ヒーリングバレンタイン2016~チョコレート大作戦

作者:凪木エコ

 ヘリオライダーであるセリカ・リュミエールは語る。
「人馬宮ガイセリウムが東京に侵攻により、都内に被害が出ている上、このままだと更なる被害が見込まれます」
 最善の結果が出ても、ガイセリウムが通過した市街の被害は相当なものになるだろう。最悪のケースは首都消失にまで及ぶ。
「そこでなのですが、」
 暗雲立ち込める状況だからこそセリカは明るく振る舞い、とあるイベントをメンバーに提案する。
「戦後の都心部の復興もかねて、バレンタインのチョコレートを作ってみませんか?」
 都内の損壊部位の酷い建物をヒールすることが今回の目的となる。
 また、バレンタインが迫っているということもあり、ヒールされた建物の一部はお菓子っぽい雰囲気の建物、お菓子を作るのに相応しい建物に修復されるだろう。
「そこでなのですが、お菓子風の建物を利用して、素敵なプレゼントを配布するイベントも行いたいのです」
 市街地の復興と被災者の心のケア、バレンタインの準備が同時にできるという、一石三鳥の計画だ。
 集まったケルベロスのメンバーは、とあるマンション街の復興及びプレゼントを担当することになった。
「プレゼントの配布は1軒1軒回るのも良いですし、近場の公民館や公園を利用しても問題ありません」
 勿論、住民と一緒に作るようなイベントでも構わない。要は全員が笑顔になれるイベントならば構わないというわけだ。
 セリカは話を締めるべく、微笑みかける。
「皆さんも日頃からお世話になっているお友達や師団の皆さん、自分へのご褒美のプレゼントを是非作ってみてください。皆さんが笑顔になるイベントを計画してくださいね♪」


■リプレイ

●街復興
 人馬宮ガイセリウムとの戦いは完全勝利した。しかしながら全てが丸く収まったわけではない。
 街の損壊が激しい場所は多数存在し、比例するかのように人々の心も傷ついている。
 本日はバレンタイン。人々の誰もがバレンタインを心から楽しめる状態ではないだろう。
 だからこそ、ケルベロスブレイドは立ち上がる必要がある。
 戦うことがメンバーの仕事ではない。人々の平和を築き上げることこそが主たる目的なのだから。
 とある一帯の地域を任されたメンバーたちは、あらかた街の復興を完成させていた。
 最後となるのは、
「酷い……」
 静雪・みなも(水面に舞い降りる銀狐・e00105)は口を押さえ、小さく呟いた。
 のんびりマイペースな性格のみなもも驚きを隠せないようだ。
 鈴の髪留めがチリン、チリン、と小刻みに鳴り、心情を表す哀しい音が響き渡る。
 みなものことを誰よりも分かってあげたい勇・アルテマソード(己が勇者である限り・e18862)は、みなもに分からせるように倒れている瓦礫を撤去し始める。
 そして言うのだ。
「別に子供たちが怪我したってわけじゃないだろ? 今日からでも幼稚園に通えるようにしてやろうぜ」
「勇……。……うん」
 みなもの笑顔が眩しく、勇は思わず背を向けてしまう。
 そんな2人の背後から野太い声が響き渡る。
 相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)。上半身裸に格闘技用トランクスとファイティングスタイルで、ヤル気は誰よりもあるだろう。
「次の現場はここだな、後は俺に任せときな! みなもと勇はミルポワル・ファミリアと一緒に街の皆に配る菓子作りに専念してくれ!」
 住宅街の復興を早々に完了させた泰地に疲労の色が見えないのは、日々のトレーニングの成果によるものだろう。
「え……、でも1人じゃ……」
 勇が渋るのは当たり前。幼稚園の損壊は半壊以上なのだから。
 ニカッ、とサムズアップする泰地。男に二言はないと言わんばかりだ。
「俺にはこれがある!」
 泰地は筋肉隆々な身体をさらに膨れ上がらせ、ポージングをする。
 泰地のオリジナルグラビティ、癒しの波動が壊れていた建物をメルヘンチックな建物に変えていく。
「やっぱ多少スイーツな見た目に変わっちまうのは避けられねえな。まぁ、お菓子の家のが園児は嬉しいだろ。ほら! お前らだって誰か渡したい奴がいるんだろ? 行った行った!」
 泰地の言った「渡したい奴」という言葉に、思わず勇はみなもの顔を見てしまう。視線に気づいたみなもは「?」と勇に首を傾げる。
 ごまかすように勇は声を大にする。
「そ、それじゃあ後は任せたぜ! 行くぞみなも!」
「うん……。泰地、よろしくね」
 みなもと勇はミルポワル・ファミリアがいる公民館へと向かった。

●お菓子作り
 ミルポワル・ファミリア。違法改造したケルベロス用武器、薬剤の闇取引など幅広く手がけるマフィアグループだ。
 そんなミルポワル・ファミリアも、管轄である地域が危機となれば立ち上がる。
 公民館を調理場とし、各々ができることを尽くしていた。
「……しっかり混ぜて、均一にね」
 メンバーに料理を教えるのは、キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)。
 料理、特に菓子作りが得意な彼女は、既に何百人分ものマフィンを完成させている。
 ココアやチョコも混ぜ込んだ生地はチョコレートマフィンのようで、マフィンカップや紙コップ等を使用したバリエーション豊かな形のものばかり。形だけではない。トッピングにはチョコソースや木の実、ドライフルーツ等と味も富んでいる。
「先生のマフィンは……Buonissimo!」
 生地の味見をするのは、補佐を務めているヴェルサーチ・スミス(自虐的ナース・e02058)。見た目は女性的な姿なだけに、キリクライシャはヴェルサーチのことを女性だと勘違いしているのはここだけの話。
 ヴェルサーチの味見は終わらず、フレイ・セメクティア(サンシャインスマイル・e21593)のボウルに手を伸ばす。
「フレイ様のは……。……。えーっと、もう一回頑張りましょうね!」
「え、何でにゃ!?」
 フレイも確かめるべく、自分の生地を舐めてみる。
「ウッ……、しょっぱいにゃ……! なんで、あ。砂糖と塩を間違えてしまったのにゃ……」
 しょんぼりと肩を落とすフレイに、キリクライシャは優しく微笑みかける。
「……大丈夫。もう1回頑張ってみましょう?」
「が、頑張るにゃ!」
 耳をピン、と立てたフレイはヤル気を取り戻し、再度生地作りに挑戦し始める。
 同じく隣の調理スペースで味見をしているのは、ハンビッツ・ギー(真実の血清・e21289)。背伸びをしたい年頃の彼も、お菓子作り、というよりも味見に夢中のようだ。
「うまーい! おっと、味見ばっかりしてちゃいけねーっと」
 ハンビッツは、桜夜・燈辻(琥桜姫・e21586)の作っているカップケーキの生地を次々とカップに流し込んでいく。高めのテーブルに爪先立つ姿は微笑ましい。
 燈辻といえば、プレーン生地から様々な生地に派生させたカップケーキに手を加えていた。
 その表情は真剣そのもので、地につくほどに長い漆黒の髪は結わえられている。
 チョコチップ、ラムレーズン、大人用にレモン&レアチーズなど。カップケーキの種類を識別しやすいように、愛らしいデコレーションを施していく。
 パステル色のクリームには銀色粒状のアザラン、ミント味等の色付きチョコで彩色。アイシングシュガーで花の砂糖細工を施す。
 一段落ついた燈辻は、柔和な笑みをこぼす。
「マジパンとクリーム・チョコ・食紅で和柄を再現して、小さな重箱に入れてお雛様レシピね♪」
 こっそりと、善知鳥・リュカ(魔改造ノクターン・e21446)に渡す用のカップケーキも用意できているようだ。
「復興見舞いね……ま、たまにはこういうのも必要だよな」
 ひとりごちながらも作業の手を緩めないのは、スピノザ・リンハート(オラトリオのガンスリンガー・e21678)。
 暗殺に特化した狙撃手も、一般市民の協力があって自分たちの活動が成り立っていると理解している。だからこそ一肌脱いだというわけだ。
 銃の扱いに長けているからか、手先が器用なスピノザは次々とマフィンやカップケーキのラッピングをこなしていく。
 スピノザに対し、剣持・袈裟丸(鋒鋩・e21590)はラッピング作業に悪戦苦闘しているようだ。
「かたじけない。なにぶん、刃を振り回すしか能がねぇもんで……」
 謙遜的な態度な袈裟丸だが、それでも自分にできることはあると、スピノザに手ほどきを受けながらも作業していく。
「構わねーっすよ、あと少しなんで頑張るっす」
 少し軽薄そうに見える振る舞いもスピノザのご愛嬌。
 一緒に作業していくうちにスピノザの人間性を理解できたからこそ、袈裟丸も力強く頷き、黙々と作業を続けた。
 ミルポワル・ファミリアの幹部2人、ミカル・アバーテ(優しく脅し立てる・e21476)とリュカはいかに効率よく街を回るかを話し合っている。
 ミカルは口元にペンを押し付けながらも、リュカに告げる。
「みなもさんと勇君、泰地君は学校や幼稚園の施設を回ってもらおう。ケルベロスブレイドといえど、かたぎだからね。僕らと行動を共にして誤解を招いたら可哀想だ」
 高身長なミカルだが、物腰の柔らかさからだろう。威圧感は毛頭感じられない。仕事が絡むと話は別だが……。
 ミカルの意見に対し、いち早く3人が周りやすい最短ルートを地図上に記していくのはリュカ。
「そうだな。それじゃあ俺たちは商店街や、外れにある店を回るとしよう」
 続いてファミリーで回る店を効率良く割り出していく。闇取引から経理も担う彼はあっという間に12人が担当する施設や店を割り出した。
 遅れて合流したみなもと勇も、キリクライシャや燈辻に教えてもらいながらも各々のプレゼントが完成間近だ。
 みなもの手をそっと握りながらも、キリクライシャはマフィン上に苺のチョコペンで薔薇の模様を描いていく。
「……見た目も色々手を加えられるから」
「……ありがとう」
 おっとりした2人は相性がいいのかもしれない。
 勇も最後のラッピングを完成させ、小さく拳を握る。
 大量のマフィンとカップケーキは焼き上がり、準備は万端。
 入口の扉を開く。
 そこに立っていたの泰地だ。
「待たせたな! 街の復興は全て完了だ!」
 時は熟したとミカルは襟を正す。
「さぁ、絶品のお菓子を配りに行こうか。きっと皆を笑顔に出来るさ!」

●人々に笑顔を
 複数の施設を周り終わったみなもと勇は、先ほどの損壊が激しかった幼稚園前まで来ていた。
 みなもは「わぁ……」と感嘆の声を上げてしまう。
 ファンシーなお菓子の家が建っていたから。無事、復興は完了したのだ。
 勇は、うっとりと建物を眺めるみなもに心奪われていたが、我に返る。
「ほら、行こうぜ!」
 勇気を振り絞り、みなもの手を握ると幼稚園に入っていく。
 これは下心では決してないと言い聞かせながら。
 玄関から広間に近づいていくと、楽しげな声が廊下にまで漏れていた。
 窓からこっそりと広間を覗く。そこには先に来ていた泰地と園児たちの姿があった。泰地は持ち前の筋肉を生かし、園児たちの遊具代わりになっているようだ。
 勇は大きく手を振りながらも扉を開く。
「さあ、勇者と銀孤の登場だ! 君達にお菓子を持って来た!」
「皆に甘いチョコと笑顔をお裾分け……」
 みなもは群がる子供たちにマフィンやカップケーキを配っていく。
 園児たちの笑顔が眩しく、3人も自然と笑みがこぼれてしまった。
 一方その頃。園児たちが足を通わせることのできない、バーにやって来ているのはリュカとヴェルサーチ、ハンビッツ。
「旦那方!? ま、待っててください、今すぐに!」
 店奥にいつもの封筒を取りに行こうとする店主をリュカは呼び止める。
「おっと、今日は徴収ってわけじゃない。いつも世話になっている礼だ。受け取ってくれ」 
 ジェラルミンケースを開ける。そこには色とりどりのマフィンとカップケーキが覗く。ラッピングのシールには、ファミリーの証であるマーク。髑髏と銃は物騒なものの、それらを補うように咲いている鮮やかな花は、平和を願う心を顕している。
 同行していたヴェルサーチは、そわそわしながらも1つ取り出すと、店主に手渡す。こういった触れ合いの経験が皆無だから心臓が破裂しそうなのだ。
「美味しくできていると思うので、どうぞぉ」
「あ、ありがとうございます!」
 店主もキリクライシャ同様に、ヴェルサーチのことを女子だと思っているのだろう。若干頬が赤い。
「絶対美味いから食えよな!」
 ハンビッツは屈託のない笑顔で店主に接し、リュカはハンビッツの頭を撫でてあげる。ハンビッツの顔が嬉々としてしまうのは言うまでもない。
 花屋に向かっていたのは、燈辻、フレイ、袈裟丸。
 フレイは元気いっぱいに女性店主にお菓子を渡す。
「ハッピーバレンタインにゃ! ちゃんと砂糖と塩を間違えずに作ったから安心して食べてほしいにゃ!」
 店主は感謝の印として、ドライフラワーの髪飾りをプレゼントしてくれた。
「ありがとうですの」
 燈辻の黒髪に映える、白牡丹をワンポイントにした髪飾り。シンプルながらも上品で、白牡丹を支える控えめな花たちとの調和が美しい。
 店外の壁に持たれている袈裟丸。相変わらず謙遜姿勢の袈裟丸は、愛想のいい面構えではないからと外で待機していた。
 そんな袈裟丸の前に現れたのは、1人の少女。店主の娘のようだ。
 少女は「お菓子ありがとう!」と感謝を告げると、袈裟丸の頭に花の王冠を付けてくれた。
「これは……。へへっ。ありがとな嬢ちゃん!」
 残る3人、ミカル、キリクライシャ、スピノザは喫茶店に足を運んでいた。
 現在は、オーナーに許可を貰って店内にいる客にお菓子を配っている。
 主にミカルが。
「こんにちわ、お菓子はいかがかな?」
 「ぜ、是非っ!」と、ホの字の女性。
 それもそのはず。
「ふふ……。素敵なあなたに食べてもらえるなんて、このマフィン(を作る指導をしてくれたキリクさん)も幸せだね」
 無自覚でイタリア人特有の軟派言動に次々と女子が卒倒中。
 普通の喫茶店は執事喫茶に早変わりだ。
 遠目でそのやり取りを見ているキリクライシャ、スピノザ。ただただ唖然としているのか、関心しているのか。
「……普段の仕事もこうなのかしら」
「女を落とす力は、俺以上にスナイパーだな……」
 ふと窓から景色を覗くスピノザは、果物屋を目の端に捉える。
「悪ぃ。ちょっと寄ってくる」
「? ……スピノザさん?」
 ひらひらとキリクライシャに手を振りながらも、スピノザは店を後にする。そして果物屋に入っていく。
「どうも世話になってます。些細ですが復興を込めたお見舞いです。何かあったら相談ぐらい乗るんで、いつでも連絡してくださいね」
 ぶっきらぼうながらも馴染みの果物屋にお菓子を渡すスピノザ。
 お礼として貰った林檎をひとかじり。手には林檎が大好きなキリクライシャ分の林檎も握られていた。
 その様子を窓から眺めていたキリクライシャは、静かに微笑んだ。

●打ち上げにて 
「今日一日、お疲れ様。こ、これ! みなもに……!」
 顔を真っ赤にしながらも、勇はみなものために作っておいたチョコを渡す。
「その……男から渡すってのも何か変な感じだけど、お礼って事で、貰ってくれないか?」
 差し出されたチョコを見て、みなもは思わずくすりと笑ってしまう。
「うん、ありがとう……。同じこと、考えてたね? こっちもお礼……。お揃いだね」
「こ、これ……!」
「今日は楽しかったね……。お疲れ様」
 勇と交換するかのように、みなももお菓子を差し出す。
 「ありがとう」とお菓子を受け取りながらも顔を逸らす勇。みなもから貰えたらいいなと期待していたので、いざ貰えてしまえば照れくさいのだ。
 対してみなもは、顔を背ける勇に?を浮かべながらも、受け取ったチョコを大事そうに抱えていた。
 ミカルはマフィンを頬張るハンビッツの頭を撫でている。
「ビッツ君は沢山元気よく挨拶していたみたいだね。エラいね」
 ハンビッツも鼻が高いのだろう。
「ふっふっふ、俺だってかっこつければ立派なマフィアの一員なんだぜ!」
 バーで働く女性店員に貰った、ウイスキーボンボンを食していたリュカに燈辻がそっと近づくと、
「リュカ様、どうぞ召し上がってください」
 こっそり作っておいたリュカ専用のカップケーキを、燈辻は差し出す。
「ありがとう、いただこう。ん? 花飾りが変わってるみたいだな。良く似合ってるぞ」
 不意に褒められてしまい、一瞬心臓の鼓動が跳ね上がる燈辻だが、直ぐに大らかな笑みをリュカに向けた。
 こうして、ケルベロスブレイドたちによる復興活動は大成功で幕を閉じた。

作者:凪木エコ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:12人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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