿を思えば、ガーネットの瞳はほんの少し、口惜しげな色を宿す。だがあの時計は、悪夢から醒めて天に昇ったのだ。悔やむべきことは、何もない。
「あにさま! こういうのどうかな?」
「お~センスいいな~晴! あにさまもいいと思……って、高っか!」
 晴の指差す時計の値段にぎょっとして、花骨牌・旭は思わず叫んだ。アンティークだしね、と笑うルディの傍らで、ティアリス・ヴァレンティナはきょろきょろと棚の上に視線を走らせる。
「んー、何かわたしもお持ち帰りしたいわね……この和風アンティークも素敵だし、こっちのランプとかも?」
「ティアリス、それは元の場所に戻してきなさい」
「ええー」
「戻してきなさい」
 女主人の品の良い笑顔に迎えられて、ケルベロス達がサロン・オールドローズへ足を踏み入れたのは午後三時を回った頃のことだった。ステンドグラスの飾り戸の向こう、古い木の匂いが際立つ店内には年代物の装飾や調度品が所狭しと並べられ、決して広くは無い店内を更に手狭に見せている。
「やぁ先輩方」
 天使の台座の懐中時計に魅入る陣内の傍らで、ゼレフはまるで古くからの知己にでも逢ったかのように片手を挙げた。古いながらも質の良さが窺えるマントルピースの上には、懐中時計や万年筆といった日用品が並んでいる。
「良い顔をしているっすね」
 年を経て輝き、深みを増す。それは人であっても、物であっても同じだ。こう在りたいものだけれどね、と笑って、男は背を屈める。
 飴色、褐色、臙脂に金。長い時を重ねてきた物の色は、いつだって優しい。順繰り眺めて歩いて行けば、覗き込む瞳は次々に色を変えてゆく。主の鼓動をその背に感じながら、彼等はどんな時間を過ごしてきたのだろう?
 慈しむように古い置時計の背に触れて、ジゼルは無意識に笑みを零した。特別に何をするわけでもなく、ただ物の記憶に想い馳せる――何にも代え難い、愛しい時間だ。
「眺めるだけでも幸せ、ね」
 疎らに散った錆も染みも、全ては彼等が刻んだ時の証。一所として同じもののない色合いを見詰めていると、彼等と彼等の主人が辿った『人生』が透けて見えてくるような気がする。
「誰がどんな思いを込めて、こいつらを使ってたんだろうな」
 指針に時計の針を用いた羅針盤を指先に舞わし、イェロは呟く。使い古された品物を我楽多と見るか、アンティークと見るかは個人の主観に拠る所だが――。
「俺には、物の良し悪しなど解らんが」
 古い香炉を手に取って、ゾルバは言った。
「多分、愛されていたのだろうな」
 愛された品物は、その愛の深さだけ光沢を増す。そうかも、と笑って、連石は白磁のコーヒーカップを手に取った。
「歴史に想い馳せながら、お茶をするなんてのも贅沢デスネ。このカップで珈琲を飲んだら、さぞかし……」
 手の中でくるくると回してみて、男ははたと動きを止めた。裏返したカップの底には、値札のシールが貼ってある。
「……味が判らなそーデスネー」
 長い歴史が価値だとすれば、多少値段が張るのは致し方ない所だろうか。途端に震え出した手でそっとカップを戻すのを横目に、メイザースは愉しげな笑みを浮かべる。その手元を覗き込んで、リモーネは興味津々の様子で尋ねた。
「何を探していらっしゃるんですか?」
「ああ、時計をちょっと」
 あの子の代わり、というわけではないけれど。
 雨中に消えた柱時計の姿を想い、男は思慮深げな瞳を細めた。
「古いものも新しいものも、その狭間にあるものも、等しく大事にしていきたいと思って、ね」
 刻んだ時の長さはそれぞれ違えども、誰かの為にとこの世に生れ落ちたのは、どんな物でも同じなのだから。
 成る程、と感心したように肯いて、リモーネは並んだアンティーク達に目を戻した。
「八十年前くらいの物があると嬉しいのですけど」
「でしたら、こちらは如何ですか?」
 少女の呟きを耳に留めて、店主の女性が持ってきたのは曲線的なデザインがレトロなルームランプ。機械的な量産の難しい時代、恐らくは職人が手間隙掛けて作った一点ものだろう。緊張気味に受け取ってみれば、ずしりとした重みが長い時の流れを思わせる。
「一つ一つ手で作っていた時代か。歴史を感じるものだ」
 時計を一つ手にとって、信倖は微かな笑みを浮かべた。
 真新しい品物は美しく無垢だが、味わいには欠ける。それに何より、かつて誰かに必要とされ、今はされないという骨董品達の境遇が、どうにも他人事とは思えないのだ。
 すまないが、と店主に呼びかけて、男は置時計を一つ掲げて見せるた。硝子戸の向こうに揺れる金色の振り子に、ちく、たくと止まることなく刻む音。その姿はどことなく、消えた柱時計にも似ている気がして。
「これを頂けるかな?」
 この世に人が生きる限り、物もまた人と共に在り続ける。
 去りし日の記憶の糸を手繰りながら、雨降りの午後は穏やかに過ぎて行くのであった。

作者:月夜野サクラ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。