ヒーリングバレンタイン2016~甘くて優しい冬の空

作者:ふじもりみきや


 浅櫻・月子(オラトリオのヘリオライダー・en0036)は至極真面目な顔をして本を読んでいた。タイトルは「美味しいチョコレートの砕き方」と書かれていた。タイトルからして突っ込み所満載であったが視線に気付くと彼女は本から顔を上げてこう切り出した。
「東京都内が人馬宮ガイセリウムの侵攻により被害が出ていることは知っているだろうか。それに、このままでも、更に大きな被害が予想されている」
「予想……ですか?」
 萩原・雪継(地球人の刀剣士・en0037)が首を傾げる。月子は大きく頷いた。
「君達が頑張ってくれて、そして最善の結果が出たとしても、ガイセリウムが通過した場所は無傷というわけにもいかないからな。市街の被害は大きいだろうし、無論下手をしたら首都消滅もあり得る」
 そこでだ。と月子はぱたんと本を閉じた。タイトルからしてあれだったが帯を見ると殺人事件という文字が躍っていた。まさかのミステリー。
「戦後の東京都心部の復興もかねて、バレンタインチョコレートを作ってみないか?」
「……え?」
 よほど目を丸くした雪継が可笑しかったのか、彼女は上機嫌で一つ頷く。
「目的は勿論東京都内の被害が大きかった建物へのヒールだ。バレンタインが近いと言うこともあり、恐らくヒールされた建物の一部はお菓子っぽい雰囲気になるだろう。もしくは、お菓子を作るような施設に修復されるかもしれない。だから、その建物を利用して、チョコレートをはじめプレゼントを作成しよう、というイベントを行うというのが今回の話だ」
 無論、と彼女は言う。自分たちだけでなく被災した地域住人も参加できるイベントにすれば、気持ちも明るくなるだろうと。
「今回ヒールするところは、メイン会場が商店街だ。勿論商店街があるということは周囲に住宅地があって人はそれなりに住んでいる。昔ながらの古い建物もあれば、新しいマンションなんかも並んでいる……まあ良くある感じの場所だな」
 イベントをすれば人もそれなりに集まるだろうと、彼女は言った後で、
「それに、常々私も思っていたのだがな」
 月子は一息つく。渾身の真面目くさった顔で、
「バレンタイン、渡すだけでは勿体ないと思っていたのだ。私は食べたい。沢山」
「はあ……僕もそれは、同感ですが」
 力説する月子。雪継も小さく頷く。恋だの何だの色気より食い気というところで二人は一致したようであった。
「あげるよりも寧ろ食べたい。……と、言うことで」
 彼女は一つ頷いて、本に挟んでいた白い紙へさらさらと絵を描いてばっ。と突きつけた。
「みんなでお菓子を作る。そしてついでにチョコレートフォンデュなんてどうだろう」
「成る程。チョコレート鍋ですね」
「!? どう見てもチョコを湯煎してる図だろう」
「だってこれだと、チョコレート鍋ですよ」
 絵は、魔女の釜のようなでっかい器にチョコレートがしこたま入ってるような感じであった。雪継の指摘に月子はしばし、考え込み、
「解った。じゃあそれで。当日何が出るか解らないチョコレート闇鍋というのもまあ、良いだろう。普通にチョコレートを作る施設の横に置いておいて、来る人に振る舞えば良いではないか」
 ぽん、と手を叩いたのであった。
「まあ、ヒールの他にもチョコレート鍋の材料やチョコレートの運搬、一般の人に振る舞ったり、勿論自分で食べたり、そういうのうっちゃって自分のプレゼントを作ったり、そういう感じで過ごせばいいだろう」
 自分たちで材料を持ってきてチョコフォンデュのようにみんなで食べるのも普通に楽しいだろうし、
 それこそ何が出るか解らないお楽しみ鍋にチャレンジしてみるのも良いだろう。
「ただし、悪意のある物は入れないように。……そう言うわけで」
 楽しい一日にしようじゃないかと。月子はそう言って話を締めくくった。


■リプレイ

 ぐつぐつ煮立ったチョコ鍋が、周囲に甘い匂いを振りまいている。
「おぉぉ、まず何入れる!? 泪生はねぇ。あれとこれと……プリンはいれちゃだめかな!?」
 【十獣】、泪生が目を輝かせて言い、
「泪生、プリンは形が崩れるんじゃないか!?」
 ヒノトが思わず突っ込んだ。好奇心はあるけれど……。しかし泪生は容赦ない。
「さきイカに……」
「プリンとさきいか!?」
「さきいか? さきいか入れるの? 美味しいのそれ? 気になる」
 思わず郷里と懐樹が問い返す。かえるが頷きながら、
「うん、意外といい出汁が出るかもねー。ほらみんな早く早くー」
 全てを包み込む包容力余りある発言で鍋をかき混ぜていた。
「チョコ鍋って初めてだから、どんな具が美味しいのかワクワクするねー」
 かえるに促されて郷里が首を傾げる。
「人参とか、白菜買って来た。あと、苺とリンゴ……合うのかな? 流石にお肉はまずいよね」
「お肉はまずい……。いや、試さなきゃわかんないって!」
 ぐっ。と親指立てる懐樹。
「……郷里はここにある具材では何が好きなんだ? 俺は蜜柑かな。懐樹のカステラもいいな。かえるは……」
 ヒノトが場を若干まともな方向に戻そうとするも最早闇鍋状態だ。無論まともな物も入れたよ。苺とか。カステラとか。白菜焼き芋アメリカンドッグ。
「今はやりのあまじょっぱいというやつだね!」
「……料理、僕も頑張ろうかな」
 泪生の笑顔に郷里が思わず呟いて。一同は闇の如く黒い鍋を暫く見つめ、
「いっせーのせっ!」
 ぱくり、と中身を確認することなく口に運んだ。

 一方。
「……面白いじゃないか後悔するなよ?」
「……そうね、恨みっこなしで」
 ベルモットといちるは掬ったのを相手が食べるって事となり。
「あっ、残念。普通。……ん、おいひい」
「ふむ、美味いな。試した事はなかったけど餅も意外と合う物だな」
 ベルモットには餅。いちるには苺。普通の取り合わせなどあーんと食べさせあいっこもしたりして、
「どうしよう。普通ね」
「おいおい。あーんってのは普通の内に入るのか」
「ええ。もう一口ね」
 いちるが口を開けベルモットは肩を竦める。とびきりおかしな一本を狙ってベルモットは再び鍋を掬った。

「あっ、だめ! 紫睡といすくばには私が食べさせるから! 自分で食べちゃだめ!」
 エメリローネの言葉に、先程から彼女が転ばないかと心配そうに見ていた紫睡は目元を和らげた。
「ふふ、ありがとうございます」
「自分で食べられるのだが……お前がそうしたいなら」
 紫睡とイスクヴァがそれぞれ口をあけると、エメリローネは上機嫌で、
「はーい、いすくばー! あーん♪ 紫睡もー! あーん♪」
 と、それぞれの口にあーん、チョコフォンデュされた果物を入れていった。
「今日はチョコをすきな人にあげる日だっけ? だから、私は紫睡といすくばにチョコ、あげる!」
「あら。嬉しいです。ではエメリローネさんには、私が。何が良いですか?」
「おみかん!」
「私は次は苺が良いぞ。いくらでも入る気がする」
 エメリローネの声に続くようにイスクヴァも言って。三人、顔を合わせて笑い合った。いつもよりもチョコレートが甘い気がして。

「……うん、恥ずかしくて味が分からない」
「何、猫缶か!? 猫缶だよな!」
「普通に苺よ。ほら、シズネも今日はどんどん食べなさい」
 あーん、とされて【ノラビト】ラウルが戸惑いがちに言ってシズネが何故か目を輝かせるので小町は軽く咳払いをした。
「へっへー。そりゃ失礼! だ! あ、それ、オレにもくれ!」
 だばーっと何かを片っ端から突っ込みながら言うシズネを夜が横目で見る。
「よく見えなかったが面白い物を入れたに違いない。……深く考えるのは止めるか」
 なんてさら、と言いながら突っ込まれたのは丸々一本フランスパンだ。
「いや、そこは深く考えるんだ。シズネ、夜、何か入れたな? そんな雰囲気がするぜ」
「うーん」
 灰の言葉にセレシェイラは一瞬だけ鍋に目をやり、そして徐に自分の持ってきたオレンジを灰へと差しだした。
「見なかったことにしよう! ふふー、チョコたくさんで幸せ!」
 満面の笑みでチョコ食べ放題を堪能するセレシェイラ。その横で宿利がふっとフランスパンを釣り上げた。
「……気にしちゃ駄目かな」
 戻した。
「宿利、はい、あ~ん」
 そんな宿利に小町がチョコフォンデュの苺を口元へ。ぱくりと一口、
「ん、美味しい……チョコとの組み合わせは、幸せだよね。じゃ私からはリンゴをお返しね」
「ふふ……ありがとう」
「……ああ、どこに行っても賑やかな連中だなぁ」
 そんな彼等と少し離れた所で豊が一息つくと、フフとこっそり様子を見に来ていた高橋・月子が微笑んだ。弟分の様子が気になってこっそり見に来たらしい。
「……正直に言うよ、こういう場はまだ慣れないんだよ」
「じゃあ……これで参加して来たら? もったいないわよ」
 月子がクッキーを渡すと、豊はそうだな、と立ち上がる。そして、仲間達の元へと歩き出した……。
「わー! プリムラ、食べ過ぎ注意だよ! 私はいっぱい食べるけど!」
 セレシェイラが嬉しそうにもぐもぐしながらもそんな豊かに笑いかける。
「おぉぉぉぉ、これも旨そうだな! 貰ったぁ!」
「! ……少し気恥しいので大っぴらには言わないがチョコは大好きだ。そしてシズネ。俺の……ワインと楽しもうと思っていたチョコが……」
「おーおーすごい食べっぷりだな、コイツもどうだ?」
 無い。と呟く夜に灰はどんどんシズネの皿によく解らない物を持って行く。
「おぉぉ、太っちまうな~?」
「こっちに、マシュマロがあるから」
 どうぞと灰にラウルが声をかける。怪しい物を興味深げに見守りながらも決してては出さずに。
 そんな仲間達に宿利は小さく、
「いつでもどこでも、こうして過ごせるノラビトが、凄く好きだよ」
 呟いて。返すように笑顔が届いた。

「雪継くん、はい。あーん」
「それじゃぁはい、召し上がれ」
「……花骨牌さん、イーリィさん、そういうのは二人でしてください」
 流石に恥ずかしいとの雪継の抗議は何のその、
「え? うん、してるよね。晴もはい、あーん」
「じゃあ、イーリィちゃんもはい、あーん。……えへへっ」
 晴とイーリィは乙女力全開だ。メロンに苺にワッフルにとチョコレートを掬いながら、
「晴はねー、ワッフルを入れてみたよ! チョコいっぱい食べれて幸せだなぁ」
「ふふん。イーリィさんまだまだ入るのね。後お土産も……、あ、雪継早く。落ちちゃうよ」
「絶対からかってますよね二人とも」
「「そんなことナイナイ」」
「もう、勘弁してくだされ……」
 声が揃う。顔を見合わせて二人は思わず笑った。


「よーし、いっただっきまーす」
 【GoraQ】の一同もチョコ鍋で味比べ。まともな物は結構美味しかったというのに。
「楽しく思い出<トラウマ>作ろうぜ?」
 数刻後。
「言え! 何でそんな不吉なことを言ったのか理由を言え!」
 空牙の言葉に恵は叫んだ。そして徐に「うっ……」と顔色がもの凄く悪くなった後にばたっ。と倒れる。チョコの指先で犯人は、なんて書きかけている。
「がはっ、誰だトウガラシいれたヤツっ!!!」
 その隣で一輝が叫ぶ。ジト目で口元を押さえながらもう一つ。
「コレ何? ……喰えなくはない」
「ききたいですか?」
「……あ、ごめん、やっぱ聞きたくない」
 タコっぽい物に凄い言いたげなニグラ。フルフルと一輝は首を横に振った。アルテナはその横の怪しげな物を掬う。ちな先程浅櫻月子に日本の鍋について聞いてみたところ、「これは日本人の家には必ず伝わる秘密の鍋でここから恐ろしい物が召喚されるのだ」とか嘘八百の返事があったのだが、
「はい、こちらをどうぞ。こちら逝けますよ?」
 今日だけは真実のようであった。アルテナが怪しげな物を口に入れた瞬間、平然とした顔でそれを他人に勧めたのだ。
「……まぁ、なんとかなんだろ」
「何アルテナ? いくのニュアンスが変だけど……別に構わねーけど」
 二人は顔を見合わせる。ここで食べないのも男じゃない。そして……食べた瞬間にアルテナと同時に倒れた。
 死屍累々。そんな仲間達を前に、ニグラは重々しく頷くのであった……。

「じゅんぺをチョコレートまみれにして、ぱくぱくたべちゃうんだ~」
「食われる前に食ってやるー!」
 【純】、オーキッドのチョコわんこと潤平のチョコで黒く染まった悪役クッキー星人の追いかけっこが始まる。二人のはしゃぐ様子に響が、
「おい、あんまはしゃいで鍋に手ェ突っ込んだりすんじゃねー、ぞ……ッ!?」
「きょん俺にもカステラ食わせろー!」
 言うが聞いちゃいねぇ。抱きつかれる響をチホがちらりちらりと視線をやりつつ鍋かき混ぜていた。混ざりたい。でも使命が。そんな呟きに気付いたのか、
「それ……、美味いか?」
 潤平が声かけるとチホは目を輝かせた。
「ふふん、そんなにチホのチョコこんぺいとーが気になるでやがりますか! チホは良い子なので食べやがってもいいのよっ!」
「うんうんっ、カラフルで可愛くってチホみたいっ。わあわあ、ありがとーー!!」
 オーキッドは嬉しそう。よだれを慌てて拭って金平糖を一口。響のカステラチョコも一口。星人も一口。あられもない星人の姿に潤平の悲鳴が聞こえた。
「……ん、なかなかいける。発想次第で可能性が広がんだな……」
 響が天を見上げる。そして騒がしい声に溜息をつきながらも、「でもまあ、こういうのも悪くはねぇな」と呟くのであった。

 【エイゲート】、息吹は葛藤に満ちた表情で目の前の鍋を見つめていた。
「食べ過ぎたら体重が……。でも、折角のイベントだし……その油断が危険なのよ……」
「食べすぎちゃったとしても、その分をどこかで差し引きすればいいんじゃないかなあ。あまり気にしないでいいと……」
「ううん。女の子は、色々と大変なんだから……!」
 首を横に振られ統は首を傾げる。食べられるときに食べたい派だが……、
「……どうした? 結構美味しいぞ」
 アラドファルの手にはチョコおにぎり。
「アラドファルお父さん、うーん……うーん、実はいけるのかな」
「勿論」
 ぐっ。と何故か自信に満ちあふれたアラドファルである。
「おにぎりは遠慮しとく、わ」
「……」
 異変を察知したのか息吹が言い、ベルノルトは無言でおにぎりを見つめる。
「……」
「……」
「しかしヒールで常に食品が生み出せるのであれば、外に出なくて済みますね……」
 話を逸らした。
「あら、貴方はむしろ、もっと外に出るべきだわ」
 息吹がそれに答える。仕方なく、統はおにぎりを手にした。
「うん、塩おにぎりか何かだと思うし! きっと美味しいよね!」
「……」
 ついとアラドファルがあらぬ方を見た。明太子入りのおにぎりなのは秘密なのだ。何となく。

 一方チョコレートを楽しむ人々とはまた別に、
「よし、まだまだ行くぜ!」
 泰地がボディビルのポージングを繰り出しつつ癒しの波動を建物にかけていく。次から次へと色々なところを癒して回っているらしい。
 眸もコアのエネルギーを集め、その手を修復したい箇所にかざす「Innocent/Emerald-heal」で建物をヒールしていった。
 その間にも聞こえる人の声。はしゃぐ声。笑う声。
「ヒトの営みは……あたたかク、尊いものダな」
 思わず眸は呟いて。そして振り返った。一口どうだと月子が声をかけるので、頷いて歩き出した。
「ふふ、ワッフル、マドレーヌ、ドーナッツ。それからそれから……」
「わわ、ま、魔女の鍋です……。本当に鍋です!?」
 千笑の言葉に陰和が歓声を上げた。
「雪継さん、月子さん、一緒にどうですか?」
「良いのですか? いっぱい、貰いますよ?」
「おや、頂こう。……後君は少し遠慮をね」
 千笑の声かけに二人も頷く。その隣で陰和は、
「あわわわわ、チョコが、チョコが!」
 たらり。
「だ、大丈夫。フォンデュですから、大丈夫なはず! はず!!」
「うんうん、落ち着いて! ほら、ピークグレープフルーツもなかなか乙なものですよ♪」
 千笑のサポートにはわわわわーっと目を輝かせる陰和。
「これも一緒に! これにチョコを付けて、食べてみます。美味しいんでしょうか」
 何とも和気藹々とした雰囲気であった。
「おぉ、付き合え雪継! やけチョコじゃー! どうじゃ何か貰えたかモテモテか?」
 其処にふらふら、詫びチョコポテトを手に万里亜も顔を出す。
「いやまあお察しの通りです。八十守さんは今日は彼は?」
「……この鍋のチョコは月子が砕いたのか? なるほどこれが女子力(物理)というやつか」
 万里亜は話を逸らした!
「そうだな。君もケルベロスなんだから、意中の相手ぐらい物理的女子力で連れてきなさい」
「……酔ってますね月子さん」
「! そうか……!」
 目を輝かす万里亜に、雪継は若干気の毒そうに目を伏せるのであった。
「ゆきちゃん、食べてる? ゆきちゃんのお薦めがあったら、教えてほしいな」
「あ、メイアさん」
「?」
「……いえ、何だかほっとしました」
「そう? ……ね、わたくし、定番はやっぱりイチゴだと思うの。バナナやマシュマロも美味しかったよ」
「本当ですか? こっちも案外……」
 まだまだこれから、美味しい一日が続きそうだ。

「こ、こいつは……」
 【山梔子荘】、遊亜が絶句した。ジャガイモを投入して魚が釣れた。
「……瑠璃さーん、その果物こっちにくれー……」
 見なかったことにした。
「何か……ええと、ちゃんと食べられそうな……あぁ」
 食べられるけど。けど。瑠璃はそっと果物を差し出す。
「闇鍋ばかり、というのもなんですから……どうぞ」
「へへ、ありがとうな。嬉しいぜ!」
「ふふ。闇鍋になっていなくても、やっぱりお渡しするつもりですけれどね」
「え? じゃあ……」
 遊亜が食べるかとジャガイモを差し出すと、瑠璃は笑って頷いた。

「マシュマロですか? あーん、!?」
 ひゃっ。と凪は口を押さえた。マシュマロの中のレモンの酸っぱさに驚いたのだ。遥彼が悪戯っぽく笑う。
「ふふ、いい感じでしょう?」
「意地悪ですね……でも、美味しいです」
 拗ねたような凪の顔。驚いたけど結構美味しい。しかし機嫌を直してと遥彼がジャスミンティーにミルクを垂らせば、すぐにその顔は笑顔になって、
「それじゃあお礼とお返しです。遥彼さんもどうぞ、あーん」
「あら、ありがとう♪ それじゃあ私ももう一度、あーん♪」
 チェリーチョコにマシュマロに。二人の甘くて贅沢な時間はまだまだ続く。

「コツはチョコと生クリームの比率を2:1にすることだ。この比率を守れば、ガトーショコラや生チョコも美味しく作れる」
 【九龍城砦】お料理教室講師・御影有理の言葉に千は両手を広げ、
「むむ……ひりつ、だいじ……」
 ぐっ。と握りしめて、
「ひさぎ、大丈夫か? 一緒に頑張ろうな」
「おう、本田さん。知ってるぜー、割ったら中からとろけたチョコが出てくる奴っしょ。混ぜる……混ぜ……えっ混ぜすぎ!?」
「ほんだん……フォンダンショコラですね。作った経験は無いですが……」
 言いつつ御琴もいい感じに仕上がりつつある。
「みんな一緒なら、多分きっとおいしいものが出来上がるでしょう! ……で、これ、いつまで混ぜてれば良いの?」
 明子の言葉に御琴が悩んだ所で、
「あきらちゃん、次は……」
 と、有理が助けに入った。
「有理さんのお菓子、殿方に差し上げず私が食べちゃいたい……」
 こっそり手を動かしながらも、リリィがしみじみという。……その隣では、
「な、みんなどうやってるん?」
 尻尾を無惨に垂らしたひさぎの姿が……。
「大丈夫なのか? 無理は、するなよ」
 それに気付いてチョコ鍋の番をしていた樹が声をかける。メイド服がちょっと慣れなさそうだ。一方チョコ作りに加わらなかった者達はと言うと、
「あ、そうだ。牡蠣とチョコってあうんじゃね?」
 デフォルトで死んだ目の千影だが間違いなく酔っていた。チョコを片手に酒を開け、清士朗は一つ頷く。此方は酔っては無さそうだが、
「何事も、挑戦だな」
「でもでも、煮込んだら溶けちゃう? チョコ鍋ってパンとか美味しそうだケド、先にこっちで試してみようか!」
 いい感じに麻里亞がバケットを持ってきた。アジサイはちびちちびちと酒を飲みながら、
「こういう、仲間とのふれあいはいいものだ。飲み過ぎなければ問題ないしな。ゆっくり楽しむ……で、俺の皿のこれはなんだ」
 顔を上げると、自分の皿にはチョコ鍋の成果の山。
「アジサイのお皿、いっぱい乗ってる? 人気者だな」
「うまく出来るといいのですが……」
  講習会が終わって戻ってきた千と御琴が覗き込む。
「わたくしの愛がたっぷりこもってます。お望みならばわたくしが! あーんしてあげてもよくってよ!」
 明子の方も完成したらしい。
「一つどうだ?」
「ふむ、御影先生、お疲れさま。……いや、そうじゃなくて」
 振る舞われた有理のチョコレートをアジサイが頂きつつ違うこっち。なんて聞いている。
「何事も、挑戦だな」
 さらっとアジサイに清士朗が先と同じ調子で言った。女性達にお疲れ様とチョコをあーんしつつ。自分はと言うと、お肉を取ったりして、
「うむ。スパイスを効かせたチョコソース、確かに……」
「……これあげるからお肉もうちょっと下さい」
 ひさぎに真剣に絡まれていた。
「ほら、ドライフルーツをどうぞ。チーズも如何かしら?」
 リリィの言葉に樹も小さく頷いた。これは大丈夫、なんて一瞬確認したのは秘密である。
「わ、フルーツ美味しそう、頂きます♪」
 麻里亞が一口口にして。そして派手な音がした。アジサイがぶっ倒れたのだ。そして隣には酔いつぶれた千影と踊るベンさん。
「……出来れば来年も、皆で楽しみたいものだ」
 その惨状に清士朗は微笑んで。そしてしみじみと頷いた。その縁に感謝したのだろう。
「乾杯」
 不意に言われた言葉に、意識のある仲間達が明るく応えた。

「言えルア。何故これが旨いと思ったんだ?」
「あれ? ダメ? ……んむ……美味しいよ?」
 こわーい顔をするシヲンに、ルアが首を傾げた。転がるチョコ鮭。不思議そうにポラリスがぽたぽたとそれに近付こうとして、
「! 触っちゃいけない!」
「え~。そんなに嫌な顔しなくても良いじゃない~。ほらほらぽらりんも食べて~♪」
「ポラリスには僕から苺チョコを喰わせる」
「おいしいのに~。ぽらりんにも食べさせてあげたいな~」
「……そんな顔をしても、だめだ」
 そんな、楽しそうに言い合いをする二人を、ポラリスも楽しそうに見上げるのであった。

 ヒールを終えて平和が戻ったその街に、【特科刑部局】帳の精一杯悪役っぽい感じの声が響いた。
「クックック、よくここまで来ましたね勇者共。貴方達に選ばせてあげるのであります。ここで降伏して私の手足となるか、それともこの鍋を口をするかをねえ!」
 悪役ローブでやる気満々である。さくらが一度頭に手を宛て一息ついた後、
「降伏などするものか! 魔鍋に満ちた甘美なる闇との死闘に勝利し、お前を白き巨塔と共に封印してくれる!」
 一気にノリ良く返事した。
「さくらさん、恰好いい事言ってますけど、それ書類整理の事ですよね……」
「ぬう、おのれ魔王め! この油揚げを食らえー!」
 美琴が言うと同時に、早苗がチョコ油揚げを帳に押しつけた。
「ふっ、愚かな……やって見るが良いでしょう! 蝋で固めた我が翼に……」
「帳さん……それ、本当に食べれるんですか?」
「大丈夫ですよー、ただのハーブチョコです」
「あっ、油揚げ美味しそうね。美琴ちゃんが食べてるのはなぁに? 一口ちょーだい♪」
「へ、私ですか?  チョコ餅です」
 そしてさらっと会話に戻る彼等であった。
「皆さんと一緒に鍋を囲めるなんて幸せです」
 美琴の言葉に一同は頷いた。さあ……明日からまた、戦いが待っている、のだから。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:61人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 14
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