禍津姫の下僕あらわる!

作者:秋津透

「ケルベロス……まったく、何と忌々しい輩なのでしょう」
 山形県、月山山中。深夜。
 女郎蜘蛛型のローカスト『上臈の禍津姫』ネフィリアが、上品な口調で悲しげに呟く。
「わたくしたちがグラビティ・チェインを集める使命を与え、送り出した方々が、使命を果たす前にケルベロスに殺されてしまうという悲しい事件が続発しています……ですが、わたくしの忠実なる下僕であるあなたは、ケルベロスなどには負けませんわよね?」
「キシャーッ!」
 ネフェリアの傍らに立つローカストが、甲高い声をあげる。彼女はうなずき、下僕に向けて告げる。
「では、お行きなさい。人間どもを殺し、ケルベロスが現れたら、そやつらもすみやかに殺し、可能な限り大量のグラビティ・チェインを集めるのです。どうか、上手にやってくださいませね」
「キシャーッ!」
 下僕ローカストは再び咆哮をあげると、険しい山中を強靭な脚で走破してゆく。ネフェリアはその背を見送ると、すぐに素早く姿を消した。

「キシャーッ!」
「うわっ、化物!」
 修験の地月山で、夜通しの厳しい修行を積む山伏の一人が、不幸にも下僕ローカストに遭遇してしまった。襲いかかるローカストに、山伏は錫杖を振るって応戦するが、残念ながらケルベロスでない以上、デウスエクスにかなうはずもない。たちまち抑え込まれ、首元に噛みつかれる。
「ぐわあっ!」
 激痛に絶叫する山伏から、ローカストはゆっくりとグラビティ・チェインを吸収する。すぐに殺されることはない……が、それは想像を絶する苦痛が延々と続くことを意味している。 
「山形県の月山で、ローカストが修行中の山伏を襲う光景を予知しました。このローカストは、指揮官と思われる女郎蜘蛛型ローカストの下僕で、命令を受けてグラビティ・チェインの収奪を行っているらしいのですが、命令を下している女郎蜘蛛型ローカストが、どこへ行ったのかは分かりません。放置はできませんが、今は、人を襲っている下僕ローカストを、急いで斃さなくてはなりません」
 ヘリオライダーの高御倉・康が、緊張した口調で告げる。

 
「今から急行しても、山伏の人がローカストに襲われるよりも前には到着できません。捕獲されて、グラビティ・チェインを吸収されているところへ駆けつけることになります。下僕ローカストは、知性はないようですが、あなたならケルベロスに負けない、などと指揮官に言われており、かなり強い可能性があります」
 そう言うと、康は少しためらってから続ける。
「皆さんが現れたら、ローカストが被害者からグラビティ・チェインを吸収するのを止めるか、吸い続けるか、それは分かりません。たぶん、いったん吸うのを止めて、戦闘に集中するのではないかと思うのですが……何というか、個人的には、できれば被害者を早く救出していただければと思いますが、手強いローカストが被害者に執着すれば、隙ができるのも確かです。皆さんがローカストに逃げられてしまったら……あるいは万一負けてしまったら、悲劇が何度も繰り返されます。どうか……よろしくお願いします」


参加者
アルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)
イグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)
エレ・ニーレンベルギア(漸う夢の如く・e01027)
昴・沙由華(見習ドキドキレプリカント天使・e01970)
アウィス・ノクテ(月ノ夜ニ謳ウ鳥・e03311)
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)

■リプレイ

●ケルベロス参上!
「あそこか!」
 降下と同時に、イグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)は持参のR.F.NVゴーグルで闇を見通し、山伏を襲うローカストを発見する。
「……まずいな。がっぷりと首筋に牙突き立ててやがる」
 下手に大きな衝撃与えると、弾みで首を食い千切られちまうかも、と、イグナスは眉を寄せ、山伏が敵の陰になるよう慎重に角度を調節した上で、ローカストの足元を狙って御霊殲滅砲を撃つ。
「キシッ!」
 不意の攻撃を受け、山伏を抑え込んでいたローカストは、意外に素早く牙を抜いて立ち上がる。そして、即座に逃げようとする山伏の足と腕を無雑作に踏み砕く。
「ぐわっ!」
 これで逃げられまい、と判断したのだろう。ローカストは悶絶する山伏を無視して、油断なく身構える。すると、その周囲に、ばらばらっとケミカルライトが落ち、ローカストの魁偉な姿を照らし出す。
(「下準備が大事ってね。ま、焼け石に水かもしれねぇが」)
 木の上からライトを撒いたアルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)が、声には出さずに呟く。猿のウェアライダーのアルヴァは、動物変身して木に登ったようだが、もともとの防具が着ぐるみなので、樹上で変身を解いたのかどうか、よく分からない。
 そしてローカストが樹上を見やった瞬間、間髪を入れず、峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)が飛び込んで、エアシューズの重力蹴りを喰らわせる。
「ギアッ!」
「あ、こりゃひでぇ……治癒頼む」
 手足を踏み折られて動けず呻いている山伏を見やり、雅也がメディックのアウィス・ノクテ(月ノ夜ニ謳ウ鳥・e03311)に声をかける。
「……頼まれた」
 アウィス達はケルベロス、今助ける、と告げて、アウィスが山伏に治癒歌を歌う。
「Trans carmina mei, cor mei……Curat」
「おお……有難い。恩に着ます」
 踏み折られた手足の激痛が消え、動けるようになった山伏は、這うような体勢で素早く逃げる。 
 一方ローカストは、蹴りには蹴りとばかりに、飛び込んできた雅也に強烈なキックを見舞う。
「ぐふっ!」
 やりやがる、と、雅也が唸る。そこへエレ・ニーレンベルギア(漸う夢の如く・e01027)が駆けつけ、癒しの雨粒(ヒーリングレイン)を降らせる。
「自然の恵みよ、癒しの力を持ちて、降りそそげ!」
「ふぅ……ありがてぇ、助かる」
 吐息をつく雅也に、アルヴァも月光の癒しを送る。続いて昴・沙由華(見習ドキドキレプリカント天使・e01970)が、敵の真正面に立って宣言する。
「夜空に輝くのは月だけではありません。昴が一星、エレクトラ……参上です!」
 少々芝居がかった調子で言い放つと、沙由華は拳にエネルギーを溜めて光らせる。
「エネルギーチャージ完了……セィフティ解除……言語入力『エレクトラ・ショック』!」
 言い放つと、彼女は輝く拳でローカストを一撃……せずに、地面をがん、と強打する。そして、地面を走った衝撃波が、一瞬虚を突かれたローカストを足元から襲う。
「ギギイッ!」
 苛立たしげに全身を震わせるローカストの足を狙って、渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)が滑りこむような重力蹴りを放つ。 
「足を封じさせてもらうぜ!」
「ギギギイッ!」
 次から次へと出現するケルベロスを見回し、ローカストは更に苛立たしげに唸る。
「ふん……そろそろ、怖気づいてきたのかしら?」
 でも、逃がしはしないわ、と冷たく言い放ち、アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)が攻性植物「血吸い薔薇」を蔓触手形態に変形させて絡みつかせる。
「虫取り網なんかより、捕まえやすいかもね」
「キシャーッ!」
 甲高い叫びをあげて、ローカストは絡みつく薔薇の蔓を引きちぎる。わずかに眉を寄せて、アイオーニオンは呟く。
「大人しく捕縛されていればいいものを。虫のくせに生意気」
「ま、三下のローカスト共を倒してりゃ、そのうち痺れ切らして黒幕のクモがでてくるんじゃねえのか?」
 山伏も無事逃げられたようだし、あとは貴様ら三下害虫をとっとと潰すだけだぜ、と、イグニスが地獄の炎弾を放つ。
 するとローカストは、両腕を高く天に揚げて叫んだ。
「キシーッ! キシャーッ!」
「ん? 何だ?」
 ローカストの全身が銀色の被膜のようなものに覆われ、足に生じていた外甲の裂け目が消えるのを見て、アルヴァが唸る。
 それに対して、エレが生真面目に応じる。
「……滲出アルミニウムの鎧化ですね。どうやら、破損部分を修復して装甲を強化する機能のようです」  
「ふん、セコい真似しやがって、クソ野郎が」
 こいつは少々手間取るかもしれねぇな、と、アルヴァが顔を顰めた。

●貴様の手の内はお見通しだ!
(「回復のたびに装甲強化されるのは確かに厄介だけど、連続攻撃で畳みかけられるよりは対処がしやすいよな。今回は、タイムリミットもないし」)
 けっこう冷静に戦況を読みながら、数汰が声には出さずに呟く。
(「ならば、やっぱり足砕き続行だ。修復が追いつかないところまで潰せばいい」)
 そして数汰は、風を纏いながら空高く跳ぶ。
「空と大地の狭間に流れる悠久の風よ……この身にその翼と爪牙を貸し与えよ!」
 気合とともに、敵の膝あたりを狙って放つ必殺の飛び蹴り『鸞翔鳳襲(シームルグ) 』を、数汰は綺麗に決めた。
 蹴りが決まった瞬間、ばきっ、と、何かが裂けるような音がしたが、ローカストは多少よろめいたものの、倒れたり膝をついたりはしない。装甲強化で修復しているとはいえ、凄まじいばかりの強靭さだ。
「たいしたもんだが、ただ固くて強靭なだけじゃ、闘いには勝てないぜ!」
 鋭く言い放ちながら、雅也がルーンアックスに地獄の炎を纏わせて斬りつける。ローカストの体表に炎が移り、銀色のアルミニウム被膜が融け落ちる。
「キシャーッ!」
 軋むような叫びをあげ、ローカストは雅也に蹴りを放ったが、沙由華が飛び込んで受け止める。
「くっ……はああああっ!」
 一瞬息を詰めたものの、沙由華はシャウトを行って、自分に治癒をかける。そして、すぐに昂然と胸を張って言い放つ。
「そんなものですか? まだまだ余裕です!」
「ギギギギ……」
 忌々しげに、ローカストは雅也と沙由華を等分に見やるが、そこへアルヴァが木の上から攻撃をかける。
「抉らせてもらうぜ」
 言い放つと、アルヴァは必殺の遠当てを放ち、ローカストの膝に痛烈な衝撃を打ち込む。再びばきっと破壊音があがり、ローカストがよろめく。
「Trans carmina mei, cor mei……Curat」
 アウィスが治癒のアリアを沙由華に送り、回復を行う。続いて、アイオーニオンが石化魔法を飛ばす。
「ギ……ギ……」
 即座に石になりはしないものの、分厚く重ねたアルミニウム装甲が、かえって重荷になってきたのだろうか。ローカストは、やや鈍い動きで左右を見やり、そしていきなり、一気に大きく跳んだ。
「逃がすなっ!」
 ローカストは意表を突いたつもりかもしれないが、ケルベロスたちの方は、むしろ敵が跳躍して逃げにかかるのを待ち構えていた。
 イグナス、雅也、数汰の三人が一斉にジャンプし、更に空中二段跳びで追い詰める。
「逃がしはしないぜ! アクセラレーションファントムッ!」
 トップギアで行かせてもらうぜ、と、イグナスが幻影を伴う超加速を仕掛ける。
 雅也は空中でルーンアックスを振るい、ローカストの傷ついた膝を的確に抉る。しかも、その一撃はただの斬撃ではない。
「お前の闇……覗いてみるか?」
「ギイイイイイイイッ!」
 明らかに動揺した声をあげ、ローカストは空中で体勢を崩す。雅也の必殺技『深淵』は、痛みで敵のトラウマを抉って幻影を見せる。
 そして、体勢を崩したローカストの膝に、数汰がとどめの空中回転重力蹴りを叩き込む。
「ギアアアッ!」
「俺は鹵獲術士にして降魔拳士。戦いの中で敵から学び、進化する!」
 アルミニウム装甲もろとも膝を完全に砕かれ、どさっと墜落したローカストへ、綺麗に着地した数汰が言い放つ。
「アンタの強さも、確かに学ばせて貰った!」
「ギアアアアアアアッ!」
 膝を砕かれたローカストは、しかし、腕を支えにして身体を跳ね起こし、もう片方の腕から鎌を展開して数汰に斬りつける。
「うわっと!」
「危ないっ!」
 いち早く落下点に駆けつけていたエレが、素早く数汰を庇う。そして、ブラックスライムを展開し、腕の鎌もろともローカストを丸呑みにする。
「ギアアアアアアアッ!」
 ローカストは強引にブラックスライムを斬り裂いて逃れるが、無理な動きで鎌が半分へしゃげる。そこへ沙由華が、体当たり気味に拳を打ち込む。
「一気に行きます! 降魔真拳!」
「キシャアアアアアッ!」
 ローカストの甲高い声は、雄たけびか、あるいは悲鳴か。そこへ樹上からアルヴァが飛び蹴りを放つ。
「観念しやがれ、クソ野郎!」
「ギアアアアッ!」
 身体を支えていた腕が、がくりと折れ、ローカストは地に伏す。
 しかし、飛行してきたアウィスは冷静に……あるいは悠然と、鎌の攻撃を受けたエレを治癒する。
「Trans carmina mei, cor mei……Curat」 
「ふぅん、私が決めちゃってもいいのかしら?」
 氷のメスを手にしたアイオーニオンが冷やかに言い放ち、返事を待たずに必殺技『氷葬執刀(ヒョウソウシットウ) 』を繰り出す。
「余り動かないでね。余計なところまで斬っちゃうわよ……まあ、結果に大差はないけど」
 言い放った時には、既にローカストの急所がアルミニウム装甲もろとも、ばっさりと断ち切られている。まさに目にも止まらぬ早業だが、あまりに綺麗にすっぱり斬ったせいか、あるいは昆虫だけあって無神経なのか、ローカストは倒れようとせず、全身を細かく震わせている。
「ギギギギ……ギギギ……」
「よし、それでは俺が引導を渡してやるか」
 装着した縛霊手に地獄の炎をまとわせ、イグナスが身構える。
「害虫は焼却処分だ! 燃え尽きやがれ!」
 咆哮とともに、イグナスは火炎に覆われた縛霊手をローカストに叩きつける。アルミニウム装甲が融け流れ、ローカストの全身が炎に覆われて、そのままぐしゃっと崩れ落ちた。

 
 

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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