なお白き荊の竜 第3節

作者:秋月諒

●白き荊満ちて咲き誇り
 吹き荒む風に、波が散る。相模湾の一角ーー黒ずんだ岩場のあるその場所だけが、ひどく荒れていた。不可解な波の動きは、やがてそこに姿を見せたものによって解を得る。
「グルゥウウ」
 低い唸り声を響かせた、白い巨体。白銀の鱗に日の光を浴びながら「それ」は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 白き戦艦竜。
 戦艦を思わせる装甲に、背には四連装砲塔をつんだドラゴンは不機嫌そうに尾を揺らした。ぶん、と振ればかかる波が散る。嘗て、戦艦竜が身を乗り上げるほどの大きさがあった岩場はその形を崩していた。苛立ちを露わに、かかる破片に白き戦艦竜は白炎を放つ。ゴウ、と唸る音と共にパチパチと音を立てた一撃が岩場を崩しきった。
 白き戦艦竜は唸る。身を揺らせば装甲は砕け落ち、ゆるり揺れる尾は純白の薔薇の花に覆われていた。

●第3節ーー或いは
「白銀の戦艦竜との、第二戦を終えました」
 ふわりと髪を揺らし、ヘリポートに姿を見せたのは、白銀の戦艦竜との第二戦を終えた一人ーーイルヴァ・セリアン(紅玉雪花・e04389)であった。紅玉色の瞳を真っ直ぐにヘリオライダーへと向けたイルヴァは、先の戦いの報告と共に新たに手に入れた情報があったのだと言った。
「まさか、あの強力な攻撃についてまで情報を得てくださるとは……」
 驚きを持って出迎えたレイリ・フォルティカロ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0114)は、無事の帰還に感謝を紡いだ。
「ありがとうございます。十分すぎる戦果です」
 敵戦艦竜へのダメージも、十分確認できている。
 そう言ったレイリの横、イルヴァは顔を上げて言った。
「薔薇咲く荊持つ白い竜、次こそ倒してみせます!」
 白銀の戦艦竜は、キラキラと輝く白銀の鱗を持つ存在だ。戦艦のような装甲を持ち、背には四連装砲塔を持っている。城ヶ島の南側の海を守護していたのが、他ならぬ戦艦竜だった。
「強力な戦力であるが故に、城ヶ島制圧戦では城ヶ島の南側を攻略目標から外していたんです」
 そのうちの一体の、二戦目を終えたのだ。最初の戦いを終えて、手に入れた弱点や耐性を始めとした情報を武器として叩き込んだ攻撃は戦艦竜に多くのダメージを与えている。
「攻撃力や防御力に変動は無いようですが……確実に、戦艦竜はダメージを負っています。次回、或いは今回の出撃で全ての決着をつけることができるかもしれません」
 厳しい戦いになるだろう。
 白銀の戦艦竜は、神経質だ。これまで攻撃を受け、強者としてあった己を脅かされている現状に気が立っている。
「攻撃性が増している可能性があります。どうか、気をつけてください。戦艦竜は神経質で、己の攻撃を阻害する者を特に狙うようです」
 戦艦竜は体力や一撃に与えるダメージは大きいが、命中や回避はそれほど高くは無い。それ故に、この戦艦竜は己の攻撃を阻害する相手を厭うのだろう。
「戦艦竜の体で、大きく変化が見られるのは尾に巻きついている荊です。最初の接触時は、ただの荊。調査の結果、この荊が攻性植物であることが判明しました」
 嘗て、攻性植物を操る戦士と戦いーー勝利と共に戦艦竜が喰らい、手に入れたものだ。
 長い尾に巻きついた荊が開花し、振り下ろされる強力な一撃が確認されている。
「そして前回の戦いにより、尾の荊は花を咲かせたままであることが確認できました。そしてダメージによって変化するということも」
 第二戦、その撤退時に確認された尾の荊は、その花を一つ一つを大きく、また数を増やしていたという。
「幸い、尾による攻撃が強力になった、ということは無いようです」
 戦艦竜の攻撃方法は全部で三つ。

 一つは背の四連砲塔からのミサイル攻撃。咆哮と共に放たれる一撃だ。咆哮に関しては、声をあげてるだけのものであり、僅かに口元に泡が見える。

 二つ目はドラゴンブレスだ。漁船が襲われた事件で、使用されたものであり命中力で言えば、こちらの方が高い。攻撃に付随してプラスして、パラライズも確認されている。

「最後に、荊の巻きついた長い尾による攻撃ですね」
 近距離、単体に振り下ろされる一撃ではあるが強力だ。鋭い一撃でその命中力も高い。嘗ては尾の荊が花開き振り下ろされる攻撃であったが、既に咲き誇った花の下ではその開花を合図に見るのは難しいだろう。
「ですが、そうダメージを受けいない状況であれば防ぎきれるかと」
 これも実証済みだ。
 発動条件は、蓄積ダメージと砲塔の付け根への攻撃。
「ですが、攻撃したからといって必ずしもこの一撃を繰り出してくるわけでは無いようです」
 この一撃ーー葬送の荊には、攻撃を行った後に大きな隙ができてしまうのだ。
「戦艦竜の方も、理解しているかと」
 だからこそ、この攻撃を連発しては来ない。だが、その仕組みを理解してしまえばこちらの作戦として使うこともできるだろう。
 手に入れた全ての情報を武器として。
「戦艦竜は攻撃してくるものを、迎撃するような行動をとります。戦闘が始まれば撤退することはありません」
 同時に、敵を深追いしないという行動も行うため、ケルベロス側が撤退すれば、追いかけてくる事も無い。
 これを上手く利用して立ち回るのが良いだろう。
 そこまで話すと、レイリは真っ直ぐにケルベロス達を見た。
「話が随分と長くなってしまってすみません。最後まで聞いていただきありがとうございます」
 視線で礼を告げ、口を開く。
「皆様の手によって刻まれた一撃を戦艦竜は受けたままです」
 戦艦竜は、強力な戦闘力と引き換えに、ダメージを自力で回復する事ができないのだ。
「次回ーー或いは上手く行けば今回で全ての決着をつけることができるかもしれません」
 白銀の戦艦竜ーーその撃破が。
「皆様、どうかご無理だけはせずに」
 ちゃんと、無事に帰ってきてくださると信じています。とレイリは言った。
「では、再戦ーーそして或いは最後の戦いと参りましょう」
 皆様、幸運を。 


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)
燈灯・桃愛(陽だまりの花・e18257)

■リプレイ

●海上の追跡者
「戦艦竜さん、だいぶ弱ってきたみたい。これで最後……にできるかな?」
 クルーザの上から、シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)はいつもの海域へと視線を向けた。
 ——いる、とイルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)は思った。
 靡く髪をそのままに、感じる気配に息を吸う。
 ふいに、風がやんだ。ホットココアをぐいっとあおり、八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)は顔をあげた。
「このココアも飲み納めかも知れんて思うと、ちょっち寂しいなぁ。レイリさん、また今度遊びに行くからそん時これ、飲まして。な?」
 ニッと笑って、空になったカップを指差してそう言うと瀬理は戦場へと目を向ける。
「……長く続いたが、此れにて終幕としよう」
 黒い翼をひらき、低い声が告げる。ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)が紡ぎ落とすのは海上劇の終幕。身を浮かばせれば、海面を震わす咆哮が響く。低く響くその音に、明確な苛立ちを感じ取ってディディエは僅かに目を眇める。
「グルォオオ」
 唸るような声と共に 揺れる尾と共に砲塔が目につく。戦艦のような装甲に罅が見える頃になれば、その巨体が燈灯・桃愛(陽だまりの花・e18257)の目にしっかりと見えた。
(「とても厳しい戦いになりそうだけど、皆と力を合わせて頑張るのっ!」)
 水を切って泳ぐ戦艦竜の瞳が、こちらを見据えた。
(「来るか」)
 戦場特有の、その空気にガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)は海中を蹴る。射るような視線にシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)は前線へと身を蹴り出す。
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参!」
 その声に、河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)は続く。
「太陽の騎士団が一振り、河内原・実里。参ります!」
「グルァアアア!」
 その名乗りに戦艦竜が吠える。自らもまた、この地の強者として。海中を震わせる咆哮が戦いの始まりを告げた。

●白き荊
 距離を詰めてくる戦艦竜に、シヴィルは掌からドラゴンの幻影を放った。ゴウ、と唸る音と共に叩きつけたのは砲塔の付け根だった。
 炎が、弾ける。
「グルォオ……!」
 衝撃と同時に戦艦竜は口を開く。口元に見えた泡にイルヴァは警戒を告げた。
「砲撃、来ます……!」
 前衛、と視線で告げたのは戦艦竜の瞳がまっすぐにシヴィルを見据えていたからだ。次の瞬間、四連装砲塔が火を吹く。大量のミサイルが戦場へと飛び込んだケルベロスたちに打ち出されたのだ。
 海中を蹴り、身を飛ばしながらシヴィルは戦艦竜を見る。ダメージとしてはそう響いていないのは耐性のある攻撃だからか。
「あの一撃も、すぐには使ってこないか」
 ヘリオライダーも、砲塔の付け根を攻撃したからといって必ず葬送の荊を使ってくるわけではない。と言っていた。
「弱い属性は分かったし、そこを中心に狙っていくよ!」
 弓を引き絞り、シエラの放った一矢がグラビティ・チェインと共に戦艦竜へと突き刺さった。
「グルァアア!」
 戦艦竜の声が苛立ちとなって海中に響いた。叩きつけられる敵意に、変わらず気怠い声音でディディエは紡ぐ。
「……対峙するのは、二度目に成るか。何度も対峙は難儀なのでな、今日で仕舞いにしよう」
 海中に翼を開き、詰めた距離で紡がれるのは召喚の言の葉。
「……来たれや来たれ、いにしえの獣よ。かの敵を、喰らえよ」
 姿を見せるのは古の獣。
 蛇の頭と尾、亀の甲に獅子の鬣、毒棘を持つ伝説の魔獣がその牙を戦艦竜へと突き立てた。
「グルァアア!」
 装甲に、罅が入る。身を捩った戦艦竜がディディエを睨めつける。グワ、とむき出しになった牙と共に巨体がこちらへと向けば、その瞬間、距離を詰めた仲間の姿が目に映る。イルヴァだ。
「--討ち果たすは闇をこそ。凍て尽くすは影をこそ」
 斜線を確保し、青い髪を揺らし、氷と踊る娘は歌うように紡ぐ。
「白氷の波濤、凍河の鋭爪、疾く捉え、尽く穿て!」
 掌に凝縮した氷の魔力が、解き放たれた。次の瞬間、氷の波濤が戦艦竜へと突き進む。その圧倒的な物量に白銀の巨体がーー飲み込まれる。
「グル、ァアア!」
 咆哮が響いた。身震いと共に氷から身を起こした戦艦竜の身が僅かに軋む。パラライズだ。その異常に、気がついた竜は牙を向く。叩きつけられる敵意に、イルヴァは内腿に括りつけていたナイフを抜き放ち静かに構えを取る。
「今日こそ、あなたを倒します」
 決意を言葉にするのは、心が後ろ向きにならないため。自分は「戦うもの」であるという、その矜持を示すため。
(「前を向いて、全力で、後悔しない戦いを。いつでもそうやってわたしは戦ってきて、今日もそうして戦っていく」)
 絶対に……負けません!
 す、とあげた顔に、向けた視線に戦艦竜は吠えた。
「グルァアア!」
 咆哮と共に浮かされた身に、身じろぎによって生まれた海流さえ利用しながら瀬理は行く。装甲に足をつけば、接近に気がついた戦艦竜の首が動いた。その視線に瀬理は手にした武器にグラビティを込める。
(「長い付き合いになったなぁ。せやけどいい加減、お互い顔も見飽きたやろ。そろそろ終わりにしよか?」)
 力強く構えーーそして、螺旋の一撃を叩き込んだ。
 ガウン、と重い音がした。どけと言うように身を揺する巨体へとガイストは海中を蹴る。攻撃に苛立つ戦艦竜がこちらに気がついたがーー遅い。打ち出す拳が先だ。
「グァアアッ」
 降魔の一撃が炸裂した。装甲が欠け落ち、戦艦竜が吠える。どけと振るう身に、ガイストが装甲を蹴り間合いをとれば、次に前に出るのは実里だ。
「皆の笑顔のために! 力を貸してくれ!」
 機械仕掛けの大剣が、その力を解放する。
「行くぞ、カリバァァ!!」
 唸り、振り下ろす一撃が戦艦竜をーー斬る。
「グルァア!」
「今回で決着をつけていこう。もうこれ以上野放しにして置くわけには行かないからね」
 怒りに満ちた咆哮に、真っ直ぐに戦艦竜を見る。そんな仲間を視界に桃愛は顔をあげる。
「これが白き荊の竜……とても美しく威厳があるの……。でも、皆の平和のため負けられないのっ!」
 息を吸い、少女はかける仲間へと力を紡ぐ。
「満月の光で癒して、力を与えて、なのっ!」
 癒し、力を添えた桃愛の横、ウィングキャットのもあは、ぴん、と尻尾をたてる。
「もあ、皆を護るために一緒に頑張ろうっ!」
 水中を蹴る。火花が散る。
 吠える戦艦竜に、シヴィルは一気に間合いを詰めた。
「なに、一度目が無理であれば……二度目だ!」
 シヴィルは光輝く呪力と共に一撃を振り下ろした。狙いは変わらず砲塔の付け根だ。
「貴様がいてはいつまで経っても相模湾に平和が戻らないのでな。今日こそ仕留めさせてもらうとしよう」
「グルァアア!」
 衝撃に、戦艦竜の身が浮く。身震いに装甲に罅が入る。その、時だった。白銀の戦艦竜の尾が動いたのだ。
「尾が動いたよ……!」
「一撃、来ます!」
 シエラと、イルヴァの警戒が響く中、戦艦竜の尾に巻きついていた荊が光を帯びるように咲き誇りーーシヴィルへと振り下ろされた。

●決意と共に
「——っ」
 血が飛沫き、痛みが熱となって全身を駆け巡る。だが、それでもシヴィルは倒れなかった。
 葬送の荊を受け止めたのだ。
「丈夫さには自信があるのでな……!」
 回復を告げる仲間の声を聞きながら、太陽の騎士は顔をあげる。そこにあったのは、衝撃を見せる戦艦竜の姿であった。牙をむき出しに、グルゥウと唸るが戦艦竜のその体はーー動かない。
「好機だ!」
 告げるシヴィルにシエラは行動をもって応えた。
「いくね……!」
 ゴウン、と重い音を響かせながら武神の名を抱く矢が突き刺さる。その一撃、戦艦竜は動かない。——いや動けないのだとシエラは思った。
(「全身が硬直しちゃったみたい」)
「……其処だ」
 声と共に腕を伸ばす。次の瞬間、ディディエの攻性植物が戦艦竜の体に絡みついた。つる草は巨体を締め上げ装甲に罅を刻む。向いた視線ひとつ、目だけは動くのかと思いーー気がつく。
「……首すら動かないか」
 身動きが全く取れないーー一撃の後の硬直、と見ていいだろう。むき出しになった牙を視界に、イルヴァは振り下ろす斧と共にルーンの力を解放する。
「必ず、ここで倒します!」
 死角を突くように飛び込んだイルヴァに戦艦竜が気がついたのは、その装甲が弾けた瞬間だ。海中を蹴ってガイストは戦艦竜へと蹴りを叩き込む。ガウン、という音と共に衝撃波が海中に走った。
「ルァアア!」
「疾く終わらせ、陸で美味い煙を喫みたいものだ」
 吠える竜に、身を飛ばす。間合いを取り直した男の横、1蹴りで距離を詰めた実里は戦艦竜の体を見た。
「さて、今の咲き具合はこのくらいかぁ。なら、僕のこの一撃でどれだけ咲かせてくれるかな!」
 振り下ろす、斬撃にグラビティ・チェインが乗った。装甲を砕き、叩き込まれた衝撃に戦艦竜の体が浮く。
「グルァア!」
 戦艦竜が吠えーーぶるり、と身を震わせた。
「動き出しました!」
「さっきまでのが硬直ってとこかな、と」
 身を、横に飛ばす。暴れるように動いた戦艦竜に間合いを取り直してーー気がついた。戦艦竜の尾に咲いていた花が、その胴へとかかってきている。
「花に変化が」
「ダメージ、入ってるな」
 応えた瀬理は桃愛と共にシヴィルへと回復を紡いでいた。
 海中の戦闘は加速する。怒りを叩きつけるように戦艦竜は吠えた。
「グルァアア!」
 吐き出されたドラゴンブレスが前衛陣を焼く。だがそれでも、ーー踏み込んだ。装甲に罅を刻み、弾けるミサイルさえ切り裂いて。
「回復をするの……!」
 流れた血に、桃愛が宣言する。回復を紡ぎだそうとした彼女に、戦艦竜の視線が向いた。打ち出されたミサイルに、庇い出たのはガイストだ。
「ガイストさん!」
「——あぁ」
 爆煙が、弾けた。息を飲む桃愛の前、一声をもって無事を告げたガイストは流れる血をそのままに、口の端をあげる。あぁ、この戦艦竜は正しく強敵だ。故にーー心が躍る。
「ルァアア!」
「悪いが、攻撃を私たちに引きつけさせてもらうぞ」
 吠えた戦艦竜に、シヴィルがバスターライフルを向けた。銃口が火を吹き、衝撃に戦艦竜が傾ぐ。態勢を立て直す、それよりも早く至近で銃口を突きつけたのは瀬理だ。
「こっちが、先やで……!」
 叩き込む砲撃に、戦艦竜の装甲が弾けた。

●白き荊に
 鋼と鋼のぶつかり合う音と、火花を以って戦場は加速する。海中を蹴り、その流れさえ足場としてケルベロスたちは一撃を叩き込む。
「ルァアア!」
「……巫山戯たことを」
 指先に残るパラライズにディディエは息を吐く。前衛、中衛共に傷は多い。守護を担うシヴィル、瀬理、ガイストの傷が特に多くーーだが、今この状況にあって、倒れている者は誰一人いなかった。
 それは、敵の動きを観察し、互いに注意しあった結果であった。勿論、全てを避けきることはできない。だが、ダメージの状況は今までの戦いの中で最もーー少ない。
 その事実が戦艦竜を苛立たせる。圧倒的強者であった戦艦竜にとって、己の一撃に耐えきるのも、己の装甲を傷つけるのもーーそして、誰一人倒れぬのも決して許せるようなことではなかったのだ。
 だがその強者に、ケルベロスたちは一撃を叩き込む。これまで手に入れた情報を武器として、今ここで新たな力として振り下ろす。覚悟と共に訪れた海の戦場でケルベロスたちは白き荊の戦艦竜と真正面から渡り合っていた。
 一撃が強かに戦艦竜を打つ。
 ぶわり、と尾の花が変じた。大きく、咲いた花に実里がその変化を告げる。
「花の部分が増えてきてる。随分と咲かせてくれたね」
「グルァア!」
 ぶるり、と身を震わせた戦艦竜が吠える。ゆるり、と尾が揺れた。それは、さっきまでとは違う大きな揺れ。動かして見せたそれはーー今まで見れなかった動き。
「……葬送の荊、繰り出せるか」
 ディディエの言葉に、なら、と瀬理は告げる。
「——狙うで」
 声ひとつ、瀬理は身を飛ばす。狙うは砲塔の付け根。その場所に、螺旋の一撃を叩き込む。
 ガウン、という音と共に、装甲が弾けた。
「グルァアアアアア!」
 衝撃に、怒りと共に戦艦竜の尾に荊が咲く。ぶわり、と咲き誇る白き薔薇と共に鋭い一撃が瀬理に向かって振り下ろされた。
「——ッ」
 は、と息を吐く。血が溢れる。視界が揺らぐ。だが、それでも瀬理は顔をあげーー言った。
「……ッ今や!」
「あぁ」
 応じたシヴィルの砲塔が、戦艦竜を強かに撃った。
「グルァアア!」
 衝撃に強者は呻く。己の一撃を耐え切ったケルベロスに達に怒りと衝撃にその身を震わせながらーーだが、向かいくる者たちを打ち払う術を今は持たない。
「全力で、行かせてもらうよ!」
 砲撃に、身を揺らす戦艦竜へと実里は剣を振り下ろす。
「一撃、必壊!!」
 重い一撃に戦艦竜の装甲が砕け散った。その破片の横をガイストは飛ぶ。視線ひとつ、向けるだけの戦艦竜に口の端をあげ、叩きつけるはーー降魔の拳。
 ゴウン、という音と火花が散った。砲塔が軋み、唸る竜へとイルヴァは踏み込む。
「わたしの”戦闘領域(フィールド)”で、自由には動かせませんよ!」
 ナイフに空の霊力を込めーー切り裂く。向けられた視線に、叩きつけられる殺意に戦う者、守る者である少女は真正面から視線を返す。
 瀬理に回復を紡ぎ、水中を蹴って前に出るその姿を見ながら加速する戦場に、描かれる終幕の為に桃愛は歌う。
「罪を裁けと心が歌う、あなたを癒すための歌」
 旋律に、身が軽くなる。引き絞った弓を、武神の矢をシエラは一気に放った。
「グルァアアア」
 身震いと共に、動き出そうとした巨体に向けられたのは古の蛇亀獣。
「……此処で折れては攻撃手の名折れだからな」
 静かに告げたディディエの、召還に応じた魔獣が戦艦竜を喰らった。
「ガ、グルァアアアア!」
 一撃に、装甲が砕け散った。一際大きく響いた咆哮を最後に、ぐらり、と戦艦竜は海中へと落ちていく。
「——花が」
 息を飲む実里の視線の先、戦艦竜の体を覆うように薔薇の花が咲いた。咲き誇る花はやがて燐光となって、戦艦竜を巻き込むようにして消えてゆく。淡い光と共に、白銀の戦艦竜はーー消滅した。
 ケルベロス達の、勝利の瞬間であった。

 荒く、乱れた息もホットココアで体を温める頃には随分と落ち着いてきていた。未だ疲労はあるがーー今は、達成感の方が大きい。
 勝利、したのだ。
 笑顔でサムズアップをした実里の横、シエラは戦艦竜の沈んだ海に花を手向けた。花は二度、三度と揺れて海中に沈んでいく。
「なんとか無事終わったなぁ……いやー長かったわ。みんなお疲れさん。竜退治して手に入れたんは、綺麗な宝玉や」
 ドライフルーツを陽にかざし、満足げにぱくり、と瀬理は食べる。平穏を取り戻した海の、優しい風がケルベロス達の頬を撫でていった。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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