「チョコレート、作らないか」
リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は唐突に言った。
「……すまん、私事じゃないんだ。人馬宮ガイセリウムの侵攻で東京都内に出ている被害の復旧についてなのだが」
ケルベロス・ウォーの発動が宣言された今回、最善の結果が出てもガイセリウムの通過する市街の被害は大きく、最悪は首都消失までありえる状態だ。人心への被害も甚大なものとなるだろう。
「……そこで、ちょうど時期も近いバレンタインのイベントを、復興も兼ねて行いたいと考えているのだ」
バレンタインデーが近いゆえ……どういう理屈かは不明だが、ヒールされた建物の一部は菓子っぽい雰囲気になったり、お菓子を作るのに相応しいような建物として修復されるだろうとリリエは言う。
「被災した周辺住民も参加できるイベントにすれば、復興と合わせて防衛戦後の民心を安んじることもできるだろうしな」
市街地の復興、被災者の心のケア、バレンタインの準備。これらが同時に進むのなら喜ばしい事この上ないだろう。
「今回、イベントを考えているのは商店街地域だ。特に学校が近く学生が多く利用する商店街があれば、その地域のヒールをお願いしたい」
花盛りの少年少女には自分だけの手作りプレゼントを……と考える者は多いだろう。それに商店街でのイベントを期待していた者たちへの助けにもなるかもしれない。
彼らと共に自分のぶんのプレゼントを一緒に作ってみるのもいいだろう。
「ただし……やる事は多いぞ、ケルベロス」
なにせ復興との同時進行だ。会場周辺のヒールによる復興はもちろん、道具や材料の搬入も行わないといけないし、イベントの進行役、参加者の世話役だって必要だ。
「私は『プレゼント作り』というのが苦手だ。苦手というか、センスがない」
料理自体はできるんだが、と言い訳しつつ。力を貸してもらえるとありがたいと、リリエはケルベロスの仲間たちに頼みかけた。
●バレンタインデーは滅びず
どんな武器も情熱を殺すことはできないと、あるアーティストは言った。瓦礫と化した東京都内の街並みでも、その言葉は幾度目かの証明を果たそうとしている。
「よっしゃ、ここはオレに任せろ!」
こわれた商店街のモールを前に、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)は寒空も恐れず筋骨隆々な上半身をさらけ出す。
「今解き放つぜ癒しのオーラを、はああああああっ!」
ポージングと共に彼の体内から溢れだす暖かい光がモールを照らし、ゆっくりと姿を変えながら癒していく。幻想を込められたモールはさながら、バレンタインのキャンペーンの飾りつけをしたように。
「おぉ……こりゃぁ見事なもんだ。助かりますよ」
「なに、これはオレたちの責任ってもんさ。多少見た目が変わっちまうがそこは堪忍してくれな! さぁ、次はどこだ?」
控えめな泰地にも、商店街の住人は飾りつけの手間が省けたと笑って感謝を述べてくれる。作戦の結果、壊れてしまった街並みに責任を持ちたいと、彼はかけまわり、その姿とグラビティで人と建物を癒していく。
「泰地さんも頑張ってるなぁ」
寒空にも負けず半裸で駆け回る泰地の逞しさは、それだけで人々を勇気づける。その姿をティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)は眩しく見送った。
前に一緒に戦ったのは鎌倉大侵攻に呼応したドラゴンを食い止める時。あの戦いでは彼に間一髪のところでブレスを防いでもらった事もあった。
「……ボクも一緒に頑張ろうかな。力仕事はあんまり得意じゃないけどヒールは任せて下さい」
気持ちを引き締めてティクリコティクは商店街を回っていく。菓子屋やスーパーはもちろん、ジュエリー、衣料品店……それに、商店を営む人たちの暮らす家。直さなければいけないものはたくさんある。
「大丈夫か、坊主? 最近の道具はよくわからねぇんだが」
「大丈夫です。機械だってこの雷の力を使えば……」
不安そうに見守るパン屋の主人に胸を張りティクリコティクは『霹靂の杖』をかざすと賦活の電気ショックを一打。大型の杖が稲光を放つと、時間を巻き戻すようにひしゃげたオーブンが姿を変えていく。
「ただどんな形の復元になるかはボクもよくわからなくて……」
「はは、なかなかこりゃかわいらしくなったな?」
勿論、形は変われど機能は変わらない。戸惑いながらもパン屋の主人は最新鋭だというオーブンの調子を確かめ、サムズアップをして見せた。
●大作戦は準備が肝心
街が形を取り戻してくれば、次はイベントの準備である。
「順調に進んでいるみたいだな」
様子を見に来たリリエにティクリコティクが手を振る。
「バレンタインデーらしいものになるってリリエさんは言ってたけど――な、なんかヒールする前より厨房機器が豪華になってない!?」
そういうのは専門外でよくわからないというリリエだが、なるほど、飾り立てられたキッチンやレンジは被害に荒みそうな気持ちを華やかにしてくれる可愛らしさだ。
「黒き森の娘が願う…ユグドラシルの息吹やあらん!」
クリスタ・アイヒベルガー(森の餓狼・e09427)も次々と設備を直していく。世界樹であるユグドラシルの生命力を宿した微風がデウスエクスの残した傷痕を浄化し、更に『分身の術』を駆使しての『メディカルレイン』
降り注ぐ癒しの雨にコーティングされるかのごとく姿を変えた厨房へ、クリスタは仕上げに愛用のコンパウンドボウを弓鳴りさせた。
「街の皆にも妖精さんの加護を、なのです」
祝福の矢が一輪の花飾りを付けたのに彼女は満足げに頷く。
「後は会場の設営なのですが……」
「今こそ俺の真価を発揮する時が来たようだな」
さて何から始めたものかとクリスタが首を傾げるのを見て、七道・壮輔(陰陽師・e05797)は伏せた顔で静かに微笑んだ。
「さて始めよう。まずは材料を並べる棚を設置する、そこに列記した食材を……」
ホワイトチョコにビターチョコ、ココアパウダーも忘れてはならない。飾り付けにはドライフルーツやレインボースプレーも有用だろう。
「道具は、こちらで?」
「ありがとう。ボウルにシリコンヘラ、絞り器……あと、テンパリング用に温度計も」
復旧の傍ら、蒐堂・拾(ひろいあつめる・e02452)が用意してくれた道具を壮輔はテキパキと仕分けていく。必要なものでセットを作り、ブースごとに振り分けて。
「案内図の方もできあがりましたよ!」
「いい出来だ。ありがとうございます」
直ったばかりの設備で作ってもらった看板と案内図、複製した手書きの地図で宣伝もばっちり。後はその場で食べたい人向けにマットを敷いたテーブルと椅子でイートインのスペースを作れば会場も完成だ。
「一時はどうなるかと思ったが……」
準備を終え、壮輔は翼を羽ばたかせて街の様子を見渡す。東京を恐怖に陥れた巨大なガイセリウムは、もう見る影もなかった。
ヒーリングバレンタインが完了する事には、街はいつもの活気を取り戻してくれるだろう。
●作ろう、皆で
街の復興を象徴するかのように商店街のバレンタインイベントは華やかに盛り上がった。
定番のチョコレートに始まり、アクセサリや小物……嵐が過ぎた安堵もあってか、花盛りの少年少女たちは年に一度の日を前に恋を大いに楽しみ悩む。
「拾、これやってみないか? 色んなパーツを組み合わせてスノードームが作れるみたいだぜ!」
「すのーどーむ……?」
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)に誘われ、ヒールを終えたおっかなびっくり拾は若者たちの輪に入ってみる。特に理由があるわけでもないが、こういう活気あふれる若者たちの世界は少々苦手なのだ。
「(ここは無心……無心だ)」
気持ち、硬い表情で制作キットを手にする拾。ヒノトはそんな初々しい様子を見守りながら手を動かしていく。
「やっぱ定番な水族館風かな? まず蓋に台のスポンジを置いて、ジンベエザメと……もし学校で級友だったら、こういう感じだったのかな?」
「級友だったら……ふ、それにしては齢が離れすぎてはいないかな?」
「ははっ、違いないや! まー、俺は親があの世に行ってからは学校に通えなくなったし、学生って感覚が既に懐かしいけどさ……ん、それなんだ?」
波乱多き友人の健気さを思いながら、拾は自分の材料を手に取ってみせる。
「電球、だったのだろうな。復興中の街に街にうち捨てられていた」
きらきらと輝く破片をそっとスノードームの台に載せ、路傍に咲く福寿草のドライフラワーを一輪。過去の姿は戦乱に失われてしまったけれど、拾の手で飾られたそれらは何より輝いて見えた。
「へぇぇー……拾の優しさが詰まってて綺麗だな! テーマとかあるのか? 誰かにあげるのか?」
「あぁ、いや……そうだな。雪の中咲く一輪、花言葉は『幸せを招く』……テーマは復興の町に幸あれ、かな」
突然の質問攻めにたじろぎながら、拾はふっと浮かんだ言葉を口に出した。自然に出てきたそれは、きっと根底にあったものなのだろう。
「詩人だなぁ……うん、よし。俺の方も完成!」
「海の世界か。良くできている……後は水を満たすのだったか?」
ヒノトは青のラメを、拾は砕いた卵の殻を雪に見立て。最後は瓶に糊を三割ほど混ぜた水を満たし、密閉すれば完成だ。
組み合わせたスノードームを軽く振れば、粘りある水中をキラキラと舞い踊る装飾が二人の目を楽しませた。
さて、本命のチョコレート作りの会場の方を見ればちょっとした人だかり。
「うー、直すのは得意なのにー……」
「焦らない焦らない、ゆっくりゆっくり……ね?」
「こうやって湯を切ればまだ大丈夫だから……」
湯が入り分離してしまった湯煎のボウルを前に顔を曇らせるユヴィ・ミランジェ(気まぐれ風歌・e04661)に手を貸してくれたのは料理同好会の学生たち。
なにせこの容姿にスタイルである。クリスタのお手本を見に来た生徒等だったが、守ってあげたくなる不器用さもあって、すっかりユヴィがチョコレートを作るのを見守る会合になっている。
「お湯は勿論、湿度管理も大切なのです。結露した水が入らないように、気泡が入らないように……ユヴィ、大丈夫ですか?」
「うん、みんながいるからー♪」
なんとか溶けたチョコレートをよっこらせと型に流す。ちょっとこぼれてくっついたりもしているけど、それも手作りの味のうち。
「できたね~♪」
並んだチョコレートを前に満足そうな彼女に、クリスタも学生たちもほっこりと微笑んだ。
「お姉さん、チョコ作り教えてくれますか?」
一方、赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)はより積極的に教えをねだっていった。お相手は蒼天翼・舞刃(蒼き翼のバトジャン少女・e00965)、いちごの従姉にあたる三兄妹の末妹である。
「お願いします。どうしてもプレゼントしたい人がいるんです……」
「そ、そんな目で見ないでも教えてあげるから……ちゃんと付いてきなさいよ?」
年端もいかぬサキュバスの上目遣いは戦艦竜の砲撃にも匹敵する衝撃力である。たまらず目を逸らす舞刃に、いちごは無邪気に抱きついた。
「ちょ、ちょっと気をつけなさいよ。ほら、包丁は刃を外に向けて、チョコは少しずつ削るのよ……抑える指は丸めてっ」
「こ、こうでしょうか……?」
不器用ではないと自負するいちごだが、初めての様子は教える舞刃から見ると少々危なっかしい。手取り足取り……溶かして型にいれたチョコレートが固まるまでには随分とかかってしまった。
「なんとか形になったわね、おつかれさま……そういや、プレゼントって誰にするの?」
「えーと、それはですね……」
ツンとした相貌を少し崩した舞刃に、いちごは恥ずかしそうにはにかんだ。
●そして大切な『あなた』へ
差し出されたチョコレートに、舞刃はきょとんといちごを見返した。
「え、と。どういうことなわけ?」
「い、一日早いですけれど、大好きなお姉さんに、いつものお礼ですっ」
困惑、驚き、理解、照れ。愛らしい少女の表情がころころと変わるのを、いちごは不安まじりに見守った。
「も、もう……いつもこういうサプライズは上手いんだから……!」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らないの! ……ありがとう、あんたもよく頑張ったわね♪」
最後に落ち着く顔は、笑顔。頑張ったいちごの縮こまる頭を舞刃は優しく撫でてやった。
「今日はありがとうございました!」
「手伝ってくれてありがとー♪」
思い思いにラッピングされたチョコレートを手にした学生たちの姿をユヴィは手を振って見送った。
「長い、一日だったのです」
もぐもぐとクリスタは器用に口を動かしながら言う。お菓子作りも労働だ。登山用リュックに詰めてきた菓子も随分と減ってしまった。
「クリスタあんまり味見し過ぎると無くなっちゃうよぉ?」
「これですか? 自前なのです。出る方は別腹なので、空いたリュックに入れるですよ」
心配するユヴィに当然のように言ってのけるクリスタ。ハラペコエルフとはよく言ったものである。
「クリスタのチョコ、ちゃんとある?」
「ちゃんと数日分、確保したですよ?」
どさりとチョコレートが詰め込まれたリュックを手に、クリスタはユヴィへと首をかしげる。ユヴィはそのリュックの山の上に、少しイビツなチョコレートを置く。
「はい♪」
一足早い笑顔のプレゼントに、クリスタもにっこりと微笑み返した。
作者:のずみりん |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:9人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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