「みんな、知ってると思うけど、人馬宮ガイセリウムによる東京侵攻によって、東京都内に被害が出ているわ」
更に、このままだと更に大きな被害が広がるものと予測されている、とリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が集ったケルベロス達に告げる。
それを防ぐための東京防衛戦だが、それでも被害がゼロという訳ではない。最善の結果を出したとしても、ガイセリウムが通過した市街の被害は大きいだろうし、最悪の事態が引き起こされれば、首都消滅、と言う事も考えられる。
「だから、戦後の東京都心部復興も兼ねて、バレンタインのチョコレートを作ってみたいと思うんだけど」
被害の大きかった場所にケルベロス達が出張り、ヒールをする必要がある。そして、おそらくバレンタイン間近のこの時期、ヒールされた建物の一部はお菓子っぽい雰囲気になったり、お菓子を作るのに相応しい建物として修復されるものと思われる。
その建物を利用して、お菓子作りのイベントを行おうと思う、と言うのがリーシャの提案だった。
もちろん、参加者はケルベロス達だけではない。被災した周辺住民も参加出来るイベントにすれば、東京防衛戦後の民心のケアに繋げる事も出来ると言う目算もある。
「だから、みんなでチョコレートを作ろう」
と、彼女は皆に呼びかけるのだった。
「みんなが向かうのは住宅街になるわ」
ガイセリウムの進行により、潰された家やアパート、公共施設の復興が主となる。
そして、イベントの方だけど、と前置きしたリーシャは背後のホワイトボードにマーカーでキュッキュッとその文言を書き連ねた。
「『美味しいチョコを一緒に作って試食もしよう!』?」
記載された文字をケルベロスの一人が読み上げ、リーシャが嬉しそうにコクリと頷く。
「定番の湯煎での手作りチョコでも良いし、生チョコやらトリュフやらマカロンやら、色々挑戦してみるのも楽しいと思うわ」
作ったチョコレートをみんなで食べてもいいし、地域の皆さんに振る舞っても良い。大切な人へのプレゼントにするのも一興だろう。
「その為のお手伝いも欲しいんだけどね」
会場となる建物のヒール、道具や材料の搬入、イベントの進行など、ケルベロス達にお願いしたい事は沢山ある。多忙だが、仕事と割り切るよりも、イベントそのものを楽しんで欲しいと言うのがリーシャの思いだ。
だから。
「一緒に、頑張ろうね」
ケルベロス達を誘うその笑顔は、とても晴れやかな素敵なものだった。
●東京復興
エインヘリアル第五王子イグニスとケルベロス達による東京防衛戦はケルベロス側の完全勝利として幕を下ろした。しかし、戦場と化した東京が無傷だった訳ではない。
イグニスが駆った四脚型魔導神殿『人馬宮ガイセリウム』が残した傷痕は、東京の各地を深く傷つけ、ケルベロス達はその修復に奔走する事となる。
これは、そんなケルベロス達の過ごす、バレンタインデーの一幕である。
「次の現場はここだな、この筋肉に任せとけ、うおおおおおっ!!」
ガイセリウムに踏みつぶされ、瓦礫と化した建物に泰地の優しく温かい光のオーラが降り注ぐ。ボディビルのポーズの一つ、ダブルバイセプスを決めた彼を前にして、めきめきと修復されていく住宅は、何処かチョコレートを想起させる茶色に染まっている。
「お兄ちゃん、ありがとう」
家に住人だろうか、五歳と思わしきの少女から差し出されたチョコレートを口に運び、泰地はにこやかな笑みを浮かべる。
そして、再び新たな修復箇所を探し、駆け抜けていくのだ。
「……でも、どうしてあのケルベロスのお兄ちゃん、お洋服を着ていないんだろう?」
ボクサーパンツ一丁に裸足と言う泰地に格好に浮かぶ疑問も、やがてバレンタインデーのイベントの前に、消えていく。
建物にヒールを施すのは泰地だけではない。【眼鏡真教】のメリッサやメロウ、バベルもまた、瓦礫にヒールを注いでいく。
「世界に眼鏡を。眼鏡に光を」
メリッサの詠唱と共に、神々しい眼鏡空間が展開される。数多の眼鏡が舞い散る桃源郷は家や塀、道路に残る傷痕を眼鏡的光景を残しながら修復していく。ああ、愛しの眼鏡達よ。
感謝の言葉を述べる住人達に、メロウが眼鏡屋の割引券付きのチラシと眼鏡真教のチラシを配っていく。建物の修復だけではない。荒む心のケアもまた、眼鏡によって行われるべきなのだ。
そしてバベルは彼らに声を掛ける。ケルベロス達の目的は建物のヒールだけではない。この後のイベントの開催と、その成功もまた、含まれている。
「この後、公民館でチョコレートを作るイベントを行います! 眼鏡チョコもありますので、良ければどうでしょうか?」
怪しげな呼びかけもまた、住民達の興味を引くのに充分だった。
●ヒーリングバレンタイン
リーシャの発案による地域復興と住民の心のケアを兼ねたお菓子作りのイベントは、住宅街の真ん中に位置する公民館で開催される運びとなった。
なお、ガイセリウム通過の際に脚の一撃で粉砕されたこの公民館も、ケルベロス達のヒールによって既に修復が完了している。無個性だった四角形の建物は、ヒールの副作用でチョコレートケーキを思わせる風貌へと変化していた。
「道具材料の搬入はこれで大丈夫かな?」
【カセリョ】の一員として大量のチョコレートを会場へ運び込んだ儚はふぅ、と額の汗を拭う。その様子を見ていたヴィルフレッドがOKと親指を立てて応じた。
「お疲れ様だよ、皆」
カセリョ――完全ナル世界旅団団長のペルフェクティが準備を進める団員達を労う。おうと応じたミリアと、えへへと微笑む杏平もまた、何処か心地よい疲労を感じながら、団長の言葉に頷いた。
皆のお陰で調理室には機材と材料は全て搬入が終わっている。いつでもイベントの開催は可能だ。
時計を見れば開催時間までは三十分近く残っている。だが、集ったケルベロス達、そして地域住民の皆に浮かぶ表情は、開催は今か今かと待ちきれない様子。
よし、とリーシャはホワイトボードに書かれた開始時刻にバッテンを入れ、現時刻を記載する。
「さぁ、始めようか」
繰り上げを宣言する彼女に、おーっと歓声が上がるのだった。
友人同士で参加しているのか、談笑しながらチョコレートを刻む少女達の姿がある。
思い詰めた表情で慎重にチョコレートを湯煎する女性は、おそらく本命チョコだろうか?
恋人の様に見える二人は幸せそうに、一緒にチョコレートを作っている。
子供を連れた若奥様風のあの人は、誰に送るチョコレートを作っているのだろうか。夫か、それとも子供へか。
幸せそうな人々の顔を見ると、それだけで嬉しくなってくる。そんな人々の顔を見渡しながら、リーシャはほっこりした笑顔を浮かべた。
この場所はケルベロスと一般人の交流の場でもある。東京防衛戦と言う大変な戦いを通して深まった彼らの絆は、このイベントを通して更に深くなって欲しいと願う。
ケルベロス達の様子はどうだろう?
向ける視線の先にはやはり、幸せそうな表情を浮かべる彼らの姿があった。
アウィスが作るのは大人向けのチョコレート。ブランデーとビターチョコのトリュフ、チョコレートコーティングのビスケットや塩ポテトにココアパウダーを振りかけて。
張り切って作った量は多く、恋人の平助と二人して捌ききれるか不安だったけど。
「何とかなるだろう」
配りゃなくなるだろう、とは平助談。
「はい、味見」
差し出されたチョコポテチはアウィスの口に咥えられたまま。親鳥が雛に餌を差し出すような仕草に、平助は苦笑する。
(「どこで覚えたんだか」)
人前で仕事中。流石に受け取る事は出来ないと、ぽんと頭に手を乗せる。
「そう言うのは、後でな」
その言葉にぷーっと膨れた彼女はぱくりとそのままチョコポテチを啄む。
微笑ましいその光景を眩しげに見つめていたリーシャは、アウィスと視線が合ってしまい、あたふたと忙しく腕を動かした後、誤魔化し笑いを浮かべる。恋人同士の逢瀬を覗いてしまったようなバツの悪さがあった。
「リーシャ、味見する?」
お皿に載せられたトリュフが差し出される。
あ、そっちなんだ、と思い浮かべた彼女は慌てて自身の内心を打ち消す。口で差し出されても困るけど、と自己突っ込みをして。流石にそう言う趣味はない。
「って、あれ? 俺のは? 味見するんじゃないのか?」
おーいと声を掛ける平助に、悪戯っぽい笑みをアウィスが浮かべる。
「ふふ。後でね」
ぱくりとトリュフを口に運んだリーシャは、一言、返すしかなかった。
「ごちそうさま」
お菓子的な意味でも、空気的な意味でも。
仲睦まじい二人の様子は、見ていて少し、羨ましい。
「悠花は何を作るんだ?」
黒猫の着ぐるみを纏った蒼哉の言葉に、じゃーんと悠花が自身のサーヴァントであるオルトロスを差し出す。どうやらコセイと名付けた彼をモデルにしたチョコレートを作る気らしい。
「わんこチョコだと? ……個性的だな、コセイなだけに」
「誰が上手い事を言えと」
そんな他愛もないやり取りも友人同士ならでは。二人の顔に笑顔が宿る。
ふむ、と頷いた蒼哉が作り始めたのは自身のファミリア、ネコ吉をモデルにしたチョコレート。負けじとコセイ型のチョコレートの創作に悠花が取りかかる。どうやら互いのサーヴァントとファミリア型のチョコレートを作る事で競い始めたらしい。
モデルとなったコセイとネコ吉の二匹がじっとしているのにも飽き始め、遊び始める頃にはほら、可愛らしいわんことにゃんこのチョコレートがちょこっと鎮座する。
「どちらも可愛くて食べるのが勿体ないな」
とは蒼哉の弁。
あはは、と悠花が同意の笑みを浮かべた。
「すっかりチョコまみれですね」
そして自分達の奮闘の跡に気付いたように呟くと、自身の頬についたチョコレートを指で掬い、ぺろりと舐める。
顔や腕についたチョコは拭うとして、服の汚れは……と思案していると、「こんな事もあろうかと」と蒼哉から差し出される替えの服、否、着ぐるみ。
「あっ、蒼哉さんありがとうです!」
広げたそれは、可愛らしいヒョウ柄の子犬の形をしていた。
「何故にこの着ぐるみ……」
「可愛いからな」
思わず零れた悠花の呟きに、蒼哉がドヤ顔で返答するのだった。
【眼鏡真教】の面々もまた、チョコレート作りに勤しんでいた。
眼鏡の形をした乾パンをチョコレートでコーティングした、その名も『チョコメガネ』を量産するメリッサは、チョコスプレーを振りかけ、カラフルなフレームを作成していく。
メロウもまた、メリッサと共にチョコメガネの製造を続けていた。
バベルが作るのはメガネ風チョコレートだ。湯煎で溶かしたチョコレートをメガネ型の型枠に流し込み、冷蔵庫へゴー。
そして待つ事数十分。三人は色取り取りの眼鏡の形をしたチョコレートに囲まれていた。
「お姉ちゃん達、それなに~?」
物珍しさからか、子供達が三人の元に集ってくる。
「これはチョコメガネって言うんですよ!」
差し出したチョコメガネは恐る恐る子供達の口へ。
サクリ。
頬張った子供は目をぱちくり瞬きし、そしてにっこりと笑顔を浮かべる。
「美味しいよ。お姉ちゃん」
「眼鏡ですからね」
これもどうぞ、とメロウが渡す眼鏡真教勧誘チラシに、子供達は眼をぱちくりさせて、そして笑い出す。
「お姉ちゃん達、変なのー。眼鏡が好きなんだー」
「ええ、眼鏡は世界を救うんです」
笑顔には笑顔で。
ニコリと花咲くように笑うバベルに、子供達はまた笑顔を浮かべる。
(「そうです。笑いって大事なんですよ」)
復興支援も、交流も笑いから。
笑顔が咲けば、そこは幸せな空間なのだ。
【カセリョ】の面々もまた、チョコレート作りを楽しんでいた。
「よし、出来た!」
初めて作ったチョコレートを口に運び、ミリアはむむ、と唸る。おかしい、そんな筈では、ともう一口。
「よし! あたしは食べる専門でいこう!」
どうやら思い通りの味にならなかったようだ。
その切り替えは早かった。
「すごい……。そうやって作るんだ」
一方で杏平がチョコレートを皆のチョコレートを作る様子を興味津々に覗き込む。特にボックスクッキーを作っていくヴィルフレッドの手際は魔法のようで。
キラキラした視線に気付いたヴィルフレッドは苦笑を浮かべる。
「ほら杏平、見てないで手伝ってよ。作り方くらい教えてあげるからさ」
「ぼくにもできるかな?」
杏平の疑問の声に、もちろん、と笑顔で応じる。
「こんな機会じゃないとお菓子作りなんてやらないからね」
挑戦する事は良い事と儚が微笑んで。
「とりあえずは簡単なのでいいんじゃないかな?」
湯煎で溶かしたチョコレートをペルフェクティが指さす。
そこにピックを刺したドライフルーツを潜らせて。
「できた」
チョコレートを纏ったドライフルーツは茶色の宝石の様にも思える。
ぱくりと一口頬張れば、チョコレートの甘さとパイナップルの甘酸っぱさが口の中に広がって。
「美味しい!」
杏平が上げる感嘆の声に、ミリアが横から味見と、チョコレートを纏ったリンゴを口に運ぶ。
「おー。美味いな」
「でしょでしょ?」
幸せそうな笑顔に、何となくこちらまで嬉しくなってくる。
チョコレートを纏うのはドライフルーツだけではなかった。持参したクッキーやビスケットを潜らせたペルフェクティがそれらを頬張れば、口の中に広がる幸せの味。
「ヴィルフレッドくーん。ほら。あーん」
団長の言葉に釣られてヴィルフレッドが思わず口を開けると、放り込まれたビスケットはしっとりさくっと二重の響きを奏でる。
「な。なにを?」
咀嚼し、飲み込んだヴィルフレッドは目を白黒した。
「いつも色々してくれてるからね。たまには労ってあげないとね」
返ってきたのはふふりと、悪戯っぽい微笑みだった。
「おーい。リーシャくん。暇していたら食べていかないかい?」
抗議しようとするヴィルフレッドを無視し、主催者のヘリオライダーを呼び止める。
やほーと笑顔の彼女の顔を見てしまうと、ヴィルフレッドはもごもごと、毒気を抜かれたように押し黙るのだった。
「折角の機会だ。お一つ、いかがかね?」
ペルフェクティに差し出されたボックスクッキーはとても美味しそうで。
さっくりと軽い口当たりは、市販のクッキーなどと比べものにならないくらい美味しかった。
「マジ美味いよな。なんで男なんだろう、あいつ」
「女子力高いなー」
「う、五月蠅いな」
ミリアのしみじみとした言葉に、リーシャも頷く。女性二人による揶揄しているような、感心しているような言葉は妙にむず痒く、ヴィルフレッドが思わず零した言葉は何処か、拗ねたようにも聞こえた。
「さ。それではお茶にしましょう」
唐突に始まったヴィルフレッド弄りを遮るように、儚が呼びかける。
人数分注がれた紅茶からは、とても良い匂いが漂っていた。
「うむ。それでは食べるとしよう」
ペルフェクティの呼びかけに、皆は手を止め、マグカップに手を伸ばす。紅茶から感じる温もりもまた、ごちそうだった。
「いただきます」
律儀な杏平の合掌に、偉い偉いと眼を細めるリーシャ。そんな彼女に儚が声を掛ける。
「ただの日曜日になるよりもずっと楽しいですよね」
楽しまなきゃ、と表情に書いてある彼に、満面の笑みを返すのだった。
「ええ。楽しみましょう」
周りを見渡すと、既にお茶会に発展していた。
ケルベロス達に混じり、地域住民の皆が楽しそうに談笑しながら、彼らの作ったチョコレートに手を伸ばしている。誰も彼もが浮かべた笑顔に、この催しの成功を感じたリーシャはうんうんと頷き、差し入れと受け取ったチョコレートを口に運ぶ。
「リーシャちゃん」
不意に呼びかけられ、そちらに視線を送ると、見知った少女、アリアがはにかんだ笑顔を浮かべていた。
「来てたの?」
同じ師団の少女は、リーシャの声に微笑み、そして手を伸ばす。
「行こう」
「え? ちょ、ちょっと?」
羽ばたきは一度。
大空へ誘う彼女に、一瞬困惑したものの、ま、たまには良いかと思い返す。
そして、といつもは隠している翼を具現化させたリーシャもまた、アリアに続き、ふわりと大空に舞った。
おーっとどこかで歓声が上がった気がした。
浮かび上がった空で、アリアは歌を歌う。
紡がれる歌は、想いを、願いを自身が光となって輝き、照らすと言うもの。
微笑みに促され、同じ曲を口にする。
二人の歌声が辺りに響く。歌声は癒しとなり、人々に力を与えていく。それは明日への活力。壊れてしまった東京を、地球を駆けめぐり、そして生きていく糧になっていく。
「私、ヘリオライダーなんだけどなぁ……」
浮かべた苦笑はただの照れ隠し。二人を見上げて手を叩く人々の視線がどうもむず痒い。
そんな彼女にアリアは再度、ニコリと微笑む。
「リーシャちゃん、いつもありがとうね」
「え? あ、いや、その」
面と向かって伝えられる好意には弱い。それを少女が知っているのか否か。
「これからもよろしくね」
差し出された手を取ると、思いの外強い力が伝わってくる。
「ええ、こちらも、ね。……あと、ね」
返礼と共に返ってきた言葉にアリアが「?」を浮かべると、リーシャは地上を指さす。
「お茶にしましょう。チョコレートなら沢山あるわ」
それは素敵な提案だった。
「うん。是非」
浮かべた満面の笑みは、とても幸せそうな物だった。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:14人
結果:成功!
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