ヒーリングバレンタイン2016~東京の街に華やぎを

作者:遠藤にんし


 集まってくれたケルベロスたちにお辞儀をしてから、高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は口を開く。
「皆も知っている通り、人馬宮ガイセリウムの東京侵攻によって東京に被害が出ている」
 最善の結果が出たとしても市街が無傷ということは有り得ないし、最悪の場合、東京という首都が失われる可能性もある。
「そこで、被害のあった街のヒールをして欲しいんだ」
 時期が時期だから、ヒールされたそれらはバレンタインの雰囲気を持ったものになることだろう。
 そこで、ヒール後はそれらの建物を利用してチョコレートなどのバレンタインプレゼントを作るイベントを実施することになるだろう。
「このイベントは、周辺住民も参加するイベントだ」
 市街地の復興に被災者の心のケア、そして自分たちのバレンタインの準備。
「やることは盛り沢山なイベントだ。周囲に気を配ることも大切だが、ぜひとも楽しんで欲しいと思う」
 冴がヒールをお願いしたい場所は、繁華街。
 繁華街のヒールが終わった後は、繁華街のアクセサリーや花屋、雑貨屋などと協力してのイベントを計画している。
「アクセサリー、ブーケ、ちょっとした小物を作ることが出来るよ」
 ヒール後に道具や材料はまとめて搬入されるから、それらの心配はない。
「イベントの企画者として、一般参加者を楽しませることも必要だ。でも、そのためにはケルベロスの皆が心から楽しむことが大切だろうね」
 想いを籠めたプレゼント作りのイベントを通し、贈る人も贈られた人も幸せな気持ちになって欲しい。
 思って、冴はケルベロスたちを見送った。


■リプレイ


 大勝利を収めた東京防衛戦――人的被害は大きくないが、建造物に被害は出ていた。
 今回ヒールをすることになった繁華街に降り立ち、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)はぐるりと辺りを見渡す。
 ここは壁に大穴が開いたり、半壊状態と呼べる建物が多いようだ。全壊して瓦礫と一体化するほどひどい状態となった建物はないようだが、どの建物も、全体的にヒールが必要と言えるだろう。
「よっしゃ、ここはオレに任せろ!」
 相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)は言い、背負った通常任務セットの道具を駆使しながらヒールの準備を始めた。
 マッスルガントレットを身に着けた泰地のヒールの方法は、その肉体美――筋肉美を魅せつけ、癒しの波動を広げるというもの。
 泰地が掲げた腕に力を込めると上腕二頭筋が浮かび上がり、同時に癒しの波動が解き放たれる。波動は静かに進むと、ふわりと倒壊した壁を包み込む。
 包まれた壁は修復され、茶色に変わる。ところどころにピンク色のハートのモチーフが刻まれた壁からは、ほのかにチョコレートの香りが漂っているようだった。泰地は目を閉じ、その甘い香りをしばし楽しむ……甘党の泰地にとって、それは心満たされるものだった。
 だが、そうして香りを楽しんでいる場合ではない。泰地は目を開くと今度はサイドチェストのポーズを取り、ヒールを更に広げる。
 東京防衛戦の作戦を執ったのは泰地を始めとするケルベロスたち。
 ならば責任を持って修復するのもまたケルベロスの役目であると、泰地は考えていた。
 途中からは生明・穣(鏡匣守人・e00256)と望月・巌(熱き血潮の槌・e00281)もヒール作業に参加した。枠ごと壊れた窓を穣が直し、巌が仕上げればガラスには猫のシルエットが描かれる。
 それは、初詣の際に購入したお守りに刺繍された黒猫にそっくりだった――ウィングキャットの藍華にも、どことなく。
「綺麗な出来だな!」
 感心したように巌に言われ、穣は鼈甲で出来た眼鏡のフレームに触れて笑む。
 美しく生まれ変わったのは窓ガラスだけではなく、窓枠もだ。窓枠には大きさも種類も様々な模倣宝石が埋め込まれ、窓からの陽光を受けてキラキラ輝いていた。壁には窓枠から這い出たようにツル草が描かれているのも穣らしい、と巌は眺めて感じ入る。
「向こうにも行こう」
 言って歩み進む穣を、しかし巌は呼び止める。
「じっとしてろ」
 巌は穣の肩についていた糸くずを払う。生成りのセーターについた黒い糸はよく目立ったので、巌は気付くことが出来たのだ。
「ありがとう」
 巌の触れた肩に指を置けば、これを貰った日のことが穣の胸に蘇る。ぬくもりを胸に、穣は巌の後に続くのだった。


 ――泰地が取るポーズは、がっしりと厚みのある体と盛り上がった胸や肩の筋肉を主張するサイドチェスト。
 上半身は裸、おまけに裸足だったが、寒冷適応のお陰で寒さを覚えることはなかった。泰地のむき出しの肌には鳥肌などは立たず、どころか休まずに行うヒールのために汗すら滲んでいた。
 荒くなりつつあった息を整え、泰地は目の前の建物を見据える。元は可愛らしい内装の雑貨屋だったのだろうそこは、ドアが外れ、壁も焦げたように黒く変色していた。
 泰地はしばらくその建物を見つめていたが、マッスルガントレットを着けた両手を焦げた壁に添える。
「この筋肉にかかれば建物のヒールなんざ――」
 メキメキと音が聞こえそうなほどだった。
 泰地の足の指先から膝へと力が流れ、腹へ首へ肩へと続く。込められたものを示すかのようにマッスルオーラが全身を包み込み、精神力を受けてマッスルチェインVer.2も重い金属音を立てる。
 そして手の爪までを力が満たした時、泰地はそれを発散する。
「――朝飯前だぜ!」
 波動は力強く、無残な姿になっていたはずの壁は瞬時に姿を変え、より愛らしいものへと生まれ変わる。
 その様子にを見た人々の歓声が、汗の浮かぶ泰地の体を心地良く包んでいた。

 あらかたヒールの終わった会場に姿を見せたのは玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)と比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)。イベントのスムーズな進行のために、二人は会場を訪れたのだ。
 会場の中から外へと向かって二人の前を足早に行き過ぎようとするのは泰地。思わず陣内は呼び止め、こう尋ねた。
「行くのか?」
「ああ」
 うなずく泰地にはためらいがない。
「被災地はまだあるからな! 一刻も早く修復しないとな!」
 力強い言葉に、アガサは僅かに目を細める。
 アガサは泰地に対して言葉かけはしなかったが、次なる被災地の復興に燃える泰地にはそれで良かったのかもしれない。大急ぎで次の現場へと向かう泰地を見送ってから、二人も集まりつつある一般人への対応を行うことにした。
 姿を見せるのは女性がほとんど、男性はいてもカップルであることが多い。二手に分かれて対応を行った陣内とアガサは目が回るような忙しさだったが、少しずつ人の流れは穏やかになっていった。
「よう、お疲れさん!」
 そこで姿を見せたのは、ヒールの総仕上げに取り組んでいた巌だった。僅かに遅れて穣も姿を見せ、二人にねぎらいの言葉を述べる。
「お疲れ様です。代わりますよ」
「助かる。――アギー」
 アガサを呼んで陣内はポケットの中の煙草を探しつつ人ごみを抜ける。陣内のウィングキャットの猫は藍華と鼻を触れ合わせてからついて行き、アガサも続いた。
「ありがと」
 穣と巌に向け、アガサは短く言ってから先を急ぐ。


 ――人ごみを抜け、道を一本曲がる。無言のまま先を行く陣内について歩きながら、アガサは口を開いた。
「凄かったね」
 何が、と問うように陣内の眼差しが向けられる。アガサは金の瞳でだけ陣内を見たが、すぐに道の先へと目を戻した。
「これってそんなに重要なイベントなのかな」
 言いつつ喧騒から離れた場所に辿り着く。二人の脳裏には、先ほど見かけた女の子たちの姿があった――髪も服もメイクもばっちりで、真剣な表情で会場へ向かっていった女の子たち。
 陣内は女の子たちの姿や声を思い起こしてから、それらのない静かな場所にいることに尻尾を揺らす。平和を感じられるこのイベントが重要だと分かっていても、馴染みのない華やかさには落ち着かない気持ちになっていたのだ。
 煙と共に安堵の息が出る。ようやく人心地ついた陣内は、隣のアガサに声をかける。
「お前も、ああいうの作ればいいのに」
 参加者の中にもアガサと同じくらいの年頃の子もいたのに、アガサは参加せずにイベント進行の側に携わっている……それを思っての言葉だったが、言ってすぐに陣内は肩をすくめる。
 ポロリとこぼしてしまったが、先ほどの言葉はまるで近所に住むお節介なオバサンのようだった。ドライで無頓着なアガサのことが時たま気になって、ああいう言葉を漏らしてしまうこともある。
「は?」
 アガサは素っ頓狂な声を上げる。感情に乏しい顔は訝しげで、その表情のままアガサは陣内の手中のライターを奪い取り、自身の煙草に火を点けた。
「あたしが作ってどうするんだ」
 面倒臭さが滲んだ声。気取らない姿ですぱーっと煙を吐いてから、アガサはこう続けた。
「……でも、ああいう一生懸命な子たちを見てるのは嫌いじゃない」
 声音は少しだけ柔らかい。無愛想でぶっきらぼうなアガサにも、このように優しいところがあることを陣内は知っていた。
「全然知らない赤の他人だけど、頑張れって応援したくなる」
「赤の他人は応援できて、自分のことはどうでもいいってさ……」
 言いつつ、陣内にもアガサの考えに共感できるところもある――陣内の言葉が淀んだ隙に、アガサは言葉を滑り込ませる。
「何ならあの子たちに交じって陣が作ってきてもいいんじゃないか?」
 可愛い彼女へのお土産にさ――アガサに言われ、陣内は再び肩をすくめる。
「だから俺のことはいいんだって」
 ついとアガサから視線を逸らす陣内だったが、アガサがこちらを見ているのは気配で分かる。陣内はアガサの方を向かないまま新たな煙草をくわえ、彼女に手を伸ばした。
「ライター返せよ」
 新たにくゆる煙に、猫は緑の瞳を細めていた。


 始まったイベントの参加者は女性が多かったが、巌と穣も一般参加者の中に入り、小物作りをすることに決めた。
「巌は何を作るのかな」
 既に材料を用意し終えたらしい巌の手元を穣は覗き込もうとするが、巌の浅黒く大きな手が材料を覆い隠す。
「駄目だぞ、ジョー。完成してからのお楽しみ! ってな」
「そうか……お互いに秘密なのだね」
 少し寂しい気もしたが、どんな物を作るのかという楽しみが増えたような気もする。
 穣も自分の作る品物を秘密にすることに決め、巌と背中を合わせて作業に取り組むことにした。
(「僕は気持ちだけでも嬉しいのだけどねぇ」)
 微かに笑んでから、譲は材料を並べ、何から手をつけようか考え始める。
 そんな穣の体温を背中に感じる巌も、穣が何を作ってくれるのかを考えると知らずに笑顔が浮かんでしまう。
 笑みを浮かべ、期待に胸を躍らせながらも巌の手つきは慎重だ。真鍮を加工して作り上げた金色の輪は、少し太め。まだつるりとしたそこには、レースの模様を加えていく。
 真鍮という硬い金属を加工するのには力もコツも要る。精悍な巌であっても少々苦労する作業だったが、穣への日頃の感謝と愛を思えばどうということはない。巌は最後の仕上げとして、レース模様の裏にも文字を刻んだ。
 幼馴染で、隣同士で、兄弟のようで、共同経営者で、相棒で……関係を思い起こしつつ、穣は金の加工を始める。
 趣味でもある彫金を終え、施されたカービングは花びらを意識したもの。これをルビーと合わせることでカリンの花となる……巌の肌にこの鮮やかさはよく映えるはずだ、と思う穣は真剣でありながら楽しそうだった。
 金とルビーで作られたカリンの花は完成したが、穣はそれを腕輪に嵌装した。注意深く位置を決め、嵌めてからも調整の必要がないかよく確認する。ルビーも金も室内の明かりを受け、穣が思った通りの美しさを発揮していた。
 ルビー、そしてカリンは巌の誕生日にちなんだもの。気付いてくれるだろうか、と彼を想っていると、背中越しに巌の声が聞こえた。
「出来たか?」
「完成したよ」
 声を合わせて二人は振り向き、互いの贈り物を見せ合う。
 巌の作ったレース模様の入ったバングル、穣の作ったカリンの花咲く腕輪――二人は視線を合わせ、それから贈り物へと輝く瞳を向ける。穣はバングルを慈しむように両手で包み込み、巌はカリンの花の美しさに目を奪われていた……礼を言うタイミングもほぼ一緒。笑い合ってから、巌は穣に声をかけた。
「穣、これからもずっと一緒に仲良く続けていこうぜ」
「うん、これから先も、だね」
「改めてよろしくな、頼りにしてるぞ」
 ――これから先も、ずっとその笑顔と共に居たい。
 巌の笑顔を眩しいような思いで見つめる穣は、知らずにそう願っていた。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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