ヒーリングバレンタイン2016~ほっとちょこれーと

作者:こーや

「皆知ってると思うんだけど」
 朝倉・皐月(地球人の降魔拳士・en0018)が切り出すと、雑談を交わしていたケルベロス達の声がぴたりと止む。
 ケルベロス達が耳を傾けていると分かり、皐月はこくりと頷いて話を続ける。
「人馬宮ガイセリウムの東京侵攻のせいで、東京都内に被害が出てるんだよね。しかもこのままでいくと、もっと大きな被害も予測されてるの」
 仮に最善の結果を得られたとしても、ガイセリウムがもたらす被害は小さくないはず。最悪の場合は首都消失まであり得る。
 その為にも、東京都内の被害が大きかった場所の建物の修繕を行わなければならない。
 だからケルベロス達に建物のヒールを頼みたいのだと皐月は言う。
「それでね」
 そう前置きしながら、皐月はニカッと楽しそうな笑みを浮かべてみせた。
「戦後の東京都心部の復興をかねて、バレンタインのお菓子を作ってみない?」
 バレンタインが近いということもあり、ヒールされた建物の一部はお菓子のような雰囲気になったり、お菓子作りに相応しいような建物として修復されるだろう。
 それならば、その建物を利用してチョコレートなどのお菓子を作るイベントを行おうというのだ。
「ケルベロスさんだけじゃなくて、被災した周辺住民さんも参加できるようにするの。こういうイベントがあれば彼らもほっと出来ると思うんだよね」
 復興と被災者のケア。そしてバレンタインの準備も出来る。一石三鳥というわけだ。
「私達が担当する予定なのは公園を中心にした住宅街だよ。イベントっていっても、気楽に楽しんでくれて大丈夫」
 固く考えずに、気楽にお菓子を作っていいのだと皐月は言う。試食も気兼ねなくすればいい。
「皆にお願いしたいのは『住宅街のヒール』と『道具や材料の搬入』。あと『一般参加者のお世話』もだね。それさえやってくれたら、あとは『プレゼントを作ったり』『試食して』くれていいよ」
 型やボウル、ミキサーなどは運び込まなくてはいけないが、建物をヒールすればなんとかなるはずなので、オーブンやコンロなどの心配はしなくていい。
 皐月は指を折って、説明すべきことが全て言えたかを確認する。
 問題ないと分かると、皐月はパァっと笑ってみせた。
「被災者さんもケルベロスさんも、皆みーんな幸せな気分になれたらいいよね」


■リプレイ

●下準備
 くるりくるり。集まったケルベロスは目が回るのではないかというくらいに奔走する。
 まずは建物のヒールだ。
 中心であり拠点となる公園のヒールを終えたケルベロス達は手分けして周辺のヒールに当たるとはいえ、なかなか終わるものではない。
 半分が崩れ落ちた数棟の住居を前に、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)は力強く頷いた。
「よっしゃ、次の現場はここか。速効で修復するぜ!」
 気合を入れると、泰地の体から優しく暖かい光のオーラが湧き上がる。ラットスプレッドからサイドチェストへと、次々にボディビルのポージングを決めれば、オーラが住居に降りかかり、修復されていく。
 言われていた通り、バレンタインが近いからかところどころタルト生地やチョコレートのプレートなどのお菓子のような装飾になっているところが見受けられる。
 先の防衛戦は、東京都で『人馬宮ガイセリウム』の自爆の敢行を目論んだイグニスが原因ではあるものの、今回の作戦を採ったのはケルベロス。その責任は重大だと泰地は思うからこそ、泰地は被災地の復興に熱を込める。
 寒空の下、半裸に裸足で駆け回る格闘家風の男へ、住民たちは泰地の邪魔をしないように静かに頭を下げる。もっとも、本人は寒冷適応により寒さが苦ではなかったのだが。
 崩れた建物を前にして、藍染・夜(蒼風聲・e20064)はぽつり、呟いた。
「タマさんの好きな童話ってあるのかな」
「……絵本? さあ……すぐにこれとは答えられない」
「そっか……」
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)の答えに、夜は目を細め、手を伸ばす。街とみなに活気が戻るようにと願いを込めて放ったグラビティ。ゆるやかに修復されていく建物を2人で見守る。
「俺にはあるよ。その中の名言が心に残ってるんだ」
 陣内にだけ聞こえるように、夜はその一文を呟く。
 ふむ、と相槌を打った陣内も、別の建物へとヒールを施す。
「俺は話の中身よりも、絵の綺麗な本が好きだ。色が鮮やかだったり、絵が華やかだったり。気に入ったページは穴が開くほど見ていたよ」
 記憶に焼き付けたページの数々は、陣内の頭の中で一冊の絵本のようにパラパラとめくられていく。
 万華鏡のように華やかな記憶から現実へ視線を移せば――
「……そう、こんな感じだ」
 砂糖細工のような、色とりどりの花で飾られた建物がそこにあった。
「綺麗だね」
「ああ」
 2人揃って目を細め、感慨にふけったのは一瞬。建物に背を向け、次のページヘと2人は歩き出した。
 向かった先で夜は見知った顔を見つけた。
「やぁ、君も一緒か」
 夜が声をかけた相手は陣内も見たことがある顔。世間は狭いなどと思いながら、陣内は相手に分かるように目礼する。
 その相手――絶花・頼犬(心殺し・e00301)は見知った顔にほっと息を吐き、手を振った。声をかけなかったのは彼なりに配慮したから。
 頼犬はすぐに建物へと向き直り、ヒールを施す。チョコレート会場っぽく出来ればチョコを食べながら楽しめて一石二鳥なのに、なんて思いつつ。
 けれど。
「……ああ、後が困るか」
 すぐに思い至った事実に、頼犬は残念そうに苦笑いを零した。
「皐月おねえ、お誘い感謝なのじゃ」
「ううん、こっちこそ手伝ってくれてありがと。私一人じゃ厳しいしね」
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)の言葉に、朝倉・皐月(地球人の降魔拳士・en0018)は笑顔で応じた。
 ぶっ飛ばすだけなら早かったんだけどね、という冗談にウィゼも笑う。
「さて」
 ウィゼは付け髭をしごくと、黄金の果実やヒールドローン、メディカルレインで次々に建物を修復していく。
 チョコレート色の壁に生クリームのような装飾となった建物は、まるでお菓子の家のようだ。
「美味しそうだねー」
「早くチョコが食べたくなるのう」
 楽しそうに笑い、ウィゼはまた次の建物へと取り掛かる。
 キサナ・ドゥ(メルティッジプラクティス・e01283)はいつものケルベロスコートを脱ぎ、ミュージックファイターらしい華やかなパフォーマンスウェアで歌を披露し、ヒールを進めていった。
 ヒール作業が終われば次は搬入作業。箱いっぱいのチョコレートや生クリーム、アラザンやココアパウダーなどのお菓子を運びこんでいくのだが――
 封をされているのでまだいいが、それでも袋越しに中身が見えてしまう訳で。さらに腹がへるというもの。
「我慢我慢……」
 頼犬はそう自分に言い聞かせ、搬入を急ぐのであった。


●チョコレート作り!
 調理器具を重ねた上に材料も乗せ、安定感に欠けるにもかかわらず夜の荷物にぐらつきは無い。
 言葉を交わしながら陣内と2人で調理器具を運んでいると一足早くにやってきた一般客の姿。
「こちらですよ」
 夜が穏やかに声をかけて誘導する。接客向きではない陣内はそんな夜を眺めていたのだが、なにやら尻尾に違和感が。
 振り返れば陣内の尻尾にじゃれつく小さな女の子の姿。これは想定の範囲内だと言い聞かせるように呟き、憮然としながらも尻尾を左右に振ってあやしてやる。
 夜は笑い声を噛み殺しながら膝をついて女の子と目線を合わせ、小さな客人に話しかける。陣内の尻尾と毛並み、夜の笑顔で、女の子はすぐに心を開いた。
「今日はね、お父さんにあげるチョコレートを作りに来たの」
「そっか。美味しい菓子ができたら一つ分けてくれるかい?」
「うん、いいよ! 約束だね!」
 ニコニコ笑う女の子と夜が指切りをすると、大したタラシっぷりだな、などと陣内が冷やかすのであった。
「わたし、なぜか作ったらへんなのができるんだよね……」
 しみじみとしたシル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)の言葉。幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)は苦笑いで彼女の言葉に耳を傾ける。
「青汁の粉が入ったり、プリンが動いたりとか……」
「いやいや、普通は動かないでしょう?」
「そうなんだけど……なんでだろうね?」
 知りたいのは鳳琴の方だが、シルは答えを持っていない。
 代わりにぐっと拳を握り、チョコレートを溶かしている真っ最中の鍋に熱い視線を注ぐ。
「なので、今日はたくさん食べるよーっ!!」
 シルの潔い宣言に鳳琴は笑みを零し、2人で一般客に声をかけていく。にこやかに子ども達へ声をかけるシルの隣で微笑む鳳琴。あまり愛想がいい方ではないが、シルの隣であれば笑顔も作りやすい。
 作業にとりかかっているキサナが作ろうとしているのはトリュフ。事前に試作した中では一番美味しく出来たからだ。
 道具は使い慣れたものを持ち込んで、その時のことを思い出しながら丁寧に作業していく。刻んだチョコを湯煎にかけ、ゆっくりとかき混ぜて。
 お菓子会社のサイトにあったレシピ通りに。基本は大事だから忠実に。
「冷たっ」
 丸めるときは手を冷やして素早くするのがコツ。しばらく水につけて体温を下げ、水を拭ってからは時間勝負。手早く丸めていき、体温が戻ってきたなと感じたらまた冷やして。それを何度か繰り返して出来上がったトリュフをキサナは満足気に眺めるのであった。
 一般客が集まってきたのを目処に、シルと鳳琴は休憩することにした。折角だから試食しようと、作業場へと向かう。
 試食してくれませんか、という言葉に鳳琴はこれも仕事で、浮かれているわけではないなどと自分に言い訳しつつ。
 様々な種類のチョコレートをシルは興味深く眺める。そんな中、目についた四葉の型抜きチョコを摘み上げ――
「あ、ねえねえ、鳳琴さん、こっち向いて?」
 シルの呼びかけに振り返った途端、口内に感じた異物感。鳳琴が広がる甘味に目を白黒させていると、楽しそうなシルの笑顔に気付いた。
「えへへ、ごめんね、びっくりした?」
「吃驚……させないで、くださいっ」
「でも、二人で食べるともっとおいしいよね♪」
 シルの笑顔が眩しくて、鳳琴はシルに背を向けて歩き出す。追ってくる軽い足音と共に、チョコの味を大事に噛みしめる。
 そんな鳳琴を離れたところから見守っていたアンゼリカ・アーベントロート(黄金天使・e09974)は、くすくすと笑みをこぼす。
 彼女も楽しんでいるのだと思うと俄然やる気が出てきた。
 お菓子作りに相応しい、お菓子のような外観の建物の中でアンゼリカはチョコを仕上げていく。
 アーモンドをホワイトチョコでコーティングしたチョコレートは試食用という形で、一口サイズにしてある。
「美味しい」
「本当ね。ホワイトチョコ好きだから嬉しいわ。もう一つ頂いてもいいかしら?」
「そう言ってもらえると嬉しい。是非食べてくれ」
 試食した人の笑顔を見て、アンゼリカも笑みを零す。
「ふふ、少しは上達したかな? 私も」
 先の防衛戦はケルベロス達のみならず、一般人にも大きな影響を与えた。それぞれの戦いがあった。お疲れ様、と心中で労いながらアンゼリカはチョコを作り続けた。
 人が集まればその分、必要になる材料も多くなる訳で。チョコレートを作る気がない皐月はせっせと搬入に勤しんでいたのだが、甘い香りが誘惑してくる。
「皐月、そろそろチョコレート食べてきたら? 後はやっておくから」
 振り返った先には笑みをかみ殺したような頼犬の姿。頼犬はひょい、と皐月から荷物を回収する。
「……目がさっきからチョコレートのほうに釘付けだよ?」
「あはは、つい。ありがと、甘えさせてもらうね」
 頼犬の言葉に甘えさせてもらい、皐月はきょろきょろと作業場を歩き出す。そんな皐月に気付いたキサナが手を上げて呼び止めた。
「よう! 皐月もどうだ?」
 差し出されたチョコを見て皐月は目を輝かせる。
「おー、すごい。これってトリュフって言うんだよね?」
「ああ、会心の出来だぜ」
「じゃあ、遠慮無く。……美味しいっ!」
 美味しそうにチョコを頬張る皐月の様子に、キサナはへへっと笑う。そしてまだ食べたそうにしているのを見て、キサナは気前良くチョコを振る舞う。
 夜はチョコを楽しむ人々を見て、笑みを零す。溢れる笑顔を見ると、温かい気持ちになるというもの。
「まさにホットなチョコイベントだね」
「うまいこと言ったつもりか?」
 冷やかす陣内だが、そこに嘲りの色はない。目を細め、会場を眺めている。
 何故ならば彼も、いや、彼だけでなく集まったすべての人々が温かい気持ちになっているのだから――

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月13日
難度:易しい
参加:9人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。