ヒーリングバレンタイン2016~元気なバレンタイン

作者:カワセミ

「人馬宮ガイセリウムの東京侵攻については、もう聞いているよね。
 既に東京都内にも被害が出ているけど――今後、被害は更に大きくなっていくことが予想されてる」
 獅子鏡・夕(シャドウエルフの刀剣士・en0140)は、口元に手を当てて真剣な顔をしている。
「東京防衛戦で最善の結果を出せたとしても、ガイセリウムが通過した市街の被害は大きいものになってしまう。最悪、首都を喪失することもありえる状況だよ。……そこでね」
 夕は顔を上げて、人差し指を立てた。
「みんなで、楽しくバレンタインのプレゼントを作ったらどうかなって」

 何が「そこで」なのかというと、こういうことである。
 都内でも特に被害の大きな場所はヒールが必要だ。バレンタインが間近に迫った今、ヒールされた建物は、一部お菓子っぽい雰囲気になったり、プレゼントを作るのに相応しい施設となって修復されることもあるだろう。
 そういった建物を利用して、チョコレートをはじめとしたプレゼントを作るイベントを催すというのが今回の話のあらましだ。
「俺達ケルベロスだけじゃなく、周辺住民の皆さんも参加できるイベントにしようと思うんだ。
 防衛戦後の住民の皆さんに、少しでも安心してもらいたいからね」
 背負うものがあまりに大きい東京防衛戦。きっと不安なのはケルベロス以上に、そこに住む人々だ。ケルベロスへの信頼と同じくらいの恐怖を抱え、東京に残ることを選んだ人々だ。

 今回ヒールを担当するのは都内の商店街。多くの店舗が揃っており、普段は多くの人で賑わうだろう場所だ。
「商店街をヒールして、復興するのがまず最初だね。
 それから各種道具や資材の搬入、会場の設営。ここまでがイベント前日。
 当日は、市民の皆さんと一緒にバレンタインのプレゼントを作るイベントだよ。商店街のあちこちに仮設キッチンを設けて、各々でお菓子を作ったり試食しあったり。
 イベントの進行や迷子の案内みたいなイベント運営のお仕事はもちろん、楽しくチョコレートを作るのだって、イベントを盛り上げる立派な役目だよ」
 商店街の中心には仮設ステージも設置される。歌ったり踊ったり、各種イベントを企画することもできるということだった。
「楽しいイベントにするためにも、まずは俺達が楽しもう。
 きっと成功させようね、『元気なバレンタイン』!」
 夕が意気揚々と拳を突き上げてから、スッと下ろす。
「……えーと、今のどういう意味かわからなかったよね。一応、このイベントの名前なんだ。
 俺なりに考えたんだけど、なかなかビシッと決まるのが思いつかなくて。もっと良い名前、よかったら一緒に考えてくれないかな……」


■リプレイ

●マッスルバレンタイン
 人馬宮ガイセリウムの侵攻を、劇的な勝利で阻止したケルベロス。
 その最上の勝利をもってしても――被害は皆無、とはいかなかった。
「……こりゃ想像以上だな」
 白昼、真っ青な快晴の空の下。
 件の商店街に到着した相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が見たものは、瓦礫の山と化した町並みだった。
 アーケード街の屋根は上から崩れ落ち、下敷きとなった建造物は大半が倒壊している。特にガイセリウムの直撃を受けた場所は完全に踏み潰された状態だった。
 人々の日常は完膚なきまでに破壊されている。一見して悲惨極まる光景だが――泰地の印象は、そう暗いものでもなかった。
 ケルベロス達の勝利を受け、街の人々は目に見えて活気づいている。この荒廃からもすぐに立ち直ることができるという希望に市民の顔は輝いていた。
「今回の作戦をとったのはオレ達だからな……。責任を持って修復していかねーと」
 街の空気に背中を押された思いがする。泰地は掌を拳でパンと叩く。
「よっしゃ、行くぜ。多少見た目は変わっちまうだろうが、そこは堪忍してくれな!」
 気合充分に走り出し、目につく建物の前で手当たり次第にボディビルのポーズをしていった。
「ふっ!」
 曲げた両腕を掲げ、逞しい上腕二頭筋を魅せる。両腕を上げたことで鍛え抜かれた泰地の胸筋や腹筋も白日の元に晒され、太陽を跳ね返し健康的に輝いた。温かな光が溢れ、目の前の洋菓子店が健康的に修復される。
「むんっ!」
 やや身体を前に倒し、曲げた両腕を今度は下ろして前に出す。首回りや肩の逞しさ、腕の太さが力強く強調される。そのポーズのままビシッと動きを止める泰地の肉体は、芸術品の如き崇高さと誇りに満ちていた。優しい光が溢れ、崩れ落ちたアーケードの屋根が半ばまで力強く修復されていく。
「流石に一人じゃ厳しいか……」
 泰地一人の力でこの屋根を直しきることは難しそうだ。屈強な僧帽筋を巡らせ、厳しい顔で泰地は屋根を見上げる。
「おにーちゃん、何してるのー?」
 ヒールに集中していた泰地の背に幼い声が掛けられる。振り返って見ると、小さな姉弟が小走りに駆け寄ってくるところだった。声を掛けてきたのは姉の方のようだ。肩に小さな水筒をさげている。
「見ての通り、街の復興をしてるんだよ。商店街のヒールは任せとけ、すぐに治してやっからよ!」
「そのポーズなにー?」
 弟が興味津々に鍛え抜かれたマッスルを眺めている。それに気付いて、泰地はおまけにサイドチェストのポーズを決めて見せた。
「これはボディビルのポーズだ。鍛え抜いた筋肉の美しさを見てもらうもんだぜ!」
「すげー! にーちゃん強そう!」
「すごいけど、さむくないの……?」
 おずおずと聞く姉に、泰地は力強く笑ってみせる。
「ちっともな。オレにはこの筋肉があるし――何より、やるべきことがある。寒さのことなんか、考えてる暇ねーよ」
 泰地の笑顔を、姉はじっと見詰めている。やがて水筒をごそごそと開けて、中に入っていた温かい飲み物をカップに注いで泰地に差し出した。
「おにーちゃん、がんばってね!」
 小さな手で渡されたものを泰地は両手で受け取る。飲み物の匂いを一度嗅いでから、ゆっくりと飲み干した。
「……ホットチョコか。美味い!」
 身体に染み渡る甘さと温かさ。表情をほころばせた泰地を見て、姉弟も嬉しそうに笑った。
 市民の胸には未来への希望が確かに宿っている。
 彼らのためにも歩みを止めるわけにはいかない。この商店街での復興作業を終えると、泰地はすぐに次の被災地へ飛び出していくのだった。

●私の気持ちのバレンタイン。朝五時起きで作ったチョコ、気持ちをいっぱい込めました。先輩、受け取ってください……。でもどうしよう。こんなチョコを渡したら、私の気持ちがバレンタインしちゃうよ!
「頭上で何やら小芝居が始まっているような……」
 ヴェルサーチ・スミス(自虐的ナース・e02058)がふと天を仰ぐ。その声を聞いたゼフィラルド・テラペイア(医道の為の銃弾・e02221)もまた空を見上げた。
「ああ、清々しい空だ」
 ゼフィラルドの目に映るのは昼下がりの空の青。鳥が群れをなして蒼天を横切って行く。
 まぁ良いですぅ、とあまり気に留めずヴェルサーチは顔を前へと戻した。ここは商店街の入り口だ。アーケードの屋根は手前は修復されているが、奥の部分は直しきれていないようだった。
「ししょーとともに商店街のヒールをして回ります、では、でっぱーつ」
「……ああ、出発な、しゅっぱつ」
 腕を掲げて歩き出すヴェルサーチにゼフィラルドも続く。
 他に訪れたケルベロスが居たのだろう。商店街は復興が進んでいるがまだ完全ではない。歩いて行くさなか、思い出したようにヴェルサーチが顔を上げてカメラ目線になった。
「あ、マスターと読者の皆さんに説明するとゼフィ先生は私にとっての銃の先生です、以上、補足終わり」
 顎の辺りに指でハートマークを作る。その中に青文字で「補足」の二文字を浮かばせながらヴェルサーチはウィンクしてみせた。
「何処見て話しているんだお前は……」
 む、ゼフィラルドが振り返ると、虚空に向かって説明を終えているナースが居る。ライトニングロッドでその肩をぽんと叩いた。
「変わらんな……さっさとやるぞ。口だけじゃなく手も動かせよ」
「はぁい、先生。まずはチョコレートを作れる環境づくりですね!」
 同じくライトニングロッドを握ったヴェルサーチが、振り返ってロッドをくるりと回す。商店街を歩き回る二人の回りには常に薬液の雨が降り注いだ。彼らが通る場所は、次々に瓦礫の山から人の住む町並みへと姿を変えていく。
 明日のイベントでは、お菓子の家作りがメインイベントとして予定されているらしい。その会場となるアーケード街中央の広場は念入りにヒールした。半壊状態にまで持ち直していた屋根も、二人の力で無事に完全に修復される。
「……先生、そういえばイベントの名前どう思います?」
 商店街のヒールが一通り終わると会場の設営が始まった。商店街の入り口に掲げられた看板には未だイベント名が書き入れられていない。設営に働く人々が行き交っていく。
 ヒールが一段落し、一息ついて仮設ベンチに腰を下ろすヴェルサーチの言葉にゼフィラルドはそちらを見た。
「イベント名か……」
 ヴェルサーチの横に座りながら、ゼフィラルドも覆面の下で思案顔をする。
「こう、パンチが足りないですよね。……シナリオの名前をダメ出ししてる訳じゃなくてですね……」
「……まぁ確かに、もう少し捻りがあっても良いかもしれんな。何か案があるのか?」
 シナリオというのは多分明日のイベントのことなのだろうな、と慣れたゼフィラルドはスムーズに翻訳して話を続ける。
 尋ねられたヴェルサーチはうーん、と暫し考え込んでから口を開いた。
「元気なバレンタインの前に『ヒーリングバレンタイン2016』をつければ……ダメ?」
「2016……? ああ、今年のことか。分かりやすいが、イベント名としては少し長過ぎるかもしれんな」
「ですよねぇ。じゃあ、私の気持ちがバレンタインとか」
 ヴェルサーチがぴっと人差し指を立てる。長鼻の仮面はさして間も置かず頷いた。
「良いんじゃないか?」
「ありがとうございますぅ! ちなみにこれはダジャレになっていて、あ、説明したら恥ずかしくなるんで良いですぅ」
「ダジャレはよく知らん。……知らんからな。『私の気持ちのバレンタイン』も使いやすそうだ」
「うーん、やりますねぇ先生……」
 大事なことなので二回言ったのかもしれない。一文字変えるだけでダジャレを消してみせた師の手腕にヴェルサーチは思わず唸った。
 それほどでもない、と流しながら、ふとゼフィラルドは辺りを見回す。到着した時の瓦礫の山は今や見る影もない。明日の華やかなイベントのために飾り付けられる町並み。意気揚々と働く人々の姿が、どこまでも続いていた。
「愛の日は一人寂しく過ごす予定だったが……いくらか有意義な時間になったな」
 ゼフィラルドがぽつりと呟く。
「はい、ご一緒できて良かったですぅ」
 頬杖をついて町並みを眺めるヴェルサーチが、可憐に笑った。

●Sweet! バレンタイン!
 イベント当日。昨日と変わりない青空の下。
 『ヒーリングバレンタイン2016〜私の気持ちがバレンタイン、あるいは私の気持ちのバレンタイン。またの名をSweet! バレンタイン!』
「長いな……」
 商店街のそこかしこに飾られたのぼり。そこに堂々と連なる六十五字を読み終えた東雲・時雨(宵闇の三日月・e11288)の偽らざる感想はそれに尽きた。
「は、い……。でも、バレンタインらしさは、ちょっと増えたかも、です」
 時雨の後ろから、そろりと柊・沙夜(三日月に添う一粒星・e20980)は顔を出す。なるほどと時雨も頷いた。
「確かに、ロマンチックな雰囲気にはなったかも。でも全部呼ぶのはやっぱり長いから、俺は『Sweet! バレンタイン!』って呼ぶことにするよ」
 何気ない時雨の言葉に、沙夜はぱちっと一度まばたきする。その表情はすぐに綻んだ。そんな様子に、今度は時雨がまばたきする番だ。
「沙夜、どうしたの?」
「ううん。なんでも、ありません。……時雨。お菓子、の家、作りましょう」
 心なし嬉しそうに、沙夜は時雨の手を引いて軽やかに広場へ走り出す。時雨も笑って沙夜の後に続いた。
 時雨の身につけたエプロンはお気に入りの一枚。沙夜のエプロンも、時雨が選んで今日のために貸したものだ。
 これが今日の二人の戦闘服。今から作る、約束のお菓子の家のために。

 商店街の中心地、広場の真ん中でお菓子の家の建設は始まった。
 搬入した巨大なお菓子の数々。まずはプレーンのクッキーで四方を囲む壁作りだ。特に目立つ催しなので、既に足を止めてお菓子の家作りを見守る通行人がちらほら見え始めていた。
「こんな風に約束を果たせるなんて嬉しいな♪」
 時雨は、楽しそうに壁の継ぎ目へと糊代わりの飴を塗っている。お菓子の家作りは、去年からの二人の約束だった。それが復興イベントで叶えられるというのは、意外な形だったかもしれない。
 壁がきちんと繋がったことを確かめながら沙夜も微笑んだ。
「は、い。わたし達も楽しくて、みなさんも喜んで、くれるなら……」
「ああ。街の皆にも喜んで貰えて沙夜も楽しめる、そんなお菓子にしてみせるよ」
 壁の設置を終えて、巨大なチョコレートの三角屋根を乗せた台車を押す。アラザンがぎっしり詰まったボウルを抱えて沙夜も隣を歩いた。
「時雨だけじゃ、なくて。わたし、も一緒に作りますから、ね」
 沙夜もまた、時雨にとって楽しい思い出となるようなお菓子を作りたい、そう心から願う。
 微笑み合う二人のお菓子の家作りは、見ている方も微笑ましくなるような温かい光景だった。
「窓は……飴細工? 作れ、ます、か」
 時雨の提案に小首を傾げる沙夜。時雨はにっこりと笑ってから、抜いた刀を飴にさっと通し、軽やかにくり抜かれたクッキーの窓辺で刃を舞わす。瞬きの間にべっこう飴の窓枠が現れるさまに、沙夜だけでなく見物客からも歓声があがった。
「沙夜……! あんまり身を乗り出すと危ないよ!」
「大丈夫、です。あとすこし……」
 立てかけた梯子のてっぺんに爪先立ちして、チョコレートの屋根の一番遠い所をマカロンとアラザンで飾り付ける沙夜。梯子の下で受け止める準備万端の時雨が見守る中、ようやく屋根飾りは完成した。ビターチョコの上に散った銀の粒と色とりどりのマカロン。それはまるで夜空に瞬く星々のようだった。
「さあさ、お立ち会い♪」
「これから、時雨が、ウェハースの扉を作ります、よ」
 朗らかに声をあげる時雨と、おずおずと口を開く沙夜。既に集まっていた人に加えて更に足を止める人が増える中、沙夜が両手をいっぱいに広げて抱えた業務用ウェハースに向け、時雨は刀を構える。
「東雲流剣術――」
 精神を集中する仕草が誰の目にも映り――無数の剣戟がウェハースをかまいたちのように斬り付けるまで一般人の目には一瞬だった。
 ほんの一瞬の後、沙夜が抱えているのは無骨なベージュの焼き菓子ではなくお洒落な洋風の扉。優雅に一礼する時雨がちらりと沙夜の方を見ると、彼女も嬉しそうに両手を叩いてくれていた。

「さあ、みんなで食べましょう! お子さんは中に入る事もできますよー」
 遂に完成したお菓子の家。時雨の声に、待ちかねていたように子供達が殺到してお菓子の家を思い思いに楽しみ始めた。そんな様子を、少し遠巻きにして大人達が優しく見守っている。
「これ、食べ、ちゃう、の勿体、無いで、すね……」
 沙夜が、飴細工の窓辺を指で撫でる。少しだけ心配そうに時雨が振り返った。
 時雨の視線の先で、沙夜が花の咲いたように微笑んだ。
「でも、みなさんが、喜んでくれるから、嬉しいな……」
「……ああ! 俺も、沙夜が喜んでくれて嬉しいよ」
 二人とも、なんとなくすぐお菓子に手をつける気にはなれずに、平和な広場の風景を少しの間眺めている。
「約束、果たせましたね。次はどんなことしましょうか?」
 喧騒の中でも、沙夜の声は一番に時雨の耳に届く。
 青空の下。二人一緒にできることは、まだまだたくさんありそうだ。

作者:カワセミ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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