都会に現れた『蜘蛛の糸』

作者:天川葉月

●蜘蛛の巣地獄変
 東京の某所、周囲を見下ろすひときわ高いビルの屋上で、二体の蜘蛛が向き合っている。
「どなたもグラビティ・チェインを集める前に散ってしまうとは……。仕方ありません。私が直接指揮を執ります。あなたの働きには期待しておりますよ?」
 その片方、蜘蛛の姿をした女、あるいは女の形をしている蜘蛛がもう片方の蜘蛛に言った。
 もう片方の蜘蛛はただ黙って彼女に平伏している。
「それでは、殺してきてくださいませ」
 女の合図とともに、その蜘蛛はバンジージャンプのように屋上から飛び降りる。
 コンクリートジャングルに巨大な蜘蛛の巣が張られ、蜘蛛型のローカストが通行人を次々に糸でからめとっていく様を見た蜘蛛女は、静かに立ち去り姿を消した。

●屏風絵の如き惨劇
「どうやら、女郎蜘蛛型のローカスト、『上臈の禍津姫』ネフィリアが動きを見せているようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は語る。
 このローカストは配下である知性の低いローカストを地球に送り込み、人を襲わせることでグラビティ・チェインの収奪を行う作戦の指揮を執っている。
 放たれているローカストは知性が低い分、戦闘能力に優れているようだ。
「今回放たれたローカストはビルとビルの間に巣を張って、その下を通りかかった人々を襲っています」
 ただ、グラビティ・チェインはゆっくりとしか吸収できず、糸で縛り一旦身動きを封じて、ある程度の人数を一か所に集めてから一気に吸収する算段らしい。
 そのため、ローカストに襲われた人たちはまだ生きており、助けるチャンスも十分にある。
「ネフィリアは姿をくらませ、消息はつかめていません。今はローカストに捕らえられた人々を助けることを優先してください」
 セリカは黒幕のことを一旦置き、現在戦うべき敵の説明を始める。
 蜘蛛らしく粘着性の糸を出し、巣を作る。
 その気になれば車ごと人を吊り上げることも可能だが、あくまでも拘束用であり、糸そのもので怪我をすることはない。
「どうやらこのローカストは巣を一部でも壊されると、優先してその箇所の修繕に向かうようです」
 この習性を利用すれば、戦いを有利に進められるかもしれない。
 ただ、とセリカは続けた。
「巣はビルの十二階分の高さにあり、その下は道路です。巣を壊す際は十分気を付けてください」
 ローカストが陣取っている巣の中央には、捕らえられた人たちが集められている。
 誤って落ちてしまうようなことがあれば、言うまでもなく大惨事だ。
「黒幕が直接指揮を執るということは、余程追い詰められているはずです。上手くいけば表舞台に引きずり出せるかもしれません。頑張ってくださいね!」


参加者
アニエス・エクセレス(エルフの女騎士・e01874)
塚原・宗近(地獄の重撃・e02426)
ルコ・エドワーズ(六肢の聲・e02941)
マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)
一津橋・茜(紅のブラストオフ・e13537)
八雲・要(英雄志望のドラゴニアン・e14465)
シュネカ・イルバルト(翔靴・e17907)
水映月・黒江(シャドウエルフの鹵獲術士・e18985)

■リプレイ

●極楽の蓮池の下
「蜘蛛は苦手です……」
 連絡用のインカムを耳にかけながら、アニエス・エクセレス(エルフの女騎士・e01874)は呟いた。細い脚をカサカサとせわしなくうごめかせる様子は生理的な嫌悪感を生じさせる。それが巨大化したものなど、想像もしたくない。
「人々を捕らえる蜘蛛の糸は、この手で断ち斬らせてもらうよ」
 塚原・宗近(地獄の重撃・e02426)は鉄塊剣を構え、巨大な蜘蛛を見据える。人質となっている一般人を助け出すためにも、目の前の敵は必ず倒さなければならない。
「君がもう少し上品な形だったら、僕のコレクションに加えてあげても良かったんだけどな」
 ルコ・エドワーズ(六肢の聲・e02941)は少し残念そうにローカストを見上げる。彼は、彼の眼鏡に適わなかった『それ』を上から目線で品評していた。
「さぁ害虫駆除の時間だッ!」
 マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)は拳を握りしめ咆哮する。一般人を襲い害をなすローカストは即座に取り除かなければならない。そうでなければ、人々を守ることは出来ない。
「あー、お腹すきましたー!」
 一津橋・茜(紅のブラストオフ・e13537)は空きっ腹を抑えつつ、目の前のローカストに食べ応えがあるか否かを考えていた。
「今日のご飯は君に決めた! です!」
 きりもみ回転をし、停止すると決めポーズと共にビシッと指をさす。それはさながら、バラエティー番組のルーレットによる抽選を彷彿とさせる。
「絶対に助けてみせるよ!」
 八雲・要(英雄志望のドラゴニアン・e14465)は新しい敵が現れたことに若干辟易しながら、捕らえられた人たちの救出という使命に燃えている。彼らを救い出せるか否かは彼女の地獄化した翼にもかかっている。
「映画で見たことあるようなことになってる……」
「なんだか、小さな虫になったような気分ですね」
 ビルの間に張り巡らされた巣を前にシュネカ・イルバルト(翔靴・e17907)と水映月・黒江(シャドウエルフの鹵獲術士・e18985)は、各々の感想を漏らした。
 ビルとビルの中点に陣取る巨大な虫、恐ろしい化け物を前に逃げ惑う市民という構図は古い怪獣映画のワンシーンを切り取ったような光景だった。
 だが、彼女たちは捕食者たちに抗う術を持つケルベロスであり、このローカストをはじめとしたデウスエクスの天敵である。
 殺すか殺されるか、弱肉強食の戦いが今、始まる。

●地獄の底の巣
 黒江が殺気を放ち、殺界形成によって通行人を遠ざけ、これ以上ローカストに捕らえられる一般人が増えるのを防ぐ。
 アニエスがフォートレスキャノンを放つ。狙うのは巣の中央に陣取っているローカスト……ではなく、巣の端。撃たれた弾はその一部をほつれさせるのみに終わる。しかしこれは彼女が攻撃に失敗した、ということではなく、むしろ作戦通りの行動である。
 今回の作戦は、他のメンバーがローカストの気をひいている間に、翼を持つドラグニアンの三人が囚われの身となっている一般人三名を救助する、と言うものであり、『優先して破損した巣を修復する』というローカストの性質を利用し、ローカストを人質から遠ざけるためにわざと中心から最も遠い端を狙ったのである。
 砲撃の音と、巣が破壊されたことに気付いたローカストは、人質には目もくれず破損した部分に向かう。計画通りだ。
 ローカストが修繕を始めたこの隙にマサヨシが巣の中心へ飛んで行く。
「安心しろ、必ず助けるからな!」
 彼は人質の体に傷がつかないようドラグナイフで慎重に糸を切っていく。あと少しで完全に巣から離すことが出来るというところでケルベロスチェインを巻き付け、救出した人質を離さないように固定し、巣から降りた。まずは一人目。
「さぁ、こっからが正念場だ!」
 避難するよう促した人質が走り去っていくのを確認すると、蒼炎の翼を爆発させるように飛び上がり、一気に巣まで戻る。
「汚醜を晒せ」
 巣の修繕を終えたローカストに、大きく跳躍したルコの顔砕拳が叩き込まれる。顔……と呼べるかどうかはわからないが、頭部がひしゃげ、並びが歪になった四対の目が赤く光る。巣を破壊された上に思い切り殴られたことで怒りが頂点に達したらしい。
 ローカストの口から鋏角のように、獲物を逃すまいと鋭い金属の牙が伸びる。翼を持たないルコは現在自由落下中であり、回避行動がとれない。万事休す――。
「華麗な足技ご覧あれ! です!」
 しかし、寸でのところで窮地を脱した。ローカストの体を、茜が旋刃脚で蹴り飛ばしたのだ。彼女の光速の蹴撃は無防備な胸部に突き刺さり、ローカストは体をくの字に折り曲げながら吹き飛んでいく。が、すぐさま糸を吐き出して自らの体と巣をつなげ、距離が離れるのを防ぎ態勢を整えた。
 この攻防の間にシュネカが二人目の人質を救出しに向かっていた。
「もう大丈夫だぞ。すぐに降ろしてやるからな」
 惨殺ナイフで人質を縛っている糸を断ち、人質を抱えると、巣から離れた場所まで降下し、ゆっくりと降ろした。捕らえらていた一般人は彼女に一礼するとその場を立ち去る。
 宗近が狙うのも外周の一部だ。しかも、先ほどアニエスが狙った箇所と対極に当たる場所。ローカストの移動距離が最も長くなるような箇所だ。
 怒りに我を忘れているのか、それでも己の習性に逆らえないローカストは、捕まえた人間が二人減っている事にもまるで気が付かず、宗近が切断した巣の糸をつなぎあわせに向かう。
「大丈夫かい!?後は俺達がなんとかするから早く逃げて!」
 その間に巣の中央に飛び立った要は糸に絡まないよう注意しつつ、人質を巣から離していく。地上に人質を降ろし、これで全員が救出されたことになる。
「待たせたね! 人質は全員無事だよ! 後は俺に任せて!」
 要は茜から受け取ったインカムで救出作戦が完遂したことを連絡すると、シュネカと共にローカストが待ち構える巣に舞い戻る。もうケルベロス達を縛る障害はなく、心置きなく戦うことが出来る。

●蜘蛛の血の池
「人間を捕まえて気分よくしていたんだろうけど、そうは問屋が卸さないよ!?」
 要は鉄塊剣を腕力のみで御し、ローカストの頭上めがけて振り下ろす。捕まえた人間がいなくなったことにようやく気が付いたらしいローカストは大きく牙をむき、その斬撃を後ろに下がり、更に巣から飛び降りることで回避する。
 地上で待ち構えていたアニエスは落下中のローカストにホーミングアローで狙い撃ちにする。ローカストは糸を頭上の巣に張り付け、その弾性力で巣の裏側に足を着けるが、間に合わず矢は多少の誤差はあれどローカストの体に突き刺さった。
 ハリウッド映画のワイヤーアクション顔負けのトリッキーな動きを見せるローカストに対し、マサヨシはその動きを封じるためにローカストの足元の糸をめがけてケイオスランサーを投擲する。
「これならどうだッ!」
 そのケイオスランサーは、偶然にもローカストが踏んでいた、支点となって巣全体を支えている糸を切断し、その結果ローカストの足を支える巣が大きくたわむ。振幅の最も大きな地点に立っているローカストはその揺れに耐え、振り落とされないようにするのに精一杯で動けないようだ。
 その隙を見逃さなかった宗近は鉄塊剣を振りかぶって力任せにローカストへ叩き付ける。振動と衝撃の二つにとうとう糸が耐え切れずに巣の中央が破れ、穴が開く。ローカストは鉄塊剣に押しつぶされる形で、敗れた巣の残骸ごと重力にひかれるまま地面へと落下し、激突した。
「さあ、赤の紅王お披露目ですよ!」
 茜は腕輪の封印を解き、右手に爪、左手に牙の形をした巨大なオーラを纏う。そして目にもとまらぬ俊足で一気に間合いを詰め、右手で切り裂き、左手で引き裂く連続攻撃を浴びせる。着地に失敗しよろよろと立ち上がろうとしていたローカストの頭部が、胸部が、腹部が見る見るうちに傷だらけとなり、血に塗れていく。
 堪らず後方に糸を出し、その弾性力を利用して大きく飛び退いたローカストは、着地と同時に体中を金属製の刺々しい鎧で包み込んでいく。生体金属で傷を塞ぐのと同時に身を守る算段だ。
「させるか!」
 シュネカは距離を詰めながら腕を大きく振りかぶり、爪を硬化させ、その勢いのまま鎧に突き刺す。爪の刺さった部分から徐々に亀裂が入り、徐々に大きくなっていく。鎧としての機能を果たさなくなった生体金属は支えが無くなった部分から剥がれ落ちていき、彼女の竜爪撃はローカストの鎧を破壊するに至ったのだ。
「地球人を侮るなよ、虫けらどもめ!」
 ルコの雷刃突は鎧の剥がれたローカストの体を貫通し、そこからおびただしい量の血液が噴き出す。ルコは返り血を避けるために大きく後ろへ跳び退いた。
 胸部に風穴を開けられ瀕死のローカストは逃走を図るが、その目の前に黒江が最後の一撃を放とうと立ちはだかっていた。
「これが止めの一撃です。あなたの持つ知識は私が大事に使わせていただきます」
 彼女はその手に持っている魔導書を大きく振りかぶると、ローカストの頭部めがけて勢いよく振り下ろした。ローカストは避けることも出来ず、鹵獲術:知識を奪う本の一撃をまともに受け、自らの血溜まりに沈んだ。

●蓮の葉の間
 今回、黒江が魔導書に集積したのは、ローカストが自らの身を守るために使用したアルミニウム鎧化である。帰還後このデータを解析し、再現することが出来れば、ケルベロス達の有益な情報となるだろう。
 宗近は、怪我人と一般人の安全を確保した後に、ローカストが死んでもなお残り続けている巣の糸を処分していた。古い建物に立ち入るときに手で払うように、主のいなくなった巣を斬り払っていく。アニエスとシュネカもその作業を手伝い、ビルの壁面にへばりついた支点となっている糸を洗浄し、払っただけで消えてなくなるわけではない糸は最終的に焼いて処理した。
 重度の潔癖症であるルコは服や体にローカストの返り血がついていないかどうか入念に調べていた。血が噴き出る兆候を即座に感じ取り、すぐに距離をとったのだが、汚れることを極度に嫌う彼にとっては血の一滴も見逃すわけにはいかないのだ。
「何か食べられるものはないですかー!」
 茜はヒールをかけながら食材になりそうなものを探していた。年中飢えている彼女の食欲を満たすものはそこらに転がっているわけではないだろうが。
「早く黒幕見つけないと、また増えそうな敵だよね」
 要はため息混じりに呟く。元凶であるネフィリアを倒さなければ、いつまでもいたちごっこが続くだけだ。今回の事件は、ただの幕開けに過ぎないのかもしれない。
「よう、見えてるんだか、聞こえてるんだか知らねぇがこれ以上の悪さは番犬共が赦さねぇぜ?」
 様子を見ているであろう上臈の禍津姫に向けて放たれたマサヨシの声は、ただ夜の闇に溶けていった。

作者:天川葉月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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