「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
綾小路・千影(地球人の巫術士・en0024)がお辞儀して、早速説明を始めてくる。
「人馬宮ガイセリウムの東京侵攻によって、都内に被害が出ています。そして、さらに大きな被害も予測されました」
最善の結果を得られたとしても、ガイセリウムに通過されれば多大な被害を免れない。あまつさえ、首都消失の可能性まであるという。
「ですから、東京都心部の復興を兼ねて。戦いの後にバレンタインチョコを作るイベントを開催したいと思います」
都内の被害が大きい場所にてヒールをかけて回ると、時期の都合で一部はお菓子に関連した修復結果となりそうなのだ。ならば、その建物を役立てない理由はないだろう。
「えっと……被災された住民の皆さんが楽しく参加できるように、イベントをがんばりましょう!」
お誘いの言葉を述べてきた千影は、両拳を握り締めていた。季節の行事に随分と気合が入っているらしい。
イベント開催場所を尋ねると、慌てて内容と共に説明を続けてくる。
「私たちは住宅街の復興を行います。チョコレートや……手作りのお守りなどを住民の皆さんと一緒に作っていきましょう」
千影がお守り制作を提案してきたのは、ケルベロスは日々命を懸けて戦っており、人々は戦う力がないゆえ。いい機会だから、特別なお守りに願掛けしてもらいたいと思ったのだろう。
ケルベロス達は会場のヒールだけではなく、運営に必要な物を運ばなければならない。イベントの進行と参加者のお世話もして、さらには自分のプレゼント制作と大忙しだ。
当日は男がソワソワ女もドキドキしていそうだし、きっと色々な意味で賑やかとなるはず!
「作ったプレゼントは、皆さんが渡したいと思っている方にどうぞ。喜んでもらえることを願っております」
お守りを作る人が多い可能性だってあるのに、千影はチョコレートを受け渡しする人々を思い浮かべたようで、赤面して黙り込んだ。だって、女の子だもの。
しばらく声をかけないであげるのが……優しさかもしれない?
●笑顔を咲かせて
刻まれた思い出が多い者には、街の傷跡を目の当たりにした衝撃は大きかっただろうか。
でも、復興のヒールが開始されてから……多くの子供と大人が、明るい表情でケルベロス達の活動を見守っていた。
パティが後方に子供たちを引き連れて、小人サイズのジャック・オー・ランタンを複数出現させる。
「パティは1年365日をハロウィンにする計画を進めておる! だからハロウィンっぽいお菓子は好きに食べて良いのだ♪」
その計画を実行すべく、ジャック・オー・ランタンは子供たちとハロウィンの夜みたいにお祭り騒ぎ。時間をかけたヒールで、バレンタインとハロウィンの要素がミックスした修復結果になった。
「おかしだー♪」
子供たちは大好きなお菓子を食べる切欠になるなら、イベントを区別しない。
「これ、持っていっていいのー?」
ケルベロス達によるヒールでチョコの材料が大発生すると、ませた女の子が好きな男の子にあげるためか集め出した。
子供たちが元気にしていたら、大人たちも自然と頬が緩んでくる。
動く玩具好きの男の子は、闘華が飛ばしているヒールドローンに興味津々らしい。
「うおー、いっぱい飛んでるぞー!」
「わしのドローンはグラビティで動いてるのじゃ」
闘華は常日頃から『人の為に働け』と師匠にしごかれていて、男の子を構ってもあげながらドローンを操作した。ごく稀にバレンタインと無関係な猫やら兎のオブジェもできちゃったけど。
「次はかっけーのできるかな!?」
「またかわいいの見たい!」
男の子だけじゃなくて女の子も喜んでいるから、誰が何と言おうと失敗ではない。
(「半沢先生の仕置きは恐いのじゃ……」)
雑念のせいではないものの、今度は龍型オブジェが創造されてしまった。
「かっけーのきたー!」
「かわいくないー」
(「先生には黙っておこう」)
闘華の気も知らないで、子供たちがねだってくる。
「もっといろんなの見たいー!」
東京都内の損害は仕方ないことだったからこそ、泰地は責任を持って作業に臨んでいた。ちなみに、肉体美が光る半裸に裸足という典型的な格闘家スタイルだ。
「よっしゃ、ここらはオレに任せろ! 多少見た目が変わっちまうがそこは堪忍してくれな!」
持ち場を決めて、寒冷適応させている体で最初のポーズを取る。
「はああああああっ! 今解き放つぜ癒しのオーラを!」
泰地の体の中心から温かい光のオーラが生み出された。ボディビルのポージングと共にオーラを迸らせて建物を修復していく。
作業範囲は広い。一通り修復を済ませて次の建物付近に向かおうとした時、一人の男の子が飛び跳ねてくる。
「すっげームキムキだ!」
「オレのようになりたいのか?」
泰地が一旦屈んで、たくましい腕につかまらせた男の子を持ち上げた。
「おー」
男の外見を顔より筋肉で判断する筋肉至上主義の泰地で、成長途中の少年に合いそうな鍛え方を教えてあげる。
筋肉質な男性が好みの女性たちからは、妙に熱烈な視線を送られていた。泰地の女性に対する判断基準は普通のため、悪い気分がしない。鍛え上げた筋肉で魅了しちゃって……何とも罪な男だ。
●秘めたる想い
バレンタインチョコやお守りを作る会場にも多くの人々が集まっていた。
制作会場の隅っこに来て、寝猫が材料を纏めている千影を手伝う。
「初めましてやね~。うちは半沢と申します」
「よっ、よろしくお願いします!」
人見知りの千影に初対面だから闘華やもう一人の弟子について紹介しておくと、つい苦笑いを浮かべた。
「仲がええんか悪いんか……喧嘩ばかりしとるんで、勉強がてらにイベントの手伝いさせて貰っています。千影はん、バシバシつこうてな」
材料の整理を済ませて、千影が生真面目に調べて答えてくる。
「鑢さんは建物のヒールに行ってもらっているそうです」
「鑢君がまた何かやらかしたのですの?」
制作会場で働いていた南櫻は、先生の寝猫を見かけて雑談に交ざった。話題が闘華のことで溜息まじりに言っちゃったから、気を取り直そうと千影に微笑みかける。
「初めまして、有馬と申します。この度はイベントのお招き有難うございました。人々が明るくなれるように、お手伝いさせて頂いていますの」
「こちらこそ、ありがとうございます。そのおかげで街の皆さんは楽しんでいるようです」
イベントは順調に進んでいるため、二人もお守りやチョコを作り始めてよさそうな頃合だ。もう少し談話してから千影に提案されて、彼女の言葉に甘えることにする。
寝猫は斬新なアイディアのお守りを作りたくて、筆と紙を持ってイメージ図を描き出した。
(「狂えるはにわ~」)
時代を先取りまたは逆走の怪しげなお守りが制作されている間に、南櫻がビターチョコを作っていく。
(「これなら半沢さんにも、お酒のおつまみに食べて頂けると思いますわ」)
他に渡す相手を挙げるなら、建物のヒールに出向いている闘華。あくまで義理だと、赤面しつつもチョコを用意しておいた。ふと彼がいつも闘いで無謀に突っ込んでいくことを思い出して、顔を赤らめたまま溜息を吐く。
そんな折、闘華は間が良いのか悪いのか戻ってきた。合流したところで千影に挨拶する。
「有無、初めてお目にかかる。わしは鑢闘華じゃ! 宜しく頼む。かっかっかっ」
豪快に笑ってから、大勢の子供と大人が笑顔になっていることを報告した。
お守りハニワを制作しながら、寝猫が弟子たちの動向に……鋭く目を光らせる。喧嘩しそうになったらバレンタインに因んだ恥ずかしい罰を、と思案しているのだ。
(「半沢先生が、わしらの様子を窺っておるの」)
(「チョコを渡すのは後ですわね」)
寝猫の思惑をそれぞれ察した闘華と南櫻は、喧嘩しない内に再びイベントの人手となるために何食わぬ顔で別々の方向に向かうのだった。
「おねえちゃんはお守りあげるんだね!」
制作会場に親とついてきた子供たちを見送っていたパティが、別れ際にませた女の子から直球で言われて顔を真っ赤にする。
「べ、別に誰にあげるってわけじゃないのだ!」
それから出会った千影の案内で、青い布や白と黒の糸を手に入れた。わざわざ同行してくれた者の名前を、親しみを込めて呼んでみる。
「……えっと、千影♪」
「良いお守りができることを願っています」
『坑内安全』と刺繍できるまで一生懸命になって、見回りで通りかかった千影が文字の意味を考えていたことには気づかなかった。
「い、いや、これで良いのだ! 誤字ってなどおらぬ! それより千影のお守りも見せるのだ!」
「私のお守りはイベントの初めにできてしまいました」
「…………普通なのだ」
実家にて千影が作り慣れていそうなお守りで、他にどんな感想を述べれば良かったのやら。
●絆結び
ちらほらいるカップルとかカップル成立寸前の者たちによって制作会場は賑わっていて、やんちゃなボクスドラゴン『黒彪』はちょっと興奮気味だ。
響が相棒を落ち着かせながら思考を巡らせる。
(「おーおー、チョコ作りの人らは幸せそうでいいねえ。ま、いいさ。来年は俺だって貰ったりするだろうからな」)
予定は予定で、つまりは未定。とにかく来年の事を気にするにも、それまでに大事があっては困る。
(「ふっふっふっ、普通のお守りならぱぱっと出来ちまうぜ」)
神頼みは得意だし、手先にも自信があって意気揚々とお守り制作に取りかかった。シャーマンズカードを作るかのごとく、器用に青っぽいお守り袋を仕上げていく。
作った定番のお守りは、響と黒彪でお揃いの『身体健全』だった。
「黒彪には、いつも助けられてるからな」
この先も響が戦う際、相棒には数え切れない程世話となるだろう。
黒彪は響の存在あるからこそのサーヴァントだけど、響が主だからこその黒彪でもある。
「お互い頑張っていこうぜ」
響にお守りをつけてもらって、黒彪が今から張り切っちゃって元気よく彼に飛びついた!
建造物のヒールをしてきて、制作会場を訪れたゼイクとアシュヴィン。片やお守り制作、片や目的は無く、仲睦まじい者たちが溢れる空間にやってきたけど。
ゼイクがアシュヴィンを近くの席に座らせる。
「俺達、自分用のお守り作ろう。怪我なく戦える方がいいだろ?」
「……お守り、ってどう作ればいいのか。神社にある様な袋状のアレか……?」
アレの材料をゼイクから受け取らされたアシュヴィンは、困惑しながらもお守りを作り出した。
自分のお守りにしてはやたら丁寧に一針ずつ、ゼイクが和風の布に月と花の刺繍をしていく。
アシュヴィンは楽しそうなゼイクを時折一瞥していた。
(「どうせ、オレ用なんだろう」)
ゼイクの狙いはお見通しで、小さな巾着に『魔除け』や『逆境打破』の意味を持つオブシディアンの珠を一つ入れて、しっかりと封をする。
ゼイクもお守りの中に何やら詰め込んでおいた。早速彼に、と思った瞬間。
丁度振り向いたゼイクの手元に、アシュヴィンが巾着を放り投げる。
「……ほら、お前にやるよ」
ゼイクはちゃんと受け止めながらも目を白黒させた。
「えっ? アシュくれるの? ありがとう!」
嬉しさのあまり満面の笑みで抱きつこうとする。
とりあえず、アシュヴィンは怪我だけさせないようにゼイクを殴っておいた。抱擁できず彼が残念そうにしているものの、拳が飛んだことは気に留めていないようで息を吐く。
ゼイクが何事も無かったように起き上がった。
「じゃこれお返しに」
アシュヴィンに手渡したお守りには、小さな鈴が付いている。
「鈴は魔よけだよ」
騒がしい制作会場でも鈴音がよく響いた。意中の相手の居場所が分かるように付けたのだ。教えても外さないでくれる可能性はあるかもしれないけど。
お守りを大切にしまって、アシュヴィンに笑顔を浮かべる。
「大切にするな♪」
「互いの無事を祈っている」
アシュヴィンは何だかんだ言いながら、イベント終了までゼイクの面倒を見てやるのだった。
●想い重ねて
ヒールをかけると一部がバレンタインの雰囲気に合わせてくれるとは、何とも不思議かつ深い間柄の者たちに最高の現象と言えよう。
ケーゾウは歌で場を盛り上げながら建物にヒールをかけて回って、ローズマリーと制作会場にやってきた。サキュバスミストを振り撒いていた彼女と……デートのつもりで参加中だ。お相手がツンデレだから、公言すれば否定されちゃいそうだけど。
チョコ作りの道具などを前にして、ローズマリーがそれらと睨めっこする。
「あたしのガラじゃないけど……」
「ガラは関係ないさ」
そもそも作ったことがなく、チョコの出来栄えがどうなるかもちょっと心配になった。いや作り方をネットで調べてきたから大丈夫、という謎の自信は一体どこから沸くのか。
「マズイとか言ったら毛をむしってやるんだから!」
それは狼の獣人型ウェアライダーたるケーゾウが自慢にしている、胸のもふ毛のこと。
「ローズマリーの愛が込もったチョコが、マズイ訳がないだろ。けどま、ここはほら。あーんしてくれないと、ってネダるチャンスじゃないか?」
やはり一言多かったようで、ケーゾウはツン全開のローズマリーにもふ毛を若干むしられた。愛しの彼女に少々むしられたくらいでは、彼も懲りたりしない。
「俺のも食べさせてあげるからさ」
もっとむしってあげようかしら、とでも言わんばかりにケーゾウを見据えてみるローズマリー。
ケーゾウが肩を竦めて、中がトロトロのチョコ作りに励むことにする。ローズマリーを眺めていられるなら、混ぜたり冷ましたりが難航しても楽しいものだ。黒くて中が甘く柔らかいチョコを作っていることを話して、彼女に言ってみる。
「何処ぞの女の子みたいだろ」
「…………」
今度はケーゾウに甘い対応で聞き流したローズマリーは、彼の毛並と同じ黒いビターチョコを作っていた。露骨にハート型とかにはしないで、観葉植物の鉢みたいなカップにチョコを流し込む。固まる前に、ベランダで自分が育てているローズマリーの花を挿した。
出来上がってから、ローズマリーなりに精一杯デレてケーゾウに差し出す。
「ローズマリーの花言葉を調べてから食べなさいよ、約束だからね!」
「花言葉なら調べるまでもない。好きな女の子と同じ名前の花だぜ?」
あれだけ軟派な態度を取りながら、ケーゾウはローズマリーの想いに最後は男らしく応えた。
複数ある言葉の中で、ローズマリーが伝えたい想いは……『変わらぬ愛』だろう。
両想いの零とリリスによるバレンタインデートの時間は、それはもうチョコのようにとっても甘く守られていた。
零がイベント進行を頑張ろうと思いながらも恋人の傍でテンパりそうだったり、リリスもおっとり照れ屋さんで思わずほわっと嬉しがっていたりと、その初々しさから周囲の人々は優しく応援したくなっちゃったのだろう。
今はお守り制作の真っ最中で、二人は使われていない二つの机と席で背中合わせになっていた。プレゼントのお守りがどんなものか楽しみにするために、あえてそうしているのだ。
「……二人で何か作るの、多分初めてかもね」
振り返らないでリリスに声をかけたのは零だった。
自分のすぐ後ろで制作している零に、リリスがやんわりとお願いする。
「ま、まだ完成してないので……見ちゃ、駄目ですよ?」
「……出来るまではまだ内緒、ですよ」
零はちゃんと秘密にするために少し制作に集中した。それでもやっぱり浮かれてはいるから、しばらくして何気なく今の想いを吐露する。
「……こーゆう感じで、リリーさんと一緒に居れるのは嬉しいな」
「一緒に何かを作れるのって、楽しいですね。れーさん♪」
浮かれているのはお互い様みたいで、リリスも改まって愛称で呼び合った。やっぱり照れくさいけど、それを忘れられるくらいの温もりが彼女の心を満たす。
世界に二人だけしかいないような時間が流れるのはあっという間だ。ほぼ同時に完成したら、タイミングを計りながら振り返って顔を合わせる。
「きっと、似合うと思います」
「……大切にしますね」
リリスは二人をイメージした赤と黒、透明と薄紅色のパワーストーンにシルクハットと薔薇のチャームを用い、丹精込めて作った御守ブレスレットを零の腕につけてあげた。
赤いキク模様のお守りを作り上げた零が、その意味にようやく気づいてくれて言葉が出ないリリスにそっと尋ねる。
「……僕のお守り、受け取ってくれるかい?」
「もちろん、ですっ♪」
『あなたを愛し、あなたを護る』という気持ちが宿ったお守り。それは持つべき者の元に、ちゃんと届いたのだった。
作者:森高兼 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:12人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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