ヒーリングバレンタイン2016~オレンジ通りで

作者:天草千々

●東京防衛戦を前に
「現在、ガイセリウムの侵攻により、東京都内では大きな被害が出ている。また7日に行われる防衛戦に勝利したとしても、その進路となった地域の破壊は免れないだろう」
 集まったケルベロスたちを前に島原・しらせ(サキュバスのヘリオライダー・en0083) は、地図を示しながら言葉を続ける。
「そこでみんなには、防衛戦後の東京都心部の復興を兼ねたバレンタインのイベントに参加して欲しい」
 大きな目的はもちろん、被害をうけた市街地のヒールによる修復だ。
 ただしハロウィンの時と同じように、バレンタインが近いこともあって、ヒールされた建物はお菓子にちなんだ姿に修復されると予想される。
 それを利用して、チョコレート作りなどバレンタインに関するイベントを開き、周辺住民にも参加してもらうことで、市街地の復興と被災者達の心のケア、それからバレンタインの準備を同時に進めようというわけだ。
 
「皆に参加してもらいたいのは、商店街地域での復興だ。そこで、修復を終えた店舗を借りてオランジェットを手作りするイベントが行われる予定になっている」
 オランジェットは、砂糖に漬けた柑橘類の皮をチョコレートで包んだお菓子だ。
 作り方はシンプルで、オレンジピールを湯せんで溶かしたチョコレートに浸したあと余分を払い、冷やして固めるだけ。
 好みで洋酒で風味をつけたり、ココアパウダーをふりかけるのも良いだろう。
 ピールの苦味とチョコの甘さの調和、柑橘、カカオ、リキュールの合わさった深い香りが魅力の菓子で、酒のつまみにもなる。
 作ったオランジェットの一部は店舗前に並べた机にて、試食用としてイベントに訪れた人々に提供される予定だ。
 もちろん、バレンタイン用に自作のオランジェットを持ち帰ることもできる。
「皆には会場周辺のヒールのほか、道具や材料の搬入、調理作業の補助など参加者の世話をお願いしたい、オランジェット作りの参加も大歓迎だ」
 諸々の説明を終えてしらせは、これもまた日常を取り戻すための大事な戦いと言えるだろう、と告げたあと表情をゆるめた。
「――とは言え、あまり難しく考えなくても大丈夫だろう。皆がイベントを楽しんでくれれば、人々にもそういう気持ちは伝わるはずだ。微力だが、私も手伝わせてもらう」


■リプレイ

 東京防衛戦が成功裏に終わったことで、集まった人々の顔には悲嘆よりも、安堵と前を向こうという気持ちが見受けられた。
 傷ついた街にケルベロスたちが思うのは、自分達がけっして万能ではなく、だからこそ出来ることをしなくてはいけないということだ。
 恐れることなく東京に残り、そして訪れてくれた人々のように。
 
「散開してそれぞれヒールを、よろしく頼むよ」
 ヒールドローンに指示を飛ばし、ロストークは次の区画に向けて歩きながら、試食用のオランジェットを手に取った。
 それを肩に乗っていたプラーミァが直前でかっさらう。
 主のとがめる視線も気にせず、箱竜はあちらを見ろとばかりに尻尾を持ちあげた。
「よっしゃ、この筋肉に任せとけ! すぐに修復するぜ!」
 そこでは泰地が二月の冷気をものともしない格好で、肉体美を誇示していた。
 彼が姿勢を変えるたびに白い光が放たれ、建物が修復されていく。
「――やらないよ」
 簡潔な拒否に、箱竜はつまらなそうに火の息を吐いた。

 ヒールを終えた建物には機材が運び込まれ、チョコ作りが行われていた。
 チョコを皿に薄く塗ばし、状態を確かめたユルは持参したオレンジコンフィを浸す。
「そういえば日本では、異性にチョコをあげるとか?」
 見よう見まねで作業を続ける泪生に問うと、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「……あ、そっか、チョコを食べる日だって思ってた」
 らしい返事と、恥ずかしげな様子に笑みがこぼれる。
 固まるのを待つ間に、皿に延ばしたチョコを剥がして2人でつまみ食い。
「Gut」
「うん、おいしい! 出来上がりが楽しみだねっ」
 道具の片付けをしながら、しばし待つ時間が続く。
「……本当はね、今日はただこうしてお話したかっただけなの」
「泪生もね、同じこと思ってた! ユルちゃんとゆっくりお出かけしたい、って」
 オランジェットに散りばめた、星のように輝くアラザン。
 内緒の一工夫を喜んでくれるだろうか、と考えて。
「いつもありがとう」
「私こそ、いつも貴女には笑顔を頂いているわ」
 感謝の言葉を交換し、2人は笑った。

 紫織とマティアスは恋人同士でのチョコ作り。
 オランジェットを知らないマティアスに、作業をしながら説明していく。
「オレンジピールの酸味とほろ苦さが、チョコの甘味を引き立てて美味しいんですよぉ」 
「酸っぱくて、苦いのに、甘い……??」
 ちょっとイメージが湧かない、とマティアスは首を傾げる。
「柑橘の爽やかな香りも相まって、ちょっぴり大人な味ですねぇ」
 恋人の好みにあわせた、甘い甘いチョコも勿論用意している。
 けれど、それだけでは飽きてしまうかもしれないから。
「……うん、好きです、こういうものも」
 オランジェットを味見したマティアスは感心したように頷き、そんな姿に紫織は微笑む。
 知らないこと、知って欲しいこと、そういう小さな変化を2人で迎えていきたい。
 この幸せを長く長く、続ける為に。

「んー……ちょっと寂しい、かな?」
 言って凪は、ビターチョコに浸した輪切りのコンフィにナッツをくわえていく。
 お菓子作りは中々しないとは本人談だが、中々の意欲作だ。
「あ……」
 脇で一番の自信作を取り落とし、菊音がしばし呆然とした顔を浮かべる。
 並べられているのは輪切りになったオレンジと柚子のコンフィ。
 オレンジにはスパイスを加えたビター系、柚子には抹茶をまぶしたホワイトチョコだ。
「菊音さんのも凪さんのもすっごくかわいい……! サフィーアさんのもチョコたっぷりでおいしそう!」
 興味津々と言った様子で優桜が瞳を輝かせる。
「食べやすいようにしただけで、あまり凝ったものではないんだが」
 そう応えたサフィーアが作ったのは、縦長のピールにたっぷりチョコをコーティングしたシンプルなオランジェット。
 浸したのはビターとミルク、2種類のチョコだ。
「こんなに可愛らしいお菓子なんですね」
 優桜同様オランジェットを初めて見るというアシュレイが感心したように漏らす。
 とは言え皆の作業を見守る限り、さほど難しくはなさそうだ、と自らもピールに洋酒を加えて作業を開始。
 一段落すればついつい味が気になって、小さなものを一つ失敬。
「アシュ、味見なら私のをお願い!」
「ユラ……!
 それを、こちらも縦長のオランジェットに挑戦した優桜に見つかって、アシュレイは慌ててしぃっと指を立てる。
「俺もちょっと味見させてもらっていいかな?」
「私も、どんなのにしたか気になる」
 じっと機会をうかがっていた凪が、菊音が手をあげる。
「固まるのを待つ間に、ヒールの手伝いにいこうか」
「そうですね、では皆出来てからのお楽しみということで」
 完成前に無くなってしまいそうな雰囲気にサフィーアが提案し、アシュレイも頷いた。
 ドアを開ければ、冷たい空気がオレンジとチョコの香りを乗せて5人を出迎えた。

「相変わらずヒールの作用ってのは訳分かんねぇ」
 商店街の建物の変わりように、マクスウェルが呟く。
 フィニクスの面々は、小さな店舗を借り切って作業の真っ最中。
 香り立つお菓子の内壁に、蛇口を捻ればジュースがでてくるような現状からは、元は何の店だったのかはうかがい知れない。
「森の外では色んな新しいものを見ましたが、お菓子の家なんて素敵です!」
「このチョコ、おいしいです…!」
 那岐が感嘆の声を挙げ、隣ではチョコを拝借した潤が顔を輝かせていた。
「理解の及ばぬ所も多いが、幻想が産んだ甘い奇跡の縁には心から感謝だな」
「甘い奇跡、って何だか素敵ですね」
 表情を柔らかくして言ったリィンに、月が微笑み頷く。
「お湯のほうを捻ったらチョコが出るのね……」
「あはは、イベントの時くらいはアリじゃないかな、ずっとそのままは困るけど」
 キッチンまわりの確認をしていた光咲が困惑したような声をあげ、皆楽しんでるし、と文がフォローする。
「んじゃ俺は片っ端から湯煎してくから、後の作業よっしく!」
 マクスウェルが声をかけて本格的に作業スタート。
 ロジオンが用意したのは3mm程度の熱さに切った半月型のオレンジピール。
 仄かにブランデーを利かせた甘さ控えめのものと、アルコールを使わない甘く煮詰めた2種類だ。
「ブランデーを使ったほうもアルコール分はしっかり飛ばしてありますが、区別がつくようにしておくのは大事でございますね」
「それならアンゼリカは?」
 ホワイトチョコにブルーベリーを混ぜた特製チョコを用意しながらまいんが言う。
「目印か、こういうのはどうだ?」
「大人っぽさが増すわね、でもどうせならもっと賑やかにしてみない?」
 リィンが小粒のアラザンを取り出し、光咲は星やハート型の砂糖を並べる。
「分かりやすいし、見た目も華やかになっていいじゃん!」
「アラザンって言うんですか、綺麗ですね~」
「姉さん、チョコのコーティングが先だよ。甘いピールにはスイートチョコ、苦いピールにはビター、覚えた?」
 義姉が折角の目印をチョコに埋めてしまわないか心配、と言った様子で瑠璃がそれぞれのチョコを指差す。
 その脇で桜色の髪の女児が、アラザンに手を伸ばした。
「櫻、邪魔しちゃダメだよ……何か僕たちにお手伝いできることあります?」
 ビハインドの櫻を制して、月が皆に声をかける。
「あぁ、朔望さん、こちらの手伝いをお願いします。私がやるとうっかり間違えそうで」
 手をあげたのは、ロジオンだ。
 器用にピールを刻んでいるが、本人としてはチョコに浸す作業が不安らしい。
 それくらいならと引き受けた月だが、傍目から見ても肩に力が入っている。
「楽しみですね、どんな風になるんでしょうか……!」
(「――こういうのも良いな、皆笑顔で」)
 そう思いながら、文もまた笑顔を浮かべている。

「柑橘の爽やかな香りと苦味、チョコレートの風味。鮮やかなオレンジ色と濃い茶色のコントラスト――オランジェットは何もかもが完璧だ」
「ベタ褒めだねえ」
 落ち着かない耳や尻尾、そして普段よりも明らかに滑らかな舌。
 バレンタインに興味はないとくどいくらいの言葉に構わず、陣内をひっぱってきたあかりは見立ての正しさを確信した。
 作るのはピールを使ったスティック状のオランジェット。
 チョコは甘さを控えめに、ココアを振りかけて、仕上げに刻んだピスタチオ。
 艶やかな黒の色彩に、緑が映える。
 一口かじれば、見た目通りのほろ苦さとそれだけではない、仄かな甘さ。
 そう、それはじっとあかりの作業を斜め後ろから見守る誰かのようで。
「はいタマちゃん、アーンして?」
「ア……何言ってるんだ、こんなところで」
 振り向き、見上げて差し出せば、彼は躊躇って見せながら身を屈めてくれる。
 天邪鬼は何も言わない。
 けれど黒い猫科の肉食獣の顔に、あかりは確かな満足を見出した。

「――指を切ったり、火傷したりしないように気を付けて」
 皆にそう呼びかけて、ディディエは手本を見せるように作業を進める。
「手順は確認してきたから大丈夫」
「長く生きてる分、お料理頑張ったりした時期もあったんだよっ」
 言葉通りに仁志と苺は手際よく。
「……かき揚げのようになったぞ?」
「分かった、分かったよロゼ。少しだけなら食べても良いからそんな悲しい顔しないの!」
 チョコをつけすぎた季由は首を傾げ、颯音はオレンジピールを前にお預けの箱竜に根負けして作業を始められずにいた。
「あんまり甘くない……そういう、もの?」
「これが大人の味、でしょうか……」
「パウダーシュガーも有る故、甘さが欲しいなら其れをまぶすのも良い」
「それか、チョコを思いっきり甘くしてみたら?」
 オレンジピールの苦味に難しい顔のヴィンセントと華に、ディディエと仁志がアドバイス。
 彼らは既に固まるのを待つばかりと、他の面子の手伝いに回っていた。
「うん、そうしよう……」
「わ、もう出来てるんですか? お2人とも凄いです……」
「ほら、幼女をつかむならまずは胃袋からって言うじゃないか」
 感心する華に、仁志が笑顔で応える。
 その言葉に一瞬、沈黙が訪れた。
「……いや、うん、意中の人を手料理で逃がさないようにする常套句だからあってる、のか?」
「警備室のみんなはいいコばかり、何もしないで済んで安心だよ」
 颯音は自身に、苺は危険な発言をした誰かに言い聞かせるように言葉をつむぐ。
「よし、ミコト、これはいつもがんばってくれてる分……っあ!?」
 ようやく納得の行く出来に季由が顔を上げれば、相棒は既にヴィンセントからチョコを貰っていた。
「ミコトさん、こちらもどうぞ。美味しいですか?」
 そこに華も加わって、ウィングキャットはご満悦だ。
「お前は本当に抜け目がないな……」
「ヴィンセント、持ち帰る分が無くなるぞ」
 オランジェットを食べつくさんばかりのミコトと、その限界を測るように与え続けるヴィンセントの姿に、暖かな笑いが起きた。

「かっわいーお菓子だよね、上手く作れるといいなぁ」
「初めて聞くお菓子です、是非とも賞味しない訳にはいきませんね」
「勇と、カルナも初めてなのね、大丈夫、難しくはないから楽しみましょう?」
 大きな調理台を囲んだ飴屋の面々に、店主の千歳が声をかける。
「ホワイトチョコ、どこかで見てすごくおいしそうだったんだよなあ……できれば、挑戦したいんだけど」
「あぁ、こちらにあるよ、用意しようか。カルナ、火傷をしないように気をつけて」
「ありがとうございます」
 テンパリングを終えたミルクチョコをカルナに回し、シエラはホワイトチョコの作業に取りかかった
「ねえ、ビターチョコはある?」
「――は、いけない。誘惑に負けるところだった……シエルさん、よければこちらで一緒にどうだろう」
 オレンジピールに目を奪われていたサフィールが、シエルの言葉でふっと我にかえる。
「このまま食べても美味しそうだものね」
 そう言って千歳は、オレンジピールにブランデーで風味をつける。
 香り立つアルコールに皆、一様に納得の表情だ。
「鈴さんの中にはひょっとしてお酒が……」
 サフィールが視線をおくった先には、ミミックの鈴の姿。
「鋭いわね、偶に入ってるわよ」
「千歳はいつもお酒が傍にあるように見えるよー」
 偶に、の言葉にアリシスフェイルが鋭く切り込む。
「んー……ハートのオランジェットとか、作れないかなあ」
「クッキーの型抜きを使ってみたら? 星型にもできそうじゃない」
「輪切りのコンフィからなら作れそうだな」
「う、上手くできるか自信ないんだけど……」
 思いつきで口にしたことが、あれよあれよと実現可能なアイデアになって、少々気後れた様子のシエル。
 それでも折角の機会に挑戦しないわけにも行かなくて。
「……私ももうちょっと工夫すればよかったかな?」
 星やハートに型抜きされたオレンジをみて、勇が自作のシンプルなオランジェットと見比べてそう呟く。
「どれもとっても美味しそうだよ、交換してみたり、なんてダメかな?」
「あ、賛成! 皆のも気になっていたんだ」
「いいわね、お酒控えめもちゃんと作っておくわ」
 頼犬の言葉に、皆が名案と同意する。 
「皆の素敵だな……私の不格好なの見せるのが恥ずかしくなっちゃうな」
「んん、充分上手だと思うけどね……? それ、一つちょーだい」
 それぞれの個性が現れたチョコと、何よりそんな皆が同じ時間を一緒にすることがきっと一番のプレゼント。

 ――オレンジピールの砂糖漬けは、あまり軟らかすぎてはだめ、くぐらせるのはカカオ多めのビターチョコ。
「……硬さに苦味ね、そんなトコまでこだわりが」
 故郷の味の注釈に、溶かしたチョコをかき混ぜながらイェロは問う。
「そういえばこれ、食べたこと無かった気がすんなぁ……オルタの故郷では、よく作ったり食べたりした?」
「そうね。甘すぎないところとか割と好きで……もっぱら食べるの専門だったけれど」
 あくまでイェロは手伝いの範囲、作るのはオルテンシアだ。
「だからこれが初めての味になるのは、少し申し訳ない気もするわ」
「印象が決まっちゃうかもなぁ、責任重大!」
 失敗しないように、と硬さが見えるところに敢えてそんなことを言う。
 本当は思い出の味を分けて貰えるだけでも嬉しいのだけれど、と真剣な仕草の彼女をじいっと見つめる。
 そうするうちに、手元への注意は疎かになって。
「……あら? ねえ、イェロ。チョコのつやがちょっと足りな、い」
 赤と赤の視線がぶつかって、かき混ぜすぎたビターチョコへと、オレンジが白い手から零れ落ちる。
「――それじゃあ、おひとつ頂ける?」
「うまくできたか、感想くらいは聞かせて欲しいわ」
 
 一つの戦いは終わり、生活はまた続いていく。
 傷を癒し、ひと時の休息を得て、人々はそれぞれの道をまた歩き出す。
 一歩は今日、オレンジとチョコの香るこの通りから。

作者:天草千々 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:40人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 3
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