鈴のように心地の良い、微かに甘い声が響く。
「貴方なら、上手にしてくださいますか?」
彼女の意図に操られているとも理解できずに、それは濃いグラビティ・チェインの最中へと、放たれた。
「さあ、沢山殺して、下さいませ」
その言葉は、微塵に砕ける知性には届かなかった。
明るい紫外線が複眼に反射する。
黒と黄色を体に纏わせたそれは、都会の交差点。その中心へと降り立った。
突如の事に動きを止めた近くのグラビティ・チェインの塊に、それは本能のままに鋭い顎を突き立てた。
●
「女郎蜘蛛型のローカストの動きがあるようです」
ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)は告げる。
「頻発した知性の低いローカストの事件。それを裏で操っているとみられる個体です。
今回、これを撃破する事は適いませんが、しかし、その企みは阻まなければいけません。
それが、奥のローカストを引き出す為の一手にもなるはずです」
その企みとは配下によるグラビティ・チェインの収奪。
度重なる失敗に、戦闘能力に優れた個体を送ってくることが予知されている。
「場所は、スクランブル交差点の真ん中。
幸い、これが出現するタイミングは信号が変わる数秒。殆どの車も歩行者も交差点内には立ち入ってはいません。
しかし、信号が変わり切る前に交差点に立ち入った人がこれの犠牲となってグラビティ・チェインを搾取されてしまうようです。
今からでは、それの未然防止は不可能です。捕まってしまう事は避けられませんが、ローカストに少しのダメージを与えられれば、彼を解放することが出来ます。
グラビティ・チェイン吸収の傷はヒールによって全快できる程度の物」
助ける事は十分にできる、とダンドは言う。
「周りの民間人に関しても、ケルベロスの方々が軽く誘導するだけで、慣例通りの避難を開始してくれるはずです」
周辺状況を説明した後、肝心なローカストについてですが。と続ける。
「蜂の姿をしたローカスト。ケルベロスの方々が接近すると、グラビティ・チェインに引かれて、一般人よりも優先して攻撃を仕掛けてくるはずです。
注意すべき攻撃は、石化の針、破壊音です。アルミニウムによる回復強化も行うようです」
ダンドは報告を終え、書類から目を離した。
「影に隠れていた者が、少しずつ姿を現しつつあります。
この企みも阻止し、その姿を捉えてやりましょう」
彼は、頷いてケルベロス達に激励を送った。
参加者 | |
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篁・悠(黄昏の騎士・e00141) |
写譜麗春・在宅聖生救世主(何が為に麗春の花は歌を唄う・e00309) |
エスツーイ・フールマン(シルバーナイト・e00470) |
八江・國綱(もののふ童子・e01696) |
月見里・一太(月食の魔狼・e02692) |
峰岸・周(地球人の刀剣士・e03978) |
ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925) |
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983) |
●
羽音が響いて、男性が地面に六肢で抑え込まれる。
警戒色の化け物、スズメバチのローカストは、抑え込んだ男性の腹にその顎を突き立てた。
数秒の静寂。それを周りの人間が理解し、混乱へと変じる直前。
白猫が、上空より降り立った。
「ここは我々ケルベロスが引き受ける! 市民のみなさんは速やかに避難を!」
軽やかな着地と、同時に人型へと移り変わったウェアライダー、篁・悠(黄昏の騎士・e00141)は、赤のマフラーを風にたなびかせ、今にも走り出しそうになっていた人々に向けて言葉をかけた。
続けて、人影が複数、地面に立つ。
ローカストが、意識を向ける前に、駆けだした影は二つ。
顎は、犠牲者に接しているが、黒と黄の胴体は彼から離れている。金の鱗を光らせるガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925)は、その胴体を狙い金の竜頭を放つ。
「放してもらうよ、黄金龍の果実!」
グラビティ・チェインを吸収していたローカストは、反応が遅れる。黄金の攻性植物の果実が、その胴体へと牙を立てる。
ローカストは錆びた金属の軋みに似た声を、男性から離した顎から漏らし翅を震わせ、飛翔した。
瞬間、離れたローカストと男性の間に、強烈な蹴りが突き刺さった。
アスファルトを割り砕くその蹴りを放った男性、峰岸・周(地球人の刀剣士・e03978)は、肩ごしに男性に駆け寄る仲間の影を見、ローカストへと集中する。
「さて、私たちがお相手しますよ」
エアシューズの調子を確かめるように、つま先で数回地面を叩いた彼は、一般人から意識を引き剥がすように、再び蹴りを放った。
「ケルベロスだよー、大丈夫、落ち着いてねー」
三対の翼を開いた写譜麗春・在宅聖生救世主(何が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)が、間延びした声で言う。
「今日は、ここが私の拠点だね」
「急ぐ必要はない。……落ち着いて、退け」
日本刀を構える偉丈夫。八江・國綱(もののふ童子・e01696)は、寡黙に初動に遅れた女性に声をかける。ローカストからの攻撃を遮断できる位置に構えている彼に礼を言った女性は、避難していった。
「私達ケルベロスにお任せを! 転んだりしないよう、秩序をもって退避下さい!」
「焦んな、慌てんな! アレは俺らが処理する、訓練通りに下がりゃいい!」
騎士の鎧に身を包む女性が退避を促し、黒い狼の耳を動かす青年が、冷静さを引き戻させる。
ケルベロス達の誘導、安堵を与える対応に、問題も起こる事無く、速やかに民衆の避難は完了した。
「ここがどこか、分かるか? おぬしの名前は?」
「……あ、ぇ?」
自らを救出した老年の男性に、男性は困惑しながらもはっきりとした返答を行った。
エスツーイ・フールマン(シルバーナイト・e00470)はそれに安堵の息を吐いた。
「安心せよ、浅い負傷じゃ」
身に纏う気を操り、男性の治癒を行った彼は、男性が危うげながらも立ち上げれる事を確認すると、退避を促した。
「しっかり、慌てずにじゃぞ」
ありがとう、と言い残し男性は去って行った。
「一安心ですね」
「ああ、あとはあれを噛み殺してやるだけだ」
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)が男性が去っていくのを見、言った言葉に全身に毛を纏わせ獣人に転化する月見里・一太(月食の魔狼・e02692)が応えた。
避難誘導を行っていたケルベロス達も戦闘に加わっていく。
●
ローカストの首から、腹から、足の関節から、白い液体が溢れ、その体を覆っていく。格子状に組まれる金属が黄と黒の体を白が網の様に包む。
「スズメバチの針はきっと強力です! 『盾』で軽減させます!」
「ピスケスよ輝け!勇者の戦いに守護を!」
フローネは、左手に展開させた紫の光盾を輝かせ、その守護を周囲の仲間たちにも拡大させる。
同時に、悠が地面に白光でうお座の文様を描き、星の防御を重ねる。
ローカストが動き出す直前に、雷が走る。國綱の放ったライトニングボルトが、避けようとしたローカストの翅を撃つ。
だが、動きを阻むには至らなかった。
自らに強化を施したローカストは、宙を駆ける。それが狙ったのは一太だった。
直線的、かつ攪乱するように進行方向を小刻みに変えながら迫るローカストに、彼はむしろ好都合とばかりに、白骨の駆動剣を振り回す。
接触。火花が散り、甲高い激突音が響くが、双方ともに無傷。一太がそれに軽く舌打ちを零したが、それでもローカストの勢いは殺いでいた。
「っほ」
エスツーイの回し蹴りがローカストの背を捉え、吹き飛ばす。ボレーシュートの様に弾かれたローカストは、翅を鳴らし制御を取り、再び蹴撃に胴を穿たれた。
在宅聖生救世主の流星の蹴りは、しかし、金属を纏う六足に阻まれ、損傷は軽微。
理性があるのならば上空に逃げ、一般人を襲いに行く事が得策だと気付くのだろうが、それに考える能は無くこの場の固執してしまっている。
「難儀だねえ」
その有り様に独り言を零しながらも、ガロンドは金の蔦をローカストへと放つ。
四方から囲うように放たれたそれにローカストは、咄嗟に後退するが、蔦の一つに下肢を絡め取られ、捕縛される。
彼のミミック、アドウィクスが、その蓋を開け、大量の金粉を吐き出した。グラビティによって生成された金の霧は、ローカストの本能さえも阻む。
そこへ、周の炎を纏う蹴りが叩き込まれた。ローカストの体に、火が燃え広がっていく。
そのまま、身動きのできないローカストに追撃を加えようとするケルベロス達に対し、ローカストは、激しく翅を震わせる。
大型の二対の翅から放たれる怪音は、音を通りこし衝撃そのものであった。その衝撃はケルベロス達の身を揺らし、脳を惑わす。
●
反撃をしなければ。
悠は、揺れる思考を叩き起こし、バスターライフルを構える。
敵に反撃しなければ。
敵は多いが、どれかを狙えば当たるだろう。
ガロンドへと放たれた冷却の光は、かろうじて彼を外した。
「催眠か……っ」
國綱が瞬時に判断し、薬液の雨を降らせる。薬効が、惑乱を正していく。
「……っすまない」
「ん、大丈夫だよぉ」
悠がガロンドに短く謝罪をすると、彼は大らかに首を振った。
半透明の薔薇の茨が、ガロンドの植物を噛み裂いたローカストを追う。フローネの禁縄禁縛呪が、ローカストを更に拘束せんと迫るが、その隙間をすり抜け回避。
直後に、頭上から放たれた在宅聖生救世主の炎撃が飛翔するローカストを捉え、火炎に暴れるローカストへと、一太の火を纏った拳が直撃する。
一太の攻撃に放物線を描くローカストの体に、星の輝きが瞬き、周の飛び蹴りが放たれるが、ローカストは咄嗟に上昇し、空を切る。
「グゥラビティィイ……!」
高く、宙を舞ったエスツーイが、叫ぶ。
「キィィィィィイイック!!!!!」
アスファルトが衝撃にめくれ上げる。舗装下の土すら巻き上げたエスツーイの飛び蹴りは、ローカストを吹き飛ばすだけにとどまっていた。衝撃に体勢を立て直すローカストに、追い打ちが放たれる。
バトルオーラを滾らせ、手足を強化したガロンドの強靭な爪が、ローカストの体を覆う金属を切り裂いた。体液を零しながらローカストは、アドウィクスの降らせる武器の雨を回避していく。
両手に星座を宿す剣を構え、フローネがローカストへと接近する。
ローカストは自分ではないグラビティの塊へと石化の傷を穿つ。
その正体が、自らの体に付着したグラビティの金であると気付かずに、金属生物によって変形させた尾針を自らの腹部へと突き刺した。
ローカストの奇行にも、ケルベロス達は攻撃の手を緩める事は無い。
石化の毒を自らに流し込むローカストに向けて、フローネが交差させた剣を十字に斬り上げた。
「飛緑」
國綱が、提げていた日本刀を引き抜き、振りぬいた。剣閃は、距離の問題を無視し、ローカストの体を切り裂く。
直後、ローカストの周囲が、白熱に満ちた。悠のグラビティが局地的にプラズマ化を促し爆発したのだ。
体を焼き焦がし、羽も散り飛んだ姿はもはや、息も絶え絶えの状態だった。
手を空かせ、周は肉薄する。自らの体から引き抜いた針を突き出すが、その緩慢な攻撃を彼は容易く躱し、手を引いた。
虚空を掴んだ彼が、その腕を振るい軌跡が円状に光った。いつの間にか手にしていた白い長剣が消え失せると同時に、両断されたローカストの体が地に落ちた。
銀の体液が溢れて、黒く煤へと変わっていく。
●
灰の様に吹き消えたローカストの死骸があった場所へと薔薇が一輪投じられる。
「蜘蛛の糸、その先にいる者を討つまでは……また同じような事が起きるか」
戦闘によって壊された道路、そして、救出の出来た一般人。悠は日常を脅かす脅威に憂いを口にした。
「気に食わん」
エスツーイが、その言葉に憤懣を返す。
「知性なき同胞を尖兵に利用するなど」
「まあ、そいつが襲ってくるってんなら噛み砕いてやるだけだ」
人型に戻る一太が、殴りつけた感触を反芻するように拳を開閉させながら言う。
「しかしローカストの事件も、全貌が見えてきましたね」
「ジョロウグモのローカストか。裏で糸を引くなんてジェームズ・モリアーティ博士みたいだね」
周が、痕跡が無いかと周囲を見渡し、在宅聖生救世主が、その存在を有名な探偵小説の黒幕に例えた。
「なるほど、痕跡も残さない。黒幕というにふさわしいですね」
なにか、糸を手繰る手がかりがないかと探していたフローネが、それに同意して、共に探索をしていたガロンドへと目を向ける。
「僕も見つからずだねぇ。……厄介だねぇ」
それでも、捜索を続けているなら、確実にその姿を捉える事も敵うはずだ。口には出さずとも、それはケルベロス達が確信している事だった。
「しかし、被害は最小。上々だ」
國綱が、誰も命を奪われる事無く、事件が終息したことに安堵を浮かべた。
成果も無く糸を断ち切られた大蜘蛛が、痺れを切らすのも遠い事ではないのかもしれない。
ヒールが完了すれば、この交差点も再び日常を取り戻す事だろう。
作者:雨屋鳥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年2月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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