ヒーリングバレンタイン2016~バレンタインカフェ

作者:玖珂マフィン

●ふわふわとした未来の話
「人馬宮ガイセリウムって知ってます?」
 恐らくこの時期、知らないケルベロスはまず居ないだろう。
 惚けたような顔で和歌月・七歩(オラトリオのヘリオライダー・en0137)は語りかけた。
「はい、そのガイセリウムです。これのせいで既に被害が出ているんですが……。此度の戦いで更に大きな被害が出ると予測されるんですよね」
 最善を尽くしても、市街への被害を失くすことはできないだろう。
 困ったことなんですけど……、と七歩は言葉を溜める。
「実はですね、この戦闘で壊れた建物をヒールすると、バレンタインが近いってこともあって、お菓子の家みたいになっちゃうらしいんですよ」
 予想図、と右下に書かれたファンシーな町並みのイラストをケルベロスたちに向けながら七歩はかわいいですよね、と笑みを浮かべる。
「そこで、戦後復興に向けた作戦が企画されました!」
 ぐっとちからを込めて七歩は説明する。
 企画の趣旨は簡単。
 ケルベロスが破壊された建物を癒やすことで復興と共に、街をお菓子っぽい雰囲気に。
 その建物を使ってプレゼントを作ることで、ケルベロスたちのバレンタイン準備に。
 被災した周辺住民も参加できるイベントとすることで、被災者の心のケアも抜かりない。
「まさに、一石三鳥の企画なんです」
 ふう、と少し説明に疲れたように息を吐いて、七歩はケルベロスたちを見つめる。
「どうでしょう、皆様のご助力で、被災した方々の心が暖まるようなイベントを行ってもらえませんか?」
 
●カフェテリアへようこそ!
「皆様にお願いしたいのは、繁華街のヒールになります。被災した繁華街のヒールを終えてから、バレンタインカフェを開いて欲しいんです」
 イベントはヒールによってファンシーになった建物の一角を借りることで行われる。
 つらい気持ちになった時、何も出来ずに疲れきった時。
 暖かく迎えてくれることがどれだけ力になるだろう。
「ふわふわとした店内に、被災した人々を誰でも暖かく迎え入れ、お茶を振る舞うのが今回の趣旨になります」
 プレゼントとしては、此方を用意させてもらいました。
 と、その言葉と同時に七歩が取り出したのは、幾種類もの茶葉の袋だ。
「バレンタインらしく、チョコレートフレーバーの茶葉を取り揃えました。沢山ありますから、よければ被災した方だけでなく、皆様も楽しんでくださいね」
 もちろん、チョコレート以外のフレーバーも楽しむことが出来る。
 チョコが苦手でも、きっと好きな味を見つけることが出来るだろう。
「お茶以外にも、クッキーやチョコレートなど、ちょっとしたお菓子ぐらいは用意してありますよ。でも、皆様が持ち寄ってくださっても歓迎します!」
 喫茶店らしいものを持ち込んで、みんなで喫茶店を完成させよう。
「会場のヒールに、喫茶店の用意の搬入。喫茶店の接客にお茶の用意。やることはいっぱいありますけど、自分へのプレゼントも忘れないで下さいね!」
 オリジナルでブレンドしたフレーバーティを持ち帰り、想い人や恩人にプレゼントするのもいい。
 自分が美味しいと思ったお茶だから、きっと喜んでもらえるだろう。
「青春ですよねっ!」
 きゃあと楽しそうに七歩は回った。
「それでは、街の人達も、皆様も、プレゼントを贈って貰う人達も、みんながみんな楽しめる、素敵なイベントにしましょうね」
 あ、ちなみに私はミントの薫りが好きです、と誰も聞いてないことを言いながら、七歩は柔らかく笑った。


■リプレイ

●二月の街は少し冷たい
 立春などと名がついても、まだまだ寒い二月の十四日。
 東京は、先の戦争の影響から未だ回復できていなかった。
 だけど、今日は全国的に愛の日だ。
 辛い思い出も、苦しい心も、ちょっと逸らして今を楽しもう。
 明日を生き抜く力にするために。
 番犬たちは、そのために街へとやってきた。
「ここも随分やられちまってるな……」
 寒冷適応を使ってまで半裸に裸足の格闘家スタイルを貫きながら、泰地はデウスエクスに破壊された町並みを眺める。
(「今回の作戦をとったのはオレ達だからな……。責任を持って修復していかねーと」)
 最善の作戦だったとはいえ、ケルベロスの一員として泰地は責任を感じていた。
「よっしゃ、繁華街のヒールは任せときな!」
 そう宣言すると、泰地は道の真中でボディビルのポーズを取る。
「はああああああっ!」
 更にポーズを取る。次々に様々なポーズを取る。
 ポーズとともに放たれる、暖かな光。それが周囲の建物に降り注いだ。
 それは、人も物をも癒やす生命の波動。
 ガイセリウムに破壊された町並みはゆっくりと修復されていった。
「ここはもう大丈夫か、よし次行くぞ次!」
 それを確認し泰地は駆け出していく。癒やすべき場所はここだけではない。
 今日の彼の仕事はまだ終わりそうになかった。
 さて、泰地があらかた治していった繁華街だが、バレンタインカフェはここからが本番だ。
 お店をしっかりと愛の日に相応しい様相に仕立て直してあげなくては。
 ドラゴニアンの酸塊は翼で飛びながら、手の届かない場所までヒールをしていた。
 紙でできた兵隊が建物の傷を直していく。
「おーい、スグちゃん」
 共に来て、今はカフェの外壁を植物で彩っているリュカが酸塊に手を振る。
 リュカのもう片方の手にはヒールで出来てしまったカカオの実が抱えられていた。
「なに持ってんの、おっさん……」
 見上げるリュカに軽く手を振り返し、酸塊は少し周囲を見渡した。
「ん、あそこにいるのは」
 その視線の先には、被災者らしき人たちが歩いていた。
 被災者たちの前まで飛んでいき、酸塊は彼らに呼びかける。
「ちょうどいまカフェやってるんだ、案内してやるよ」
 そんなことを何度かしている内、酸塊は結構な人数を引き連れてカフェへ戻ることになった。
「わあ、スグちゃん、すごい人数だね」
 酸塊を追って来たリュカも合流し、共にカフェへ案内することになる。
「女の子の給仕さんはさ、ふりふりとか、かわいいエプロン着てもらいたいよねえ。スグちゃんもどう?」
「……いやエプロンとか着ねえし」
 戻りながら交わす雑談。酸塊はリュカの提案を軽く受け流す。
 それにやるなら多分運搬とかだろう、と酸塊は考えた。
「そう? あ、フレーバーティーなら、チョコ苦手な人も大丈夫かなあ。フルーツのもいいよね」
「好きなのはオレンジ系のフレーバーティーだな」
 少し残念そうにしながら違う話題を振ったリュカに、店内でみんなが作っていたお茶を思い出しながら、酸塊は答えた。
「……それはそうと、おじさんはオレンジピールのチョコがけが食べたいなあ」
 じーっと何かを期待するような瞳を見せるリュカ。
 どちらが子どもなのだろう。酸塊は少し呆れたような顔を見せる
「……作ってねえって言ってんだろ」
 酸塊は再びリュカの言葉を受け流した。
 街の人達の話も参考に、壮輔は出来るだけ昔の雰囲気を取り戻そうとヒールをかける。
 どうしても幻想化してしまう部分はある。
 けれど、壮輔の治したいという気持ちが反映されたのか。
 どこか見る人に懐かしさも感じさせる不思議な町並みへと直されていった。
 ありがとう、とお礼を述べる街の人達に見送られ、壮輔はカフェの前までやってくる。
 バレンタインらしい甘い香りと外装に包まれた、柔らかな喫茶店がそこにはあった。
 折角素敵な店構えなのだから、もう少し綺麗にしておこう。
 そう思った壮輔は、窓を磨いたり、玄関を掃いたり、丁寧に丹念に掃除をした。
 ふうと一息ついたところで、壮輔は向こうからやってくる人影を見つける。
 リュカ、酸塊とともにやってきたお客さん達だ。
「丁度良かった、準備も終わったところだ」
 穏やかな笑みを浮かべて、壮輔は綺麗で素敵な店内へ、客人たちを迎え入れる。
「いらっしゃいませ。さあ、楽しんでいってくれ」

●あたたかなひととき
「分量は……ローズレッド10%、ディンブラ90%の割合が良さそうか……」
 用意された茶葉を見つめ、クロードは真剣な表情でフレーバーティのブレンドを考える。
(「あれくらいきっちりやった方が、いいものが出来るかしら」)
 そんな彼の言葉を聞きながら、僥倖も自分なりの想いを込めてブレンドを始める。
 お茶の葉にかかりきりな彼の表情を微笑ましそうに見守りながら。
「ふむ……。こんなものだろう」
 やがて満足がいくものが出来たのか。顔を上げたクロードに僥倖は問いかける。
「納得がいくものはできました?」
「ああ。やはりこの配分がいいだろう」
 僥倖の言葉を肯定し、クロードは折角だと、その場で紅茶を振る舞う。
 ポットの中で開くバラの花びらが、香りと美しさを僥倖に届けた。
「なかなか優雅なものがあるだろう」
 笑顔で頷きを返す僥倖を見て、そういえばとクロードは続ける。
「お前はどのようなものを?」
 その問いに答えるように僥倖は作成した茶葉を差し出した。
「あなたに飲んで頂きたいと思いまして」
 僥倖が作成した配合は烏龍茶をベースにしたジャスミンティだ。
 読書に没頭しがちなクロードを思い、リラックス効果と健康面の効能を考えて作られたブレンドだった。
「ジャスミンか……。中国では古くから不老長寿の妙薬として愛飲されているものだな……。なかなか良い選択だ……」
 クロードは冷静に差し出された茶葉を評価する。
 しかし、よく見れば茶葉に使用されているジャスミンは一般的な白ではなく、黄色。
 これはどういったわけなのか。少し考えたクロードは続く僥倖の言葉を聞いて黙りこむ。
「ええ、これが私の気持ちですから」
 黄色のジャスミンの花言葉は『私はあなたのもの』。
 読書家である彼は、それをよく知っていた。
「そうか……。それは有難いな……」
 いつもの仏頂面を少し緩ませてクロードは僥倖を見る。
 きっと喜んでもらえたのだろう。そう理解して、僥倖も微笑みを返した。
「紅茶は、やはりいい香りだな。落ち着く」
「ええ。辺り一帯、紅茶のいい香りで幸せ……」
 アルバートとキャロル。若き夫婦はカフェに香る紅茶を聞いて幸福そうに目を閉じる。
 二人は柔らかな時間の中、紅茶の配合を考え始めた。
「チョコレートもいいが、今日はこれを試してみよう」
 そう言ってアルバートが手にとったのは、乾燥させた柚子だった。
 柑橘系のさっぱりとした風味と、身体をぽかぽかと暖める力を持っている。
 先の戦争で疲れた心も、この紅茶を飲めば癒やされることだろう。
「キャロルはどうする?」
「アルが爽やかな物を作るなら、私は華やかな物にしようかしら」
 キャロルが選んだのは、アラザンと薔薇の茶葉のブレンドだ。
 主に製菓の際に使われるアラザンだが、茶葉と混ぜれば淹れた際に溶けて輝き、水色が綺麗に映える。
 香りと彩り、そしてほんのりとした甘さが口に染み渡る。
「ビターなショコラと相性がいいのよ」
 ふわりと微笑みを浮かべるキャロルへと、アルバートは頷きを返す。
「薔薇の香りとアラザンか……。かわいい紅茶だな。香りも優しくて落ち着くな」
 紅茶には香りも重要だが、見た目の華やかさだって必要だ。
「この紅茶なら自分で楽しむ時も、大切な人と飲む時も皆さんの心が華やいでくれると思うわ」
「ああ。バレンタインは華やかなイベントだから、ぴったりだな」
 互いの違いを補うよう、二つのブレンドを作り出した夫婦は、瞳を見つめ合う。
「……ねえ、アル。家に帰ったらティータイムにしましょ? 私、貴方の紅茶が飲みたくなっちゃった」
 笑顔でそうねだるキャロルへ彼なりの愛情を込めた視線を返しながら、アルバートはキャロルの手を取った。
「そうだな、今日は私にお茶の準備を任せて欲しい」
 そうして二人は訪れる客人を出迎える。
 人々が彼らの紅茶を楽しみ、愛の日を祝福する時間が過ぎたあと。
 そこからは、夫婦二人だけの時間が始まるのだ。
「フレーバーティを作るなんて初めてです」
 胸を弾ませながら一華は並べられた様々な茶葉を一つ一つ手に取ってみる。
「わあ、チョコレートフレーバーの紅茶、ですか? 初めて見ました」
 きらきら初々しく茶葉を見る一華に、同行者の万里は笑顔を返す。
「僕はチョコレートフレーバーの紅茶はミルクティーにして飲むのが好き。ブランデーを少し入れて飲むのも美味しいよね」
「ブランデーですか……。私は飲めませんけど、万里くんがお薦めするだけあって美味しそうですね」
 でも、こんなに色々と用意されていると、迷ってしまいそうだ。
 そう言って笑う万里と共に、一華はフレーバーティの配合に挑戦する。
「できましたっ」
 暫し後。そう言って一華が万里へ見せたのは、チョコレートをベースに『さくらんぼ』を加えたブレンドだ。
 フルーティで甘い穏やかな香りが、部屋の中ををふわりと包み込む。
「苺とも迷ったのですが、桜に実る桜桃の方が"らしい"と思いましたの」
 季節の移り変わりと、戦争の傷跡からの復興。
 春と二つの事柄を掛けあわせたこのフレーバーティには、一華の願いが込められていた。
「万里くんはどのように?」
 期待したように尋ねる一華へと、万里は少し苦笑しながら自分のブレンドを見せた。
「……一華ちゃんみたいにテーマとか考えてなくて、とりあえず好きなもの詰め込んだだけなんだけど」
 万里が作ったブレンドは、チョコフレーバーをベースにオレンジを組み合わせた王道的なものだ。
 隠し味にはジンジャーを。僅かな刺激が味に深みを増し、身体を温める働きもある。
「安直かもしれないけど、寒いし身体が温まるようなのがいいかと思ったんだ」
「素晴らしいと思います」
 謙遜する万里を一華はまっすぐに褒め称えた。
「……でも、そうだな」
 暖かな店内を見渡して、万里は言う。
 王道な、いつかまた出会えるような香りだからこそ。
「今日のことを思い出せるような。そんなものになったらいいなって、今思った」
「……ふふ、お客様にも楽しんでいただけるといいですね」
 二人はもう一度、顔を見合わせ、笑顔を浮かべる。
 そうして、銘々が自分たちのあたたかなひとときを十分に堪能したあと。
 からんからんとベルが鳴り、お客様第一号が、喫茶店に訪れた。

●チョコレイト・ストーリー
「……うん。ミチェーリ、とっても似合っています。ふふ、可愛いですよ」
「ふふ、ありがとう。慣れないけれどたまにはいいですね。フローネこそぴったりですよ」
 愛しあう二人は黒と白で構成された落ち着いたメイド服を揃いで身に纏った互いの姿を確認しあう。
 銀髪で涼しげな印象を与えるミチェーリと、紫髪で誠実で暖かなフローネ。
 対照的な二人は柔らかな笑みを浮かべながら、お客様に出すフレーバーティの準備をする。
 今回のテーマはロシアンティー。ロシア育ちのミチェーリには馴染み深いものだ。
「ロシアンティーはジャムを紅茶の中に入れない、のですよね」
 作り方をミチェーリに教わりながら、フローネは興味深そうに手際良く動く彼女の手元を見る。
「ええ。直接舐めて、口の中で紅茶と一緒に味わうのがロシア流です」
 微笑ましそうに笑顔を返しながら、ミチェーリは茶葉の缶を開けた。
 甘めの風味にブレンドしたチョコレートのフレーバーティをベースに、酸味のあるミックスベリーのジャムを隣に添える。
「これは試しに淹れたものですから……。飲んでみますか?」
「ええ、せっかくですからいただきますね」
 お客様が来店するまでまだ時間がある。
 少しばかり休憩してもバチは当たらないだろう。
 ほんの僅かな時間だけれど、フローネはミチェーリと共に紅茶を楽しむことにした。
「……うん、チョコレートの甘さと、ベリーの酸味が程よく交わっていて、美味しいです」
「喜んでくれたなら良かった」
 開店前の間隙。落ち着いた時間が二人の間に流れる。
 瞳を合わせて、二人は微笑んだ。
「……お客さんにも楽しんでもらいたいですね」
 ミチェーリの言葉にフローネは頷いた。
「ええ、がんばりましょうね」
 そして、からんからんとベルがなり、お客様が訪れる。
 幸せな気持ちを、お客様にも分けてあげよう。
「「いらっしゃいませ」」
 二人は、声を揃えてお客様を出迎えた。
 さあ、ついにバレンタインカフェの開店だ。
 被災した人たちに元気を与えるため、ケルベロスたちは暖かくお客様を迎え入れる。
「ようこそ、いらっしゃいませ♪」
 着物にミニスカート、白いフリルのエプロンの和風ウエイトレスの装束で、スピカは訪れたお客様に接客を始めた。
 お客の数はそれほど多くはないものの、元来引っ込み思案なスピカには、少し緊張する役目には違いない。
「……はいっ、それではお席にご案内しますね」
 それでもスピカは笑顔を絶やさない。
 被災した人たちに少しでも癒やしを届けようと力を尽くす。
「オススメですか? フレーバーティのお茶うけに、チョコクリーム入りたい焼きなんていかがでしょう♪」
 次第になれて、スピカも余裕を持って接客をこなせるようになってきた。
 そんな時、お客の一人が、ありがとう、と何気なくスピカに言った。
 それは、なんてことない感謝の言葉だ。
「……はい、どういたしまして! どうぞゆっくりしていってくださいね♪」
 けれどそれは、がんばったスピカには何よりの報酬に思えた。
(「凝ったブレンドもいいけど、俺はシンプルなのも好きだな」)
 朗らかな笑顔を見せながら、頼犬は用意されたチョコレートティーをお客様へと振る舞う。
 チョコレートの茶葉そのままも、バレンタインらしい甘い香りが心地よいものだ。
 頼犬に勧められて注文したお客様も、満足そうな笑顔を浮かべる。
「あ、チョコレートオレンジティーとかもオススメでーす」
 チョコレートは何にだって合う。頼犬の持論だ。
 シンプルにそのままでも、オレンジの香りやストロベリー、アールグレイト合わせたっていい。
 子ども連れのお客様には、頼犬は砂糖壺を指し示す。
 砂糖を入れれば、香りだけではなく立派なスイーツとしても飲めるのだ、と。
「小さい子は砂糖多めね!」
 ウインクひとつ。嬉しそうな顔をする子どもへと送って、頼犬は温かなひとときを演出した。
「わぁ、賑わってますね!」
 そう言いながら今回の企画者、七歩が顔を出す。
「七歩もいらっしゃい。ミントが好きなんだよね」
 そう言った頼犬が七歩に淹れたお茶は、チョコミントティー。
 甘い香りとコクのある味わいが心を安らげてくれる。
「砂糖はお好みでね」
「はい。それでは、遠慮無くいただきますね」
 砂糖をさらさらと入れる七歩を見て、頼犬は天真爛漫な笑みを浮かべた。
 普段は獣人型であることが多い庵珠だけど、準備が終わった今は人型をとっていた。
 猫の手では運びにくいものも多いから。周囲にはそう説明したけれど。
(「万が一知り合いが来たとしてもこの姿ならばれないはず……」)
 そんな算段もあったりした。
 何はともあれ人の姿で、庵珠は精一杯おもてなしをする。
 お客様に最高の一杯を。気持ちを込めて淹れたお茶に、持参したチョコレートを添えて。
 そのチョコレートは手作りではない。ただ買ってきただけだ。
 お客様からの質問に、庵珠は首を振って答える。
 けれど、だからってそこに気持ちがないわけじゃない。
「……でもお気に入りのお店のなの。どうぞ召し上がれ」
 幸せそうにチョコレートを受け取ったお客様を見て、庵珠の顔も少しほころんだ。
「あら、お嬢さん。来てたのね、こんにちは」
「あ、庵珠さん。こんにちは」
 その衣装かわいくて似合ってますよ、と七歩に褒められて、庵珠は微妙にむぅとする。
「お好みの茶葉はあったかしら?」
「ええ、先ほど頼犬さんに頂きました」
 そう言ってティーカップを見せる七歩に、それならと庵珠はチョコレートを渡す。
「きっと、そのお茶に合うと思うわ」
「あら。ありがとうございます」
 にこっと笑う七歩から目を逸らしながら庵珠はテンプレートのように答えた。
「……別に、最初から用意してたわけじゃないわ。ついでよ」
 はーい、わかりました。七歩は嬉しそうに返事をした。
 優しい時間が、チョコレートの香りとともに過ぎていく。
 東京に刻まれた傷跡は浅くない。けれど、きっとまた強く歩き出していけるだろう。
 暖かな空間に囲まれて、こうして明日を夢見ることが出来るから。

作者:玖珂マフィン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:15人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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